ダンジョンで幸せを探すのは間違っているだろうか   作:モーリン

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4話

夕日が街を優しく包み込む中で一台の馬車がガタゴトとその車輪と地面の接触音を鳴らし、街道から姿を現した。

御者は黒髪の青年。そして荷台に座っているスカイブルーの色をした髪の女性。

 

コウとヴィヴィアンである。

 

二人は街に入り、荷馬車を預け、さっそく宿を探すことにした。

この街は港があり、漁業が盛んである。また交易も盛んで様々な地域から産物や鉱物、工芸品や衣類等が集まってくる大きな街である。西洋の文化と何処か東方の文化が入り混じったこの街の活気はコウが住んでいる村と比べる事が烏滸がましい程盛んであった。

 

大きな街道には様々な店舗が構えていたが、とりわけ多いのは宿屋であろう。

旅人が見知らぬ街に来たのなら必ず通るのがこの大通りである。馬車は二台に脇には露店が並び人々が行き交う程その幅は広い。また国家間の情勢はそれほど悪いという訳では無いので、人々は平和を謳歌していた。

 

「うーん……どれも高そうね」

 

そんな中に混じるコウとヴィヴィアンは目立っていた。まずヴィヴィアンはその美貌からかなりの注目を集めている。恐らく彼女一人なら誰かが声を掛けてきてもおかしくはないそんな状況だ。

 

「少し奥まで行ってみよう」

 

そしてコウ。傍から見れば完全なおのぼりさんである。そして若干人目が気になるのは言うまでもない。

だがその体は鍛え上げられているのが直ぐに分かる。身長も180Cという高さで通常の人たちより頭一つ分高い。

更にその脇にさしている剣。リヒトが居ないからかこっそりと投影していたあの400万ヴァリスするミスリルの剣である。一般的なブロードソードの様な大きさだが、柄の質は通常の剣とは比べ物にならない。

何処かちぐはぐな印象を受けるが、彼が武芸者であるのは一目でわかる。

 

通常の街では冒険者レベルで言うと2があればいい方である。

守衛もレベル1がほとんどで噂に聞くダンジョンと外の世界での強さの需要はかけ離れているのが見て取れる。

誰もが夢見るダンジョン。だが、誰もが死ぬ可能性があるのも事実だ。

 

リターンが大きければリスクも大きい。これはこの世の理である。

 

それらを覆すのが頭の良い人物なのだろうが、生憎コウは前世の知識も朧気しか覚えておらず、産業革命や農業革命等の内政に関しての発展はとうに諦めていた。

 

「しっかし、凄い都会だね」

「そうね。色々回りたいけど、今日の夜にしましょう」

「うん。……あ、あそこ何てどうだい?」

 

演劇は明日の午前と明後日の午後にある。それ故それ以外の時間は自由時間だ。

何故二つに分けるのか、これは演目の元になった英雄譚の上と下と別れている為である。

また、超長期の演目では役者の体力を気遣い、また一旦区切る事で期待感を煽るという考えもあるのだ。

 

そんな事実の中、コウが今まで見た宿屋より少し規模は小さいが、確りとした作りの木造の宿屋を見つける。

 

「いらっしゃい。何名様だい?」

 

ちりんと鈴が鳴り、カウンターの男がそうコウ達に問いかけてきた。

 

「二人で一つの部屋をお願いしますね」

「あいよ。……あんまり騒ぐんじゃねぇぞ。他にお客さんいるからよ」

「ええ。大丈夫よ。ね? コウ」

「は、はは……」

 

男女で一つの部屋なぞ、第三者から見れば邪推してくださいと言っているようなものである。

店員と思わしき男も例に漏れず、一応釘を刺した。

それにコウは苦笑いで切り抜けるという方法以外、思いつかなかった。

 

燃え上ったらそれは保証しかねるからだ。

 

「まぁ一応一番壁際を用意する。どれ位滞在するんだ?」

「三泊四日の予定です。朝食は用意して頂けると嬉しいです」

「三泊四日で朝食付きだな? ……21,000ヴァリスで前払いだ」

「……よっと。これで大丈夫ですか?」

 

じゃらりと硬貨をカウンターへと並べる。

 

「ふむ……よし。丁度だ。それじゃあ二階の208号室だ」

 

そうして後ろの棚から鍵を持ってくる店員。

それを受け取りコウとヴィヴィアンは一礼して部屋へと赴いて行った。

 

「さて、夕ご飯はどうする?」

「そうねー……ふふ。とりあえずご飯を食べてデートしましょう?」

「いいね。賛成」

 

そして荷物を置いて、宿屋で食事をとりそれから街へと繰り出した。

 

 

 

既に日が完全に傾き、夜の帳が下りてきた時間帯。

しかし、まだまだ活気が強く寧ろ、酒が入った豪快な笑い声がこの大通りに、宿屋越しに響く。

露天商も魔石灯で夜間の営業をし、人通りが絶える事は無い。

 

「ひゅー嬢ちゃん! どうだい? そこの彼氏にこいつは?」

「よーにぃちゃん! その別嬪さんにプレゼントなんてどうだい?」

 

そんな声が露天商から掛けられ、一つ一つヴィヴィアンと見ていく。

 

この露天は港から来る珍しい品々や、キャラバンも多く行き交っている為、陸路からも特産品や工芸品も出展されている。ちなみにコウの村の工芸品は皿で、いくつか見かけ、少し二人のテンションが上がったのは言うまでもないだろう。

そしてちゃっかりと並べられている剣も丘に突き刺し、コウの機嫌はご満悦だ。

 

ふと隣のヴィヴィアンを見るコウ。

 

そのヴィヴィアンも目を輝かせて、コウに色々聞いて来たり、本で得た知識を開かせて語り掛けてくる。

それにこたえるコウ。幸せだった。この時間が永遠と続けばいいのにと、コウはそう思った。

 

露店を回っているとコウの目に気になる物が飛び込んできた。

 

それは女性用のネックレスで銀のチェーンに付いているのは綺麗な蒼い親指位の宝珠であった。

そしてヴィヴィアンに目を向けると丁度目自分と同じ物を見て、綺麗ねーと感想を口にしていた。

 

「店主。これを」

「お。兄ちゃんお目が高い。こいつぁラピスラズリっていう宝石なんだ」

「え? コウ?」

「いや、その……プレゼントさ」

「はは! いやー兄ちゃん顔の割にはやるなー! 2万ヴァリス! と言いたいところだが、1万ヴァリスにしよう!」

 

そうして、1万ヴァリスを払いヴィヴィアンに首を回し、そのネックレスを掛けた。

大きさは丁度良く、少しほっとするコウの胸元に体を預けるヴィヴィアン。

潤った上目遣いでコウを見て

 

「……ありがとう。コウ。一生大事にするわ」

 

輝く笑顔を浮かべるヴィヴィアンに首まで朱に染まるコウ。それをニヤニヤ見てる露天商に気付き、咳ばらいをしてヴィヴィアンとの距離を話した。が、その手は繋がれていた。

 

「まぁ兄ちゃん。その別嬪さんを大事にしてやんな!」

「はい。どうもありがとうございました」

 

そうして露店から離れて、既に人もまばらになっている事に気付き帰路に付く。

その寄り添う二人から漂うピンク色のオーラは他者を寄せ付けない鉄壁な守りとなり、夜の街に消えていった。

 

「はぁー……いいなぁ」

 

その二人の背中を見送る店主は自分の嫁を思い起こし、へへっと言葉を零す。

 

「たまには何か買って帰るか」

 

そうして少し早いが露店を締め、まだ開いている露店でハンケチを買い帰路に付いた。

 

 

次の日の朝。

 

朝食を取りに二人は一階に降り、カウンターに付いた。既にテーブル席は埋まっていたのだ。

そしてカウンターには昨日の店員。

 

「はいよ。お待ちどうさん」

「あ……どうも」

「ありがとうございます」

 

コウの顔はげっそりしており、何処か元気がない。

対照的にヴィヴィアンの顔は艶が掛かっており、昨日の長旅の疲れを感じさせない程元気になっているのは確定的で明らかであった。何があったかは一目瞭然であったが、こういう時に藪をつついて蛇を出す馬鹿な店員ではなく、他の客からクレームが無い所を見ると、そこそこ抑えてたんだろうと察する事が出来る。

 

そしてその笑顔の下には昨日まで付けてなかったはずの蒼い宝石のネックレス。

 

パンとハムエッグ。胃袋に優しいクリームシチューを二人は食べる。

顔に似合わず優しい味に仕上がってるシチューに二人は舌鼓を打ち、最後にミルクを飲んで完食した。

 

「それじゃあ、劇場へ行こうか」

「うん! 楽しみだわ」

 

そうして二人は劇場へと赴き、演劇を楽しむのであった。

 

 

始まりは小さな、本当に小さなことであった。

 

ただ一人の何処にでもいる青年が、一人の女性を助けたのが始まりだった。

 

何気ない日常、代り映えのしない一日。それがどれほど幸福か、少年は知らなかったのだ。

 

迫りくる魔の手、青年と女性を庇って斃れる人たち。

 

逃げて、逃げて、どうしようもなく逃げて、追い詰められる。

 

そして女性は攫われ、青年は崖へと身を落とされる。

 

青年は最後に見た女性の顔を思い浮かべ、助けると誓った。

 

そうして旅が始まった。過酷な、旅路であった。

 

しかし、一人、また一人と青年を中心とした輪が広がり、一歩一歩女性へと近づいていた。

 

そうして苦難を超え、強大な敵を打ち滅ぼし、平和と女性を取り返し、末永く幸せにくらしたとさ。

 

 

そんな、物語であった。

 

特筆すべきなのはやはり主人公の青年だ。襲われた際、両親が目の前で討たれているのに真っすぐに進んでこれた美しき魂。心。そして女性も青年が来ることを信じて待つ清涼な想い。どこまでも眩しく映る英雄譚。

だが英雄になったのは青年にとってはただの結果である。

 

本当の目的はただ一人の女性を取り戻す事だけ。それだけで世界の大部分を敵に回したという胆力。

 

純粋な二人の心は男女問わず人気が出るのも頷ける。いつまでも互いに想っていたい関係でありたい。

そんな事を連想させる良い物語だと感じれる。

 

(通りでリヒトさんがチケット二組を都合よく持ってたのか……)

 

劇中は周りは殆どカップル。青年役も女性役も美しい人物で揃え、さらにかなりプラトニックな男女関係な為、恋多き女性たちにも受ける内容だとコウは思った。

 

そして何といっても互いに種族が違う恋だったのだ。

 

やはり種族間を超えた恋愛は英雄譚でも恋愛小説でも人気が高い。

これは互いに違えど心は理解しあえる、通じ合えるという事を暗に表しているからである。

それは壁とも言う格差や境遇の違いも愛の前には些細だという事だ。

 

コウはその内容は間違いないと思っている。

実際ヴィヴィアンが別種族でも全く問題ないし、ヴィヴィアンは何処まで行ってもヴィヴィアンなのだ。

故に最後はハッピーエンドに終わって良かったと思っている。

 

コウはハッピーエンドは大好物であった。最終的にはヴィヴィアンと共にハンカチを濡らしたほどである。

 

「本当に、面白かったわ!」

「うん。互いに信じ通すって本当に難しいけど、だからこそ光って見える」

 

夕食も終わり、部屋でまったりと肩を寄せ合って映画の感想を語り合っている所。

既に外の喧騒は殆ど無く、しかし、窓から溢れている光が優しく街を照らしていた。

 

「……コウ。本当にありがとう」

「どうしたの改まって? まぁチケットはリヒトさんから頂いたからリヒトさんにもお礼しないとね」

「うん。リヒトさんもそうだけど、コウにも改まってお礼が言いたいの」

 

そうして真剣な目でヴィヴィアンがコウを見つめる。そこにコウが茶化す様な雰囲気ではないと思い、コウも真剣な眼差しでヴィヴィアンを見た。

 

「コウ。貴方に会えて私は幸せです。本当にありがとう。……でも、私隠し事しているんだ」

「隠し事?」

 

少しトクンとコウの心臓が躍動したのを感じた。

 

「うん。今言うとちょっと説得力が無いから、明日帰った時に話したいの」

「……わかった」

「ごめんね。でも、嫌われたくない。今はこのままで貴方の傍に居たいの」

「そんな! ヴィヴィアンを嫌うだなんて、そんなことはありえない!」

 

ガシッとヴィヴィアンの肩をなるべく力を入れずに掴むコウ。

そう、コウにとってはそんなことはあり得ない。例え彼女が吸血鬼でも精霊でも良かった。例えただのヒューマンでは結ばれないとしても、彼女を嫌うという事は死んでもあり得ないと声を大にして言えるほど、コウはヴィヴィアンを愛していた。

 

前世でもこんな幸せな経験をしたことが無い。手放すなんてそれこそ、コウにとってはあり得ない話である。

 

「でも……ほら、心臓の音、凄いでしょ?」

 

肩に掛かった両手を胸に抱き、そして心臓に押し付ける。一瞬邪な考えが脳裏を過ぎるコウであったが、彼女の鼓動を感じた時、そんな考えが吹き飛んだ。

 

いや、よくよく神経を研ぎ澄ますと、若干だがヴィヴィアンの体が震えているのが見て取れた。

 

「……不安なんだね?」

「うん。貴方に嫌われたくない、けどあの演劇を見てやっぱり、どうしても伝えたいの」

「そう、か。……まぁヴィヴィアンを嫌う何て天地がひっくり返ってもあり得ないけど……俺もとっておきの隠し事をヴィヴィアンに伝えるよ」

「え?」

 

何処となく不安なヴィヴィアンにコウは優しく微笑む

 

「俺も、君に隠し事している。だからさ、その……明日の夜は暴露大会と洒落込もうじゃないか」

 

ニヒルな笑みを浮かべるコウ。それはコウの精一杯の強がりだった。

 

そう、コウだって嫌われる覚悟がある。だが、恐らくそれはヴィヴィアンの覚悟より小さなものだろう。

コウはヴィヴィアンに嫌われたくない。しかし致し方なしとも思える要因は多々あった。

 

この力は自分の力じゃない。

 

彼女は認めてくれたけど、やはり自分よりいい男はごまんといる。

 

そんな思いがある。コウの人間性は間違いなくヴィヴィアンは認めているし好いているのは間違いない。

ただ、その人間性を構築する中での前提に力や前世の事がある。

そもそも反則しているのだ、この世界の生き物たち全員に対して。

 

だから誇れないし、自信を心の底から持てないのだ。

 

けど、ヴィヴィアンが抱いている重大な秘密をコウに伝えるのなら、コウは自分も伝えなきゃフェアじゃないと確信している。そして、コウが抱いている不安をおくびに出さず、強気でそう宣言したのだ。

 

その言葉が強気と分かったヴィヴィアンはクスリと笑みを浮かべ、コウに体重を預けた。

そうして魔石灯に照らされた二人の距離は零になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ガタゴトと荷馬車が街道を走って行く。四日前に通った草原である。既に陽は傾き始め、地平線のからは夜の帳がカーテンの如く降りてきているのが見て取れた。一番星がきらりと光、ヴィヴィアンはそれを見てふと笑う。

 

ああ、この人で改めて良かった

 

恐らくヴィヴィアンの秘密を打ち明けてもコウが想いを変える事は無いだろうと漠然と思っている。

これは見てきた演劇に対して種族間の恋愛に何ら嫌悪感を抱くどころか清涼な恋愛と感想を述べているのでヴィヴィアンは安心したのを覚えている。

 

その種族間の問題なのだ。

 

ただ、ヒューマンとエルフ等この地に居る種族とはかなりかけ離れているのは間違いない。

それが不安の要素だが、そもそも今回の演劇は渡り船であった。

 

本で知っている種族格差の恋愛も一要素に入っている英雄譚。この演劇の感想次第ではこの秘密はコウが墓場に入るまで秘密にしておこうと思ったほどだ。

 

何と浅ましいのか

 

純粋にコウが向けてくる愛にチクチクと心が啼いた。

 

何と醜いか

 

彼が自信が無いのも自分が自信が無いのも似たり寄ったりだと、思い。それが無性にうれしく感じた。

 

「ヴィヴィアン」

「うん?」

 

背中から語り掛けてくるコウに優しい表情で返すヴィヴィアン。

 

「何があっても俺はヴィヴィアンを愛する自信がある。けど、俺の秘密を知ったら君は俺の評価を変えると思う」

「……」

「本当は恋人同士になるまでに言いたかったんだけど、やっぱり怖くて、さ」

 

空を仰ぎ見るコウの顔はヴィヴィアンから伺い知る事は出来ない。

だが、それは何処か子供が親に叱られる案件を隠している小さな姿と被って見えた。

 

「でも、あー……何か上手く言えないけど……本当の意味で一歩を踏み出せる気がする」

「……ふふ。私も、同じよ。私も、本当の意味で一歩を踏み出せると、そう思うわ」

 

二人とも何が起ころうと決してこの愛は嘘じゃないと、今ここで確信に変わった。

秘密を知る前に確信に変わる程、二人の間には既にあまり壁が無かったのかもしれない。

 

 

だが、物語はハッピーエンドとは限らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これが……アロン、ダイト」

 

声を発した男が居るのは森深くにある湖の更に少し奥へ行った所の湖の源泉、と呼ぶには些か小さい泉が湧いている場所であった。

 

「やはり、まだただの切れ味のいい剣……だな。【視た】感じは」

 

蜃気楼の様に周りに溶け込んでいる筈の台座に刺さっている黒く染まり切った魔剣。

神話の時代に騎士を切り捨てその血を吸って魔剣に堕ちたとされる神造兵器の一つ。

その持ち主が死に、剣は湖の乙女の管理となったのだが、今まで伝説上だとされていた。

 

その通りである。誰も見つけられなかったからだ。

 

これは湖の乙女が受け継いだ結界魔術が幾重にも施され、例え偶然にもこの場所に訪れたとしても、アロンダイトの周囲に、アロンダイトを模った結界に誰も気づくことが出来なかったはずだ。

現に、この男が現れるまで、この近くにいたコウも見つけられなかったほどである。

 

実際、彼以外がもしこの場にとしてもただ水が湧いてくる泉だとしか答えようが無い程の結界が張り巡っていた。

 

「コウが急いだお陰でその施用も中途半端だったのか……恐らくそうだ」

 

そうして垂れ下がった赤い髪を掻き分け、オールバックにする男性

 

リヒト

 

いつもの柔和な雰囲気の商人ではなく、そこには冷酷な瞳を秘めた一人の復讐者がそこにいた。

 

「しかし、間一髪だったな。まさか二人が帰ってくるその日に見付けられたとは……いや、タイミングは良いのか」

 

自嘲的な笑みを浮かべるリヒト。

 

「……やはり、この魔剣の起動には【血】が必要だな……湖の乙女、ヴィヴィアンの」

 

リヒトはスキルを発動し、そう分析する。大半の能力が封印状態であった。

これはリヒトが冒険者時代に授かったスキルで、かなり珍しいものだ。

 

【アナライズ】

 

大抵の武具やポーション、果ては建造物等無機物に対して類まれなる情報解析力を発揮するスキルだ。

それはどんなに霊格が高くても関係は無い。故にリヒトはその力を見出され、現在は商人として目利きを行いながらキャラバンを率いて、本当の魔剣の収集を行っていた。

 

これはリヒトの憎き雇主の方針である。

 

元々リヒトは貧民の出身であった。

明日を生きる為の行動……そんな生易しい世界ではなかった。今日生きるための食べ物が必要であった。

そんな極限の生活の中でリヒトは生まれた。人間の父に、エルフの母の下で。

二人は睦まじく、貧困であった生活も決して不幸せじゃないと思えるほど、家庭は暖かかった。

そんな中で父は限界まで体を酷使し続けた代償で他界。それを埋めるように母が懸命に働いたが、しかし、家計は回らず、母はせめてもと自分の身を奴隷商に売り渡し、その大きなお金をリヒトに託して売られていった。

 

そしてリヒトはそれを目の前で見ている。

 

醜悪な奴隷商であった。わざわざリヒトの前で母の今後の身を話し、承諾させ、お金をその場に置いて行ったのだ。勿論、リヒトはそんなことをさせない為、子供ながら一生懸命働くと、だから連れて行かないでと懸命に足掻いた。しかし、それは叶わず、激高した幼少のリヒトは奴隷商の護衛に成すすべもなく負け、母の懇願により命を落とさずにいる事が出来た。大量のお金と共に。

 

リヒトに母は心の在り処であった。いくら一日一食の生活でも母が一緒に居ればそれでよかったのだ。

だが、そんな敬愛し愛していた母は自分を売りリヒトの明日を買ったのだ。

いや、明日何て物じゃない。数年は普通に暮らせるだろうし、節約していけば5年は暮らしていけるお金だ。

 

リヒトにとっての母は綺麗で、いつも優しそうに微笑んでくれる大切な人であったのだ。

幸い武勇の才はリヒトに宿っており、いつも母の仕事が無い一年でほんの僅かの二人だけの時間に素振り等をして褒められていた。良く頭を撫でて褒めてくれる母がリヒトは本当に好きだったのだ。

 

しかし、もう目の前に居ない。自分がもしもっと強ければ、自分がもし、母の重荷にならなければ。

悔しかった。自分には何の力もないのだと。現実がそうリヒトを追い詰めたのだ。

 

だが、リヒトは諦めなかった。

 

ならば強くなり、母を買い戻してやると。そう決意した。

 

そうしてオラリオへと出向き、治安系のファミリアに入り、探索で自身の腕を上げながら母を連れて行った奴隷商の情報を収集していった。

 

そしていつの間にかレベル4になっていた。

 

剣の腕ではオラリオでも上位に位置する程の腕前になっていたが、リヒトにとってはそれはどうでも良かったのだ。

 

全ては母の為に。そして復讐の為に。

 

そんな中で様々な人物に出会った。別ファミリアの無口ながらも正義感が溢れる綺麗なエルフの女性の後輩みたいな存在。。そしてロキ・ファミリアの幹部達。ロキ・ファミリアの幹部達と知り合ったのは偶然出会った。

闇派閥等をファミリアの方針で捕縛していた際にたまたまロキ・ファミリアのエルフを助けたのが始まりであった。そして出会ったのが、リヴェリアというハイエルフの女性であった。

 

そしてリヒトはその女性に恋をしてしまったのだ。

 

切っ掛けはエルフを捕縛し奴隷に仕立て上げる奴隷商が闇派閥と関係を持っていた事を掴んでいたリヒトの情報をハイエルフ直々にリヒトから情報を共有しようと動いてたのがそもそもの始まりであった。

 

闇派閥を相手にする為、ロキ・ファミリアでも幹部達が出張りながらであったが、エルフという事でとりわけリヴェリアとの接点が増えた際に、色々相談に乗って親身にそれを聞いていたリヴェリア。本当は他のファミリアとの接点はあまり宜しくないが、事が事だけに彼女の心情は穏やかではなかっただろう。

 

しかし、時折見せる彼女の母性。

 

それが自身の母と重なり、それは違うと思い。そして認識したのは恋という文字であった。

 

そんな事に流されそうになっている自分が恥ずかしくなり、一層ダンジョンで腕を磨いた。

だが、時折情報交換という名目で会う彼女に些細な事を心配され、どんどん心惹かれていくリヒトがいた。

 

そして、いつの間にか自分の半生を語っていた。

 

泣きながら、鼻水たらしながら、声を詰まらせながら、まとまりの無い話を黙って聞いてくれた。

そして、たった一言

 

「頑張ったな。偉いぞ、リヒト」

 

心の何処かで救われたと思った。この軋むような毎日を、心を削る毎日に終止符が打たれたのだった。

まだ母は取り戻していない。だけど、リヒトの心は救われたのだ。

 

その日から世界に色が戻った気がした。灰色だった世界に色が。

 

だが、それでもやる事は変わらない。治安を維持し、自分の腕を上げながら情報収集をしていった。

その中でリヴェリアとの情報交換での食事が好きであった。

また、リヴェリアもファミリアとは別に動いており、各エルフの里に情報を逐一流していた。

 

エルフはヒューマンより見た目が美麗である場合が多い。というより神に造形されたかの如くな美貌を兼ね備えている。また若い時期が長く、喉を切り、声を出せなくすれば魔法を使われることもなく、その非力さで奴隷に仕立て上げるのが楽というのもあり、人気商品であった。

 

ヒューマンが魔剣を使ってエルフの里を焼いていたのはその昔。だがそういう事を行う輩も居ればリヒトみたいにそれを許さない輩が居るのはこの世の摂理であろう。故にリヴェリアはリヒトの情報を信用していたのだ。

 

そして母の情報をようやくキャッチする。

 

どうやらオラリオのカジノに良く出没する貴族の付き人……いや、奴隷として買われたという情報だ。

 

そこからは逸る気持ちを抑え、同じファミリアの人たちに知られない様に行動した。

これは完全に個人の事情である。この人の良いファミリアを巻き込むわけにはいかなかった。

そも、表向きは「付き人」として母が買われているのだ、法的拘束力は皆無に等しい。

 

だからこそ、買うのだ。

 

その貴族が居ないカジノで勝てる賭けや勝ちやすい賭けを、いや、自分の肌に合っている賭けを探り、勘を養った。

 

しかし、偶然その日は母が連れられているのを見つけてしまい、逸る気持ちを抑えきれずにその貴族に食って掛かってしまったのだ。母は成長している我が子に目を向け、どこか諦めたような安心したような笑みを浮かべていた。しかし、直ぐに表情を変え、貴族ではなく母にその行動を咎められ、そして

 

「私を忘れて、幸せに暮らしなさい」

 

そんな要求は飲めなかった。だからこそ、貴族に母を買うと宣言し、貴族はそれを卑下た笑みで受け入れた。

リヒトの母はそれが罠だと知っていた。故に声を上げた瞬間に貴族から張りてを食らい、床に倒れ伏した。

それを見てリヒトは何が何でも勝つ気でいた。

 

そして勝ったのだ。

 

最後に奥のvipルームへ連れられ貴族と得意なポーカーで勝負となり、法外な金額を用意され

 

そして負けた。

 

そう、全て仕組まれていたのだ。リヒトはその膨大な借金を買われ、貴族の駒となった。

 

買われた次の日、失意の表情で主神に話し、義憤に燃えた主神にギルドに目を付けられる事は出来ないのと、これ以上他ファミリアの敵を増やすわけにはいかないという事で、リヒトは自分ひとりだけの放逐を懇願した。

それに、まだ諦めたわけでは無かった。

 

買われた際に自分のスキルを雇い主に告げると、その有用性を見出し、自身の傘下に収める事になった。

その為、母の奪取は機会を伺う事だけを考えれば良くなったのだ。

だが、その貴族の護衛を務めていたのはレベル5の元冒険者。

 

だからこそ、着々と準備する期間が必要であったのだ。

 

まだ諦めていない事を察する主神はそれを渋々ながら承諾。

そして面々と別れ、最後にリヴェリアに近況の報告と、自分が知り得た奴隷商の情報を書き綴り、それをロキ・ファミリアに託した。最後に、事が終わったら自分の気持ちを聞いて欲しいという一文を残して。

 

そうして虎視眈々と復讐の機会を待っていた。常にレベル5の男が居たが、模擬戦と称して相手の動きを見れば、身体能力が凄いがその大鎌をまだまだ御しきれていない印象であった。その男とレベル3複数の相手にリヒトは策を用いて母の奪還を狙った。

 

だが、それは失敗する。

 

レベル3の男達はその策で何とか出来たが、貴族の切り札の男に敗北を喫したのだ。

当たり前だった。この貴族は奴隷商のスポンサーで悪名は轟いている。だが、表向きは職業斡旋でお役所も動けない狡猾さ。であれば個人での闇討ちがあると考えて当然であった。

 

相手も馬鹿じゃない。

 

奴隷商はその性質上お役所の目に留まると動きづらくなる。それを掻い潜りながら今まで過ごしていたのだ、リヒトが思う以上に策を弄する事は当たり前であった。そもそも復讐される前提で雇ったのだから、それ位の策を用意するのは当然ともいえた。

 

そして、それは期待通りであった。

 

牢に繋がれたリヒトの目の前で、リヒトの母親が女性に生まれた事を後悔するような凄惨な拷問をリヒトの代わりに受けていた。その悲鳴、その臭い、男たちの嗤い。

 

リヒトの心を折るには充分過ぎた。

 

そしてリヒトは悟った。俺じゃ届かない……と

 

そんな腐った人形になり果て、その雇い主の意向に従いながら過ごしていた。当然、その雇い主に女性を奴隷として斡旋する事も平気でやった。泣き叫ぶ彼女たちの姿を見ても、リヒトは心を動かせなかった。

 

そんな希望と自分の心を忘れる程の月日が経ったある日、一人の少年に出会った。

 

コウ・カブラギである

 

何処か達観した子供であったが、存外、彼の空虚な心を一時的にあるが癒してくれた存在であった。

そして武具についての伝承などの情報をねだってきたのは驚きであった。

こんな剣は無いのか? こういう槍は無いのか? 伝承は残っていないのか。

 

そんな剣や槍があったら母を救える。

 

最後だ。これで最後の抵抗にしよう。ふとリヒトの奥底に小さな灯が宿った気がした。

 

そこからは魔剣の情報収集とその献上をしつつ、魔剣を超える存在……コウ曰く「宝具」という物を探した。

 

そうして見つけるアーサー王伝説。

 

キャラバンでの行商の僅かな時間に様々な剣を管理していた湖の乙女ヴィヴィアンの存在を必死に探した。

目星は全て回った。絶望するほかなかったが、ふとコウのいる村の近くの森がまだ未調査だと思った。

これは国すらも受け付けない深い森であったし、探索隊もあまり成果を上げられなかったのだろう。

 

それはリヒトが持っている地図を見ればわかる。

 

その情報を収集していると元調査団の人間がキャラバンの道中の村に引っ越していた事を知る。そうして聞き出す湖の存在。

 

賭けるしかない

 

しかし、リヒト自身この広大な森を調査する程の時間が無い。故に白羽の矢が立ったのは、コウ・カブラギである。まずは、と、そう思いその情報を流した際にコウの動揺の仕方は尋常ではなかった。

まるで何故ここに在るのかという動揺にも見えた。

 

だが、まだ確信は持てない。

 

そうして森の調査をコウに頼んだ。これは必ず断らないと思っていた。

何故なら武具に対しての執着心と何故か備わっている分析力がコウの並々ならぬ「宝具」に対しての思いがあったはずだからだ。そしてそれは事実であった。

 

その武器で本当に強くなるのか、そこまでは分からない。だが、コウが語った「宝具」の能力は絶大だ。

一振りで街を破壊しうる剣、因果を逆転させる槍。魔法を切り裂く槍。そして持つだけで能力が上がる剣。

そのどれもが破格であった。これなら母を助けられると思ったのだ。

 

そしてコウから調査結果を見て。疑念がほぼ確信に変わった。

 

今まで知り得なかった所に大きな湖があり、そしてすぐそばで住んでいる女性の名はヴィヴィアン。

一致しすぎている。アーサー王伝説を改めてみると、様々な武具が管理されていたが最終的には「魔剣アロンダイト」が彼女の手に戻ってきている。という記述が最後に剣が何処かへ移動したという記述は無い。

 

つまりあるならば魔剣アロンダイト。

 

その剣の生い立ちにリヒトは自嘲する笑みを浮かべたのを今でも覚えている。

 

もし、それをコウが見つけ、自分の物にしてしまったら、リヒトは間違いなくコウを殺しその最後の復讐を遂げるだろう。もう全盛期の動きをするリミットが刻一刻と迫っているのだ。助けても、殺されてもこれで最後であったのだ。

 

そうしてほぼ確信が本当の確信に変わった。

 

あったのだ。【アナライズ】で周辺を探し、コウ達が帰ってくるので諦めようとした時にもう一度【アナライズ】で見たら、以前にはなかった結界の綻びを見つけたのだ。

 

そして目の前に……実際には不可視の結界に覆われている剣があったのだ。

 

歓喜した。そしてコウに感謝をした。そして同時に、コウの人生を変えてしまう事を一瞬だけ悔やんだ。

だが、リヒトはもう止められない。自分自身、死ぬまで止まるつもりはない。

 

「コウ、恨むなとは言わん。……ふっ、もしお前に殺されるならそれはそれでいいかも……ね」

 

一瞬だけコウと接する表情を出し、すぐさま切り替える。

 

掌にヴィヴィアンの長い髪を巻き付けて、結界が波打つ様に反応し、その剣を手に取った。

 

その瞬間に姿を現す黒い、いや漆黒の瘴気を漂わせている魔剣。【アナライズ】では見えなかった実体に、リヒトはその威圧感に自然と唾を飲み込んだ。

 

明らかにこの世に現存しているクロッゾの魔剣とは規格が違う。

この世界の魔剣という生易しいものではない。そして、これは確かに管理できる人間に管理させないと世界のパワーバランスが崩れてもおかしくない。いや、下手をしたら神すら屠れるのかもしれない程、リヒトは圧迫感を感じていた。

 

そして台座から引き抜き、その瘴気溢れる刀身を見て、覚悟を決めた。

 

「……これは、地獄に落ちるだろうな」

 

空を切り裂く様に素振りをして感触を確かめる。

 

素晴らしい

 

そう純粋に思った。この時点で数億ヴァリスの価値は下らない程剣として完成されている。

羽根の様に軽く振るえるが実際はリヒトですら重量が感じられるほど重い。

だが、剣の重心が剣を振るった際の負担を上手く外へと逃がすような絶妙な重心で、思わず戦慄した。

 

この剣を作るのは神でしか無理だ。そう本能的に感じた。

 

これで封印されているのだから笑ってしまう。

今まで握っていた剣がおもちゃと感じれる。そして一層速く振り、リヒトの隣に立っている大木を斜めに切った。

 

幹が折れる音は一切ない。

 

綺麗に切断され、その重量が重力に従い、他の木々の枝をバキバキと巻き込みながら地面へと倒れた。

 

「後は、血……か」

 

起動には湖の乙女の力が必要であった。

 

剣を封印せしめるその魔術や力は殆ど廃れたのだろう。

それはそうだ神代なぞ、まだまだこの世が神に近かった時代である。神の恩恵を受けずに神に追随する英傑たちが切磋琢磨して生きた時代だ。今は神の恩恵が無ければ神の恩恵を受けた者たちと戦闘にはなりはしないし、そこまでこの世に生きる者たちは弱ったのだろう。

 

そうして一度還った神々が地上の現状を憂いてもう一度降誕し、今のシステムが時代が築かれたのだ。

 

だからこそ、今のヴィヴィアンではアロンダイトの起動は出来ないだろう。既に失われている技術にそれらがあったのかもしれないが。だが、一つだけ失われていないものがある。

 

それが血なのだ。

 

血とは魂の貨幣。受け継がれた血のその歴史的価値はリヒトからでは伺い知れない。

そして魔剣に堕ちたからこそ、血が必要なのだ。魔剣を起動する為に。

ただの血ではない。湖の乙女の血だ。

 

恐らく今生のヴィヴィアンは湖の乙女ヴィヴィアンとは違う。

純粋な精霊では無いのだろう。その通りに彼女からはヒューマンの匂いも感じた。

だが、宿している精霊の血は本物だ。【アナライズ】で見た彼女の血は一般のそれとはかけ離れていたのを読み取っていた。

 

そして剣もそれを欲している。

 

手にするからこそ分かる。この魔剣は血を欲している。極上の血をだ。

恐らくほぼ致死的な傷で流れ出る大量の血が魔剣には必要だ。そもそも伝承は騎士を「切り殺した」ため、魔剣へと堕ちたのだ。血の一滴で起動するなら、魔剣とは到底言えない。

 

だから、今日ここでこの湖でヴィヴィアンを討つ

 

残酷な決意を胸に秘め、闇夜に染まった世界を照らす優しい月を背に、彼らの帰りを湖畔で待った。

 

そうして聞こえてくる草木が分けられ走ってくる『二人』の人物。

 

リヒトはそれでも揺ぎ無い覚悟で彼らを迎えた。

 

「はぁっはぁっ……!? 貴方は!!」

 

月を背に立つリヒトの表情はコウが見た事ない程の、冷たさ。

 

そして

 

「アロン、ダイト……」

 

ヴィヴィアンが掠れ、絞り出した声でリヒトが持っている禍々しい剣の名称を呟いた。

 

 

 




誤字脱字等御座いましたらご指摘をお願いいたします。

次回は金曜日の19時予定です。
そして漸く戦闘です。

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