パンチラ系妖怪美少女学園での度し難い日々   作:蕎麦饂飩

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神は自ら助く者を助く

「久しいな御子神」

 

「ああ、久し振りだな我が友マックス」

 

 

「…その名で呼ぶなと言っただろう」

 

 陽海学園理事長の御子神典明と、神聖教会司教のマクシミリアンは学園の一番高い部屋から、賑やかな学園祭の運営明け暮れる生徒達を見ていた。

 彼らは嘗て、無二の親友であり、そしてその袂を分かった。

 

 若き日のマクシミリアンは、人間と妖の共存の夢を妖怪である御子神に熱く語り、その実現に向けて日夜邁進し続けた。

 御子神典明がエクソシストの格好をして、十字架の魔具を使うのも、その名残であるし、魔封じの鍵(ホーリーロック)も本来は魔封じが目的ではなく、人間と妖怪の狭間を埋める手段であった。

 しかし、両親のいないマクシミリアンが世話をしていた最愛の妹が妖によって殺害されてから全ては変わった。

 

 マクシミリアンは教会の過激派の最先鋒として、妖の絶滅を主張し続けるようになった。

 そんな彼がこの度、妖であるホムンクルスをこの学園に送り込むと聞いたとき、御子神は柄にもなく喜んだ。

 

 しかし、ホムンクルスに滞在延長許可を出しに来たという名目で学園に訪れたマクシミリアンが妖である生徒達を見る目は憎しみそのものだった。

 失望と後悔と僅かな希望を心に浮かべながら御子神は嘗ての愛称で親友に語りかけるが、相手にとって御子神は()親友に過ぎなかった。

 

「…あのホムンクルスは、上手く動けているか」

 

「少々癖はあるが、翠くんは友達と上手くやっている様だ」

 

 彼らの視点の先には、化学調味料喫茶を切り盛りしている少年の姿があった。

 

「そういう事を聞いたのでは……いや、いい」

 

 極めてどうでも良さそうに言うが、どこかホッとした様子である友の姿に、己の生徒である賢石翠との繋がりを御子神は見た。

 

「忘れていたが大司教就任決定おめでとう」

 

「…喜ぶな。神の組織で上位の位階にお前達を滅ぼす男が座ったのだ」

 

 

「ああ、わかっている。だが、祝わせて貰おう」

 

「…後で後悔するがいい」

 

 益荒男の様な笑みを浮かべる理事長の横で、大司教となる男は僅かに口元に笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

「部長、サッカリンが足りません」

 

「では、そこのアントラニル酸を化合しろ。…ああ、そっちじゃない、それだ」

 

 美術部の方は展示がメインであるし、折角なので今年卒業する部長に押し付け……任せた。

 金城は委員会で謝ったのか力で脅したのかは知らないが、この学園祭が終わるまで在校する様だ。

 石神教師は探しても出てこないので、魔女を臨時顧問としてかり出した。

 当初、部員にのせられて、彼女をヌードモデルとしてデッサン会をイベントとして出すとか言い始めたので、公共風俗を害すると九曜達公安の名前を出して企画を潰させた。

 しかし、あの時の部長の意味深な笑いは気に食わなかったので、美術部のイベント運営では部長の負担を極端に引き上げた。

 …まあ、部員に協力させてはいけないとも決めていないので、何とかなるだろう。薄情な部員達ではないからね。

 

 だから僕は作品だけ描き上げて、科学部の方で運営を頑張っているわけだ。

 科学部がどいつもこいつもコミュニケーション能力が不足した連中ばかりだ。

 恥ずかしがり屋で陰気くさいのに妙にプライドが高い。

 そんな彼らだけに接客業など任せてもおけない。

 もっと、人付き合いの得意そうな部員はいなかったのかと本当に思う。

 

「いらっしゃいませ。…おい、美人が来たからと言って緊張するな。練習したとおりにやれ」

 

 そして女に免疫がない男子部員の比率が高すぎる。

 緊張してビクビクしてるくせに、かっこ悪いところ見せたくないとか一体どんな考えだ。

 まともにやる正道が一番素敵だと理解すべきだ。

 

「あら、あなたが賢石さんかしら。娘から話は伺っておりますわ」

 

 クールな雰囲気の和服の美女。

 いや、クールというか、気温的な意味でクールを通り越してコールドだ。

 周囲の客や部員が震えだしている。

 もしかしなくても、

 

「白雪さんの親御さんですね、ご注文は何でしょうか」

 

 営業に切り替えて話を終わらせる。

 

「青野さんという男の子を娘に注文したいのですけれど…」

 

 あっさり、しっかり、業務を乗り越えてくるこのマイペースさ。

 間違いなく親子と言えよう。

 

「でしたら、新聞部のブースをご覧になってはいかがでしょうか、それと此方の不凍氷点下ジュースなどがお客様にお勧めです。

お持ち帰りも出来ますので、いかがでしょうか」

 

 和服美女は用件は済んだとばかりに、マイナス3度で凍らないジュースを持って去って行った。

 これで、少し休めるかな。

 

「君が賢石くん? 話以上に綺麗な顔をしてるわね」

 

 今度はフェロモン全開の美女がやってきた。

 僕にばかりこの様な客が来て、嫉妬で睨んでいる部員達には言いたい。

 君たちなら緊張で動かなくなってるから接客できていないだろうと。

 

 濃厚な男を呼び込む色気……サキュバスとかその辺りか。

 

「間違えでしたら申し訳ありませんが、黒乃さんのお姉様ですか?」

 

 その女は、僕の言葉を聞くと、暫くニヤついた後に答えた。

 

「あら、お上手ね。でも残念、くるむの母よ」

 

 周囲の者達は驚いているが、正直に言うと面倒以外の感情は僕にはなかった。

 年若い姉よりも、老獪な母親の方が対処が面倒だと思ったのだ。

 

「…目的は、青野ではありませんか?」

 

「ええ、でもその前に君のことも見ておこうと思って」

 

 やっぱり面倒だと思う。

 恋とか愛とか感情を糧にして生きている種族だけ会って、理性的とはほど遠い。

 魔女の方が未だマシとさえ思う。

 

「そうですか、ではご注文をどうぞ。

大人の方用にアルコールも合成できます。オレンジ、パイン、グレープフルーツ、グレナデンのカクテルなどどうでしょうか?」

 

「あら、雌猫という名の酒(プッシーキャット)なんて酷いと思うわ。でもそれ、頂こうかしら…お持ち帰りで」

 

 お持ち帰りの部分だけやけに色気を込めていうから性質は悪い。

 何故この様な愉快犯の親から、直情的な黒乃が生まれたのか理解に苦しむ。

 もしかして父親は恐ろしいほどの堅物なのだろうか。

 

 かくして二度目の面倒な客が帰った。

 

「すみません、注文宜しいですか」

 

 次に僕に声をかけてきたのはとんがり三角帽子を被った容姿の整った影の薄い女性。

 とはいえ、その魔女ルックは十分以上にキャラクターとして濃すぎるが。

 

「仙童さんのお母様ですね」

 

 もうこのパターンは読めた。

 

「あら、どうして解ったのかしら。もしかしてあなたも魔法使い?」

 

 その格好で解らないはずがないのだと何故理解できないのか。

 実に度し難い。

 

「いえ、ホムンクルスです。

ところで、青野や娘さんのいる新聞部でしたら向こうです。

では、メニューは此方ですが、何にされますか?」

 

「コーヒーをお願いします」

 

 マトモだ。

 凄くマトモ過ぎて驚いた。

 だが、驚いてばかりもいられない。

 化学調味料で、カフェイン抜きのコーヒーを再現して出すことにした。

 

「ごちそうさまでした」

 

 会計をするときさえ、普通にマトモだった。

 何故前の二人はこれが出来なかったのだろう。

 

 暫くして瑠妃がやってきた。

 

「忙しそうね」

 

「…、臨時顧問ほどではないさ」

 

 

「先程、くるむさん達のお母さんに会ったの…」

 

 会話はそこで止まった。

 ああ、そう言えば彼女の両親は人間界で交通事故で亡くなっていたな。

 

「そうか、仙童の母以外は大変な客だった」とでも軽口を叩くのも出来そうにない。

 …どうしてくれる燈条瑠妃。

 お前のせいで部室の空気が固まっている。部員や客達も此方を見るな。

 主よ、いや、主でも誰でも良いのでお救いください。

 そう願うほか無い。

 

「席は空いているか」

 

 救いは来た。

 

「お館様っ!?」

 

「はい、あちらの席が空いていますが、相席となってしまうのですが、宜しいでしょうか?」

 

「構わない」

 

 

「だそうなので、燈条臨時顧問もそちらでお座りください」

 

「はいっ」

 

 彼女の満面の笑みは向日葵を幻視させた。

 概ね、そこの魔女と共に向日葵の丘で僕が戦った記憶がそう思わせたのだろう。

 

 先程は、妖の分際で人間の様に落ち込んでいたが、君にも身内はいるじゃ無いか。

 少しくらい休憩したところで美術部員達も文句は言わないだろう。

 彼女たちは心が広い。…僕以外にはね。

 そもそも石神教師が行方を眩ませなければ僕も彼女も苦労しなかったと言えるのに。

 一体何処へ行ったんだ。

 

 

 そう言いながら何気なく外を見ると、いた。

 石神教師がいた。

 百鬼夜行の様な化け物の軍勢を連れて、進軍を命ずる王の様に振る舞っていた。

 

 

「石神教師……お前というやつは、僕たち美術部がこんなに忙しいというのに、随分と愉しそうな顔をしている(・・・・・・・・・・・)じゃないか」

 

 部室を出て行く僕を、部員達が恐ろしいモノを見る様な顔で見ていたけれど、そんなことの理由解明などどうでも良い。

 妖須く死すべし。特に僕に迷惑をかける妖は率先して死すべし。

 

 

 

 本性を剥き出しにした妖の大行進を指揮する石神教師は僕の姿を確認すると、待ち望んだ様に手を広げていった。

 

「見たかい、賢石翠。これが私のアートだ――――――」

 

 全て言い切る前に、レシニフェラトキシンの詰まった瓶の中身を全力でぶちまけた。

 レシニフェラトキシンとは、とどのつまり、究極的に辛い劇物である。

 

「うぉぉぉっっっ、眼がぁ、私の眼がぁっ!!」

 

 のたうち回っている石神教師を防護マスクを被ったまま、美術部の部室へと引き摺っていく。

 この後は九曜達公安が事態の沈静化に頑張ることになる。

 ここで頑張らなければ、公安の存在意義が疑われることになる。

 丁度更生中の不良共という兵隊もいるし、数は足りるだろう。

 僕だけでなく、九曜にも面倒をかけさせるのだから、石神教師には色々、仕事させないと割に合わない。

 痛みに悶えている石神教師を部室に放り投げると僕は無慈悲に宣告した。

 

「この後、自由参加の彫像体験を実施します。

持ち込んだ物を石へと変えて、それを題材に彫刻を作って貰うというイベントで、担当は石神教師が一人でやってくれるそうです。

それと、書道教室も同時開催してくださるとは。

いやはや、その為に今日まで準備されていたとは、生徒として頭の下がる思いですね」

 

 石神教師に付着したレシニフェラトキシンを分解してやると、僕は先程思いついた自分の作品を作り上げることにした。

 それに加えて、部員の一人に九曜に人員誘導の依頼を言付けした。 

 それと、こんなところで貸しが精算されるのも癪だが、理事長にも別件を伝える様に言付けした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 学園祭はかくして盛況の中終わり、石神教師は理事長から指導を受けた後復職する流れとなった。

 そして、去ることが決まっていた二人は、学園祭終了と共に、門を潜ろうとしていた。

 きっと彼らはそのままこっそり消えることが出来る。

 そう考えているのだろうが甘い。

 つい先日、知恵比べで負けたくせに、何故僕を出し抜けると思っているのだろうか。

 

「待て、金城」

 

 去ろうとする金城を引き留めた。

 金城は嫌な奴にあったとでも言う様な顔をしているが、そんなことは気にしない。

 元より僕は嫌な奴だ。

 

「どうした、役目は終えたぞ」

 

「ああ、だから君に渡しておく物がある」

 

 胡乱げな目で此方を見るが、お前程度の浅はかな思考では今から何を押し付けるかも想像はつくまい。

 

「少し早くなったが卒業証書だ。理事長がお前の成績なら飛び級で卒業してもかまわないと言ったからな。仕方なく代理で渡してやろう。

それと、お前の絵を描いた。選別だ。ああ、それと――――――この度ハプニングもあったが、無事学園祭は成功したと言って良い。

実行委員長を勤め上げた功績で妖共(やつら)がどうしても表彰状を渡したいそうだ。……全く、物好きな奴らで度し難い」

 

 

 

  学 園 祭 実 行 委 員 長 お 疲 れ 様 で し た

 

 そう書かれた墨字が、大きく掲げられている。

 

「見ろ北都、あの長の字は青野が書いたんだ。実に汚い字だとは思わないか」

 

「……ああ、本当だ」

 

 

 

 それ以後、話すことはなかった。

 

 二人は在校生に見送られ、学園を去って行った。

 

 

 ……本当に、物好きな奴らばかりだ。

 全くもって、妖という存在は度し難い。


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