風来坊で准ルート【本編完結】   作:しんみり子

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《バーサクわっしょい!》III

 ジャジメント、ニコニココアラーズ屋内練習場にて。

 

 木製バットが芯を捉え、響き渡るは弾かれたような打球音。

 それが何度も何度も、リズミカルに鳴り続ける。

 

「な、なんなんですかこの人は!」

「椿の実力が、これほどとは……」

 

 打席に立つのは、マウンドの投手の顔くらい青い青に身を包んだ一人の男。

 ぷらぷらとやる気なさげにバットを握り、しかし投手が腕を振るうと同時、その瞳に一瞬だけ力が奔る。そして、スイングしたと同時にあの音が響き、打球はスコアボードへと。

 

「元プロの大北の本気の投球を100球連続で柵越えアーチにするなんて……」

 

 部下の青年の呟きも、今の太田には聞こえない。

 

「おう、このくらいで勘弁してやるよ。元プロのプライド、潰しちまったら悪いからな」

 

 流石に飽きたのか、椿はバットを担ぐと打席を後にした。

 あくびを一つして、汗一つかかずに練習場を出ていく。

 その背を見送った大北が足元から崩れ落ちると同時、太田は思わず叫んだ。

 

「そんなもの、とっくに粉々だ!」

 

 

 

 

(そして・・・)

 

 

 

 

 

「コアラーズから試合の申し込み?」

 

 練習前の軽い素振りに興じていた権田の元へ、会長がやってきた。

 俺もスパイクの紐を結びながら、ゆっくり顔を上げる。

 

「そうなんだよ。ずっと先の七月十五日なんだけどね」

「夏祭りの翌週ってところか」

「ああ。ただ、なんだか観客も集めてイベントにしようって言ってきてる」

 

 なるほど、そういうことか。

 

「こっちが野球で商店街をアピールすると聞いて、試合で叩き潰そうって腹ですね」

「へっ、ちょうどいいや。商店街復活の景気づけに、完全勝利をあげてやるぜ」

「気にかかることがあるとすれば、ひと月近く空けてきたことですが」

「まあ、宣伝やらなにやらで時間がかかる分じゃないかな?」

 

 ……それは、そうかもしれないが。

 逆にもし客寄せが理由ならスパンが短すぎる気もするし……余程ブギウギ商店街を発展させたくないのか? いや、にしても理由にしてはやってることがぞんざいだ。

 

 もし叩き潰すことを考えるなら、そこそこ野球の街が浸透してきた頃の方が振れ幅は大きいし再起不能にもなる。なんだ、なんでひと月なんだ?

 何かの準備か罠でもあるのだろうか。

 

「どうした、小波」

「いや、妙だなと思って。中途半端過ぎないか? 期間が」

「そうか? どうせ新戦力でも増やしたんだろ。ジャジメントのことだからな。チームに戦力馴染ませるなら、ひと月もあればいい」

 

 ……ああ、なるほど。

 

 お前か、椿。

 

 

 

 

 

《バーサクわっしょい》III――七夕――

 

 

 

 

 

 それからしばらくの間、俺たちは練習に練習を重ねて自分たちの実力強化に努めてきた。妙な新メンバーも増えてきて、連携プレーも難しくなってくる。

 特に、助っ人として加入した連中は腕は良いが性格に難ありといった者たちばかりなのだ。性格というか、見た目というか。

 

「どうしたのカニ?」

「いや、なんかすまん」

「どうして小波が謝るのカニ?」

「色々とな……」

 

 何故カニがこんなところに居るのかとか。

 なぜ内野でピエロがジャグリングしているのかとか。

 何故みんな鎧武者を特に気にしないのかとか。

 何故マウンド上でパソコンを弄っているのかとか。

 

「……権田」

「なんだ」

「いや……今はいい」

「そうか。練習始めるぞ」

「おう」

 

 まあ、紅白戦が出来そうなくらいに人数が増えてきたことをひとまず喜ぶとしよう。

 会長の号令で、一度メンバーが集まる。

 

「おはようみんな。今日はみんなに話がある」

 

 ん?

 隣の権田は訳知り顔で居るが、ざわついている奴の方が多い。

 商店街の方ではもう決まったことなのか、権田にだけは相談していたのか。

 

「今まで、私が商店街会長として監督をやってきた。しかし、商店街の立て直しと野球の練習を両立するのははっきり言って無理だ。そこで、監督を雇うことにした」

 

 はあ、なるほど。

 そりゃ権田は知ってるはずだ。キャプテンだしな。

 

 にしても、監督。監督ねえ。

 べつに誰が来てもそんなに大勢に影響はないと思うが――

 

「紹介しよう、佐和田さんだ」

「よろしく」

 

 ……。

 

「佐和田さんは、長年学校で野球監督をやってきて、甲子園優勝の実績がある方なんだ」

「おお、それはすげえや! ……ん、どうした小波。その顔は」

「ほっといてくれ」

 

 甲子園優勝実績、ねえ……。

 いや、皆まで言わなくてもいいさ。頑張ってくれ、監督さん。

 

「それじゃあ、さっそくチームメンバーの実力を見せて貰おうか」

 

 ぱん、と手を叩いた彼の号令で、ひとまず今日の練習メニューをこなすことになった。会長はと言えば、うんうんと何か一人で頷いて商店街の方へと戻っていく。

 このまま会長の思うように、うまいこと進んでくれればいいのだが。

 

 俺だけが不安を抱えつつ、投球、バッティング、諸々の練習を終えて。

 

 最後に監督の元へと集合すると、全員の顔を眺めてから彼は口を開いた。

 

「よし、だいたいのところは分かった。練習メニューは次回までに組んでくるとして」

 

 ……本当に分かったのか?

 

「小波、お前がキャプテンをやれ」

「えっ?」

 

 訝しむ視線がバレたのかと思ったが、目が合った佐和田監督は予想の斜め上の発言を繰り出した。隣に居た木川が慌てたように進み出る。

 

「でも、これまでこのチームは権田さんが中心になって……」

 

 彼の言いたいことは、俺を含めたメンバー全員の総意だったろう。

 正負はどうあれ、困惑はみんなの共通点だ。

 そんな木川の談判を聞いた監督は、しかし表情一つ変えずに権田を見ると。

 

「ああ、そうなのか。じゃあ権田、小波を補佐してやってくれ」

 

 などと供述し。

 

「じゃ、今日はこれで解散」

 

 それだけ言うと、グラウンドを降りていった。

 ……前よりひどくなってないかあのおっさん。

 

「ちょ、ちょっと。なんなんですか、あの監督」

 

 視線を横にやれば、ちょっと離れたところで権田がメンバーに囲まれていた。

 殆ど……いや、全てが昔からいるメンバーだ。

 

 逆に、俺の肩に手を置いたのは寺門。

 

「おう、新キャプテン! 一番強い兄貴がキャプテン、うん分かりやすくていいな!」

「野球に誘ってきたのはお前だ。異論はない」

 

 気づけば俺の周りにも助っ人たち。

 これは……。

 

 ちらっと権田を見ると。

 

「……まあ、監督の言う通りにしてみよう」

 

 そう彼らを収めて、俺を見て小さく頷いた。

 少し、ちゃんと話しておく必要がありそうだ。

 

 それも、なるべく早く。

 

 

 

 

(そして・・・)

 

 

 

 

「ご主人様、これをどうぞ♡」

 

 今日は練習が終わったら喫茶店に来るよう言われていた俺は、権田と軽く話をし終えた足でこの店の扉を開いていた。

 同居していなかった頃と同じようにいつも通りの営業スマイルを浮かべて俺をテーブルに案内した彼女は、引っ込むより先に紙とペンを差し出してきた。

 

「今日は何の日か知ってますか?」

「ああ、そういえば今日は七夕か。だから紙とペンなんだな」

「そうで~す♡」

 

 理解した。しかし、どこに短冊を飾っているのか見当たらないが――

 

「それでご主人様には遺書を書いて貰おうと思ってます♡」

「織姫と彦星を祝ってやれよ!」

「血祭り。生贄。捧ぎの儀式」

「真っ赤だな! あの二人も邪神になった覚えはないと思うぞ!?」

「冗談じゃない。ちゃんとあとで竹を流すから、小波さんも願い事を書きなよ」

 

 ……そうだなあ。何を描こうか。

 

 A強くなりたい

 B金持ちになりたい

→C准と仲良くなりたい

 

 おお、これにしよう!

 思い返すは電視のくだらないゲーム騒ぎ。あの話の時に、准の目の前で恋愛ゲームをしてやろうと考えていた。それと若干毛色は違えど、これは面白いことになるぞ……。

 

 ペンを走らせ始めた俺を見て、准は特に何の感情も載せずにひょっこりと顔をのぞかせる。ふっふっふ、その間抜け面もここまでだ。

 

「何を書いて……え、ちょ、何書いてるの!」

 

 おっ、案の定真っ赤……いや、まだ演技の可能性もあるな。

 

「思いついたことを描いてるだけだけど、願い何て自由に書いていいんだから、別に何でも構わないだろ」

「いや、そうだけどっ」

 

 髪まで弄り出した! 目を逸らした! ……これは、いけるんじゃないか?

 

「そういう問題じゃなくてその……」

 

 ……どうだ、見極められたか?

 あいつから言い寄ってきてる時は流石に耐えられるようになったとはいえ……こっちから踏み込んだ時の反応は未知数だ。

 しかし、これが本当だとしたら? 押しには実は弱いとしたら?

 普段、こいつには好き放題言われてるからな。今日くらいは上に立たせて貰おう。

 

 おほん。よし、平常心で行こう。俺の勘が言ってるぜ、チャンス、と!

 

「まあ准、気にしなくてもいいぞ。これはただの願いだ。叶わなくても仕方ないさ」

「いや、だけどっ」

 

 おー、狼狽えてる狼狽えてる!

 

「こんなのを見たからって今まで通りな」

 

 ……きわめて涼しい顔を装い、ぴしゃりと決める。

 あれ、カンペキでは? この恥らいに満ちた表情、そうそう見れたものじゃないぞ?

 その照れた表情から、果たしてどんなごまかしの言葉が飛び出すのか――

 

「私も」

「え」

「私も小波さんとこれまで以上に仲良くなりたいな♡」

「え、ちょ、何言ってんだ!」

「私もね、小波さんと仲良くなりたいって短冊に書いたんだ」

 

 そっと、潤んだ顔が寄せられる。

 ペンを握っていた手を上からそっと重ねられて、胸元がゆっくりと俺の前に……。

 

「う、うそだろ」

「二人が一緒に同じことを描いたんだもん、きっと願いはかなうよね――深紅さん♡」

「う、うわあああああああああああああああ!」

 

 

 

 

 

「あ、逃げた」

 

「私をからかおうなんて百年はやいわよ」

 

「まあ、だけど、その願いはかなえてあげてもいいよ……ふふ」

 

 

 

 

(そして・・・)

 

 

 

 

 ……き、気まずい。

 かと言ってこのまま、扉の前で待っているわけにもいかない。

 

 目の前の扉には、『夏目』と書かれた表札が下がっている。

 今は俺の家でもあるらしい、が……家主にさっきからかわれたのが引き摺っていた。

 何より今回は俺から仕掛けたにも拘わらずクロスカウンターだったのが痛手だ。

 まるで俺が本心から書いたみたいになっているじゃないか。

 

 おのれ、どうしてくれよう。

 

「なにしてんの」

「ひぇ!」

「帰ってこないなあと思ったら、こんなところで。扉を眺めるのが好きなら部屋の中で好きなだけ見せてあげるわよ」

「あ、おう、はい」

 

 いきなり開いた扉の奥から、顔を出した准は既に髪を解いていた。というか、風呂に入った後だったのだろうか。バスタオルで髪を拭っていた。

 

「で?」

 

 玄関を入ったと同時、彼女は手で俺を制する。

 ……流石に、ひと月も続くと覚えたというか、刷り込まれたというか。

 

「ただいま」

「はい、おかえり」

 

 花の咲くような笑みを浮かべて准はそういうと、ダイニングの方へと戻っていった。

 この儀式、必要か? いや、分からないが。

 

「あ、深紅さーん」

「ん?」

「お風呂」

「俺は風呂ではない」

「バスタブのお湯飲み干してきて♡」

「死ぬわ!」

「はいはい、いいから入ってきて。深紅さんが出たらご飯にするから」

「ああ、分かった」

 

 脱衣所に放り込まれて、そのままいそいそと風呂に入る。

 妙になんか、違和感があった気がするんだけど何だろうか。

 

 ……いや、気のせいか。だいたいいつも通りだし。舐められてるし。

 

「あ、出た? 深紅さん、ご飯どのくらい食べる?」

「貰えるだけ」

「じゃあ足りない分はそこの生米ね」

「…………良いだろう」

「なんで葛藤してんのよあり得ないでしょ」

「生米だって高級品だい!」

「深紅さんうるさい」

 

 はい……。

 いつものように席につくと、対面に座った准と合わせていただきます。

 今日は鮭のムニエルと温野菜、ご飯と卵スープ。あと、漬物。

 ……なんだろう。最初の頃も美味しいと思ってたけど、ここのところやたらと上達してないか?

 

 目が合って、彼女はいたずらっ子のように目元を緩めて問いかけてきた。

 

「どうしたの、深紅さん」

「いや……思ったんだけど」

「ほうほう」

「なんか、ご飯上手くなってないか?」

「え、そっち?」

「他になんかあるのか?」

「いや……ないけど。そう? 慣れたんじゃないかな」

「慣れた?」

「そう、慣れた」

 

 ぽりぽりと漬物を食べながら、彼女は話す。

 曰く、調味料の塩梅とか、レシピ通りにやるとどうしても決まった人数分のしか乗ってない。で、濃さの好みとかも色々ある。ある程度ざっくりやっていいところとか、ちょうどいいこの二人での分量が分かってきたとかなんとか。

 

「深紅さん好みになってるでしょ♡」

「うん。……ああ、最初の頃色々聞いてきてたのは」

「そういうこと」

「もっと言い方あったんじゃないか!?」

 

 思い返せば、彼女との会話は

 

『今日の夕飯は、よく分からないものを混ぜてみました』

『よく分からないもの!!』

『どんな味がする?』

『いや……美味しいんだけど。確かに少し塩気が強い気がする……え、何を入れた!?』

『さあ? その辺に生えてた草とか?』

『ノオオオオオオ!!』

 

 ……ひどい。

 

「もっと普通に聞いてくれ」

「私も食べるのに変な草とか入れるわけないでしょうが」

「しまった、そうか!!」

「深紅さんやっぱバカなんじゃないの」

 

 あれ?

 

「俺のこと名前呼びだったっけ」

「ぇ、あ、いやその。え、今聞くの?」

「他にどんなタイミングがあったんだよ」

「七夕に、深紅さんが准ちゃんともっと仲良くなりたいって祈ったからです♡」

「まだ天の川で二人が遭遇するより早いと思うんだが」

「ご主人様……お嫌ですか……?」

「今の格好でメイドされてもなー!」

「ま、別にいいじゃん。同じ家に住んでて、苗字呼びなのも変でしょ?」

「そういうものか?」

「そういうものだよ」

 

 ……まあ、なら、いいか。

 

「そういうわけで、宜しくね、深紅さん♡」

「今更何を宜しくされるんだよ」

「いまいち反応が面白くないね、深紅さんって」

「連呼しすぎだろ! 流石に違和感あるわ!」

「なぜその違和感に気づくのが今なんだか」

「え? ……あっ! 今日帰ってきてからずっと!!」

「……鈍すぎるなあ、この人。まあでも、凄い自然に帰ってきたって言ったから許してあげよう」

「何か罪を犯した覚えはないんだが」

 

 その日は、普段より少し遅くまで起きていて。やたらと深紅さんと呼ばれ続けた。

 元々名前しかなかったから気にしなかったつもりだが……なんだか妙に気恥しく感じたのはなぜだろうか。

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