ダンジョンで幸せを探すのは間違っているだろうか 作:モーリン
夜の帳が降り、都会の光が太陽の代わりにオラリオの姿を映し出していた。
人通りは既に少なく、露店も夜間に出来る露店以外は全て閉められており、大通りも昼間の様な活気はない。
ただ、冒険者が数多く集まる街は、それでも人通りがあった。
冒険者は昼間はダンジョンで生死を別けた戦いを日々行っている。帰って来ない者もいれば、帰れるものも居る。
現実とは常に現実しか見せない。だからこそ、冒険者は日々、命を掛け、帰って来た喜びやこれからの未来の為に酒を交わすのだ。そう、冒険者が多いこの都市は飲み屋の需要が絶えず、その質を競うように店が点在している。
つまりは、夜には飲み屋や娼館が活発に動いている時間帯であり、その中で豊饒の女主人という店は、常に明るい光が灯されていた。
店内はカウンターがあり、奥にはキッチンがちらりと見える。二階は従業員の宿泊部屋で完全なプライベートルームであり、悪戯に上ろうとした輩は一瞬で店外へと弾き飛ばされる運命である。
カウンター越しから見る店内は広く、丸テーブルがいくつか散見され、ぎゅうぎゅうに詰め込めば100人位は入りそうだが、椅子の数はその半分程度しか用意されていない。しかし、そんなぎゅうぎゅうに詰め込まれれば、給仕が軽快に、されどしっかりと客との懸け橋には成れない。故に広さは丁度良いといった所か。
まるで舞うように店内を駆けまわり、接客を行う給仕はこのオラリオでもトップクラスの美貌を持つ者しかおらず、男性に人気である。しかし、昼食時は女性が多い。これは女性従業員が多く安心感があるのと、女性の心を鷲掴みにするデザートも人気だからだ。
その為、このオラリオの飲み屋戦国時代でも強者として数えられる店舗の一つだ。
そんな豪快な笑い声や人々の軽快な話声、食器が擦れる音が響いている店内の一番上等な席に一際注目を集めている一団が居た。
一人だけかなりテンションが高い赤い髪をポニーテイルにしている、辛うじてその声で判別できる女性が、酒が入った樽ジョッキを持ち、そんな女性を微笑みながら見るパルゥムの男性。フィン。
ジョッキがビシッと天高く突き上げられ、赤い髪の女性、ロキが盛大に口を開いた。
「そんじゃま、この縁を記念して、かんぱーい!!」
「「「かんぱーい(か、かんぱいっ)」」」
「もっとこえはりぃな!!」
やけに響く大きな声を出し、威勢を上げ、音頭をとるロキに、通常のテンションで返礼する他の者。
その格差にがくっと体を沈める盛大なリアクションを取り、突っ込みを入れるロキをにフィンは苦笑した。
しかし、ここで終わるロキではない。もう一度天高く、されどビールを零さない様に、もう一度音頭を取った。
「かんぱーい!!」
「「「かんぱーい(か、かんぱいっ!)」」」
「なんで静かやねん!! でもレフィーヤたんはありがとう!!」
されど結果は変わらず、突っ込みを入れるロキをよそに、フィンと黒髪の男性、コウは隣に座る薄緑髪のエルフの女性、リューと反対の隣に座るリヴェリアにドギマギしながら酒に口を付けた。
「あ、あのー……何で私ここにいるんですか? その、カブラギさんの事を紹介して貰ったらいつの間にかここに座っていたんですが……」
おずおずと手を上げる綺麗金髪を後ろで纏め、ポニーテイルをスーパーロングにしている少女。その体の起伏は自己主張を始めており、あどけなさが残るその幼いながらも女性とした顔のパーツからなるその可愛さは、美少女と言っても差し支えない。将来は美人が約束された少女、レフィーヤ。
アイズ達と別れ寂しくなりながらも足手まといと理解しているが故にとぼとぼとダンジョンを戻り、ロキにステータス更新を頼み、殆ど伸びていない所を悩んでいる最中にロキに今回の飲みに誘われ、そしてリヴェリアとそのリヴェリアを通してファミリアに依頼したコウ、さらにフィンも一緒にこの豊饒の女主人に来たのである。
フィンはきちんとコウに謝罪し、コウもいい経験になったとあたあたとフィンに恐縮するばかりであった。
フィンはこの時点でコウの人物像を掴み、この荒くれが多いこの街で一種の清涼剤の如くな性格を更に評価し、もう一度念入りにファミリアに勧誘していた。
コウはフィンに謝られ、全くとは言えないけど、夕食を奢るという事でまぁいっかと水に流していたところでの謝罪なので、別段全く気にしていない事を伝えたのだ。その後、レフィーヤなる美少女を紹介され、将来美人確定やな(白目 な感想を抱きつつ表面上は丁寧に自己紹介をしたおかげか、レフィーヤからの印象はそれほど悪くはない。だが、一緒に飲むとは予想外で、どう反応していいやらと迷っていた。というより酒は駄目だろとロキに言いたいが、こちらは一応もてなされる立場だし、向こうには向こうのルールがあると思い、ちょっとドギマギしながら店に入ると、どの子も美人揃いで前世のキャバクラを思い出したのは、気のせいではない。
そして一番特等席と思われる場所へと案内され、接待を受ける立場からか何なのかは知らないが、隣にリヴェリア、そして反対にはこの店の女の子の給仕姿のリューが紹介され、ロキに
「今日は両手に華やでーコウはん。っくぅううううう! うちはレフィーヤたんとシルたんで我慢するか!」
と言われ、若干助けを求める様にコウはフィンに視線を投げかけるが
「これまでの無礼の謝罪を込めてね。そんなの要らないと思っても、僕の顔を立ててくれないかな?」
という一言で撃沈し、リューと自己紹介を交わし、席に座った所でロキが音頭を取ったという流れだ。
しかし、レフィーヤも疑問に思っていた事を乾杯した後にそう投げかけ、いいぞ、レフィーヤ嬢! と熱い視線をレフィーヤに送っている。ちなみにレフィーヤには内心引かれている。
「なぁーに、気にすることあらへん! 今日はいっちょ景気よくいこうやないか」
にっこにことレフィーヤに体を密着させるロキ。にやりと笑うロキを目にして、あ、何か嫌な予感がする。という事がレフィーヤの頭をよぎるが、それは正しい。
まさしく、明日からの為の景気づけだ。少人数の遠征であれば十分にロキ・ファミリアの現時点である物資で事足り、馬車も手配し、荷物も既に預けてある。ロキも動いており、迅速に準備が整ったのだ。
後は小遠征の為に仲を深めるだけだ。連携の練習は出来ないが、お互いを知るという事は無駄ではない。
明日から三日間は最低共にするのだ、ギスギスした空気より、体を休められる空気がいいに決まっている。
それに、理由もなく酒を振舞う事なんてありえない。ロキが言っている景気よくは明日も頑張ってねという意味も込められている。つまり、レフィーヤは何も知らずにこの場に居るが、激励という意味が込められているのだ。
「カブラギさんは何か頼みますか? 本日は全てロキ・ファミリア様持ちと伺っております」
コウがちびりちびりと飲んでいる所にリューがコウの顔色を窺いつつ、メニュー表を差し出す。
それに礼を言いながら受け取り、メニュー表を開き、その高さに若干顔を強張らせる、が、今回のお金は全てロキ・ファミリア持ちという事だし、色々あったので遠慮せずに注文しようと思った所、コウの目に留まった料理を少し懐かしそうに見つめた。
「……それでは、リジェの葉のベーコンソテーをください」
「かしこまりました。……アーニャ。注文を」
「はいニャー!」
そうしてメニュー表をリューへと返し、お通しだろうか、どかっと盛られたフライドポテトを摘まみつつ、ちびりと酒を嗜んだ。
「リジェの葉か……主な産地は西側だが、コウは西の出身であったか?」
その横でコウと同じくちびりと小さなグラスで清水を傾けていた。リヴェリアがコウにそう聞いてきた。
「ええ、比較的温暖な気候でして、まぁ私の出身はその国の外も外。未だにマッピングされていない森の近くにひっそりとありましてね。栄えていた近くの街でも徒歩半日程の田舎でしたよ」
「ほう、マッピングされていない地……か」
リヴェリアの目的は世界を回る事だ。勿論、マッピングされていない所に行くのは大歓迎である。
「それはエルフの里では無くてでしょうか」
「ええ、そこには綺麗な湖が……ありますよ。いつか見て頂ければきっと、感動します。私が保証しましょう」
ふっと何処か懐かしくされど悲しそうに笑うコウだが、リヴェリアの清水が空になっているのに気づき慌てて清水が入った瓶をリヴェリアに差し出した。
「すみません。気付かなくて……どうぞ、リヴェリアさん」
「すまんな。気を遣わせて。だがもっと楽にしていいのだぞ?」
「いえいえ、美人に囲まれてお酌されるだけなのは心情的に心苦しいので」
「ロキに聞かせたいセリフだな……」
そうしてやれやれとロキを見ると、レフィーヤの胸を鷲掴みながらシルが少し時間がある時に侍らせていた。フィンはそれを咎めつつ、出された料理に舌鼓を打っており、たまにコウへと視線を投げて全体の調子を見ていた。
「あははは。まぁ良い神様じゃないですか。正直オラリオに来てから神様という概念的な存在の印象がガラリと変わりましたね」
「カブラギさんの村では神が居なかったのでしょうか?」
「ええ、それ程田舎だったって事ですね。魔石灯も無くて、毎日夜はロウソクの灯が消えたら就寝時間でした」
思い浮かべる田舎暮らし、あれはあれで良いものだと、出て来たリジェの葉のベーコンソテーを口にしてその美味しさにコウも舌鼓を打つ。前世で言えば、ほうれん草のベーコンソテーの味に似ている。田舎では見られないコーンとバターとベーコンがメインの味を押し、縁の下の力持ち的なりリジェの葉が口の調子を整えていく。
少し脂っこいのは恐らく飲み屋だからだろう、出された酒を一口流し込めば、バターの軽快な風味と共に酒が喉を流れ、次の料理を受け入れる準備が整うのだ。
「美味い……」
酒を流し込み、コウはそう一言呟いた。
「ああ、この店はうちも懇意にしている店なんだ。料理が美味いと評判だ」
「いつも御贔屓にありがとうございます。リヴェリア様」
「私だけじゃない。うちのファミリア全員がそう思っているさ」
そうしてリヴェリアの前に置いてあった赤い実のフルーツを指先で丁寧に取り、その口へと運んで行った。
基本的にリヴェリアはあまり物を食べない少食だ。食べなければならない時は食べるが、今はその時ではないので、フルーツや軽いさっぱりとしたおつまみを中心に料理が揃えられている。
「リューさんは食べないので?」
自己紹介の時、リオンとあまり言わないで欲しいという要望で少し気恥しいが、名前で呼んでいる。
リヴェリア……というより基本王族はファーストネームで呼ぶ場合が多い。これは王族のファミリーネームは国を表している事がままあるからだ。故に、リヴェリアに対してはファーストネームで呼ぶのが正しい。
一向に進んでないリューの食事にコウはもしかして体調が悪いのかと思い、彼女の顔を伺い視る。
その心配そうな視線に気づいたリューは、ふるふると首を横に振り、チェリーをぱくりとその口に運んだ。
それを見て安心するコウ。体調が悪い中の酒の席は辛いのを良く知っているからだ。
「そういうコウは酒が進んでおらんようだが?」
そうして酒瓶をリヴェリアの両手で傾けられれば断れる術はなく、もう少し樽ジョッキの中の酒を空けてから差し出した。そこにこぽこぽと静かに酒が満たされるのを見ながら
「あ、あははは。何というか、まぁ気持ちは分かりますが……」
美人二人に挟まれて恐縮しているコウだが、外部からの視線も相当痛い。手酌してもらっている今は相当視線が強い。だが、男として気持ちは分かるけど、コウは今はそういった恋愛を楽しむ様な元気はない。ヴィヴィアンの事が頭から離れてないのだ。
そんな曖昧な回答をするコウに二人が頭を傾けるが、気にしないでください。というコウの一言で二人は飲み物を口へと運んで行った。
コウも注がれた酒をぐいっと勢いよく流し込み、アルコール分を外に出すようにふぅーと息を吐いた。
この世界の酒はアルコール度数は前世の酒とほとんど変わらない。
基本的には伝統的な作り方を守っている所が多く、その手法も様々だ。この世界は水が普通に飲めるが、田舎のメインは殆ど酒である。中でもワインは甘みが強く、お子様舌のコウには打ってつけの飲み物であった。
今飲んでいる酒は焼酎に近い味だ。アルコール度数はそれなりにあり、程よい清涼感がある。
普通に美味しい酒であった。
「ふぅー……美味い。田舎のワインとは比べ物にならない程、度数がありますね」
「ほう、田舎はワインが醸造されているのか」
「ええ、と言っても簡易的に発酵させ貯蔵しているだけですけどね。なので度数は低いのです」
「そうなのか……しかし、コウは色々酒の席のマナーも知っているようだが、何処から得た知識なのだ? こう言っては失礼かと思うが、田舎にそのようなマナーがあるとは聞き及んでなくてな」
リヴェリアもこのオラリオで冒険者になって既に久しい。色々な冒険者の中で田舎出身の冒険者も数多見て来た。
その彼らにはコウの様な何処か気を配りながら飲む。何て言う芸当は無く。ただただ面白おかしく飲むといった豪快な人たちが主で、リヴェリアのイメージもそうなっている。
故に気になるのだ。
「あー……リヒトさんからが主ですね」
「そのリヒトさんとカブラギさんはどのような関係だったのですか?」
ぐいっと身を寄せてリューはコウに食いついた。
それに若干身を逸らせるが、リヴェリアには近づかない様にする妙技を炸裂させつつ、両手をわたわたさせた。
その意味をリューは悟り、はっとなり、元のポジションへと落ち着いた。
「すみません……」
「いえ、お気になさらず、ただエルフの方と気軽に触れるのはあまり宜しくない。ともリヒトさんから教えられましてね。こちらもオーバーアクションで申し訳ありません」
「酒の席なのだ。無礼講でいこうじゃないか。……それで? リヒトとの関係は」
元のポジションに戻ったリューだが、その視線はコウに固定されたままだ。その妙に食いつくリューに疑問を浮かべながら一口フライドポテトを食べ、酒を飲んで口を湿らせ、ジョッキをテーブルへと置いた。
「そう、ですね……結論から言うと、切っ掛けを作ってくれた人であり、仇であり、そしてよく話を聞いてくれる人でもありましたね」
「仇……っ」
ばっとフィンを見るリューだが、そのコウの言った言葉を聞いていたのだろう、驚愕に彩られたリューの視線に頷き返した。そのやり取りを見たリヴェリアは眉をピクリと上げ
「何だ、まだ伝えてなかったのか?」
「うん。簡単な事しかね。……リューさん、彼の話を最後まで聞いて貰えないかな」
「わかり、ました」
「あー! フィンがリューたんを悲しませたー!」
「だ、だんちょー……」
フィンはリューへとそう伝え、少し影を落とすリューを目ざとく見つけたロキがフィンを酔った勢いで責める。その脇にはレフィーヤが少し涙目になっており、その光景に苦笑しつつ輪の中へと入って行った。
その様子を見ながら、なんのこっちゃと思い、コウはリューとフィンのやり取りを見守ったが、とりあえず話を聞いてくれるとの事なので、話の続きを少し酔ってきた感覚を覚えつつ、語る。
「出会った当初は人の良い性格のイケメンで、全くこの世の理不尽さを目の当たりにした気分でしたよ。性格も良いのにイケメンとか、結婚してるんだろうなーとか勝手に思ってたかな」
そうしてジョッキに入った酒を空にし、今度はリューが空になったコウのジョッキを満たした。
そのリューのエルフ耳を見ながらまた口を開く。
「だからイケメンは爆発するべき。とか変な対抗心を燃やしていたものです……キャラバンを組んでちょくちょく村へ来るリヒトさんが扱っているのは趣向品が多かったですね。後は衛士達の武具も取り扱っていました。魔剣を集めているという話を聞いて、じゃあこういうのはあるかって話した時、大人達は寝言は寝て言えとか言っていたけど、リヒトさんはしっかりと聞いてくれてね。そこから色々情報を交換していたんですよ」
「その情報とは?」
「俺が知っている武具の伝承とかと、こういった都会の情報とか情勢とかの交換でしたね」
「……」
それを黙って聞いていたリヴェリアだが、コウの話では伝承に残された剣であったと説明された。
そしてその本も、だが、その本はリヴェリアさえ知らないのだ。
故にリヒトが前情報無しで見つけられる事はあり得るのかと。
いや、あり得るとリヴェリアは思う。魔剣を収集していたとの情報はコウから齎されている。その魔剣が報酬になるのだ。故に伝承や鍛冶職人の情報を求めながら収集したに違いない。
だがと、ハイエルフの蔵書にはかなりの年月が入った者がある。見落としはあるかもしれないが、リヴェリアが知る中でコウから聞いたアロンダイトの話なぞ、記憶にないのだ。
故にリヴェリアはその疑問を乗せ口を開いた。
「魔剣アロンダイトも、その中の一つなのか?」
「もちろん。アーサー王伝説は現存しておりましたし。確証はありませんでしたが」
「では何故その伝説を知っていたんだ?」
「……知っていたからじゃ、駄目ですか?」
目を細めリヴェリアを見るコウ。少し酔っているのかその顔は赤い。
「魔剣アロンダイト?」
その剣の名称が初耳のリューはコウへとそう聞き返した。
リヴェリアも多少酔っていても、踏み込ませない線をコウから感じとり、この疑問は胸の奥底へと仕舞った。
コウも視線をリヴェリアから外し、リューへと移る。
「はい。今はもう無くなりましたが、その魔剣アロンダイトは呪われておりましてね、リヒトさんはそれを手にしたかった。とある目的の為に」
「……呪いとは?」
リューはその目的が分っていたからこそ、もう一つの疑問点、呪われていたという事に付いてコウへ伺った。
「……とある人物の特殊な血が必要でした。その魔剣アロンダイトが本当の力を得るためには。……その血を持って居たのが俺の恋人でした」
「……っ!?」
「まぁその恋人もリヒトさんが居なければ出会う事も無かったので、感謝しているんですよ。結局リヒトさんの目的の成就の為に亡くなってしまったけど、結果的に俺もリヒトさんを手にかけてしまったんです」
悲しそうにジョッキに入った酒を見つめるコウは、その悲しみを飲み込むようにぐいっと一気に酒を平らげた。
それに気付いたリヴェリアは少し度数が低い違う酒をコウに注ぎこんだ。それをコウは少し飲んだ。
「……復讐したのでしょうか」
「それは違いますね。俺はただリヒトさんを止めたかった。助けたかった。でも、リヒトさんはその手を振り払ってしまったんです。けど、俺はその時はそれで納得出来なかった。まぁその後色々また悩みましたが、何れにせよ、彼の目的をこの手で遂げたいと思ってるんですよ」
そうしてリヴェリアから入れられた少し度数が低い酒をくいっと飲み、ふぅーと息を吐いてジョッキを置き、はっとなった。リューの表情が明らかに沈んでいる為だ。
「す、すみません! 勝手に語って勝手にブルーになっちゃって。ただ、まぁリヒトさんとの関係は最初に言った通りですよ」
「恨んでは、いないのでしょうか?」
「恨んではいますよ。大切な人を奪ったんだ……ですが、憎んではいない。短かったけど、恋人と居られた時期は幸せだったし、その反面悲しみは大きかったですけど……間違いじゃなかった。それだけで俺はこの世界を生きていける」
「貴方は……強いですね」
リューも過去ファミリアが壊滅した際、その壊滅の切っ掛けを作った者たちを全て殺したのだ。
復讐したのだ。そうしなければ、自分を保てなかったからだ。
しかし、コウは違う。復讐じゃなく助けようとまでした。理由はどうであれ、恋人を殺した相手を助けるというのは生半可な気持ちじゃ到底無理である。通常怒りに飲まれるだけだ。
そして復讐の果ては無だ。ただただ虚無感が残るだけ。だからこそ、やり直したくなるのが生き物の性である。
そんなリューに自分を重ね、力なく俯くリューの手を握り、視線を合わせた。
コウの目には少し驚いている彼女の顔があった。
「それは違いますよ。俺は強いんじゃなくて、強くなれたのです。……まだ、リューさんは生きて居ます。生きて居るなら強くなれますよ。でも、俺もそうだったのですが一人じゃこの世界で立つのは難しい、だから、リューさんにもそういった心を支えてくれる大切な人を探してください。そして共に強くなってください。共に強くなれたらきっと、この世界は輝いて見えますよ」
笑ってそういうコウにリヴェリアはそれが強がりだという事を看過している。
しかし、それは突っ込まない。男の、精一杯の強がりに、女が口を出すのは何処か間違っているからだ。
そしてリューはそんなコウが眩しくて羨ましかった。
これがリューに存在したもう一つの答えなのだと、漠然とリューは思った。
「……貴方は、強くなったのですね。私も、強くなれるでしょうか?」
「生きて居ればきっと。それにリューさんは気立ても良いから待っていても見つかるかもしれません。けど、俺が一番後悔しているのは自分から踏み出せなかった事が多すぎて零れてしまった物も多かった事。今でもあの時ああすればという念に駆られます。だからこそ言えます。待っているだけじゃ始まらないと。時には自分から踏み出さないといけない事があると大切な人がこの手から零れ落ちて漸く気付いた」
思い浮かぶのはヴィヴィアンが秘密にしようとしていた事をただ、ただ待っていただけである。
もしコウがその一歩を踏み込んでいれば、この結果にならなかったかもしれない。
だけど遅い。もう遅い。だからこそ、コウはもう後悔したくないのだ。
だが、その一歩はまだコウも分からない。しかし、この世界でならそれがどんな一歩なのか見つけられる気がしてならないのだ。
「私も、わかります。彼女たちが零れ落ちた時、漸く多くの事を気付けました。でもそれは遅かった。その後悔ばかりです。……何故、貴方は今でも強いのですか? もう、取り返しがつかないのに、何故貴方は立ち上がれたのですか?」
どこか不安で揺れるリューの表情に安心させるようにコウは素の表情を出した。
「……完全には立ち上がれてないよ。今も眠れば彼女が俺の目の前で殺される映像が映し出される。けど、彼女は俺に幸せになって欲しいと、この世界で幸せになって欲しいと願ってくれた。だから、また前を向いて歩けたんだ。……結局、俺一人じゃ立ち上がる事も出来なかったんだ。だから、俺は強くない。けど、強くなることは出来る。それをリューさんには知ってもらいたかった」
そう、コウは強くない。覚束無い足取りで漸く歩き出した雛鳥と同じだ。
彼女が居なければここに居なかったし、今も畑を耕していた人生を送っていた。
それが悪いという訳じゃない。そういう生き方もある。けど、今のコウはそれが正解じゃないと漠然とそう思っているだけだ。だからこそ、歩いているのだ。もがくように。
そしてリューも同じだった。いや、その絶望で歩みをやめてしまったのだ。
今はその暗闇で立ち上がる事が出来ている。けど、光が無かった。歩む道を照らしてくれる光が。
シルやこの店の従業員達は、リューにとって休むことが出来る場所となっているが、しかし自分の道が照らされないのだ。だから、待っていたのかもしれない。その道を照らしてくれる誰かを。手を引っ張ってくれる誰かを。
けど、コウの話を聞いて少し気付いた。どんな暗闇でも必死にそれを探さないといけないのだ。
待っていれば見つかる事は無い。何て言う都合はとうに分かっていたと思っていたリューだったが、まだ自分には見えていなかったのだ。もう、その絶望に折れた足は動かせるのだという事実が。
「あっ、す、すみません」
そして漸くコウはリューの手を握っている事を自覚し、エルフにとって失礼に当たると思い、丁寧に離し、恐る恐るリューを見た。
そこには少しだけ微笑んでいる綺麗な女性が映っていた。
「ありがとうございます。貴方のお陰で抗うことが出来ると気づきました。この御恩、わすれません」
「え、……あ、い、いや。そんな、大したことじゃないですよ。ね、ねぇリヴェリアさん」
そんな綺麗な笑顔に少し見惚れ、そして視線をせわしなく動かしながら、静かに話を聞いていたリヴェリアを巻き込むように話を振った。
「はて、それを判断するのはそこのリューだが?」
「と、兎に角。全然恩義に感じなくて大丈夫ですから! その、俺の恋人が手を引っ張ってくれたからなだけで、決して俺だけの考えではないというか」
「ふふ、貴方は暖かい人だ。貴方の恋人もきっとあなたのそういう所に惚れたのでしょうね」
「い、いやぁ、ちょっと駄目男が好みだったんじゃないかなー……」
世話が焼けるなーが彼女の口癖みたいに、コウの耳に何度も入ってきたからだ。
因みにヴィヴィアンの好みはコウらしく、コウは自分の何処に惚れたかさっぱりであった。
「そういう一面もあるかと思います。ですが、私から見てもカブラギさんは好ましい人だと思いますよ」
「はは。ありがとうございます。そう言って貰えて嬉しいです」
コウ自体はそんな事微塵も思っていないが、彼女のその意見は尊重せねばならん。という事で返答をしたコウ。
どちらも微妙にずれている問答に小さくため息をついたリヴェリアは、とりあえず明日はレフィーヤに多くの気を遣えるという事実を認識し、この不器用な二人を見て、清水をあおる。
「あっと、リヴェリアさん。ささっどうぞ」
いつの間にか清水が入った瓶を持つコウだったが、それに首を振り
「こっちの酒にしよう。今日は、そんな気分になった」
まるでベルを振るように酒瓶を振るリヴェリア。
「さいですか。それでは、どうぞ」
リヴェリアから手渡された酒を注ぎ込むコウ。その酒は少し度数が高い酒だ。それを一口あおるリヴェリア。
その冷たいのに熱いアルコールを嗜み、喉に滞留している熱を吐き出すように、ふぅっと息を吐く。
―――――私も何時か隣に立つ人が出来るのか
そんな事を胸中に思い、らしくないと首を内心軽く振る。
自分が誰かに寄り掛かるなど、想像が出来んなと、苦笑し、小さなグラスを空にした。
「あっー!! リヴぇたん酒飲んどる―! よっしゃ来い! うちが注いでやるでー!」
いつの間にかレフィーヤにも飲ませたのだろう、顔を真っ赤にしながらリヴェリアを楽しそうに見ている
「りうぇりあしゃま! 飲みましょう! きっとたのしいれすよ!!」
そんなべろんべろんなレフィーヤに苦笑をし、自分の心に住み着いている人たちが大勢だから、そんな想像が出来なかったのだなと、結論を出し、レフィーヤの元へと移動していった。
それと入れ替わってきたフィンはロキに相当飲まされたのだろう、その顔はふやけていた。
だが、それでも伝えないといけない事があるという事でこの席へと来たのだ。
「あー……明日は朝の9時頃に出立するから、9時に街門に集まって欲しい。コウも、明日はよろしくね」
そのセリフに、あれ? 俺宛てだよな、そのセリフと思いつつ、フィンの顔がふやけている事に突っ込みを入れた。
「わかりました。……それよりフィンさん。大丈夫です?」
「ああ、これ位なら、まだ……ね」
そうして残っていた果物をフィンは口へと運ぶ。
「ディムナさん。此度の席。用意して頂きありがとうございます。彼に教えられて気付けた事がありました。恐らく、彼が居なければ気付けなかった……いえ、気付こうともしてませんでした。ですのでこの切っ掛けを作ってくれたディムナさんにも感謝を」
「ん? ……そうかい。それなら良かったよ」
「はい。カブラギさんも改めてありがとうございました。何かお礼を……」
リューは手を胸に持っていき、まるで祈るようにされど、コウに向かって少し潤んでいるその瞳を使い上目で視線を向けた。
こやつは天然か……という酔った思考でそう思ったコウ。
「いやいや、リューさんは聞き上手だ。お陰で酒も進んじゃいましたよ。つまり、楽しく飲めました。それだけで、俺は満足ですよ。それに俺は話しをしただけだ。恩義に感じる必要はなく、ああ、そんな意見もあるんだなーって覚えて貰えればこれ幸いってやつですよ」
そうして酒をあおるコウ。リジェの葉のベーコンソテーを綺麗に食べ、心の中で合唱した。
「そう、ですか。……私が触れられてその手を振りほどかなかったのは、カブラギさん。貴方で三人目ですよ」
ふわりと笑うリューに、少し酔いとは違う朱が顔に入るコウ。
「……リューさんって天然ですよね」
何故かキョトンとした顔になるリューに苦笑しながらコウはその顔の熱を逃がすように、酒を一気に仰ぎ、ふぅーっと息を吐いた。
酒場の喧騒は良いものだと、こうやって人は力強く生きていける。だからこの空間は良いものだと、リューから注がれたお酒をまたあおり、独り言ちた。
誤字脱字等ありましたご指摘をお願いいたします。
こういう回が本当に難しいです……
現在1章の扉絵描いております。完成したら、1話のトップに添付いたします。それが終わったら2章の、3章の扉絵をプロットもう一度練りながら描こうかな(白目)