『1月』
それは、全国の受験生たちが自身の志望校に出願する月であり、彼らにとって試験が主に行われる2月の次に重要な月である。
東京の品川駅から徒歩18分ほどで着くことができる東京都立総武中学校の三年生たちも自身の志望する高校に出願するために準備をしていた………が、平日の最後の授業が終わった15時半ごろ、総武中のとある教室で受験を控えている生徒たちがピリピリしている中、窓際の一番後ろの席で机に突っ伏している生徒がいた。
※
(さっさとホームルーム終わらねーかな…まあ、今日は簡単に帰れそうにないと思うけど…)
なぜ俺-比企谷八幡がこんなことを思っているかというと心当たりがあるからである…いや、進路関連だろうな。それしか思い当たらない。俺、いまだにどこに出願するか決めてねーし。ここの同級生と同じ高校に行くのが嫌で今まで見てみぬふりをしてきたけど…高校は、やっぱ行ったほうがいいよな、中卒で雇ってくれるところは少ないだろうし……クソっ、俺には専業主夫になるという夢があるというのにッ…
高校を決めるという人生の大きなイベントを迎えているにも関わらず、そんな思考を巡らせていると突如ドアが開いて担任-陣内智一がはいってきた。
「おーい、お前ら席につけー。早く帰って勉強してーだろー」
そう陣内が言うと教室で数人ほどたっていた生徒たちが席についていく。
陣内がクラスの全員の着席を確認したところで、日直に起立の開始の合図を促し、礼、着席と一連の動作が終わった後でホームルームが始まった。
彼の話をてきとうに聞いていると受験生たちを思ってのことだろう、開始から数分ほどでホームルームは終わりそうだ。
「…というわけで今回の連絡はこれくらいだな。お前ら、寄り道せずにまっすぐ家に帰るんだぞー。そして比企谷、お前はホームルーム終わったら職員室に来い‼」
「あいつまた何かしたのか?」という声や「比企谷?そんなのいたっけ?あははは!」という声が周りから聞こえてくる。小、中と同じような環境にいたから慣れたけど、流石に精神的にダメージは来るな……
とりあえず、職員室に行かないとあの先生が怖いし……
俺は重たい腰をあげ、職員室に向かった。
※
「おい、比企谷。これはどういうことだ。」
先生が俺の目の前に見せてきたのは、『もう、中卒でいいです。』と大きく書かれた進路希望書が。名前の欄にはもちろん『比企谷八幡』、つまり俺がこの前提出したものである。
いや、わかってたよ。これが理由で呼び出しくらったのは…でも…
「いや、先生。3年間俺の担任だったから、大体予想はつくでしょ。」
「『いじめられるのが嫌だから』だろ。だが、さすがに高校に行かないという発想には至らねーよ。都内の学校が嫌なら、都外の高校に行けばいいだろーが。」
「家の事情と費用の問題で都外は無理ですって…」
「あーーー、そういう問題か…だが、お前には妹いるだろ。もしお前が高校に行かなかったら、その妹は『中卒の兄がいる学生』っていじめられる可能性があんだぞ。それは分かって言ってるのか?」
「そ、それは…」
確かに、それはまずい
妹がいじめられないように人と会わないようするつもりだったが、そんなことになってしまえば本末転倒である
「じゃあ、もうお前武偵高校行けよ。」
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………は?
俺は耳を疑った。
「なんでその高校が出てくるんですか?先生俺を殺す気ですか?一人が寂しすぎて頭でも沸いたんですか?」
「…この際だから後半の部分は聞かなかったことにするが、お前が行ける高校と言ったらもうそこしかないぞ。」
いや、俺と小町の考えてのことだろうけど…なぜ帰宅部でインドアでぼっちの俺が武偵高校に行かなきゃならんのだ。俺が武偵になったら即死ぬぞ。そこんとこ考えてんのか、この一生独身教師は……
「…なんか今、馬鹿にされたように思えたんだが………?」
イイエ、シテマセンヨ
「別に強襲科にいけとは言ってないだろう。探偵科にいけばいいじゃないか。」
「…?」
えっ?何その学科?
そう考えていると先生は察したようで、
「やっぱり、お前武偵高校について調べてなかったか…」
いや、当たり前でしょ。毎年死者が出てる武偵高校に一般人の俺が進学するなんて、俺に本命で告られる位あり得ないぞ……言ってて悲しくなってきた…
「いや、泣くなよ!俺は、比較的安全な探偵科の進学を進めてるだけだって!」
俺が涙を流した理由が強襲科と呼ばれる学科の進学を促されているからであると解釈をしたらしく、俺を慰める(?)が俺には担任が言っている単語や話の意味が分からない。
「?…どういう意味っすか、それって……?」
「あー、えーとな、武偵高校にはいくつか学科があって、それぞれ毎年の死亡者数が異なるんだよ。その中の探偵科ってところは、浮気調査や失踪者の捜索とかを主にしてるから、ほかの学科と比べて戦場みたいなところに駆り出されないようなのさ。観察力に長けてるお前ならそこでやっていけるんじゃないかと思ってな。まあ、俺の偏見だがあそこの生徒の大半は犯罪者に目を光らせてるかもしれないだろ。だから、そんな奴らは、しょーもないネタで同級生を虐めないってわけだ。どうだ?」
…まじか……
俺は考えていた。中卒というレッテルを貼られ兄妹ともども虐められるか、太宰治が人生でまったく嘘をつかないくらいの確率で死ぬ高校の学科で三年間、高校生活をおくるか……よし、決めた。
「先生、俺、武偵高校に進学しようと思います。」
そう言うと先生は安心したようで
「そうか、じゃあもう帰っていいぞ。」
「はい、じゃあ さようならー」
「おう、気をつけてな。」
無事志望校が決まり、まぁ少し問題はあったが、俺は自分の帰りを待ってくれている小町の為に帰路についた……自分の帰りを待ってくれているのは小町しかいないがな……
※
「ただいまー」
「あっ、お帰りお兄ちゃん!どうしたの?帰ってくるの遅かったけど…」
扉が開いた直後にリビングからドタバタとラブリーマイエンジェルこと小町が駆け寄ってきた。
「あぁ、進路のことで居残りをくらっていたんだよ。」
「そっか、もしかして、お兄ちゃん中学の同級生がいる高校行きたくないから『もう、中卒でいいです。』って書いて先生に出したんでしょ?」
御明察!さすがは愛しの妹、よく俺のことをわかってらっしゃる!
「へへ!お兄ちゃんのことなら結構知ってるんだよ!何しろ妹だからね!あ、今の小町的にポイント高い!」
「はいはい、高い高い。」
「もーう、てきとうだなお兄ちゃんは。それじゃあ、彼女もろくに作れないよ!」
「いいんだよ、俺は一人で。楽だし。」
「お兄ちゃん、このままだと孤独死一直線しそうだね」
ちょっと小町さん、怖いこと言わないでもらえません?
「そんなことは置いといて、どこの高校にするか決めたの?」
「ああ、武偵高になった。」
「へっ?」
小町は唖然とした顔になった。
まぁ、こんなの聞いたら驚くだろうな……俺が武偵高に行くなんて俺自身、予想だにしていなかったし
「お兄ちゃん頭壊れたの?その高校は毎年死人がでてるんだよ?いくら同じ学校に行くのが嫌でも命の方が絶対大事だよ!武偵高校なんて行ったら一日で絶対しんじゃうって!」
さりげなく小町が放ってくる罵倒がすごく痛い……兄ちゃんに罵倒するなんて八幡的にポイント低い!
「お兄ちゃん、今『八幡的にポイント低い!』とか考えてなかった?…それは気持ち悪いよ……」
なんで心の中の読めるんだよ……俺ってそんなわかりやすいか?……
「いや、考えてないぞ……。あ、あと、あそこって科目ごとに分かれてるということを聞いてさ……」
俺は学校で先生に説明されたことを説明した。
…そういえば、これ親父にも話して説得させなきゃならないんだよな………まぁ事情が事情だけに親父も理解してくれるだろう。
説明が終わると小町は納得した顔で
「なるほど!それならヘタレなお兄ちゃんが死ななくて済むね!よかったね、お兄ちゃん!」
うん、やっぱすごく罵倒が痛い……小町には悪気は無いんだろうけど……傷口をさらにえぐられたように痛い……。
一応、親父の奴、理解はしてくれそうだが説明するために武偵高について調べとかないとな……あ、あと
「小町、親父今日何時位に帰ってくるか、きいたか?」
「お父さん?今日は、7時ぐらいって言ってたから夕食は一緒かも。」
「そうか、じゃあちょっと武偵高について調べるために、部屋にこもるから。夕食を作り始める時間になったら呼んでくれ。」
「わかった!」
俺は武偵高のことについて調べるために自分の部屋にむかった。
※
親父が帰ってきて一週間ぶりに家族全員で夕飯を食べ終わり片付けも終わった頃、親父はリビングのソファでテレビを見てくつろいでいた。
武偵高についての情報が、ある程度集まったので、親父を説得するため俺は話しかけた。
「親父」
「ん?バカ息子、なんか用か?」
「高校、武偵高に決めたから」
「そうかー、じゃあ俺の部屋の机に資料とか願書とか置いといてくれー」
あれ?
「……いや、願書はいいだろ…」
「馬鹿か。テメェは受験に向けて、ある程度の準備をしておけ。武偵の試験はあまくねぇからなー」
「……なんで親父がそんなこと知ってんだよ…」
「知り合いに武偵のOBがいるんだよ。そいつに聞いたことがある。さっきも言ったが、提出する書類は俺が書いとくから。」
…これ交渉成立?嘘だろ…想定してた時間よりも早すぎるだろ…
親父の想定外の言動に内心驚いていると
「そういや、武偵って寮生活なんだっけか?」
「あぁ、だから仕送りをしてほしいんだが…」
「多少は何とかしてやるよ」
あ、これ成立しちゃったわ。
「ありがとな、親父」
「おう、気にすんな」
俺は、リビングから出て親父の仕事机に書類一式を置き自分の部屋に戻った。
あれ、何か忘れてることがある気もするが…いや、それよりも算数の勉強をしなきゃな。くそっ、なんで受験科目に数学あるんだよ…
※
バカ息子と小町は寝静まったか…?今日は平日で深夜の一時だし、二人とも寝てるか。
そう結論付けた40代後半の男性―比企谷嘉一は妻の仏壇がある部屋にビールを片手に座っていた。
「時間が過ぎるのは早いもんだな…お前が死んで十年ぐらい経って思い知らされたよ。あの二人も成長して、小町は俺に似てきて感が冴えるようになってきたし、八幡は武偵に行くって言いだしたからな…いや、あいつの場合はいじめられるのを避けるためか、小町がいじめられないようにするか…それとも自分の力の使い方を本格的に学ぶか、…全部って可能性もあるな。」
自然と口から笑みがこぼれる。
「最近、出張ばかりであいつらと話す機会は少ないせいなのかもな。一年前の八幡が巻き込まれた事件なんて、父親なのに何もできなかったし…明日の朝からまた出張で今度は1カ月帰ってこれないしな…今の俺ってどう思うよ、母さん。」
問いかけるが返事はない。当たり前だ。
「八幡は武偵に受かることはもう確定だろう…数年たった後、あいつがそっちに行くような事態に陥ったらなんとかして、こっちに戻ってこられるように促してくれ。いや違うな…そうならないように八幡と小町を見守っててくれよ。」
言いたいことはこれくらいか…さて、資料も明日の昼までに終わらせねーと…少し寝とくかな。俺は寝室に行くため立ち上がった。
「じゃ、母さん。おやすみ」
俺はそう言い残すし部屋からでてくとあることに気が付いた。
あいつ…どこの学科に行くんだ?きいてなかったわ…
まぁ、あいつの性格や能力から察するに探偵科だろうが…わざわざ俺に言うことか?
たしか探偵科つったら武偵の中で比較的死亡者の少ない学科じゃなかったか?だったらあいつ一人で勝手に出願すりゃいいし…親の許可が必要?…死と隣り合わせ?
となると…
あの学科か…
母さん、あいつがそっちに行かないよう真剣に見守っててくれ……
そう彼は願いながら、空になった缶を片付け寝室へと赴いた。
あっ、まだ八幡、高校生じゃねーわ…
次回「可能性は0ではない」
目標:「できるだけ早く、書き終え投稿」