ダンジョンで幸せを探すのは間違っているだろうか 作:モーリン
新章スタートです。全7話で大体ラノベ一冊分の10万文字程度の構成になっております。4月9日19時にて7話目を既に予約投稿しておりますので、指摘頂いてもそこまで手直ししないかと思いますが、ご了承ください。
そしてこの場を借りてお礼を。閲覧、評価、感想ありがとうございます。
今後ともお付き合い頂ければ幸いです。
前半は7話にくっつけようとして結構端折ってそのままです。
8話
リヒトとの戦闘が終わった翌日、リヒトとヴィヴィアンが死んだという事をまず初めにコウは自分の母へと伝えた。
その事にひどく驚き悲しみを浮かべた母の瞳には涙が浮かんでいたのを、コウははっきりと覚えている。
――――ヴィヴィアンは愛されていたんだな
そして村中に広がり、ヴィヴィアンの葬儀が執り行われた。
多くの人たちが参列し、村でも愛されていたのがひしひしとコウに伝わっていた。
中でも男たちの悲しみはひとしおで、色々な供え物がその空の棺桶へと詰め込まれた。
そしてコウの家族が初めてヴィヴィアンの家へと赴き、墓を作った。
その湖畔に目を奪われ、そして涙する。コウの胸中は少し複雑だった。
二人だけの思い出の空間に入り込まれたという場違いの嫉妬に自分を少し嫌悪した。
しかし、家族全員が純粋に喪われたヴィヴィアンを慈しむ思いは本物であった。
ヴィヴィアンが居なくなった為結界が消え、その森は誰にでも入り込める様な環境になった。
もう方位磁石も使えるし、方向感覚も狂わない。
しかし、木々を伝うその赤い糸だけは今もしっかりと残っている。
そんな中で、家族にだけは事の真相を話した。
ヴィヴィアンがリヒトに殺された事、そしてコウも死にかけた事、奇跡が起きて再び立ち上がり、そして、リヒトをこの手で討った事。
アロンダイトの事は伏せた。そしてヴィヴィアンが精霊という事も伏せた。何より、コウはヴィヴィアンに言った通り、コウの出自を伏せた。しかし、一つだけ、何故リヒトを倒せたのかという事だけを伝える為に、自分に宿った魔法の事だけを家族に話した。
奇跡で発現した自分の魔法と偽ったコウの心は少しチクりとしたが、この秘めたる思いは墓場まで持っていこうと思っている。そも信じてもらえるかどうかも分からないし、真実を行って家族に不利益があればそれは見過ごせない。更に、信頼していないわけでは無いが、こういう秘密は誰にも知らせない方が、自分にとっても家族にとっても幸せな事なのだと思う。
そしてリヒトと戦った時にリヒトが背負った業。
それが何かは分からなかったが、一つだけ分かったことがある。
それは母を助けて欲しいという願いであった。
その自分勝手に背負った約束を果たそうと勝手に誓ったのだ。
だからこそ、コウは家族をこの場に集め、その願いを叶えるために、後の禍根を残さない為に、自分はそれを果たしに行くと決心し、家を少し空けると家族に話した。
勿論反対された。そんな危険な事を家族にさせられないと。
コウは必死に説得した。だが、神の恩恵を貰っていないただの村人のコウの言葉に厚みは無かった。
しかし、母だけはコウのいう事を了承した。
――――責任は、自分で持ちなさい――――
そう言葉を残し、賛成の意を示した。
母が賛成派に回ってしまった為、しぶしぶ男二人も納得する事になった。
そして数か月がたった後、出発した。
まずはリヒトが拠点としていた街へと赴き、キャラバンのメンバーに事情を話し、快く情報が提供された。
元々リヒトはそんな事をおくびに出さずに過ごしていたらしいが、キャラバンメンバーはリヒトにその困窮した生活から救われた恩があるとの事で、リヒトの私室へと案内された。
そして見つける貴族の情報、母の情報、そして貴族がいかに卑劣で厭らしい男であったかを。
表向きは職業斡旋。故に司法の手は手が出せない。証拠が無いからだ。
だが、リヒトは恐らく3年程前から情報や証拠を集めていた。
それは奇しくも、コウと会った時期とほぼ一致していた。
奴隷商とのやり取り、そして
女性たちが攫われていたという決定的な証拠。
元冒険者で全ての身元がその誓約書に記載されていた。どの様な経緯で攫い、奴隷商へと卸したか、その後は彼らでは知らないとの事であるが、それでも彼らから吐かれた情報を元に奴隷商のリストアップを図り、そしてその奴隷商へ繋がっている元冒険者に多くの自供の誓約書を書かせていた。
そう、嘘偽りが無いというその主神達の名前を使った誓約書である。
これはこの世界に於いて、いや、ファミリアに属している冒険者にとって大きな事であり、その効力は計り知れない。もし神の名を出した上で虚偽をついた場合は、制裁が下される。そこに法的な縛りは無いが、破られれば主神に責任が追及され、その者の恩恵の剥奪が施される。
これは冒険者人生にとっての死を意味する。
剥奪された痕跡は一生残る。これは神が恩恵を授けようとした時に、どのような原因で剥奪したかをヒエログリフが浮かび上がらせる。
神に嘘は付けない。
神に誓って書いた誓約書に嘘は記載してはならないのだ。
とはいえ、それを乗らりくらりと追及を受け流す邪神に類する神も存在しているが、世界各地に広がっているギルド支部がその重い腰を上げて取り締まるのだ。外の世界での冒険者のレベルは3で英雄クラス。通常レベル1がほとんどである。
しかしそれでも高レベルを抱えている邪神等のファミリアの制裁には本部がある迷宮都市オラリオにてクエストか依頼として発行される場合が多い。治安系のファミリアであればそういうクエストを受注しやすいが、レベル4以上の冒険者を抱えているファミリアの制裁の場合、殆ど名指しが多い。
これはいかにオラリオと言えども、レベル4以上を抱えているファミリアの数は少ない。そこに治安系のファミリアではほぼ一択しかないと言っても過言ではない。そのファミリアが受けれない状態であれば、他の大手のファミリアに名指しで依頼する事があるのだ。
故に、誓約書で嘘をついたとしてもギルドがそれをスルーせず、対応をするのだ。
……それでも、どうしても漏れが存在するがそれはもはや致し方が無いとしか言いようがない。
とは言え、そんな事はほぼ稀である。高レベルの冒険者はそのほぼ全てがオラリオから生まれるからだ。
故に外で高レベルの元冒険者が暴れると、直ぐにギルド本部に目を付けられるのが落ちである。
上位のファミリアであれば一つの国を落す程の戦力を有するファミリアを多数抱えているオラリオに目を付けられるという事は、それほど厄介な事なのだ。
つまりは、リヒトが抑えたこの誓約書は、嘘偽りが無いと思っても過言ではないという代物だ。
そして、日付が一番近い誓約書はリヒトの誓約書。リヒトの所業をコウは誓約書を通して理解した。
勝手に裏切られた感覚と怒りが湧いたコウだが、しかし既に自分の手で討ってしまっている。故に、コウはリヒトが犯した事を胸の中で留めた。もう、自分が決着をつけ自分が殺したのだ。そして彼の業を奪ったのだ。リヒトの背景が浮き彫りになろうが、それでもリヒトの母を助けない理由にはならない。そして彼が関与した奴隷も助けなくてはならない。
それが誰だかは分からないが、いずれにせよ、コウは進むと決めたのだ。自分の一歩を信じるだけである。
それにと、コウは思う。確かに恨んでいる。だが、同時に感謝もしている。故に憎まない。その男が居て自分から恋人を奪った、恋人と会う機会をくれた人物というコウの中での位置付けは変わらない。
そもそもリヒトに対して殺人を行ったのは自分なのだ。一度殺され恋人も殺された。しかし自分も殺した。あの状況であれば殆どの人が仕方がないとそう言ってくれるだろう。正当防衛だとコウ自身そう思うし、彼を止めなければもっと被害が多くなっていたのは明らかだ。故に殺したのだ。だからこそ、コウは背負うと決めたのだ。
殺してしまった命に対して、背負うと決めたのだ。
自分が殺した者の命を背負いたいから背負う。これこそがコウの贖罪なのだろう。どんな理由であれ殺してしまった者に対しての。
だがコウにとってはそれらは言い訳に過ぎない。ただ、コウが思っているのはコウとヴィヴィアン、そしてリヒトの人生をいい意味でも悪い意味でも混ぜ合わせたその人物との決着を付けなければ、コウは自分の人生に彼らに対して一区切り出来ないと漠然と悟っている。故に、彼の業を果たす事には変わりないのだ。
そんなリヒトの贖罪の様な誓約書も回収するコウのその胸中は複雑であった。
リヒトも奴隷斡旋という事を行い、そしてその斡旋する為の奴隷を攫う犯罪者が跋扈できるのは一重に役人への賄賂が奴隷商のスポンサーの貴族から握らされ、お役人の所で握りつぶされるのである。
表に出なければ、ギルドも腰を上げられない。
勿論、役人でもしっかりと仕事をする人間は多くいる。しかし、確りと仕事をしていても、誰かが足を引っ張ったり、悪事を働くとそのイメージが先行してしまうのは、致し方ない事か。
故に通報しても、通らない事が多い。これは上層部が貴族と懇意している場合が多いからである。
権力とはそういう物だ。勝手に権力が付いてきた何て言う人は、それほど多くは居ないだろう。
また、そういった事をしないと自分の地位はおろか、家族ですら危険になる可能性も無くはないのだ。
とはいえ、それでもオラリオへと通報されればかなり厄介なので、そういう人物はまずはパーティー等で人間をある程度見極めて手を回すのだから質が悪い。
だからそれらに報復行動を取る手段は数が少ない。
その中でコウが選択したのは
正々堂々真正面からぶち破るという脳筋も真っ青な行動である。
だがしかし、それをして奴隷たちが人質に取られたら終わりである。
それに、前ばかり見ても駄目だと、彼に教えられたのだ。
ならば、直接協力者と一緒に討ち入りをする。
故に腕っぷしが立ち尚且つ信頼できる者と協力して事に当たるという選択肢を取った。
この大詰めで一人突っ走って、リヒトの母を助けられなければ本末転倒だし、そもそもリヒトの母を助けれさえすればいいだけなので、コウが投影したこの世界の魔剣を一振りと交換をすればいいだけの話だが、そう上手く行くとは到底思えなかった。
なにせレベル4の冒険者で上位に位置すると、思われるリヒトを手玉に取ったその背景は、非常に脅威であったのだ。
コウもそれほど馬鹿じゃない。もしかしたら負けるかもしれないし、人質を取られて負けるかもしれない。
知らない奴隷が人質に取られて気にせず戦える程、コウは冷酷には成れないと、判断していた。
故の協力者である。
リヒトの情報によればオラリオに居た頃、一時そういった事に対しての協力関係であった者が居た。
リヴェリア・リヨス・アールヴである。
エルフの王族だからこそ、奴隷に仕立てられやすいエルフの誘拐事件の黒幕の情報が欲しかったのだろう。
これはファミリア関係なく、エルフ族の秩序の為である。
リヴェリアの所属するファミリアの主神ロキも、リヴェリアの立場を分かっており、遠征までの間であれば自由を許可している。
ただし、恋愛関連には目を光らせていたが。
それはそれで面白く受け入れてくれるだろうが、事は地上の子供たちの膿である。
元々エルフは排他的な種族特性を持っている。それは古いエルフであれば、自分が心から許した異性でなければ肌を許さないという慣習が今も残っているのを見ればそう読み取れる。
故に、リヒトとはそういうった事は無いと断じていたロキは、真剣にその問題を扱った。
またロキは見た目が美しい地上の者達に目が無い為、奴隷商や人攫いに嫌悪を抱くのは必然でもあった。
しかし、そのリヒトとも、もう5年以上会っていない。最後にリヴェリアに再開したら気持ちを伝えるという事と、リヴェリアにエルフ達が何処でどう攫われていったのかを見聞きしたその鮮度の高い情報が、リヒトの知り得る限り載せられていた手紙。その情報を元にエルフに関わる人攫いを少しづつ絡め手を使い駆除していった。
また、各地のエルフの里でも手口を公開し、それらに注意をするように王族という権威を使い通達。
これはオラリオに居るエルフにも同様で、ファミリア関係なく故郷の者たちにその文を送った。
そしてリヴェリアはとうとうキャッチする。リヒトが追っていたと思われるエルフの女性を数多く囲っている醜悪な貴族を。だが、証拠が無い。表向きは職業斡旋のスポンサーなのだ。これは王族だからこそ手を出せないのだ。
その権力を行使するのは最後の詰めである。
それは王族でもあれば冒険者でもあるからであるし、そもそも王族が証拠も無しに相手の罪を追求するという行為事態、高潔なエルフにとってあり得てはならない。神ロキの手を借りれれば一番手っ取り早いが、それでも誤魔化すことが出来ればいいのだ。
神に嘘は言えないが真実を全て言わなければならないという事ではない。
故に、それでぼろが出なければ逆に糾弾されるのはリヴェリア他無い。そうなった場合間違いなくリヴェリアの身柄か、もしくは近しい者の身柄が狙われる。恐らく、一晩給仕をして欲しいという理由でその体を弄ぶ可能性は高い。しかもそうなった場合、神ロキが黙っても居ないので間違いなくファミリアに迷惑が掛かる事に変わりないだろう。
このまま黙ってみているしかないのか
そう思った所にリヴェリア宛にギルドから個人依頼が舞い込んでいるという連絡が届いた。
「それで、どういう事だ? エイナ」
オラリオのギルドの来客用の部屋に案内されたリヴェリアを待っていたのは久しく会っていないハーフエルフのギルド職員、ボブカットで揃えた茶色の髪の毛の女性。エイナ・チュールとそしてリヴェリアが事前に王族と伺ったのか、まるで騎士の様に片膝を着き、その視線を下へと向けている黒髪の青年。そしてテーブルには様々な用紙が広げられていた。
「ご足労痛み入ります。リヴェリア様」
まるで王族を迎えるようなそんな仰々しい態度で迎えるエイナに、リヴェリアは待ったを掛けた。
「エイナ、ここはエルフの里ではないんだ。そも、お前は里の出身ではあるまい? それに、ギルドに管理されているロキ・ファミリア所属の冒険者でもあるのだ。堅苦しいと話が中々前に進まんぞ?」
王族だからこそ言える、一種の説得力があった。
「す、すみません。やっぱり、緊張してしまいまして……」
「ふむ。……まぁ無理にとは言わないが……それで、依頼人は此方の方か?」
そうして顔を上げる黒髪の青年。
「お初にお目に掛かります。ヒューマンのコウ・カブラギと申します」
「もう知っていると思うが、ロキ・ファミリアのリヴェリア・リヨス・アールヴだ」
一言で言うと平凡的な顔である。その腰に差している剣も、リヴェリアは門外漢だが、それでもそこまで上等な物では無いというのは一目でわかった。
「それでは、リヴェリア様も来たので皆さん席に付きましょうか。あ、リヴェリア様はそちらで」
そうして各々席に付き、エイナが気を利かせ紅茶を全員分入れて、コウの隣の席に座った。
その間にリヴェリアは机に広げられた資料を見て、自身が追っているエルフの密売人の情報が載っているのを確認した。
「今リヴェリア様が目を通しておりますのが、このカブラギさんという人物から齎された情報です」
「ほう……」
一枚一枚捲りながらその情報を見つつ、コウを見る。
明らかにこのオラリオの大都市に似合わない出で立ちであった。綿の長袖に、黒いパンツで腰に差している恐らく1万ヴァリス程の直剣である。鞘が無いのか、その刀身に包帯が巻かれているだけであった。
「この情報を元に、リヴェリア様に依頼を出したいとの事でしたが……」
「そこからは私が説明します」
「その前に」
机の腕で肘を乗せ、指と指を交差させ、親指で顎を支え、他の指でその矯正な顔の下半分を覆い隠していた。隠されていないのは、コウを射抜くレベル6の視線。
「どこの冒険者なのだ?」
その綺麗な目を細め、コウに問うた。
「冒険者ではございません」
「何?」
そうしてエイナに視線を向けるリヴェリアの意図を察し、静かにエイナは否定するように首を振った。
どうやら本当に何処のファミリアにも所属していないようだ。
つまりは、純粋な依頼者。それもとっておきの依頼だ。
通常であれば依頼掲示板で張り出されるのが常である。
名指しでもカウンターで依頼者と引き合わせ、応接の間で報酬などの確認を口頭で行うのだ。
別室に呼ばれる時点できな臭いのは分かっていた。
だが、ギルドの呼び出しであればいかな身分だろうと、オラリオの冒険者ならば出頭しなければならない。
これはフレイヤ・ファミリアの【猛者】オッタルも例外ではないのだ。
しかしと、机に広がっている用紙をみると、この対応も致し方が無いが、それでもこれだけの捕り物になりそうであればファミリアへの名指しが常であるはずだ。
何かがある。そう確信したリヴェリアは少し揺さぶる事に決めた。
「この情報は私も入手してある物もある。これはとある人物が関わったからこそ、入手できたものもあるし、更にそこから発展した情報もいくつか散見している。特に犯罪者側の視点はこの私ですら届き得ない情報も、な」
そう、リヴェリアですら単体ではこれ程鮮度の高い情報と信憑性が高い事実を手に入れる事は出来ない。
それはつまり、レベル6の冒険者の情報網外に位置する情報。冒険者としては世界トップクラスのリヴェリアで、更にエルフの王族たるハイエルフ。集まる情報は並ではない。
だがそれでも届き得ない情報。そこから導き出せるのは一つ。
犯罪者に近い人物か、犯罪を犯していたが事実を公開し、仲間と連携し、罪を軽くしようとしているか。
いずれにせよ、あまり気持ちの良い人物ではないのは確かであった。
そんなリヴェリアの意図を知ってか知らずか、コウはその揺さぶりに微動だにしなかった。
「……率直に問う。お前は何者だ?」
「何者、とは?」
ごくりとエイナの息を飲む音が室内に木霊する。
底冷えした気迫は、向けられていないエイナにすら圧力がある程だ。
だが、その圧力を発している理由は分かる。
エルフの奴隷商、人攫いそしてその背景のとある貴族の情報である。
ご丁寧に、人攫いにからは誓約書も交わされている。相当な拷問か、あるいは生死に関わる何かが起きえないと誓約書を交わすなど、あり得ないのだ。
そして、その中にはリヴェリアと協力体制を敷いていた人物の名前。その事実にリヴェリアは眉を寄せる。
他の誓約書とは何処か贖罪の様に書かれているそれは、リヴェリアにとって不快な物でもあるが、その胸中は複雑だ。彼が居なければ多くの被害が出ていた事も事実でもあるからだ。
そんな人物の名前の誓約書が出ているのだ、この目の前の男は何者なのか、確かめる必要があると、リヴェリアは判断した。
「……」
沈黙をしてコウに答えを促す。
持ってきた簡易的な隠し杖を油断なくいつでも取り出せるようにしつつ、エイナを守る為の動きをシミュレーションする。とはいえ、恩恵を受けていなければレベル6のリヴェリアにすれば赤子の手を捻るより簡単だ。
「……あの。物凄く警戒している所申し訳ないのですが……私はとある人と過去に懇意であった、リヴェリア様にご助力を頂けないかなというお話をしに来ただけです」
目を瞬かさせ、リヴェリアを見るコウ。とは言え飛びかかられたら普通に勝ち目は無いので、なるべくダメージを受けない様に身体能力だけは強化していた。それ故に心が平静に保てていたのだ。
これが何もなければ、今頃漏らしていたに違いない程、今もコウは心臓が縮み上がっているのだ。
「……とある人とは?」
「リヒトさんです」
その人名は5年ほどぶりに聞いた人の名であった。
彼の名前を聞いたリヴェリアはその眼を見開いた。
どういう、事だ
リヴェリアの胸中にそんな疑問が過った。
「コウ、と言ったか? 今リヒトはどうしている? この誓約書通りの事をしたのなら、我々エルフ族に身柄を引き渡して貰いたいのだが」
誓約書であれば本当の事なのだろう、しかし多くのエルフが助かった経緯もあるのは事実。故にせめてもの恩情としてリヒトをエルフ族の法の下で裁く。そんな決断を下したのだ。
「……」
「どうした?」
顔を俯かせ、どこか迷った様にされど、何かを決めたように頷き、顔を上げエイナと視線を合わせた。
「? どうされましたか?」
「すみません。リヴェリア様と二人きりにしていただけませんか?」
その言葉にその綺麗な眉を寄せ、少し不快感を顔に出すエイナ。
「……ギルドに聞かれると都合が悪い事であれば、この話は無かったことに」
「いや、エイナ。その必要はない。申し訳ないが、少しの間席を外してもらえないか?」
「な!? リヴェリア様」
「慌てるな。エイナ・チュール。彼が冒険者でないとしたらレベルは0。私はレベル6だ。これの意味するのはエイナ。君が一番良く分かっているだろう?」
何処かお茶目に、されど自信ありげにそうエイナに投げかけた。
それと、暗にギルドに対して隠さなければならない事を見過ごせと言っているのだ。仮に何かあろうともレベル差は絶対の領域だ。エイナは、その問いを無碍に出来る筈無く、ため息を押し殺してその席を立った。
「これだけは約束してください。これから何があったかをリヴェリア様から教えて頂く事を」
「分かってる。すまんな、エイナ」
「いえ、それではカウンターへと戻りますので終わったらお声がけください」
そうして部屋から退出するエイナの視線はコウを睨め付ける様にそのドアが閉めるまで送られていた。
「……まぁ気にするな。とは言わんが、お前の話次第では、仲直りを取り持つ事も吝かではないぞ」
「はは……まぁ嫌われてもいいんですけどね。この話が聞かれるよりは良い」
そうして少しリラックスするコウ。
だが直ぐに姿勢を正し、リヴェリアへ向けて視線を交わした。
「さて、リヒトさんの事を話す前に、何故私がここにいるか説明いたします」
そんな口火を切って、コウは語った。
リヒトとの出会い。魔剣や武具を通して懇意にさせてもらっていた事。とある切っ掛けでリヒトは最後の足掻きを決断したこと。
それに自分と自分の恋人が巻き込まれた事。そして、恋人が死んだこと。リヒトを殺した事。
そしてリヒトが追い求めてた物を勝手に背負った事を。
途中何度かその唇を紅茶で濡らしながらリヴェリアになるべく簡潔に伝えた。
その一連の流れを聞いていたリヴェリアは静かに、目を閉じながら聞いていた。
「そのリヒトさんが追い求めていたのが」
「リヒトの母君という訳だな」
「知っていらしてたのですか?」
「ああ、相談事に乗った際にな。そうか……しかし、一つ疑問がある」
一連の話を聞いて、やはりますます疑問が深まる案件が一つ。
明らかな違和感。いや、この世界であり得てならない事。
「何故、お前はリヒトを討てたのだ? お前は神の恩恵を受けていない。つまりそれは、レベル4のリヒトを打倒するにはあまりにも不自然だ。むしろ逆。お前が殺される事の方が自然だ……ああ、勘違いするな。この結果に不満はないが、疑問があっただけだ。……改めて問う。お前は何者だ?」
そうこの世界の摂理を根底から覆さえされない事象。レベル0がレベル4を打倒する事実。
リヴェリアは神ではない。故に嘘を言っているのかどうかは分からない。
ただ、ここで嘘をつくメリットが無い。天下の膝元と言っても過言ではない所に嘘を付きながら依頼を遂行する事は難しいし、もしそれが判明したらこのオラリオで信頼を得るのは非常に難しいだろう。
更に、この依頼はリヒトの母の奪還。いや、その貴族の悪行を白日の下に晒すのだ。戦闘の一つは避けられないのは目に見えている。もし、コウがレベル4を打倒したのを信じ、戦力に組み込んでそれが嘘だった場合、即座に切り捨てられるであろう。それはコウの死を意味している。
そんな愚は馬鹿でも犯さないし、なにより、この依頼自体がコウに全くと言っていい程利益が無い。
いや、皆無だ。ただの意地である。それに邁進する姿勢を見せられれば、信じる価値はあると判断した。
故に一連の流れは事実であろう。
それでは世界の理を無視するその存在は何者なのだ?
「そうですね……湖の乙女ヴィヴィアンの、最後の恋人かな?」
澱みがない屈託な微笑みでそう答えるコウ。それは何処か懐かしんでいる様にリヴェリアは感じた。
しかし、聞いた事が無い。湖の乙女。どこの
ヴィヴィアンという名前の記載された本があるが、湖の乙女という単語は一言も出てきて無いし、何のことも無いヒロインや女性の名前だ。
最後の恋人という事はリヒトに殺された女性という事であろうが、湖の乙女という単語はやはり、引っ掛かりを覚えない。
そんな思慮に耽っていたリヴェリアを見て、コウは正解を言う様に口を開いた。
「アーサー王伝説に出てくる、精霊の名前です」
「!? アーサー王伝説は私は聞いた事が無いが、精霊という事は、そのお前の恋人の力があったからか?」
基本的に精霊の力は規格外だ。今はクロッゾしか表に出てきていないが、英雄達と轡を並べ共に来る敵と戦っていた精霊は大小あれど、通常ではありえない程の力であった。
今は既にその姿を隠し長い年月が経った故に伝承は少ないが、それでもモンスターが跋扈し、神の恩恵が無い時代を支えていた一つの柱である事は間違いが無い事実だ。
そしてギルドに最も知られてはならないコウの秘密だ。
クロッゾは表向きに有名になりすぎたのもあるし、その歴史を重ねていった事もあり公になっているが、コウは特別だ。云わばクロッゾの開祖と同じ力を持って居る事となる。それが大きな機関に知られると間違いなく面倒ごとが降りかかるのは自明の理である。
エイナからはそのような邪な雰囲気は全くと言っていい程漂っていなかったが、ではエイナの上司は? ギルド長は? そして、その上の存在。更にそこからの横の繋がり。それらを含めるといくつものパイプが張り巡らされている。
当然、各ファミリアにもだ。それに不可解な事件が起こった場合、それが何らかの力が働いていると分かった途端、事実がどうであれ、事態を収束させるために、でっち上げて犯人に仕立て上げられる可能性も無くはない。
それはコウにとって不利益だ。将来的にはオラリオで何処かのファミリアに所属してダンジョンを探索したい欲望もある。それは強くなりたいからである。
じゃあ、目の前のリヴェリアは大丈夫なのかと言われれば、分からないがコウの正直な気持ちである。相手も相当にパイプが張り巡らされているハイエルフ。とは言え此方から不利益になる事が無ければそこまで大事にはならないとは踏んでいる。
まずエイナと話して知ったが、冒険者は他ファミリアとの横の繋がりが非常に弱い。これは違うファミリア同士で結婚し、子供が出来た場合にどちらのファミリアに所属させるかもそうだが、普通に偵察等の諜報活動が容易になるからだ。
「はい。彼女が居なければ恐らくリヒトさんが既に母を助けていたかもしれません」
「という事は、お前は精霊の加護を得ているのだな?」
「……そうですね。そうなります」
「……心苦しいのは分かるが、私と二人っきりになったのだ。別に涙を見せても誰にも言いはせん」
そう、優しい顔でコウへとそう投げかける。
「いえ、もう涙は流さないと誓いましたので」
「……そうか」
そんな感傷に浸った雰囲気になる所にリヴェリアはもう一つ疑問をぶつけた。
「もう一つ質問をする。何故リヒトはお前の恋人を殺さなければならなかったのだ?」
とある切っ掛けに巻き込まれた。要約するとそう言っていたが、真実は暈されたままだ。
しかし、リヴェリアが知っているリヒトが人を殺してでも進むという事はよほどの覚悟があったのだと感じ取れる。彼が犯罪の道に走った経緯は分からないが、それでも、人を殺すというのは悪人になったからといって、おいそれと出来る事では無いのだ。
そして彼女は精霊という話。つまり、リヒトが希望を抱いた切っ掛けのその真実が、いまリヴェリアが発した質問に秘められていると、悟ったのだ。
コウは目を瞑り、その質問に答えてもいいかどうかを考える。
この女性を信用できるかと言われれば、信用できると思っている。
理由はいくつかあるが、ギルド職員に絶大な信頼があるという時点で、ほぼ信用できると判断は出来る。
まぁハイエルフという理由もあるのだろうが。それでも、今回の邂逅で納得してもらい、協力にありつければいいのだ。
勝手に背負った約束は、勝手に果たすつもりである。
「……魔剣アロンダイト。アーサー王伝説で湖の騎士、ランスロットが湖の乙女から授かり、所持していたとされる神が作りし聖なる剣。アーサー王が失脚する切っ掛けを作った際、仲間のしかも、仲間の子供を斬った血で魔剣に堕ちたとされる剣。それの起動に必要だったからです」
「……それが本当ならとんでもない事件だぞ。つまりは伝説が実在し、その剣も実在していたという事か? しかし、それほどの剣なのか? アロンダイトは」
「はい。その効果は所持者のレベルを一つ上げるという事です。これはリヒトさんが戦闘中に驚愕しながらそう発言しつつ受け入れていたのでほぼ間違いないかと」
そして、コウも良く知っている。
その言葉を聞いたリヴェリアはガタリと勢いよく席を立った。
「馬鹿な! 神の恩恵が施された者はその器を昇華させる際、偉業を成し遂げなければランクは上がらん! その法則を根幹から否定する程の物がある訳――」
「あったんですよ。だから伝説なんです。だからリヒトさんはそれを求めていたんですよ。母を助けるために」
眼を見開きながらゆっくりとリヴェリアは冷静になるように、その椅子へ座った。
「……なるほど。ならば一連の流れに納得が出来る。そして、リヒトを討った理由もな。そんな魔剣が世に出ればそれこそ、戦争が起こるぞ」
リヴェリアの脳内に思い浮かぶ好戦的な国。かの国は魔剣を求めている。
過去にエルフはそれにより被害が齎されているのだ、目の前のコウが止めてくれなかったら今頃大事件に発展していただろう。そして、それ程までリヒトは切羽詰まっていたのだという事もまた、感じ取れた。
「既に魔剣はヴィヴィアン……私の恋人共に喪われましたので、魔剣を巡って争いは起こらないかと思います」
「そうか、まぁ冒険者としては、一目見て見たかったものだが……つまりは、お前はレベル5の冒険者を屠れる強さを持って居ると判断していいのか?」
「……そうですね。とはいえ、手札を切らないとその戦闘能力になりませんので、今の実力は少なくともレベル4に瞬殺されるレベルですね」
実際の実力はコウには分からない。何故なら冒険者として生活したことが無いから。ただ、レベル1なりたての冒険者には今の状態であれば負ける事は無いと判断している。しかし、自分の力の立ち位置が分からないのは本当の話だ。
「……お前の依頼は助力……今までの話を察するに、リヒトの母を助けるための力が欲しいといった所だと思うが、その力で助け出せるのではないのか? 一人で」
オラリオ外の国々が抱えている最高の冒険者はオラリオの第二級冒険者の下位。つまりレベル3である。
それでも外の世界で事足りるのだ。つまり、レベル5を屠れるコウであれば余裕で助け出せるレベルなのだ。
それであれば助力の必要が無い。現に、リヒトもその剣で母を助けに行こうとしていたのだ。勝算は定かではないが、希望が持てる程の力であるのは間違いが無い。そのリヒトを屠ったコウだ。リヒトより可能性があるだろう。
「かもしれません。しかし、万全を期したいのです。もし、人質が取られたらさすがに人質を無視して戦闘は出来ません。そこまで冷酷になれませんからね」
確かに、とリヴェリアはそう思う。別段懇意にしているというか知り合いでもないエルフ達だが、同胞である以上、その犠牲はなるべく抑えたいのは本心だ。それが他種族だとしても。
「それに、その貴族がヴィヴィアンの命とリヒトさんの母を奪った元々の切っ掛け。なれば、多少なりとも過剰戦力でも良いのです。その蛮行を白日に晒し、法の下裁かれるのが一番いいでしょう。まぁリヴェリアさんにその処遇はお任せしますけどね」
そうなのだ。例えコウが能力を持って居ても、リヒトがキャラバンに入る事が無ければそれが起こらなかった。そしてキャラバンを率いる原因が、その貴族なのだ。つまりは、その貴族が全ての発端である。
まぁ、もっと言えばリヒトの母が身売りしなければ良かったのだが、それを言うと世の中が、生まれた境遇が、そもそも相手の状況を見て結婚したのが悪いで全て解決するので、そこまでは追求はしない。
貴族が発端故、鬱憤を晴らしたいコウの心理は理解できると、リヴェリアは納得いった。
「……ふぅー。すまないな。少々きな臭いと思っていたが、存外、考えている事が分った。そして謝罪しよう。コウ。数々の無礼、申し訳なかった」
吐き出す息と同時にリヴェリアから感じる圧力が抜けていき、まるで包み込むような雰囲気を纏うリヴェリア。
それと同時に、頭を下げられ謝罪され、わたわたと慌てたように手を振る。
「そ、そんな。こちらこそすみません。私の事を漠然としか話せなくて」
「ありがとう。いや、元々受けるつもりでいたのだ。……この依頼の報酬がなんであれ、な?」
「あ」
「まったく。冒険者に依頼する際に報酬の話を忘れるとはな」
報酬の話をすっかり頭の外へと弾きだしていたコウはリヴェリアの鶴の一言で漸く思い出し、小言を言われた。
それにすみません。と頭を下げた。
「報酬ですが、リヒトさんがその貴族に献上した魔剣全てです。まぁギルドに一本あれば手数料は事足りるでしょう。表向きにはその一本だけしか存在していないという事でお願いしたいです」
「……今日は驚かされてばかりだ。だが、正気か? 」
話を聞く限り、リヒトは魔剣を収集し貴族に献上する為にキャラバンを率いていたと語っていたが、魔剣一つでどんなに安かろうが百万前後。上等なものだと億は下らない。それらを長い期間かけて集めていたのだ、その数は一、二本程度ではないだろう。800万ヴァリスがあればそれなりの家がいくつも買えるのだ。
それをほぼ全て譲り受けるなぞ、正気の沙汰ではない。
「はい。……正直今は一村人の私に管理されるより、リヴェリア様に全て譲った方が安全ですし、間違いが起こらないかと思います。なにより、これを
そう、その通りだ。魔剣を大量に市井に流せばコウは一生お金に困らない生活が出来るだろうが、それはこの世界にとって不利益を起こす事は間違いない。売れたその100%がダンジョンで使われれば問題ないが、ダンジョン外に流れた場合、いや、端的に悪人に流れた場合目も当てられない被害が発生する可能性が非常に高い。
それはコウの本意ではない。そもそもコウは所持しなくても何時でも投影できるから要らないのが本音だが。
冒険者になれば売ってお金にしたいが、それがリヒトが収集してきた物であればそれはする事が出来ない。
であれば選択肢は一つ。リヴェリアに任せるのが妥当であると、コウは結論を出していたのだ。
その話を聞いたリヴェリアはコウの顔を驚いたような顔で見て、そして優しく微笑んだ。
女神も嫉妬する程の美貌に微笑みを向けられ、その美しさにコウは内心感嘆した。
もちろん、顔が朱に染まる事は必定であった。
「改めてこの依頼、ロキ・ファミリアのリヴェリア・リヨス・アールヴが請け負う事を宣言させて欲しい」
「受けて頂きありがとうございます。リヴェリア様」
「様はいらん。呼び捨てでいい」
「いえ、しかし……」
「私はコウに少なからず敬意を抱いているのだぞ? そんな者に様付けされると、むず痒くて敵わん」
何処か挑発する用でそれでいて、愉快な視線を向けてくるリヴェリアにコウは毒気を抜かれ、そんなフランクな表情を取れて超絶美形な王族とか、勝ち組じゃないか。とそんなどうでも良い事を思った。
「……わかりました。でも、この口調は外せません」
「何故だ?」
「何かフランクに接していたら誰かに闇討ちされそうで、とてもとても」
「気にしすぎだろう……まぁいい。それでは、エイナに仔細報告の後に作戦会議をしよう」
呆れた視線をコウに向けてやれやれと肩を竦めるが、その後にそう提案してきた。
「えっと、何処ででしょうか?」
「決まっている」
若干ドヤ顔をしているリヴェリアに可愛い所がありすぎだろと突っ込みを内心入れながら表面上ウキウキした表情で言葉を待つ。
「ロキ・ファミリアのホーム、黄昏の館だ」
ふふん。という表情でやり切った顔のリヴェリアに、おおおおという表情を作るコウだが、その内心は焦っていた。
(黄昏の館って何処だ?)
前途は多難であった。
誤字脱字等御座いましたらご指摘をお願いいたします。
独自設定てんこ盛りです。何かありましたらご意見お願いします。誓約書とか無いと冒険者と言うより、ファルナ刻まないメリットが無いので、恐らく有るだろうなと言う独断と偏見の物です。
人の死生観には色々意見があると思いますが、コウ君はこんな感じで行きますのでご理解をお願いします。
あとコウ君ランクアップの事は初耳ですが、知らない事でもビジネスとして円滑に進めるために知らない事も話を合わせる様に流してます。描写を入れようと思いましたが、どうにも雰囲気を壊してしまうので、あとがきに……すみません。