パンチラ系妖怪美少女学園での度し難い日々   作:蕎麦饂飩

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主は全てを愛する。故にその教えを知るものよ、隣人を愛しなさい。

「――オレはいよいよこの学園を破滅させるとしよう」

 

 金城は理事長の持っていたロザリオを手で弄びながら、高らかに宣言する。

 少女達は残らず、金城が結界を破壊した余波で弾き飛ばされ、種族柄感情的な黒乃などは己の無力さと無知さに這いつくばって涙を流していた。

 …まあ、妖が涙を見せたところで心動かされる奴など青野ぐらいだろう。

 

 そう思ったと同時に、青野は怒りの余り金城を殴り飛ばしていた。

 ……単純なのは知っていたが、少し予想通り過ぎないか?

 

 

 僕が予想していなかったのは、激昂したと思っていた青野が涙を流していたことくらいだ。

 余程金城に憧れていたと見える。

 

「あなたにはもう……もう、誰も傷つけて欲しくなかったんだ…

だから―――――――北斗さん、オレがあなたを倒します」

 

 自身の想いに決着を付けると共に、仲間をこれ以上傷つけたくないからこそのその言葉。

 まるでお伽噺(フェアリーテイル)の勇者様じゃないか。

 …人間を止めた者()の分際で、烏滸がましいぞ。

 

「くくく、今、このオレを『倒す』…確かに、そう聞こえたが…

図に乗るなよ、お前にオレが倒せるかカスがぁ」

 

 金城とは理由は違うが、その奢りに笑いたくなるのには不本意ながら同意したい。

 

「ははっ、図に乗るなよ金城。

妖が正義を倒せるものか」

 

 僕が広げたコートの中に揃えられているのは無数の薄い十字剣とデリンジャー。

 剣も銃弾も全て洗礼済みだ。

 

「…教会の犬が、覚悟は出来ているんだろうな」

 

「…ウジ虫のいる水槽に薬剤を撒くのに覚悟など必要か?」

 

 教会の犬、か。褒め言葉だ。

 お礼に、なるべく惨めに殺虫してやろう。

 

「青野、君は彼女たちを護っていると良い。

余波で死んでくれては後で逆恨みされても困る」

 

「ありがとうございます。やっぱり優しいんですね、でも北斗さんはオレが――――」

 

 この僕が優しい? 妖に対して?

 確かに金城の言うとおり青野は図に乗っている。

 

「勘違いするな、いずれ主の御名の下一掃してやろう。

ただ、この場では君たちより先に浄化すべき邪悪が目の前にいるというだけだ。

邪魔だから下がれ、そう言っている事くらいは理解しろ」

 

 

 少し本気で凄んでやると固まった青野を魔力で弾き飛ばす。

 丁度青野が黒乃達の所に吹き飛んだところで、金城が黒乃達に仕掛けた結界が発動した。

 理事長が金城にかけた結界を、今度は金城が理事長のロザリオ型の魔具で仕掛けたわけだ。

 …尤も、そこまでは想定通りだ。

 

 

「翠くん、北都を止めろ。奴は結界を破壊するつもりだ」

 

 …実に白々しい。僕が司教様からお聞きした話の通りならば、この程度でくたばる筈もない理事長が、息も絶え絶えといった風に人間界と妖の世界を隔てる結界をを北都が破壊しようとしていると告げてくる。

 だから、瞞されたフリをしてやる代わりに、幼くない方の魔女に例の物を渡すようにと告げると、理事長はそれを渡した。

 

 理事長が曰く、敵の目的は、人間と妖とを隔てる結界だという。

 金城北都が、先程の狂笑()みをおさめて、その通りだと、頷きながらそれを肯定した。

 頼まれなくてもやるつもりだったが、頼まれたのなら仕方が無い。

 理事長に貸しを作るのは悪いことではないし、そもそも結界を破壊するのは――――まだ(・・)早すぎる。

 

 

「境界を無くし、妖も人間も混じり合って殺し合うべきなのさ。

さあ、先ずはオレ達が殺し合おう賢石翠」

 

「知恵比べと行こうか、金城北都」

 

 此方の主要武器は、先程コートの内側にあるのを見せた銃と剣。

 他にも見せていない武器はあるが、先ずはそれで良い。

 

 伸びてくる金城の刃に変形した腕を剣で切り落とし、金城を撃つ。

 それを想定して接近しながら躱す金城を視界におさめつつ、背後から僕に襲いかかる切り落とされた金城の腕を想定して、剣を投げて地面に縫い止める。

 思惑が外れたのを理解しつつも再生させた腕で殴りかかる金城の機動から一瞬後の未来を想定して、身を沈めて殴りに見せかけた掴みを躱しつつ足払いをかける。

 金城もそれを想定して掴みかかる勢いを利用して宙で前転し、かかと落としを繰り出してきたが、そこまでは既に想定済み(・・・・)だ。

 

 足払いの初動と同じ動きで身体を捻る動作を大きくし、軸ごと移し替えて金城の足の関節に裏側から剣を突き刺す。

 金城は咄嗟に足を化け物のそれに変えたが、神聖な剣の物理以外の部分がその脚を切り刻んだ。

 

 

 

 

「何よあれ、知恵比べとか言って、思いっきり肉弾戦じゃない」

「いや、アレは非常に高度な読み合いだ。私でなければ見逃していただろうな」

 

 いつの間にか僕に似た姿である本性(ヴァンパイア)の貌をとった赤夜が現れていた。

 結界を叩き壊すと、理解が及んでいない黒乃に説明をしていた様だ。

 

 

 (ホムンクルス)吸血鬼(ヴァンパイア)

 お前には予断も油断も許しはしない。万に一つも勝ち目は無いぞ。

 …さあ、お前の奥の手を見せてみろ。高々今まで見せたこと程度でクーデターを企みはしないだろう。

 僕が期待(・・)したのは、この程度で終わるお前ではない。

 

 

「オレには理由がある。自分の存在の全てをかけて学園を壊す理由が」

 

 脚を押さえながら立ち上がり、そう呟いた金城は理事長のロザリオを媒介に、転移術を行使した。

 僕たち全員を巻き込んでその転移術は発動した。

 

 

 ここは、予想通り金城の計画の最終決行地点。

 この場所において、一手を打つだけで金城の勝利が決まり、一手を打てなければ敗北となる。

 ここが何処かは未だ良く解らないが、問題ない。

 とにかく、僕が最初から望んでいた(・・・・・)場所に来られたわけだ。

 この為に金城をわざわざここまで逃げ延びることを許した。

 この戦い、僕と司教様の勝利だ。

 

 金城は祭壇の上に立っている。

 

「ここは学園の地下に位置する『常闇の祭壇』。陽海学園の心臓部だよ」

 

 金城北都、説明には感謝しよう。

 なるほど、此処は学園の地下なのか。

 そうやって余裕げに話すという時点で後は起動キー、恐らく理事長のロザリオを発動させるだけなのだろう。

 そうで無ければあそこまでの余裕はない。

 先程、僕一人に痛めつけられたのだ。実力の差は理解しているだろう。

 

 北都が何やら語り始めたが、僕はそれを無視して割り込む様に告げた。

 

「先程理由があるといったね。

正直に言って、お前の理由なんてどうでも良いんだ。

きっととても悲しくて辛かった過去があるんだろう。

でも、それはどうでも良いんだ。

そうしなければ生きられなかったとか、切実な理由があるんだろう。

でも、それもどうでも良いんだ。

神に背くなら―――――――死ねば良かった。

そうすれば、その魂は祝福されるだろう」

 

 僕が正しい道理を教えてやる。

 最早、というか化け物である時点で救われぬ魂だが、最後くらい説教してあげるのも一興だ。

 僕の言葉に、金城の顔が憤怒に染まっている。

 話の中に心当たりがあったのだろう。

 だが、神に背くことに比べるならば、それはどうでも良いことだ。

 

 そして、金城は失敗した。

 長々と説明をする余裕なんて、最初から金城にはなかったのだ。

 

 瑠妃に位置情報をマーキングした、瑠妃の育ての親である魔女が金城の後ろにいた。

 転移術の一つや二つ、老獪な魔女には知らぬはずもなかったからね。

 

 魔法で弾き飛ばされる金城。

 吹き飛ばされて尚、ロザリオは手放さないのは流石だが、ロザリオを持つ金城が祭壇にいることが脅威なのであって、祭壇から離れたロザリオを持った金城には決定打など無い。

 再び祭壇に駆け寄らなければ、勝利はないのだ。

 

 余裕がなくなった金城は、最早余裕がないままで、戦うしかない。

 

「さあ、ここまで読めていたか金城北都。

僕はこの先まで読んでいるけれど、まだ降参しないか」

 

 それは質問ではなく確認だった。

 ここまで大それた事をした金城であるならば、ここで退く様なことはしない。

 その程度の覚悟では、ここまでのことは出来ない。

 

「畜生ッ!!

クソックソックソクソクソクソクソ」

 

「どうした、頭を使え、身体を使え、妖力を使え。

お前にはまだ何かがあるだろう。きっと何かあるだろう。

それとも――――――本当に何もないのか?

何にも…無くなってしまったのか?」

 

 彼の最後の手札を、この場で使わせるために敢えて挑発する。

 相手の手札を全て使わせた後であれば、此方の手札を少しずつ切っていくだけで追い詰めてしまえる。

 これが戦いというものだ。

 教会の歴史は闘争の歴史。

 異教徒や妖共と戦い続けた果てに今の教会がある。

 高々数年生きただけの、努力家な天才程度に出し抜けるものでは無い。

 さあ、金城北都。最後の悪あがきを見せてみろ。そして――――――死ね。

 

「赦さない。絶対に赦すものか。

オレは、オレを人間でいられなくしたこの学園に復讐するッ!!」

 

 そう叫んだ金城は、己の上着を剥ぎ取り、青野が付けているのと同じ魔封じの鍵(ホーリーロック)を付けた左腕を見せつけた。

 そして、――――強引に剥ぎ取った。

 

 あの魔封じの鍵(ホーリーロック)は、二度と使い物にならないだろう。

 魔封じの鍵(ホーリーロック)は、妖の力を押さえつけるものだと聞いている。

 アレは、司教様と学園の理事長が古い昔に共同で開発したものだ。

 それを剥がし取ったと言うことは、つまりそういう事だろう。

 

 彼は、元は人間であり、そして化け物になった。

 化け物の血が身体を冒し尽くすと、僅かに残った人間らしさ、人間のフリを出来る部分が失われる。

 それを押さえるために、理事長から魔封じの鍵を授けられた。

 …青野と同じように。

 

 そして今、人間の部分を永久に失う決断をしたのだ。

 彼が言っていた、つまらない悲しい過去とはきっとそこに至るまでの、どうでも良いことの羅列だろう。

 その、どうでも良い、けれども大切だったはずの日々を、彼は此処で切り捨てたのだ。

 

 

「だから滅ぼす。これはオレの人生を賭けた復讐なのだ。

誰にも邪魔はさせん!!!」

 

 そう吼える金城の姿は、骨で出来た(ドラクル)の姿へと変貌していた。

 

 全身が刃となった、鋼の竜。

 それが今の金城北都。

 …少々挑発しすぎたかも知れない。

 

「君たちは足止めをしろ。僕がケリを付ける」

 

 この場で一番効率の良い方法を青野達に教えてやった。

 しかし、青野の反応は、素直では無かった。

 

 

「殺すつもりですか。でしたら――――」

 

「僕はケリを付けると言った。二度も説明させるな」

 

 僕の瞳をまっすぐと見返してきた青野は、「わかりました」といって笑った。

 最初からそうしていれば良かったんだ。

 

 

 青野が、吸血鬼が、夢魔が、雪女が、幼い魔女と老いた魔女が、身体を切り刻まれながらも前進して、金城を止める(・・・)

 …上等だ。僕の予想以上に動いてくれる。

 

 

 動きが止まった金城と、僕の間には鴉の様な翼で宙に浮かぶ美しい魔女がいた。

 僕は瑠妃からある物(・・・)を受け取り、彼女の背の翼を足場にして、僅かに残った金城の生身の部分へと肉薄する。

 

 そして――――――

 

 

「覚えておくといい、こういうのを奥の手と言うんだ」

 

 青野の魔封じの鍵(ホーリーロック)が破損したときのために保持していた、予備の魔封じの鍵(ホーリーロック)を金城の四肢へと結びつける。

 今の金城は巨大な竜だ。

 小回りはきかず、剥き出しの生身を護る術など無かった。

 

「開閉機能は破棄しておいた。

今後お前が自らの意志で外す事は能わない」

 

 元々は無茶しがちな青野が魔封じの鍵(ホーリーロック)を開く様な事態に陥ったとして、鍵と一緒に錠を渡してしまえば直ぐに開くであろうという予想からだ。

 魔封じの鍵(ホーリーロック)のマスターキーは、司教様か理事長しか作ることは出来ない。

 そのどちらも、金城に解錠を許すことはないだろう。

 

 魔封じの鍵(ホーリーロック)に妖の力を四重に封印された金城は、まるで只の人間の様に無力に崩れ落ちた。

 

 力を失った金城の元へと歩み、蹴り飛ばしてその腕を踏みつけて十字架(ロザリオ)を奪い取った。

 …やはりロザリオは教徒にこそ相応しい。

 ただ十字の形をしているだけで価値があるロザリオに仕掛けられた無粋な仕掛けを調べながらもそう思う。

 

「何故だ、何故…」

 

 金城はそう呟くが、神の正義が邪悪に勝つことなど、当然すぎる理屈だ。

 最早理屈と言うよりは、摂理と言うべきだろう。

 

 ロザリオを奪い取った上に、無力化した金城には僕にはもう用事は無い。

 青野の方に魔力で弾き飛ばした。

 ()人間同士、話すことくらいあるだろう。

 

 

 

 

 僕は祭壇を調べるフリをして、仕掛けを施した(・・・・・・・)後、先にその場を去ることにした。

 その時だった。

 

 

「あのっ、先輩は悪い人のフリをした良い人でした。

北斗さんは、良い人のフリをした悪い人でした。

でもオレは、先輩の悪い部分も良い部分も、北斗さんの悪い部分も良い部分も、全部本当にある一部なんだと思います。

だから、もし良ければ――――――」

 

 青野め、全く五月蠅い奴だ。声がデカい。

 

「勝手に決めつけるのは良いが、それを大声で語るな。

妖から発せられる言葉など吐き気がする。

ここから先は僕の必要の範囲外だ。

妖同士殺し合うなり助け合うなり好きにしろ」

 

 そう言って、この場を今度こそ去ろうと思ったが、一つ青野に前から言おうと思っていたことを思い出した。

 振り向くことなく、それを告げる。

 

 

「…青野」

 

「はいっ」

 

 

「『チリンの鈴』という童話を知っているか?」

 

「…みんな、知ってる?」

 

 青野も周囲の者も識らぬ様らしい。無知な連中だ。

 ならば教えてやっても良いだろう。

 

「夢を叶えるために、化け物の力を求めた子羊が、遂には化け物そのものになってしまった話だ。

化け物になった羊は、もう羊の世界では暮らせない。

青野月音、今お前の周りにいる化け物達だけが、お前を許す世界だ。

精々、大切にすると良い」

 

 言いたいことだけ言って今度こそ去ることにした。

 先程注意したばかりだというのに、背後から聞こえる青野の五月蠅い声での礼など、耳に残す気にもなれない。

 

 

 

 学園に救う裏組織の情報を掴み、理事長に貸しを作り、祭壇に仕掛けを施した。

 僕はひとまず、この学園に来た最重要目的は達成できた。

 だが、他にもきっと未だ為していないことがあるだろうから、任務期間延長の申請をしておくとしよう。

 取り敢えずは、学園祭に美術部の交渉担当と、科学部部長としてやるべき事がある。

 今回の件を無かったことにして、金城を無理矢理実行委員長として働かせるのも良いかも知れない。

 というか、そうしなければ僕に実行委員長が回ってくる予測がつく。

 金城がいなくなれば、青野辺りが僕を推薦するだろう。

 全く迷惑な奴だ。

 

 

 

 

 

 此処は陽海学園。

 妖怪が、人のフリをして戯れる偽りの園。

 妖怪如きが、人間の様に、泣き、怒り、笑い、傷つけ合い、手を取り合うなど、……全くもって度し難い。




ここで第一部完です。
この後は、第二部へ移行します。
先ずはここまでお読みいただきありがとうございました。

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