☆アルベド視点
裸に上着一枚かけられた憐れな姿。既に治療を受けたのか、酷い外傷はないものの 毒にかかっているようで顔色が悪くやつれている女、ツアレニーニャ・ベイロン。
周りの人間共が我らに恐れをなしている中、彼女だけは モモンガ様を視界に入れた瞬間 懐かしさと歓喜に震えた声を出し、モモンガ様へ手を伸ばしていた。
そのツアレニーニャとモモンガ様が触れた瞬間、モモンガ様から激しい光が放たれ 1人の人間が現れた。私達には、その人間がモモンガ様だと感覚で分かり 驚愕したのもつかの間、モモンガ様が激しい感情を抱いたまま、泣きながらツアレニーニャを抱き締め、そんなモモンガ様に答えるように、ツアレニーニャは、私の知らないモモンガ様の名を呼んだ。
抱き合う2人の姿に、私はハッキリと モモンガ様が愛しておられるのは彼女だけなのだと 見せ付けられたようだった。
意外にも、私はその姿を見ても嫉妬はしなかった。
転移してからのモモンガ様の苦悩をお側でずっと見ていたからなのか・・・・・・相思相愛のご様子を目の当たりにして、当然の結果だと納得している自分がいるのだ。
意識を失ったツアレニーニャに モモンガ様が必死に呼び掛けておいででした。パンドラズ・アクターがモモンガ様に さっと上位治癒薬を手渡した。
「モモンガ様、コチラを彼女に」
「あ、あぁ!!」
急いで受け取ったモモンガ様は、ツアレニーニャに上位治癒薬を振りかけました。私は、モモンガ様に抱かれたツアレニーニャの顔を覗き込み そっと声をかけました。
「・・・眠っておられるようですわ」
モモンガ様が、ツアレニーニャを隣に控えるパンドラズ・アクターに慎重に預けるとモモンガ様の体がまた、一瞬 輝き、今度は元のオーバーロードのお姿へとなっておりました。
「・・・許さない」
小さく、ハッキリと告げられた言葉には強い感情が込められていて・・・私にはそれが鋭利な刃のように感じた。近くにいた人間共が 恐怖で座り込み、失神していくのが視界の端に映った。
「許さない、許すものかッ 加藤さんを、こんな、こんな 目に合わせやがってぇ"!!!!!!」
モモンガ様の叫び声と共に、周囲に放たれる威圧感に息が詰まり 身体が震えた。激しい怒りに恐怖を抱きつつも、私の耳には確かにモモンガ様の御心が壊れゆく音が聞こえた。
「くっクズがぁあああ!!!!!ぶっ殺す!!!ぜんぶ、全部、ぶち殺してやる!!!!!!!」
剥き出しの憎悪を周囲に叩きつけ 叫ぶ激しい怒りの声が響き渡った。
バキバキと嫌な音を立てて、モモンガ様が壊れていく・・・その様子に私は激しい恐怖と失うかもしれない不安に襲われた。
やっと、やっと最近は心から笑って下さるようになったのだ。眠りについてから魘されることも無くなってきたところだったのだ!!
それなのにッ!モモンガ様に対して、こんな、こんな仕打ちなんて!!!
「も、モモンガ様!!!!」
震える声を何とか振り絞り叫んだ。
私は、この世界に転移してきたあの日。モモンガ様の“叫び声”を聞いて、二度とこんな事にはさせないと胸に刻んだのだ。例え、如何なることをしようとも、敬愛するモモンガ様をお救いすると誓ったのよ!!!
「モモンガ様ッ!!どうか どうか お待ち下さいませ。私を殺してでも構いません!!どうか どうか!!」
「アル、ベド」
震える身体を叱咤し、モモンガ様へ思いっきり抱き着くと、モモンガ様が混乱したように声をかけられました。
私は 祈りをこめながら、ゆっくりと力強くモモンガ様に語りかけました。
「モモンガ様、モモンガ様の愛するお方は、今では“王国の人間”でございます。彼女が目覚めた時、モモンガ様が王国を滅ぼしていたらッ どんな反応をするでしょうか!!」
「あ、」
空気が抜けたような声が微かに聞こえた。顔を上げてモモンガ様のご様子を伺えば、王国を失ったツアレニーニャの姿を想像されたのか 顔色が悪くなっていっているようだった。
「王国などどうなってもいい。ですが、感情のままに破壊してしまったことで、モモンガ様がお辛い思いをするのは見過ごせませんでした。不敬を働き、本当に申し訳ございません」
ゆるゆると、モモンガ様から放たれていた威圧感が消えていった。私がモモンガ様から離れ、その場で跪いていると、モモンガ様がお言葉をかけて下さいました。
「そうだ、そうだったな・・・アルベド、顔を上げてくれ」
モモンガ様の そのお顔からは激しい感情は落ち着き、何処かホッとしたような雰囲気を纏っておいででした。
「お前の言う通りだった、ありがとう」
モモンガ様が、不敬を働いた私に対して余りにもお優しい言葉をかけて下さいました。
私が感動に打ちひしがれていると、後からデミウルゴスの気配を感じた。
「モモンガ様、準備完了致しました。八本指の関係者並びに貴族共を集め終わっております」
デミウルゴスはいつも通りの綺麗なお辞儀をして、モモンガ様に報告したのだった。
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☆レエブン侯視点
我々は特大の爆弾を踏み抜いてしまったのかもしれない。
突如 現れた異形種達は、王国の人間を次々に捕らえると、この場所へ連れてきていた。ある者は脅しをかけて、ある者は手足を折られて・・・その方法は様々だったが、集められた顔ぶれを見て 私にはある仮説が浮かんだ。
怪我を負って引き摺られてきた者達は、八本指の手の者達や 八本指と裏で繋がっていた者達。そして、私のように“無事”に連れてこられた者達は 貴族であり、尚且つ八本指と繋がっていない者達だ。
この異形種達は八本指に激しい怒りを抱いているのか・・・?
クソッ 王国を食い散らかす害虫共め。とんでもない奴を叩き起したな。
呻き声や苦痛に歪む声が響くこの地獄のような光景を見ながら どうやって生き残ろうかと必死に思考を巡らせていた、その時だった。
ドンッ
心臓へ強い衝撃と共に伝わってくるのは、“激しい怒り”。誰かが、何者かが 激怒している・・・誰に?考えるまでもなく、ここに居る我々に対してだろう。
その激しい感情は 少しして収まったものの、身体の芯から震えてしまって 恐怖心が込み上げてくる。
周りの人間達もガタガタと震え、中には気絶している者もいるようだった。対する異形種達は 我々に向けていた視線を更に鋭くさせ、今にも襲い掛かって来そうな勢いだ。
愛する妻と息子を領都に置いてきて正解だったと安堵しながらも、段々と悪くなっていく状況に、ここからどうやって抜け出すかとそればかり考えていた。
暫くして、地べたに座らされた私と配下達の元へ、ツアレの救出作戦を任せていた筈のボリス達が 気を失っているロックマイヤーとヨーランを背負いながら、赤い悪魔に連れられてやって来た。
彼らは私の顔を見た後、安堵の色を浮かべた。この非常事態にかなり参っているのだろう。合流したのを見届けると、後に立つ悪魔が口を開いた。
「エリアス・ブラント・デイル・レエブン。至高のお方が愛した女性を助けに行こうとしたのは評価します。しかし、そもそも貴方が彼女に対して、こんな危険な事をさせなければ起こらなかった悲劇なのです」
至高のお方?愛した女性を助けるというのは・・・まさかツアレの事なのか?
激しく回っていた思考は、悪魔の次の一言で全てが吹き飛んだ。
「全ては王が判断する事です。しかし・・・楽に死ねると思わない事ですね」
「ヒッ」
スっと細められた悪魔の視線に 私は歯がガチガチと震え、情けない声が出た。
死にたくない、死にたくない、愛する息子や妻を残して死ぬなど!!!
背を向けて去っていく悪魔を見送りながら恐怖で震えそうになる心を何とか奮い立たせ、必死に考えを巡らせるのだった。
※ボリス達・・・囮役として八本指の注意を引き付けていた救出作戦班。
※ロックマイヤー達が治療する前のツアレをモモンガ様が見たら、アルベドの制止なんてぶっ飛ばして 全て 皆殺しになってたと思われる。魔王誕生(テッテレー