ならば発酵させてリンゴ酒にしてしまいなさい。
結局あの後、青野達は病院ではぐれ妖の一人に狙われたようだったけど、黒乃達が最初から警戒していたおかげであっさり片が付いたようだ。
まあ、どんな結末になろうと、青野が人間ではなくなった以上、僕に心配する必要は無いわけだが。
そう言ったことよりも、青野月音が学園祭実行委員会に入ったことの方が大きい。
その実行委員会には、はぐれ妖などのチームの上にある『
少なくとも一人、いや三人は紛れているはずだ。
反学派の更に上というか、裏にも僕が探る組織は関連しているはずだが、取り敢えずこの学園において最大の危険組織はといわれると反学派になるだろう。
それにしても、理事長も人が良くない。
話したことも会ったこともまだないが、十中八九青野月音は囮だろう。
敢えて僕を囮にしなかったのは、先日僕が派手にやり過ぎたからだろうか。
最初から釣り針が見えたエサに食いかかる魚はいないから仕方ない。
そして僕が青野月音を囮にして、反学派を叩くところまで理事長の計算の内なのは、少々癪だと言わざるを得ない。
そして、青野を囮にする以上、理事長子飼いの戦力も、青野に釣られてきた敵を叩きに行くだろう。
そしてきっと青野大好きガールズ達も動くのだろう。
それさえ含めて理事長の思い通りか。
なるほど、僕だけを動かすより効果的なわけだ。
それにしても、学園祭如きで組織を食い込ませて、時には殺しをするなんて実に妖らしい。
いっそのこと学園祭でなくて、堂々と血祭りをすればいい。
妖の数が減って、主と僕が喜ぶ。
話は変わるが、青野は
理事長には魔封じの鍵のスペアを作らせた方が良いだろう。
青野みたいなのは大抵無茶しすぎる。
具体的には赤夜の危機が迫れば、鍵を外して屍鬼としての力を振るうだろう。
考えなくても想像に浮かぶ。
さて、その青野から面白い話を聞いた。
委員長の金城北都がどうやら希に見る善人だという話だった。
そもそもこの学園にいる時点で善
それに妖という時点で、区別無く全て悪だ。
青野は金城に心酔しているが、果たして青野大好きガールズはどんな反応をするだろうか?
…ああ、これも考えるまでもなかった。
簡単すぎて実につまらない想定だ。
嫉妬しないはずがない。
取り敢えずそんなどうでも良いことは置いておいて、ポスターの絡みなどで青野達新聞部と、僕たち美術部は学園祭に向けて協力体制に入る。
美術部員としては、そちらのことを優先すべきだろう。
学園の秩序は九曜達に押し付…任せよう。
というわけで、僕は美術部の代表として新聞部にやってきたのだが、やはり青野はいなかった。
学園祭実行委員の方が忙しいのだろう。
それはそれで仕方ない。
人狼が僕を見てあからさまに嫌そうな顔をしてたのが不快だったが、それも置いておく。
「賢石だ。美術部代表としてきた。
ポスターの掲示位置と内容について調整に来た。
関連する新聞のイラストについては後で調整しよう。
写真部との調整のことも合わせて聞こう。
決まったことは僕が3部の代表として公安に報告に行く。
君たちは公安に顔出すのは嫌だろう?」
自分達が学園の正義だと、力を振るう公安ともめた新聞部が公安を嫌うのは理解できる。
…だが、公安も公安なりに正義を通そうとしているから、僕ぐらいは顔を立ててやらないとな。
ああいった手合いは、おだててやると懐を広げるものだ。
第一、曲がりなりにも独善的だろうが秩序を強いてきた公安が存在しなかった場合、妖しかいない学園がどうなっていたかなど目に見えている。
それすら解らずに対立するのだから、妖というのは全くもって度し難い。
「随分と公安と仲が良い様や無いか」
関西弁の人狼、森丘銀影。
特に彼は、公安の話をすると冷めた目をする。
キツネとオオカミ、どっちも同じ犬科の妖だろう。
タマネギが駄目な種族同士仲良くすれば良いというのに。
森丘とは対照的に感情的なのは種族故なのだろう。サキュバスの黒乃は、青野を独占している委員会の悪口を赤夜に言っている。
会話をするなら感情的な相手よりかは冷めた相手の方が、僕としては楽で良い。
「ああ、理性的で話が通じるのなら妖にしてはマトモだ。
利害と秩序を計算できるなら、それ以上の計算さえしてやれば簡単に付き合える。
…それで、森丘部長、新聞部としての返答は?」
「断る理由は無いが…」
実に結構だ。
濁したことで持たせた含みは、言葉に出来ていない以上無視するとしよう。
言葉に出したこと、文字に記されたことだけが契約だ。
「では、公安への報告は僕が代表するということで決まりだ。
だが、申請の書類には連名で署名して貰う。
では次に、イラストについてだが――――――――――――」
そういった会話を続けていくだけでも、それなりに気分が高揚するのを感じないわけではない。
学園祭のために、殺しまでするのは理解に苦しむが、ちょっとした熱意が沸き起こるくらいなら理解は十分に示せる。
美術部代表としての交渉結果を美術部に報告した後は、科学部部長としての出し物の調整をしなければならない。
これも、火や薬物を使い、それを客の前で行う以上、公安への事前報告が必要な代物だ。
公安を煩うのではなく、上手く利用してやれば向こうも職務に専念できて満足、此方も本来学園に直接報告する手間を省ける。
それが出来なかったというのだから、これまでの妖達は本当に度し難い。
それにしても、誰も彼も公安を必要以上に煙たがるのは何でだろう。
自分なりの正義に固執する自己評価と気位の高い狐と、美脚のミニスカートの和風少女のいる素敵な組織だと言えないことも無いのに。
彼らは妖でさえなければ、本当に友と呼びたい者達だ。
彼らは、学園祭にやってくる横暴なOBにさえ自分達の正義を通す、
はぐれ妖のチームに管理させるより、遙かにマシだろう。
そんなことになれば、OBの先輩方に在校生の女子生徒を宛がって、卒業後の口利きをして貰うはぐれ妖の姿が目に浮かぶ。
OBから怪しげなクスリを融通して貰い、学園で広めて売り上げを上納する姿さえ想定できる。
だから、僕は己の邪魔にならない内だけは、公安を支持しよう。
料理部にお願いしたいなり寿司を手荷物に、公安執行部の部屋へと向かう。
一般生徒立ち入り禁止の張り紙があったので、ノックをする。
暫くして螢糸がドアを開けたが、僕の顔を見ると露骨に嫌な顔をしてドアを閉めようとした。
残念だが、ドアの隙間には僕が足を挟んでいたので閉じられなかった様だ。
「螢糸、通せ」
「は、はい。九曜様」
物わかりが良い相手は好きだ。
…九曜、先程から僕の右手にしか視線が向いてないが、まさか匂いにつられて入室を許可したわけでは無いだろうな。
「公安の皆様こんにちわ。
今回は、科学部と美術部、新聞部、写真部の三部合同企画についての申請をしに来ました。
先ず、手土産に箱の中に入ったいなり寿司の匂いのタマネギを――――」
「帰れ」
九曜の周囲が少し燃えだした。
そう言えば、コイツは炎属性の妖だったな。
「…冗談も通じないのか。
中身は正真正銘のいなり寿司だ。勿論タマネギが中に入っていることもないから安心してくれ。
それと申請書類には抜けなどないはずだ」
螢糸はあら探しをしたいのか、書面を読み込んでいるが、それが見つかることはないだろう。
この僕が監修したのだ。万に一つも記載漏れや記入誤りなど無い。
ミニスカートで派手に貧乏揺すりをしているが、それは精々男を喜ばせる程度の意味しか無い。
尤も、無自覚な様なので指摘してやる必要も無いが。
さて、九曜が先程からいなり寿司の入った箱を見つめたまま、瞬きすらしなくなってしまったのでそろそろ帰るとしよう。
そんなことを考えながら、僕は部屋を出た。
それから三日後、別件で九曜の所に足を運びに行こうとした僕の目の前に、人間でさえいれば好みドストライクの少女が立っていた。
…そう、向日葵の丘で出会った魔女、瑠妃*1だ。
「金城委員長*2が、反学派のボスだった…。
お願い、月音さん達を助けて」
…折角、人が楽しみにしていた学園祭の準備に向かっていたというのに、学園祭の実行委員長がこの様な形で水を差すとは、
―――――――やはり、妖という存在は度し難い。