村の中心できらびやかな服装に身を包んだ凄く偉そうな中年男性に、お父さんが頭をぺこぺこさせながら挨拶をしていた。
「領主様?なんでこんな田舎にわざわざ来たんだろう」
「さぁ、なんだろうな?」
私の独り言にいつの間にか隣にいたブレインが反応した。
領主様の不敬を買うといけないとの事で、幼い子供たちは自宅待機させている。もちろん、妹のアインもお婆ちゃんと家にいる。
なので、ここに居る子どもは、ある程度物分りのある大きい子ばかりだ。
「このような村に何の御用でしたでしょうか?」
「あぁ、ここに愛らしい娘がおると聞いてな」
「・・・娘ですか」
領主はキョロキョロと辺りを見渡すと、私と目が合った瞬間にピタリと止まった。私は領主のニヤッと笑う下卑た顔に背筋が凍り、冷や汗がダラダラと流れるのを感じた。
「おぉ!おぉ!これは良いな」
早足で近づいてくる領主と私の間にブレインがサッと入った。私を守るように背に隠してくれた彼に安堵しつつも、中身はいい大人であるはずの自分が情けなくなった。
「なんだ貴様、そこをどけ」
「いやだ」
「なにをーッ」
領主が顔を真っ赤にさせながら怒り、腰に下げていた剣に手をかけた。ヤバいと思うのに、突然の恐怖で動くことが出来ない。
「お、お待ちください!!領主様!!」
お父さんが私たちの元へ駆け込み、ブレインの頭を鷲掴みにして 一緒に頭を下げた。
「申し訳ございません!!急な事で戸惑っていたのです、どうか許してもらえませんか」
「ふん!」
領主は剣にかけていた手を戻し、ブレインの腹に思いっきり蹴りを入れた。大人が容赦なく子どもに放ったその蹴りで、ブレインは吹き飛ばされてしまった。
「ぶ、ブレイン!!」
「まぁ、良い。私は慈悲深いのでな。これで許してやろう」
思わずブレインの元へ駆け寄ろうとした私の腕を、痛いほど強い力で領主が掴んだ。
「この娘は私が貰い受ける。可愛い娘だ、妾にしてやろうぞ。さぁ、来い」
「いっいや」
「お待ちください!!この娘は、この娘だけは、ご容赦頂けないでしょうか」
必死の形相でお父さんが、領主に縋り付くが それも護衛によって離されてしまった。
「なんだ、貴様も私に逆らうのか」
領主がお父さんに向き直り剣を抜いた。スっと輝く刀身に目を奪われたのも一瞬、一気に振り下ろされ、赤い赤い血が吹き出した。
まるでスローモーションにかかっているかのようだった、血を吹き出しながら崩れ落ちるお父さんが私の視界いっぱいに広がった。
斬られたのだ。
お父さんが、お父さんが、私を守ろうとしたせいで・・・
小さな悲鳴、息を呑む音、その場がシンっと静まり返った。
満足気な領主に手を引かれて、私は恐怖に縛られ もう抵抗することが出来なかった。
地面に倒れたお父さんに村人が走りより手当をしようとバタバタしているのを 馬車に入れられる寸前まで じっと見つめ続けた。
行商人の太っちょが 申し訳なさそうに眉をしかめているのが、視界の隅で見えた。
ーーーーーーーーーー
丸一日をかけ昼過ぎ頃に、領都につき 領主一行は屋敷に到着した。
その間、私の頭は家族の事・・・お父さんの事でいっぱいだった。
お父さん大丈夫かな、死んでなんかないよね・・・お願い、お願い……
ボーッとする私を屋敷の人間は哀れみの眼差しで迎え入れた。領主は初老の女性メイドに私を預けると、スタスタとどこかへ行ってしまった。
「こちらへ来なさい」
メイドの後ろ姿を追い、歩いていく。これからどうなるのか私には察しがついていた。
領主は“妾”と言っていた。
側室みたいなものだとは思うけれど、あの調子だと 私が初めてではない。・・・何人、何十人といるんだろうな。
というか、妾??
ふっざけんな!私はまだ11歳だぞ!!この間、やっと初潮が来たばかりのおチビちゃんなのに・・・ロリコンめ!!
急な事で戸惑っていた心が、段々と領主に対する怒りでフツフツと煮えたぎってきた。
お前からしたら“幼い女の子”かもしれないが、コチラからすれば めっちゃくちゃ年の離れたジジイなんだよ!私じゃなかったら泣き出してて取り乱しても可笑しくないぞ。
あんの、くそ野郎め!!絶対許さん!!
「まずは身を整えましょう。」
連れられた部屋はお風呂だった。スタンバイしていた他のメイド達に、あっという間に服を脱がされ、わしゃわしゃと洗われた。せっかくの人生初風呂も全く楽しめない。
お風呂から出るとオイルをこれでもかと塗られ、髪も綺麗にされて 可愛らしいネグリジェを着せられた。
あっという間に 太陽は沈み、外は暗くなっている。軽い軽食を出され 何とかそれを食べ終えた頃、再びあの初老のメイドがやってきた。
「これから、ゴルドロス様の寝室へご案内します。・・・貴方は 全てをゴルドロス様に委ねなさい」
え?寝室??
今日来たばかりなんだよ、あのクソ領主!
早速、お父さんを斬ったアイツに抱かれろと?ふざけるな!!!
同情めいた視線をこちらへ向けたメイドに 連れられて、領主ゴルドロスの寝室までやってきた。
その間、私の頭の中は「どうやって領主を殺すか」という一点のみで何も見えていなかった。
殺せば、私の出身である故郷の村も只では済まないという考えさえ 出てこない程に怒りでワナワナと震えていたのだ。
俯き震える私を見て、メイドは本来、案内だけ済ませればいいものを、私を入室していく所まで誘導し、見送った。
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震えて入ってきた私を見たゴルドロスは、欲望に駆られたままニヤッと笑うと、手馴れた様子で私を抱き寄せ、ベッドへ押し倒した。
「大丈夫だ、私に任せなさい。君もすぐに 気持ち良くしてやろう」
私に馬乗りになったまま身体を引き寄せ スルスルと触り出した手の感触に悪寒が走った。
気持ち悪い!!!
こんな、こんな奴に お父さんはッ私はッ!!!!!!!
血溜まりを作って倒れ込むお父さんの姿が脳裏を過ぎって、怒りの余り、視界が真っ赤に染まった気がした。
「・・・死ね」
私の口から漏れた言葉にゴルドロスはピタッと止まった。
ゴルドロスが何か反論しようとしたその瞬間、私の身体に鈍い痛みが走った。それはゴルドロスも同じだったようで、痛みに呻いている。
「き、貴様、なにをーッ」
痛みを訴える自身の晒された体を見れば、胸から腰にかけて白い肌に、まるで蜘蛛の巣のような黒い模様がサーッと広がっていた。
「うぅ」
呻き声をあげたゴルドロスは、白いモヤに囚われているようで、もがき苦しんでいた。
こんなに誰かが憎くなったのは、この世界に来て初めての事だった。ゴルドロスをじっと睨みながら、一歩一歩と足を進める。
「なんで、お父さんを斬った?」
「だ、だれ・・・か」
ゴルドロスは、助けを呼ぼうと 声を貼りあげようとしたようだが、白いモヤによって遮られてしまったようだ。
白いモヤがグルグルと巻き付き まるで、蜘蛛の糸に巻き取られているかのように身動きが出来なくなっていく・・・その姿は蜘蛛に捕食される前のエサの様だった。
「死ねよ、お前なんか死んでしまえ」
太っちょ「ちょっと、あの娘を懲らしめるつもりだけだったのに。・・・こんな事になるとは思わなかったんだ」
※原作では13歳の時に貴族の妾になったツアレですが、2年早い11歳で妾に・・・どんまい。原作開始の約9年前の出来事になります。