風来坊で准ルート【本編完結】   作:しんみり子

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《楽しいデート》IV

「店長、これを見てください」

 

 部下から太田の前に提出されたのは、一枚の書類だった。

 ダークブラウンのマホガニーデスクに置かれたそれを、皮張りのチェアから軽く乗り出して太田は受け取った。眺めると同時、ゆったりと背をもたれると、軋んだソファの音だけがしばらくの室内を支配する。

 

 ここは、ジャジメントスーパー遠前支店の支店長室。

 マネージャー兼支店長というこの店の総支配権を持つ彼は、ゆっくりとその書類に目を通して。ちらりと紙の上から目を上げれば、待っていたように部下が申し出た。

 

「客からのクレームと、警備会社からのコメントです」

「……食品に衣類? 店の商品が傷つけられているのか」

「あと空調や設備にも一部障害が」

 

 一考。誰がそんなことをするのか。

 この時点で太田の脳内には、人災以外の選択肢はなかった。

 

「まさか、商店街の連中のいやがらせか?」

 

 そういえば、この前の野球の試合で変な奴らが出てきていた。

 ニコニココアラーズとブギウギビクトリーズの苦い思い出を振り返り、苛立ったように眉をしかめる。だが、かといって有効な対抗手段がすぐに浮かぶこともなかった。

 

「さては、あいつら……あの助っ人とかいうよく分からん連中か」

「こうなったら、警察に通報して取り締まってもらいましょう!」

「それはできんのだ」

「え?」

 

 何を当たり前のことを、と太田は部下の発言を鼻で笑う。

 それが出来ていれば、最初から苦労はしないのだ。

 

「騒ぎが大きくなって、このスーパーの条例違反の話が、大きく報道されたらどうする。一転して悪者はこっちだ」

「あ」

 

 言わずとも分かるだろう。再びチェアに深々と腰を落ち着けた太田は、くるくると軽く椅子とペンを回転させながら思案する。何か、手はないか。

 

 と、ふと思い出すことがあった。

 

『よお、邪魔してるぜ』

『オレのことは椿と呼びな』

『深紅の野郎がいるからには、あんたらの計算通りにコトは運ばないんじゃないかなあ』

 

 愉快気に。せせら笑うように太田へ接触を図ってきた男が居たはずだ。

 青いパナマ帽を被った、頬に傷のある危険な雰囲気の人物。

 

「そういえば、以前ここに妙なヤツがきていたな。たしか名前は椿……」

「おう、呼んだかい?」

 

 返事があったことに思わず太田は叫んだ。

 

「ああ、いつの間に!?」

「そしてまた私のコーヒーを勝手に!」

 

 まだ温かいコーヒーを一気飲みしたこの無礼な男は、追い出した時に店のブラックリストに登録したはずだった。それが平然とやってきているとは。

 監視カメラの網を抜けてきたのか……しかし。

 

 今となっては、使える一つの駒かもしれない。

 

「商店街の連中、潰せるか?」

「まかせな。そいつは俺の得意分野だ」

 

 まるで太田の答えを分かっていたかのように、椿という男は応接用のソファにふんぞり返る。そして懐を軽くまさぐり、こちらを振り返りもせずに一本のビンをちらつかせた。

 

「これを使えば一発だぜ」

「なんだ、その怪しげなビンは。白い粉が入っているようだが」

「神のマナ、200グラムさ。名前くらいは聞いたことあるだろう」

 

 部下が訝し気にそのビンを見つめる中、太田は問いかける。

 白い粉末。何かしらの薬であろうことは分かるが……それが果たしてなぜ商店街を潰す力になるのかと首を傾げた。

 

「こいつは南米で開発された迷惑兵器でね。これを食った虫はホルモンバランスを崩し、猛烈に食って巨大化するんだ。これだけの量があれば商店街を巨大なゴキブリの大群に襲わせることができる」

「なっ……」

 

 思わず絶句する太田に、椿が振り返って口元を歪ませる。

 

「どうだい、すぐにやってみようか?」

「ば、バカ者!遠前町を虫まみれにしてイメージダウンをさせるようなそんな作戦が採用できるか! うちの売り上げまで下がってしまう!」

「おやおや、それは残念。オレは商店街を潰せ、としか言われてないんでね」

 

 それは、そうだが。

 それにしても、こんな危険なものをほいほいと持ってくる神経が恐ろしい。

 

「ほ……他の計画はないのか?」

「まあ、今のところはないな。この薬、やるよ」

「わっ、あぶない!」

 

 軽く放られたビンを、慌てて部下がキャッチする。

 

「おいおい、落とすなよ。その薬をぶちまけたら、このスーパーが虫まみれになるぜ?

 わはははは!」

 

 高らかに声を上げて笑いながら、椿は部屋を出て行った。

 部下はビンを弄りつつ、額を抱えた太田に声をかける。

 

「店長、大丈夫ですか?」

「くそ、あの男め。その気になればこっちを潰すのも簡単だと脅してるんだ」

「しかし、その薬は本当にそんな効果があるんでしょうか?」

「なら、試してみるか? わざわざこの薬を置いていったのも、疑うなら試してみろってことだろう。まったく、恐ろしい奴だ」

 

 ああ、やれやれ。

 ただでさえ事が上手く運ばなくて心労が積み重なっているというのに、あの男の傍若無人なふるまいはそれに輪をかけてストレスを超過させるものだった。

 

「試すって、どこでです?」

「そうだな。最近、商店街にウチが買い取った酒屋が一件あったな」

「で、でもまずいんじゃ」

「まあ、少しの量なら大丈夫だろう」

 

 太田が部下に使用許可を出した時、廊下の方でかすかに去っていく足音がした。

 もちろん彼らはそれに気づけるほど耳もよくなかったし、それが普通だった。

 

 彼らの行動指針をだいたい把握した椿は、一人スーパーから出て笑う。

 ああ、まったく楽しくなってきやがった。

 そして、彼はポケットから電話を取り出すと、慣れた手つきで番号を入力し。

 

「……ああ、オレだぜ。奴らは神のマナを受け取った。オレに借りが出来たってわけだ。……分かってる。連中の狙い……というよりも、さらに上の狙いのようだが。……了解。もうしばらくこの町で楽しませて貰おうぜ。お互いな」

 

 通話を切って、燦燦と降り注ぐ太陽の下。椿は、心底愉快そうに、また一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

《楽しいデート》IV――夢と幻――

 

 

 

 

 

 

 

 その日、商店街の中にある集会所(という名のたまり場)から出てきた権田とばったり遭遇した俺は、ある程度の商店街の事情を教えて貰った。

 条例違反で出店しているスーパーだが、別に罰則があるわけではなく。スーパーを追い出すためには地道な運動を重ねていくしかないこと。

 ついでに、ビクトリーズの地位は日に日に向上していて機嫌が良いことも。

 

 その一助になれたのだとしたら、俺も嬉しく思う。

 

 権田との世間話もそんなに多いわけではなく、少し会話して別れた。

 あいつにはあいつのやることがあるだろうし、何より今は商店街にとっての正念場だ。昔からいるあいつが懸命に頑張っているのを、背中から押すくらいでちょうどいい。

 

 そうそう、それだけチームが重要になってきているなら、野球でこの町を宣伝するのもありなんじゃないかとは言っておいた。

 プレッシャーになるとかなんとか渋面を浮かべていたが、その程度は飲み下して背負う覚悟はあいつにもあるだろう。

 奈津姫さんのことも含め、頑張ってほしい限りだ。

 

 さて、何をしようかな。

 権田が居るであろうカシミールに行くのもちょっとさっきの今では微妙に気まずいし――そう考えたら、だいたい行く場所なんて一択だ。

 

 と、喫茶店に足を向けた時だった。

 見覚えのあるツインドリルが見えたのは。

 

 結構パンパンに膨れた紙袋を、四つほど抱えて歩いている。

 ……買い物か? 喫茶店の買い物は昨日したばかりだろうし……もしかしたら私物かもしれないが。

 いずれにせよ、声をかけない理由もない。

 後ろから、小石でも蹴るような軽い気持ちで声をかけた。

 

「持ってやろうか?」

 

 くるりと綺麗なターンで振り向くと、メイド服のスカートがふわりと浮かぶ。

 中にペチコートでも入っているのか、というような具合に広がるその柔らかさは、……可愛いが准がやっているだけで警戒心が生まれるのはなぜだろう。

 

「あ、小波さん。ありがと~。だから大好きだよ、貴方のこと」

「だからって、一言もそんなこと言われたことないぞ」

 

 まあもし言われたとしても、どんなネタにして晒されるか分からないからスルーを決め込むが。……もう騙されない。絶対に騙されない。

 

「じゃあ、はい」

 

 手渡された紙袋……全部かよ。いいけど。それらを持ち上げて、ふと気づく。

 随分と軽いな。上げたり下げたりしていると、彼女は俺の思っていることに察しがいったのか、軽く人差し指を立てながら笑った。頬に当てるなあざといから。

 

「布とか生地とか色々だよ」

 

 布……色々……。縛ったり、吊るしたり?

 あり得る。こいつならやりかねない。

 

「それは犯罪だぞ、准」

「小波さんは縛ったり吊るされたりするのが好きみたいだね。やってあげてもいいよ。サービス料は無理やり取るけど」

「ご、ごめん。俺にそんな趣味はない」

 

 だからその黒い表情やめてください。

 

「それは服を作るのに使うんだよ」

「ああ、そういう」

「他になにがあるのよ。私が何やってるのか知ってるくせに」

「いや、デザイナーの話よりずっと普段の准が強烈だから」

 

 じと、と湿った瞳で見上げながら、彼女は俺の隣にさらりと並んだ。

 少しだけ歩調を緩めると、彼女は後ろ手を組んでとことこ歩き始める。

 

「時間が出来た時に作ってるの。こうやってまとめ買いしておかないと、時間ができた時に買い物に時間を費やすのはもったいないでしょ」

「まあ、確かにな。作ったものは誰かに見せたりするのか? そのメイド服みたいに」

「そうだねー。たまにかな。それ系のイベントに出たり、フリマで売ったりしてるよ」

 

 それ系のイベント。

 作ったものを見せ合うとか、そういう服飾系のイベントがあるのだろうか。

 服飾にはまるで疎いので、そのあたりのことは知る由もないが。

 

 でも、と思う。

 

 横を見れば、ぽつぽつと話す彼女の姿。

 喫茶店で見る営業スマイルでも、俺でヒマつぶしする時の極悪人の笑顔でもない、なんだか自然な微笑みがそこにあった。それだけで、俺でも分かる。

 

「そうか。本当に好きなんだな」

「うん」

 

 こくんと。小さく頷く。照れ臭いのだろうか。……いや、これはおそらく俺の油断を誘う演技と見た方がよさそうだ。主導権を握ろうとすると偉い目に遭うからな。

 経験的に。

 

 察しがいいピッチャー小波深紅は、話題転換ついでにふと思った疑問を投げる。

 

「でも、それならなんであの店でバイトしてるんだよ。アパレルとかの方がよくないか」

「ううん、そんなことないよ。ここで、こんな格好でバイトしてるといろいろな人がやってきてくれるでしょ」

「色んな人ねえ」

 

 電視とか? 維織さんとか? まあ、確かに濃い人間が多いよな。

 分かる分かる。

 

「放浪してる人間とか、軽くヒモになってる人間とか、自分のお金じゃないのに我がもの顔でコーヒー飲んでる人間とか」

「ふむ、さっぱり見当がつかないがそんな人もいるんだな」

「そういう人たちと接する方が今の私には大事かなと思ったんだ」

 

 どう考えても一人だが。

 俺の視線に気づいたのか、目があった准は軽く鼻で笑った。

 そして、何事もなかったかのように続ける。このアマ。

 

「確かに衣料関連の場所でバイトしたほうが良いのかもしれないけど、ここは衣類関係よりも、より多くのお客さんの表情が見れるでしょ」

 

 ……なるほどなあ。一理あるのかもしれない。

 独学でどの程度できるかにもよるけれど、彼女の考えることも分かる気がした。

 より多くの人と会いたい。その気持ちは、俺にもある。

 

 彼女の将来と違って、俺のそれは暗中模索に近い霧中の幻かもしれないけれど。

 

「だから私はここでお客さんの表情から、いろいろなことを読み取れるようになるために勉強してるの」

「そうか。ここでは人の勉強をしてるわけだな。将来の夢のために突き進む姿は、俺も見てて気持ちがいいよ」

 

 素直に思ったことだ。

 彼女のこの先は、きっと俺の及びもつかないほど明るい未来が広がっているに違いない。ブランドを代表するデザイナーになるかもしれないし、企業の中枢で服飾業界を動かす人間になるかもしれないし、いずれにしてもその才能を発揮できる場所に、彼女はいけるはずだ。

 才能のある奴が努力する。これは、殆ど無敵に近いと俺はよく知っている。

 

 と、俺が勝手に一人で納得していると。

 気づけば、彼女は少し元気をなくしているように見えた。

 

「准?」

「やめよっかなって思う時もあるよ?」

「……そりゃ、そうか。どんなものも、挫折とは隣合わせだろうしな」

「うん。……それこそ服飾は独学だし。イベントに出て、私が凄いなと思った人がちゃんと専門に通ってたりすると、置いていかれるんじゃないかって焦ることもあるし。バイト中も、こんなことしてる時間があったら勉強した方がいいんじゃないかって思う時もある。……うまくいかなくて、才能ないんじゃないかって。やめちゃおうかなって思う時もある」

「いいのか、そんなこと俺なんかに言って」

「貴方じゃなかったら言わないよ」

 

 その瞳が俺をからかうものかどうか、正直俺には分からなかった。

 こいつには何度も騙されたし、騙されまいと思ってもその真贋を見抜くのは至難の業だ。……けれど。この話は。彼女の大事な夢の話だ。

 なら……信じてバカを見て笑われた方が、俺が笑うよりも百倍マシだ。

 

「そっか」

「うん。そうなんだよ」

 

 ぽつぽつと、歩く足音だけがしばらく耳に響く。

 それを遮ったのは、准のか細い声だった。

 

「小波さんはさ」

「ん~?」

「小波さんは……私がそんな状態になっている姿を見たら助けてくれる?」

「ああ、助けてやるさ」

 

 今だって、そんな感じじゃないか。

 夢の話をする相手がそう居ないのであれば、その愚痴を受け止める人間だって限られる。なら、頑張る彼女の背中を押す手のひらの数は、応援する人間のたった二倍だ。

 彼女を支える一助になるなら、俺は何度でも――

 

「頑張れよと一言、言ってやるよ」

「えっ。それだけ?」

 

 振り向いた勢いがちょっと強くて、二房の金髪が勢いよく揺れた。

 ぱちくりと目を瞬かせる大きな目を、まっすぐに見返して頷く。

 

「それだけだ。でも、お前にはそれで十分だろ?」

 

 だって、夢を持つ人間は。努力を怠らない人間は。

 

「そう言ってくれる人がいるだけで、夢を持ってる人間は前に進むことができるからな」

 

 そうだったろ、小波。

 ……そして、あいつらもそうだった。

 

「さすがに下手に歳をとってないね、小波さん」

「下手にってどういうことだよ」

「大人だねって言ってるの」

「はいはい、さんきゅ」

 

 褒められてると思っていいのか……いや、良いだろ、別に。

 准が俺をまともに褒めてくれることなんて未来永劫あり得ない気もするし、たまの礼もどきくらいは、まあ、うん。言ってて悲しくなってきたな。

 

 そうやってあれこれ話していると、もうそろそろ喫茶店に辿り着く。

 そんな頃合いになってきた。

 

 次の曲がり角を曲がれば、もう目の前だ。

 

 と、微妙に会話が途切れたことが気になって准の様子を窺った。

 何だろう。やっぱり、微妙に元気がないような気がするのだ。

 

 さっきの励まし方は良くなかったのだろうか。

 もしかしたら、頑張れ程度じゃ足りねえよ的な文句でも――

 

「じゃあ、頑張れって言ってくれる人がいるから、頑張ってみようかな」

「おいおい、居なくても頑張れよ。自分の夢だろ」

「だってさ」

 

 ……ぱたりと。

 准は足を止めた。つられて止めて、振り向けば。

 なんだろう。いつもの雰囲気のどれとも違う准が、そこに立っていた。

 

 強いて。強いて言うなれば。まるで今にも泣き出しそう――いや、泣きだすわけではないにせよ。怒る? 悲しむ? 分からない。けれど、一つ分かるとすれば。

 

 彼女は何か、うちに秘めた決壊寸前の感情を、抑え込んでいるような。

 あれだけ営業スマイルの上手い准が、何を。

 

「准……?」

「だってさ。当てにしてないと……居なくなりそうじゃん、小波さんは」

「……」

「否定しろよ♡」

 

 泣き笑いのような表情で、准は無理に作った笑顔で俺をどつく。

 でも。今のお前は……真面目な話をしているはずで。なら。

 

「嘘ついちゃダメだろ?」

「……ねえ、小波さん。なんで、旅してるの?」

「真面目な話だと思っていいんだよな」

「うん。今は、真面目な話」

「贖罪かな」

「っ……、贖罪?」

「そう、贖罪。だって、普通に暮らしている方が楽じゃないか。お金もあるし、家もあって。わざわざそれをしないで居るのは、俺にとっては……贖罪、かな」

「なにを……ごめん。なんでもない」

 

 何をしたの。とでも聞こうとしたのか。

 俺が気に病むと思ってやめたのか。……なんだかんだ、こいつ優しいしな。

 

「……探してるんだ。俺の存在する理由を。これでも昔は正義のヒーローだったんだよ」

 

 きわめて明るく、おどけて肩を竦めてみせる。

 目と目が合って。けれど、彼女は黙って俺の言葉の続きを待っているようで。

 

「……」

「あれ、怒らないのか」

「真面目な話って言ってるのにボケるような人じゃないって信じてるよ。今の言葉がぽつんとそこに有ったら蹴り飛ばすけど、貴方から出た言葉なら黙って聞く」

「そっか。ありがとう」

 

 俺、そんなに准から信用を得ていた覚えはないが。

 けれど、まあ。俺としても、彼女に隠すような話ではない。

 

「まあ色々あってさ。正義だったはずの俺たちは悪で、誰かにとっては乗り越える壁でしかなかったんだよ。あいつらは答えを見つけて、俺たちは消えた。俺たちは、間違っていた。今にして思えば、色んな悪いことをしたからな」

「……消えた?」

「ああ、消えたんだ。けれど、俺たちにも続きの人生があった。何故、そのまま消えなかったのか。その答えが欲しくて、俺は旅を続けているんだ。俺の人生の意味を」

 

 何かを察したように、准が思い切り顔を上げた。

 ちょっと気圧されたけれど、俺は嘘は言っていない。

 

「……よく、分からないけどさ。維織さんの「生まれ変わりを信じるか」って言葉にすんなり信じるって答えたのは――」

 

 ああ。そういうことだよ。

 切ない話ではあるけれど。でも、これは俺にとっての罰なのかもしれない。

 だから、贖う。俺は、どこに行っても人を助けようって思ってる。

 そうすればいつか、分かるんじゃないかってさ。この手が誰も引き上げられないほどボロボロになった頃、何かを見つけられる気がしているんだ。

 

「今、俺は生まれ変わってしまったばっかりなんだよ。赤ん坊同然。いや、流石に子どもくらいにはなれたかな。前の街で出会った奴らのお陰で、少なくとも人を知った。……けど、それだけじゃ、俺が生きている理由は分からないまま。だから、探すんだ」

 

 どん、と。

 彼女は、俺に体当たりをかましてきた。

 言っちゃ悪いが、所詮は女の子一人分。受け止めるには容易で……あれ?

 

 ……離れないで何してるんだ?

 

「小波さん」

「ちょ、准?」

「消えちゃいそうだよ、今の貴方。よく分からないのに、"本当"なんだよね。……ごめん、こんなことして」

 

 俺の胸元、ストールに顔を埋めたまま、准は動こうとしない。

 か細く聞こえるくぐもった言葉を聞き取って拾い集めて。彼女は俺の言葉を全部信じてくれているみたいで。それは、嬉しいことだけれど。

 

「いや、良いけど。でもそろそろ離れてくれると」

「離れてやらない」

「准? なんでお前、こんな。今はふざけてる場合じゃ」

「貴方は、分かってないよ。人を分かってない。貴方が人だってことを分かってない。貴方は、貴方自身が守られることを知らないんだよ。誰かを守るだけじゃ生きていけないよ。そんなの、疲れちゃうよ。疲れちゃうから、貴方はまたどこかへ行っちゃうんだよ」

 

 ありがとう。心配してくれるのは嬉しい。

 でも俺は平気だ。人とは身体の作りが違うからな。きっとそれにも何か理由があるはずで。考えられるのは、そう。人より多くの人を救える者の身体だから。

 疲れるなんてことはないさ。

 

「平気だよ、だって、他の街でも誰かを助けられればって思ってるだけで――」

「貴方は正義の味方かもしれないよ!」

 

 ぐ、と外套を掴む力が強くなる。

 

「でも、正義は貴方の味方じゃなかったんだよ」

「っ……」

 

 それは、俺が間違っていたからだよ。

 

「それを突き付けられたんでしょ? 悲しそうだったよ。今の貴方は寂しそうだよ。貴方がみんなから一歩引いてるのは、もう傷つけたくないからだよ」

「おい、准……落ち着けって」

「何も知らないよ、貴方のこと。ただ貴方の言葉を信じてるだけ。信じられるくらい、貴方の生きてきた道と、今の在り方が繋がってるから。……そんな生き方、ダメだよ」

「……俺は、人じゃないかもしれない。だから、」

「そうだね。人じゃないよ、小波さんは」

 

 ああ。そうだよ。人じゃない。人間の眩しさは、俺にはまだ遠い。

 小波や友子の軌跡を美しいと遠ざけているうちはまだまだだ。それは俺にも分かってるさ。

 ……准も分かっているから、そう言ったのかもしれないけれど。

 

 参ったな。

 准と色々話すの、楽しかったんだけど。この調子じゃ、あいつらと同じく決別を――

 

「一人じゃ誰だって人にはなれないよ。そんなことも知らないんだもん」

「准?」

 

 するりと。力なく彼女の腕が俺から離れた。

 前髪に隠れた彼女の瞳は見えない。

 

 けれど、か細く聞こえた彼女の言葉と、俺の横をすり抜けて走っていくその行動の意味を察せないほど俺はバカじゃない。

 

「ごめん、小波さん。荷物持ってくれてありがと。お店に置いといて」

 

 

 雨が、降ってきた。

 

 

 

 

ハンサムが5下がった。

バンザイが3下がった。

やる気が2下がった。

???が1上がった。

 


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