パンチラ系妖怪美少女学園での度し難い日々   作:蕎麦饂飩

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闇のものは時に姿を変え、声を変え、あなたを追い詰めるだろう。しかし案ずることはない。あなたには真実を見通す神の加護があるのだから。

 捜索開始から数時間が経過。

 公安が用意した地図上で、最も怪しいとされる場所には僕が踏み込むことにした。

 その怪しさを判断する基準は、今までに追い詰められた異教徒の群衆が一番最後まで逃げ切れたパターンの採用だ。

 つまり、想定の中では相手には一定以上に知能を認めていると言って良い。

 

 行き着いた先は、嘗て使われたとされる地下牢獄。

 …凶暴で残忍な妖の集う学園だ。牢の一つや二つ無かったらおかしな事だからね。

 その存在に疑いを持つことはない。

 捕らえられた者を逃がしにくい様な構造である、入り組んではいるが一本道の地下牢の奥深くへと進んでいく。

 

 

 

「キャァアアアッッ!!!!」

 

 それから暫くすると、甲高い少女の悲鳴の様なものが響いてきた。

 なるほど、やはり僕がビンゴか。

 

 足音をさせない様に、それでいて急ぎながら向かうと、牛の頭をした巨大な妖が此方の方を向いて、棍棒を構えて仁王立ちしていた。

 そして倒れた少女も。

 まるで幼い子供を閉じ込めた迷宮*1のお伽噺の様だ。

 確かクレタ島辺りの伝説だった筈だ。

 

「しかし、怪物ミノタウロス*2は英雄に倒されてしまうのだった」

 

 ダンテの神曲では異教徒に責苦を味合わせる怪物であったから、種族としてはそう嫌いで無かったがこればかりは仕方ない。

 僕の同級生と下級生に手を出した。

 そう、もうこれは仕方ないんだ。

 

 曲がり角ごしに話しかけた僕に彼が気が付いた様だが、それは最早遅い。

 僕がこの様に声だけで意識を傾けさせる。

 この時点で勝負は決まっていた。

 元々牛というのは視力はよくない。

 それでもこの一本道であれば、自ずと視界に頼る様になるだろう。

 聴力と、視力に意識を傾けさせて、本来鋭敏な嗅覚への反応を少しだけ鈍らせる。

 その僅かな意識の逸れだけで十分だった。

 空気中に薄く散布したのは牛に有効な興奮物質。スペインの一部では今も飛躍として使われているものだ。

 

 そして曲がり角からゆっくり歩いてきた僕が持っていたのは、蛍光性の揺らめく布。

 薄暗いこの地下では、良い目印にはなるだろう。

 カポーテ*3と、又は――カッパと呼ばれる。

 偶然にも一致する名前だ。意趣返しとしては丁度良い。

 

 興奮物質に、揺らめく布。

 此処まで来れば、僕がやりたいことなど一つしか無い。

 『闘牛』。

 近年では動物愛護団体が反対をしていると言うが、家畜に神はいないのだから問題など無い。

 ましてや闇に生きる化け物の牛などに、愛護をかける意味など考える必要すら無い。

 

 突っ込んできた怪牛は、僕に回避行動を取らせない様に、低い姿勢で両腕を広げてダブルラリアットの如く突進してきた。

 僕の手に収まった剣に刺さろうと、牛がその勢いのまま衝突すれば、僕もタダでは済まない。

 故に僕が回避しようとすることで、僕の攻撃機会も奪うことが出来る。

 そんな風に、頭を使ったのだろう。

 

 だが、牛の頭は突撃するためのものであっても、考えるためのものでは無い。

 少なくとも、僕の思考には到底届かない。

 彼が踏み込む位置の地面を改変させることで足場を崩し、加えて僕の背後、彼にとっては正面になる壁を操作して巨大な剣を壁から突き出す様に構成する。

 僕の手に持った剣はフェイクで、この串刺しにする巨大な剣こそが致命傷だ。

 その勢いのまま突き刺されば絶死。

 無理をしてでも勢いを止めようとする。

 その全てに全力を込めて、彼は踏みとどまろうとした。

 …だが、それもフェイクだ。

 

 全力の突進を無理矢理踏み留めようとした余りにも大きな隙。

 手に持った剣で刺し抜くには、実に丁度良い。

 

「hore de verdad――――まさに、真実の瞬間だ」*4

 

 死にはしない程度に深く剣を差し込んだ。

 これで、暫く活動は出来ないだろう。

 

 僕は俯せ(・・)になって倒れている朱染心愛に近づくと、白衣の中にある瓶の中身を彼女に振りまいた。

 瓶のラベルは『聖水』。

 

 そう、先程の牛男の持っていたのは棍棒。

 そして、俯せに倒れる朱染心愛。

 倒れる向きからして、背後から叩かれたのが当然だとみるだろう。

 そうであるならば、それは不意打ちに他ならない。

 それならば、叫ぶ余裕など無い筈だ。

 

 勿論彼女が怖じ気づいて背を見せて逃げたところで背後から殴られた可能性もあるだろうが、一人でこの様なところに挑む蛮勇な少女にそれは実に似合わない。

 

 証拠は他にもある。

 最初から此方の方を向いていた先程のミノタウロス。

 僕が侵入することを予見していたに違いない。

 恐らくは監視カメラの様な手段があったのだろう。

 それで僕が入った時から、それを認識していた。

 

「ア”ア”亜“阿”ァ“ァ”ッッッッ!!!!」

 

 その証明は、叫んで姿を崩しながら急いで変身を解くドッペルゲンガー自身が行ってくれた。

 やはり、闇の生き物を滅するには神の祝福を受けた聖水が良い。

 妖の絶叫と共に、神の福音が聞こえる様だ。

 

「何故だ、何故判った」

 

 そう叫ぶドッペルゲンガーに種明かしをするつもりはない。

 勝手に無駄に叫ばせておく。

 僕は手を差し出しながら、大人しく降伏をしろと勧めた。

 

 ドッペルゲンガーは最後の足掻きとばかりに、僕の手を掴むと僕に変身した。

 そして僕の姿と能力を奪った。

 

 だが、それこそ僕の仕掛けた最後の罠だ。

 獲物を追い詰める時には、敢えて逃げやすい方向を作っておく。

 獲物がその逃げ道を自分で見付けたと判断した時、獲物は既に猟師の仕掛けた罠にかかっているのだ。

 

 …僕の能力には、一つだけ制限がある。

 万物の科学知識が無ければ、物質の化合・分解・状態変化・形質操作は行えないと言うことだ。

 生まれ持ってそれが完成してある僕であれば何の問題も無い。

 これが、僕が最も敵がいる可能性が高い場所に自分を割り当てた理由だ。

 同級生の河童に化けたにも関わらず、金属の恐ろしさを理解せず、水が変化した氷を恐れる時点で知識は受け継げていないのは明白。

 ならば、こうなることは僕が戦いを決めた時には決まっていた。

 勿論、これらの判断が、相手が僕に課した逃げ道(・・・)の可能性があるので、奥の手もあったが、それは特に問題ないだろう。

 

 そして、ドッペルゲンガーは僕のあらゆる持ち物は真似できていない。

 幾種もの法儀礼済みの武器や聖水。

 僕の最大の力は、能力でも妖力でも無い。

 ごく普通の人間にさえ宿る、さりとて強力な力。

 それは――――――――――――いと尊き主への信仰心だ。

 

 俯いて倒れている間に、準備はさせて貰った。

 

 

「主よ、穢れを打ち祓い、魂に永久の安寧を――――」

 

 彼の頭上に仕掛けた、洗礼済みの銀で作られた時限式チャフグレネード。*5

 神聖(悪質)なブービートラップが発動する。

 

 

「――――まことかくあれかし(AMEN)*6

 

 

 倒れたドッペルゲンガーを放置して、僕は更に奥へと進んだ。

 牢屋があり、そこには同級生と朱染が閉じ込められていた。

 その前には男が立っている。

 朱染の方は判らないが、少なくとも同級生の方は偽物では無い。

 理由…?

 ………なんとなくだ。だが、間違いは無いはずだ。

 そして彼の横にいる朱染が偽物なら、彼は正直にそれを僕に告げただろう。

 例え、同じ檻に入った朱染に化けた偽物に脅されていたとしても。

 会話した回数は多くはなかったが、それくらいには彼を観察してきた。

 …いずれ滅ぼすべき妖の特徴を調べ上げるのは当然のことだからな。

 

 牢屋の前にいる男は、鍵を見せびらかして命乞いをしてきた。

 ボスはお前がここに来たと言うことは既に倒された。大人しく鍵を渡すから見逃してくれ――――と。

 

 僕は、白衣の裏側から瓶を取り出すと、それを同級生にぶちまけた。

 瓶のラベルは聖水。しかし、今度はその中身は――――――――ただの川の水だ。

 

 水を浴びた同級生は本来の力を取り戻し、鍵のかかった扉を無理矢理蹴り飛ばした。

 鍵を強引に壊して。

 扉が激突した監視の男は気絶していた。

 よく見ると、鍵を持っていない方の手にはナイフを隠し持っていた。……借りが出来たな。

 

 元が水神の系譜を持つ河童である彼は、水さえあればその力は凄まじく高い。

 純朴な力持ちを地で行く男だ。

 加えて、水流操作にも長けている。

 今後は、この地下迷宮は近くの川の水を曳かせて水没させてしまう事を、監視の男*7を片手で引き摺る同級生と話しながら来た道を戻ると、気絶させたはずの二人がいなかった。

 

 …不味いが、一先ず目的であった救出に関しては成功した。

 二人にも後に残りそうな怪我はない。

 ひとまずはこれで良しとしよう。

 

 

 

 そう思いながら地下牢獄の出入り口付近に近づき、太陽の光が見えてくる様になった時、出入り口に浮かんでいる男達を発見した。

 男達の向こうにいる、逆光を受けた影が僕に告げた。

 

「あなたの事だから、一番危険で怪しい場所に自分が行くのは皆、判っていたわ。

だから、捜索が終わった人員で、あなたの救援に来ることは決めていたのよ。

結果はこの通り。

蜘蛛の巣で罠を仕掛けていたら、逃げてきた彼らは捕らえられてしまったの」

 

 先頭で笑う螢糸、そして他の同級生達。

 …ああ、実に屈辱だ。

 この僕が妖如きに動きを読まれていたのだとは。

 彼女たちの笑みに合わせる様に、一見自然に浮かんできたこの表情はきっと自嘲による苦笑いだ。

 神の信者たる僕を謀るとは。

 …全く、妖という存在は、実に度し難い。

*1
勘違いされがちだが、迷宮は本来一本道。偽物の道が複数あるのは厳密には迷路と呼ぶ。

*2
ミノタウロス ギリシャ神話に端を発する妖。力と気配遮断に優れた怪物。また、異端審問のシンボルとして、己と異なる立場にある弱き者に対しては、何をしても構わないという、正常だと自己を認識する暴走した一般人の暗喩にも使われる。

*3
闘牛で使われる布。実は牛は赤色を認識していない。故に今回は光の反射を認識しやすい蛍光とした。

*4
hore de verdad 直訳では真実の瞬間。つまり、トドメである

*5
チャフグレネード ヒラヒラした金属片などを周囲に撒く。本来であれば、レーダーの電磁波などを乱反射させて無効化するためのもの

*6
AMENとはAMENである。良く使われるヘブライ語である。

*7
原作では土蜘蛛の正体を現したが、本作ではその機会さえなかった


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