連載については期待しないでください。
ちなみに作者のリズムゲーのセンスは中々にクソです。
とある休日の昼下がり、一人の青年がぼんやりとテレビを眺めていた。
そこそこ整った顔立ちに、眠たげな瞳をした青年の名は氷川士貴。とある大学の二回生を元気にやっている。
そんな士貴に声をかける一つの人影が。
「ねえねえ、お兄ちゃん」
人影の正体は、氷川日菜。士貴の妹に当たる存在だ。
アイスグリーンに近い色合いの髪に、好奇心に満ち満ちた瞳に加え、整った目鼻立ちをしており、慣れているとは言え、たまにドキリとさせられる。
相も変わらず、妙に距離が近い。身内だから良いが、パーソナルスペースというものをもう少し教育しておくべきだったかと、士貴は嘆息する。
「…何だ?」
とは言え、言ってどうにかなるようならば、士貴が彼女に対して手を焼くことはなかっただろうが。
「私、これに応募してみようかな~って思うんだけど、どう?」
そう言って彼女が見せてきたのは、とある芸能プロダクションの主宰するオーディションのチラシであった。
自分よりも両親に相談すべきだろうとは思ったが、その辺は自由にさせてくれているため、最終判断は士貴に任せられたのだろう。とは言え、将来にも係わり得る、重要なことでもある。
少し考えた後、士貴は口を開く。
「…まあ、良いんじゃないか?受かったら、何か美味しいもんでも作ってやるよ」
まあ、そう否定するものでもないだろう。何だかんだ飽き性な目の前の妹が興味を持ったことだ。応援してやるのも歳上の務めだろうと考えたのだ。
「ホント!?じゃあ、ハンバーガーが良い!!」
士貴の言葉に喜色満面といった様子で笑みを浮かべる、日菜。
「受かるの前提かよ…まあ、別に構わねえけど、契約書とか貰ったら、書く前にちゃんと父さんや母さんにも見せろよ?」
そんな妹の反応に少しばかり呆れを滲ませながらも、了承する士貴。
「は~い♪」
日菜は、兄の言葉にそう返事をしつつ、忙しなくパタパタと自室に向かっていった。
「はあ…何か日菜なら、普通に受かってきそうだな…」
やること為すこと人並み以上にこなすあの妹のことだ。狭き門とは言え、受かってもなんの不思議もない。
「…材料の用意だけはしとくか」
そう言って、惰性で見ていたテレビを消し、冷蔵庫の中身を確認するために立ち上がった。
◆◆◆
「…ただいま」
士貴にはもう一人妹がいる。日菜の双子の姉でもある氷川紗夜だ。
顔立ちは双子と言うだけあって、日菜と非常によく似ている。ただ、性格や浮かべる表情に加え、髪型もまるで違うので、判別自体はかなりつきやすいのだが。
とは言っても、仮に髪型や浮かべる表情が同じだろうと、士貴は見分けられる自信はある。長年の付き合いは伊達ではない。
「おう、紗夜。おかえり」
「ごめんなさい、兄さん、少し遅くなってしまって…」
相も変わらず、こっちはこっちで真面目過ぎる。日菜と足して二で割ったくらいだったら丁度良かったろうにと思いつつ、苦笑する士貴。
別に不健全な夜遊びをしていることじゃないことくらいは、士貴も知っている。きちんと携帯に連絡も入っていたのだから、気にするほどでもないことなのだが。
「あんまり、気にするような時間でもねえよ。まあ、あんまり遅くなるようだったら、迎えくらいにはいくから、遠慮なく頼れよ?大学生だから、時間に融通は利くしな」
真面目で融通が利かない面もあるとは言え、士貴にとっては可愛い妹なのだ。心配する位は罰も当たるまい。
「はあ、兄さん、時間に融通が利くなら、これからはレポートを終わらせてから言ってください。兄さんは見通しが甘い所があります。家事をしてくれるのは助かりますが、学生の本分を忘れてしまっては困ります」
「はーい…」
罰は当たらなかったが、お説教は食らってしまった。下手に言い訳をすると、更に怒らせてしまう可能性もあるため、おとなしく返事をする。これさえなければ、手伝いもしてくれる、良くできた妹ではあるのだが。
まあ、これもこれで、士貴と紗夜なりの信頼関係ではあるので、直して欲しい所かと言われると、微妙なラインだが。
◆◆◆
何だかんだと言って、この双子の妹たちのことを士貴は気に入っているのだ。
二人のギクシャクした関係を多少なりとも取り持とうとするくらいには。
たとえそれが、血の繋がりがない関係だとしても。
◆◆◆
日菜は天才だ。才能という言葉で色々と片付けてしまうのは、士貴自身あまり好きではないが、こと日菜に関しては、他にふさわしい言葉が上手く見つからないくらいに、圧倒的な才能の塊だと言っても過言ではない。
紗夜もまた優秀ではあるのだが、秀才という言葉にとどまるだろう。まあ、ほかにも魅力的な面があるし、日菜にも短所があるため、一概に比べられるものではないと士貴は考えている。
そんな紗夜が日菜に対し、劣等感を持っていることには、随分前から気付いてはいた。
ただ、気付いたからどうにか出来るかどうかは話が別だ。
こういった問題はデリケートなものだ。こちらが姉妹の存在は比べられるものではないということを説明しても、それを受け止めきれる心が形作られるのは、様々な物事を経験して初めて出来ることであるし、どうしても比べようとする狭い視野の人間がいるのも確かだ。
何より、紗夜は非常に真面目だ。他ならぬ紗夜自身がどうしても比べてしまう部分があるのだろう。
彼女はその真面目さ故に、正面から向き合い過ぎてしまっているのだ。だからこそ上手く折り合いをつけきれていない。
そこに踏み込むのは、長年の付き合いとは言え、躊躇われるものだ。
いや、正確には士貴もまた『血の繋がり』という劣等感とも罪悪感ともつかぬものを意識してしまって、踏み出せないのだ。
妹たちは士貴との血の繋がりがないことを知らない。その事を知ったことで覆るような、それほど浅くはない仲だとは思っている。思っているが、拒絶された時のことを考えると、恐怖で身がすくんでしまう。
だからこそ踏み出せない。二人の心情を慮って、ケアをするような、さりげない手助けしか出来ていない。
「…どうにも上手くはいかんもんだな…」
溜め息をつきつつ、食器を洗う士貴。考え事をしつつも、手は休めない。
「また紗夜が悩みそうなことも増えるし…」
紗夜と日菜が揃ってギターをやっているのだ。しかも、珍しく日菜が紗夜の真似をしたがったわけでもなく、だ。まあ、切欠の一つくらいにはなっただろうが。
これを紗夜が知れば、どうなるだろうかと言えば、結果はともかく、過程はあんまりよろしくないことになるのは想像に難くない。だが、いつまでも隠し通せるものでもない。
「どうしたもんかね…」
どれだけ最適なタイミングで言ったとしても、それなりに反発は起きるだろう。
結局のところ、なるようにしかならず、士貴に出来るのは、起きた後の対処しかないのだ。
――血の繋がった兄妹であれば、上手く事を運ぶことができただろうか。
「……とっくの昔に割り切ったことだろ。しっかりしろ」
頭を振って、そんな益体もない考えを振り払う。
気付けば、洗いものが終わったにも関わらず、水を流したままであった。
慌てて水を止め、濡れた手を拭う。
「うん、ま、どうにかなるだろ」
せめて
「しかし、何でよりにもよって揃いも揃って、ギターを選ぶかね…」
そんなことを呟き、士貴は溜め息を吐いた。
◆◆◆
「今日はお兄ちゃんの特製ハンバーガーに決定♪っと」
スマートフォンを操作しつつ、兄に向けてメッセージを送る。
その手には『オーディション合格通知』と書かれた紙が握られていた。
「う~ん、何かるんっ♪てしそうな気がしてきた!」
◆◆◆
「…ダメ…このままじゃ…」
今のバンドでは限界なのかもしれない。もっと、もっと高みへ上り詰めなければ――
「…もう一度だけ、練習しておきましょう」
◆◆◆
そんな、様々な思いを抱えた兄妹たちに大きな転機が訪れるのは、少し後のことであった。