かりそめの命、臥した棺にて   作:木島後輩

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帰還、鉄鳥の腹にて

倒れている兵士を飛び越え、スプリンクラーの水を浴びながらまた三股の通路に出る。

廊下は先程とは打って変わって薄暗く、所々で赤いランプが点滅していた。

 

ゼクスがエレベーターのボタンを押した、しかし反応はない。

いらだたしげにゼクスは拳でもう一度ボタンを押しこんだ。

 

「くそっ、止められてやがる……ドライ、階段は?」

 

「あるにはあるが、最上階まで階段を登るとなると骨が折れる……なによりエレベーターを止めたんだ、あいつらは階段を守っているだろう」

 

 

「ちょっと見せて」

 

ゼクスとドライを押しのけてエレベーターの昇降ボタンを見る。

ボタンが赤く点滅している、おそらくシステム的に止められているのだろう。

昇降ボタンの下に視線を送ると、金属板がプラスネジで止められている。

時間が無いがやるしかない、バックパックからハッキングツールとドライバーを取り出した。

 

「ハッキングする」

 

そう言ってドライバーで金属板を外し、中のメンテナンスパネルにハッキングツールの端子を取り付けていく。

 

さしものツヴァイも焦り始めているようで、少し焦燥を込めながら聞いた。

 

「ドライ、警備は何階に配置されてるんだ?」

 

「5階ごとに配置されています、さっきので半分は倒せたはずですが……」

 

「ヘリを一旦上空で待機させる、各員は階段で防衛、アインスはエレベーターのハッキングを頼む」

 

「了解」

 

足音が遠ざかっていき、スプリンクラーが撒き散らす水音と、けたたましいアラーム音しか聞こえなくなる。

 

「懐かしいなぁ、一緒に乗ったよね」

 

傍らに座り込んだナシが言う、無論一緒に乗った覚えはない。

神である彼女ならエレベーターを動かすことくらい容易いように思えるが、あくまで傍観を貫いている。

 

しかし助けを求めるのも癪に触る。ハッキングツールがエレベーターのコントロールシステムに到達したのを確認すると同時に、防壁の解除を試みた。

最新式のハッキングツールは、防壁の破り方すらいくつかパターン化されている。

自動かつ高速で防壁解除の試行が為されていく、約10万のパターンで解除が試みられた所でfailedの文字が浮かんだ。

もとより自動解除は成功率が低い、仕方なく手動に切り替えようとしたところで、ナシが話しかけてくる。

 

「ちなみに、今何年か教えてくれない?」

 

「AEARTH歴3056年で……だよ」

 

丁寧語をわざわざ崩して言い直す。

ふーん、と自分で聞いておいて気のない返事を漏らすと、ナシは口元に細い左人差し指を当てた。

 

「銃声、聞こえる?」

 

「えっ……」

 

ハッキングの手を止め、耳を澄ます。

微かにだが、確かに廊下の奥から銃声が聞こえる。

手動ハッキングは堅実だが時間がかかる、急がなければ。

 

「クソっ……早く……」

 

「助けてあげるよ」

 

ナシの指先がハッキングツールに触れる、液晶の文字列が文字化けし始め、暗転すると謎のロゴマークが出現した。

下に5Theoriesと読める文字列が浮かび上がり、元とおなじUIが表示される。

 

「はい、これでハッキングできるよ」

 

神が言うのだからできるのだろう、再びパターン一覧を表示すると確かにパターンが追加されていた。

 

「えーと、このセキュリティだとEf74かな」

 

呟く神の言葉を信じて下にスクロールしていく、あった。

Ef74パターンを実行すると瞬く間に防壁が解除され、エレベーターの実行オプションが表示される。

『非常時』状態のステータスを『平常』に戻す、エレベーターの赤いランプが消え、先程とおなじく白色の微光を漏らした。

 

天井のスピーカーから音声が流れた。

 

「ティオレの差し金共に言い渡す、施設周辺は包囲した、離脱は不可能だ、投降せよ」

 

周辺を包囲されたのなら、ヘリで脱出するにも対空攻撃をされればひとたまりもない、状況はどんどんまずくなっている。

無線機でほかの隊員に告げる。

 

「こちらアインス、エレベーターのハッキング完了」

 

「了解、すぐに向かう」

 

まもなくみんなが戻ってくる、エレベーターのボタンを殴るように押しこんだ。

 

ハッキングツールとドライバーをバックパックに入れて一息つこうとしたその時、背中に硬いものが押し付けられる感覚がした。

 

「随分舐め腐った真似してくれたじゃねぇか、えぇ?」

 

+この声はおそらく先ほどの兵士の一人だろう、もう起きてきたのかという驚きはあるが、なによりナシが何をしているのかわからない、とりあえずみんなが来るまで時間を稼がな_____________

 

刹那、爆音と共に左下腹部に激痛が走る。

 

「くっ……!!」

 

ほぼ接射の状態から放たれた銃弾は防弾ベストを貫いたらしい、生暖かい感覚が広がっていく。

濡れた床に赤いものがどんどん溶けだしているのが光がちらつく視界に映る。

兵士は撃たれて体勢を崩した私を蹴り倒し、踏みつけるとノイズがかった声で聞いた。

 

「神はどこにやっちまったんだ? 仲間は?」

 

「ここだよクソッタレ」

 

高音の抑えられた銃声、背後で発せられる骨が砕け、倒れる音。

 

「アインス! 大丈夫か!?」

 

駆け寄ってきたのはゼクスだった、バトルドレスに破けたところがあり、水とは明らかに違う染みもある。

 

「腹に1発もらったけど大丈夫……うっ……」

 

「どこがだよ、肩貸すから腕回せ」

 

ゼクスに体を起こされる、ここまでの出血はおそらく初めてだ。

とてもここで治療はできない。

 

「神……ナシは?」

 

「ここにいるよ、アインス」

 

すぐ後ろ、倒れた敵兵の傍らにしゃがみこんでいたナシはこちらを見ずに答えた。

 

「助けてくれたってよかったじゃない……」

 

おそらくナシは気まぐれなのだ、身をもって痛感した、まさしく神の気まぐれというやつか。

そもそもナシは私たちの味方であるなんて一言も言っていなかった、完全に油断していた自分のミスだ。

 

「殺させなかったから大丈夫、これからも貴女の事は絶対に殺させないから」

 

「そりゃありがたい……」

 

エレベーターが到着した軽快な音が鳴る、足音も近づいてきた。

薄暗い中にツヴァイ達の姿が見えた。

 

「よし、隊長と……アハトと……ドライ……」

 

ゼクスはいち早く、いるはずの1人が足りないことに気がつくと、叫んだ。

 

「フンフはどうした!?」

 

「早く乗れ!後ろから敵が来ている!」

 

叫び返すツヴァイ、ゼクスにエレベーターの中に担ぎ込まれ、神も後を着いてくる。

まもなくツヴァイと、アハトを押し込みながらドライが乗り込んできて、ゼクスがツヴァイに言葉を投げる。

 

「隊長、フンフは!?」

 

「……早く出せ!」

 

「隊長……!」

 

「早く!! 」

 

ゼクスはおそらく全て悟っているのだろう、私だって悟っている。

ゼクスはボタンを殴りつけるとエレベーターの扉は閉ざされた。

 

「……」

 

黙り込むゼクスにツヴァイは淡々と告げた。

 

「頭に一発、即死だった……」

 

しばらくゼクスは黙っていたが、光の粒を流しながら、嗚咽混じりに言葉を漏らす。

 

「帰ったらいい店教えてくれるって言ってたのによ……はは、浮かばれねぇなぁ……」

 

誰も言葉を返さない、繰り返される微かなエレベーターの上昇音と、ゼクスが時折漏らす嗚咽だけが場を満たす。

多くのことが起こりすぎた、目に飛び込んでくるものがうるさく感じ、目を閉じる。

頭が働いていないのがわかる、渦巻く暗闇の中で耳鳴りが聞こえる他は何も無い。

 

「アインスさん、手当てします」

 

アハトの声が聞こえ、腰と膝裏に手が回される。

ゆっくりと床に座らされ、壁に背を預ける。

手早くベルトが緩められ、バトルドレスの上衣が捲られると、防弾ベストの固定が外された。

下に着ている服が慎重にまくりあげられると、素肌が露わになった。

傷口が空気に触れ、鈍痛が走る。

 

「良かった、弾は見たとこ割れてないししっかり貫通してる、流石“勝利の女神”……おっと、この呼び方は嫌いでしたね」

 

顔を見なくてもわかる、アハトのこの声音は私を茶化している時の声だ、しかし治療されている手前強く言えない。

アハトは応急手当を終えると手早く装備を戻した。

 

「立てますか?」

 

「立てるかじゃない、立つのよ……ぐっ……」

 

先輩の威厳というものを見せなければ。

渾身の力を振り絞って立ち上がる、よろけるが、立てる。

2度、3度と壁に手をつき直し、姿勢を立て直した。

目を開くと、相も変わらず白で統一されたエレベータの中に喪服(バトルドレス)を着た仲間たちと、退屈そうに浮かび佇むナシがいた

治療された安心感からか多少平静を取り戻した気がする。

 

「ところで、屋上で出待ちされてたらどうするんですか?」

 

アハトが疑問を呈すと、すかさずドライが答えた。

 

「屋上の警備はさっきのフロアさ、階段よりエレベーターの方が速い」

 

「ヘリからの情報でも屋上に人はいない、着いたら走るぞ……アインス、持ちこたえてくれ」

 

ツヴァイの言葉になんとか頷くと、笑みを作ってみせる。

M4T8のマガジンを交換しながら自分に言い聞かせるように言った。

 

「平気よ、大丈夫……」

 

「アインス、大丈夫だよ、絶対に守るから」

 

傍らに浮かぶナシが諭すように言葉をかけた。

ナシがどういう心境でいるのかわからない、先刻私が撃たれるのを黙って見ていたではないか。

ツヴァイがナシに問いかけた。

 

「ナシ、でいいのか?」

 

「えぇ、構いませんよ隊長」

 

「単刀直入に聞くが、俺たちへの協力の意思はあるのか?」

 

どんな形であれ、神を持ち帰るのはその身体に秘められている情報が目当てだ。

ナシに協力の意思がないならば、どのような処分が下されるのかは私たちにはわからない。

もっとも、彼処分が下されるのかすらわからないのだが。

 

「部分的にはあるよ、わたしはただアインスを守るだけ」

 

「どうしてアインスに拘るんだ?」

 

「私にとって特別だから、それだけ……着くよ」

 

エレベーターが重低音を轟かせ、止まった。

銃傷被覆剤を貼られた傷口をそっと撫ぜる。

 

「みんな、わかってるな?」

 

ツヴァイの言葉に静かに頷く、帰るためには痛みを堪えて走るしかない。

外からは微かに雨音が響いている、先程よりも強くなっているように思える。

金属が軋み、重苦しい音を響かせて扉が開いた。

 

ドアが開き切る前に、全員が走り出す。

大粒の雨が体に容赦なく叩きつけられるのと、ヘリの風圧が傷口を刺激し激痛が走る。

あと10メートルがとてつもなく長く感じた。

そこで後方でドアが勢いよく開けられる音がした。

同時にヘリのスライドドアも引き開けられ、ズィーベン【sieben】がこちらに声を張り上げる。

 

「みんな!早く乗れ!」

 

ツヴァイ、ドライがヘリに乗り込み、ゼクスとアハトを引っ張りあげる。

体のすぐ横を弾丸が通る、ヘリにも銃撃が浴びせられ始めた。

ヘリの高さは地面から2m弱、なけなしの力を振り絞り、跳んだ。

両手をがっしりと掴まれ、引き上げられる。

神が浮遊してヘリに乗り込むと、機体が急上昇し研究施設【ロクロ】はみるみる小さくなっていく。

 

「はぁ……はぁ……おぇ……」

 

あまりの疲労と激痛に吐き気を催す。

呼吸を繰り返し、次第に意識がハッキリしてくると嗅覚と視覚がしっかりと機能し始める。

ヘリの中は微かにアルコールの匂いがする、暖色系の電気に照らされた機内には疲労困憊した満身創痍の隊員……そして“ナシ”

 

「ズィーベン、アインスの手当を頼んだ」

 

「了解です、隊長……アインス、こっちに」

 

ズィーベンに促され、固い処置台に仰向けになる。

無遠慮にバトルドレスをハサミで切り開き、防弾ベストを脱がされると私の上半身はタンクトップだけになった。

 

「誰が処置を?」

 

「僕です、弾は貫通、弾頭の状態から見て中で砕けてはないと思いますが……」

 

ズィーベンの問いに息を荒らげながらアハトは答える、そういえば意外と治療も出来るやつだったなと、今さら思い返す。

 

「器用貧乏なやつめ……じゃあとりあえず傷口の洗浄をしとくよ、中に弾頭の破片がないか一応チェックしたいんだけど……部分麻酔しとく?」

 

「あんた注射下手でしょ、っていうか傷口まさぐりたいだけじゃないの?」

 

「うえっ、バレてた」

 

心底残念そうに口では言ったものの、しっかり手では精製水を取り出し、傷口の洗浄を始めていた。

鈍い痛みが依然として続くが、ズィーベンの手腕なのかあまり痛みはない。

 

「ところで隊長、周辺は包囲されてるんじゃないですか?」

 

ドライが研究施設の制服を脱ぎ捨てて、ヘリの中に掛けられていたPSEFの制服に着替えながら聞いた。

 

「問題ない、周辺にダミーヘリを複数飛ばしている上……PSEFが“包囲網を包囲した”」

 

ツヴァイが告げたことに対しゼクスが口笛を吹く、私も驚きの声を上げる。

 

「包囲網を包囲? 本格的に戦争始める気なの?」

 

「あくまで俺たちを逃がすためだ、そして、これを言い始めたのは俺じゃない」

 

「ツヴァイじゃない……ってことは……」

 

PSEFの中でツヴァイは最高の階級にいる。

彼以外にここまで大それた命令をできる、彼と同等かそれ以上の権力を持ったもの……

 

「H.P……なの……?」




ふんふんふふ~ん
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