ダンジョンで幸せを探すのは間違っているだろうか   作:モーリン

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5話

 

 

コウとヴィヴィアンが村に荷馬車を返した時は既に夜のカーテンが世界を覆っていた。

虫たちの演奏が始まり、星々が地上を照らしている優しい世界。

既にコウの両親には挨拶をしてその日はヴィヴィアンと大切な話があるからという事で、彼女の家にお泊りをする事を伝え、コウは家族に激励され、月明かりの下にまた姿を現した。

 

その月明かりに照らされて待っていたヴィヴィアンはまるで女神と称しても何ら謙遜がない程、神秘に満ちていた。

 

「それじゃあ、暴露大会にヴィヴィアンの家に洒落込もう」

「もう。コウの家でもいいじゃない?」

「んー……正直、家族にも話していない事なんだ。だからヴィヴィアンの家が良い」

 

それに、何故か激励されたしな。

コウはそう思い、自分の家ではもう暴露大会は出来ないと思っている。

 

「分かったわ」

 

返事と共に湖畔に立つ家へと戻る最中、森の中で突然ヴィヴィアンが湖の方向へ弾かれたように向き、走り出した。

 

「ッ! どうした!? ヴィヴィアン!」

「結界が、結界が解かれた!」

「結界?」

「そう、剣を封印している結界が! でもあれは私の魔力でしか反応しないはずなのに!」

 

草木を掻き分け、猛然と進む二人。

ヴィヴィアンがコウに向かって説明するが、前提が分からないから何の話をしているのか全く分からない。

だが、ヴィヴィアンの異常な焦り方を察し身体能力を強化してヴィヴィアンの手を握った。

 

だが、コウはヴィヴィアンの手を引っ張りながら彼女が発した単語を考え、ある一つの予測が立てられる。

 

もしかして、アーサー王伝説が本物だったか?

 

しかし、コウは一応隈なくヴィヴィアンと散歩したと自負している。ヴィヴィアンが旅行に行く前に居た場所はその時初めて発見したが、それ以外に何かあるという事は無かった。だが、彼女の魔力に反応すると言っていた以上、恐らくコウだけでは見つけられない何かが施されたと察する事が出来た。

 

アロンダイト。かつて円卓の騎士最強と謳われた「湖の騎士」が使っていたとされる神造兵器である。

湖の乙女から授かったと言われているしヴィヴィアンという名称が使われていたと思っていた。

とはいえ、コウはにわかの知識で殆ど覚えていない。しかし、剣と言われればエクスカリバーかアロンダイトしか考えられない。というよりその二つしか知らないというのもある。であれば、アーサー王と共に何処かへ行ったと思われるエクスカリバーより、アロンダイトの可能性がある。

 

そう、コウは思っていたのである。確信が無かった。リヒトからの情報もそういった話は無かった。

 

本は譲ってもらえなかったが、ぱらぱらと捲っていた時にそのような名前は載っていなかったのを覚えている。

 

だからこそ杞憂だと思っていたのだ。

 

しかし、それが現実だったら?

コウはリヒトか、彼に関係する者に踊らされたと言うこととなる。つまりはコウの大事な恋人が危険な目に会う可能性がある。

 

一見何の関係もないヴィヴィアンだが、この焦りようから察するに関係は大いにあるだろう。

 

何が起こってもヴィヴィアンだけは守る。

コウは森を駆けている間にこの温もりを失わない様に、覚悟を決めた。例え相手がリヒトだとしても、ヴィヴィアンを失うわけには行かない。

 

更にコウは考える。

 

今日明かされる秘密が種族の事だとしたら?

 

今や種族間での恋愛はポピュラーだが、基本的には殆ど同じ種族で恋を育む。

それは価値観が種族間で違い過ぎているからだ。

だが愛の前でそんなものはどうでもいいという者たちが結婚しているといった現状。

 

しかしヴィヴィアンの見た目は明らかに人間のそれだ。

 

隠す必要があったのか? 

 

もしヴィヴィアンが精霊の類だとしたとしても、コウはどうでも良かった。ただその寿命尽きるまで傍に居れればそれでいいのだ。

 

だが、それはコウがヴィヴィアンを置いて行く事になる。それは残酷だ。年をほぼ取らない種族に80年前後しか生きれない人間。当然、拒絶する人も居るだろう。愛した人物が抱えていた物が自身が拒絶するものであれば100年の恋も醒める。そして、精霊の価値は計り知れない。その価値を見出してころりと態度を変える人間が居てもおかしくない。

 

その恐怖がヴィヴィアンにはあったのだろう。だから隠した。

 

そして、その二つが結びつくのがコウの頭の中にはリヒトに語られた、見せてもらったアーサー王伝説がどうしても頭から離れない。

 

(まさかリヒトさん……)

 

脳裏に赤髪の男を思い浮かべ、それを振り切るように頭を振るが、その予感がこびれついて離れなかった。

 

兎にも角にも、ヴィヴィアンの不安を解消させなければと、気を引き締めて森を駆け抜けた。

 

既に道となってる程通い詰めた獣道をかき分けて進むと、二人の視界に映った森が開け、月が湖に浮かぶように綺麗な満月が揺蕩う幻想的な景色。そしてそこに男は居た。

 

「はぁっはぁっ……!? 貴方は!!」

 

月を背に立つリヒトの表情はコウが見た事ない程の、冷たさ。

 

コウは予想が当たっていたことを呪った。

 

そして

 

「アロン、ダイト……」

 

驚愕に目を見開くヴィヴィアン。

リヒトの右手にある禍々しい魔剣。あれは毎日伝承された結界術で結界を施していたはずだ。

そう思ったヴィヴィアン。

 

「……」

 

そしてコウも視た。だが本能で理解した。

 

あれは自分の力では到底作り得ない本物の神造兵器であることを。

 

そして確信した。ヴィヴィアンはアーサー王伝説の湖の乙女と関係するものだと。

だが、ヴィヴィアン本人ではない。あやふやな知識から必死で思い出す朧げな記憶。

 

確か魔術が使えたはずなのだ、ヴィヴィアンは。だが彼女はそれを使う様子が無い。

 

そもそも神代の湖の乙女ならこの程度の相手なぞ遊びに等しいはずだ。

 

「何故、何故貴方がそれを持っているのです!!」

「死にゆくお前に言う必要はない……が、冥土の土産に教えてやろう」

 

そうして話す、コウを利用して伝説が実在していたかを確かめ、そしてコウに報告をさせた事を。

 

「まぁ殆どは君との惚気話だが……僕が欲していた情報はあった。それが君だ」

「何ですって……?」

 

そうしてキャラバンの傍らこの計画を練った。アーサー王伝説の古書を読み漁り、そしてヴィヴィアンが居ない間にこっそりとその森へと赴き、コウが張った糸を辿り、見つける。地図にも載っていない場所。

 

そして見つける。結界が施された場所。それを見たリヒトは結界を解く方法を探した。

しかし、現状その方法が記載されているのはほぼない。ただ一つだけ言えるのは

 

「結界は術者に干渉するものとしない物がある。これは賭けだった。彼女の髪に宿る彼女の魔力をその手に纏い、剣を引き抜いたのさ」

「どうやって、私の髪を?」

「これは偶然でね、コウにチケットを渡した時に、コウの肩に付いていたんだ」

 

あの時か! 刮目してリヒトを見るコウ。

 

「その時は笑いをこらえるのに必死だったよ。こうも上手く物事が上手く運ばれるなんてね」

 

くく。っと嘲笑うリヒト。

 

「そして君たちが旅行中に必死に湖を探した。そして結界の綻びを見つけ……伝説を目の当たりにした」

 

その右手で持つ漆黒の黒い魔剣に視線を落とした。

 

「僕のスキルの一つでね、物を解析する事が出来るんだ。それで確信が持てた……この剣は血で覚醒するとね」

 

底冷えする眼差しでヴィヴィアンを見るリヒト。その瞬間ぞわりとヴィヴィアンの肌を恐怖が走った。

 

そしてコウはその言葉を聞いて、考えるのをやめた。

 

ふと、リヒトがコウの方へ視線をやり

 

「コウ。僕は君を殺したくない……だから、黙って帰ってくれるなら何もしないよ」

 

本心だろう、その相貌は冷酷に模られているが、その声色に嘘の響きは無かった。

 

「……ヴィヴィアンを殺すのです?」

 

だが、それでコウは自分だけが助かる何ていう選択肢は最初からない。

 

ヴィヴィアンを手で押しのけ腰に差したリヒトが持ってきた最上級のミスリル製ブロードソードを引き抜く。

その剣に見覚えがあるリヒトはピクリと眉を動かすが、それだけであった。

 

「ああ、そうだ。この魔剣の起動には彼女の血が必要だ」

「それは俺の血では駄目なのですか?」

 

アロンダイトは魔剣に堕ちた際、切り殺した騎士の血を吸っている。だからこそ、コウは自分が身代わりになれば良いと思っていた。だが、そんな淡い期待は打ち砕かれる。

 

「ふっ。やはりコウには伝えてないようだな……何、簡単さ。その血はヒューマンでもエルフでもましてやアマゾネスの血でも駄目なのさ。彼女が持つ特殊な血でなければ」

「っ!?」

 

ぎゅっとヴィヴィアンを衣服の上から胸を抑えつけた。

 

「そう、彼女は我々とは一線を画している存在……精霊さ。人と結ばれることは無い。永い時を生き続けるこの湖の精霊。それも神代から続く神にも勝るとも劣らない格を有する、とびきりの」

「……それで?」

 

ヴィヴィアンが不安な視線を向けているのが背中越しにコウは感じ取っていた。

 

「まだ分からないのかい? 君の知識なら直ぐに察せれると思うのだがね? まぁいい。つまり、彼女は精霊が故にその価値が計り知れない。つまり……」

「やめて!」

 

そうして遮るヴィヴィアンだが、それでも止まらないリヒトにコウが割り込んだ

 

「悪いけど、リヒトさん……例えヴィヴィアンの血が途轍もない価値だとしても、それが火種になり、この世が混沌に包まれようとも」

 

そう、精霊の血の価値は計り知れない。木っ端の精霊の血でもこの世界では絶大な効力を生み出す。

クロッゾの魔剣もそうである。名の知れない精霊の血ですらあの力である。

幾分か弱まろうとも、精霊としては破格の力を持っていた湖の乙女の血の価値はそれこそ戦争の火種になりうる。

 

そしてそれを心の底から欲している国家もこの世界には存在しているのだ。

 

だがそれがどうしたというのだ。

 

震える体に喝を入れ、表面上だけでもいい、相手を殺す覚悟をもってコウはリヒトを視線で射抜いた。

 

「俺は、ヴィヴィアンを守り通す! 例えヴィヴィアンが神代の精霊の血を引こうとも、その血でこの世の贅に浸れるとしても! そして神代の剣が起動するために必要でも……俺はヴィヴィアンを愛している。だから、リヒトさん……あんたを止める!」

「コウ……」

 

安心したようにコウの名前を呟くヴィヴィアン。

彼女が表に出てこなかったのは彼女自身の価値が計り知れないと知っていたからだ。

これが表に出ればコウが言ったように戦争に成り得る火種だ。

だがらこそ恐れたのだヴィヴィアンは。自分を利用してしまうのかもしれないと。

 

そしてコウが劣等を感じる要因の一つのお金。

 

ヴィヴィアン一人売り渡せばその金は下手をしたら街一つ全て買ってもお釣りが来るほどであろう。

それ程までに彼女に価値があるのだ。そしてそれを知っている。

 

故に、コウが言った嘘偽りない宣言は彼女の心に安心を齎すのに十分であった。

 

「ヴィヴィアンは逃げて、俺が抑える」

「……ううん。どうせ逃げたって追いつかれちゃうし魔物が出たら一溜りもないわ。だから、ここで見ているわ」

 

そう、リヒトがどれ程強さを秘めているかは分からないが、逃げたとしても追いつかれるのが落ちだ。

それに、ヴィヴィアンは一つの覚悟をしている。

 

いざとなったらコウの身代わりになる、と。

 

だからこそ逃げるわけには行かなかったのだ。

 

「そうだね。彼女は正しい……コウ。君には伝えてなかったが、僕は……いや、俺は元冒険者なんだ」

「……ヴィヴィアン、少し離れてて」

 

油断なく構えるコウ。例えレベルが高くてもここでヴィヴィアンを死守するには変わりない。

 

もう、覚悟はできている。

 

【灼熱の剣】(ヒート・ブレイド)それが俺の二つ名。そして……」

 

突如リヒトが持っていた魔剣が小型な爆弾が破裂したような音と共に炎に包まれる。それは断罪の炎の様に、その魔剣には似ても似つかない炎であった。まるで、彼の生きざまを象徴していたが如く。

火花がまるで蛍の群れにように散っていく。剣の周りがその熱に呼応して蜃気楼に包まれていた。

 

「レベル4だ」

 

地を蹴り、地面の陥没音がコウの耳に届いた瞬間リヒトの姿が掻き消えた。

反射的に剣を盾代わりに自分の首へと弾けた様に、そして確信するように構えた瞬間

 

コウの体が轟音と共に衝撃で吹き飛ばされた。

 

「コウ!?」

 

ヴィヴィアンの悲鳴に似た声がコウの耳へと入るが、それに答える余裕は無い。

空中で体制を整え、高速で地を滑る勢いに逆らうよう、剣でブレーキしながらコウは呪文を唱えた

 

「――――――同調、開始!(トレース・オン)

 

今生の人生の中で今までにない程身体能力を強化し、筋肉が切れる音を感じながら歯を食いしばって、その地面を蹴った。

 

「おおおおおおおおお!!」

 

コウは叫びながらその恐怖を振り払うかのように、一歩間違えば死ぬ恐怖を振り払うかのように速度を上げていく。

 

到底、神の恩恵を受けていないヒューマンが出せる速度ではない。

レベルにすると、恐らく2に届きうる速さだ。

だが、リヒトにとっては遅すぎる。

 

「コウ。やはり君は強い。ここで殺すには惜しい。……引いてくれないか」

「絶対に、嫌だ!」

 

そうして交差し鈍い金属音を響かせながら唾ぜり合う二人。

だが、リヒトの涼しそうな表情とは対照的にコウの表情は苦痛で塗り固められていた。

 

「コウ、無理をするな。俺の灼熱は近くにいるお前を蝕む」

「っ!!?」

 

そんなの今現状、指先が焼け爛れそうな程に熱を感じるのだ。分かり切っている。

だが、コウは引けないのだ。絶望的でも活路を見出さなければならない。

その為には相手を油断させなくてはならない。これが全力だと見せなければならない。

 

油断させた所を突く。これしかコウには活路が無い。

 

唾ぜりあった剣をコウは勢いよく上方へと弾き、リヒトの体に思いっきり腕に力を込めたままその勢いを殺さずに一回転し、下から切り上げる。それを半歩で躱され、コウの首に神速をもって剣が振るわれたが、上体を屈め、そのまま足払いを掛ける。が

 

(硬い!?)

 

目を見開き、刮目する。びくともしないリヒトの体。これが恩恵の力。

 

そんな足を切断するが如く素早く振り切った剣を持ち替え、勢いよく突き立てるように振り下ろした。

空を切るように迫る刀身に足を切り裂かれるが、切断という結果を免れたコウは刀身に宿る灼熱の痛みに悶え、リヒトの回し蹴りに反応できなく、空いている側頭部に空を裂く蹴りが叩き込まれた。

 

「ぐううううう!」

 

ギリギリその腕でガードが間に合ったが、勢いよくまたしても吹っ飛ばされる。

 

だが、浮足立っていたのが功を制したのか、勢いが殺され、ダメージはそれほど大きくは無い。事実、その腕はまだ動くし足もまだ動く。

 

「ふー……」

 

呼吸を整える様に長く息を吐きながら剣を構え直し、コウは思った。

 

話にならない。

 

まさかこれほど隔絶した力の差があるとは思わなった。

そもそもコウの強化した身体能力はレベル2に届きうる程の力だ。

一般人がコウの足払いをリヒトの様にまともに入れられれば、足の骨が折れても可笑しくはない。

 

だが、リヒトはそれを防御することなく受け切った。

 

それで平然としているのだからもはや笑いしかこみ上げない。

その笑いの中から無限に湧いてくるような恐怖。そして震え。

カチカチとコウの耳の近くからそんな硬い物が連続するように当たる不快な音が響く。何処からその音が聞こえるのか。

 

答えは簡単だ。自分の頭蓋の一部。そう自分の歯である。

 

恐怖に、死の恐怖に負けそうになっているのを崖の淵で踏みとどまれているのは、ヴィヴィアンが見守っているからだ。正直コウはヴィヴィアンを連れて逃げ出したい。しかし、リヒトの速さはコウの何倍も速い。到底逃げ出せる様な相手ではない。

 

いや、実際コウだけだったら逃げ出す事は可能だ。それはリヒトがそう言っている。

だが、コウは逃げ出す事だけは死んでもしないと、そう決意しているからこそ、全身が痙攣するように震えている中、その恐怖と戦えるのだ。

 

愛する人を置いて行くなんて、死んでもしたくない。

 

バクバクと心臓の音が嫌にコウの中に響く。血流が血管を勢いよく通り、自分の脳へ酸素を過剰に運んでいるのが分かる。視界の端からチリチリとした光が満たしていく。それを払拭するように、コウは静まれ、静まれと祈りながら呼吸を浅くされど、整える様に息をしていく。

 

そんな最中にリヒトを見て考える。

 

明らかにコウを殺さない様に手加減していると感じ取れる。。

今もそうだ。あの初手の速さをもって追撃すればコウ何て瞬殺されているだろう。

 

だがリヒトはコウを見つめながら動かない。

それを見るコウは都合がいいと。そう思った。こちらを驕っている内が勝機である。

後はそれまで、道化を演じなければならない。

 

「うおおおおおおおおおお!!」

 

先ほどと同じ瞬発力で飛び出すコウに合わせるように動き出すリヒト。

一瞬で間合いが0になり、リヒトの剣がコウの頬をかすった。

それだけで激痛が走るが、それを死ぬ気で抑え込み、同じく、リヒトの顔に向けて突きを繰り出すが

その刀身をいつの間にか戻した剣で打ち上げられ、その隙が出来た鳩尾にリヒトの左拳が突き刺さった。

 

「ごふっ!?」

 

体をくの字にして吹き飛ぶコウ。

その体を地面に打ち付けながら無様に転がり、そしてゆっくりとその身体を剣を杖にして起こした。

 

「コウ、これでわかっただろう。恩恵を受けている者と受けていない者の実力差を」

「……っへ。それで……俺が諦めると思う?」

 

震える体で精一杯虚勢を張るコウ。そのコウを見てリヒトは目を細めた。

 

「……どうやらもう少し痛めつけた方がいいらしいな」

 

そうして風を切り裂いて駆けるリヒト。その灼熱の刀身を躊躇なくコウに向けて常人が見れば消えるような袈裟切りを放つ。

それを紙一重で剣でガードし、そしてそれを皮切りに、コウを嬲る様に連撃を繰り返す。

月明かりの元に金属と金属がぶつかり合う音が少ない時間で幾度となく響き渡った。

 

ミシリミシリとコウの剣の刀身が打ち合うたびに悲鳴を上げているのが分かる。

 

「あああああ!!」

 

既にコウの痛覚はその脳内に分泌するエンドルフィンが作用し殆ど感じていない。その筈なのにそれでもコウに激痛が走る。それを振り切るように、両手でリヒトに対してその刀身を勢いよく振り下ろした。

 

「ふっ!」

 

だがそれはリヒトが操っているアロンダイトにより一閃され、そのミスリルの刀身が砕け散った。

まるで、終わりだ。とそう言わんばかりの一閃である。

 

「ああ!」

 

その砕け散った瞬間にヴィヴィアンが悲痛な声を上げた。

だが、コウはこれを待っていた。

 

そのまま唐竹の勢いに乗って身を屈め、足払いを掛けた。

当然、リヒトはそれを感じ取ったが、所詮は最後の悪あがき。そう思っていた

 

それがコウの唯一の勝機だ

 

「―――――――――停止解凍!(フリーズアウト)

 

コウが繰り出した足の勢いに乗る様に剣が光と共に出現し、まさに蹴りの速さに乗じたスピードの剣がリヒトの脚に迫りくる。

 

「何!?」

 

初めて慌てた声を出したリヒトがそれを刮目し、本能的にジャンプで避けた。いや、両の脚に当たるように調節するように足払いを掛けたのだ。だからこそジャンプして避けるしかない。

 

それを待ってましたと言わんばかりに目を見開き、コウは身体能力を極限まで強化し

 

「――――――投影、開始!(トレース・オン)

「――――憑依経験、共感終了」

「――――工程完了(ロールアウト)全投影(バレット)待機(クリア)

「―――停止解凍(フリーズアウト)全投影連続層写(ソードバレルフルオープン)!!」

 

宙に浮いた体では避け様が無い、26本の刀剣。それは一つ一つ強化され、切れ味は例えリヒトでも致命傷を避けられない程だ。更にリヒトの周りを取り囲むように出現させ、一気にリヒトへ向けて射出した。

 

そして追撃と言わんばかりに

 

「――――――投影、重装(トレース・フラクタル)

 

先程まで投影していたミスリルの剣の刀身を凶悪にし、まるで鋸の様な巨大な剣を顕現させ、その最大まで強化した身体能力を持って、上段から勢いよく叩き落とした。

 

「っ!!」

 

迫りくる剣を冷静に致命傷を避ける様に一瞬で計算し、そのレベル4の身体能力を全力で発揮し、近距離で射出された剣を計算通りに叩き落とし、コウの渾身の一撃を受け切った。

いや、受け切ったのは語弊だ。リヒトも至る所に剣が刺さっている。

特に足元に集中させた為、足には4本もの剣が突き刺さっていた。

 

だが、それでもリヒトの闘志は全く衰える事は無かった。

 

既に油断を捨てさり、今持ちうる全力でコウを排除しに掛かった。

 

コウもそれを感じ取り、剣を投げ新たにミスリルの剣を投影させ、リヒトを迎え撃った。

 

繰り出す、黒い剣閃と鈍色の剣閃がたったの一合で銀色が砕け、しかし、また投影して迫りくる死を迎え撃つコウ。

 

「あああああああ!!」

「はあああ!」

 

コウの身体能力は間違いなくレベル2に至っていた。そして機動力をリヒトから削りとった。しかしそれでもなお

 

コウは負けていた

 

その剣風に砕ける刀身の他にコウの赤い血が混じるのは必然的な事であった。

 

だがそれでも伯仲の死闘を演じれたのはコウの投影魔法で剣を魔弾の様にリヒトへ向けて射出しているお陰であった。それ故、紙一重の領域の均衡を保っていたのだ。既に27個もの剣を用意できる程時間が取れない中で、一瞬で5個前後の剣を射出し、更に砕けた剣を何回も投影してなお、コウはレベル4に届き得なかった。

 

「コウ!! やはりお前は強い!! 神の恩恵を受けていないにも関わらず、俺と打ち合っているのがその証拠だ!」

 

次々と迫りくる飛来してくる剣をその灼熱の閃光を彷彿させる剣閃で砕きながら、そして空を切り裂くコウの攻撃をそのアロンダイトで全て打ち砕きながら、コウに語り掛ける。それは称賛。

 

そうだ。リヒトもここまでとは思っていなかった。

今も打ち合っているその力は身体能力ならレベル2程度の力なのに、その見た事も無い魔法で怪我をしてその実力が発揮できないとはいえ、レベル4のしかも上位に位置していたリヒトに食らいついているのだ。

 

あり得ない。あり得てはならない。そんな現象が今目の前で起こっている。

リヒトももう、手加減するつもりは無かった。リヒトが操るその紅き剣閃は全てコウが死ぬであろう死の軌跡。

それを今もコウは苦渋の表情で受け続けていた。

 

「だが、ここまでだ」

 

どれ位投影したのか、どれ位剣を射出したのか数えるのも億劫になるほど、剣戟を交わし、砕ける刀身が月の光でキラキラと光るその幻想的な戦闘の最中に突如、爆発が起こる。

 

「ぐうう!?」

 

それを正面で受けたコウは地面を転がりながら吹き飛ばされ、そして急接近していたリヒトにその炎が滾っているアロンダイトで腹を突き刺されコウは地面に縫い付けられた。

 

「ぐううううううううううううああああああああああああああああああ!!」

 

いかに脳内麻薬のアドレナリンやエンドルフィンがその痛覚を抑えていようと、生きて意識があればそれは感じてしまう。身を引きちぎる様な灼熱を伴った強烈な痛み。そう、体が内部から焼き切れているのだ。

 

「コウ。残念だよ」

「ああああああああああああああああああああああああ!!」

 

痛い!痛い!いたい!イタイ!!イタイ!!イタイ!!イタイ!!

 

「あああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

掠れる意識の中でしかし、ここで意識を失ったら二度と彼女と会えない。

その思いがコウを繋ぎとめていた。

 

「も、もうやめて!! コウをこれ以上苦しめないで!!」

 

そんな悲痛な思いを込めたヴィヴィアンの声がコウの耳に聞こえた。

 

――――――何をしているんだ俺は、彼女に心配かけさせるなんて、死んでも守るんじゃなかったのか!!

 

「ぐ、おおおおおおおおおお!!」

 

――――――その手が焼けただれても構わない。この身が朽ち果てても構わない。

――――――だから、この一瞬でいい! 神でもなんでも、俺に力をくれ!!

 

「あああああああああああ!!」

 

灼熱を纏う刀身を掴み、焼けるその手に構わず引き抜こうとコウは力を振り絞った。

だが、剣はピクリとも動かない。

 

「本当に強いよ、コウは。普通ならショック死しているはずだ」

 

今もその刀身を抜こうと力を入れていたコウだが、徐々に力が抜けて来るのをコウは実感していた。

 

――――――やめろ、まだだ。まだ死んでない。なのに、なんで、なんで、体が、動かないんだ!!

 

「うああ……ああ……あ」

「……せめて苦しまずに殺してやろう」

 

そうしてコウから剣を引き抜き、上段へ構えた

 

「やめてえええええええ!! 私が、私が貴方に命を捧げるから、もうコウを傷つけるのはやめてえええ!!」

 

そして瀕死のコウに覆いかぶさるヴィヴィアン。

ヴィヴィアンの鼻に付く人体が焼けた匂い。しかし、コウのであれば許容できる臭いである。

 

「だ、だめ……だ。ヴぃ……アン。 逃げ……」

「ううん。もう、もう大丈夫よ。コウ。頑張ったね、頑張ったね!」

 

――――――ふざけるな!! 動け俺の体!! 

 

そうコウは思うがどんなに体に力を入れても、その重い体を持ち上げるには不十分であった。それが溜まらなく悔しくて、とめどめなく涙が出てきた。

 

「だから、今度は私がコウを守る」

「だ……め」

 

必死にヴィヴィアンを見つめるコウの視線に笑顔を送り

万感の思いを込め、最後にコウにキスをし、呼吸を整えヴィヴィアンはリヒトに向き合った。

そこには何も映していない瞳があった。

 

「……最期に言う事はあるか」

「……ええ。最期にコウは助かるのか聞きたいわ」

「…………保証は出来んが、やれることはやろう」

 

何も映してない瞳だが、ヴィヴィアンはリヒトの奥底に揺れる何かが見えた気がした。

それだけで、自分はコウの命の為に死ねると、確信した。

 

「……そう。……コウ。愛してたわ。今までありがとう、そして」

 

コウを見てふわりとこぼれた涙を月明かりに照らされながら優しく笑い

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さようなら」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間、ヴィヴィアンの体をアロンダイトが貫いた。

 

「あっ……」

 

か細い女性の声がコウの耳を打った。

 

そして起動するアロンダイト。ヴィヴィアンの持っていた湖の乙女の命を削ぎ落す程の血液。黒く、そして紅い線がアロンダイトを駆け巡り、魔剣が脈動した。

 

ずるりとヴィヴィアンの体がその大地へと沈んでいき、大きな血の池を作る程だが、まだその穴から止め処なく血が噴出していた。明らかに致死の傷であった。

 

コウはその刀身が焼けていたからこそ、出血死という事を免れていたが、ヴィヴィアンは違う。

アロンダイトを起動するためにエンチャントされた灼熱を解除し、刺し貫いたのだ。

 

故に致死である。

 

そしてヴィヴィアンの優しく残酷な死に顔が、コウの視界一杯に映った。

 

――――――動け、動け動け! 死んでも動け! このままで、終わりたくない!!

 

「あ、あああ……うああああああああああああああ!!」

 

体のリミットが解除されたのか、全魔力での最大強化を施し、既に焼け爛れて炭化しているその手で投影された剣を持ち、血走って焦点が定まらない視線でリヒトへと突貫した。明らかに先ほどよりも動きに精彩が欠いていた。だが、それを補って余りある身体能力でリヒトへ肉薄する。

 

恐らくアロンダイトが起動してなければ、今のリヒトの状態であればあるいは勝機があったのかもしれない。

 

だが、かのアロンダイトが起動したからには、今のコウには勝機なぞ、無いのである。

 

「おまええええええええええええ!!」

 

だがそんなものは関係ない。今はもうリヒトを殺す事しか考えていない。

それ程の怒りを前に、リヒトはアロンダイトで迎え撃ち、そして気付く

 

「体が、軽い……!!」

 

軽いというレベルじゃない。これは

 

「レベルが上がっている!?」

 

感情を剥き出しにしたコウの剣を弾き、粉々にするが次々に投影され、そして先ほど空中より射出された剣より多い10本もの剣と共にコウが再び、リヒトと対峙しその暴風とも言える剣の嵐と共に襲い掛かる。

 

「あああああああああああああああああ! よくも!よくも!よくもおおおおおおおおおおお!」

 

斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る!

撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ!

砕く砕く砕く砕く砕く砕く砕く砕く砕く砕く砕く砕く!

砕く砕く砕く砕く砕く砕く砕く砕く砕く砕く砕く砕く!

 

月光に照らされた砕け散った剣たちはまるでコウの涙の様に、一種の幻想的な光景を生み出していた。

 

「こんな精彩さに欠けた攻撃で、俺を倒せるか!!」

 

脈動する力。迸る力。そんな全能感の中、リヒトはコウの獣染みた攻撃を的確に砕いていた。

まるでコウの希望を打ち砕くように、夢を打ち砕くように。

 

「お前が抱いてる絶望何てな、俺はとうの昔に踏み越えてきた!」

「あああああああああああああああ!!」

 

激しい血風の中、その剣戟音はますますの勢いを見せている。

連続したその音は途切れることなく、死の空間に木霊した。

まるで、コウのそれは届け、届けと言わんばかりの悲壮さを連想するようなそんな音。

 

「激情したって、強くなる筈がない! 負けた相手を直ぐに超える事は無い!」

「それが、どうしたああああああああ!!!」

 

リヒトのその言葉はまるで自分に言い聞かせている様に叫ぶ。

昔、母を取り返そうとした自分に言い聞かせるように。

 

「怒りだけで世の中強くなれるならな、誰も弱くないんだよ! コオオオオオオオオオオ!!」

 

そうして、リヒトは全ての剣戟を打ち砕き、振り下ろされたコウの剣を打ち砕き、その空いたコウの身体にヴィヴィアンの血で塗れた黒き剣閃を走らせた。

 

ずぶりとコウの体を切り裂く先ほどとは違う冷たい刀身が、体に入って行く光景がやけにゆっくりと感じた。

 

「あっ」

 

全身から血が噴出するのが分る。今度こそ、死ぬ。

そんな死を確信したコウは、ヴィヴィアンが斃れているその横まで震えるその覚束無い足取りで、溢れる血を気にせずにコウも倒れ伏した。

 

「ヴぃ……ぁん……」

 

そうして愛おしいヴィヴィアンの紅く染まった綺麗な顔を震える血濡れの手で撫で、コウの視界が暗転していく。

 

 

コウ、ごめんな。けど、俺も……譲れない物がある

 

 

そんな懺悔の様な声を何処か夢心地で聞いたコウは迫りくるリヒトを認識しながらその意識が完全に落ちて行った事を自覚した。

 

 

 

 

 




誤字脱字等御座いましたらご指摘をお願いいたします。

前半改訂するかもしれません。自分でもコウの感情に疑問を持つと言う。自己投影だったのに、どうしてこうなった。いや、リア充になった瞬間にもう、私の手から巣立っていったのかもしれません……

改善案やご指摘お願い致します。



以下蛇足






レベル0のコウの強さはコウ自身が0.5レベル位、強化で+1~1.5レベル位、剣の射出で+1位のレベル3程度の実力です。リヒトさんは怪我で動きが鈍ってますが、それでもレベル4の上位なのでコウは届かないという形です。

あとアロンダイト周辺の設定は魔剣に堕ちたら血が必要という作者の偏見が、結界はこれ以降出てこないと思うので、矛盾点があるかもしれませんが、ご容赦をお願いします。

次回は月曜日の19時予定です。プロローグ最終回を金曜日の19時位に投稿しようかなと思います。


追記

20話目が出来そうなので明日19時頃に6話。月曜19時にプロローグラストを投稿しようかと思います。

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