たーんぺーんしゅー   作:to110

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人によっては不快な表現が含まれますので、なんとなくで察してそこを読み飛ばしてください。2、3ヶ所そういうポイントがあります。

ではどうぞ。


雪ノ下陽乃、解く

「さぁ今回はお姉さん回だぞー!」

 

「いやあなたなに言ってんですか」

 

いやもうこの人は一体なんの話をしているのだろうか。回ってなに回って。改か?改なのか?改のことを言ってるのか?オーラとか吸収できるの?それともリメイクされたの?ぜひともリメイクされて俺との距離を取るようなプログラムを組んでもらってください。

 

「んで、なにしに来たんですか。わざわざ俺の部屋に」

 

「遊びに来たんだよー。小町ちゃんから比企谷君の予定が今日はないこと聞いてたから来ちゃったっ」

 

「小町め………」

 

なんで小町は俺が予定ないこと知ってんだよ。そんな話してないぞ。せめて魔王の襲来がわかっていたら防護フィールド(ガムテープでドア固定)をしていたというのに。いつでも籠城戦ができるように兵糧(主にマックスコーヒー、というかそれしかなかったわ)は部屋に保管しているというのに。

 

「それで、もうたっぷり遊びましたしそろそろ解散としましょうよ」

 

「いやいやまだ登場したばっかなんだけど。あーわかったぞ比企谷君、お姉さんと頭の中でいろいろと遊んでたな〜。うんうん、なら遊んでたと錯覚しても仕方ないね。比企谷君のえっち」

 

いやもうなんなのこの人。

 

「んで、要件はなんですか?」

 

追い返すのは無理だ俺には。ならば早急に帰っていただこう。俺のHP(≠八幡ポイント)が尽きる前に!

 

「んーとねー。比企谷君ってさー、好きな人いる?」

 

なにその地雷しかないような質問。そういうのはもっとリアリア充充しているやつらとしてきてくださいよ。ガハマ!ガハマはおらぬか!早く魔王様のご機嫌を取れい!

 

「いないんならさー」

 

あれ、俺返事してないよね。好きな人とか超いるんだけど。小町とか戸塚とか戸塚とか戸塚とか戸塚とか小町とか戸塚とか(以下略)、まぁこのくらいか。同じ人が含まれているような気はするがそんなことはない。(あの日の)戸塚、(この日の)戸塚、というように全て違うのだ。似て非なる存在とでもいえばいいのだろうか、つまりはそういうことだ。

 

そんなことをして雪ノ下さんの話を適当に流していたが、急に流れが止まる。いや、止められる。

 

「私を好きにならない?」

 

「………はい?」

 

これから始まる、俺と彼女の物語の、幕が上がった。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

7月になってまもない七月一日、突如俺の部屋のドアを開けてやってきた雪ノ下さん。

雪ノ下陽乃、誰もが認める外見の持ち主だ。性格、外見、態度などなど、完璧という名を冠する人だ。

完璧なる外面、まさにそれが俺の思っている雪ノ下さんだ。およそ人の感情を、というか雪ノ下陽乃という固有の人間の感情を、持っているとは思えないのだ。

きっとこの人はどこまでもこういう人として生きていくのだろうと、そう思わせるには充分すぎる外面をこの人は持つ。

 

 

「えーっと、とりあえずそこに至った経緯をお話しください」

 

プチパニック!いやもうなに言ってんのこの人。なにが狙いかがまったくわからん。我が家は別にお金持ちというわけでもないし、というかお金なら別に雪ノ下さんいらないか。じゃあコネか、いやうちにそんなものはない。あとなんだ。なにを狙う。俺ならこの家のなにを狙う。

………そうか、わかったぞ。この事件(雪ノ下さんの発言の意図)の真相が。なんでこんな簡単なことに気がつかなかったんだろうか。俺がこの家から取るとして真っ先に取るものじゃないか。なにを考えていたんだ俺は。そう、そうなのだ。

さぁ答えはこの下にあるぞ。よく考えてから下にスクロールするんだな。

さぁ答えあわせだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

狙いは小町だn

「君のことが好きだからだよっ」

 

なんか全然違ったんだけど、なにこれ恥ずかしい。というか俺はなにがしたいんだ。俺なら小町を狙うキリッとか発言内容がやばい。外したという恥ずかしさとよくわからんことを言われたという恥ずかしさのダブルコンボ。

しかし面倒事は避けるのが得策。さて小鷹先輩、少しお借りしますよ。

 

「え、なんだって?よく聞こえませんでしたねすみません」

 

ふっふっふ。この技の説明は必要かね?仕方ない、知らない人のためにわざわざしてやるか、まったく。こういう難聴系主人公的な発言は相手の勢いを挫き場を整える効果があるのだ。これを言われてしまえばひとまず今言ったことを言ってはいけないという衝動に駆らせるのだ。現に目の前の雪ノ下さんも呆然として「比企谷君のことが好きだからだよ〜」………あれ?なんで効かないの?

要因を考えよう。一つ目、俺が主人公じゃないという可能性。いやまぁ確かに主人公って感じではないけど、どこぞのガの文庫でわの字を二つ持つ人に主人公として書かれてる気がするんだよな。だからたぶん俺は主人公。というわけでこれは違う。二つ目、技の賞味期限きれという可能性。確かに最終巻からそれなりに時間が経った。しかしこれはいつでもどこでも普遍的に通用するもののはずだ。実際いろいろなSSで使われている。だからまだ大丈夫なはずだ。ということでこれも違う。三つ目、魔王には効かないという可能性。いやもうこれやん正解。むしろこれ以外になにがあるねん。

 

もうなんか雪ノ下さんめっちゃニコニコしてるし絶対面倒ごとやん。

 

「で、実際の理由は?」

 

もうこんだけ乗ってあげたんだから充分だよねきっと。なんか読心術とかも心得てそうだから想いは伝わるはず。

 

「比企谷君からかうの楽しいからね〜」

 

「それだけですか?」

 

「うんっ、それだけだよ〜」

 

なんだ、別に面倒ごとというほどのことではないな。ただの勘違いか、ならよかった。いつも通りからかわれるだけなら変なことしなけりゃよかった。

 

「といつもなら言いたいんだけどちょ〜っと違うんだなー今回は」

 

………は?

 

「私にお見合いの話が来ててさー。それで私したくないからそのいいわけに彼氏がほしいわけだよ」

 

「それで俺ですか」

 

「そうそう。というわけでよろしくー」

 

「いやですよそんな面倒ごと」

 

面倒ごとには関わりたくない。つまりは雪ノ下さんと関わりたくない。誰が好き好んで魔王の従者をせねばならないのか。

つってもなんだかんだで悪役って魅力的なキャラばっかだよな。基本的に部下からの信頼すごいし。どこぞの韓国料理とかさ。ということはこの人にも魅力的なところがーー

………別に見てない。メロン二つとか見てない。ホントダヨ、ハチマンウソツカナイ。

 

まぁそれはさておいて、とりあえず面倒ごとは回避の方向で。

 

「お姉さんで経験積んどくのもいいと思うけどなー。今付き合ってる人もいないんでしょ?」

 

「俺には小町と戸塚がいますからね。そんな相手いらないんですよ」

 

「というわけでやってくれるよね?」

 

ねー僕の話聞いてたのー?一切やるなんて言ってないじゃんー。勝手すぎませんかね俺にも予定があるんですよ予定が。この家を守らないといけないんだから。

 

「はぁ、やってくれたら小町ちゃんに比企谷君のお小遣い増やしてもらうようご両親に言っておいてもらおうと思ってたのになー」

 

いやいやなんでそんな家庭内部のことをあなた知ってんですか。小町が我が家の全権を牛耳っているということを。小町が俺の小遣い増やすなんてわざわざしないとは思うが、雪ノ下さんがお願いしたら簡単に動きそう。そうやって人の弱みに付け込んで、それが人間のやることですか!

 

だから俺はこう返事をしてやった。

 

「………どのくらい上がりますか?」

 

そうですよ!そうですよそうですよ!負けましたよお小遣いに!気になるじゃんか!

 

「それは比企谷君の誠意次第かな〜」

 

めっちゃいい笑顔で言われた。

ならば俺はこの言葉を送ろう。

 

「具体的にやることは?」

 

比企谷八幡、完全敗北の瞬間である。

 

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とりあえず彼氏らしく振舞うこと。

 

これが彼氏のふりをするときの業務だそうだ。いろいろ具体的に聞いたのだが、結局一行の要約で済む内容だった。一緒に歩くときの距離何センチとか知らねぇよ。そういうことを知りたいわけじゃないっての。

懸念事項は二つ。一つ目、いつまでやるのか。1ヶ月ほどの期間だそうで。別に親も強制的というわけではないらしいが、さすがにもうそろそろ相手を見つけろ、だそうだ。その結果がお見合いって見つけさせる気あるのかどうかが非常に怪しい。まぁ雪ノ下さんの両親のこととかなんもしらんけど。母親が怖い人とは聞いていたから政略結婚とかさせられるイメージあったが結婚については寛容らしい。なんでも、その両親自体が親の反対を押し切って結婚したそうで、その一点は自由を徹底させたいらしい。ならお見合いなんてさせるなよとこれまた突っ込んでしまいたい。

というかそんなに寛容ならそもそも断ればなしになるのではないかとも思ったのだが、彼氏を作る気配のない雪ノ下さんにさすがに危機感を覚えたそうで、とりあえずやってみろと言われたとさ。んで相手に気に入られたらそれはそれでまずいらしい。相手もそれなりの立場の人間らしく、ふられることはあってはならないとかそういう人なんだって。いやならなおのことお見合い自体を断れよ。なんで受けちゃうの?これについては返答をしてくれなかった。えー超気になる。私、気になります!まぁなんかしつこく聞くと命削られそうというか命そのものを持ってかれそうというか、そんな感じだからさすがにやめといた。戦略的撤退であります。

 

「んで、とりあえず周りにはどう説明するんですか?」

 

「まぁ別に説明なんてしなくていいんじゃない?見せびらかしに行くこともないし。………雪乃ちゃんたちが知ったらめんどそうだし」

 

「え、なんで面倒に。あいつらにも協力頼んどけばいいんじゃないですか?特に雪ノ下には言っとけばいろいろと役立つんじゃ。それに、高校にそういう聞き込みが入らないとも限らんでしょうに」

 

「んー、その辺は適当にやっとくよ。まっ、君は気にせず私の彼氏を楽しんでればいいのさっ」

 

「はぁ」

 

………なーんかこの人適当すぎない?いやまぁいつも通りのつかみどころがないというか、ひょうひょうとしているというか、他人をかき乱すというか、なんか、なんだろうな。とりあえず今回はいろいろと詰めが甘いというか雑というか。

まぁ二回も同じようなことを言うくらいには今の雪ノ下さんがいつもとは違って見えた。

 

「んじゃ、明日からよろしくね〜」

 

そう言って雪ノ下さんは消えた。まぁ終わったら小遣いの話はしてくれるらしいし、俺としては一ヶ月しのげばいいのだ。ちなみに二つ目の懸念事項ってこれな、お小遣い。

 

 

さて、風邪でも引きますか。俺の死んだ魚のような目を持ってすれば体調不良でたいてい通る。仮病なら任せろ。なんなら小町以外なら騙せる。これで一ヶ月しのごう。

しかし、なんで小町に効かないのかをかつて聞いたことがあるが、目のハイライト具合と死んだ具合、目の角度などなど、他にも体の動かし方や声のトーンでわかるようだ。やだこの子っ、なんておそろしいっ。いやほんと小町ちゃんどうしちゃったのよ。お兄ちゃん心配だよそんな観察眼持っちゃって。なーんで俺と同等の観察眼を持ちながらそんなにまっすぐな生き方ができるんですかね。

 

そして雪ノ下さんがドアを閉める間際に行ったセリフは俺には届かないものだった。

「比企谷君と一緒にいたいだけだからだよっ」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

という夢を見たんだ。

 

なんてことには残念ながらならなかった。昨日雪ノ下さんが帰ったあとにやり取りをしたメールの履歴が、俺にそう語る。

そして今、朝食を食べているのだが、小町がやたらとこっちを見てくる。どうしたのかしら。はっ、まさか惚れたのか?俺に惚れたのか?そうなのか?よしっ、じゃあ今すぐに結婚しよう!そして「ねぇお兄ちゃん、ちょっといい?」ですよね違いますよね。だからそんな睨まないでくださいお願いします。そういうのは雪ノ下だけで充分です。

 

「なした」

 

「昨日陽乃さんとなにがあったの?」

 

むむむ、さすが小町。なにかあったの、ではなくなにがあったの、と聞いてくるあたりさすがとしか思えない。まぁ別に隠せとは言われてないしいいか。

 

「雪ノ下さんのもろもろの事情で偽彼氏やることになった、一ヶ月くらい」

 

すると小町はむむむと唸る。

 

「それって付き合うふりってことでいいの?」

 

「ん、合ってる」

 

するとまたも小町はむむむと唸る。ちなみに超かわいい。ぜひとも頻繁にやってもらいたいものである。

 

「………えーあのはしゃぎようでふりなのか?いやいやでも陽乃さんだしなー。いやでもふりだけであんなふうにはしゃがないと思うんだよなー。あれれ?むむむー」

 

なんか小町がぼそぼそとなにかを唱えているがまったく聞こえん。こういうときの小町には触れないのがベスト。とっとと部屋に戻ろう、せっかくの日曜日、のんびりと過ごそう。

 

「あのさお兄ちゃん。陽乃さんきっとーー」

 

ピーンポーン。小町の言葉を遮るとは許せん。誰だ、小町の言葉を遮ったのは。いやまぁでもとてつもなく危険なワードが聞こえた気がしたから遮ってもらって実はほっとしてもいる。しかし小町の言葉を遮るのは即座の死が対価。

 

「見てくるわ」

 

そして向かった玄関。このときの俺は知らなかったのだ。いや、知ってはいたがそれの本当の意味を、怖さを、理解していなかった。

 

[噂をすればなんとやら]

 

相手はあの雪ノ下さんだ。のらりくらりと出没する。もちろんここにもーー

 

「ひゃっはろー比企谷君」

 

ーー魔王はやってくる。

 

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「あのーですね、なにかしますか」

 

「いやー別になにもしなくていいよ?」

 

「いやそんなこと言われましても」

 

現在俺の部屋。

俺は床、まぁ絨毯は敷いてあるが、そして雪ノ下さんはベッドで、それぞれ座っている。さすがに他人が自分のパーソナルスペースとも言える空間に滞在し続けるというのはどうにも居心地が悪い。

別にこれは雪ノ下さんといるのがいやかどうかは特に関係なく、いや苦手ではあるのだが、ただ純粋に違和感がある。小町に対してもきっと変わらない。いつもより狭いと感じてしまう。いつもと違うというだけで狭いと感じ、そしていつも通りの人数になったら今度は広く感じる。感覚とはおそろしい。

 

「んで、今日はなにをしに?」

 

「彼女が彼氏の家に遊びに来るのは別におかしなことじゃないと思うよ〜?」

 

「いやふりなんだからそこまでせずとも」

 

「ふーん」

 

え、なにその返し。俺に興味ないなら始めからそうしといてくれませんかね?なんでそんなちょっと頰膨らませて目そらして唇尖らしてるんですか。

 

 

まぁそれから特に会話もなく時間は過ぎていく。俺たちは本を読んでいる。俺はラノベ、雪ノ下さんは漫画。

この人が漫画を読むということには驚いたが、まぁそんなもんかと今となってはそれが普通のこととなっている。それにしても、そんな真剣に読むような漫画じゃないはずなんだけどなーそれ。確かに恋愛がメインの話ではあるが、そんな真顔で読むものかと言われると否定したいような感じだ。とりあえず俺の方は笑い声を上げないようにすることにそれなりに神経注いでるから疲労がでかい。

 

すると、コンコンとドアを叩く音が部屋に響く。まぁ小町だろうな、ほかに家にいないし。カマクラがいたずらしたという可能性もあるが、さすがに叩かれた位置がネコに届くとは思えないところだし、ないと思う。だから小町やな。

 

「どうした小町ー」

 

「えーっと、陽乃さんちょっといいですか?」

 

とても申し訳なさそうな雰囲気をまとって、小町はそう告げた。俺ではなく雪ノ下さんに用事ですかそうですか。べ、別に拗ねてなんてないんだからね!ヤキモチなんてやいてないんだからね!勘違いしn、いやもうなんかいいやめんどくさい。

 

「おっ、なにかなー小町ちゃん。んじゃ、比企谷君、ちょっと行ってくるねー」

 

「いってらっしゃい」

 

そしてそのままお帰りください。いやもうほんと、いつ爆弾を降らせてくるのかがわからないからきつい。爆弾じゃなくて核だな、あの人の場合。

 

 

そして一人きりとなった今現在。遠慮なく本を読める環境であるが、やはり部屋は先ほどより寂しいものとなっていた。

 

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それなりの時間が経ち、雪ノ下さんは戻ってきた。いや、戻ってきてしまった。そのまま帰っていただいてもよかったのに。と思いながらも部屋の空白が埋まったような気がしてほっとしているとかしていないとか。

いやしてないな、うん。相手は魔王だもの。

 

「なに話してたんですか?」

 

小町に変なこと吹き込まれても困るから内容を把握しておきたい。まぁこの人のことだから本当のことは言わないんだろうけど。適当に誤魔化すんだろうな。小町に悪影響が出るような人にはぜひとも会わせたくないし会わないでほしい。さらに合わないでもほしい。

ちなみに最重要危険人物は海老名さん。小町が不快な腐海に沈められたらいくら俺でも救い出せない。

 

「んーまぁ世間話だよー」

 

と珍しく歯切れの悪そうな口調で告げる雪ノ下さん。まぁ予想通りではあるがもっとうまい誤魔化し方があるんじゃないのかと、そこだけがいつもの雪ノ下さんと違っていて、俺の予想とも違っていた。

 

 

それから適当にそれぞれの時間を過ごして、今日は解散となった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

そして夕食。

明らかに食べてる時間は夜なのだから夜食と言っていいと思うんだが、そう言うとものすごく悪いことをしているような気がしてしまうのはなぜだろう。夜にご飯を食べているだけなのに。

対面にはいつも通り小町。なのだが、様子は明らかにいつも通りじゃない。

なんなんだろうな。なにかを決めかねてるというか、一つ足を出してそこを踏みならして、でも結局元の位置に引き下げるということを何回もしているような。そんな慎重な思考をしているようだ。

 

すると、カタンの箸を置く音が響く。俺はもちろん手に持っているわけだから小町が置いたわけだが、その顔は、やはりなにかを決めたような表情だった。

 

「お兄ちゃん、陽乃さんのことどう思ってるの?」

 

魔王。

そうやって反射的に答えようとしてしまったのだが、たぶんそういうことではないのだろうことはさっきまでの、そして今の顔を見ればわかる。わかるが、なにを要求してるのかまではわからなかった。

 

「どうだろうな」

 

「じゃあ、嫌い?」

 

「苦手だな、やっぱりあの人は」

 

「嫌いではないってこと?」

 

「由比ヶ浜は女子言葉だと嫌いと苦手は同じ意味って言ってたんだが」

 

確か最初の方に言ってた気がする。最初の方ってなんだろな。一巻的な意味がするけどもちろんハチマンワカラナイ。

 

「お兄ちゃんにはまったく当てはまらないと思うよ。で、嫌いなの?」

 

嫌い。

とはなんか違うような気がする。やっぱり苦手という言葉がしっくりくる。よくわからんな。まぁ今まで考えたこともなかったことだしな。

 

「わからん」

 

「お兄ちゃんはっきり言ーー「でも」

 

一息ついて目を伏せる。

ちょっと頭を落ち着かせて考える。そしてわりとすぐに解は出てきた。

それと、小町の言葉を遮ったやつは罪と言ってたやつがいた気がするがきっと気のせいだろう。

 

「でも、俺が本当に嫌ってるんならたぶんあの人はちょっかいかけたりはしに来ないだろ。だからたぶん嫌いではないんだと思うぞ」

 

これが出てきた解ではあるが、わりとくだらない気もする。結局は人任せの評価だ。自分の価値に従って生きている俺にはイレギュラーなことだ。そのことはおそらく小町にもわかるとは思うが、それとともに俺自身よくわかっていないということもきっとわかってる。だからきっと大丈夫。

小町はふっと笑って、そして呆れたような表情になって言った。

 

「なーにそれ」

 

「仕方ないだろ」

 

「ん、まーね。今のお兄ちゃんなら仕方ないね」

 

そして小町は箸を持ち、静かな食事が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『なんだそれ』

 

冷えきったなにかが響いた。

それは、俺だけに聞こえたなにか、そんな気がしたものだった。

 

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残酷なる平日のスタートである。

とりあえず土日も大して休めていないために本当に地獄だ。しかし、平日であるから部活はあるわけで。まぁその、なんだ。部活が最近はわりと楽しみになっているわけで。もちろん学校は勉強をするところ、授業を受けるところではあるのだが、まぁ息抜きも必要だろう。

 

 

今日も今日とて変わらない奉仕部。

時には由比ヶ浜がよくわからんことを喋り、時には雪ノ下とゆりって、そして時にはそれぞれで過ごす。うん、まぁ、あれだな。やっぱりこの空間を俺は気に入っている。

今年、まぁ今年度か。今年度に入ってから変化したこともある。部員が増えた。小町と一色だ。まぁ小町は今日は特売のためにいないのだが。一色は知らん。

ということで、わりと久々のこの三人なのだ。去年いろいろとあったが、いや、あったからこそか。あったからこそ、今のこの、まぁ、いい空間があると思うと、こそばいものがある。

 

 

そして下校時刻。

雪ノ下と由比ヶ浜は一緒に鍵を返しに行き、俺は自転車置き場へ。まぁつまり職員室への道と下駄箱への道が別れるところでパーティは解散になる。みんなで言う「また明日」という言葉が、無性に嬉しかったりする。そんなふうに俺の一日は終わる。

 

………はずだった。いや、いつもなら終わっているのだが、今の環境はいつも通りではないのだ。正門で待ち受けていた雪ノ下さんに捕まった。なんで歩きで帰る日にピンポイントで現れるんだ。小町と一緒に帰る時は自転車なのだが、小町が先に帰る日は俺の自転車に乗って帰る。だから俺は歩きになる。どうしてピンポイントで………。

 

「無理に連れ出したからって、そーんないやそうな顔しないでよー」

 

「いや、別にしてないんですけど」

 

たぶんしている。しているが、連れ出されたことがいやなのではない。こういうことをするなら連絡を入れてほしかった、というだけだ。リズムが狂うと調子も狂う。人間とはそれだけ繊細なのだ。

 

「次からは連絡してからにしてください」

 

歩いて帰るのは面倒だからこうやって車で送ってくれるのは助かる。助かるが、やはり調子が狂う。

そしてなにより、最も狂う原因となっているのは、

 

「はーい」

 

となりのにいる美人のお姉さんの、夕日に照らされた見慣れない無垢な笑顔だ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

平日に関わることなんてさすがにないと思っていたわけだが、雪ノ下さんとは毎日のように関わっている。

月曜のように迎えに来ることもあれば、家にいることもある。木曜の今日はまさにこれだ。

大学生って暇なのか?と思ってしまって聞いてみたのだが、やることが今の時期はないそうだ。それが本当に大学生全員共通していることなのか、それとも雪ノ下さんが優れているがためにやることがないのかは知らないが。

今日はご飯も一緒に食べている。小町も、雪ノ下さんに食べてもらえて幸せそうだし、なによりである。まぁ俺もいやだとは思っていない。一緒にいてくれる人に対して簡単に心を許しすぎな気がするが、きっと気のせいだ。

 

だが、そういう思考をしたときは頭痛が伴う。なにか冷えたものが頭のなかに響く。原因はよくわからないが、きっと顔とかには出ていないのだろう。周りがなにも聞いてこないわけだからな。

 

「ねえ比企谷君。明日部活休んで付き合ってくれない?」

 

「まぁ一日くらいなら休んでもいいと思いますけど、なぜですか?」

 

明日ってなんだっけ。7月7日の金曜日。あぁ七夕か。で、なんで七夕に連れ出すんだ。

そして小町よ。なんだそのジト目と呆れ顔は。なにをしてもかわいい小町だからといってもむかつくんだぞ。まぁむかつく以上にかわいいからなにも言えないしできないのだが。

 

「明日付き合ってくれたら教えてあげるよ」

 

「はぁ、まぁわかりました。授業後正門で待ってればいいですか?」

 

「うん、よろしくね」

 

「というわけだから小町。雪ノ下たちによろしく」

 

「はーい」

 

自分で連絡を入れるべきなんだろうが、その俺自身が休む理由をわかってないため、小町に全任せをするのが得策だろう。適当なでっち上げなり誤魔化しなりで対処してくれるはずだ。

 

そうして今日の食事は終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『空々しい』

 

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そして翌日の授業後。

予定通りに今は雪ノ下さんの運転する車の助手席。この人に対して俺が手伝うようなことはないのだから助手席という名前はなにかしらの皮肉が込められている気がする。こうやって一緒のペースで進んだとしても、その間ずっと隣にいたとしても、俺がこの人になにかしてあげられるようなことは起きない。

というのは勝手な思い込みなのかもしれない、

なんて思ってもみたりする。魔王であろうが雪ノ下陽乃であろうが一人の人間である以上できることとできないことがある。ただ、できることが多すぎるだけだろう。それは雪ノ下にも思ったこと、思ってしまった先入観で願望だ。どちらにも同じことを思ってしまうあたり、やはり姉妹かと微笑ましく思ってしまう。

………まぁ雪ノ下本人に言ったら即座に北極体験コースをさせてくれること間違いなしだがな。

 

そんなことを流れる景色を眺めながらぼうっと考えていた。

 

 

「さて、着いたよ」

 

体が揺すられる。そして目が重い。寝てしまっていたようだ。

 

「あぁ、すみません」

 

「いーよいーよー。比企谷君のかわいい寝顔も見れたことだしね」

 

………そうですか。

美人にそういうことを言われると困るからやめていただきたい。

 

「で、ここはどこですか?」

 

少なくとも俺が今までに来たことがないところということはわかった。山か?

 

「ちょっとした山だよ。あんまり知られてないからこういう日でも人が少ないっていうのがいいところかな」

 

今は7月である以上ある程度日は長い。しかしその日が隠れているということはそれなりの距離にあるところなのだろう。そんな時間この人の横で無防備に寝ていたという事実に驚きが隠せないが。

 

「それじゃ、行こっか」

 

「はい」

 

そう言って車から降りる。そして、俺の見たものは、見えたものは、

 

「………っ」

 

「どう?」

 

空を覆う星々。そして、それに劣らないくらいに輝く笑顔だった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

今俺たちは山を登っている。道があまり整備されていないため歩きにくいが、足元さえ気をつけていれば問題はない程度の道だ。

 

「あとどのくらいで目的地に着きますか?」

 

「あとちょっとだね」

 

とはいうものの、やはり坂道に慣れていない人間には辛い。できれば早く目的地とやらに着いて休みたい。

 

「あそこの開けたところだよ」

 

どうやら本当にちょっとだったようだ。大抵こういうときのちょっとってあてにならないからな。

目的地という開けた場所に出てみると、これまた息が詰まった。

 

「比企谷君でもやっぱりこういうのは感動するんだね」

 

「そりゃ、します、よ」

 

遠くにある街の光、真上に広がる星々の輝き、周囲を囲う木々の暗さ。それらが合っていて、心を動かさずにはいられなかった。今までの人生でこんなにも素晴らしい景色を見ることはなかったし、なんならこれからの人生で見ることだってないだろう。そんなにも綺麗な景色。

 

「私のとっておきの場所はどうかな?」

 

「まぁその、なんというか、ありがとうございます」

 

満足そうに雪ノ下さんは笑う。

俺たちは適当なところに腰を下ろして景色を見ていた。

こういうところを知っているのも、行くということも、俺にとっては驚きだった。この人でもこういうことをするのかと。こうしていると、こうしていると、まるでこの人が、

 

「普通のかわいい女の子にしか見えないのに」

 

見えないのに。それがとても残念だと、我ながら何様だと思うが、残念だと思うのだから仕方がない。

そんな雪ノ下さんはあるはずもない夕日の残り日が顔を覆っていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

そんなふうにそこそこの時間、この景色を堪能した。

 

「ねえ比企谷君」

 

お互いしばらくは静かに見ていたため突然の音だったが、まぁそろそろ帰る時間なのだろう。名残惜しいが、まぁ仕方ないか。

 

「今日はなんの日か知ってる?」

 

そういえばなんで連れ出されたか教えてもらう約束だったな。まだ聞いてなかったや。

 

「七夕ですよね」

 

まぁむしろ知らない人の方が少ないと思うが。

 

「私の誕生日」

 

「え」

 

え。

 

「私の誕生日なんだよね、7月7日。ということで誕生日プレゼントを要求します」

 

えぇー聞いてないよぉ。そんなもん聞いてないんだからそんな気の利いたものは持ってない。小町知ってただろ絶対。教えてくれてもよかったのに。

 

「なにも知らなかったんでなにも持ってないんですけど」

 

「名前で呼ぶことをプレゼントとして要求します。彼氏彼女が名前で呼ぶことはおかしなことじゃないからいいよね?」

 

まずい。なにも知らなかったとはいえなにも用意していない上にこんな景色を見せてもらって、なにもしないなんてあまりにおかしい。恥ずかしくてもこのくらいの要求なら受け入れるべきだろう。

 

「わかりました。そのくらいならまぁしますよ」

 

「うん、じゃあ呼んでみて?」

 

「………陽乃さん」

 

「ふふっ、さっすが比企谷君。こういうときは呼び捨てにするものだよ。まぁ恥ずかしいか。でも一回だけ呼んでみてくれないかな?」

 

「………陽乃」

 

そして、俺の耳元に口を寄せて陽乃さんは言う。

 

「ありがとねっ、八幡」

 

その言葉は俺の顔を熱くするには十分だった。

というか名前で呼ぶ段階で頭はショートしてたんだからさらに熱を持ったというだけで余裕で死ねる。

 

「ふふっ」

 

しかし、こうも満足そうに笑われてはなにも言えないし考えられない。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「それにしてもなにも用意してなくてすみません」

 

「それについてはいいよって言ってるじゃん。だから大丈夫だよ。それに」

 

「それに?」

 

「ううん、なんでもない」

 

「そうですか」

 

帰りの車の中で話した内容はこのくらいしか覚えてない。やっぱり寝てしまったようだ。家に着いたときに起こしてもらってやっと起きた。

いやもうほんと申し訳ない。自分だけ寝て運転丸投げで。俺が運転することはできないにしても、話し相手くらい務めるべきだっただろう。

 

そうして別れて今日はもう寝る。あんだけ寝たのに、わりとすぐに眠たくなった。

 

 

ただ一つ。眠りにつく間際になにか言われたような気がした言葉が気になった。嬉しげで、吹っ切れたような、そんな表情でなにかを言っていた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それに、好きな人と見るっていう一番したいことができたんだもの」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

それからも、まぁそこそこに陽乃さんと会って、話したりした。陽乃さんと呼ぶことに慣れるくらいには呼ばされた。まぁ慣れてしまえば余裕だね、女の子を名前で呼ぶとか。

………はい嘘です。名前で呼ぶたびに顔が赤くなります。はい。

こういった、自分の中でだけならかろうじて呼べるようになった。すごい進歩だと思わない?俺すごくない?

それと陽乃さん。もう少し遠慮してもらえると助かります。接触が多すぎます急に増やしすぎです気持ち良、なんでもない。

 

 

そうして時は進んで、ついに夏休み。今年はさすがに受験ということで活動は一切なしだと。よかったよかった。

ちなみに陽乃さんと会っているのに勉強は大丈夫なのかという点だが、特に問題はない。それどころかいろいろと教えてもらってるからむしろプラスなのだ。あの人すごいな、全科目できるんだもの。教えるのもうまいし。どのくらいうまいかというと、壊滅的だった俺の理系が学校のテストで相当取れるようになったのだ。まぁあれだよな。とりあえず全科目で雪ノ下、葉山に次ぐ3位という地位についた。あいつらは化け物だから勝てない。なにやっても無理。だから実質俺が取れる最高順位だということだ。陽乃さんには感謝しかない。そのお礼としての適当な日に付き合わされるというのは十分に許容できる。

 

さて、今日はそのお礼の日である。一日中陽乃さんに追従するのだ。まぁ俺は俺で楽しいと思っているから問題もない。

今日は千葉をぶらぶらしようとのこと。というわけで駅前で待つ。これは別に待たされてるとかではなくただ単に俺が約束より早く来ただけだ。陽乃さんはちゃんと来る。うん、初めて待ち合わせしたときは来ないことや集団で笑いに来る可能性を考えてぎりぎりまで物陰にいたものだが。そしてそのあとそれを陽乃さんに笑われたのは言うまでもない。

 

「おまたせー比企谷君」

 

約束時間の10分前。うん、いつも通り。まったく、どこぞの一色も見習ってこのくらいの時間に来てほしいものだ。

 

「デートなのにほかの女の子のことを考えるのは感心しませんなー」ウリウリ

 

最近の悩み事といえば考えを読まれることだ。顔に出てるわけではないはずだが、なぜか読まれる。まぁ小町にも散々されてることだしまぁ気にすまい。したら負けな気がする。

 

「あーはいはいすみません。それじゃ、行きましょうか」

 

「はーい」

 

そんなふうに今日は始まった。いつも通りに。そう、いつも通り、だった。

 

 

 

 

ほどほどに回ってお昼過ぎ。

それなりに店が空き始める頃合い。

 

「どこでご飯食べます?」

 

「どこでもいいよー」

 

この言葉にも慣れたものだ。いや、この人が特殊なだけだが。この人のこの言葉は本当にどこでもいいということらしい。ほんと、助かります。

 

「んじゃ、あそこで」

 

「比企谷君ほんと好きだねーそこ」

 

「もちろんです」

 

ということでみんな大好き、お値段素晴らしい例の場所に入る。

そして各々好きなものを頼み食事中。

ふと思ったことを言ってみた。

 

「そういえば、もう少しで一月経ちますね」

 

「………そうだね」

 

「お見合いの方は大丈夫なんですか?今更ですけど」

 

「………」

 

「陽乃さん?」

 

俯いてどこか一点を見ている。いや、たぶん見ているわけではなく、たまたま目をそこにやっているだけだろう。彼女は今なにを考えているのか、なんとなくわかってしまう。わかって、しまう、のだ。

 

「ねえ比企谷君」

 

「はい」

 

「一月って約束だったけど、延長しない?」

 

「どういう意味ですか?」

 

意味か。本当にそれを聞く必要なんてあるのだろうか。いや、きっとない。今更聞く必要なんてない。それほどまでにこの濃い一月を彼女と過ごしてきた。だが、なにか、俺の中のなにかが引っ掛けてくる。

 

『意味なんてない』

 

最近はこれがよく聞こえるようになってしまった。聞こえるというよりは響いてる感じではあるが。洞窟の奥からこちらに響いてくる音。それが音ではなく声だということは、もう知っている。

 

「今なら延長のサービスがあるよ。期間は一生、解約不可。………どう?」

 

「いやどうとか言われましてもよくわからないんですけど」

 

わからないわけがない。言ってる意味なんてわかってる。当たり前だ。なのに、それなのにーー

 

『お前にはわからない』

 

ーーこれの言うことに逆らえない。

 

「比企谷君。私は、あなたのことがすーー」

 

『否定しろ』

 

フォークの落ちる音が間近で聞こえた。それも当然だ。俺が落としたのだから。そう、落としたんだ。

 

「すみません、体調が悪くなったので帰りますね」

 

「え、ちょっと待っ」

 

『遮れ』

 

「すみません、それでは」

 

手が伸びてくるのが見える。でもそれは届かない。なぜなら、

 

『届かせるな』

 

こうやって言われているのだから。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

そのあと家というか部屋というか、とにかくベッドに向かって一直線。自然と体は動いた。

目的のベッドの前まで来たら、なにか頭を叩かれたような痛みが走り、ベッドに倒れた。実際になにかに殴られたり叩かれたりしたわけではない。そのくらいはわかる。わかるが、それと似た痛みが俺に走った。

そしてそれは、俺が意識を失うには十分な痛みでもあった。

 

「どったのお兄ちゃん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お前は相変わらず学習しない』

 

そんなことはない。人間はいつだって成長する。

 

『だが同時に退化もする』

 

俺がそれだと。

 

『そうだ』

 

なぜそう言い切る。

 

『あの女と一緒にいる期間が長すぎた』

 

あの女?

 

『気づいているだろう』

 

『お前の変化に』

 

『それは再三俺が警告してきたことだ』

 

『思ってきたことだ』

 

『避けてきたことだ』

 

『なぜか?』

 

『それは』

 

『比企谷八幡が生きていくためだ』

 

『だから引っ込んでおけ』

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうもしねえよ」

 

小町に対して返事をしたのは、もう俺ではなかった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

私は今比企谷君の部屋にいる。別に不法侵入とかじゃないよ。ちゃんと許可もらってお邪魔してる。

まぁ押し売りの力押しみたいなものだったけど。ふりとはいえ彼女ならそのくらいはしてもいいでしょう。

 

比企谷君から借りて読んでる漫画。まぁ恋愛の話なんだけど、私の心にはとても響いた。

好きな友達と好きな人が被って、身を引くか引かないかの葛藤が長く描写されている。どちらかが取ってしまえば友達とずっと仲良く過ごしていくなんて無理だろう。もちろん表面上は仲良さげに楽しそうに取り繕うはず。でも心のうちでは叫び、嘆き、恨み、妬み、羨み、そしてその友達は壊れる。

………私のように。

私の場合は好きな人の取り合いではないんだけどね。いろんな感情が同時に大量に渦巻いて、そうして壊れた。一度壊れればあとは適当だ。そうやって何年も過ごして、この外面は着慣れた。壊れたあと付けて、取り繕った。そしたらいつのまにか着慣れていた。それについてなんとも思わなかった。いや、たぶん、きっと、思うことすらできないほどこの外面の付け方、慣れ方は完璧だったということだろう。外面は自分に対して向けてもいたんだから。

なのに。それなのに。

その外面は取っ払われちゃった。今、すぐそばにいる男の子に。そしてそんな彼に、感情の芽生えた私が、恋をするのは自然なことだった。

 

「えーっと、陽乃さんちょっといいですか?」

 

ドアが叩かれ比企谷君が返事をし、そして入ってきた小町ちゃんは申し訳なさそうな感じで私を指名した。

 

「おっ、なにかなー小町ちゃん。んじゃ、比企谷君、ちょっと行ってくるねー」

 

「いってらっしゃい」

 

無愛想な比企谷君。それは彼らしいと思えるところの一つだ。対応が塩なのに心ではそんなことを大して思っていない。ほんとにかわいいやつめ、まったく。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「陽乃さん、真剣なお話があります」

 

小町ちゃんの指名を受けた私はリビングに着いて、席に座った。そして小町ちゃんからのこの発言。まぁ真剣じゃない話をするためって感じじゃなかったから予想通りではあるけれど。

 

「うん、いいよ」

 

では、と一呼吸おいてから話を続ける。

 

「お兄ちゃんのこと、好きですか?」

 

そういうことか。そういう話をするために呼んだのか。ふんふん、なるほど、そういうことね。なるほどなるほど。

比企谷君は自分のこと散々シスコンシスコンと自慢気に言ってたけど、小町ちゃんも負けず劣らずのブラコンのようだ。

 

「うん、好きだよ」

 

もちろん飾ることもできた。いつも通り外面を着けて。でも、なんだろう。ここでそんなことをしたら、ずっと、私は胸を張って比企谷君を好きだと言えなくなってしまう気がした。

 

「ではもう一つ。お兄ちゃんと付き合う気はありますか?」

 

この時ほど驚いたことなんて、きっとないと思う。そう思える。思えるくらい、私は驚いた。

だってこの子、私のことが見えているんだもの。私と同じくらいの外面を持ち、なおかつそれを絶対に悟らせない器量と技量。さっきから雰囲気はいつもと違った。でも、それでも、真剣な話をするからと前置きをしていたのだからそういう雰囲気を作っただけなんだって思ってた。でも違った。この子の本当の顔はこっちだ、間違いなく。

そしておそらく作った目的は私とは違う。私は自分を守るため。壊れた自分を繋ぎとめなきゃいけなかったから。そしてこの子は、比企谷君のためか。シスコンにブラコンな兄妹だね、ほんと。

隠したとしても意味がないとわかった私ははっきりと事実を言ってやった。

 

「まったくないよ」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「それはお兄ちゃんが陽乃さんと付き合うに値しないからですか?」

 

「違うよ」

 

「結婚相手がもういるから?」

 

「違う」

 

「雪乃さんたちに気を使って?」

 

「………」

 

淡々としたやりとりにいきなり爆弾を仕込んでくるんだからこの子も性格が悪い。そんなこと急に今言われたら反応できないに決まってるじゃん。そしてその沈黙した時間が、私の答えはイェスであると告げてしまっている。

 

「陽乃さんは周りに気を回しすぎなんですよ。好きなものは好き、欲しいものは欲しいでなにがいけないんですか?雪乃さんや結衣さん、いろは先輩たちの気持ちと同じくらいの気持ちを持ってるじゃないですか。なのに引くんですか?私は雪乃ちゃんのお姉ちゃんだからね、なんて言っていつも通り雪乃さんをだしに使いますか、言い訳に使いますか」

 

それに、と続ける。

 

「本当はなにも考えてないんじゃないですか?ただの条件反射のように自分の中で結論つけただけじゃないですか?本当に考えてその結論に至ったのなら小町はなにも言いません。だから、ちゃんと考えてください。1週間ほどで考えて結論を出してください。7日には結論出しておきたいんじゃないですか?それとも7日に結論を出したいんですかね?どっちでもロマンチックだと思いますよ、小町は。まぁ陽乃さんばっかり応援するわけにもいかないので小町からの特別なヒントはここまでです。あとは頑張ってくださいね」

 

「………はーい」

 

こんなにもいろんなことを言われて、心にくるものがないほど私は鬼じゃない。小町ちゃんの言葉は、私に響かせるには十分だった。

それじゃ、ちゃんと考えてみようかな。

 

私がなにをやりたいのか、か。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

それから一週間、とりあえず雪乃ちゃんたちのことは頭から手放して動いた。

我ながらはっちゃけたものだ。まぁ楽しかったからどうしようもない。

雪乃ちゃんにはなんでも送ってきた。成長のためにはなんだってしてきた。振る舞い方や思考方法だって、言葉の表現方法も。およそ雪ノ下雪乃という人間の欲したものをあげてきた。そしてその都度雪乃ちゃんは弱くなっていった。それはわかっていたことだった。でも私はそれ以外ができなかった。できることがなかった。

意中の相手をあげようとも去年はした。したけど、あげれなかった。正確に言えばあげようともしてこなかったのかもしれないと、今は思う。あげたくないという拒否反応があったのかもしれない。

だからあげれなかった。難しかった。

………それと、さすがに胸の大きさは不可能の部類だったんだけどね。雪乃ちゃんはそのままでいいと思うよ。

 

 

今日は7日。

小町ちゃんから提示された日だ。私は結局この日までに結論を出せなかった。しっかりと考えて、でも結局出せなかった。今日出なければもうやめよう。それだけは決めていた。

 

星を見に行った。

行き帰りに比企谷君の寝顔が見れてとても満足だった。そしてなにより、結論を出せたことが一番満たされることだった。案外私は単純なのかもしれない。綺麗な星を見て、胸がいつも以上に震えて、その原因は君が隣にいることとわかっていて。こうもありきたりなロマンチックなことに引っかかってしまうとは。我ながら情けないと思ってしまう。まぁそんなことどうでもいいんだけどね。

 

私は比企谷君を手に入れることを選んだ。

 

ただそれだけでいい。

だからごめんね雪乃ちゃんとその他。もう遠慮はしないよ。1ヶ月以内に私のものにしてやる。

 

 

 

「だからね小町ちゃん。私は比企谷君の彼女になっちゃうよ〜?」

 

「ほんとですか陽乃さん!いやー陽乃さんみたいな美人さんがお義姉ちゃんだなんて小町うっれしい〜」

 

そんなことをその日電話で話した。もちろん二人とも態度はいつも通りだ。それにしてもお義姉ちゃんと人に呼ばれるのは恥ずかしいものなんだね。今更になってそれで比企谷君をからかってた自分が恥ずかしい。

それじゃ、もう遠慮なく攻めちゃおっか。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

一人でいるファミレス。

一人で来ること自体は珍しくもないんだけど、向かいに残っている食べかけのご飯が、さっきまで誰かがいたことをはっきりと語ってくる。

届かなかった私の手。でもきっと、届かなかったのは手だけじゃない。

 

「ふられちゃったな」

 

楽しそうにしてると思ってたんだけどなー比企谷君。本当は私といるのが苦痛だったのかな。よくわからないや。恋は盲目という言葉、笑ってばかにしてたのに、いざ自分が恋に落ちてみたら本当に盲目なんだね。

 

彼のことがわからない。

 

嫌がるのなら私はそもそも近づいてないはず。そういうことくらいはできるはず。なのにそれをしなかったのだから、嫌がられてはなかったはず。

………いえ、これはただの押し付け。私の願望ね。自分勝手の勘違いというのはこういう人のことを言うんだろうね、きっと。いいお手本になるよこれは。

そんな自虐をしてみたけれど、ただただあるのは虚しさだけ。

 

………窓の外はいつのまにか雨になっていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

なにもやる気が出ない。私がまさか失恋しただけでこうなるとは思ってもいなかった。恋はばかにならないと、はっきりわかった。こればっかりはどうしようもない。私の中で時効になるのを待つほかない。

 

私の部屋でぼんやりとそんなことを考えていると、突然鳴る私の携帯。驚くからやめてほしい。まぁ今から鳴りますよとか言うような携帯はほしくないから突然鳴る携帯は正しい仕事をしているわけなんだけど。

掛けてきた相手は小町ちゃん。うーん、出るか出ないかが怪しい人に掛けられた。まぁ出るか。気がまぎれるかもしれないし。

 

「もしもーしどうしたんだい小町ちゃん?」

 

自分の外面ってすごいんだなと感心してしまう。いつも通りができていた。けれど、

 

「お兄ちゃんとなにがあったか教えてください」

 

その相手はそうではなかった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

人が覚悟を決めるときは一体どんなときか。テストか告白かはたまた犯罪か。

また、それは一体誰のためか。自分のためか恋人のためか妹のためか。

今私は相応の覚悟を持って、このドアに相対している。

約束を叶えるため願望を叶えるため。

私のため彼のため、そして、彼女のために。

 

「失礼するよ、比企谷君」

 

返事なんて待たない。どう思われたって構わない。そう、

 

「何の用だ、陽乃」

 

この人には。

 

「随分な態度ね、比企谷君」

 

呼び捨てで呼ばれてもなにも思わない、思えない。感動しないし震えもしない。

 

「俺はこういう態度だ。話したくないなら帰ってどうぞ、お出口はそちらです」

 

はぁ、まったく。こうも遠慮のない人を相手にするのは家族くらいしかいないのに。

態度悪すぎ。なんで偉そうにベッドに座ってんのよ。とりあえずその近くに座る。

はぁと一息ついて、発言する。

 

「どうやったらあなたはそこから出て行くのかしら?」

 

「さぁ。まぁとりあえず世間話でもしようや」

 

「ええ、どうぞ」

 

別に時間はいくらでもある。今の時間はまだお昼前。ご両親が帰ってくるのは夜遅くだということだし、向こうの意向も汲み取ろう。

 

「疑うことをしない人間というのは、とても弱いと思わないか?」

 

「弱いから疑えないのではなくて?」

 

「雪ノ下雪乃なんてまさしくそれじゃないのか?」

 

問いかけているわけではなさそう。というか返事くらいちゃんとしなさいよ。

まぁ返事待ちじゃないってことは耳だけに集中していればいいというわけで、私としても助かる。

………できれば私の好きな人の姿は今見たくないから。

 

「お前が簡単に与えすぎたせいで、あいつは疑うことを知らない。だからこそ雪乃は綺麗なんだろうが、ただそれだけだ。そういうのは観賞用のものにしかならない。まぁ政治家の家の人ということならそれもいいかもしれないが」

 

私の妹にとてつもないこと言ってくれるわねこの人。

 

「比企谷八幡は疑うことを知らなかった時期があった。それも随分と長く。だからこそそこでこっぴどくやられた。純粋な人間、単純な人間はこの世の中生きづらい。だから弱い。その対応として俺がいる。俺を追い出すというのは、こいつが弱くなるということでしかないが、それでもいいのか?これはきちんとした問いかけだぜ」

 

つまり答えろということか。というかきちんとしない問いかけという自覚はあったのに問いかけのようにしてたのか最初は。

………なんかさっきから無性に腹立たしいことばっかりされてるんだけど。

 

「ええ、もちろんよ。弱いから守ってあげたくなるんじゃない。守ってもらいたくなるんじゃない。なによりも、だからこそ一緒にいたくなるんじゃない」

 

一人で生きていけるなら誰かと一緒にいる必要なんてない。今までの私はそうだった。でも、一緒にいたいと思ってしまったら、もう仕方がない。どれだけ弱くなったって仕方がない。だってーー

 

ーー一緒にいたいんだもの。

 

「こいつの面倒を見るのは大変だぞ?俺が言うんだから間違いない」

 

「それ以上に面倒持ってってあげるから問題なし」

 

「それもそうか。お前ならそうできるか」

 

私の手を取り言う。

 

「じゃあまぁ、あとは任せた。一生な」

 

………不覚にも、本当に不覚にも、いい笑顔だと思ってたしまった。

 

「それと、さっきからあなたの態度がいちいち腹立たしいのだけれど、どうしてかしら」

 

紛らわすついでに気になることを聞いてみた。

 

「それは知らん。ある程度形を持っていたとはいえ何年もこいつと過ごしてきたんだから少なからず影響しあってるってことだろ。そういうのは俺のもともとの態度じゃないからな」

 

ということはさっきまでの腹立たしい言動はわりと比企谷君の素ということかしら。

………これはあとでお仕置きが必要のようね。

 

「さてと、そろそろ時間だな」

 

「あーそう」

 

「冷たい女だこと」

 

さっきまであんな振る舞いをしてきたやつに対して温かくしてどうするのかしら。本人に自覚があろうとなかろうと罪は罪。

 

「まぁいいやそんなこと」

 

そんなことなのね………。

あ、一つ聞き忘れた。

 

「あと一つ答えて。私でいいの?」

 

これはただただ純粋な疑問だった。こいつも、そして彼女も、それを前提にして話していた。でも、実際どうかはわからない。

 

「そんなの、こいつに直接聞け」

 

そう言うとばたりとベッドの上に寝転がった彼。心臓問題なし、呼吸異常なし、脈は少し早いかな。まぁ顔を見た感じ多少熱あるしね。

 

まだお昼を少し過ぎた程度。

起きるまで待つとしましょうか。

 

 

………一緒にいれることに幸せを感じながら、ね。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「お兄ちゃん、入るよ」

 

「どうした小町」

 

「………久しぶりだね、お兄ちゃん」

 

「………ふっ、そうだな」

 

「今日しでかしたこと、なんとなくわかるよ。どうしてそう不器用にしかできないのかな」

 

「それが手っ取り早いからに決まってんだろ」

 

「これだからお兄ちゃんは、まったく。君が出てくるほど、陽乃さんが大切ってことなのかな?」

 

「まぁそういうことだろうな。単純なやつだ」

 

「それがお兄ちゃんのいいところなんじゃないの?」

 

「お前がきっかけで生まれた俺に対してその発言か」

 

「うん、そうだね。たしかにあのときは助かったね。でも、やっぱり君は好きになれない。もちろん感謝はしてるんだよ?」

 

「そりゃどうも」

 

「出てきた理由は、自己防衛のため?」

 

「それもあるが、それ以上に俺をこいつが追い出そうとしてる」

 

「どうして?」

 

「ただ単に成長するってだけだろ。俺みたいなやつはこいつ以外の中にもいる。でもこいつはそれを制御できないから放棄して、俺みたいな別人格とも呼べるようなやつを飼ってきた」

 

「ほうほう」

 

「でも、俺みたいな、言ってしまえば醜く汚い部分を受け入れようとしてるんだよ、こいつ。きちんと、それこそ全身全霊をもって、陽乃と相対したいってことだろうな」

 

「拗ねてる?」

 

「なぜ?」

 

「今まで手のかかってきた弟がいきなり自分で頑張ろうとしてるから、かな」

 

「………相変わらずだな、お前」

 

「うん、ありがと。でもこれと、陽乃さんを傷つけたことは関係ないよ。今とっても傷ついてるはずなんだから」

 

「こいつを制御しきれなくなって暴走気味になったんだよ。ただの事故だ、俺は悪くない」

 

「陽乃さんは君のこと知らないんだから関係ないよ」

 

「それもそうだな」

 

「………あとどのくらいで消えちゃうの?あのときとは違うでしょ?」

 

「そうだな、俺は完全に消える。まぁ正確に言えば吸収されるとかそういう表現の方が正しいがな。時間は、たぶんあと1日。去年一年、それから今年、なによりもここ一ヶ月で急激に成長してな、こいつ」

 

「………そっか」

 

「どうした?寂しいのか?」

 

「そりゃあね。命の恩人みたいなものだからね君は。もちろんあっちの兄ちゃんが好きだけど。君も、私からしたらお兄ちゃんだもの。寂しいよ」

 

「………ありがとな」

 

「うん」

 

「ありがとついでに、一つお願いがある」

 

「なに?」

 

「明日昼前とかに、陽乃をここに来させてほしい。なにを言ってなにを言わないでおくかっていうのは任せる」

 

「人任せなところがあるなんて君らしくないんじゃない?」

 

「こいつに毒された。迷惑な話だまったく」

 

「うん、わかったよ」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

なんだ、お前だったのか。

 

『他にだれがいるんだよ、お前の中に好き好んでいるやつが』

 

それもそうか。いや待てそれはさすがに失礼すぎるだろ。

 

『今更礼節を気にしたって仕方ないだろ』

 

まぁ、それもそうか。

 

『相変わらず納得すんの早いな』

 

そりゃ、お前の言葉だしな。

 

『俺がいなくなって、いいのか?」

 

もう大丈夫だ。ちゃんと向き合う。いつまでも潔癖していたって仕方ない。

 

『周りの人間がいつ裏切るかなんてわからんぞ?』

 

そんなやわな関係じゃねーよもう。それに、裏切られることを恐れる以上に一緒にいたいって思うんだからしゃーねぇだろ。

 

『わがままな』

 

人というのは元来そういう種族だ。

 

『なにか俺にしてほしいことはあるか?』

 

腐ったような眼をきれいにしてくれ。

 

『それはもうお前のもんだ。俺を作った代償だと思って一生大切にしてろ』

 

今までありがとな。

 

『礼はいらん。もっと俺に利益になるものをよこせ』

 

いや無理だろ。

 

『当然だな、んじゃ、そろそろ行くわ。元気でやれよ』

 

お前は俺の兄ちゃんか。

 

『小町にはそう言われたぞ』

 

あいつ………。

 

『じゃあな』

 

あと一ついいか。

 

『なんだよあの女と同じことしやがって。うざいこと極まりないな』

 

理不尽すぎん?まぁそれはいいとして。

今までお疲れ様。ゆっくり休め。

 

『………あぁ』

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

目が覚めると、そこはベッドの上だった。今までのあいつとのやりとりは夢じゃないのだろう。いや、無意識下におけることだからそういう意味では夢なのか?

まぁそんなことはいいや。今はただ、一緒にいたいと思える人が隣にいることを喜ぼう。

 

「あ、起きたね比企谷君」

 

「はい、陽乃さん」

 

「おかえりなさい」

 

「………ただいまです」

 

夕日の差し込むこの部屋は、全てが赤く染まっていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ね、ねぇみんな。なにしてるの⁉︎」

 

「いやーお前の妹がちょ〜っとむかつくことしたからこうやってみんなでお仕置きしてあげてんだよ。なぁ?」

 

「あぁそうだな」

 

「わざわざ教えてあげる俺たち優しいよな〜」

 

「こ、これって、いじめって言うんじゃ………」

 

「いじめってのはされる側がそう思うから起きることだろ?これはただの友情だよ」

 

「ひっ………ひぐっ………お兄、ちゃん………」

 

「まぁそういうことだから、お前はどっか言ってろ」

 

「優しいお前なら俺たちのやってることの大切さがわかるだろ?」

 

「助けてっ………お兄ちゃん………!」

 

「さっきからうるせえなこいつ、まだ殴られたりないのか。なら」

 

「………やめろ」

 

「あ?なんか言ったか比企谷」

 

「これ以上俺の妹に手を出すなら、お前ら全員殺す」

 

「どうしたんだよ急にそんな言葉遣いしだして。いつもみたいな優しさはどうしたんだ?比企谷よ」

 

「お前らみたいなゴミに優しさをかける必要がどこにある」

 

「っ、こいつ。これは友達へのお仕置きが必要だな。やっちまえみんな!まずはこいつからだ!」

 

「小町、待ってろよ。すぐに終わらす。てめぇら、死んでも文句言うなよ」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「もしもーしどうしたんだい小町ちゃん?」

 

「お兄ちゃんとなにがあったか教えてください」

 

できれば話したくないんだけどな。振られたというのも情けないし、振られ方も情けない。いろんなことが情けない。

 

「どうして?」

 

「お兄ちゃん、人格破綻者なんです」

 

「………は?」

 

えーっと、どういうこと?

 

「小町たちが小さかったころ、まぁ小学生のころなんですけど、そのとき住んでたところで問題が起きて。それで、二重人格が出来上がっちゃったんですよ。それでここに引っ越してきたんです。………だから話してください。小町は知らなくちゃいけないんです」

 

「………わかった」

 

比企谷君が二重人格、か。そんなこと今まで聞かなかったし見たこともなかった。というか身近にそういう人がいるということは思いもよらないことだった。………それが好きな人だということも。

 

 

今日のことを話した。やっぱり苦しい。

 

「ありがとうございます陽乃さん。傷ついてるのに」

 

そう思ってるなら放っておいてほしいものだ。

でも、小町ちゃんの言葉はさらに私を混乱させていく。

 

「お兄ちゃん、別に陽乃さんをふったわけじゃないですよ?」

 

………え、なんで?

ああいうことをされたのに?

あのタイミングで、あの行動をされて?

それで振られてないの?おかしくない?

 

「二重人格として現れたのは、お兄ちゃんの汚い部分なんです。お兄ちゃん自身が扱いきれない部分が、そのまま人格として生まれたんです。それでそいつが言ってました。制御しきれずに暴走したと」

 

「暴走?」

 

「はい、暴走です。そいつは、言ってしまえばお兄ちゃんの弱い部分を守ってきたんです。そのためにお兄ちゃん自身を制御してきたんです。それができなくて暴走したんです。明日、午前中にうちにきてそいつと話してください。陽乃さん、兄をよろしくお願いします」

 

………いつのまにか電話は切れていた。

比企谷君が二重人格で、暴走して、私は振られたという勘違いをしたと。よくわからない。わからないけれど、やるしかない。

きっと、きっとこれは私しか知らない。他の人は知らない。私がお願いされたんだ。約束、一方的だったけど、したんだ。

それに、小町ちゃん、とても辛そうだった。たぶん、小町ちゃんが最後に言った兄っていうのは、二つの人格のそのどちらともを指してるんだと思う。

 

考えろ雪ノ下陽乃。今までのピースで全ての答えを出せ。全てを立体的に組み立てろ。違えばその都度組み替えろ。

きっと、きっと、私がやらなくちゃいけないことはーー

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

今日は8月8日。

俺の誕生日だ。まぁだからといって特にない、というのが去年まで。いや去年は去年で由比ヶ浜に誘われてたっけ。いなしたけど。まぁそれよりも、今年はなんと予定があるのだできたのだ。快挙だね。

そしてその相手は、

 

「むっすー」

 

とても不機嫌だ。

 

「あの、まだ機嫌治らないんですか?」

 

「治るわけないじゃーん」

 

「治してくださいよまったく」

 

「なにさなにさ。一緒にいたいとか言っておきながら好きかどうかはわからないとか、どんだけ女ったらしなんだか」

 

そう。あの日、俺の目が覚めたあと、こんなことがあったのだ。

 

 

 

「陽乃さん」

 

「なに?」

 

「俺と、その、ずっと一緒にいてほしいです。いて、くれませんか?」

 

「はい、喜んで」

 

相変わらずこの人の笑顔は綺麗だ。そして、こうも淑やかに返事をされると非常に照れくさい。

 

「お願いしますね」

 

「わかったよー比企谷君。じゃあ今日からは本当の彼氏彼女ということだね?」

 

「え?」

 

え?

 

「ん?」

 

「どういうことですか?」

 

「一緒にいるって、そういうことじゃないの?」

 

「そういうことになるんですか?」

 

「普通なると思うよ?」

 

「………まじか」

 

普通そうなるものなの?一緒にいたいってそういうことなの?

いや待て。そういうことを言い出したら俺は小町とそういう関係になるということになるぞ。なにそれ素晴らしい。

 

「恋愛感情はないの?」

 

「よくわからないですね」

 

うーん、ないわけではないと思うんだけど、実際よくわからん。

はぁとため息をついた陽乃さんは最後に一言。

 

「この女ったらしめ」

 

 

 

そんな感じだ。

これって俺が悪いの?ねえどう思う?

まぁそれから一週間経ったわけだが。陽乃さんは、なんだろうか。かなり幼くなったというかなんというか。まぁそんな感じだ。

 

「せっかく比企谷君の誕生日なんだから告白してくれてもいいんだよ?」

 

「いや、あの、もう少し待っていてください」

 

俺の気持ちが落ち着いたらきちんと言うということで約束している。でも、あれだよな。きつい。

 

「早くしないと私が告白しちゃうぞー?」

 

「それはいやだって言ったの陽乃さんじゃないですか」

 

「私気分屋だから簡単に変わっちゃうんだぞー」

 

「でも、俺がいやです」

 

流されたくないのだ。好意なんていろんな種類がある。特に俺の場合それの判断が全然できない。

だから、そういうのは俺からしないと気が済まない。

 

「まっ、私はずっとアタックし続けるけどねっ」

 

そう言っていつでも俺を引っ掻き回す。どうにもこうにも、俺はこの人に振り回されるのが好きなようだ。




どうでした?
自分はこういうのすごく好きなんですけどね。

それでは、またお願いします。
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