男の声、聞こえた方向に瞬時にハンドガンを向ける。
「おっと、まだ撃たないでくれよ、おっさんの話を聞いてくれないか」
男はバトルドレスに身を包み、見るからに武装している。
「俺の名前はノインだ、元ツヴァイ班のエリート……」
ノイン、事案54N当時のツヴァイ班のメンバーで見た名前だった。
その後の記録では唐突に姿を消し、戦死者の記録にも無かった
「他にもジェームズとかキャメロンとか名前はあるが今はいい、してアインス嬢ちゃん、夜景を楽しむにはまだちょいとばかし早いぜ?」
「……」
「だんまりかぁ、鈴の鳴るような綺麗な声だって聞いてたんだが、まぁいいか。兄弟……ドライなら無事だ、さっさと帰ることだな」
どこかへ行けと言う意思表示に手を振る彼に食い下がる訳もなく私は問いただす。
「PSEF隊員がなんでこんな所に?」
「おぉー、確かに可愛い声だ、あとは顔が緩めば最高なんだが……」
「答えて」
「どういう返答がお望みで?」
「じゃ、“H.Pからの指令”意外で」
銃口を向ける、一刻も早く最上階に行かなければならないのだ、あまり時間を無駄にはできない。
「俺はH.Pにとって都合が悪い奴らを消す仕事をしてる……とまで言えばわかるな?」
「
H.Pにとって都合が悪い人物を暗殺する班が存在すると、ゼクスが冗談交じりに教えてくれたことが脳裏に浮かぶ。
「よく知ってるねぇ、不運なことに、アインス嬢ちゃんは都合が悪い人物の仲間入りを果たした……わけではないんだなこれが!」
「は?」
がっはっはと笑うノインの予想外の言葉に、驚きの声が漏れた。
絶句する私にノインは続けた。
「簡単なことさ、ここにアインス嬢ちゃんが居たら仕事の邪魔だから早く帰れって言ってるんだよ」
「誰を殺す気……?」
「賢いのはいい事だけど反面罪だぞ? 悪い娘だなぁ」
「質問に答えて、急いでるの」
「ずばり……今回の獲物はツヴァイ班、あーあ、素直に帰ってれば落下したエレベーターの下敷きになって楽に逝けたのに」
「……殺す」
殺意、純粋無垢な殺意が私を突き動かした。
「おぉこわいこわい、じゃあ冥土の土産話を2つほど聞かせてあげよう」
「あとで聞く」
引き金を引いた、バチバチと光の尾を引き、EMP弾は一直線にノインの頭に吸い込まれ───────
「残念でした、EMP弾は初速が出ないから俺レベルになると避けちゃうんだなこれが。えーごほん、むかしむかしあるところに純粋なアンドロイドがいました……」
自分の目で見たことが信じられない、初速が通常の弾に比べ遅いとはいえとても避けられる速度ではない。
「アンドロイドの名前はドライと言いましたが……そんな彼にジェームズというアンドロイドがいたずらを仕掛けました、彼の友達との約束をばらしてしまったのです」
無視して引き金をひこうとすると、彼の双眸に明確かつ、研ぎ澄まされた殺意が浮かぶ。
「おいおい、人の話はちゃんと聞けよ、ツヴァイも躾がなってないなぁ……」
仕方なく銃を下ろす、わざわざ自らの行いを暴露する彼の意思が読み取れない今、下手に刺激するのは得策ではない。
「あーどこまで話したか……まぁいいや次に行こう、俺ってば射撃の腕もピカイチだからさ、混乱に乗じてPSEFでも最強の一角にはいる“あの人”の頭を撃ち抜くのもお手の物だったんだよね」
───────「頭に一発、即死だった……」
ツヴァイの声が頭に響いた。
フンフに、私は恩義がある訳では無い。
かと言って、彼を恨んでいるかと思えば否だ。
仇を取らなければ、ふと湧いた使命感に対して、即座にするべきことが閃いた。
簡単なことだ、殺せばいい。
それで終わる、ハンドガンを構えようとするが、力が入らず全く動かない。
驚愕、途端に膝が折れ床に倒れ込む。
右肩に、細い針が打ち込まれているのに気がついたのは、あまりにも遅すぎた。
「その麻痺毒キクでしょ? 大好きなんだけど……反応が楽しめないのがたまにキズかな」
胸のシースからナイフを抜いた。
───────殺す覚悟を持つものは殺される覚悟も持たなければならない
こう言ったのは誰だったか、思い出せない。
窓の奥に浮かぶ太陽はもう沈もうとしている。
夕焼けと血溜まりで凄惨なまでに赤く染め上げられた床に、黒い影が映った。
「なっ……ヘリ!?」
窓が割れ、突入してきたのは───────ツヴァイ達だった。
「アインス! なんだそのザマは! 突っ込んでやられるとかカッコ悪すぎだろ!」
ノインに銃撃が浴びせられる、この声はゼクスだ。
ノインは人工皮膚が剥がれ落ちていくのにも全く動じず呟く。
「多勢に無勢、退路なし……こりゃ俺も死んだかな」
ノインはニヤリと笑うと、タクティカルベルトからなにかを外した。
グレネードだ、みんなに知らせなければ。
懸命に声を張り上げようとするが出るのは吐息だけ、体も自分のものでなくなったかのように動かない。
ノインはピンを抜くと、私の口にグレネードをねじ込んだ。
「安心しろ、死ぬのはお仲間じゃない……だけどお前はどうかな? 舌くらいは動くだろ、レバーを抑えてないと頭が吹き飛ぶぞ」
鉄の味が口を満たす、懸命にレバーを舌で抑えながらノインを睨みつけた。
ノインは嗜虐的な笑みを浮かべ、言った。
「あぁ……興奮するなぁ……」
そんなノインの頭に、銃が突きつけられた。
「それはわかんねぇな兄弟、俺たちにも分かり合えないことがあったなんて、びっくりだ」
「あはは……サブロー……久しぶ
彼の言葉が最後まで紡がることはなかった。
見慣れた体格、聞きなれた声。
「アインスさん……すぐ取ります……」
グレネードが取られた、すぐにビニールテープで巻かれ、起爆しないよう処理される。
肩から針が抜かれ、抱き起こされると少しずつ体の自由が戻ってきた。
「アインスさん……無事で何よりです」
「こっちの……せりふだよ……どらい……」
まだうまく呂律が回らない、渾身の力を振り絞ってドライを抱きしめる。
生暖かい温度が、首筋に伝わる。
「無駄足だったな、アインス」
ツヴァイが私の頭を撫でながら言った、たしかにその通りなのだが。
「なんで……ドライが……?」
「ティオレ中の留置場を洗い出していた、お前が部屋を出たすぐあとに連絡が来てな」
「はは……わらいばなしにもならないね……」
立ち上がる、よろけるが、行かなければならない。
「先輩!? なにしてるんですか!」
肩を貸そうとしていたアハトが言った。
「ナシを……迎えに行かなきゃ……」
そう言いながらアハトにナシの手紙を見せる。
アハトはその手紙に目を通すと、疑念の眼差しを浮かべて言った。
「先輩、罠です……ナシさんはドライが囚われたことを知らないはずです、下手をしたら……」
ナシがいなくなったことで動転していて気が付かなかったが、よくよく考えればナシはドライの失踪を知らないはずだ。
「ナシさんは文字通りの“神”です、読心でもしたのかもしれんが……先輩を誘導しているようにしか見えません、仮にH.Pとナシさんが繋がってでもいたらドライの拘束も……」
「くそっ、ヘリだ! こっちに来る!」
ゼクスが叫び、アハトの忠告を遮った。
彼方の空に3機、PSEFの攻撃ヘリが見えた。
「アインス……行ってこい」
ツヴァイが背中を押しながら言った。
熱い、ゴツゴツとした、“父”の掌だった。
「ドライ!また後で!」
外を向いていたドライは、こちらを向くとサムズアップで応じた。
ヘリの迎撃態勢に入った彼らを残し、私はエレベーターに乗り込んだ。
「アインス、これで飯は全員分だぞ!」
エレベーターの扉が閉まる寸前、ツヴァイはこう叫んだのだった。