「そう言えばこれはやりかけの仕事でもあるな、おまえを殺せば心がもっとスッキリするだろう。そうだ殺すべきなのだ……そしておれは先に進む」
最強のパラサイト、後藤にとっては戦いこそが生まれてきた目的であり、これから先の生きる理由になるのだろう。
彼はより先に進むため、ミギーと新一を追う。
殺すために。

しかしその時、彼の身に予想外の出来事が……

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パラサイト

 パラサイト。

 そう呼ばれる生物が居る。

 

 彼らがどこからきたのか、そしてどのように発生した生物なのか、という事は未だに知られていない。

 しかし『生物としての特徴』に関しては明らかになりつつある。

 

 まず最初に、彼らは生物の体を乗っ取る。

 乗っ取られた生物……大体は人間であり、乗っ取られた人間の人としての生はこの時点で終わるのだろう。パラサイトは脳を乗っ取り、首から上を人外のものへと変貌させてしまうから。

 人外と言えど普段の見かけは人と変わらない。

 擬態しているのだ。

 彼らは形状や硬度を自在に変化させる事ができ、元々の人間の容姿、あるいは様々な人間の容姿に変身し人間社会に溶け込む事ができる。

 

 ここまでだけなら、被害は乗っ取られた人間の数だけで済むのだが、それだけでは終わらない。

 パラサイトは、乗っ取った生物と同種の生物……つまり、人間を食うのだ。

 首から下は人間と同じではあるが、パラサイトは人間とは違う生き物であり、本来は生物としての自己防衛でリミッターがかかる運動能力を普段から全開で発揮する事ができるため、高い運動能力を誇る。さらに痛覚も無いのか、体の痛みに無頓着なため、痛みで怯む事もない。

 だがそれ以上に首から上、彼らの本体とも言える部位は凄まじい速度で変形し、ゴムのような柔軟性や鉄のような硬度を再現し鋭利な刃、あるいは巨大な牙として人間に襲い掛かる。

 その速度は、人の反射神経では追いきれないほどの凶器であり、まさに人間の天敵とも言えよう。

 

 

 

 この物語はそのパラサイト、その中でも変り種とも言える二人の戦いから始まる。

 

 山道の道路を二台の車が走っている。

 二台の車と言っても並走しているわけではない。かなりの距離が離れている。一本道ではあるが曲がりくねった道路を走っているため、お互いの姿は視覚では確認できないくらいの距離だ。

 しかし走っている車は二台。

 頭上からずっと観察していたのなら、町中から走っているのを見ていたのなら、この二台の車が「追いかけっこ」をしているのが分かるだろう。

 

 パラサイトと言う種はテレパシーとも言える不思議な能力を持っていて、同属同士でならお互いの距離や相手の感情が大雑把にわかるのだ。そのために、二台の車はお互いを視認できずどもお互いの距離が何となく分かっているのだろう。

 その二大の車の運転手は両方ともがパラサイトなのだから。

 

 前を走る車はミギー。

 本来は人間の頭に取り付き乗っ取るはずだったのだが、寄生に失敗し宿主の右手と融合してしまったために、人間を食うという本能を持つ事も無く、宿主の人間と協力関係を結ぶ事になった変り種である。

 そして後ろを走る車には後藤と言う名で呼ばれるパラサイト。

 本来パラサイトは一人の人間を一匹のパラサイトが乗っ取るのだが、この後藤はなんと一人の人間の体に5匹のパラサイトが取り付いた存在である。

 頭と四肢、五体に取り付いたパラサイトが一つの意思の元に動く最強の変種。

 

 変種同士とは言え、お互いパラサイトであり本来は仲間同士であろうこの二人だが、現在は敵対関係にある。

 

 ミギーには人間を食い殺そうとするような意思はなく、その宿主である少年、泉新一もパラサイトの味方をするような事はしない。むしろ人間である彼にとって人を食い殺すパラサイトに対しては嫌悪感があり、さらには母親をパラサイトに殺された事などもあり、パラサイトに対する敵意をもっているくらいである。

 そして後藤。彼は元々パラサイトが持っている「人間を食い殺せ」という本能が5体分、それを一つの意思の元に制御される事で、他のパラサイトとは桁違いの闘争本能を持つに至らせてしまい、戦いこそが生きる目的となってしまった存在であり、更に彼はかつて自分の所属するパラサイトの集団からミギーと泉新一を殺すという仕事を請け負った事もあり、ミギーと泉新一に対する明確な殺意を持っている。

 

 その二人はお互いが殺しあうため……と、言うより襲い掛かってくる後藤から身を守るための戦いが、今のカーチェイスとなって現れている。

 本来は自分の足で走ったほうが車より速い後藤も、かつてミギー・新一との戦いの途中に車に跳ね飛ばされた事もあり、それを警戒してか生身ではなく車を使って移動しているわけだ。

 

 

 どこまでこのカーチェイスは続けられるのか……と、言うところで前を走る車、ミギーの運転する車は足を止める。

 ただ停車したのではなく、即座に方向転換。

 ついに逃げる事を止めたのか。

 

「シンイチ、シートベルトを外せ」

「なんか……ひでえこと考えてない?」

「ひどいなんてとんでもない。うまくすりゃすべて解決だ。しっぱいしたらそれまでだけどな」

 

 ミギーが操作する車の運転席で交わされる会話。

 曲がりくねった山道で、いまミギーの車が向いているのは、登り道を大きくターンしている道の一つであり、曲がらずに真っ直ぐ走れば道を外れ、崖から車が転がり落ちてしまうような危険な道である。

 そして、その下にあるのは自分たちが走ってきた道路。

 

 ミギーの指示に従いシートベルトを外した新一は崖に向かって猛スピードで急発進した車の運転席から飛び降りる。

 何を狙っているかはもはや明確。

 

「……たぶん命中する」

 

 パラサイト同士でお互いの位置が分かるミギー。彼は上手くお互いの距離と速度を計算して、行動を起こした。

 無人の車を崖から突き落とし、崖下の道路を走っている後藤の車にぶつけるという作戦である。

 

 いかにパラサイトが生物として圧倒的であり、後藤はその中でも最強の生物とは言えど所詮は人間大の生物。

 1トン弱の金属の塊である乗用車が高速で、それも高いところから落下する事によって発生する運動エネルギーの直撃を受ければひとたまりもあるまい。

 

 人間以上に冷静であり、さらに一日で日本語を完璧にマスターするほどの知能を誇るパラサイト・ミギーの計算能力は正確だった。

 ミギーの読み通り、車は崖の下の道路を走っていた後藤の車に見事直撃。

 轟音と黒煙が証明するように、すさまじい威力があったのだろう。

 後藤はここで、完全にこの世から去った。

 

「やった! やったぞシンイチ!」

「ミギー?」

 

 元から持ち合わせる精神構造の違いも有るのだろうが、常ならばいかなる死地であろうとも冷静さを失わないミギーが歓声を上げる。

 最初はそれに面食らった新一だが、すぐにそれもそうかと思い返す。

 

 彼にとってもミギーにとっても、後藤は生物としての性能が圧倒的に上な存在であり恐怖の象徴だったのだ。

 そんな後藤を倒す事ができた、つまり死の恐怖が去ったのだと思えば歓声の一つも上げたくなるであろう。

 

「は、はは……そうだな、そうだよ! ははは! 勝ったんだ! 俺たちは生き残ったぞ、ミギー!」

「ああ、やったぞシンイチ! 私もこんなに上手くいくとは思わなかったぞ!」

 

 ミギーと新一、二人……あるいは一人と一体は、暫くの間お互いの勝利を称えあい、喜びを分かち合った。

 ひとしきり感情を表現した後、新一はふと我にかえり、ミギーに尋ねる。

 

「あ~、よかった~……所でミギー」

「なんだいシンイチ?」

「俺はここからどうやって帰れば良いんだろう」

「歩いて帰るしかないだろう。こんな山道だ、平日に君を拾ってくれる車が都合よく通るとも思えん」

 

 ここは町から車で相当な距離を走って到達した山道である。

 それにミギーの言う通り平日だ。人が通る確立は少ないだろう。

 

「大体、君が関係ない人間を巻き込みたくない、人のいない所で後藤と戦いたいと言ったんだ。それ以上の事に私は責任を持てないね」

「お、お前な~」

「あっ!」

「ど、どうしたミギー!?」

「眠くなってきた。私は眠る。シンイチ、君には足があるんだから、自分の足で歩いて帰ってくれ」

「なにー!?」

 

 そして、ミギーは言うだけ言って眠りについた。彼は一日の中で数時間ほど、完全に意識が途切れる睡眠時間という物が在るため、これはどうしようもない生理現象でもある。

 

「ちっきしょ~、一人だけ楽しやがって~……ちぇっ、こんな事なら後藤と正面から戦ってやっつけた方が楽だったぜ!」

 

 喉元すぎれば熱さ忘れる、という諺にあるとおり、今の新一には後藤の恐怖よりも長距離を歩かなければならないという事実の方が、目を背けたい現実になってしまっている。

 それでも嘆いていても仕方ないか、と諦め半分で歩き出す。

 

 この後、今まで乗っていた車はコンビニに止めてあった他人の車を盗んだものだった事や、後藤に襲われる恐怖から学校をサボっていて出席日数が足りなくなるなど、色々な困難が彼を待ち受けているのだが、それでもここに一つの戦いは終わりを迎えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、その一つの終わりが一つの始まりに繋がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 舞台となるは、こことは違う世界。

 

「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン、我の運命に従いし使い魔を召喚せよ!」

 

 6000年の歴史と魔法という技術をもったメイジ……貴族が生活を支える世界、ハルケギニア。

 ここはその世界のハルケギニア大陸、トリステインと言う国にある魔法学園の中庭である。

 現在、学生達が二年生に進級するための試験である「使い魔召喚」の儀式の真っ最中である。

 

 メイジの魔法の中には使い魔召喚というものがあり、その召喚によって呼び出された使い魔は呼び出したメイジのパートナーとして、これからの生涯を供にする事になるのだ。

 この使い魔召喚という魔法は、それ自体が難易度が高いというわけでもないのだが、呼び出された使い魔はメイジの才能や力量に比例すると言われており、幼いメイジが一人で召喚して使い魔を呼び出したとき、凶暴な魔獣が現れメイジに害をなす危険もあるため、魔法学園の試験と言う形をとる事で、熟練の試験官の監視の下でなるべく安全に事を成そうという意味合いを持っている。

 

 そんな使い魔召喚の儀式だが……

 

「また失敗だ!」

「所詮ゼロはゼロだな!」

「見苦しいったらありゃしない」

 

 数々の生徒が口汚く罵声を浴びせかける。

 罵声を浴びせかけられる対象の少女は、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。トリステインの貴族の中でも有数の貴族、公爵家の三女である。

 本来なら学生同士といえども、家の格から言って彼女にそんな罵声を浴びせかける事は大半の生徒にとって許される事ではないのだろうが、ここではそうではない。

 別に学生同士の無礼講、というのが理由ではない。

 この世界の貴族は魔法によって人の生活を支える役目を持っている為に、魔法の才能が大きく取り沙汰される。

 そうは言っても、魔法の腕が良ければ格下の貴族が格上の貴族に唾を吐いて許されるような事でもないのだが、ルイズに対してはそれ以前の問題になっている。

 彼女は魔法の腕が「低い」のではなく「無い」のだ。

 どんな魔法を唱えても、どんな簡単な魔法であってもなぜか爆発を起こしてしまうという不思議な体質をしている。

 メイジとしての完全な無能、それがゆえに「ゼロのルイズ」とあだ名され、周りの生徒から嘲笑の対象となってしまっているのだ。

 

 そんなルイズは今もまた、魔法に失敗してしまった。

 メイジにとっては簡単な初歩の魔法に分類される使い魔召喚の魔法であるというのに。

 

 何度も何度も失敗し、これで最後だからと挑戦した結果が爆発、そして濛々と上がる煙である。

 ルイズは屈辱に震えるが、もはやどうしようもなかった。

 誰よりも努力をしたはずなのに、その結果がこれだから。

 

 試験官である教師、コルベールはそんなルイズを見て同情の意を持ってはいるが、試験は試験。

 一人だけ特別扱いする事は許されず、また魔法は使えずとも人一倍貴族の誇りに拘る彼女はそんな同情からの特別扱いを求めはしないだろうと、複雑な思いを抱かずには居られない。

 人一倍努力しているこの少女に始祖はなぜ、人並以下でも最低限度の魔法の才能をさずけてくれなかったのだろうか、と。

 

「ミス・ヴァリエール……残念ですが……ん?」

 

 諦めを促すよう、コルベールはなるべくルイズを傷つけないように方に触れようとしたが、そこでふと気付いた。

 ルイズの魔法失敗によりあがる爆発、その爆発の煙の中に何かが居る事に。

 

「あ?」

 

 煙の向こうに見える何かの影。

 ルイズは何もいないところに向けて杖を振り爆発を起こしたのだ、本来は煙が晴れてもそこには何も居ないのが正解なのだが……

 

「な、何か居るの? わ、私の魔法っ、せ、せい、成功!?」

 

 煙の向こうに何かが居る、という事は自分の魔法が成功した証か。

 生涯初めての魔法の成功にルイズは喜びの声を上げる。

 その事に気付いている生徒はまだ少ないが、煙が晴れればすぐに分かる事だろう。

 

 しかし、一方で試験官のコルベールは背筋に嫌な冷たさを感じている。戦場ですら感じたことの無い恐怖からくる寒気を。

 あえて近い物をあげれば人間以上の力を持つ凶暴な獣を前にした時のような、本能的な恐怖であろうか。

 

「ミ、ミス・ヴァリエール! さ、下がりなさい!」

 

 咄嗟に、フラフラと煙の先の影に近寄ろうとするルイズにコルベール。

 そこでルイズも気付く。そういえば、召喚された時点の使い魔となる生物は、大体が呼んだメイジに最初から好意を持つようにはなっているが、それでも時々メイジを襲うものも居るという事に。

 ちゃんと契約の魔法を使えば、もう安心になるはずなので、ルイズが安心するのはまだ早いという事だ。

 

「は、はい。大丈夫、私は冷静ですミスタ・コルベール」

 

 内心は全く冷静ではないが、逸る気持ちを押さえルイズはそう返事をしながら煙の先を見る。

 ここに至って周りで野次を飛ばしていた生徒達も、ルイズの魔法失敗による爆発の煙の中に何かが居る事に気付きざわめく。

 

 どうだ! これで私はもうゼロなんかじゃない! ゼロとなんて呼ばせない!

 

 ルイズはそんな気持ちで煙が晴れるのを待ったが、煙が晴れた先に居た存在はルイズを大きく落胆させるものだった。

 煙が晴れるに従って、その中に居るもの、ルイズが召喚したものの姿が明らかになる。

 それは背丈がかなり高く、逞しい体つきをした……人間だったからだ。

 

「ルイズ、サモン・サーヴァントで平民を呼び出してどうするの?」

 

 

 

 

 

(なんだこれは?)

 

 一方、ルイズによって呼び出された存在……後藤は少なからず混乱していた。

 本来は頭に寄生し乗っ取るはずのパラサイト、それが右腕だけにしか取り付けなかった半端モノを殺すために追いかけていたはずなのだ。

 以前、追い詰める寸前でトラックに正面衝突をくらい、かなりのダメージを受けた経験もあったので、生身ではなく車を使って追っていた所、複雑に曲がりくねった山道を走っていたら頭上に車が降って来た。銃弾より早いという事は無いが、それでも人間からすれば比べ物にならない素早さをもつ後藤は咄嗟の判断で車から飛び降り、自分の身に車が直撃しないように避けたはずなのだが、車から飛び降りた先に急に光が現れその光に飲み込まれてしまった、という所までは覚えている。

 そして気付けばここに居た。

 すくなくともさっきまで自分が居たはずの山道では無い事は確かだ。

 周りを見渡せば山道ではなく平地になっているし、アスファルトの道路も見当たらない。

 そしてそれ以上に周りに居る人間達。皆が皆、似たような恰好をしているのだが、マントに身を包んでいるのだが仮装大賞だかの祭が行われているわけでもないようなのもまた不思議だ。顔立ちも大体が若そうで20もいってないように見える。おそらくさっきまで追いかけていた半端モノのボディと同じかそれより年下くらいだろうか。

 周囲の人間達が日本人風ではないが、さらに不思議なのはその周りに居る動物達。

 後藤が見たことも無いような動物だらけなのだ。元々動物にそれほど興味を持って居なかったが、それでもドラゴンのような動物なんかを見れば、いい加減気付く。

 ここは、自分の居た世界とは違う世界なのではないか? と。

 

 一体何がどういう理由で自分がこんな世界に来たのか……答えの出そうにないその疑問に後藤は大きく混乱する事となった。

 

 

 

「ちょっとアンタ!」

「む?」

 

 そんな混乱をしている後藤に声がかかる。

 かけた相手はルイズである。

 ルイズは大きくイラついていた。

 初めて成功したと思った魔法、それで呼び出されたのが平民なのだから。

 平民と言うが、貴族も平民も所詮は人間。生物としての外見だけでは普通は判別できないはずだが、基本的に貴族はマントを身に纏い杖を所持している。それがゆえに、人目で平民と判別が出来る。

 その点、後藤はどう見ても平民といえるだろう。

 普段なら自分の見た目に合わせて落ち着いた服装、スーツを着用し人の世に紛れていたが、今はミギーを追い詰め殺す事を考えていた為に体の動きが阻害されないように、かつ両手両足を変形させても一々破ける事の無いようにと、ランニングシャツと短パンと言う姿であったのだから。

 見たことの無い服装とは言え、そんな布面積の少ない服装を貴族はしない。だからこの世界において、後藤は誰が見てもまごう事なき平民と認識されてしまうのだ。

 そんな平民を召還した事がルイズのプライドを大きく傷つけていたが、今は背に腹は変えられないと、契約をする為に後藤に近づき声をかけたわけだが……

 

「ミス・ヴァリエール! 下がりなさい! 近づいてはなりません!」

 

 突如、そんな声がかかる。

 声の主は魔法学院教師のコルベール。

 炎蛇という二つ名を持つメイジなのだが、温厚な性格から普段は周りの教師や生徒からは軽んじられている。が、その二つ名はけしてハッタリなどではなく、かつては戦場で何人もの人間を焼き殺した経験を持ち主である。

 大量の人間を殺し、その死に触れてきた経験を持つコルベールは、ルイズが召喚した一見すると平民に見える男の異常性が理解できてしまった。

 視覚的にはルイズが召喚したものはみすぼらしい服装の平民としか見えないかもしれない、しかしコルベールには後藤が平民どころか人型の生物とすら思えなかったのだ。

 それゆえに、後藤に近づこうとするルイズを静止しようとしたのだが……

 

(なによ! 私が平民を召喚したからってバカにしてるの!? それとも平民は使い魔とは認めず、私の進級を邪魔するって言うの!?)

 

 ルイズにはそのようにしか思えなかった。

 ルイズにとっては後藤はただのみすぼらしい服装の平民にすぎず、その平民を召還した事が屈辱であるし、その平民に近づくなと言われれば、それもまた自分に対する嫌がらせとしか受け止める事が出来なくなってしまっていたのだ。

 冷静に考えれば、コルベールは変わり者では在るが普段から温厚で、よほどの事がなければ生徒を否定するような事はしないし、さっきのような強い声を出すことなどありえない教師で、そんな彼が大きな声を出して静止するからには何らかの意味があるのでは? と思うことも出来たかも知れない。

 しかし冷静さを欠いた今のルイズにはそれが出来なくなってしまっていた。

 

「ちょっとアンタ! 頭を下げなさいよ!」

 

 強い口調で後藤に命令を下す。

 平民であれば、使い魔であろうと無かろうと貴族の命令に従うのが義務であり、何も躊躇う必要は無かった。

 

「お前は何だ? 一体ここはどこで、何をしているんだ?」

 

 それに対する後藤の返事はルイズの望むものから遠いもの。

 平民であれば貴族の命令には何も考えず喜んで従うべきであるのに、従うどころか逆にタメ口で質問までしてくる始末である。

 

「アンタは! 私が使い魔召喚の魔法、サモン・サーヴァントで呼んだ私の使い魔なのよ! 契約の魔法をするから、ちょっと頭を下げろって言ってるのよ!」

「……何を言ってるのか分からんな」

 

 更に説明までしてやったのにこの態度、これにルイズはさらに癇癪を立てようとしたのだが、それは適わなかった。

 

「とりあえず黙れ」

 

 目の前の平民がそう言った瞬間、顔が巨大化したように見えた。その巨大化した顔の口が大きく開かれた次の瞬間に視界が真っ暗になり、ガチン! という硬い音が耳の奥で聞こえたような気がしたのが、ルイズの人生における最後の思考となったのだから。

 

 

 

「なっ」

 

 その光景を見たコルベールは一瞬、自分の頭がおかしくなったのではないかと錯覚した。

 ルイズの召喚した使い魔となるべき存在、それが尋常の存在ではないと本能が察知していたのだが、今見た光景はそれ以上に非常識なものであったからだ。

 鋭い目つきの黒い髪の男の顔が膨らんで見えた次の瞬間、大きく口を開いてルイズの頭、鼻から上の部分を食いちぎるという非常識な光景。

 

 一瞬、時間が止まったかのように思えるような間が出来たが次の瞬間。

 

「ギャー!」

「ば、ば、ば、バケモノ!」

「うわ、う、う、うわあああああ!」

 

 蜘蛛の子を散らすように、とはこういう状況を言うのか。あまりの出来事に腰を抜かした数人の生徒以外は、皆が皆、我先にと逃げ出した。

 

「さて、これからどうするか……」

 

 ボリボリと口の中の食料を咀嚼しながら後藤は考える。

 パラサイトという種の本来の本能は「この種を食い尽くせ」というもので、栄養の観点で優れているなどを考えずに、人間を食べたいという欲求が大きくなるのだが、後藤はそれ以上に闘争本能が大きく、戦いこそが自分の存在理由と考えている。

 

 と、なればここでも戦うべきなのだ。

 今、やたらピーチクパーチクとうるさい小娘を食い殺したのもその一環である。

 人間のように複雑な感情に支配されず、基本的に合理的で目的を果たす意外の事は考えないパラサイトだが、後藤はそれでも自分を客観的に、そして今の状況を考えて動いた。

 

 まず、ここは恐らくは自分の居た世界、地球ではないのだろう。見たこともない、知らない生物が沢山いたり、人間の頭髪の色も元の世界に比べカラフルで個性的、そういった要素からそう予測を立てた。

 そして、こいつらは魔法学院がどうとか言っていたという事は、魔法を使えるのだろう。自分を召喚したというのも魔法による力のようだから間違いない。

 魔法とやらがどのくらいできるのかは知らないが、人間は地球で最も賢い生物のはずであり、同種を殺す能力に長けそのための工夫を練磨する種族なのだから、魔法もまた戦闘に使うことが出来ると思える。

 ならば、その魔法とやらが一体どれ程のものか? と考え、期待してしまう。

 戦うことが生きがいであり、敵を殺す事が目的の生き物だがそれでもただ何の抵抗も無く死ぬ敵よりは、工夫をして様々な手段の戦いを見せてくれる敵の方が戦っていて嬉しいのだから。

 

 そら来た。

 

 顔には出さないが、後藤は楽しげに反応する。

 やかましい小娘が自分に近づく前、小娘に制止の声を上げていた男。

 こいつだけは、小娘を含む周りの人間どもよりも年齢がだいぶ上であり、小娘に対し制止の声を掛ける権限を持つ事から上位者、この場の責任者のような存在だったのだろうというのは想像がついていた。

 ならば、小娘が殺された時にこの男はどういう反応を取るだろうか? まぁ逃げる事も考えられたが、そうはならなかった。予想通り、というよりは希望通りと言うべきか。

 

 後藤が生まれて始めてみた魔法は火であった。

 男が杖を手に小さく口を動かし何か言葉を発したかと思えば、なんと巨大な炎が一条の列をなし、まるで炎で出来た蛇のようだ。生きた蛇そのもののように思える炎は凄まじい速度でもっと後藤に襲い掛かる。

 

「すごいな」

 

 初めて見た魔法に、どこか感動したように後藤は呟く。しかし、思考は常に冷静であり、体は適切な行動を取ってもいる。

 炎と言うのはパラサイトに対してかなり有効な手段であろう。後藤だってもし急に体に火をつけられれば、その火が小さいものであってもギョッとして体の制御を仕損じてしまうかも知れない。

 しかし最初から備えていたのならば、冷静に対処し火が体につかないように避ける事はたやすい。

 たしかに炎の蛇とも言うべき魔法は凄まじいものを感じた。巨大な炎の蛇が高速で迫ってくれば、まともな人間であれば避ける事もできずに焼けて死ぬだろう。

 しかし、後藤は人間よりも広い視界と反射神経、そして高い運動能力にくわえ、四肢がパラサイトの頭部と同じように超高速で変形し、自在に形状を変化させる事が出来る体なのだ。

 

 後藤はコルベールを見ていないようで、じっくりよく観察していた。

 それゆえに、何かが起こればいつでも動けるように備えていたし、現に今こうやって動いて避ける事に成功した。

 だが敵から見て後藤の姿は見えたかどうか? 自分の出した炎に隠れて素早く動く生物は見えなかったのではないか?

 既に後藤はコルベールから見て、左後方にまで動いていたのだから。

 

「ふん」

 

 そして、両腕の先端を刃物に変形させそれ以外の部分は素早く伸び縮みするゴムのような筋肉のような形をとり、後藤は素早く躊躇わずに敵の首を切断した。

 

「さて」

 

 たった一度の接触で決め付けるのは愚かな事だが、それでも今の戦いで魔法とやらに対して自分は戦えることを確認した後藤は周りを見渡す。

 周りに居た人間共の大半は一目散に逃げ去り、その側に居た謎の動物達も逃げ出したのだが、何人かはこの場に残っている。恐怖からか腰を抜かし気絶しているものも居るが、まだ意識を保っているのも何人かはいた。

 

「おい」

「ひいいいいっ」

 

 その中の一人、肥満体の子供を蹴り飛ばしながら、後藤は情報を集める事とした。

 恐慌状態だからか意思の疎通にも難儀したが最低限度の事は聞き出せただろう。

 途中、杖を手に持っていることに気付いたのか攻撃をしてこようとした事もあったが指を全部切断して杖をもてなくすればあっという間に素直になったものだ。

 

「まぁ、この世界の事、全てを聞き出せたとは到底思えんが……」

 

 それでも太った子供から得た情報で後藤はここが地球とは違う世界、すくなくとも地球以外の星であることには確信を持った。

 だからと言ってどうという事も無い。

 

 殺そうと思って追跡していた半端モノ……たしかミギーと言ったか。奴らを殺し損ねた事は心残りだが、違う世界に来てしまってはこれから先に奴らと戦う機会はないだろうからもはや諦めるしかない。

 しかし、しかしだ。

 もう会える可能性の無さそうな特定の相手などに拘る必要などはどこにもない。

 世界が変わろうとも戦う相手ならいくらでも居るのだから。

 

 例えば―――

 

「どうした? 囲んでいるだけか?」

 

 例えば今、ここに居る連中のように!

 

 逃げ出した子供達が通報でもしたのであろう。前の世界でもこの世界でも、魔法がある世界でもない世界でも、人間の本質なんていうのは対して変わらん。

 騒ぎが起これば警察なりの法的機関が動き出す。

 そいつらを相手にすれば、戦う相手に事欠く事も無いだろう。

 今、後藤を囲むように陣取るのは人間達。

 杖を持った奴らも居るがそうでない連中、剣や槍のような原始的な武器を持った奴らもいる。

 太った子供からの情報で、魔法を使えるメイジは貴族だけであり、力ない平民は剣や槍などの武器で武装すると知った。

 だがそいつらはそれほど戦力として期待されて無さそうなのは、見ただけでわかる。

 やはりこれから戦う相手として気をつけるべきは魔法使いなのだろう。

 

「さて……魔法か。魔法使いの戦いがどういうものか……見せてもらおうか」

 

 未知のものへの興味、そして自分の本能の望む戦いへ思いを馳せ後藤は動き出す。

 ここから始まる戦いに向けて。


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