とりあえず甘々なものではないです今回は。
ではどうぞ。
「ふーん、やっぱり君は面白いなーほんと」
ーーいつからだろう。
「お姉さんとも遊んでみない?」
ーー君と一緒にいたいと思うようになったのは。
「お姉さんだって寂しかったんだぞー?」
ーーこんな言葉が上部から発せられたものじゃなくなったのは。
「今日はお姉さんのために付き合ってくれてありがとねー」
ーー雪乃ちゃんを引き合いに出さなくなったのは。
「最近みんなと会ってるの?」
ーー君と雪乃ちゃんを引っ付けようとしなくなったのは。
「すぐに返信してほしいのになー」
ーー君にかけられる言葉を心待ちにするようになったのは。
「私最近忙しくなっちゃったんだよねー」
ーーここにいる自分を君に見てほしくなったのは。
「照れててかわいいなー」
ーー自分の感情に執着するようになったのは。
「私、来月結婚することになったんだー」
ーー君との距離を悔しく思ったのは。
「親が決めてさー」
ーー自分の無力さを恥じたのは。
「政略結婚なんて今さらだよねー」
ーー自分の運命を恨めしくなったのは。
「会えなくなるから寂しくなるでしょー?」
ーー強がりなんてしようとしたのは。
「だから、さ」
ーー激しい感情が表面に出そうになったのは。
「さよなら、だねっ」
ーー君の優しさが愛しくなったのは。
「ばいばーい」
ーーねぇ。
ーー大好きだよ。
ーーーーーーーーーー比企谷君。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
私が大学の4年生、雪乃ちゃんが1年生という年の春、私は、比企谷君をいじり倒していた。
「いやーまさか比企谷君が同じ大学に入ってくるとはなー。お姉さん驚きだよー」
「くそっ、どうしてこんなことに」
「うわーすごく嫌そうな顔ー。こーんな美人のお姉さんと同じ大学だなんて嬉しいことじゃない」
「くっ」
うんうん、比企谷君はこうじゃなくっちゃねっ。ほーんといじりがいがある。楽しいなー。
「そろそろ勉強したいので出ていってもらいたいのですが」
「静かにしてるから気にしなくていいよー」
「………はぁ」
そうため息をついて勉強机に向かう比企谷君。ここは比企谷君の家。別に一人暮らしを始めたとかではなく、高校と同じ家。そこにお邪魔している。せっかく比企谷君が後輩になったのだからと、私は絡みに行ってる。入学式のときに君を見たときは退屈だった今までの大学生活が変わると思った。そのくらいのびっくりだ。
君とは特に接点がなかった。私と雪乃ちゃんとの仲が戻っても、君はそこにはいなかった。直接じゃないから、きっと接点ではない。雪乃ちゃんが寄ってきたのはびっくりだったけど、それも君のおかげなんだなーと、間接的な関わりだ。それにしても、ほんと、君からの贈り物はいつでも楽しい。もちろん贈り物なんてたいそうのものではないけれど、そう言っておいた方が比企谷君が私に尽くしてるっぽいし♫
比企谷君が一回真面目な人モードに入っちゃうとやることがなくなる。さすがに邪魔するわけにもいかないから、本を読む。………ふぅ。最近はこうやってのんびりするのも珍しい。なんか母が3年生の終わりあたりからいろいろとやらせてくる。卒業して雪ノ下として父のところで働くとすれば当然のことだからいいとして、ここまで時間を削られるとは思わなかった。でも、じゃあなんで、そんな貴重な日を、君とーーー。
「ん、んぅ」
体が重たい。感じとして寝ていたのだろうことは理解できたが、まさかここまで疲れているとは思わなかった。
「あ、起きましたか」
比企谷君発見。あぁそうか、私比企谷君の部屋に来てたっけ。私は今ベッドで布団をかぶっている。君は優しい。やっぱり、優しい。優しすぎるから苦労してきたのだろうに。
「運んでくれてありがとね、比企谷君」
「いえ別に」
男の人の家で寝てしまうとは、本当に疲れているということだろうか。不意に寝てしまうということは疲れがたまっていたということになるわけだが、どうにもそれだけではない気がする。自分の体の管理がそこまでできていないとは思えないし、なにより男の人の前で寝るなんてそれこそどんなに疲れていたとしてもありえない。比企谷君がなにもしないのはなんとなくわかるわけだが、それも絶対じゃない。理性の化け物、なんて言ったことはあるが、あれは煽りに近い。人間常に一定でいられるわけではないのだから。なのに寝てしまうとは。なんなんだろう。
「美人のお姉さんが無防備だったからってなにかしなかったー?」
「怖くてそんなことしませんよ」
苦手意識を持たれているのは変わらない。それでも、なんか、あれだね。なにもされないというのはそれはそれで、ちょっと、ね。
そんな感じで時間があるときはたいてい比企谷君をいじりに行った。その都度嫌な顔されるのがたまらない。そしてなんだかんだで付き合ってくれるのもたまらない。
こんな私の生活は、その年の夏、嵐が起きた。
母に重要な話があると言われてついていった。いつも重要な話をするのはこの、小さな部屋。なんで作ったのかは知らないけど、雰囲気は厳かなもの。まぁ慣れだよねこういうのも。
「それでお母さん、話というのは」
「陽乃、あなたの結婚相手が決まったわ」
ーーえ?
「あなたより3つ年上で関西にある大企業の経営者の一人息子」
ーー話がいまいち理解できない。言われてることは、なにも難しくないのに。予想していたことなのに。
「こんな人よ。外見的にそれほど問題があるわけでもないし、いい人として評判もあるそうよ」
ーーそう、わかっていたことだ。わかっていたことなんだ。こうなるのは。女2人が生まれた雪ノ下は力が弱くなるんだから、こういうことをして力を保とうとするのは。わかりきっていたことだ。
「あなたが大学を卒業したら籍を入れてもらう予定よ」
ーーなのに。
「わかったわね」
「はい、お母さん」
ーーなのにどうして。
「ということだからもう遊びすぎないように」
ーー君の顔が出てくるの。
「………はい」
ーー比企谷君。
それから季節はめぐり冬。そんなことがあっても特に変わらず比企谷君で遊んでる、間違えた。比企谷君をいじってる。まぁ間違ってもないけどね。でも、よく比企谷君を見てるような気がする。見つめてるような気がする。見つめる時間が長くなったような気がする。
………いや、もう言い訳はするまい。夏のあの日から少し経って落ち着いたら気づいた。仮面をつけるようになって、周りの期待通りに、期待に応えるように振る舞う仮面をつけるようになって、それは初めてのことだった。君といる時間を恋しく思い、君の袖を掴んで留まりたいなんて思った。
ーー私は比企谷君に、恋をしている。
こんな感情が未だにあることに驚いた。不要なものだと思って、捨てたものだと思っていたから。君といられなくなることは、考えたくなかった。それでもいつも通りには振舞っていた。
「ねー比企谷君。君って彼女作らないの?」
「いやそんな相手いませんし」
「聞いたよー。なんか目が腐っていて気だるげが雰囲気を出してるイケメンが1年生にいるって。ノート見せたり道案内したりして人気者になったそうじゃーん」
「いやそんなことないでしょ」
「あーんなに女の子に囲まれてるのに相手がいないってことはないでしょー?」
「いや俺にはすーーいやなんでもないです」
「お?お?お?好きな人がいるの?それって私の知ってる人?」
「………まぁ、一応」
そっか。好きな人いるんだ。なんか、聞けてよかった気がする。まぁでもなんか小癪だからちょっかいを。
「彼女なら私なんてどう?ほらほら、こーんな美人なお姉さんが彼女になってくれるってことならどう?それでも好きな人を取る?」
言ってて馬鹿らしく思えてしまう。こんなこと聞いて、私は一体なにがしたいのだろう。
「………好きな人ですよ、そりゃ」
………そっか。
胸のつっかえが降りた気がした。この状況で私を選んだとしても嫌だしね。というか、たぶんそういう逃げ道をなくしたかったのかな、君のも、私のも。
「じゃあ比企谷君の一途さも聞けたし、今度は私のことも教えちゃいましょー」
私の逃げ道はこれでなくなる。私はこれで今まで通りの雪ノ下陽乃になる、いや戻る。雪ノ下陽乃には不要なものをようやく排除できる。これでいい。
「私、来月結婚することになったんだー」
「えっ………」
おっ、なんか比企谷君が目を点にして驚いてくれてる。なんだか嬉しいなー。
「親が決めてさー」
なんか頭が追いついてなさそうな感じだね。まぁ今の世の中そんなこと一般には起きないことだからね。
「政略結婚なんて今さらだよねー」
うん、今さらだ。本当に今さらだ。でも一般でない雪ノ下は、雪ノ下陽乃は、それをする。
「会えなくなるから寂しくなるでしょー?」
なんでそんな寂しそうな顔してるのかなー君は。お姉さん勘違いしちゃうぞー?
「だから、さ」
あと少しだ。あと少し。
「さよなら、だねっ」
さよならって、こんなにつらい言葉だったのかな。そんなことを初めて知った。
「ばいばーい」
そう言って私は比企谷君の部屋から、家から出ていった。最後に見た好きな人の顔が笑顔じゃないっていうのはなんだか寂しい。優しい比企谷君はああいう顔をして当然だとは分かっているけど、それでも、笑って欲しかった。君にはいつでも笑っていて欲しい。
これで強がりは今日で終わる。今までいろいろと抑えてきた。だから、今日で終わろう。あと数時間後に戻ろう。だから、だからさ、それまでは許してね、私。
「ひき………っがや、く………ん」
ーー感情を溢れさせることを。
その日は本当に収まりがつかなくなった。
ーー君とはもっと違う風に出会っていたら。
ーー君がもっと違う場所にいる人なら。
ーー私がもっと違う場所にいる人なら。
ーー私がもっと強かったら。
ーー私がもっと早く気づいていたら。
考えることもくだらない、たらればの仮定をしている。そんなことをしていたらもう今日が終わる。私が課したのは今日までという時間。これを過ぎれば戻る。
あと少しで、このつらさから解放される。 されてしまう。
あと少しになって、思い出すのは君との会話、なんでもないやりとり、君の表情。
はぁ、あんな頻繁に君の家に行くなんて、好きって言ってるようなものじゃん。なんで気付けなかったのかな。
机に、いつか君を連れ出して出かけたときの写真があった。丁寧に写真たてに入っている、君との2人きりで写っている写真。戻る前にせめて今の私で君ときちんと別れたいと思って、その写真たてを、写真ごと壊して終わろうと思った。私はそれを右手に持って振り上げて、地面に向かって振り下ろした。
そして3つの針はきれいに重なったーー
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人はどうして生きるのか。
そんな命題を小学生の道徳でやった気がする。私にはどうでもいいことだった。期待に応えるだけだ。これが私だ。それ以外はしない、する必要がない。苦痛はない。むしろ楽しい。苦しむ理由がないから。なにをやっても自分は傷つかない。それはとても楽しい。大学を卒業して、来週に結婚を控えていたそんな今日。結婚も、そう期待されているからする。別に相手に惹かれたわけではない。結局、恋なんてせずにこういう年齢まできた。
大学の話をしてふと思ったが、大学4年生の記憶が私にはない。いや、正確に言えばなにかがすっぽり抜けている。もっと言えばそれ以前の記憶もどこか抜けているが、特にひどいのが4年生だった。物忘れするような年齢じゃないはずなんだけどなー私。あーなんか静ちゃんの気配がした。ごめんねー先に結婚しちゃって、なんてこの前言ったら怒られなかった代わりに寂しそうな目をされた。これに関しては私はなぜかわからなかった。やっぱり人間を理解するってできないことなんだねと思った。なーんか悔しいなー、ははは。
今日は近年仲良くなった(もちろん昔からそうだが周りからもそう見えるようになった)愛しの我が妹、雪乃ちゃんからのお呼ばれである。ふっふっふ、なんかここ最近ずっと深刻そうな顔してたからきっとなにかしらの相談だろう。お姉ちゃんを頼ってくれて嬉しいぞー?
ということで待つこと数刻、待ち合わせ場所に雪乃ちゃんが向かってきた。
「ごめんなさい姉さん、待たせてしまって」
「いやいやー私も今きたところだよー。でどこ行くの?相談とかなら雪乃ちゃんの家がいいだろうし直接行ったよ?」
待ち合わせ場所、という指定には始めは驚いた。まぁでもそれを望むならそれでいい。
「姉さんの家よ、今日の目的地は」
「おー」
「問題ないかしら?」
「大丈夫だよーちゃんと片付いてるし」
ではでは、行きましょう!何ヶ月ぶりかなー雪乃ちゃんが私の部屋に来るの。
いやー楽しいね。雪乃ちゃんを煽っていたときとは全然違う楽しさだよね。ああいうことをしてきたからこういうことがより楽しいのかもしれないけどね。それと、よくわからないけどここ一月くらいはやたらと楽しかったりする。まぁ楽しいのはいいことだ。
私の部屋は雪乃ちゃんに言ったように片付いてはいる。本棚には小説や勉強の資料、机にはシャーペンなメモ帳やノートなどの事務的なもの、などなど部屋全体も特に変わったことはない。強いて言えばものが少なくて散らかる可能性がないことくらいか。机なんて置くものなさすぎてほんとにペンケースに書く道具、ちょっとした棚にノートといった具合で他にはなにもない。もの置きとかにも特にならない。そんな、私の部屋。
「じゃあとりあえずお茶とお菓子持ってくるから先行っててー」
せっかくだから奮発しちゃうよー。んー、お菓子なにがいいかなー。雪乃ちゃん、けっこう好み激しいからなー表には出さないけど。まぁでもなんでも食べてみるようにはなった。奉仕部のおかげで。静ちゃんがそんな部活を作ってくれたおかげでいろんな部分で雪乃ちゃんは成長できた。まぁ外見の一部分はまったく変化しなかったけど。ふふふ。
「こうして奉仕部は彼らの成長する場となったのだった」
さーて、いい感じに締めくくれたし雪乃ちゃんの元へいざ行こう。
その途中、私は違和を感じ、つんと止まる。
「………彼ら?」
なぜこんな代名詞を使ったのかを疑問に思った。明らかに男を含む複数人数の代名詞だ。雪乃ちゃんとガハマちゃんしかいなかった、正確に言えば静ちゃんもか、それでも男がその中にいることにはならない。隼人か?隼人も大きくなった。おもしろみが出た。でも、それは奉仕部のおかげだったっけ?
なーんかよくわかんないからいいや。人間誰しも限界があるのだ。だからほどよいさぼりはむしろしなくてはいけない。
「雪乃ちゃんおまたせー」
「いえ」
お茶とお菓子を出して、相談会だ。
「それで?今日はどうしたのーわざわざ私の部屋で、なんて。まー私としては雪乃ちゃんが部屋に来てくれるのは嬉しいんだけどねー」
「確認しておきたかったことがあったのよ」
なにを?浮気の証拠資料かな?そんなことしてないから出てこないよ?
「机の写真は変わらずに残っているのね」
………ん?机って私の、そこにある机のこと?なにもないはずなんだけど、写真ってなに?私別に景色を写真で眺めるために部屋に置いたりもしないし、誰かと写真を撮ることなんてないし。私の机はなにもないものなのだが。
まぁ一応確認はとっておこう。
「机って私の、それのこと?」
「そうよ、なに言ってるの」
そうらしい。ならそんなものはない。というか今現在も特になにもない。雪乃ちゃん、そんな幻覚を見るまで心身苦しめられるほどの相談をしに来たのかな。これはさすがに予想外。逃げるのが下手な雪乃ちゃんだけど、さすがにたまには逃げることが正しいと学ぶといいと思う。戦略的撤退ってね。まぁ逃げ方が下手か間違ってるから逃げが憔悴や退化というような悪に分類されちゃうわけだけど。
しかし、こういった考えを巡らせる私をよそに、雪乃ちゃんは続ける。
「いい加減逃げるのをやめたらどうなの、姉さん」
逃げるとはなにからなのか。私がなにかから逃げるなんて、そんなことはあるのか。なにが言いたいのか。
………そういった問いをしたかったが、なぜか口は開かない。
雪乃ちゃんは立ち上がり、机の上を撫でてこちらに戻ってきた。撫でたんじゃなくて、なにかを掴んだ?
「これが、彼が、見えないのなら私がきちんと見させてあげるわ。姉さんのためだもの」
猫の手のごとく指を曲げて左手の腹を見せてくる雪乃ちゃんの行動原理が理解できないが、それでも、なにかを掴んでいるようには見えたし、なにかあるような気もした。
「彼は比企谷八幡。目が腐っている程度しか特徴のない人よ」
雪乃ちゃんがなにか幻覚を見ているほど憔悴しているようには見えない。雪乃ちゃんは力強く、その意志でなにかをしようとしている。
「でも、誰よりも優しい人」
むしろーー
「そして」
幻覚を見ているのはーー
「そんな優しい彼は」
憔悴し、逃げていたのはーー
「雪ノ下陽乃が初めて恋をした相手よ」
私かーー
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誰かがいる。1人で、崖のぎりぎりに立っている。そんな人がいる。この景色を私は上から見ている。つまりは夢の中、ということだろう。その人は女の人で20代前半、顔はよく見えないが、なんとなく私だとわかった。いやわかったというよりは重なったといったところか。そして私は崖のぎりぎりに立って度胸試しを今までにしたことがないため、おそらくはなにかの暗示、例えば未来のこと、例えばいつかの心情、そんなこと。引っ張ることも突き落とすこともおそらくできる。触れるかはやらないとわからないが、なんとなくできる気がした。
彼女は突然右手を前に出して進んで行った。いや進まされた、引っ張られたのだ。右手の先にいる人は今の私にはまだ見えないけど、たぶんいる。そしてその人は、きっとーー
そしてあたりは白くなる。きっとここでの話はおしまいだ。その消えていく刹那、彼女はとても楽しそうだった。顔は相変わらず見えなかったが、とても楽しそうに進んでいた。そして右手には彼の手が握られていた。
なんというか、これで終わりなの?感がすごいです、はい。
甘々な感じじゃなくて切ない感じのものを作ってみたいなーって思って書いてみました。向いてないですかね?
それでは、次もよろしくお願いします!