「え?いい、んですか?」
その日、職場の女性社員から手渡されたのは2枚のチケット。それは、今週末に上映される映画のチケットだった。
そもそも、映画館で映画を見るのは富裕層の娯楽として有名だ。なんてったって、チケットはとても高価なのだ。私なんか1回も行ったことがない。
そんな物を貰ってしまって良いのだろうか・・・?
「彼氏と行くつもりだったんだけど、ちょっと行けなくなっちゃってぇ」
困ったように首を傾げる彼女は、女の私から見ても可愛いなと思っちゃうほど魅力的だった。
・・・これ、私がやったら鈴木さんに可愛いって思ってもらえるかな?
と、考えシミュレーションしてみた結果、自身の気持ち悪さに身悶えした。ムリムリムリ、絶対ムリだ。
「この日は、社内のメンテナンスがあるから、みんな休みのはずだし。鈴木さん誘って、行ってきたらどうですかぁ〜?」
「うぇ?!」
「アハハ、何その反応ぉ〜!加藤さん、まじウケる」
いや、いやいや、ウケないからね!
なんでそこで鈴木さんが出てくるのさ?!すっごいビックリして変な声が出ちゃったじゃん。
「加藤さんと鈴木さんって、付き合ってるんでしょ〜?」
「ち、ちがいますよ?!」
あぁああ!!!!
あのウワサ消えてなかったよ!?むしろ悪化してる!!!
「え〜??あ、そういうことかぁ!加藤さんも真面目ですねぇ」
「あ、あの・・・?」
「はい〜大丈夫ですよぉ!分かりましたから」
え、だ、大丈夫かな?なんか勘違いしてる気がするんだけど・・・
「彼氏が落ち着いたら、映画見に行こうかなって思ってるから、感想教えてねぇ」
「あ、彼氏さん、何かあったん、ですか?」
「それがね〜強盗が入っちゃって!」
「え!?」
「彼は外出中だったから、無事だけどぉ。かなり、荒らされちゃったんだって〜」
「あ、それは、怖いですね」
「ホントだよねぇ!犯人捕まってないらしいしぃ」
強盗・・・と聞いて、死んだ両親の事を思い出した。鉢合わせていたらと思うとゾッとしてしまう。
「お互い気をつけましょ〜乙女の一人暮らしは危険ですからぁ」
「そ、そうですね」
本当に怖い身近な話なのに・・・
この時私は、映画のチケットを握りしめながら、「もういい歳の大人だけど、乙女で良いのだろうか?」なんてどうでもいい事を考えていたのだった。
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映画のチケットを貰ってから二日過ぎた。鈴木さんには、何度も何度も誘おうとしたけれど 上手く言葉が出なかった。
自分のヘタレ具合が本当に情けない・・・
早く言わなきゃ・・・と思うものの、「もう予定が入ってるんじゃないか」「さすがに男女二人で映画なんて嫌がるんじゃないか」と、まぁ考え込んでしまって 勇気が出なかった。
チケットを閉まっているデスクの引き出しを何度も触っては、ため息をこぼしていた。
「加藤さん?体調が悪いんですか?」
「え、」
ふと、隣を見れば 心配そうに鈴木さんがこちらを伺っていた。ちょっとだけ距離が縮まって、思わずドキリとしてしまう。
「いや、最近 ボーッとしてたり・・・ほら、今も顔が赤いですし。無理は禁物ですよ」
「あ、いえ、違う、んです!元気、いっぱいです、から」
「そうですか?悩み事なら聞きますよ。・・・あー、僕で良ければですけど」
これはチャンスなんじゃないのか??上手く映画の事を話してしまえば・・・!
「あ、えっと・・・あの、コ、コレをもらったんです」
ぜんっぜん、言葉が出てこなーーい!!
それでも何とか伝えようと引き出しから、2枚ある映画のチケットを取り出して鈴木さんに手渡した。
「ん?映画・・・ですか??」
「行けなく、なってしまったから・・・その、感想を教えて、欲しいって、頼まれて」
「へぇ。あ、これ・・・確か、死に別れたカップルが、別の世界で生まれ変わって結ばれる話でしたっけ?」
「あ、知ってるの、ですか?」
「ちょっとCMが目に入っただけなので、少しだけですよ。”別の世界”というのが自然豊かな世界で、その再現度が素晴らしいとかなんとか・・・」
「興味、あ、あります、か?」
「まぁ、映画館で見るのは格別らしいですからね。『ユグドラシル』のようなVRMMOとは比べ物にならないって聞いたことありますし・・・」
「い、い、い、いきましゅか!!」
「え」
あぁああああああーー!!
死ねる!今なら恥ずかしさだけで死ねるぅ!!
「えっと、・・・行ってもいいんですか?」
「は、はい!」
「なら、一緒に行きましょう」
「は、い!」
込み上げてくる恥ずかしさに、涙目になりながらも、俯いてやり過ごした。
噛んでるの分かっててスルーしてくれる鈴木さんやっぱりカッコいい!
「なら、待ち合わせに必要ですし、連絡先を教えて貰ってもいいですか?」
「あ、は、はい!」
私は、緊張で震える手を必死に押し殺しながら、メモ帳に携帯の電話番号を書き込んで手渡した。
「映画、楽しみですね」
「そ!そう、ですね!」
柔らかく笑う鈴木さんの笑顔が眩しかった。
結局、その日は一日中 私の胸の鼓動は高まりっぱなしで いつも以上に挙動不審になりながらも 何とか1日を終えたのだった。
女性社員
「あれで、付き合ってないとかウソでしょ!社内恋愛は、よく思わない人もいるっていうし〜。内緒にしてるのかなぁ?」