ダンジョンで幸せを探すのは間違っているだろうか 作:モーリン
コウとヴィヴィアンが付き合って一か月が経とうとしていた。
既に熱い夜を過ごした二人の距離は殆ど0に限りなく近づいていた。ほのかにある距離はそれは互いに尊重しあう距離であり、二人にとって心地の良い距離であった。
ヴィヴィアンがコウの両親に挨拶に行った時は村中で噂になったが、二人仲良く寄り添うように村へと現れ、コウの両親に付き合ってます宣言をしたその日は家族や村中で大騒ぎして、色々な男がダメ元でヴィヴィアンに告白して砕け散ったのは記憶に新しい。
そうして二人につけられた渾名は「美女と野獣」である。
奇しくも前世に出てきた物語の名前と一緒になり、人が考えている事など、世界が違えど同じなのかもしれない。
そんな事を思い浮かべてクスリと笑うコウは以前までひっそりと浮かび上がっていた自信の無い表情はなりを潜めていた。
自信がついたのではない。上には上がいるし、世界中探せばヴィヴィアンをコウ以上に幸せに出来る人物はごまんと居るだろう。だが、ヴィヴィアンはコウを認め、コウを選んだのだ。だからコウは納得した。
これが愛なんだ、と。
なる程と思う。この愛は例え万金を積まれても、王の座を薦められても、例え決して届かない相手でもこの愛を覆すのは出来ない。理屈じゃない。コウはただただヴィヴィアンを愛しているだけだ。
そんなコウにヴィヴィアンも同じように答え、そうして愛を囁きあうのは何も不思議ではない。
他の村の男は血涙を流したのは余談であるが。
「しかし、ここ最近ヴィヴィアンの家にも魔物が近づくことがあったな」
そう、ヴィヴィアンと一緒にデートやコウの家でお泊り等をして一泊位空けて帰るとヴィヴィアンの家の近くの森に魔物がうろついている事が散見された。まだ付き合ってない頃コウがヴィヴィアンの家に通っていた時はどちらかと言えばコウの村よりの森に出現していたのだ。
「……ええ。そうね。……でも、コウが守ってくれるでしょ?」
「勿論。指一本触れさせるもんか」
「ふふ、頼りにしてるわ私の
「任せて」
一瞬ヴィヴィアンの返答に間が空いたが、すぐさまコウの視界に顔が入らない様にしな垂れ掛かりそう問いかける。そこにコウは疑問を挟む余地はなかった。むしろ、不安にさせてたまるかという気持ちで一杯であった。
現在、コウの家のコウの部屋のベットで昼休みを二人は満喫している。
官能小説は見つかってしまい、真っ赤になったコウときゃーきゃー言いながら官能小説を開くヴィヴィアンでドタバタしていた部屋はすっかりヴィヴィアンを受け入れられる体制に様変わりしていた。
とりわけ部屋のドアに鍵がしっかりと掛かったのが顕著であろう。前のは針で開けられたが今度は南京錠に近い鍵であるため、針では空けられそうにない。ちなみにカギを持っているのはコウとヴィヴィアンと母である。
「それにしても、さっきから外がちょっと騒がしいのだけれど、どうしたの?」
「ああ、今日はキャラバンが来る日だったな」
「キャラバン?」
「うん、キャラバンはまぁ行商人と考えて差し支えないよ。食料もあるけど、主にこの村で作られている筵や工芸品等を買い取ってもらってるんだ。」
村の一つの収入源でもあるんだ。そう口にするコウに目を輝かせるヴィヴィアン。
勿論、コウの母親も筵を売って小遣いにしている。
「わ、見たい! ねぇコウ。行きましょう!」
「んー……まぁいっか。じゃあ行こう」
そうして手を取り合ってキャラバンが物を広げている広場へと二人は足を運ぶのであった。
「あ、
「ふふ。こんにちは」
「おう! ヴィヴィアンちゃんこんにちは!」
広場に行くまでにこれで五人目である。
そう、広場が活気だっているという事はヴィヴィアンと一緒に行くと揶揄われると思っていたので、どうしようかなと思ったが、深く突っ込む輩も居ないし、まぁ良いかと思ってキャラバンの商品を見に来たのである。
「やあ、コウ。……へーこれが噂の美人さんですか。初めまして」
少しその整った眉を寄せてリヒトを見るヴィヴィアン。
その表情は何か気持ち悪いのを見たような、そんな表情だ。
「……あ、はい。初めまして」
「イケメンでしょ? まぁこの人がヴィヴィアンと出会う切っ掛けを作ってくれた人。リヒトさんっていうんだ」
「初めまして。コウの惚気手紙で砂糖には困らない日々を送らせてもらってるよ」
「……私はヴィヴィアンと申します。よろしくお願いいたします」
どこか煮え切らない様子のヴィヴィアン。初対面でも笑顔を振りまく筈の彼女に違和感を覚えるコウ。
(これは後で理由を聞かないとな)
とりあえず、ヴィヴィアンの前にずいっと体を出して、リヒトとヴィヴィアンの間に壁を作る。
「コウ……男が分って来たんだね」
「いえ、イケメンに取られないように必死で」
そう、ヴィヴァンはコウを認めていたがヴィヴィアンは人間だ。いつイケメンに鞍替えしてもおかしくはない。
そんな事を失礼ながらも頭に浮かべるコウ。だがコウの心配は杞憂だったようだ。
「もう、コウったら! すみませんリヒトさん。ちょっと気分が優れなくて」
何かを振り払うようにコウにペシンと肩を叩く。
そして、どことなく申し訳なさそうにリヒトに謝るヴィヴィアン。確かに彼女にしてみたら本調子じゃないだろう。顔色もいつもより少し悪い。
「おいおい、コウ。彼女をちょっと休ませてきなさい」
さすがイケメン。きらりと歯を光らせてそう口にするリヒト。
「え? ヴィヴィアン大丈夫?」
心配そうにのぞき込むコウにほっと胸を撫でおろし
「ええ。ちょっとね。コウのベットで寝たいわ」
「ちょヴィヴィアン!」
「ははは。砂糖を受け入れるコーヒーは用意してないよ」
「す、すみません! それじゃあリヒトさん。今日は失礼します」
「ああ、ちゃんと彼女を見てやるんだぞ」
そうしてわたわたと去って行ったコウ達の後姿を目を細めながらリヒトは見ていた。
「……間違いない。後は……」
そんな言葉がそよ風と共に空へと誰も聞こえない場所へと運んで行った。
「それで、どうしたんだ急に」
コウの部屋へとまた戻り、ベットに二人して腰を沈める。ぎしりとベットが泣く音が部屋に響いた。
カーテンも閉められ鍵もかけている。コウの弟が見ていたら間違いなく邪推している事であろう状況だが、ヴィヴィアンの顔はそれとは裏腹にその柳眉を歪ませ、俯いていた。
「……んっと」
表情を幾らか解き、少し緊張した面持ちで力んでいた手を解きながらコウを見るヴィヴィアン。
「私の気のせいなのかもしれないけど……あのリヒトっていう人。……怖いわ」
「ん? 怖い?」
コウから見たらリヒトはイケメンで優しく、更にオラリオの情報に精通しており、その情報は細かい。また、魔剣や武具の話も情報として持ってくる商人という印象だ。更に自分の夢物語を聞いても笑わずに真剣で聞いてくれる人で、コウにとってはこの世界で数少ない友であると思っている。尤も年が離れているらしいが、あった時と全く同じ顔のリヒトのイケメンっぷりはさすがハーフエルフだと、感心もしている。
「私と目があった時、何処か探られる様な感覚が襲ってきたの。ただそれは直ぐに去ったわ。でも、やっぱりあまり気分が良いとは言えないからこうして……」
「なるほど。探られた……か……」
気のせいだ。そういいたい。だが、ヴィヴィアンは人の感情等に機敏である。これはコウが実際に経験している事だ。相手の感情が分っている様にその場その場で対応している節もある。だからこそ、彼女はいつも笑顔を浮かべているのだ。笑顔で接すると相手も笑顔で接してくれるという事を信じて。
「でも、私の勘違いかもしれない」
実際その何者かに探られている不快感は直ぐに収まったのは事実だ。ヴィヴィアンも間違いはある。勘違いで済めばそれが一番いい。
「うーん。そこそこ世話になっているからそういう目線で見たくないんだけど……」
「ごめんなさい。気にしないで」
「いや、ヴィヴィアンはそういった内面の事に関しては俺より遥かに機敏だ。それに俺はヴィヴィアンの方が大事だ。気を掛けて接してみるよ。ヴィヴィアンはあまり無理をしないで」
「……ありがとう」
そうしてヴィヴィアンの手を取ったコウは少し彼女の手が震えている事に気付き、その体を抱きしめ髪を撫でた。
「コウ……」
ごめんなさい……
何に対して謝っているのかはコウには分からない。だが、彼女がその何かを話してくれるまでコウは待つことにした。それが信頼だと思ったからだ。
だが、ここでヴィヴィアンから何に対して謝ったのかを聞き出せばと、後悔する事になる。
一歩引いた信頼という名の壁は、時として壊し、前へ進むための礎にしなければならない場合もある事を。
ヴィヴィアンを一旦家へと帰し、まだキャラバンが居る事を確認し、ヴィヴィアンの言葉を抱きながらされどそれを表に出さずにリヒトへと近づいて行った。
「や、コウ。彼女さんは大丈夫だった?」
「ええ、少し疲れているようでして」
一旦自宅へと送って行きました。そんな情報は出さない様に細心の注意を払う。
しかし、にこりと笑うリヒトに邪な念はコウから見ても全くない。
「ふふ、若いからってあまりハッスルし過ぎちゃうのはどうかと思うよ」
「ちょ、リヒトさん! あまり揶揄わないでくださいよー、もー」
「はは、悪い悪い。まぁ砂糖を一杯貰ったお礼と思ってくれ」
「……い、いやぁその。手紙を書いたらですね。手がこう、勝手に」
いつも通りのリヒトの表情でいつも通りの若干揶揄いを含んだ言い回しはコウにとっては心地いいものだった。
「いいなーコウは……僕も素敵な女性が欲しいよ」
「ええーリヒトさんなら直ぐに出来るんじゃないですか?」
イケメンですし。そうジト目でコウはリヒトに苦言を呈した。
はは……とポリポリ頭を掻いて何処か遠くを見てリヒトは口を開いた
「……僕はもう、恋をしているんだ」
さぁ……っと、風が二人の頬を撫でた。彼が見ている方角には確かオラリオがあったはずである。
その表情は本当に恋焦がれていながら、絶対に届かない。そんな何処か悲しそうな表情であった。
「え!? ヴィ、ヴィヴィアンは駄目ですよ!」
だが、そんな事実は知らないコウにこのタイミングでリヒトがそう言うのはもしや!?という思いが胸中へ広がり焦るようにその声を若干荒げて発言した。そんなコウに苦笑いをして、否定する。
「コウ! さすがにそれは無い。彼女は綺麗だけど、コウの想い人を奪う訳無いし、恋してるって言ってるだろ?」
「え、あ。……すみません」
「ふぅ。本当にヴィヴィアンって子を愛してるんだね」
「それは勿論。愛してますよ」
そっか。と綺麗に笑うリヒトに、この人ってこんな表情も出来るんだなと漠然ながらとそう思った。
「それじゃあコウにプレゼントだ」
「はえ?」
「じゃーん!」
にやにやとコウの目の前に付きつけるように差し出す二枚の紙。
長方形で、何かが書かれている。
「……え? もしかして演劇のチケット!?」
「そのとーり!」
ババン! と効果音が鳴りそうな勢いでそれを肯定するリヒト
「実は前に滞在したこの近く……と言っても半日位遠い街にある演劇のチケットさ」
「いやいや、凄い嬉しいんですけど、それはリヒトさんが使ってくださいよ。その、リヒトさんの想い人と一緒に行けばいいじゃないですか」
「はは、……ちょっと、勇気が出なくてね。だから、出来立てほやほやの君たちに贈るよ。それに勿体ないしね」
そうしてコウの手元にチケットが渡される。演目は今人気の
そしてこの演目はかなり長く、二日間に渡って開演されるのだ。当然、一泊、いや、演目開始時間を考えれば前泊を含めた二泊三日、無いし三泊四日でちょうどいい。お金は5万ヴァリスある。なーに、三泊四日何てへっちゃらだ。お金貯めていてよかった! コウはそう思っていた。
コウは知らないが、そこそこ人気チケットな為、手に入れるのは苦労する代物だ。
「あ、ありがとうございます! いやーさすがイケメンですわ。略してさすイケ」
「コウが今後も御贔屓にしてくれたら、嬉しいな」
にこりとそういうリヒトは何か気付いたようで、コウの肩に手を乗せ、何かを摘まんでそれを振り払った。
「ああ、ゴミが付いていたんだ。これで、彼女にも笑われないな」
ニヒルな笑みでそういうリヒト。
「ありがとうございます! それじゃあヴィヴィアンの家に行ってきます! チケットありがとうございました!」
ばびゅんと音が聞こえそうな勢いで走り出したコウ。スキップなのか小躍りなのか分からない不明な動きのくせに、中々の速度で動いており、顔の崩れ具合もあり村の女性がドン引きしていたのは気のせいではない。
そんなコウを羨ましく、されど何処か胸に一物を抱えたままリヒトはその背を厳しい目で見守っていた。
「しっかり楽しんで来い、コウ…………それが最後の思い出になるかもしれないからね」
そんな呟きを残してリヒトは胸元のロケットペンダントを握りしめ、広場に並べられた商品を丁寧に馬車へと仕舞っていった。
「ヴィヴィアン! 三泊四日のデートしよう!」
ヴィヴィアンの家までの道のりは完璧に覚えている為、全力ダッシュで1時間も掛からない。
とはいえ、その全力ダッシュは現実だとオリンピック選手も真っ青な程の速度であるがこの世界での冒険者ならまだ、遅い方でもあった。そんな時間であーでもない、こーでもないと考えその顔に喜色を浮かばせながら結論を出し、湖畔にあるログハウスの扉をバーンと開け、そう叫んだ
だが、そこに誰も居ないのか閑古鳥が鳴くだけである。
「あれ? いないのかな」
未だ手に持っていたチケットをズボンのポケットに丁寧に仕舞いこみ、もしや水浴びか!? そう思い木陰で隠れる場所があると思い出し、抜き足差し足忍び足でそろそろっと近づくと、不意にその先に小さな小川がコウの視界へと入った。
(ん? こんな所に川なんてあったかな)
そう思いながらその川を伝って歩を進めると突然、淡い光が差した。
「っ! ヴィヴィアン!」
急に心配になり、大声で叫びながら現場へと急行した。
声に反応したのか、光が急に収まり、収まった先には吃驚した表情を表しながらコウの方へと体を向けていた。
「大丈夫か? 何か光ってたけど、あれは……」
「だ、大丈夫よ。なんでもないわ」
「いや、何でもないなんて……」
「何でもないわ!」
急に大きな声でコウの言葉を遮るヴィヴィアン。それにはっとし、自身の口を手で押さえ
「……ごめんなさい。でも、ほんとに何でもないのよ」
俯いたその表情は読み取れない。しかし、コウは彼女が悲しんでいるのだと。踏み込んでほしくない領分なのだと思った。それはそうだ。誰にでも踏み込んでほしくない領分がある。それは恋人でも家族でも変わらない。全てをオープンに接する事は本当に難しいのだ。
そう思ったからこそ、コウはヴィヴィアンに近づきその肩にそっとまるでガラス細工を扱うような柔らかさで手を置いた。
「ああ、ヴィヴィアンがそういうならもう追及はしないよ。……けど、相談できることは相談して欲しい。俺は君の力になりたいんだ」
「……ありがとう。コウ……やっぱり貴方は素敵で優しい人だわ」
そして残酷な人……そうヴィヴィアンは胸中で言葉を締めくくった。
もしかしたら強引に追及して欲しかったのかもしれない。自身の秘密を全部暴かれたいとも思ったのかもしれない。けど、それは自分から曝け出すのがどうしても怖かったのだ。信頼していないわけでは無い。愛していない訳がない。ただ、愛する人に絶望されたくないのだ。
自分が本当の意味で人ではない事を
(ほんと自分自身を叩きたくなるほど醜い、なのに、そんな私を包んでくれるこの心地よさを、手放したくない)
「ありがとう。……ちょっと陽が当たる湖畔に行かないかな? ヴィヴィアンと話したいんだ」
「ええ。喜んで」
ふわりと笑うヴィヴィアン。しかし胸の奥底はちくりと痛んだ。
「それで、今日はどうしたの?」
湖畔に座りヴィヴィアンはコウにそう投げかける。家に送り届けて今日は分かれたはずである。故にヴィヴィアンはある行動をしようとしていた矢先にコウが訪ねて来たのだ。
「ああ、ちょっとデートのお誘いに、ね」
「あら、今度は何処に行くのかしら?」
デートと言えばもっぱら野原や湖畔であり、殆どがヴィヴィアンの家でイチャイチャしていた記憶しかない。
その事を思い出し、若干顔を赤くするヴィヴィアンだが、コウはそんな彼女の気持ちを知ってか知らずか、自身のポケットから二枚のチケットを取り出した。
「じゃーん! これちょっと遠めの街の演劇で行うそうだよ。結構人気なんだって。二日間に渡ってあるんだ」
そのチケットを見てヴィヴィアンは目を見開く。そして笑顔が広がった。
「うわぁ! 凄い! これ本で読んだことある物語よ! でも、どうやって入手したの?」
「あー……実はリヒトさんから貰ったんだ。リヒトさんは要らないから、勿体ないから頂いたんだ」
「そう……今度リヒトさんに会ったらお礼を言わなくちゃね」
「あ、俺の方から言っておこうか?」
ヴィヴィアンはちょっとリヒトに対して苦手意識を持っているとコウは思っている。
しかし、ヴィヴィアンはふるふると首を振り
「ううん。直接言いたいわ。あの件は私の勘違いかもしれないし、もっと彼を知らなくちゃね」
「むむむ……まぁでもそうだね。きっとリヒトさんも喜ぶよ」
コウは正直、ちょっと。いや、かなり嫉妬してしまう未来が幻視出来る。
そんな態度が見えるコウに、クスリと笑い。ふわっと顔を近づけ、キスをした。
目を見開くコウ。ふわりと離れ
「ふふ。大丈夫。私が愛しているのはコウ。貴方だけ」
「お、おう! 何か気を遣わせてごめんな」
「なら、道中の護衛はきっちりお願いね私の
「拝命いたしました、
そうして恭しく儀礼を取り、二人で笑いあった。
「それじゃあ、明日の朝迎えに行くからその時で良いかな? お互い準備があると思うし」
「そうね。分かったわ。……それじゃあ、また明日」
「うん。また明日!」
そうして明日の簡単な約束をして二人は分かれたのであった。
コウの背中を見送るヴィヴィアン。
「……さて、と。早く簡易で良いから結界を張らないと……」
そんな言葉はヴィヴィアンの口から漏れたが、誰もそれを拾う事は無かった。
ガラガラと小さな荷馬車が小さな街道を進んでいく。辺り一面はほぼ草原であり、モンスターの姿も無く平和な場所である。しかし一部森林になっており、モンスターが出てくる可能性が無きにしも非ずだが、小さな馬車をけん引している青年……コウにとっては地上のモンスターは弱い。
コウはそこまで自意識過剰ではないし、今の自分の実力がどれ位なのかは分からないが、少なくとも今まで出会ってきたモンスターは人を守りながらでも対応できると自負している。それはキャラバンの護衛のバイトをしていた為、その自信へと繋がっているのだ。
だからこそ、小さな荷馬車で荷台に麦わら帽子を被ったヴィヴィアンを乗せて馬に乗ってそれをけん引していた。何があっても大丈夫だという自負があるからこそだ。
コウの家族には早く結婚しちゃいなよと迫られているが、まだまだ恋人同士として青春を謳歌したいコウにとっては苦笑いでその場を切り抜けるしかなかった。そんな関係だからこそ、家族はヴィヴィアンとのデートで遠出する事を了解したのだ。これでコウが弱ければ危険なので二人旅なぞさせなかったが、コウは強い。元冒険者の守衛にも勝てる程で、今は隔絶した技術の差がある。
何故これほどの力を手に入れることが出来たのかは家族や守衛は分かっていないが、そこにある実力は事実であるので、疑問は持つが疑いは持っていなかった。
尤も、コウはその事に誇りは持つが威張れはしないと思っている。
結局は他者が築き上げてきた経験を吸収しているだけなのだ。しかも0から編み出した物を吸収するというもはや反則技である。たいして訓練をしていないコウが強くなる秘密であった。
だが、いくら人が編み出したからと言ってそれを吸収したからと言って自分の技能にするにはそこそこ時間を有したのは間違いない。だが、本人は気付いていないが幼少期に調子に乗った際に勝手に負った精神的な傷はこの世界を生きるための精神の在り方に近づける事が出来た。
それは、生き物を傷つけても守りたいものは守る。
そういう在り方だ。現代日本で悠々と暮らしてきた前世の在り方では、理論的には納得する面もあったがやはり何かを傷つけて初めて分かる心の痛みを理解する事は到底無理である。
ゴブリンだって、この地上世界では生態系として組み入れられている。ダンジョンのそれとは比較できない程の弱さであるが、それでも生き物には変わりない。例え敵意を剥き出しにされようとも、傷つけるのは難しいのだ。
しかし、そこは幼少の体に精神が引っ張られ、且つ神様転生における特典で無双したいぜヒャッハー! という、今のコウが考えればちょっと待てよと思う精神構造であったが故に、それを知る事が出来たのは僥倖と言えた。
だからこそ、模擬戦などで人を傷つける事には何も抵抗がなくなる程の「痛み」になれたのだ。
だが、コウはそこまで。事、「殺人」という事に関しては全く考えていない。
ただ、一つだけ言えるのは、理性をかなぐり捨てる程の怒りの前では、その程度の理性など壁にもならない。という事だけであった。
「んー! いい風ね」
「んっふ。そうだね。まぁ半日以上かかる所だしまったり行こう」
優しく草木を撫でる風に目を細めながらヴィヴィアンは体を伸ばしてそう感想を零した。
そんなヴィヴィアンの肢体をスケベな目線で胸元に焦点を当てながらそう返した。
「もーコウ? ……や、宿に行ったら好きなだけ見れるじゃない……」
最後の方は消え入るような声量であったが、コウの耳はこういう言葉に対しては敏感である。
顔を真っ赤にして俯いている事を背中越しに想像して、コウは、ああ幸せだな。とそう思った。
「それじゃ、ちょっとスピードを上げますか!」
「もう!……よろしくね?」
「おう!しっかり捕まっててね」
そうして速度を上げて二人は街道を駆けていった。
そんな二人の動向を小さな森で確認している赤い髪の男が居た。
勿論会話や表情は見て取れない程だが、二人がコウとヴィヴィアンという事を確認すれば十分であった。
「……ふぅー……行ったか。さて、じゃあ調べますか」
二人を陰ながら見送った男……リヒト。
その表情は苦虫を潰した様な苦渋に模られていた。
「……いや、まだ決まったわけじゃない。でも、もし、あの剣があったのなら……」
ロケットペンダントを優しく大事そうに取り出し、そして開く。
中には赤い髪の綺麗な女性が微笑んでいる肖像画が嵌め込まれていた。
その肖像画の端は既に変色が始まっており、どれ程の時間が過ぎたのかを暗に語っていた。
それを慈しみを込めた表情で眺め、ぽつりと呟くようにその写真の女性に言葉を投げかけ、そして閉じる。
先ほどの表情は無く、冷たい人形の様な。しかしその裏には悲しい決意を秘めた。そんな表情で馬車を行く二人を見る。
「コウ。許してくれとは言わない。けど、僕も、譲れないものがある」
そうしてリヒトはコウ達とは反対の道を歩き出した。その足取りは重くされど、確りとしていた。
誤字脱字等御座いましたらご指摘をお願いいたします。
最後難産でした……
→改訂しました。
因みに5話まで本格的な戦闘はありませんのでよろしくお願いいたします。
次回は月曜日になります。
……3月2日時点で15話まで完成してますので突っ込みに容赦をお願いいたします。