風来坊で准ルート【本編完結】   作:しんみり子

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《バーサクわっしょい!》IV

 

 昼前の練習場。各人がフリーで練習に打ち込んでいる時に、その事件は起こった。

 くるくるとバットを振り回し、バッティングマシーンの前で構えていた寺門に、木川が突っかかったのだ。

 

「さあて、ガンガン打つぞ~」

「おいちょっと待てよ、次は僕の番だぞ」

「あん? お前はピッチャーだろ? それよりチームの主力の俺が練習したほうが試合に役立つだろうが」

「なんだと!?」

 

 どこかで見たような光景に、仲裁に入ろうかと悩む。しかし、俺自身が木川から余所者として嫌われていることは知っていた。ここは権田に任せるべきかと視線を移した矢先、つかつかと足を進める一人の男に気づく。

 あ、まずい。

 

「寺門が正しい。木川はあっちで投げ込んでこい」

 

 案の定かよ。変わってないなあの監督さん。

 

 憤懣やるかたないと言った様子で、とはいえ監督に歯向かうわけにもいかず木川はブルペンへと向かっていった。

 

「ったく、お前らが不甲斐ないから俺たちがこんなに頑張ってやってるってのに、少しは感謝の気持ちを」

「おい黙れ! 余計なことは言わんでいい。さっさと打ってこい」

「へいへい」

 

 ただただ空気を悪くして、誰も幸せにならずにみんなで仲良くマイナス方向。

 足の引っ張り合い上等といったこの雰囲気に、小さくため息を吐いていると。

 

 俺の投球を受けていた権田が、マスクを外してこちらに歩いてきた。

 

「……どう思う、小波」

「俺から何か言うのは角が立つ。キャプテンを拝命してしまっている以上、確かに何か言わなきゃいけないのかもしれないが……この現状で俺が言うのは逆撫でにしかならないだろう」

「そうだな。と言って……」

「かといって権田に任せるとそれはそれで不和の元、か」

 

 助っ人としてチームに入っていることは周囲も認めているものの、俺がキャプテンになったことに対する反発は強い。それをどうにか権田が収めていても、彼らの心理は権田を担ぎあげることにしか作用していない。

 

 俺が前に出れば、元々商店街に居るメンバーが反発する。

 権田が前に出れば、助っ人メンバーから反感を呼ぶ。

 俺が引き下がれば助っ人メンバーは不満を持つし、

 かといって俺を権田が立てれば今度はきっと権田が裏切り者扱いだ。

 

「こんなことしてる場合じゃねえってのに」

 

 諦めたような権田の最後の一言が、俺たち二人の心中を物語っていた。

 

 

 

 

 

《バーサクわっしょい》IV――楽しい夏祭り――

 

 

 

 

 

『今日から夏祭りでやんす! 小波さんも行くでやんす!』

 

 練習の帰りに会ったカンタ君にそう言われて、行ってみようかなと思ったのがついさっきのこと。考えてみれば、俺は祭事というものには結構縁遠いのだ。

 

 甲子園を祭りだと考えるなら、俺は行けなかったわけだし。

 クリスマスなどの行事にも、何かしらの形で参加したことはない。サンタが似合いそうだと黒猫から言われたことはあるが。……もうそれ、名前だけだろ。

 

 そして、夏祭り。花火を見たことくらいはあるが、遠目からだったしたまたまだ。

 花火を見たいとか、イベントに行きたいとか、そういったことにあまり関心がなかった。

 小波と友子に一度誘われたことはあったが、そういうのは恋人同士水入らずで行く人が多いと聞いて遠慮していたし……。

 

「権田、一緒に行くか?」

「なんでだよ気持ち悪い」

「気持ち悪いとはなんだ! お前も俺と同じ独り身だろ!」

「うるせえよ。俺は今年はカンタたちと一緒に行くんだよ。だからカンタが俺の前でお前を誘ったんだろうが」

「……ああ、なるほど。なら遠慮したほうがいいな」

「お前もあの可愛い彼女さんと行けば良いじゃねえか」

「彼女じゃないし、あいつは仕事があるだろうよ」

「……本当に彼女じゃないのか?」

「色恋沙汰でお前に勘違いされるの、もう二度目だな」

「お前の存在が紛らわしいんだろ」

「存在が紛らわしいとかやめろよ……」

 

 やめてよ。凹むじゃないか。

 

「ならそれこそ武美でも誘ったらどうだ。喜ぶと思うぜ?」

「むしろ武美こそお前らと一緒に行くんじゃないのか?」

「奈津姫がもし誘ってたとしても、お前が誘えばそっちについていくだろうよ」

「不義理そのものじゃないか」

 

 完全に俺が恩を盾に脅しているようなものだろうが。

 その恩だって、俺だけでは完成しないものだったわけだし。

 

「ま、いいや。俺にとっちゃどっちでもな。率直に、小波としちゃ好みの女は居ねえのかよ」

 

 商店街の真っただ中で、そういう会話をするのは大変やめて欲しいんだが。

 

 しかし、好みの女ねえ。

 

「なんだかんだ、お前のファンだって多いんだぜ? 腹が立つくらいにな」

「の割に余裕そうじゃねえか」

「余裕っつーか。それで当然だと思うからな。颯爽と現れてエースで三番打者、プロ級の実力を引っ提げこの街を救いつつあるヒーロー。これで奈津姫までお前に取られてたら殺したいほど憎かったかも分からんが」

「怖いこと言うなよ」

「……ま、もしもの話だ。俺はお前が居てくれたおかげで、奈津姫とも昔みたいに仲良くなれたし。その点についても感謝はしてるぜ」

「俺は大して何もしてねえがな」

「案外人間は初心に帰れないもんなのさ」

 

 目を閉じて、実感たっぷりに権田は言う。

 まあなんかきっと色々あったんだろう。あんまり興味はないが。

 

「……好みの女ってさ。例えば権田はどうなんだよ」

「いや、見てりゃ分かるだろ」

「そうじゃなくて、奈津姫さんのどこが良かったんだ?」

「……俺にそれを聞くってことはよ、お前ひょっとして恋愛経験無いのか?」

「……放っておけ」

「ぶははははは!! おま、お前、マジか!! マジなのか!!」

「笑い過ぎだろ!」

「まあ、そうだな。……俺に無いものを持っていて、それを羨ましいとか、それが俺にとって必要だったりとか。そういうところなんじゃねえか?」

「……俺にないもの、か」

 

 金か。

 

 ……冗談はさておき。俺に必要なもの。それはつまり、何なんだろう。

 正義になりたかった。悪ではなく、善であり正義。

 それが正しいと思っていたのに、そうではなかった。俺の正義は、悪だったんだ。

 

 ……なら、俺の欲しいものは何だろう。俺に無いものは何なんだろう。

 

「実際、お前その夏目さん? のことはどう思ってるんだよ」

「悪魔。アンノウン」

「ひでえなおい」

「……いや、本気であいつのことが分からなくなるんだ。最近は、特に」

「へえ?」

「……基本的に世話焼きなんだよ。あれだけ人のことバカにしておいて……俺をどうにかしたいらしいが、いまいちどうしたいのか分からない。基本は本心隠してるみたいだけど、たまに弱音かどうか分からないけどぽろっとこぼしたりするし」

「へえ? ほおん? ふうん?」

「なんだよ」

「いや、心配なんだな、と。な?」

「心配、か。まあ心配っちゃ心配だな。俺が居る間は良いが、あんなことばっかしてたら何人男を勘違いさせるか分かったもんじゃないし、強硬手段に出るヤツだっているだろう。実際居たしな。あと、あいつがたまに自分の夢をかなえられるのかも心配になったりする。信じてないわけじゃないけどな。あれだけ努力して頑張ってるんだ、きっと成功するとは思う。けど、心がそんなに強い方だとも思えない。ああいうヤツはぽっきり折れたらそれまでのような気がしてな」

「ああ、もう惚気なくて良い」

「惚気じゃねえよ! 心配してるか聞かれたから答えただけだ!」

「経験無いだけあって、分かりやすくて何よりだ。お前、もう夏目さん無しじゃ生きていけねえよ」

「そんなわけないだろ。俺は風来坊だ」

「街を渡る度に夏目さんを思い出して心配になるのが簡単に想像できる」

「……」

 

 お前みたいに何でもかんでも恋愛につなげたりしねえよ。

 というか、そもそも准の俺に対する好感度は最低値割ってるんだぞ。

 金なし無料コーヒー野郎ってな。

 

「たとえばだ、小波。奈津姫は身長高くないから、手を伸ばしても届かないところがある。俺は、それを取って渡すことが出来る」

「なんだよ急に」

「逆に俺はメンタルが弱い。そうだな、お前みたいな良い投手が打たれたら、絶対に俺のせいだと考える。奈津姫はそれを叱咤して、次どうにかすればいいと支えになってくれる」

「……支え、か」

 

 友子と小波も、そうだったな。そして、俺の部下だったヤツと、俺のクラスメイトもそうだった。寄り添う二人はいつだって支え合って生きているように見えた。

 特に、友子と小波は息がぴったりで。お互いの不安定なところを支え合って、一緒に居る姿は傍目から見ても眩しかったのをよく覚えている。

 

 ……でも、俺には俺の不安定なところを支えてくれる存在なんて、

 

 

『一人じゃ誰だって人にはなれないよ。そんなことも知らないんだもん』

 

 

『誰かを守るだけじゃ生きていけないよ。そんなの、疲れちゃうよ』

 

 

『そうだね、人じゃないよ。小波さんは』

 

 

『貴方には、これから人になって貰います!!』

 

 

 ……。

 

 えっ。

 

「どうした?」

「いや、ダメだろ。あいつにだけは、あいつにだけはガチになったらダメだろ。俺が大量に見てきた客同様、翻弄されてさよならの未来しか見えない」

「落ち着け、どういうことだ」

 

 頭を抱えた俺を、権田が制する。

 ……仕方ない。

 

「……まあ、簡単に言うと、だ」

 

 ひとまず路地裏へと避けて、俺は権田にだいたいのあらましを語った。

 夏目准という女がどれだけやばい奴なのか。そして、俺にあんなことを言ってきた話。それが同居に繋がっている話。あと、何故か権田がそのあとの生活について色々聞いてきたので、とりあえず答えた。

 

「……いや、脈あるだろ。脈あるとかいうレベルじゃねえだろ」

「あるわけないだろ。お前はあの喫茶店で哀れな男たちの骸を見たことがないからそんなことが言えるんだ」

「その男たち全員と彼女は同棲してんのかよ」

「……もしやあいつは幾つか拠点を持っていて」

「落ち着け。ありえねえから。……ま、いいや。そうか、夏目さんかー」

「いや、だから」

「そろそろ奈津姫も待ってるだろうし、俺は先に祭りに行ってくるぜ。お前は喫茶店寄ってからでも何でも来い」

「なんでだよ……」

 

 ひらひらと手を振って、権田は背を向け去っていった。

 

 

 

(そして・・・)

 

 

 

 

 どうしてこうなった。

 

 俺は深い紅の着流しに身を包み、ぼんやり祭りの入り口付近に立っていた。

 ちょこちょこ見たことのある顔を見つけては、居心地悪く挨拶を交わす。

 そりゃそうだ。金のない人間が何故こんなところに居るのか。そして、お前その服はいったい何事だ。そう思うのも不思議はない。

 

 全ては、権田と別れてひとまず喫茶店に行ったところから始まった。

 今日も今日とてウェイトレスとして働いていた准は、俺を見るや否や『深紅さんはお金ないから今日も予定ないよね?』と突然ブッ込んできて、コーヒーを飲んだら家に帰れと言い出した。

 半ば追い出されるように店を出て、言われた通りに家へ帰ると、テーブルの上に置いてあったのはこの着流し。

 

『これを着て会場の入り口に来るように♡』

 

 恥ずかしい服とかではないし、罰ゲームというわけではないだろう。着てみたらサイズもぴったりだったから、この前の採寸通りにきっと彼女が仕立てたオーダーメイドだ。オーダーメイドとは違うな。ただ俺用なのはきっと間違いない。

 

 いつから作っていたのかは知らないが。

 

 しかし、夏祭りにも拘わらず中に入れないというのはまた……寂しいものだ。

 十中八九、准は来るものだと思っているが。ただ待ちぼうけを食らう可能性も若干否定できない。

 

 などと、思っていた時だった。

 

「よう、珍しくまともな服を着てるじゃねえか」

「椿。なにをしにきた?」

「決まってるだろう。商店街の一大イベント夏祭り。そいつを今からぶち壊してやるのさ」

「っ……そんなことはさせない」

 

 俺の前に現れたのは、青い帽子に青い外套を身に纏った珍客だった。

 ジャジメントの方であれこれしていると思っていたが……今度はこういう妨害か。

 

 そういうことなら、容赦はしない。

 

 だが、俺が身構えてもあいつは自分の無精ひげを撫でるだけだった。

 余裕そうな顔で、俺を見やる。

 

「そうだな、なんならやめてやってもいいぜ」

 

 なに?

 

「なあ、お互いスマートにいこうぜ」

 

 手元を弄びながら、椿はにやにや笑って言った。

 水の入った祭りのヨーヨーがばっしゃばっしゃと揺れる。

 何祭り満喫してんだよ。

 

 いや、分かってる。こいつはそういうヤツだった。

 パトロールと称して催し物に突っ込んで、好き放題暴れるようなヤツだった。

 

「オレはお前が邪魔だし、お前もオレが邪魔だろう。だから勝負して、負けた方がこの商店街から手を引くってのはどうだい?」

「いいだろう。それで、ここで勝負するのか?」

「おっと勘違いするなよ。スマートだ、スマートに行こうぜ。勝負は野球で決めようじゃないか」

 

 ……やっぱりか。

 つい最近、権田と話したことが甦る。今週に迫ったコアラーズとの試合。

 何故こんなタイミングだったのか、考えればすぐに分かる話だった。

 

「お互いに、助っ人らしく自分のチームの勝敗で決めるんだよ」

「その勝負、乗ったぞ。忘れるなよ、試合で負けた方はこの商店街から手を引くんだ」

「ああ」

 

 どのみち、もうビクトリーズは負けられないんだ。

 ついでに椿を追い出せるなら万々歳さ。

 

「何勝手に決めてるのよ」

「あん?」

 

 声がかかった。

 椿の眉が上がり、視線はその声の主の方へ。

 

 その聞き覚えのある声色に、俺もゆっくりと振り向くと。

 そこには、群青色の浴衣に赤い帯。絹髪をかんざしでまとめた上品な女の子が居た。

 

「っ……准?」

「私の魅力で深紅さんをからかっちゃおうかなーって思ってたのに、その計画が台無しじゃない。何を勝手に、この街からいなくなるなんて約束を交わそうとしてるのか」

 

 なるほど。

 この格好で最初から彼女が俺で遊ぼうとしていたら、見事に弄ばれていただろう。

 可憐で女性らしいその身なりを眺めた椿が小さく笑う。

 

「はっは、元気の良い嬢ちゃんだ。お前のコレか、深紅?」

「……椿からそんな話を振られるとはな。からかってるつもりなのか?」

「いや? とうとうお前もそういう相手が出来たのかと驚きはするが。あと、女の趣味は合いそうに無いな」

「それは良かった。語り合うことがまた一つ減ったな」

「フン。ま、その大事な彼女に何かされたくなかったら、約束は守るこった」

 

 じゃあな、と去ろうとする椿の背中に、下駄の軽い音をさせて准が叫んだ。

 

「なんでこんなことするの!?」

「……そりゃ、俺は深紅のことが気に入らないからな。そして、こういう勝負事をするのが楽しいのさ。理由なんてそれくらいだ。それくらいしか……今のオレを楽しませてくれることはねえんだよ」

「……」

 

 今度こそ、椿は雑踏の中に消えていく。

 それを見送って、准は俺のもとへと帰ってきた。帰ってきて、無言の腹パン。

 

「いたっ!?」

「深紅さん、バカなんじゃないの。もし負けたら、本当に出ていくつもりなの?」

「負けたら、な。負けないけど」

「そういう問題じゃないでしょ! ……テントがどうなってもイイノ?」

「人質!?」

 

 どういう脅し方だ。

 けど、まあ。

 

「今週末、バイトってどうなってる?」

「空けてあるよ」

「あ、偶然だな。じゃあ、試合見に来てくれないか?」

「……いいよ。偶然だね。見に行ってあげる。負けたら……燃えるから」

「何が!?」

 

 それじゃ、今日は遊ぼう。と准が俺の手を取って歩き出した。

 

 ……ああ、そうだ。せっかく祭りがあるのなら、誰かと楽しみたいと思っていたし。

 相手が准なら……きっと楽しいはずだ。

 

 なぜか素直に、そう思えた。

 


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