アインスへ
私は、呼ばれました。
私は、行かなければなりません。
貴女が、彼を探すのなら。
貴女も、自由になりたいのなら。
全てを見渡せるあの場所で、共に眠りましょう。
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私は走っていた。
がむしゃらに、息が切れても。
喉の奥から出てきた酸っぱいものが口の中を満たしている。
受け入れたくなかった、自分を大切に思ってくれる人が理不尽に拘束されていることを。
受け入れたくなかった、短い時間でも私の孤独を埋めてくれた、無邪気な女神が居なくなったことを。
受け入れたくなかった、自分が涙を流している現実を。
私は吐いた、朝から何も食べていないので胃液がコンクリートの歩道にぶちまけられる。
ひとしきり出し終わると、私はまた走り始める。
どこかにまだ残っているまともな私が警鐘を鳴らした。
全ては私の妄想で、踵を返して家に帰ればナシは変わらず食事を要求し、しばらくすれば何食わぬ顔でドライが訪ねてくるのではないか。
今の私はまともではない、どうして1人の為に自らの職を賭け、育ての親に銃口を向ける必要があったのか、どうして悪戯好きの女神の虚言かもしれない手紙を真に受けているのか。
まだ戻れる……まだ戻れる。
「私は……私は……」
足を止め、一気に五感が戻ってくる。
年季の入った石畳、植え込みひとつとっても悠久の時の流れを感じる。
どうやってここまで来たのか、私は全く覚えていない。
しかし目の前に聳え立つ威容は、紛れもなく【塔】だった。
周りの観光客が好奇の視線を私に向けているのを感じる、嫌な感覚、無限とも思えたあの時間、ずっと味わい続けたあの感覚。
……どこだろうか、記憶にない。
そんなことを考えている暇はない、今私が目指すべきはただこの塔の最上階、彼方でこの世界の統治者が見下ろすあの場所。
「待っててよ、ドライ……ナシ……」
ナシの手紙にあった“彼”がドライかどうかは全くわからない、まさしく神頼みだ。
しかし今ある唯一の手がかりに、なりふり構っていられない。
石段50段ほどを登りきると、木製扉が開かれていた。
扉を潜ると、ひんやりとした空気が肌を包んだ。
床には赤い絨毯が敷かれ、大理石の円柱が並び立つ、まばらに観光客が写真を撮っている。
エレベーターを見つけると、私は昇降ボタンを押した。
華美な装飾が施されたエレベーターの扉が開く。
観光用のエレベーターで行けるのは全体の約3分の1である202階まで、無論階数指定は入力式だ。
ガラス製のキーパッドで迷わず202と入力すると、扉が閉まり、上昇感が体を包む。
レッグホルスターからeFKPを抜き、弾数を確認する。
チャンバーに1発とマガジンに7発、リュックの中のマガジン3本と合わせて計29発。
マガジンを取り出そうとリュックを開くと、咄嗟に準備したためか3本の他に1本空マガジンが入っていた。
どかっとエレベーターの床に座り込み、EMP弾の箱をリュックから取り出した。
ハッキングツールに潰されて箱がひしゃげていた、相変わらず過激なキャッチフレーズのパッケージを開き、きっちり7発マガジンに込める。
H.Pには最も効果的な弾だ、交渉が決裂したとき、これをH.P本体サーバーにぶち込めばそれで終わる。
ポケットにマガジンを突っ込み、リュックを背負った。
「202階です」
音もなく扉が開く、無人の展望階には静けさが漂っている。
純白の床材に足を踏み出す、正面に連絡用エレベーターがあった。
「……個体識別、対象補足、攻撃開始」
4つの黒い影が飛び出してくる、咄嗟に後ろに跳んで回避し、さっきまで自分がたっていたところに深々とブレードが突き刺さった。
「戦闘用アンドロイド!? なんでこんな所に……ッ!!」
間髪入れずブレードによる斬撃が加えられた。
戦闘用のアンドロイド、素体のままの肌色の体にはアーマーの類は無いが、アンドロイドらしい人工皮膚の継ぎ目が目立つ。
マガジンをEMP弾入りのものに交換し、スライドを引いた。
リュックを下ろして、相手の出方を伺う。
敵は4体、まともにやりあってはまず勝ち目はない。
深々と4つの穴が穿たれた床材を見るに、あの一撃をくらえばひとたまりもないことは明らかすぎるほどに明らかだ。
「攻撃失敗、修正中、完了、同期」
先程から1体だけ音声を発している、恐らくこいつが本体なのだろう。
「……死ね」
コンマ数秒のうちに構えられ、放たれたEMP弾は吸い込まれるように音声を発していた機体の頭部を撃ち抜いた。
「ダダダダダダダパリリパリスワスワワワワワワワワワワワ」
壊れた人形のようにめちゃくちゃな挙動をした後、糸が切れたように床に倒れた。
するとその隣にいた機体も苦しみ始める。
「権限委譲、EMP攻撃、回路保護、ウイルス侵入、回路保護、失敗」
同じような動きをして床に倒れる、ソルナオ謹製の弾の威力を痛感したのも束の間、残りの2体がこちらに走ってくる。
「権限委譲、攻撃再開」
1体が高く跳躍したのを見て大きく右に避ける。
床に突き立ったブレードを抜く一瞬の隙をついて胴体に2発EMP弾を撃ち込んだ。
即座に機能停止するが、残りの1体は全く気にもとめず私にブレードを振りかざす。
紙一重で避け、足払い。
転倒したアンドロイドの頭に向けて、立て続けに3回引き金を引いた。
展望階の白い床は焼けるような夕焼けと人口血液で赤色に染め上げられた。
よろよろと立ちあがる、服は所々で切れ、血が滲んでいる。
「まだ……まだ終われない……」
どうしてこんなところに戦闘用アンドロイドが配置されているのか、もう考えることすら面倒だった。
ただひたすら上に登って、ナシに会って、ドライを助けるだけだ。
連絡用エレベーターの前にたどり着いたところで、背後から声をかけられた。
「お嬢さんお嬢さん、ちょっと足を止めてはくれないかな」