パンチラ系妖怪美少女学園での度し難い日々   作:蕎麦饂飩

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汝神を欺く事なかれ、汝己を欺く事なかれ、汝隣人を暴く事なかれ

「司法取引というのは好きじゃない。咎人の罪は神への服従か死を以てのみ認められる。

だけど、お前がどうしてもと言うならば使ってやろうじゃないか、ドッペルゲンガー」

 

 司教様の口添えで緩しを得たドッペルゲンガーの強盗一味は、ある事を条件にその刑期を大幅に短縮されることとなった。

 僕は罪を見逃された咎人の顔を見るために、そして取引の結果を伝えるために彼らに会いに行った。

 取り繕った余裕さでニヒルに嗤う強盗団長とその一味が封じられた地下へ、敢えて足音を響かせながら、段差を残り三段残した階段に立って告げる。

 

「酷いな、正義の味方気取り様は。神に仕える奴にしては、悪魔のような取引だ。

その取引内容で刑期が1年になると言ったって、代わりに死んだら意味ねーだろうが。

一種の死刑宣告だぜ、御伽の国(・・・・)への潜入工作とはよ」

 

「そう言うな。何にでも変われる者(ドッペルゲンガー)*1には、似合いの奉仕じゃないか。

喜べ、工作資金まで付けてやる。良いニュースが二つある。

先ずは一つ目だ。

――200万。少々血が付いていたから洗浄したが、未だ匂う。

似合いの金で、仕事に役立てろ」

 

 この200万は、銀行強盗団である彼らが奪った資産の一部のその又一部だ。

 遠回しでもない言い方だったので、それは彼らにも伝わったと思う。

 

「…強盗が盗んだ金を、自分達の工作に回すか。

その上、ネコババした金はこれが全てでは無いんだろう?

とんだ悪党だぜ。

…で、二つ目は」

 

 強盗団に悪党と言われる日が来るとは思わなかった。

 先ずは己が身を恥じろ、恥を知らない妖どもめ。…ああ、やはり度し難い。

 

 

「君たちが承諾するより少しだけ早く、()を外れるようにして欲しいという咎人がいてね、彼が君たちの道案内をしてくれるそうだ。

もし彼らが裏切ることがあり、それを止めるなり報告するなりしてくれれば褒美も考えている」

 

「…道案内?

馬鹿を言え、罪人同士で監視しあえって事だろ。

そういうのは、悪いニュースって言うんだ」

 

 好きに言えば良い。

 僕はそういう意図を込めて、そこで黙り込み背中を向けた。

 そして手を弾くように叩くと同時に、牢屋の鍵を後ろに投げ込むように転がした。

 

 後は、元来た階段を上って帰るだけだ。

 その後に、囚人がどうなるかなんて、僕は見ていないし、想像もしない。

 神の信徒である僕が、閉じ込められた咎人に鍵を与えるなんて行うわけが無い。

 あくまで、その後のことは僕は一切存じない。

 

 丁度十段を昇り終えて上の階に出たところで、絞首紐の代わりに用意した案内役達が待っていた。

 

「…彼らが裏切ったら容赦なく殺せ。彼らにも同じ事を言ってある」

 

「オレ達が同時に裏切ったりしたら破綻だな。その計画は」

 

 

「…そんな見え透いた簡単な抜け道は絶対に使わない。

抜け道を使うなら、もっと華麗に脱出するだろう、君たちなら」

 

「……ふっ、当たり前だ」

 

「ああ、その方が面白い(・・・)からね」

 

 

 

 …全く、代わりなさ過ぎて新鮮味が無い奴らだ。

 裏組織の御伽の国で幹部の位置にいる二人なら、裏切りの危険さを十分理解しているだろう。

 少なくとも青野達よりは遙かに頭が回る事は知っている。

 特に謀略に掛けては青野達では足下にも及ばないだろう。

 だが、それすらも自負と愉悦で乗りこなすつもりなのは想像に難くない。

 どちらにしろ、此方の最低限の目的を果たしてくれるなら、特に大きな問題は無いのだから。

 

 彼ら二人の間を割って抜けるように歩いて行った僕に、案内役の片割れが告げた。

 

「――――――その眼鏡、似合ってないな」

 

「前の持ち主の眼鏡選びのセンスが悪かったんだろう――――――」

 

 

 ……これでも学園の女子生徒には似合っていると言われるのだから、これはただのやっかみに過ぎない。

 嫉妬は七大罪の一つだぞ。

 ――――――ああ、全く以て度し難い男だ。

 

 

 

 

 ……実は本当に眼鏡が似合っていないとか、そんなことは無い筈だ。

 うん、そうだったら僕のセンスがおかしいことになる。

 今度、燈条と茶会――――という名の司教様と理事長の代理人としての会議があるから、その時には外しておくべきだろうか?

 ……いや、僕は僕のセンスを信じよう。

 それにそもそも、仮に似合っていなかったとしても、燈条と会議をするのに格好を気にする必要など微塵も無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆ー☆→☆←☆ー☆

 

 

「瑠妃さん達、結構良い雰囲気ですぅ」

 

「そうね、普段澄まし顔のあの男も心なしか柔らかい表情(かお)してる」

 

「お互いにさりげなくお洒落してきているな」

 

「…こういうのって、良くないんじゃないかな」

 

「ちょっと、後ろめたいような…」

 

「…お姉ちゃんも月音さんも、ここに隠れてる時点で同罪じゃない?」

 

 紫、胡夢、みぞれ、萌香、月音、心愛。

 彼女たちはいずれも学園から離れたところで、密談という形にはなっているが、喫茶店で談笑している、どう見てもデートにしか見えない翠と瑠妃を遠巻きに眺めていた。

 

「そもそも胡夢はどうやってこの情報を掴んだんだ?」

 

 最初にこのデートみたいな密談という、実質的なデートの情報を掴んだのは胡夢だった。

 その情報を入手できた理由についてみぞれが訪ねると、胡夢は少々興奮気味に答えた。

 

「いやあ、瑠妃さんがオススメの香水とか聞いてくるものだから、これは何かあるなって」

 

「でも、やっぱりこうやって眺めてるのは…」

 

 萌香は一見良識的な態度を取るが、視線はデート中の二人をガン見しているし、少々テンションが上がっている。

 尤も、女の子は恋バナが大好物だから仕方ないと言えば仕方ないのかも知れないが。

 

 みぞれは、これで瑠妃が月音争奪戦に入ることは無くなったかと、一見冷静に打算的なことを真正直に言っているが、先程から「くそ、ここからじゃ声まで聞こえないな」などと、割と楽しんでいるようだ。

 

 しかし、この中で最も瑠妃達にイケイケと念じているのは、間違いなく仙童紫だった。

 

 

 故に彼女は禁断の選択をした。

 

「賢石翠、早くその飲み物に口を付けるですぅ」

 

 

 一同は、紫の口から漏れたその発言で大凡のことを理解した。

 

「………何か盛った?」

 

 代表として月音がそう聞くと、マジカルアイテム『ほれほれくん・改』を出しながら紫はテヘッと笑った。

 マジカルアイテム『ほれほれくん』*2

 使われた者は正直になり過ぎてしまう禁断のアイテムであり、以前はそれを不用意に使ったせいで月音たちは散々な目に遭ったのだが、懲りない紫である。

 おまけに、現在制作中のマジックアイテム*3への繋ぎとして、惚れると言うよりはとにかく精神が露出する…それこそ理論上は本人さえ知らない深層意識さえ露わにさせる禁断のアイテムである。

 

 割と面倒な物を面倒な者に使えば、どうなるかなど考えることすら恐ろしい。

 以前やらかしたというのに、依然として反省が見られない紫は、今まさに胡夢にとっちめられているが、仙童紫は飛び級で今の学年にいるだけで、本来は見た目の通り、未だ十代前半である。

 少々子供っぽいところがあったとしても仕方は無い。

 

 仕方は無い……のだが、使う物と使う相手が悪すぎた。

 割と正直な燈条瑠妃はともかく、問題は普段から素直そうな取り澄ました表情とは裏腹に、欠片の素直さも無い賢石翠である。

 雪女の里で予言の精霊*4に翠のことを警告されたことを踏まえなくても、十分に自体は良くない。

 とは言え、そんな相手の本音が見たくないかと言えば、一同揃って嘘つきになるが、それ以上にやったら色々取り返しが付かないことになりそうなのは目に見えていた。

 

 

「ヤバいな…、止めないと」

 

 月音がそういった時、翠は既にカップに口を付けていた。

 

 

 あっ、終わった。

 月音達はこの後にどんな惨状が沸き起こるのか想像も出来なかったが、とにかくもう手遅れである事だけは理解した。

 

 

 

 翠は瑠妃の向かい側の椅子から、おもむろに立ち上がると、瑠妃の隣に座った。

 そしてなにやら話しかけた後、瑠妃の頬に手を添えて顔を近づけ――――――――――――その首筋に牙を突き立てた。

 

 

 

「キスいったぁぁっっ」

 

「よく見ろ、あれは吸血だ。でもあいつは吸血鬼では無い筈だが…」

 

 遂にキスしたと興奮する胡夢を、冷静にキスでは無く吸血行為では無いのかと、みぞれが修正した。

 

 

 

 そんな中、心愛が顔を真っ赤にしていた。

 確かにキスならそうなるのはわかるが、吸血鬼が吸血を見て赤面したことにみぞれがツッコむと、

 

 

「うわぁっ、あの吸血はえっちぃやつだ…」

 

 心愛は、独り言のようにそう漏らした。

 

「それってどういうこと?」

 

 胡夢は反射的にそう聞いた。

 それに対して、心愛は言いにくそうに答えた。

 

「その、ほら、求愛的な意味を含んだ血の吸い方って言うか、その…そんな感じ…」

 

 ………。

 少しだけ空気が淀んでしまったが、その淀んだ空気を吹き飛ばすような発言を胡夢がした。

 

「でも、モカがつくねにやってる吸血って、いつもあんな感じじゃない? ………えっ? それってどういうことなんだろ…」

 

 自分で気が付いたのに結論に思考が追いつかない胡夢とは対照的に、みぞれは萌香の肩をがっちり掴んで、「後でしっかり話し合おうか」と言い含めた。

 

 

 

「ちょっと待って」

 

 その空気を誤魔化すように、月音が指を指した方向には、恍惚とした瑠妃を片手で抱きしめながら、もう片方の手で頭を押さえている翠の姿があった。

 瑠妃を優しく椅子の背もたれに預けさせると、両手で己の頭を押さえつけ――――そして首を振っていつもの澄まし顔に戻った。

 

 いや、澄まし顔のように見えるが、少しどころでは無い怒気が漏れている。

 

「……マジックアイテムの類か。…燈条、君の仕業…ではないようだね。

ああ、そうか」

 

 そう言って、周囲を見渡した翠はある一点に視線を固定した。

 

 

 そしてそのままゆっくりと歩みを進めていく。

 視線の先に隠れている者達は揃って、絶望という言葉の意味を理解したが最早遅い。

 もっと早く反省と後悔と自重という言葉の意味を調べるべきだったのだ。

 

 

 

「………隠れる必要は無い。さあ、早く出てくるんだ」

 

 その中性的な、しかしガラスの刃のような鋭さを持った声は確かに月音たちの方へと向けられていた。

 

 

 

「まったく、つけ回した上に薬まで盛るとは。

君たちという妖は―――――――――――――――全くもって度し難い」

 

 この後めちゃくちゃ爆発した。

*1
ドッペルゲンガー 触れた者の姿と能力をコピーすることが出来る妖

*2
ほれほれくん 原作第二部の最序盤で登場。仙童紫が制作した。己の心の内に格下欲望に忠実にさせる惚れ薬の一種

*3
原作で登場したマジックアイテム『以心伝心』のこと

*4
原作に登場した未来予知が可能 雪の巫女のエクトプラズムでジャックフロストという名である


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