人は生命を与えられたのではなく、貸されたのだ。
──Publilius Syrus
濡れそぼる髪、湖岸にて
きっと私は、自由になりたかったのだろう。
その結果が生涯の束縛であったとしても、私は戦いの渦中に身を置く決意をした。
たしかに私は、自由になりたかった。
戦いの中で、硝煙の中で、この揺り篭の中で、私は自由だったのだ。
私は、自由になりたい。
頬に一筋、涙が流れた。
雨が降っていた。
無数の
藍の空に摩天楼が煌々と輝き、その像が海面に反射している。
煌びやかなその像は、一隻の船がその上を通ると白波に溶けていく。
船は港の隅に停泊し、次々と漆黒のバトルドレスを纏った男達が上陸してくる。
それを見付けるや否や暗闇からバンが現れ、彼らを乗せて走り出した。
「目標地点700m前です」
煙草臭い車に揺られていると、運転席に座る中年の男が告げた。
むせ返りそうな車内の空気を丸1日吸わされているのでそろそろ外の空気を吸いたいと思うものの、窓は毛羽立った黒いカーテンに覆われていて外の様子すら伺えない。
間もなく車が止まると、隊長のツヴァイが下車を促した。
車を降りると外の空気は湿気っていて、冷たい雨がバトルドレスと髪を容赦なく濡らしていく。
睫毛を瞬かせて水滴を散らし、胸いっぱいに空気を吸い込んだ。
古びた舗装の道路は街灯の明かりに照らされて妖艶に輝き、それと似た色をしたバトルドレスに身を包む自らの体も随所に細い反射光を湛えている。
彼方を見やると湖から突き出たピラミッド型の建物、目標の研究施設が目に入った。
ここは【鉄の国】フェルム。
フェルムによって私たちの祖国【壁の国】ティオレから''神''の遺体が奪われ、その奪還を目指し計画されたこの作戦は既に4回目となる。
3度にわたり作戦を失敗した軍特殊部隊から私たち
潜入工作員ドライを研究施設に潜入させたのが2週間前、そして3日前に私たちはティオレから海路でフェルムに渡り、1日車に揺られてようやくここまでやってきた。
ツヴァイがこちらに歩み寄って来ると、その皺が目立つ顔に笑みを浮かべて話しかけてきた。
「アインス、調子はどうだ?」
「まぁまぁかな」
「そうか、なら良かった」
「タバコ臭い車に丸1日押し込まれなければ、もうちょっと気分も良いんだけど」
「仕方ないだろう、軍用車ではここまで接近できない」
「……早く始めないとこの辺の人に見つかるんじゃ?」
「もちろん見張りは付けている……が、この時間にこの雨だ、こんなところに人は来ないだろうさ」
闇空を見上げるツヴァイにつられて、私も空を見上げた。
北方の空がメガロポリスの輝きに染められていて、雨雲が空を覆っているにも関わらず星が瞬いているようだ。
「フェルムはマスクなしじゃ肺をやられちまうんだが、今日は天気に恵まれたな」
「雨、か……」
フェルムは鉄の国の名の通り、鉄鋼業が盛んなため産業が発達している。
その影響で周辺では大気汚染が進み、普段はスモッグが立ち込めているのだが、しばらく降り続いている雨がスモッグを吸着しているのだ。
「よし、あと5分で開始だ、装備の確認をしておけよ」
ツヴァイはそう言うと水飛沫を散らしながら車へと走っていった。
私はカイデックス製のヒップホルスターからハンドガン【Mk57 GPHG v11】を抜くとマガジンを差した。
スライドを引くとエジェクションポートから金色の弾頭が顔を覗かせる、一瞥するとチャンバーに叩き込んだ。
スリングで肩からかけているアサルトライフル【Mk81 M4T8 C.Q.B.】にもマガジンを差してチャージングハンドルを引き、初弾をロードすると予備マガジンが各3本ずつあることを確認する。
最後にバックパックの中身をざっと確認すると、遺書を捨て忘れていたことに気がついた。
私は処遇を決めあぐねて暫し硬直したが、乱雑にその紙を丸めて目の前の湖に投げ捨てた。
「装備の確認は済んだな? 」
ツヴァイの確認にPSEFツヴァイ班員、フンフ【fünf】ゼクス【sechs】アハト【acht】そして私、アインス【eins】
が頷いた。
「先行班戦闘準備完了、ドライはどうだ?」
「オペレータードライからの信号は1分前に確認、作戦開始可能です」
無機質な戦闘支援機械音声が班員の無線に響いた。
「計画通りだな、さてみんな、美味い朝飯を食おうじゃないか」
壮齢の兵士は不敵な笑みを浮かべて告げた。
「第四次神奪還作戦、開始」
ほんの数分後、その場所に人がいた痕跡は全く残されておらず、ただスナック菓子の袋が強まってきた雨に打たれ、音を立てているだけだった。
いかがだったでしょうか。
登場銃器や、世界観に関する解説もそのうちしていこうと思います。