妖怪の山のとある屋敷。
そこで一人の鴉天狗は怒りに満ちていた。
「なぜ呼び出されていたのかはわかっておろうな、貴様」
目は血走っており、拳は強く握られている。また声色からかなり我慢していることがわかる。大抵彼のこのような姿を見たものは恐れおおのくのだが、目の前にいる部下の鴉天狗は胡坐をかき頬杖をついている。
簡潔に言えば好青年。灰色の甚平を着ており左目には浅いが一閃の古傷が入っている。また口は上司にはよく見えないようにだが、この世のすべてを皮肉るように少しだけ口角が上がっていた。
一旦考え込むような仕草をしたのち、淡々と述べていった。
「いやー。なんなんですかねぇ。
上司である貴方様の枕元にエロ本置いて朝っぱらから奥さんにビンタさせたこと?
河童の作ったスピーカーで妖怪の山中に○ラナイカを流したこと?
〈真夏の夜の○夢〉を人里に配布したことしたこと?
秋姉妹の住処にスプレー缶で大きく『守谷見参夜露死苦堕世』と書いたこと?
それとも葛城様秘蔵の幼女のイラスト集とか漫画を会議の資料と混ぜておいたことですか?」
「ぜ・ん・ぶ!!ZENBU!!全部!!それ全てだ!!お前かなりやっていたんだな!!・・・というかあれ葛城のだったのかよ」
「LOとか表紙に書いてありました」
「うわぁ、ロリコンだったのかよあいつ。あんまり娘とは会わせないほうが・・・ってそれはどうでもいい!!」
お菓子をくれたり預かってくれたりといいやつだと思っていたが予想外の性癖を持っていたことに驚く。そういえばなんか娘に向ける視線がなんか普通じゃなかったな。
「どんだけ苦情が来ていると思っているんだよ!!
今朝から嫁と娘からは軽蔑の眼差しで見られるわ
ホモがホイホイ出てきて一部が発展場になってノーマルにもかかわらず襲いだすわ
人里じゃぁ親御さんたちから教育に悪いからやめろとか言われるわ
ワシに御柱を落とされそうになるわ・・・」
自分から言い始めておいたのだが泣きたくなってきた。今日だけではない。もうこのような事態が何日あったことか。それもどうして事後処理を上司である自分がせねばならんのかと嘆きたくなる。
そこからは上司による長々とした説教が始まった。最初のころは悪い点を挙げて叱っていたが徐々に熱が入り、理想の部下は何たるかという演説になりしまいには愚痴になってきた。それこそ周りが見えなくなる、盲目的なほどの語らいだった。
「――と、いうわけだ。わかったな?」
しかし彼はそこにはいなかった。
代わりにあるのが一枚の用紙。一瞬あっけにとられるがいったい何なのかと見てみると
拝啓 鞍馬様
むしゃくしゃしてやりました。ですが反省はしておりません。後処理、おねがいしまちゅ
「あ゛あ゛あ゛ん゛ま゛り゛だ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
苦労人鞍馬。部下に振り回されまくりな彼ははたして無事退社時間通りに帰れるのだろうか。
当の本人は口笛を吹き、手を頭の後ろにやりながら帰路に立っていた。
天狗特有の鴉の翼を使うことなく自身の足で歩くのは彼の好みがそうしているため。飛ぶこと、それこそ機動力があるにもかかわらずなぜ飛ばないのか同僚が訪ねたことがあるが俯瞰で見るよりかはこちらのほうがなにかいいものを見つけやすいからと彼は言った。
さて、どうしてやろうか。すでに本日の書類は終わらせておいたしなんらかの襲撃がない限りは好きに過ごせる。
バカでもやらかそうか。いいや、しばらくはやめておこう。それよりかは友人知人を連れて酒でも飲もうかなぁ。あいつらだったら多分暇そうだし。そういえば借りたスピーカー返さねぇとな。あんな使い方下から多分一発くらい殴られるだろうが・・・いやワンチャン褒められる可能性が微レ存。
そうこう考えている最中、上空から自身を呼びかける声が聞こえた。
声が聞こえる方角を見上げる。いたのは自分と同じ鴉天狗。フリルの付いたスカートからして女性だが生まれた時からの知己がであった。
射命丸文。この厄介者の実の妹。彼女の方も問題視されてはいるものの、彼よりはいいほうとされている。
「まぁ~ったく。上司いびりもほどほどにしないといけませんよ?兄者」
地面に降り立った彼女は天を仰いで嘆息をする。
どうして知っているのか、と思ったが心当たりがある。大方念写を使える妹の友人見つけたのだろうと推測した。
「見てたのか?ったく、オメーも俺とは変わらねーだろうが、文」
そう彼、射命丸
「一緒に帰りませんか?私、ノルマを終えたので」
そこからは二人一緒に歩いて行った。道中互いに今日何があったのかを話し合いをした。
部下の白狼天狗の尻尾で癒されたこと
河童との将棋に勝ったこと
友人の鴉天狗と情報交換したこと
傍らから見れば仲睦まじい兄妹の姿がそこにあった。だが時は動き出した。
「ああ、そうそう兄者。実は聞きたいことがありまして」
「ん?なんだ」
彼とは逆の方角に体を向ける。いったい何なのかと思っていると彼女は話しだした。
「今朝方に文々。新聞の売上金を計算してみたんですよ。
それは後頭部をハンマーで力強くたたかれたようなショックだった。すぐに元に戻るが心臓は両手で握りつぶされるかのような圧迫感を感じ、同時に周囲の温度が一気に下がったように感じてくる。にもかかわらず背中でたらりと汗をかく。
「だけどおかしいんですよねぇ~。幾度も計算してみても売り上げ部数と料金が相乗していないのですよ」
そして彼女は兄のほうを向く。
「売上金がどうなったのか。知 り ま せ ん か?」
笑顔でこちらに問い掛けてきた。
見事な笑顔だった。美少女と言って差し支えのない彼女だからこそできる笑みであり普通の男性なら心を奪うことができる。しかし視点が違えば見方は違う。
確かに目と鼻の先にいる妹は満面の笑みを浮かべている。しかしながら閉じたように見えるその瞳は笑ってなどいないと本能がそう伝えてくる。いや、絶対そうだ。
というか知っている。彼女を怒らせるのに十分な要因を。それを作ったのも誰なのかも知っている。だが事実を言ってしまえば身の保証はなくなる。最悪某世紀末救世主よろしく百裂拳が飛んでくるかもしれない。そうなったら爆発四散。ジ・エンドってね。
そして彼は選んだ。それが究極の選択なのだと信じて疑わなかった。
膝を折り両手を地面につける。左足を最大限に伸ばし、顔を正面に向けたその瞬間一気に妹の横を突き抜ける!!
「スペルカード発動!!逃走〈
現実逃避の道を選んだ。
脱兎のようにその場を走って逃げた。
その有様に誰もがこういいたいだろう。『最低だ。逃げるならせめて鴉なら飛べよ』と。もはや鴉などではなくドードーの天狗といったほうがいい。というか天狗を名乗る価値すらない。
とはいえその速さは下駄をはいているにもかかわらず、確かなものだった。それこそ西暦2020年に行われるどこかの国で行われる大規模スポーツ大会で活躍できそうなくらいに。並大抵の人妖であれば追いつける者はいないといえるほどだった。
・・・相手が妹でなければ、〈幻想郷最速〉でなければの話だが。
「あやややや?どこにいかれるのですか?兄者」
すぐに回り込んできた彼女だが無表情だった。目に光は宿っておらず、顎を上げて章を見下していた。あたかも汚物を見ているかのように。なぜだろう。今俺には目の前に死告天使がいるように見える。彼女の一言一句が死刑宣言に聞こえた。・・・そういえば文ってすんげぇ速かったっけ。
生まれた時からの長い付き合いであるにもかかわらず、彼女がどういう実力を持っていたのかを忘れていたことに章は失念した。
「文。トイレに行ってもいいですか?」
冷や汗をダラダラとかきながら、目を合わせないようにして彼は許可を得ようとする。
別に尿意も便意があったわけではない。苦し紛れの嘘だ。だが、そう、愛する妹ならば信じて行かせてくれるはずだ。藁にもすがる思いで希望を持った。
二コリ、と笑顔を見せて彼女は答えた。
「だめです」
現実は非常である。どこからかサンキューアヤチャンとか聞こえてくるが幻聴だろう。多分。
そこからの彼女の動きは速かった。孤独でグルメな人が如く素早い動作で見事なアームロックを章にかける。それこそ現場にいた人物が見れば『それ以上はいけない』とでもいいそうな。
誰にも届くことのない鴉というよりかは首を絞められた鶏の悲愴な泣き声があたり一面に響き渡る。
「があああああああああ!!!ごめんなさあああああい!!!」
「何に使ったんですかこのバカ兄!」
少し緩めて問い詰める。
「ち、丁半に・・・」
「最低だ、この野郎ー!!」
先程よりも強く締め上げる。
「んほおおおおおおおお!!!らめええええええ!!!感度3000倍だからいちゃうのおおおお!!!」
「この期に及んでバカになるなあああああああああああ!!!」
・・・今日も妖怪の山は平和です
・射命丸章
射命丸文の実兄。お気楽な性格で問題をたびたび起こすため現在妖怪の山上層部においては胃薬が流行中。しなしながら有能であるため簡単に重罰を科せられないと悩ませる存在。
時折だが文々。新聞の手伝いをしている。しかし売上金を少し盗んでいることがあり文にしばかれることも。
とはいえ仲が悪いわけではなく彼女は章のことを兄として敬愛しておりまた彼自身も家族として守るべき存在とみている。