風来坊で准ルート【本編完結】   作:しんみり子

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《バーサクわっしょい!》II

 ジャジメントスーパー、支店長室。

 

「椿! 椿はいるか!」

 

 自分以外に誰の姿も見当たらない。

 それが分かっていても、太田は叫んだ。

 

「はいはい、聞こえてますよ」

 

 ――自分に気づかれないレベルで気配を消すことが出来る化け物が居ると、知っているからだ。

 椿はいつものように勝手に太田のコーヒーを飲み干しながら、いつの間にか応接室のソファにふんぞり返っていた。

 

「商店街をつぶすとか言ってたくせに、どうなってるんだ」

 

 もう、太田も慣れたものだ。額に手を当てながら、唸るように言う。

 椿が飄々として、何も考えていなさそうな顔をしていてもだ。

 

「何かあったのかい?」

「あいつら、ブギウギ商店街を野球の街としてアピールするつもりだぞ。まったく元気そのものじゃないか!」

 

 つい、癖でデスクを殴りつけて威圧する。

 部下たちなら軒並み竦み上がるような一喝も、しかし椿にとってはそよ風以下だ。鬱陶しそうに手を払って、彼は頷いた。

 

「ああ、なるほどね。野球ねえ……」

 

 ぼんやりと、部屋から窓の外を見る。余裕に満ちたその雰囲気は、ますます太田を苛立たせるだけだった。あげく、振り返った椿は子供のような笑顔で言ったのだ。

 

「いいんじゃない?」

「いいかげんにしろ! 土地の買収計画がますます遅れる……」

「買収計画?」

「あ」

 

 思わず口を押えるも、もう遅い。

 そうかそうかと椿は頷いて、太田の元へと歩み寄る。

 気づけば、足が下がっていた。目の前の脅威から逃れるように。

 しかしそんなもの知ったことではない。が、と肩を組まれてしまって、横を見ればすぐ隣に、鋭利な眼光が迸る。

 

「ははあ、あんたらの真の目的はあの街の土地か」

「いや、その、駅前の土地を再開発しようかと、お、思ってるだけだよ?」

「ふーん。じゃああそこに何かがあるんだな?」

「ないないない、絶対になんにもない! とにかく、お前は商店街を再起不能にしてくれれば、それでいいんだ!」

 

 なけなしの勇気を振り絞って彼を振り払う。

 おどけたように大げさに椿は両手を上げると、ついで笑った。

 

「簡単じゃねえか、そんなの」

「なに?」

「今すぐビクトリーズに試合を申し込むんだな。試合でコテンパンにやっつけて大恥をかかせてやればいい。野球の看板背負えないくらいにね」

「な、なるほど」

 

 考えなかったわけではなかった。

 けれど、太田には自信がなかった。

 

「だがこの前の試合でコアラーズは負けてるんだぞ」

 

 そう、どこか縋るように問いかけると。

 椿は愉悦を顔いっぱいに広げて言い放つ。

 

「そのときは、オレがいなかったんだろ?」

 

 

 ――野球は、オレの得意分野でね。

 

 

 

 

 

 

《バーサクわっしょい》II――野球の町、遠前町――

 

 

 

 

 

 

 

「あら、ダチョウイベントは中止になったの?」

 

 ダチョウの脱走騒ぎがあった翌日の話だ。

 俺は権田や会長の指示に従って幾つかの機材の運び込みを手伝ったあと、手持無沙汰になって見物へと繰り出していた。

 権田や会長が、客に対して笑顔で応対している姿が見て取れる。

 

「はい、その代わり野球イベントとなっております。我が商店街の誇るチーム、ブギウギビクトリーズがじっさいに使っているバッティングマシーンで、三球中一球でも当てられたら商品券をプレゼント」

「あら、それならやってみようかしら」

 

 練習で使っているバッティングマシーンまで引っ張り出してきて何をするのかと思えば、結構色々考えられていた。バッティングマシーンのあるブースには列ができ、商品券を獲得した人もちょこちょこ見受けられる。

 なるほど、楽しそうだ。

 

「はい、はい! 人間の投げた球がいい方はこちら。ブギウギビクトリーズのピッチャー、木川則夫の球を打てたら豪華賞品をプレゼント!」

 

 へえ。

 

「ピッチャーってことなら俺も……」

「お前の球は洒落にならないから引っ込んでろ小波」

 

 いつの間にか背後に居た権田に首根っこを掴まれた。

 何をするんだ。

 

「のりおのヤツには、コントロールの狂わない程度の球速でストレートを投げろと言ってある。その場合、あいつは120km/h出るか出ないかという……まあ、普通の人にとってはそこそこ難しい球を放るわけだ」

「ああ」

「お前、そうなったらどのくらいの球速だよ」

「145くらいだな」

「打てるヤツが居るわけねえだろ、引っ込んでろ」

 

 おのれ、なんてことだ……。

 ……おや?

 

「これは、投げたボールをパネルに充てるのか。テレビで見たことあるな」

「どうです? 一回500円ですが、得点によっていろんな景品がもらえますよ?」

 

 なるほど、ストラックアウトまであるのか。

 それは面白そうだけれど……俺そんなにコントロール良い方じゃないしな。

 

「やらないの?」

「うぉ、准!」

 

 ぴょっこりと。背後から顔を出したツインドリルに驚く。

 お前、仕事中じゃ――ああ、仕事の買い出しね。

 買い物袋で察したわ。

 

「……おい小波、そっちの方は?」

「初めまして、ダーリンの彼女です♡」

「嘘をつくな嘘を」

 

 腕に絡みつく准を引きはがす。

 

「そんな……私はもう、要らないのですか……ご主人様ぁ……♡」

 

 流石にもう騙されないからな。俺はもう絶対に、そんな潤んだ目したって絶対に騙されないからな。

 

「ああ、あんたが彼女さんですか。どーも、俺はこいつと組んでるキャッチャーの権田です」

 

 権田あああああああああああああ!!

 

「嬉しい♡ 信じて貰えるなんて♡ 小波さ――深紅さんったら酷いんです♡ 私のこと、邪魔みたいに……♡」

「小波お前……女の扱いくらいは心得てると思ったんだが、失望したぜ」

 

 ごぉぉおん……。

 脳内で鈍い音が響いた。今の俺の顔は黒く染まっているに違いない。

 

「さて、彼女さん、せっかくだからやっていくかい? 商店街で買い物していたんだろう?」

「あ、じゃあダーリンにお願いしてもいいですか♡ ダーリンダーリン、私ぃ、あの景品欲しいぃ~♡」

「あー、一応こいつはビクトリーズの仲間だからな。流石にそれは」

「でもでも、私、ダーリンのかっこいいところみたいです♡ それに、お買い物はしましたし♡」

「…………よし、良いだろう。ただ、小波が参加したとバレたら厄介だから――」

 

 ぽそぽそと権田が准に作戦を話す。

 何でも、俺はストラックアウトの宣伝のために見本として客集めに使うらしい。

 で、景品取れるくらいポイント稼いだら准にこっそり渡す、と。裏の処理は俺をただの客扱いして終わらせておく、と。

 

 ……重いわ。責任重大じゃねえか。

 

「ありがとうございます♡ きっとダーリンならやってくれます♡」

「ま、そうだな。なんてったって俺たちの頼れる投手だからな」

「えっ、そうなんですか?」

「なんだよ、彼女さんに何も教えてねえのかよ。小波は俺たちのチームの投手で、打撃もうちで一番と言っても過言じゃない。俺たちにとっちゃ、最も頼もしい仲間だよ」

「凄い凄い♡ 誇らしいです♡」

 

 軽く会話していた二人が、こちらを向いた。

 権田は准に見えないようにサムズアップしやがった。あの野郎、本当に准を彼女だと思って俺の株上げて……おそらくは奈津姫さんの方でのアシストを期待しているに違いない。そして准の方はと言えば。

 

 なんか、凄い黒いオーラを出しながら、口パクで

 

(景品とってね?)

 

 お前やっぱり最初から目的はそれかあああああ!!

 

 

 なんてヤツだ夏目准。権田に彼女ですとか言った時からこれを狙ってたのか。

 策士過ぎる。こっわ。やっぱこいつ怖いわ。何考えてるのか分からん。

 

「……まあ、頑張るわ」

「おい小波、一つだけ条件がある」

「まだあるのかよ」

「ビクトリーズの力を示す良い機会だ。全力で投げて、全部のパネルを抜け」

 

 また無茶ぶりを……。

 

 

 

(そして・・・)

 

 

 

 俺の周りには人だかりが出来ていた。無理やりユニフォームを着せられて、仕方なく肩を温めるために軽く何球か放っている。 

 

「へえ、あれがビクトリーズのエースか」

「そんなに球威ねえな」

「コントロールが良いとかそんな感じじゃねえの? これストラックアウトだし」

「ふうん。ビクトリーズねえ」

 

 などなど、好き放題言われている。

 そしてエースになった覚えはねえよ。誰が言ったんだそんなこと。

 

 衆人環視の中で投げるのは何度かやってるけど、近いわ。マウンドから数メートル横で見られるってどんな状況だよ。

 あと准の目が怖い。「舐められたままでいいの?」みたいな視線の圧を感じる。

 

 これあれだな、球速が低かったらバカにされて終わってたんだろうなあ。

 けどまあ。実はちょっと球の速さには自信がある。コントロール? はっはっは。

 

「はいそれでは皆さんご注目ください! ストラックアウトのやり方を簡単にご説明させていただくと同時に、我がブギウギビクトリーズのエース、小波深紅の投球をお見せいたします!!」

 

 権田……お前がエースだのなんだの言ってたのか……。

 

「じゃ、小波。くれぐれも全力で、な」

 

 ドスの利いた声で、俺にだけ聞こえるように呟いた。分かったよ。分かった。

 ぽかしても怒るなよ。

 

 振りかぶって一球目。まあ、ど真ん中狙えばどっか抜けるだろ。

 1~9まで割り振られた番号のうち、真ん中の五番を狙う。

 

 パァン!! とはじけたような音がして五番が抜けた。おお、調子が良いぞ。

 

 くるくると肩を回す。

 

「はっや」

「え、草野球ってあんなピッチャー居るの?」

「さっきのバッティングの方も結構早かったけど、この投手やべえ」

 

 ちら、と様子を見る。

 

「~♪」

 

 ……准は上機嫌だ。ならいいか。

 と思っていたのに権田がわざわざデカい声で言う。

 

「おい小波、全力で投げろっつっただろ」

 

 周囲が少しざわめいた。いや、俺結構ちゃんと投げたよ? 本当に。

 

「お客様の前で緊張するのは分かるが、全力だ全力。まだ143km/hとかだぞ」

「ありゃ? マジ?」

 

 スピードガンを突き付けられたらまあ仕方ない。

 どこで測ってたのか知らないが。

 

「マジだマジ。……はいすみません皆さん。このように投球速度も測ることが出来ますので、ご要望の際は係り員までお申しつけください!」

「145キロ近く出てて"まだ"ってどういうことだよその投手」

「マックス幾つだよ」

 

 ……権田め。なんだか最近こいつまで策士になってきやがった。

 

「はい、ブギウギビクトリーズのエース、小波深紅の球速はマックスで155キロを記録します。そして我々ビクトリーズは、日夜そんな彼の球を打って、取ってを繰り返しチームとしての強さを盤石なものにしております。ぜひ、試合の際は見に来てくださいね!」

「155!?」

「それが本当ならプロでもおかしくねえじゃねえか」

「小波さんだっけ、投げて投げて!!」

 

 こ、な、み。こ、な、み!

 

 やめろやめろ。コールをかけるな恥ずかしい。

 したり顔の権田が物凄い腹立つな。これたぶん155出すまで帰らせて貰えねえぞ。

 

 最高速出すなんて、そうそう上手くいかねえんだからな。

 

「深紅さん、頑張って♡」

 

 准め、調子の良いことを。

 

 振りかぶって、投げた。

 どかん、とフレームにぶつかった音とともに、1、2、4番を纏めて打ち抜いた。

 

 おお、マジか。やったぜ。

 

「おおおおおおおおおおお!!」

「すげえなビクトリーズ!」

「こんなヤツからいつも打ってるのか!」

 

 やんややんやの大騒ぎ。

 権田がにやけた顔でスピードガンを見せてくる。球速は155キロ。

 喧騒の中、誰にも聞こえないような小声で権田は笑った。

 

「奈津姫さんの応援ネタで俺をからかえなくなったな」

「うるせえ」

 

 嘆息して。

 

「はい、ビクトリーズの試合がある時は町の広告やネットで逐次報告しております! 皆さん、ブギウギビクトリーズの応援もぜひ宜しくお願いいたします!!」

 

 上機嫌な権田の声が腹立たしくて、俺はもう一球を全力で投球した。689番が同時に抜けた。

 

 

 

 

(そして・・・)

 

 

 

 景品を受け取った准は、ご機嫌で「またあとでね」と帰っていった。

 あいつ、俺を利用し尽くしやがって。

 

 あの後、俺は残った3と7のパネルを4球使って抜いてストラックアウトをクリアした。観客からの歓声に応えて、ついでにストラックアウトをする客の投球アドバイスとして残らされ、あれこれやっているうちに日が沈む。

 

「なんだかんだ最後まで付き合わせて悪かったな」

「それは良いが……あれで俺がしくじってたらどうするつもりだったんだよ」

「投手を信じるのが捕手の役目だからな」

「好き放題言いやがって」

 

 イベントを終え、ストラックアウトの機材の片付け。

 俺と権田の二人であれこれやっていると、そこへ会長がやってきた。

 

「やあ、今日はありがとう。盛況で終わったようで何よりだよ」

「いえ、小波のおかげです」

 

 さらりと権田が言う。いや、それは良いって言ってるだろうが。

 まあ、権田が俺を見て笑ったところを見ると、たぶん計算づくなんだろうけれど。

 

「うん。いやほっとしたよ。一時はどうなるかと思ったからね」

「……ああ、ダチョウ祭り」

「そうそう。色々大変だったからね」

「ロードランナーのおかげで何とかなりましたから」

「ロードランナー?」

「こいつが乗ってたダチョウに勝手につけた名前です」

「ああ」

 

 勝手にじゃないやい! あいつも同意してくれたはずだ!!

 

 適当にあれこれ言葉を交わしながら、片付けを進めていく。

 日が落ち切ってしまったら、視界も悪くなるしみんな家の用事があるだろう。

 てきぱきと一つ一つを終えていくと、ふと会長が思い出したように口を開いた。

 

「ところで、ダチョウを逃がした犯人だが」

「ああ、それなら――」

 

 椿って野郎です。と、俺がいうよりも先に権田が割り込んだ。

 

「それについては少し待って貰えませんか」

「権田? どうした?」

「いや。ただ、俺を信じてください」

 

 俺には一瞥をくれるのみ。

 ただ、会長は困ったように少し思案してから頷いた。

 

「分かった。けれど、もうこんなのは勘弁だよ」

「はい。必ず」

 

 ……権田は犯人を知ってるのか?

 

 


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