かりそめの命、臥した棺にて   作:木島後輩

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薫陶、地獄の内にて

「目標地点に到達、キャンパス東ゲートからの突入を推奨」

 

無機質な戦闘支援機械音声が耳につけられたイヤホンから響いた。

 

「よう新入り、お前も大変だなぁ」

 

傍らを歩く先輩のPSEF隊員、ノイン【neun】が肩を叩きながら言った。

 

「……大丈夫っす」

 

気丈に振舞っては見たものの語尾は少し震えていた。

PSEFに入隊し、元の名前と引き換えにゼクスというコードネームを与えられまだ5日、緊張冷めやらぬうちに大規模テロの鎮圧に向かうことになるとは夢にも思わなかった。

 

だだっ広い国内随一の名門大学の敷地には軍の拠点が並び、そこかしこで銃声が響き、火炎瓶が割れる音や怒号も度々耳に入る。

レンガ敷きの歩道を銃を携えて歩く、今自分がいるのはキャンパスの中央部、東ゲートの鎮圧に向かう最中だった。

 

「繰り返します、敵戦闘員は発見次第即殺害してください、捕縛は必要ありません」

 

当然のように殺しを命じる機会音声のこの言葉は今日何回聞いたか分からない、そして、聞く度に自分は躊躇いなく引き金を引けるのか、ずっと考えていた。

 

 

 

「何人やられた!?」

 

「たくさんです! まだやる気ですか隊長!?」

 

 気がつけば逡巡虚しく俺は建物の中で何十人と撃ち殺していた。

窓から入る日差し以外一切の光源のない建物の中、通路に積まれた土嚢による簡易バリケードに俺は身を預けていた。

ひとつ先のバリケードに身を隠すPSEFの隊長、ツヴァイは見た限りでも既に3桁近いテロリストを屠っている。

 

「ここは俺が抑える! そこの部屋の中を調べろ!」

 

ツヴァイ隊長がマグチェンジしながら命じた。

 

「了解!」

 

命令に従って姿勢を低くしながら、自分が身を隠していたバリケードのすぐ横にあるドアの中に入った。

素早くアサルトライフル“M4T7”を構える、窓はカーテンが閉められており室内は真っ暗だ。

敵の気配はない、ハンドガードに装着しているタクティカルライトを点灯した。

 

俺は一生この光景を忘れない、忘れられない。

タクティカルライトが照らし出したのは積み上げられた無数の青白い肌の死体だった。

 

 部屋の隅には顔がひどく腫れ上がったり、胸部に無数の弾痕が残されている男性の死体が、中央には全裸で見る影もない女性の死体が積み上がっていた。

縛られ手足が紫色に鬱血しているもの、腹部に色濃くあざが残るもの、顔に無数の丸く黒焦げた火傷があるもの、指が全て折られ首が回っているもの、目がくり抜かれているもの、指が噛みちぎられ口からはみ出ているもの……

ここで行われていた惨劇は想像の範疇をはるかに超えていた、吐き気を催して必死に堪える。

激しくなる動悸を抑えようと、その場に立ち尽くす。

 

「ぁ……ぁぎ……すけ……て」

 

そのとき、確かに女性の声が聞こえた。

1人でもいい、助けなければ。

 

中央の死体の山の裏に回ると、そこにはまだに肌が青白くなっていない若い女性が倒れていた、高校生くらいに見える。

手足の親指を結束バンドで縛られているのと髪の根元が全て白くなっているのを除けば外傷は酷くない。

 

腰からナイフを取り出して結束バンドを切る、触れると女性の低い体温が伝わってくる。

 

「すぐに助け出してやる、ちょっと待ってろよ」

 

女性が俺の方を見た、整った綺麗な顔だったが、泣き腫らした目から光は失せていた。

 

「おねがいします……もう……ころさないで……」

 

「大丈夫だ、大丈夫……へぼい軍隊と違ってPSEFは優秀だからよ……もう誰も殺させない……」

 

半ば自分に言い聞かせるように、俺は女性に言った。

ドアが開けられる音がした、女性が小さく悲鳴を上げてうずくまる。

足音が近づいてくる、M4T7を構え直した。

 

「ゼクス! 俺だ!」

 

「隊長!?」

 

この短時間で廊下の敵を一掃したというのだろうか、つくづく恐ろしい人だ。

隊長は部屋の惨状を照らし、確認しながら聞いてきた。

 

「こりゃ酷いな、生存者は?」

 

「ここに1人だけ」

 

隊長がこちらに寄ってくる、女性の様子を確認すると無線を入れた。

 

「生存者を発見、外傷軽度、今から運ぶ」

 

端的に要点を伝えると、背中に背負っていた丸められた毛布を広げる。

女性を包んで抱きかかえた。

 

「ゼクス、後ろは頼んだぞ」

 

配属5日の新兵に背中を任せるこの男に、俺は惹かれた。

自信を込めて力強く俺は宣言した。

 

「任せてください、隊長の背中は俺が守ります」

 

隊長は頷くと、部屋をあとにした。

 

 

 

事案54Nと名付けられたあの事件から1ヶ月が過ぎた、本部のカフェテリアで俺は呟いた。

 

「なんで、死んじまうのかなぁ」

 

救出された生存者は67人、既に50人が自ら命を絶っている。

 

「きっと、瞼に張り付いてるのさ」

 

独り言に答えながら、俺の向かいに誰かが座る、フンフだ。

入隊直後からよく世話を焼いてくれる先輩だった、あまりおしゃべりでは無い人なのでこの機会を逃さず言葉をかける。

 

「珍しいっすね、先輩がここに来るなんて」

 

「たまにはコーヒーもいいかなってね……まぁ1人物思いに耽る新兵が見えたのも理由の一つだがな」

 

俺は3日前にツヴァイ班への正式な配属が決まっていた、精鋭揃いのPSEFの中でも隊長の周りにつく精鋭中の精鋭の1人に選ばれた。

たしかに嬉しさもあるが、それ以上に自分がやったことに意味はあったのかとずっと自問している。

 

「そういえば先輩、“あの日”いなかったですよね、どこにいたんですか?」

 

「あぁ……俺は他の任務があってな……それ以上ことは言えん」

 

「史上最悪のテロより大事な任務、ですか……」

 

あまり詮索するのはよくない、白いプラスチック製のテーブルに置かれた紙コップ入りのコーヒーを啜る。

先程まで熱かったコーヒーは生ぬるかった。

 

「あと何人生きてるんだ?」

 

「67人中、17人です」

 

「随分減ったなぁ……その調子だと体の不調で死ぬヤツらを合わせたら全滅なんてことも有りうる……」

 

生存者のうち16人は妊娠しているという、堕ろそうにも口が聞けない。

国の法律で本人の合意が無ければ子供を堕ろすことは出来ないのだ、沈黙は産む意思があると捉えられる。

しかも16人は食べ物もろくに摂っていないと聞く、点滴だけでは妊婦に必要な栄養は足りないだろうし、出産に耐えられないだろう。

 

仮に生き残れたとしても、今の状態で心理診断を受けて心理状態が一定の程度を超えると、瀕死重傷者扱いになり生存者には数えられない。

 

「1人……希望があります」

 

「あの子か……」

 

あの部屋で助け出した女性、ショックで記憶を無くしたことが幸いし自殺に走らなかった。

また、彼女は“無卵子”だった、妊娠もせず、外傷が少なかったことも合わさり順調に回復している。

救出当初失明していることが判明し、早急に再生手術が行われ今は光が戻っているとも聞く、髪は染めるしかないようだが。

 

「ツヴァイ隊長が付きっきりですよ、あと親族を探しているとか」

 

「親族か……」

 

奇妙なことに彼女の親族にあたる人が全く見つからない、大学の記録から名前と住所は判明したものの家はもぬけの殻で、調査の結果親族がごっそり消えてしまったという。

 

「複雑な家庭だったんですかね……しかもまだ16歳だとか」

 

「飛び級コースの優等生の家庭が複雑なもんなのかねぇ……」

 

フンフが疑念を口にする、しかしPSEFにはそこまで立ち入る権限はない。

 

「見舞いにでも行くか、俺は初めて会うが」

 

「そうっすね、俺もちゃんと話したいっす」

 

そう言って残りのコーヒーを飲み干すとテーブルの下に置かれているゴミ箱に投げ捨てる。

席を立つと、フンフと連れ立って出口へと向かった。




ふんふんふ~ん
あっ、今回グロ注意です。
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