捜索、心酔の家中にて
彼と出会ったのは、私の初任務、ヘイブン解放作戦での事だ。
アンドロイド差別が激しい地域で、炭鉱夫として強制労働を強いられていた彼を、私は助け出した。
それからしばらくしてPSEFに入隊した彼は……ドライとなった。
私に恩義を感じていたのか、本部にいる時は毎日私に会いに来て、よく贈り物もしてくれた。
それでいて確実かつ手早く任務をこなすドライを、私は信頼していたし、彼の来訪は私の密かな楽しみになっていた。
「……」
「早く答えて、ツヴァイ」
「それは……」
「ツヴァイ!!」
だんまりを決め込むツヴァイに怒鳴る、この男が話すのを渋るというのはただ事ではない。
「……彼は、拘束されている」
どうして黙っていたのか、ツヴァイの胸ぐらを掴みそうになるのを必死に抑える。
「なぜ、そしてどこに、この2つに答えて」
「スパイの容疑をかけられた、どこに囚われているかは分からない」
「ドライがスパイ? ありえない……そんなこと」
「俺だってそう思う、しかし……」
「“H.P”ね、いつもそう」
呆れた声で、両手を広げながら私は言った。
「もちろん、彼を助けるために全力を尽くしてるんだよね?」
「……何度も交渉したが面会すらさせてもらえない、拘束されている場所も不明、自宅周辺の監視カメラも拘束時にシステムを落とされていた、八方塞がりだ」
「ほんと使えない……私が彼を助ける、手出ししないで」
ぴしゃりと告げて、私は走り出した。
ヒールなので走りづらい、しかし一刻も早くドライを助けなければならない。
「アインス! 待て!」
制止するツヴァイの声も振り払い、私は走り続けた。
玄関を押し開けると、私は寝室に入るまでの時間ももどかしく服を脱ぎながら歩き、寝室に入るなりジーンズと黒いパーカー、レッグホルスターにおろしたてのカスタムガン……【eFKP】を差し込むと、それを隠すように腰に赤いアーガイルチェックのシャツを腰に巻き、黒いソックスを履き替える。
ハッキングツールや予備マガジン、EMP弾をリュックサックに放り込むと、私は急いでドライの家へと向かった。
ドライを解放する手段は3つある。
1つ目は、彼がスパイでない証拠を集めること。
しかし彼を拘束したのはおそらく完全なH.Pの意思、つまるところ彼は濡れ衣を着せられたと踏んでいる。
潜入して作戦の下準備をしていた、という立場と、研究施設でのアナウンスで“ティオレの差し金”とまで言われてしまっていたことを鑑みるに、彼を情報を流していた人物とするのは簡単だろう。
2つ目はH.Pの目的を達すること。
なんの理由もなく濡れ衣を着せるのはどう考えてもおかしい、何らかの理由があって然るべきだ。
なのでH.Pの目的をなんとか突き止めることが出来れば、ドライの解放の糸口も見えてくる。
3つ目は至極単純だ、ドライが拘束されているところを特定し、連れ出す。
……できれば最終手段にしたいところではあるが。
ドライの家は比較的新しいアパートの一室だった。
扉の鍵は閉まっている、私はリュックサックの中からハッキングツールを取り出すと、扉の隣に設けられたカードリーダー式のドアロックに接続した。
少し錆が浮いている金属外装のドアロックを一瞥して旧式だと判断すると、ハッキングパターンからいくつか選び出しハッキングを試みる。
あっさりとドアロックが外れ、ゆっくりと扉は開いた。
「なにか、ドライが残したものは……」
ドライの家には何度か来たことがある、目の前にあるドライの家は、気持ちが悪いほどに元のとおりだった。
いつも通りすぎるということに対する違和感がざらりと背を撫でた、当然ドライの姿はない。
家の中を回る、しっかりと整理整頓され、本棚に収められる本はジャンルごとに文字列順に整えられている。
あまり生活感がないのは彼がアンドロイドだからだろうか。
寝室の扉に差し掛かった、過去の来訪の記憶が蘇る。
「そういえば、ドライは入れてくれなかったな……」
呟きながら、特に考え無しに扉を開け放った。
「これって……」
ほかと同じく小綺麗に整頓された部屋の壁の一角に、大切そうにたくさんの写真が掛けられていた。
───────そしてその全てに、私が写っていた。
「ドライ……」
彼にとって私は……何だったのだろうか?家族……姉……それとも母か?
孤独な彼にとって、私は唯一の拠り所だったのかと考えると、もっとたくさん触れ合っておけば良かったと、後悔の念が胸を締め付けた。
「必ず……」
入念な証拠隠滅が行われたあとであろうこの場所に、これ以上の収穫はない。
私は踵を返し、ドライの家を後にした。
薄暗い部屋の中に、青白い光に照らし出された人影があった。
カタカタとキーの入力音が空虚に響いている。
部屋にはファイルに閉じられた無数の書類が雑多に並べられている。
私はPSEF本部にある情報管理室、唯一PSEFデータベースにアクセス出来る場所に忍び込んでいた。
不正アクセスにより全作戦情報を閲覧していた私は、無数の文字列の中に事案54Nという項目を見つけ、手を止めた。
N記号はPSEFの書類整理でたまに使われる、作戦情報の数字のかぶりを防ぐ目的があり、各位の数の積を元の数に足すという意味の記号だ、回りくどく使いづらいためほとんど使われていないのだが。
「74……ナシか」
教会に置いてきてしまったが、おそらくアハトが家まで連れ帰ってくれているだろう、今はドライの身の確保を優先すべきだ。
事案54Nの項目を開き、参加隊員を確認する。
PSEFほぼ全班が動員されたと聞くが、戦闘員以外を全て含めても足りない、並行して作戦は行われていないはずだが───────
参加隊員リストに見知ったツヴァイ班の面々の名前も連なっていた。
当時のツヴァイ班には相も変わらず戦闘員にツヴァイとゼクス、ヘリ操縦士補佐にズィーベン、私は知らないが戦闘員にノインという名前もある。
しかし、その中にあるべきフンフの名前が無い。
フンフはツヴァイほど目立ってはいないものの、その優秀さは爆発物の知識と相まってPSEF内でも群を抜いていた。
それでツヴァイに次ぐベテランとくれば、この緊急事態に動員されないなどありえない。
「サーバーハックとは、大それたことをしたもんだな、アインス」
後ろから声をかけられた、完全に足音とドアの開閉音を殺した技量、その特徴的なテノールだけで声の主はわかった。
「こんなにしつこかったっけツヴァイ、なんのつもり?」
「こっちのセリフだ、流石に相手がお前でもサーバーハックまでされては黙ってはいられん」
「なら、黙らせるだけよ」
椅子を蹴るように立ち上がり、躊躇いなくレッグホルスターから抜いた銃をツヴァイに向ける。
「落ち着け、俺だってドライを助けたいんだ」
ツヴァイはまだ喪服のままだ、みたところ武装しているようには見えない。
「事案54Nの記録を見た、人が足りない……どういうことか答えて」
グリップを握る手に力がこもった。
私の剣幕にツヴァイは両手をあげ降参の意を表すと、語り出した。
「いつか、話そうと思っていた……まず銃をおろせ」
仕方なく銃をレッグホルスターに収め、傍らのデスクに寄りかかった。
ツヴァイは観念したようにかぶりを降ると、淡々と告げた。
「事案54Nの裏で、ある一族が消された」
「ある一族……?」
「その一族を消すため、特別班が結成され、フンフはそこに配属されていた」
「それは……私と関係ある?」
「わからないとしか言えん。俺にすら作戦に関しての記憶処理が施された、消された一族があったという事実、これだけだ」
悪寒が背中を走り、ひんやりと冷たいものが体の奥底から広がってくるのを感じる。
いくら探しても全く消息が掴めない家族、既に根絶やしにされていたなら辻褄が合う。
そしてフンフが、自分の家族を殺したかもしれない、そう考えると私に対する彼の奇妙な態度も納得できた。
どんどん想像が肥大化していく、いっそ私の家族はフンフに皆殺しにされたと言ってくれれば。
「その様子じゃ、ドライに関しては何も掴めていないんだろう?」
ヘイブン解放作戦と、ドライが参加した全ての作戦の情報を全て確認したがなんの収穫もなかった、H.Pが何を思って彼を拘束しているのかについて、全く手がかりを掴めずにいる。
「第四次神奪還作戦……あの時に研究施設には“木島”の名前で警備緩和の要請があったらしい。いくつもの中継を通じて送られていたが……発信元は塔の最上階、つまり警備を緩めたのはH.P自身だ」
「……情報を横流ししてたのも?」
「あぁ、作戦の日時まで割れていた」
「出来レース……つまりわざとナシを奪わせた?」
「そういうことになる、フェルムはティオレとの開戦の条件が欲しかった、H.Pはその手伝いをした……その罪をドライに着せたんだろう」
「……H.Pのところに行ってくる」
「アインス、まさか本気で言ってるんじゃないだろうな?」
ツヴァイが驚愕の声を上げた。
空気が一気にピリピリと張り詰めていく、今にも破裂しそうな緊張感が場を満たす。
薄暗い中でも爛々と輝くツヴァイの濃緑の瞳からは彼の考えは読み取れない。
「そこを通して」
そう言いながら一歩踏み出し、レッグホルスターに手をかける。
ツヴァイも背中に手を回すと、使い込まれた
睨み合い、全ての光を呑み込まんとする銃口が静かにこちらを見つめる。
ツヴァイは顔を下げ、
「……それが、お前の選択なんだな」
そう言うとツヴァイは手を開き、音を立ててハンドガンが床に落ちた。
ツヴァイに銃口を向けたまま、歩き出す。
ドアの前に差し掛かったところでツヴァイが服の内側に手を入れた。
引き金にかかる指に力がこもる。
「安心しろ、娘を撃つほど馬鹿じゃない。ナシから手紙だ」
そう言い、ツヴァイは手紙を差し出した。
奪い取るように受け取ると、私はドアを開き外に出た。
盛大に寝過ごしました、申し訳ないです。