頭が痛い、体を起こすと頭がぐわんぐわんする。
毛布がずり落ちて刺すような冷気が肌をさしたが、妙に心地いい。
ベッドのサイドテーブルに置かれた時計を見ると、もう昼前だった。
「……昨日は銃を貰って……セントラル駅に行って……」
3軒目の居酒屋で浴びるように酒を飲んだところから記憶がない、おそらくタクシーで帰って、ナシがベッドに寝かせてくれたのだろう。
なにやらリビングから音がする、もうナシが起きているのだろうか。
冷たい床に裸足を落とすと、ぺとぺとと音を立てながら寝室のドアを開いた。
リビングにいたのはナシと……男だった。
「わっ!? 先輩!?」
こちらを振り向いた男は穏やかな声を驚愕に染めて叫んだ。
寝ぼけまなこを擦ってよく見る、男はアハトだった。
「なんだ、アハトか……」
「なんだってなんですか先輩……ってか、服を着てください!!」
服を着ろ?何を言うのか、私は今パジャマを着て……にしては何やら涼しいかもしれない。
視線を落とすと、そこそこ質量があると自負する2つの山と滑らかな曲線が……
「へ?」
「アハトの変態……」
ぐすんぐすんとも言ってみる、もしかしたらまだ酒が残っているのかもしれない。
「脱いだのは先輩ですよ……どうしてお酒に弱いのにそんなに呑んだんですか……」
「わかんない……」
アハトとナシに挟まれるようにソファに座り、財布に乱雑に押し込まれていた領収書を見ながら私は頭を抱えていた。
明らかに1人で飲むような量ではない、昨日の私は何を考えていたのか。
「私はずっと止めてたのに気を失うまで……」
ナシも呆れたように言った、面目無い。
この際アハトに見られてしまったことは仕方がない、今大事なのは何故私の家に彼がいるかだ。
「ところでアハト、なんで私の家にいるのよ」
「あ~、遊びに来たんですけど寝てたので……ナシさんと遊んでました……」
「オートロックの扉をよく開けられたわね?」
相変わらず嘘が下手な男だ、視線が揺れている。
「あはは、単純にセントラル駅でばったり会っただけですよ」
「あれ……そうだっけ……」
アハトは爽やかに笑いながら告げる、必死に記憶を探るとそんな気がした。
「明日フンフさんの葬儀なのにべろんべろんで、ナシさんが困っていたのですよ、一緒に家まで連れてきたんですけど……覚えてないです?」
「ない……」
記憶が無い間になにかされていないだろうかと不安になったが、昨日着ていた服は脱衣所にあったので、おそらく服を着ないまま寝てしまったのだろう。
「先輩がオフの日に外に出るなんて珍しいですね、昨日はなにかあったんですか?」
筋トレをするにもほとんど家から出ない私がわざわざ外出した理由、それは……
「あぁ……銃の受け取りを……銃は!?」
「気付くの遅かったねアインス……はい、2軒目で置き忘れたのをずっと持ってたよ」
ナシから渡されたジュラルミンケースを受け取る、これを置き忘れていたらどうなっていたことか。
「ありがとう……2人とも……何でもお礼する……」
2人は向き合うと、打ち合わせでもしていたかのように満面の笑みを浮かべて言った。
「「じゃあ、お礼はお昼ご飯で」」
朝食を食べていない大食らい2人は飲むようにオムライスをそれぞれ2皿平らげ、見事に我が家の冷蔵庫から最近高くなってきている鶏卵が消え失せた。
「ふぅ、美味しかったです」
「ごちそうさまでした」
アハトとナシが腹を叩きながら言った、意外と似ている2人を見て笑みがこぼれる。
「アハト、どうせなら今日も泊まってく?」
エプロンを外しながら私は聞いた。
「おっ、いいんですか先輩? 葬儀場も近いですしお言葉に甘えて……急いで家から喪服と着替えだけ持ってきます」
そう言うとアハトはまた後で!と言いながら出ていった。
「うーん、どこにやっちゃったかなぁ……」
私も喪服を探すべくウォークインクローゼットの中に入っていた。
ごちゃごちゃと衣類と思い出の品がかけられ、何挺か
「アインス、私はどうすればいいかな?」
ひょこっとナシが入ってくる、喪服は2着も無い、というか現状1着あるかすら怪しい。
「昨日盛大にお金使ったけど、まぁいいか……」
喪服の捜索を断念した私は、携帯端末で通販サイトを開くと2着喪服を注文した。
「昨日と出費を合わせると……」
カスタムガンの値段を思い浮かべたところで、私は出費を合計することを断念した。
ほとんど使う機会は無いのでたまにはいいだろうと無理やり自分を納得させ、ウォークインクローゼットから出た。
「フィーア、宅配便はいつ届く?」
天井に向けて私は話しかけた、すぐに返答が帰ってくる。
「43分後です、自動受け取りにしますか?」
「自動受け取りで、玄関に置いといて」
「承知しました、今日も良い一日を」
「いつもありがとね、フィーア」
別にお礼は必要ないのだが、私の感謝の言葉にフィーアがお辞儀をした気がした。
「アハトー!上がったよー!」
風呂場から声が聞こえてくる、私とテレビを見ていたアハトが間延びした返事をした。
「りょーかいでーす」
濡れた髪にバスタオルを巻いて、バスローブを着たナシが脱衣所から出てきた。
入れ替わりで風呂場に入ったアハトを見送ると、ナシがどかっとソファに座り込んだ。
「ふぅ、気持ちよかった」
上気した桜色の頬に少し汗を滲ませ、ナシは満悦の息を吐いた。
「ずっと気になってたんだけど、ナシは誰に作られたの?」
神は万物の創造主、ならば神は誰が創ったのか。
紀元前から数多くの哲学者が考え続けてきた、永遠の疑問に今なら迫れる。
私の問いかけに、あろうことかナシは笑いだした。
ひとしきり笑い終わると、ナシは語り出す。
「ちょっと哲学的な言い方をすれば、人かな」
『神が万物を創った話』を人が作ったのだから、神は人に作られたというのも当たり前とも言える、しかし。
「期待と違うなぁ……ちなみに、ナシは星を作った時どんな気分だったの?」
ナシは少し申し訳なさそうな顔をすると
「神が全てを創ったなんて、ありえない話だよ。私は元々あった星を開拓して、発展させただけ。私とあの子でできることなんて限られてるし」
「あの子?」
桜色の頬を膨らませると、ナシは聞いてきた。
「質問攻めはきらーい、そういうアインスは、自分が誰から生まれたのか知ってるの?」
親と返答するのが普通だが、困ったことに私には親を含めた家族全員、というか16歳以前の記憶が無い。
昔は家族や自分の過去の記録を探したりしていたが見つからずじまいで、もう半ば諦めている。
「うーん……」
呻く私にナシは諭すように言った。
「別に誰から生まれたとかは関係なくて、問題は自分がどう生きるか、これだけだよ」
たしかに誰から生まれたかは関係ないかもしれない、路頭に迷った私を育ててくれたツヴァイを親だと思っているように。
「そうだアインス、いい言葉を教えてあげる」
「いい言葉?」
「───────人は生命を与えられたのではなく、貸されたのだ……まぁ、私も意味は知らないんだけど」
「生命を貸すって……誰が……?」
「さぁ、それこそ“神様”じゃない?」
ナシは今しがた始まったドキュメンタリー番組に意識を奪われてしまったようで、テレビを見始めてしまった。
「せ、先輩、別に僕はソファでいいんで……ベッドで寝てくださいよ……」
「つれないな~、あはとくぅん……あこがれのせんぱいのベッドだよ~?」
「もう! 酔っ払ったふりしてもダメですよ!」
「はぁ、別にそこまで言うならいいけど」
夜11時を回ろうとしている頃、カーテンの奥にとっぷりと闇空が広がる中、私は後輩いじりに興じていた。
「じゃあアインス、私と一緒に寝ない?」
期待に目を輝かせたナシが話に割って入ってきた。
「それだとアハトの困り顔が見れないんだよねぇ……」
「先輩とそ、そ、添い寝なんかしたら……最悪イクルサド湾に沈められかねません!! ドライとか隊長とかに!!!」
顔を真っ赤にしながら早口でまくし立てるアハトの姿をひとしきり楽しむと、私は大きく欠伸をした。
ばしばしアハトの背中を叩くと、私は魔法の言葉を口にした。
「いいからいいから、
「対価が命じゃ釣り合わないです……」
「アハトだけずるい! 私も一緒に寝たい!」
喚くナシを尻目に、私は泣き出しそうなアハトを寝室に引きずって行った。
けたたましいアラームで目を覚ます、止めようと時計に手を伸ばすが大気を叩いてしまう。
手動でアラームを止めるのを断念した私は、早くも人任せ……もといAI任せにした。
「フィーア、アラーム止めて」
アラームが止まり、フィーアの声が響く。
「おはようございます、アインス、アラームを止めました」
「ありがと……」
重い体を起こす、まだ日が出てまもないので窓の奥の空は夕焼けのように赤くなっている。
部屋の電気をつけるとアハトの姿はなかった。
傍らを見るとシーツがシワになっていて、手を置くとまだ暖かい、先に起きたようだ。
アハトが勝手に空調を付けたようで、既に暖かい床材に足をつける。
リビングルームへの扉を開くと、談笑していたアハトとナシがこちらを向いた。
「おはようございます、先輩」
「おはよー、アインス」
「おはよう、アインス、アハト」
胸の奥によく分からない感覚が押し寄せた、感慨とも、歓喜ともとれるその感覚に、なんとなく恥ずかしさを覚える。
「アインスも早く着替えないと、1時間もしたら出発だよ?」
ナシに急かされて、私はすぐに寝室に戻った。
ベッドのそばに置かれた白い箱を開くと、黒い喪服が収まっていた。
するすると寝巻きを脱ぎ捨てて黒い布地を纏っていく、サイズはぴったりだった。
「おまたせ……そうだ、寝心地はどうだった?」
再びリビングに出ると、私はアハトを肘でつつきながら言った。
「……暖かくて……柔らかかったです……」
「うわっ、ツヴァイに言うから……」
「冗談ですって! 本気で海の藻屑にされちゃいます!!」
強要したのは私なのでアハトに責任はないが、反応が楽しくてついからかってしまう。
「アインスぅ、今日は私と寝ようよぉ」
ナシが擦り寄ってきた、この話し方はもしかして昨日の私の真似だろうか。
わざとらしく人差し指を唇に当てて考えているそぶりを見せる、ナシがじれったそうに目を潤ませる。
「……わかったわかった、そろそろ寝込みを襲われそうだしね」
「やったぁ!」
無邪気に跳ねるナシの姿に、自然と笑みがこぼれた。
早朝の寒気に晒された脚を擦りながら、私たちは住宅街の通りを歩いていた。
「寒い……」
「わざわざ言わないでよアハト、こっちも寒いんだから」
「すいません先輩……」
「気にしないで、駅までの辛抱だから」
コツコツとまだ眠気が空気に溶け込んだ通りに足音が響く。
眠気に誘われたように、花を持ったナシが欠伸を漏らした。
そんな落ち着いた静寂をアハトが破った。
「フンフさんはほんとに謎が多いまま、逝ってしまいましたね……」
フンフは最期までよくわからない人だった、口数が少ないのはもとより、そもそもの掴みどころが少ない人だったのだ。
返答できず、また少しの間沈黙が流れた。
アハトは言葉を選ぶように視線を泳がせ、口を開いた。
「作戦が終わって3日経ったくらいに、ゼクスさんに会いに行ったんです。彼が一番フンフさんを慕っていましたから……心ここに在らずって感じでしたよ」
「遺体は……回収されてないんだよね」
「残念ながら、施設があの有様なので……」
ニュースで見た、あの惨状が思い出された。
警備こそないだろうが、1人のを探すためだけに部隊を送ることはしないだろう。
「悲しい、かな……」
「そうですね……」
ナシがまたひとつ、欠伸を漏らした。
「では……彼の御魂の良き輪廻を……」
古びたレンガ造りの教会に、神父の声が響いている。
フンフは信心深かった、遺書に従って彼の信仰する宗教に従って、慎ましく葬儀は執り行われた。
「では、献花を……」
一輪の白百合を手に、集った人々が立ち上がった。
遺影のみの献花台に、白百合が積まれていく。
遺影の中で、めったに見なかった笑顔を浮かべるフンフに、目頭が熱くなる。
「フンフさん……どうして……どうして……」
ゼクスが膝をつき、ぼろぼろと熱い涙を零して、嗚咽を上げた。
「それでは、以上を持って終わりと致します、改めて、フンフ様のご冥福をお祈りします」
教会の外に出ると、噴水から降り注ぐ水しぶきに昼の日差しが輝いていた。
ずっと気にかかっている異常事態について、必ず知っているであろう男、隣にやってきたツヴァイを、私は見もせずに問いかけた。
「ツヴァイ、ドライはどこに行ったのか、答えて」