僕は魔女の瑠妃と紅茶を飲みながら休憩していた。
時間を共にする用事は無いが、彼女の方から話があると言ってきたので、仕方なくだ。
「それで、話とは何だ」
「金城北都が
金城北都ォォッ!!
思わず茶を吹き出しそうになったが、類い希な精神力でそれを押さえつけた。
「…そ、そうか。彼のプライドの高さからして居づらいのは理解していた」
「ええ。そう言って貰えると嬉しいわ。それで…なんだけれど」
ああ、聞きたくないし聞く必要も無いな。
つまり、僕はここで席を立って帰るべきだと感じた。
「次の授業の準備…、予習とか色々しないといけないから話は今度聞こう」
「あなたなら予習も必要無いと信じてるわ。ところで――――」
下らない。実に下らない。
「――――実行委員長を引き継いで貰いたいの」
やはり、か。だが…
「僕は二年生だ。こういうのは最上級生がやるべきだろう」
正論をぶつけておく。正論とは正義であり、通すべき筋だ。
「…前委員長の書き置きであなたを推薦したいと。
そして、委員の一人である月音さんも賛同しているわ」
あいつらに優しくしたのが間違いだった。
恩を仇で返すとは、実に度し難い。
「勿論、急遽のことであるし私も最大限協力するわ」
…まあ、少なくともそれくらいはしてもらわなければ困る。
その可能性もあると想定して、なった時のための準備はしてきた。
こうなった以上、それが正道だろう。
だが、納得はできない。
「協力するというのなら、この後の僕が受ける授業の担当に賢石は休むと伝えてくれ」
「何をするつもり?」
聡明で正しい僕の行動は、無知で邪悪な妖には理解できないだろうから、わかりやすく事実だけを教えてやろう。
「――――忘れ物を取りに行く」
僕はあの戦いの時、金城に仕掛けを施した。
厳密には、
一定時間の間だけ、術式を起動すれば僕にだけ解る匂いというか、波長の様な物を出す仕組みだ。
それを追って追いかければ、金城の居場所は知れた。
吉井霧亜*1と共に、妖の世界から抜け出そうとしていた。
人間程度の力しか無いならばこの世界で生き抜くのは難しいだろうから仕方ないと言えなくも無い。
吉井は元から妖故に、抜け出る問題は無いだろうが、それだけ金城を気に入ったのだろう。
まあ、そんなことはどうでも良い。
「待て、金城北都」
「……賢石翠、実行委員長の仕事を放っておいて良いのか?」
「学園祭実行委員長はお前だろう金城。
せめてやり遂げてから消え失せろ」
僕に仕事を押し付けるなんて論外だ。
「ふふっ、無茶を言う。オレがあの学園に何をしたのか忘れたか?」
「だからこそだ。
妖が邪悪なのは当然だ。神に滅ぼされるべき闇の生き物だ。
だから、学園を壊す程度の邪悪など、妖としては不思議とは思わない。
存在するだけで罪な者が、幾ら罪を重ねようと変わらない。
…第一、前任者に汚された実行委員長の椅子などに座れるか。
お前の自尊心や羞恥心を汚してでも拭き取りに来い」
吉井はニヤニヤとした目で此方を見ている。
だが、その瞳の奥が冷えているのが僅かに解る。
コイツも邪悪な妖に過ぎない。
人間が大切だと思うことがつまらなくて、悍ましい絶望を好む天邪鬼なのだろう。
案外、そこら辺の妖怪かも知れない。
そして、僕がこの学園で最も警戒すべき相手だった。
九曜と同様に、例の組織に所属している可能性が非常に高い。
僕にとって、滅ぼすか調査をしなければならない対象だった。
尤も、その対象だと知ったのは金城を倒す少し前であったが。
もし、青野達を見捨てて吉井に迫っていれば、その招待を確定できていたと思う。
…今となっては意味の無い過程だが。
「それとも、お前の自尊心や羞恥心など実は大した理由でなくて、
金城の表情が消え、逆に吉井の眼に今度こそ笑みが灯った。
「…何処でそれを知ったんだい?」
距離を詰めてくる吉井に対して、僕は憮然とした態度は崩さない。
「前提が違う。
それを探るためにこの学園に来たんだ」
「へえ…、それは面白いけど、なら尚のこと学園に戻るなんてあり得ないと思わないかい? ねえ、北都」
吉井はまるでキツネの様に嗤うが、キツネと言えば本物の妖狐である九曜の方が真面目な顔をしていると思う。
「いや、帰るぞ霧亜」
そう答えた金城に、吉井は少し驚いた様だ。
無言の内に、理由を説明しろと視線で金城に訴えていた。
「
「そういうことにしておくよ、金城先輩」
ああ、青野が言っていた悪いところも良いところも金城北都の一部とはこういうことか。
偽りの姿とは言え、彼なりに実行委員長ではあった、と。
青野の洞察眼を上方修正しなくてはならないかも知れないな。
さて、これで僕は科学部と美術部に専念できるというわけだ。
そう言えば石神教師は未だ自主退職してない様だが、つまり美術部顧問として動いてくれるのだろうか?
そうで無ければ僕が色々手配をしなければならない。
石神教師がどうしても出てこないというなら、最大限協力すると言った魔女でも臨時顧問に押し付けるとしよう。
…ああ、誰も彼も僕に面倒を押し付けようとする。
妖という存在は、全くもって度し難い。