休息、安寧の内にて
第四次神奪還作戦から1週間が過ぎた。
神の復活は伏せられ、ティオレが神を奪還したことも伏せられている。
あのあとヘリの中で一夜を明かし、無事に本部までたどり着くと事後処理があるツヴァイを除いた残りのツヴァイ班員は休暇を与えられた。
今日はAEARTH歴3056年12月20日、もう少しでクリストフ祭なので街は日に日に賑やかになっている。
自宅のベッドで朝7時丁度に起床した私は、あまりの部屋の寒さに急いでサイドテーブルのガラスの天板に放られている操作パネルから空調システムを起動、室温を27度にセットした。
どんどん室内が暖まっていくが、まだ冷たい床材に足をつけるのが嫌でしばらくベッドの上に両足を投げ出してじっとしていた。
風呂上がりに下着をひっかけてすぐに寝てしまったのが失敗であった、クローゼットまでの道のりが辛い。
カーテンを閉めているので部屋が真っ暗だ、握りしめたままの操作パネルで部屋の明かりをつけてカーテンを開ける。
明るさに目が慣れてきて、自分の6畳の寝室がしっかり目に入ってきた。
綺麗に片付けてある茶色いフローリングの床に白い壁、左手にウォークインクローゼットのブラウンの戸が見える。
目の前のドアの向こうからどたどたと足音が聞こえてきた。
「アインスぅううう! 起きてぇぇええええ!」
私の平穏極まりない生活に1つ重大な変革が起こった。
寝室のドアを勢いよく開けたのは、先の作戦で奪還した神、ナシだった。
「ナシ、服とって」
ナシは帰還後から彼女の意思で私の家に居候している、神のわがままに答えるため私は今後の処遇が決まるまでの護衛という扱いになっている。
あくまで建前ではあるが、万が一でも彼女が拉致されてしまえば物理的に私の首が飛びかねない。
なので注意してはいるものの、そもそも私はあまり外出しないので今日も今日とてゆるく過ごしていた。
しかしまぁほんの数日でずいぶんと敬意が薄れたものだ、私の指示に素直に従い寝巻き姿のナシはとことことクローゼットの中に消える。
「アインスの服はかわいいねぇ」
クローゼットの中を漁る音と、ナシの独り言が聞こえる。
過剰とも言えるナシの私への好意にも、面倒な男に引っかかるより幾分マシだと考えるようになってからはだいぶ慣れてきて、心地よくすら思えるようになった。
「とりあえず部屋着でいいよね……あとはい、もこもこくつした」
ベッドにほうられたのはゆったりとしたスウェットパンツと、でかでかとBITCHと書かれた長袖シャツ、ピンク色のもこもことした靴下だった。
「どこまで掘り返したの……」
クローゼットの奥にしまい込んでおいたはずの服、どれもツヴァイ班のみんなからもらったものだ、スウェットパンツはツヴァイ、BITCHはゼクス、靴下は……フンフだ。
「はぁ……」
小さな溜め息を吐くと服を着た。
ベッドから足を下ろす、靴下のおかげで冷たい床材も大丈夫だ。
BITCHが気になるが今日は来客の予定もないし後で着替えれば_______________
ピンポーンと、インターホンが鳴った。
「はぁ……」
玄関のドアを閉めると、先程とは別種の溜息が漏れる。
がっつり配達員に見られてしまった、しかも若いそこそこ綺麗な女性だった。
居留守を使おうと思ったが、ナシが真っ先に出てしまったせいでその道は絶たれた。
薄暗い廊下を歩いてリビングに出ると、テレビの前でクッションに突っ伏していたナシがくぐもった声で言った。
「アインスぅ、お腹減った、なんか作って」
ナシはなかなかの大食らいだが、なんだかんだで時刻はもう午前8時になろうとしている、私も小腹が空いてきた。
「昼はどっかに食べに行きたいから……軽くスープとパンでいっか」
キッチンカウンターに2斤積まれている食パンをひとつ取ると、キッチンからパンナイフを取って1cm厚に切る。
2枚切り出すと、トースターに入れて3分にセットした。
内部の電熱線が瞬く間に赤熱し始め、覗き窓のガラスを通じて熱気が肌を包む。
続いてキッチンカウンターからコーンスープの素を2つ取り出し、適当なマグカップに入れる。
電子ケトルで熱湯を注ぐと、あっという間にコーンスープが出来上がった。
まもなく香ばしく焼き目のついたトーストと、薄く煙を立てるコーンスープが木製天板の食卓のランチョンマットの上に置かれた。
野菜も欲しいと思い、冷蔵庫を開けると、最近インスタント農法が流行る中昔ながらの農耕で育てられた野菜が綺麗に並べられていた。
顔は野菜に向けたまま、ナシに向けて聞く。
「苦手な野菜あったっけ?」
「なーい、美味しかったらなんでもいいよ」
“らしさ”という言葉はあまり好きではないが、ナシには圧倒的に神らしさがないと言える。
ナシがテレビをつけたようで、朝のニュースの淡々とした声が流れ始める。
「先日のフェルムの研究施設襲撃は、テロリスト集団によるものとティオレ国選議員委員会外交担当官が発表し……」
先日の奪還作戦で、研究施設を包囲していた敵部隊はPSEFに包囲され、研究施設に追い立てられた。
その結果研究施設は戦闘で半壊、最早廃墟となるしかないような有様となったと聞いている。
「わぁ、すごい有様だね」
まるで人事のようにテレビを見ているナシの声を聞きながら、レタスとトマト、玉ねぎを切ってガラスの器に盛り付ける。
「ドレッシングはなにがいい?」
「ごまかなぁ」
希望通り、ごまドレッシングを冷蔵庫から取り出すとサラダにかけた。
テラテラとした光沢がある黄金色の液体が野菜にかかる様を見ていると、ドレッシングをかける前に容器を振るのを忘れたことに気がついた。
しかしもう遅い、諦めて食卓にサラダを運ぶ。
グラスを2つ持ってきて牛乳を注ぎながら、株価の話題に入ったニュースを見ているナシを呼び寄せる。
「できたよ、こっちきて」
「はーい」
ナシはむくりと立ち上がり、私の向かいに座った。
6人掛けの食卓に、2人分の簡素な朝食が並べられた。
「いただきまーす」
「前から思ってたけど、その“いただきます”ってなに?」
トーストにバターを塗りながら、スープを飲み始めたナシに聞く。
上唇にクリーム色の液体を付けたままナシは答えた。
「なにって、命をくれた生き物と生産者に対する感謝を表してるんだよ」
ナシが家に来てから食事の度に何か言っているので不思議に思っていた、それに対応してか食後には“ごちそうさま”と言う。
「ふーん」
トーストをかじり、壁にかけられている時計を見る。
最近珍しい三針式の古風な時計だ、職人がいなくなっているのと、石英があまり採れないのとで少し値が張ったが、カチカチという音が心を落ち着かせてくれる。
最近ではカチカチ音が鳴る電子時計や、バーチャル表示の時計も珍しくないが、ありのままの形を残しているこの時計に魅力を感じて衝動買いしたのだ。
牛乳を1口飲むと、私は天井を向いて話しかけた。
「フィーア、今日の予定を教えてくれる?」
フィーアは、所謂生活支援AIというやつだ、予定管理や運動量、不在時の来訪の有無など、もう私はこれなしでは生活が成り立たないほどで、社会的に問題視される風潮すらある。
「おはようございます、アインス……今日の予定は13時に受け取りと、ちょうど半年前に仰られています」
そうだった、あまりにも今のハンドガンの使い勝手が悪いので、新規にカスタムガンを発注していたのだ。
往復の時間を考えようとしたところで、フィーアが続ける。
「2分前にツヴァイ氏から着信が入っています、かけ直しますか?」
「ツヴァイから……?」
なにか用事があっただろうか、まだ休暇は残っているし訓練の予定もない。
────ナシのことか……?
生唾をのむ、要件がなんであれ、かけ直せば分かることだ。
「お願いするわ、フィーア」
食卓の隅に置かれていた携帯端末が起動し、自動で呼び出し画面になる。
手に取るや否やすぐにツヴァイが出た。
「あぁ、もしもし?」
「もしもしツヴァイ、どうかした?」
しばらくの沈黙、電話の向こうは街中だろうか、喧騒が響いている。
「……あぁ! そうだそうだ、報告書を出してくれ」
「は? 昨日手渡ししたでしょ、もうボケ初めたの? ツヴァイ……今度ボケ防止のアプリ教えてあげるから」
昨日わざわざ本部まで出向いて報告書を提出しに行ったのだ、データでいくらでも情報のやり取りはできるのにわざわざ紙面にこだわる理由はあるのか……という話をツヴァイに言った記憶がある
「あっ、そうだったな……ごめんなアインス、休暇中に」
「いいのよツヴァイ、声が聞けてよかった」
「いい休暇をな、じゃあ」
電話が切れた、最近ツヴァイは作戦の事後処理でてんてこまいだと聞く、きっと疲れが溜まっているのだろう。
そのうち差し入れでも持っていくかと考えながら暗転した携帯端末の画面を見つめ、ぼーっとしているうちにナシが朝食を食べ終えた。
「ごちそうさまでした」
食器をキッチンに運ぶと、ナシは自室に戻って行った、まだ寝巻きなので着替えるのだろう。
私も朝食をさっさと平らげると、ナシのものも合わせて食器を食洗機に入れた。
スイッチを押すと3分で完了すると液晶に写る。
ランチョンマットから食べかすを払って畳み、キッチンカウンターに置いた。
食卓を拭き終わり、洗い終わった食器をしまって、時計を確認すると時刻は10時になろうとしていた。
時間に余裕はあるがBITCHシャツとはやくおさらばするため、私は部屋に向かった。
平和な世界、女性の日常を書くの楽しいれす
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