「そこの対応は削れ! できる限りマスコミにカバーストーリーを撒かせろ!」
「取材だぁ? もっかいここの採用試験受け直してこい!」
「そこの仕事は俺がやる、お前らは向こうが攻めてくる時の防衛について審議しろ」
毎日指示を飛ばし、人を動かし、多少の悪態をつかれつつも順調に事後処理が進みつつある。
「ふぅ……」
作戦からもう7日が過ぎた、班員には休暇を与えているが役職が役職だけに俺は事後処理に追われる日々が続いている。
ようやく仕事が一段落ついて、PSEF本部の自室にある黒革張りの椅子に腰掛けた。
大きく深呼吸して机の傍らに置かれている鏡で自分を見ると、5日着たままのスーツに身を包んだ髭の伸びた男が映った。
毎日シャワーは浴びているがそろそろ浴槽が恋しく思えてくる。
徹夜続きで頭に次々と浮かんでくる雑念を押し込めて、テーブルに置かれているコーヒーメーカーにパックされた豆をセットすると、すぐに白いマグカップの中にコーヒーが出来上がった。
ミルクと砂糖を入れてまだ熱い液体を啜る。
時計を見やるともう深夜2時だ。
もう一口コーヒーを啜り、大きく欠伸と伸びをした時だった。
最近20分おきに鳴っている電話が鳴った。
疲れを押し殺して受話器を取る。
「もしもし、株式会社イグニッション取締役の“ジロウ”です」
PSEFはつまるところ政治的な厄介者の処理をする雑用だ、込み入った事情は多々あるものの、万が一の間違い電話もありうる、いつも通り架空の団体を装い電話に出た。
「こちらティオレ国選議員委員会、H.Pから明朝6時から会談に出席するようにとの通達だ、ツヴァイ」
相手は想像していたよりずっとお偉いさんだった。
というか明朝6時と言っている、また徹夜が確定してしまい流石に気が滅入る。
「……了解」
なんの返答もなく電話が切られる。
早めに報告書などの資料をまとめておかなければ。
またひとつ、大きな欠伸を漏らした。
時刻は朝6時、会談が始まった。
会議室にはたるんだ体のお偉いさんが座っている、疲れと眠気で彼らに肌と髪の色以外に違いが見出せない、ただ目の下に濃い隈が出来ていないのはわかる。
円形の会議室にはいつも通りひとつ空席がある、そこが慣例的に身体を持たないH.Pの席だ。
「多忙な所、早朝からお呼び立てしてすまない、ただいまから第四次神奪還作戦についての第3回事後処理会議を始める」
理知的であまり人間味のない、H.Pの声が会議室に響いた。
ここは国政の中枢機関である通称【塔】の中にある会議室、他にも政治にあたり必要なほぼ全ての機関がここに集約されている。
高さ1000mに迫る塔はH.Pが統治を開始した3056年前から拡張され続け、その威容に見たものは息を呑む。
空席にひよこのマークが青白くホログラム表示される、ポリゴンを揺らしながらH.Pは言った。
「それではツヴァイ、報告書から見て私が気になったことをいくつか聞かせてくれ」
「はい」
徹夜明けの頭でも流石に緊張し、床につける足が強ばる。
神と話した時も緊張しなかったといえば嘘になるが、これほどではない。
「率直に言わせてもらうが、今回の作戦が敵側に察知されていた可能性についてはどう考えている?」
「潜入していた班員のドライによれば、襲撃した時間帯はシフト交代で警備が薄かったと言われていますが、それにしても警備は薄く感じました……しかし作戦を察知したなら警備は強化するのでは?」
またポリゴンが揺れる、少し間を置いてH.Pがゆっくりと言った。
「あえて神を奪わせたと私は考えている、恐らく向こうは神の奪還を“名目”にこちらに攻撃を仕掛けてくるだろう」
「……」
フェルムの領土は環境汚染が進み、神の遺体を奪ったのもその状況の打開のためであると考えられている。
しかしフェルムの領土は首都の他はほぼ工業地帯であり、環境の改善を図ろうにも領土が足りず、工業地帯を削ってしまっては国力が衰えてしまう、やはり本来の目的は……
「フェルムにティオレを堕とす意思があることを危惧して、PSEFでも既に防衛の準備を進めています」
「激務の中でも頭が回るのは流石だな、ツヴァイ」
誰が激務を回してるんだと頭の中で悪態をつく、早く休みを寄越せ。
話したいことにたどり着いたからか、流暢にH.Pは話し出す。
「よって、ティオレは国を以て早急に防衛策を考える必要がある、各省は防衛を重視しフェルムの動向に注意するように……なにか質問はあるだろうか?」
静けさが場を満たす、よくよく見てみるとお偉いさんの多くは早くも居眠りしている。
H.Pも気づいたらしく、嘆きの声をあげた、ひよこのホログラムが不機嫌な表情に変わる。
「国の重役がこの有様では、いっそフェルムに明け渡した方がいいようにすら私には想える」
H.Pは一応はティオレの側にいるが、ほかの列強諸国の政治にも影響力があり、政治の助言を行っている。
他の国はもっと真面目にやっているのだろうか、仕方ないとばかりに問いかける。
「じゃあ2点、いいですか」
「聞こう」
「まず、神……ナシはどうするつもりですか?」
「……検討中だ、自身の希望でアインス氏と同行しているが、やはり神から情報を得るために協力してもらう必要はある」
とりあえずH.Pに神をもう一度“遺体”にするつもりは無いらしい、そうなればアインスも無事では済まないだろう。
それだけわかれば十分だ、あとは完全な私情になる。
「……ふたつめに、休暇、貰ってもいいですか?」
「もちろんだ、しばらく羽を伸ばせ」
あっさりと休みの許可が出て、もっと早く言っておけばよかったと後悔する、休みの間に何をしようか、まずはアインスに飯を奢ってもらわなければ……その前に寝よう。
そんなうわついた思考が頭を支配した所に、H.Pは言葉を続けた。
「ただツヴァイ、ひとつだけ言っておかなくてはならないことがある」
「なんですか?」
「PSEFツヴァイ班員ドライを、スパイの容疑で拘束“した”」
「なっ……」
ドライが拘束された、あまりにあっさりと告げられて思考が停止する。
「以上だツヴァイ、退席してくれ」
「待て! ドライをどうする気だ!」
「……質問は終わったのだろう? ツヴァイ」
ここで衝突するのは得策ではない、沸き起こる怒りを懸命に押し止め席を立つ。
会議室の古びた木製ドアを激情のままに押し開け、外に出た。
クラクション、嬌声、怒号、鳴り響く無数の足音。
喧騒が聴覚を支配する。
ティオレのメインストリートの歩道に立つ街灯の柱に寄りかかり、俺は右手に握られた携帯端末の画面を見つめていた。
アインスにドライの現状を伝えるべきだろうか。
もともとドライは、アンドロイド差別が激しい地域で奴隷労働を強いられていた。
その地域の紛争の鎮圧に向かった際、アインスがドライを助け出し、それ以降ドライはずっとアインスを慕っている。
アインスもまた、ドライのことをいつも気にかけていた。
まだ何を言うか考えがまとまらない中、俺はアインスに電話をかけた。
喧騒が遠ざかり、呼び出し音しか聞こえなくなる。
アインスは電話に出なかった、まだ寝ているのだろうか。
両の手のひらで顔を覆う、視覚はゴツゴツとした硬い皮膚と、生暖かい体温に覆われる。
まだ彼女に知らせるべきではない、できることなら彼女に知られないうちにドライは助け出さなければ。
いつまでそうしていただろう、黒光りする腕時計を見ると時刻はもう9時を回っている。
そのときポケットの中で携帯端末が振動した、慌てて取り出して電話に出る。
「あぁ、もしもし?」
「もしもしツヴァイ、どうかした?」
いつもと変わらないアインスの声がスピーカーから響く、戦いから離れているアインスを不安にさせる訳には行かない。
「……あぁ! そうだそうだ、報告書を出してくれ」
昨日アインスの報告書は手渡しされている、一瞬の気の迷いで電話して、実の娘のごとく愛情を注いでいるアインスに嘘をつくことに対する罪悪感が胸を締め付けた。
「は? 昨日手渡ししたでしょ、もうボケ初めたの? ツヴァイ……今度ボケ防止のアプリ教えてあげるから」
「あっ、そうだったな……ごめんなアインス、休暇中に」
「いいのよツヴァイ、声が聞けてよかった」
「いい休暇をな、じゃあ」
危うく23時にすら間に合わないかと思いましたが何とかなった……
PSEFって名前の団体があるか調べたんですけど、教育支援の財団っぽいのがあるんですね。