「ねぇ、ひよこ」
「……どうした、ナシ」
「綺麗な国に、してくれたんだね」
「当たり前であろう、未だにあの時の命令は有効だ」
「……雨だ、冷たいのかな」
「しばらく雨にも触れていないな」
「本当に綺麗……あぁ、来たみたい」
「そのようだな」
◇
硬質の床材を踏みしめ、私は最上階に辿り着いた。
最上階は想像と違い、中央に直方体が設置されている以外には何も無い。
壁は全面ガラス張りで、ティオレの夜景が広がる。
「ナシ、迎えに来たよ」
向こう側に立つ、特長的な銀髪に声をかけた。
ナシは振り向き、微笑んだ。
すぐにこちらに走ってくると思ったのだが、こちらを向いたまま立ち尽くしている。
天井から声が響いた。
「私はH.P、AEARTH統括総合集合意識」
「H.P……!!」
激情を隠しもせず語調に上乗せし、レッグホルスターからeFKPを抜く。
「相変わらず、初対面の人には自己紹介を欠かさないんだね」
「えっ……」
今、ナシはなんと言った?
「哀れな器よ、この日のために何千年待ったか」
「どういうことなの……ナシ……?」
「私とこの子は友達、一緒に
ナシの声は聞きなれたあの無邪気な声ではなく、ノイズが入ったものになっていた。
「そのために待ったのだ、器として使うためわざわざ一族を根絶やしにし、記憶処理が面倒な友人が多い大学を攻撃させた、“あの男”は餌だったが……もう効果はないようだな」
H.Pはただただ事務的に、私がいたから家族は皆殺しにされ、友人は殺されたと、そう言った。
アハトの言う通り罠だったのだ、ドライの拘束も含め、全てが。
「どうして……私なの?」
「エリリ……リ……アインス、AEARTHのAっテ、何か知ッテル?」
「……知らない」
「“A”notherのA、ここは地球だけどそうじゃない、“もうひとつの地球”なの」
頭がついてこない、理解が追いつかない。
あまりにあっさりと告げられたことに、私は何も反応できない。
「もともとの地球【OEARTH】は反物質を固定してエネルギーとして利用していたが、それが地球のコアに影響を与えていたことに気が付かなかった。 そして移住のため、AEARTHに、“アンドロイド”のナシと我を送って開拓させた」
「でも全ては遅スギタの、“方舟”と呼ばれる宇宙船デデデ脱出しタタ人類を除イテ地球上の人類は死滅、ウうう宇宙船もAEARTHにたドリ着けず、旧人類は各国首脳の人格データと人類が築き上げた叡智をすべて、私ニタクシタ」
「ここまでいいかな、アインス?」
神をつくったのは人、ナシは全く嘘は言っていなかったのか。
私はただその場に立ち尽くした、違う、私が望んでいるのはこんな事じゃない。
「話は続けさせてもらう、一応君には知る権利があるのでな、そしてエリカは……」
「エリカは私ヲツクッタ研究者、知りもしない国の偉い人ナンテどうでもいい、私は彼女の人格データと記憶ヲ、アインスに移して……エリカを生き返らせる」
器、私の命は無駄、ただ彼女たちに利用されるために育てられた肉人形。
私は“かりそめの命”を貸されていただけだったのだ。
そう理解しても、私の心は何故か穏やかだった。
───────とても穏やかに、拒絶していた。
「全部……そのために……私を……」
「AEARTHは言ってしまえばパラレルワールド、紀元が前倒しになった分OEARTHより年数こそ進んでいるが、君は紛れもなくAEARTHにおいての“エリカ”だ」
「私は……受け入れない」
「残念ながら拒否権は与えられない、時間が無いのだよ……アンドロイド」
H.Pに呼応して、天井から戦闘用アンドロイドがぼとぼとと落ちてくる、その数20と言ったところか。
迷わず私に殺到して来る彼らに感情の類は感じられない。
───────きっと、もう私は諦めている
しかし、私は抗った。
迫り来るアンドロイドにEMP弾を撃ち込み、猛攻を抑える。
しかしアンドロイドは無尽蔵に産み落とされ、屍を踏みつけて尚もこちらに殺到し続けた。
とうとうEMP弾が底をつき、通常弾で対応するが猛攻を抑えきれるはずもない、ついに足首を掴まれた。
バランスを崩して転倒し、体が浮き上がる。
部屋の中央、直方体に運ばれていく。
「離せ……離してっ……」
必死にもがくが、抵抗虚しく直方体の箱の中に押し込まれる。
それは“棺”だった、半透明のカバーが閉められ、私を閉じ込める。
天井からまた声が響いた。
「哀れだ、何故そこまで生に固執する?」
「まだ……約束が……残ってる……ツヴァイ……みんなに奢る約束も、また店に行く約束も、ナシと一緒に寝る約束も、まだ果たせてない……だから……」
「エリカの復活はナシと、我の悲願なのだ、これを達するため世界を滅ぼすことになる研究機関
「ひよこ、始メテ」
ナシのノイズがかった声が聞こえた、彼女は人間でも神でもなく、アンドロイド。
「あぁ、どうりで冷たいわけだ」
「初期化、書き換え開始、意識があるうちに“遺書”を書いていてもらっても構わんぞ」
思考が奪われているのが感じる、どんどん記憶が薄まっている。
「……裏切り者達は死んだか」
もうその言葉の意味することも理解できない、いや、理解したくない。
ナシは私の顔を覗き込むと満面の笑みを浮かべ、嬌声を漏らす。
肩を震わせながら、掌で顔を覆いながら壊れた彼女は言った。
「アインスには本当に感謝してる、顔を見た時びっくりしたよ、エリカと瓜二つなんだもん……髪も声も匂いも骨格もなにもかも! 私、エリカが生き返るんだってその時確信したんだ! 最初はエリカの顔をしてるのに私のことが分からないみたいだったからびっくりしたけど当たり前だよね、まだ初めましてなんだもん、流石のエリカでも初めての相手が誰かなんてわかんないよね、でもエリカも酷いよね、私たちは家族なのに名前も覚えてないなんて、カミサマなんて笑わせないでよね、冗談はたしかにちょっと苦手だったけど笑えないよ、料理苦手だったけど得意だったよね、美味しかったよアイイイイイイイエエエエリリリカカカカ……一緒に寝る約束もまだだから今夜は一緒に寝ようね、無理言ってごめんね、でもエリカはエリカ……あれれアインスはエリカ……あれれ……まぁいいやエリカはエリカだから約束はどうしようね? あぁ早く戻ってきてよエリカ、この日を何千年待ったと思う? 私の全てと、この世界の全てを捧げてもエリカが生き返るなら安いもんだよ、こんなに愛してやまないのにどうしてエリカは生き返らないんだろうっていつも思ってた、でもエリカは優しくて賢くて私を作ってくれた、心も分けてくれた、はやく会いたいよ……エリカ……ねぇ……ねぇってば!」
視覚が死んだ。
触覚が死んだ。
温度も感じない。
もう思考が出来ない、壊れたようなナシの声も、もう聞き取れない、聴覚も死んだようだ。
走馬灯のように流れる知らない顔、いや、知っているのかもしれない、いや知らない、知ってるよ、知らない、知ってる、知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない
───────でも、きっと、私を愛してくれた人だよね。
こんな私が、愛されて、こんなに幸せで、いいのかな。
みんな、すぐいくよ。
「あ・・・り・・・と「初期化100%完了」
「さよなら、アインス」
───────「おかえり、エリカ」
ついに最終回です、楽しんでいただけたなら幸いです。
次回作にもご期待ください!