かりそめの命、臥した棺にて   作:木島後輩

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水の記憶、湖面にて

 湖岸に停泊している物資搬入用の小型船に私たちは乗り込んだ。

サビだらけの戸を押し開けて操舵室に入ると、中には埃と腐った木の匂いが充満している。

 

「情報漏洩防止に毎回人を変えたのが仇になったな、へへ……」

 

ゼクスが気色の悪い笑いをこぼしながら、合皮が破けて中身がむき出しになっている操舵席に座る、免許は持っているのだろうか。

 

「アインス、連絡は頼んだぞ」

 

ツヴァイの指示に頷くと、船に備え付けられている連絡用の受話器を取った。

古びた傷だらけの黒い外装で、時代遅れの螺旋状ケーブルは補修の跡が見られるものの、所々でビニールが破れてテープが無残に垂れ下がっている。

 

 ゼクスが言ったようにあの研究施設は物資搬入のために毎回人を変えている、船員の選考に受かったのはこの班では私とアハトだけだ、他にも一般人が2人居るのだが既に保護されている。

尤も、これは内部に潜入している工作員、ドライが八百長した結果なのだが。

 

受話器を耳に当てると、ノイズが聞こえ気だるげな応答が聞こえた。

 

「こちら搬入ドック」

 

「こちら物資搬入船074、日雇いの“イチコ”です」

 

「ほかの班員に変われ」

 

アハトに手渡そうとすると、タクティカルグローブの繊維が受話器の外装にある大きな傷に引っかかる、手を引くと生地がほつれてしまった。

アハトが受話器の傷に引っかかった糸くずをつまみ床に放ると、やや緊張した面持ちで電話に向けて話す。

 

「日雇いの“ハチ”です、よろしくお願いします」

 

アハトはフンフに受話器を渡す前に、すっと懐からフォールディングナイフを取り出して、受話器の傷からささくれを削ぎ落とす。

フンフが受話器を受け取った。

 

「日雇いの“ベイカー”だ……です、よろしくお願いします」

 

いつもの口調が漏れるフンフだったがなんとかなったようだ。

最後に、フンフはゼクスに受話器を渡した。

 

「日雇いの“ジャック”でーす、おねがいします」

 

ゼクスが私に受話器を2本指で支えて差し出す。

それを受け取ると、受話器に向けて告げた。

 

「以上4名、ただいまからドックに出発します」

 

「了解、報酬は口座に振り込んだ」

 

表面が滑らかになった受話器を元あった場所に収めて、安堵の溜息をつく。

 

 ゼクスがエンジンをかけると、船体が軽く揺れ始めた。

前面のガラスに着いた水滴をひん曲がったワイパーがまばらに退け、前方の視界が多少改善する。

湖面が明るいライトに照らされて白く輝き、浮かぶゴミがあらわになっているのが見える。

 

「ゼクス、転覆しないでね」

 

「あたぼうよ、任せとけって」

 

ゼクスは計器類を確認し、燃料のメーターにゆとりがあることを確認すると、汽笛を鳴らす仕草をしながら言った。

 

「では、まもなく出航でーす、シートベルトをお閉め下さーい」

 

ふざけるゼクスだったが、それを咎める者はいない、彼はこういう人なのだ。

ゆっくりと船が進み出す、見てくれはボロボロではあったが以外にも動作はしっかりしている。

 

数刻、船内にはエンジンの駆動音と、湿った木製の床が、座り込んだ隊員の動きに軋む音だけが響いていた。

1人立って外を見ていたアハトが、こちらに向き直って沈黙を破った。

 

「……どうしてまたこの作戦を軍の特殊部隊なんかに3回も任せたんでしょうね」

 

「軍は事案54Nでヘマやらかしたから、その挽回をしたかったんだろ」

 

ノリノリで操舵中のゼクスだったが、ちゃんと話を聞いていたらしく答えた。

見かけによらずしっかりと作戦の裏事情を察している。

 

「……」

 

“事案54N”という言葉に、ツヴァイが顔を険しくした。

 

「あぁ、すいません隊長!」

 

ゼクスが珍しいことに慌てて謝罪した。

残念ながら、彼にはデリカシーが足りないのだ。

 

 事案54Nとは、5年前のAEARTH歴3051年に起きた史上最悪のテロだ。

とある大学キャンパスに武装した反政府ゲリラ200名以上が籠城、教員と学生合わせて863名以上が殺害された。

 

すぐに軍による制圧作戦が決行されたが、制圧に難航し5日間もの籠城を許してしまう。

 

PSEFの到着により制圧されたものの、生存したのは67名、うち全てが女子生徒で人身売買にかけられる寸前であった。

救出された67名のうち50名は自殺、4名は人格に深い障害を残し、12名は体力の著しい低下と''妊娠''により死亡、実質生存者は1名のみとなり史上最大の死者を出した反政府武装蜂起となった。

 

この事件で最も救出、ゲリラ制圧に貢献したのがツヴァイその人であり、狂乱状態の女子生徒ひとりひとりを救い出し、無数の死体の山からその骸を1人ずつ取り上げて運び、キャンパス内のゲリラを1人で8割無力化した逸話は今でも有名だ。

 

「アインスも、ごめんな」

 

背中越しではあったが、ゼクスは私にも謝罪した。

 

「いいよ、私は全然覚えてないし」

 

再び沈黙が訪れた。

目を閉じると、少しずつ聴覚が澄んでくる。

先程は聞こえなかった、波が船体に当たり砕ける音が外から聞こえる。

いつまでそうしていただろうか、今度はゼクスが沈黙を破った。

 

「おっと、そろそろ到着だ」

 

ゼクスの言葉で目を開くと、雨粒で視界が悪いガラスの先に迫る研究施設【ロクロ】の大きさに改めて驚嘆する。

みんながまばらに立ち上がった。

 

「アインス、これ着て」

 

アハトが操舵席の横に掛けられていた灰白色の雨合羽を私に放り投げてくる。

胸の部分にワッペンが貼られていて、一目で搬入員用のものだと分かった。

埃を払って羽織ると、私が小柄なこともあって外見から武装しているようには見えなくなった。

 

拍動が激しくなる、どうにか落ち着こうとして、左袖の中にお守り替わりに入れているフォールディングナイフの冷たさに触れる。

まもなく船が、ドックに入った。




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