風来坊で准ルート【本編完結】   作:しんみり子

24 / 37
《旅ガラスのうた》IV

 

 ――カレーショップ、カシミール。

 

 閉店時間も直前になり、店じまいの準備を進めていた奈津姫は、乾いた音を立てた来客ベルの音に営業スマイルを浮かべて振り向いた。何もこのタイミングで来なくとも、などという内心はおくびにも出さず、残っていた米飯の量を脳内で計算する。

 

 ……が、現れたのは彼女にとって予想外の人物であった。

 

「あら。どうしたんですか、権田さん」

「……すまん。頼みがあって、来た」

 

 今日はテレビ局の取材があるという大事な試合だったはず。ユニフォーム姿のまま来店し、しかもその表情が暗く重いものだとしたら、奈津姫としても察せざるを得ない。

 まさかという思いが渦巻き、弾かれたように彼の顔を見る。

 

「母ちゃーん、ご飯まだ……ってあれ、おっちゃんでやんす」

「よう、カンタ。……ごめんな。邪魔しちまったみたいだ。あとでまた来るよ」

 

 そういえば、と壁時計に目をやった。

 もう、夕刻を過ぎて夜と言っていい時間帯。カシミールも閉店準備といったところだろう。無神経な時間に来てしまったと、権田は自嘲の苦笑を浮かべて背を向ける。

 

 その背に声をかけたのは、外ならぬ奈津姫であった。

 

「良かったら、食べていってください。……ううん、食べていきな。ただ事じゃないよ、今のあんた」

「……奈津姫」

「それとも、あたしには聞かせられてもカンタには聞かせられない話かい?」

「いや、そんなことは、ない。……そうだな、カンタも野球好きだもんな」

「うん! 大好きだよ! おっちゃんに負けないキャッチャーになるでやんす! そして、おじちゃんの球を受ける役を奪うでやんす!」

「はっはっは、こいつめ」

 

 ぐりぐりと頭を撫でつけると、カンタはぎゃーぎゃー言いながらその手を払った。

 あまりにも大きさの違う手。

 ……カンタが捕手になりたいと言い出したのは、権田がこうしてこの店を訪れるようになってからだ。毎度カシミールの手伝いついでにカンタに野球を教える日々。権田にとっても予想していなかった楽しい毎日であった。

 

 元々投手になりたい、エースで四番になりたいと言っていたカンタだが、ビクトリーズの試合を見るうちに「おじちゃんの球を取りたい」と言い出したのだ。

 

 おじちゃんの凄い速い投球。それを受けて声を出して、チームのメンバー全員を元気にする扇の要。そして、何よりあれだけの強打者であるおじちゃんを差し置いてクリーンナップに座り続けるその姿。

 

 実のところカンタが憧れているのはおじちゃんなのか、おっちゃんなのか。

 両方なのだろう。そして、より身近に居るおっちゃんの真似をして、おじちゃんと同じところに行きたいと思った。カンタにとっては、それが全てだ。

 

 なんでも最近、小学校で仲良くなった友達と一緒に野球をするらしい。

 そこで負けたくないという思いから、そして投手志望の子は多くても捕手志望が少ないことから、権田に捕手としてのあれこれを教えて貰っていた。英才教育である。

 

「はい、どうぞ」

「……ありがとう。いただきます」

「いただくでやんす!」

「カンタ……そろそろやんすは卒業しなさい。おじちゃんみたいになれないわよ」

「……うぐ」

「なんだ、そこまで小波に影響されてるのか」

「元々やんすも誰かの影響だからね。よりかっこいい人に会えたら、そっちに移るんじゃない?」

「ま、やんすよりはかっこいいか」

「ううう~!」

 

 ちゃぶ台に三人で、優しい夕ご飯。

 きっと今頃古参のメンバーたちは飲み会に興じている頃だろう。

 遅れていくとは言ってあるけれど。なんだかもう、この場から離れたくなかった。

 

「で、まさかとは思うけど、負けたの?」

「いや、勝ったさ。そうだな、そこを心配させるのは良くなかった」

「なんだかあんた、変に気を遣うところが小波さんに似てきたね」

「え、そうか? ……はは、カンタのことを笑えないかもしれねえな」

 

 やめるでや……やめてよー、と抗議の声をあげるカンタの頭を乱暴に撫でながら、煮物を一つ口に運ぶ。

 

「奈津姫は、今日の試合のことをどれだけ知っていた?」

「テレビの取材が来ることと……それから、小波さんの話くらいかしら」

「そうだ。助っ人なしで試合をやることになった。小波だけは入れるって話だったんだが、その小波が今日、八回になってようやくやってきてな」

「えっ?」

 

 今日は助っ人なしで試合をしたこと。そして、その結果として古参が自信を持てれば良し。まだ助っ人への嫌悪を寄せるようなら、本気で試合をする。そしてことと次第によっては助っ人は出て行く。その取り決めの話を、奈津姫は知っていた。

 ほかならぬカシミールで話したことだ。武美と奈津姫は奥に引っ込んでいたといえど、流石に聞こえてはいたのだろう。

 

「3-7から、小波が来て逆転勝ち。あいつだけの力とは言わない。けど、あいつのお陰で風向きが変わったのは疑いようもない事実だ。けど、最初からあいつが来ていれば、また形は違ったかもしれない。木川はポジションを奪われる形になったし、増田は一番打者としての違いを見せつけられた。他の上位打線にとってもそうだろう。それが嫉妬に代わることを……俺は仕方ないと思ってしまう」

「あの~……おっちゃん」

「どうした、カンタ」

「その、僕……今日、変な大人たちに攫われたんでやんす」

「なんですって!?」

「母ちゃんが心配すると思ったから言わなかったけど、おじちゃんが助けに来てくれて……試合に行く途中だったみたいで……」

 

 だん、と権田は己の太ももを殴りつけた。びくついたカンタに、慌てて「すまん」と謝りながら……気炎と共に恨みを吐き出す。

 

「なんで……あいつはそういうことを言わねえんだ」

「おじちゃんは、ヒーローだから……」

「ああ、そうだな。確かに、ヒーローだ。けどなカンタ、忘れちゃいけねえことがある」

「なに?」

「ヒーローに助けられるだけじゃいけねえのさ。お前の好きなレンジャーは確かにかっこいいが、助けて貰った人たちをかっこいいと思ったことはあるか?」

「……ない、かも。だってヒーローが一番かっこいいでやんす!」

「そうだろう? でも、それじゃいけないんだ。お前がかっこよくならなきゃいけない。俺たちがかっこよくならなきゃいけない。ヒーローに助けて貰うだけじゃなくて、ヒーローを支えてあげなきゃいけないんだ」

「……でも、どうすればいいの?」

「……わっかんねえや。俺も出来てねえしな」

「ええ~!?」

 

 両手を振り上げて抗議するカンタに、権田は笑って応えた。

 けれど、事実だ。自分が何も出来ていないことを含めて全て。

 

「……奈津姫。俺たちブギウギビクトリーズは、助っ人たちと試合をすることになった」

「っ、それって」

「ああ。……それで、お前に頼みがある」

 

 そう言って、権田は深々と奈津姫に頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 

《旅ガラスのうた》IV――遠前山の大きな穴――

 

 

 

 

 

 

 テーブルにゆっくりと置かれたソーサーと、黒く香り立つコーヒーの波間。

 このシックな店の雰囲気と相まって、それはもう優雅なひと時を演出してくれる――

 

「なにか面白い話してよ」

「なんで俺がお前をもてなさなきゃいけないんだよ」

「今ほとんどお客さん居ないし、ヒマなんだよね」

「面白い話ねぇ……」

「そうやってすぐノッてくれるから、深紅さん大好きだよ♡」

「はいはい」

 

 目の前のメイドの営業スマイルは相も変わらず小悪魔的な魅力にあふれていて、俺じゃなかったらうっかり勘違いしているほどの愛らしさだが。残念ながら俺には毛ほども通用しない。最初からそうだった。ああ、本当だ。

 

 それはさておき、手持無沙汰なのかお盆を抱えて退屈そうにつま先を遊ばせているところを見ると、本当にヒマなのだろう。確かに客も数人しかいないし、注文は全て届けられたあと。本を読んだり、仲良しの会話に興じていたり。

 

 しかし面白い話か。ああ、そういえば昨日聞いたアレがあったな。

 

「……遠前山の抜け穴伝説って知ってるか?」

「なにそれ。……まさか本当にちゃんと面白そうな話が出てくるとはね」

「おいどういう意味だ」

 

 黒いオーラを纏って俺から目線を逸らす失礼なメイド。

 いや、良い。

 この話に関しては俺の話というか、カンタ君や商店会長から聞いた話でしかないのだが。

 

「遠前山の山頂に、よく野球の試合に使ってるグラウンドがあるだろ?」

「ああうん、山頂なのに結構広いよね」

「あそこ、昔は城があったらしいんだよ」

「あ、そうなんだ。地図とか見ると城跡になってるのかな。でもあんな山の上にお城って、囲まれたら終わりだよね」

「兵糧攻めに遭ったのかどうかは知らないが……」

「無残な深紅さんが死屍累々」

「どうして俺が餓死しなきゃいけないんだよ!」

「だってこの町で餓死しそうな人ランキング一位でしょ?」

「どこからそんな統計を取ってきたんだ……」

 

 でも冷静に考えて一位に輝きそうで嫌だ。

 もう少し栄誉あるナンバーワンはないのか。こう、ハンサムとか。バンザイとか。

 

「で、抜け穴伝説は?」

「今の商店街があるところが元々城下町で、城から城下町まで抜け穴があったらしい」

「へー。埋めちゃったのかな?」

 

 コーヒーを一口飲みつつ、頷いた。

 

「戦後に商店街復興させる際、埋めてしまったんだとさ。落盤が起こったとかなんとか。商店街に沿って伸びて山の方へつながってたみたいだけど、詳しい資料は残ってないらしい」

「ふーん。落盤が起こったってことは洞窟自体はまだ残ってるのかな。……頑張れば誰か埋められそうだね」

「俺を見て埋めるとか言うんじゃない」

「墓は漁ってあげるよ」

「骨を拾ってくれよ!! そして俺の墓なんか漁っても何も出ないよ!」

「こ、これは……私の下着!」

「死んだ人の名誉を傷つけないでいただきたい……」

「じゃあ私のメイド服にしておく?」

「どうして俺が墓にお前の私物を持ち込んでるんだよ!」

「メイドはご主人様のものですから♡」

「俺の独占欲凄いな……」

 

 なんの話だよこれは。

 

「でも、伝説っていう割には大したことないね」

「町おこしに使えれば、って会長は言ってたな。それで言うと、戦争中に爆撃機のパイロットが墜落した話があったか。その人はしばらく抜け穴に隠れていたらしくって、戦後に忘れ物をしたとかなんとかで戻ってきたんだけど、もうその時には穴が埋められていたって。がっかりして帰ったんだとさ」

「その忘れ物を掘り起こして町興しに使おうってこと?」

「そもそも場所すらよく分かってないから無理だって、会長は言ってたな。それに掘り起こしたところで、果たして町興しに使えるようなものかどうかも分からないし」

「町興しかー。やっぱりそろそろこの商店街も経営厳しいんだろうなあ」

「この店はどうなんだ?」

「ああ、別に赤字だろうとなんだろうと関係ないし」

「へ?」

「あれ、話したことなかったっけ?」

 

 無言で首を振ると、珍しく准も少し驚いたように目を見開いた。

 あれ、とかそっかーとか、少し考えたように人差し指を顎に当て。

 

「維織さんからも聞いてない?」

「いや、全く。そもそもなんでそこで維織さんが出てくるのかも分からない」

「うーん、そうなると私の口から言っていいものか迷うけど……NOZAKIって知ってる?」

「ああ、名前だけは。かなり大きな企業だよな」

「そうそう。維織さんはそこの社長令嬢で――」

 

 そこで、准は少し逡巡するように目を逸らす。

 

「維織さんのプライベートにかかわるなら、別に聞かせてくれなくてもいいぞ?」

「……んーん、やっぱり話しておく。だって、私のこれからにも関係することだし」

「まったく話が見えないな……」

 

 なんで准の今後に影響するのかも分からないし、何が"だって"なのかも分からないし。

 

「この店はさ。維織さんのために作られた場所なんだよ」

「なんだって?」

 

 思わず目に変な力が入った。

 維織さんのため。社長令嬢クラスになると、そういうものがぽんと与えられるのか?

 

「維織さんにも色々事情はあったんだけどね。私も後から聞いたんだけど、ちょうど今年の五月くらいに踏ん切りがついたみたいで……今は色々頑張ってるよ。何があったのかはあまり聞いてないけど」

「……なるほどな」

 

 複雑な事情、というものにあまり興味はない。

 けれど、准の話しぶりから察するに彼女はもう大丈夫なのだろう。何かを抱えていて、その何かを考える場所がここであり、ここに居た時間だった。そして、彼女は自分で歩み出した。なら、それは素敵なことだ。

 

「だから……この店も、少ししたら閉めると思う」

「そうか、寂しくなるな」

 

 目を閉じて、コーヒーを一口。

 不思議と、もうなくなってしまうと聞くと急に寂しさが押し寄せてくるものだ。

 この味も、いつ飲めなくなるのか分からないとなると、途端に愛着が寂寥に取って代わる。

 

 と、思っていると。准が小馬鹿にするように笑った。

 

「どうだか。ふらりと貴方が居なくなるのと、どっちが早いか分からないじゃない」

 

 その言葉で、ふと気づいた。

 ああ、そうか。そうだったな。俺は風来坊だ。気ままな旅ガラスだ。この町からだって、やろうと思えばいつでも居なくなれる。

 姿を現すも姿を消すも自由。この場所に根付くつもりなど最初からなくて、ほどほどに触れ合って誰かを助けて消えていく、旅ガラスのうた。

 今までもそうやってきた。追い出されようと、惜しまれようと、そうして旅を続けてきた。

 

 今だってそう。武美の件を終わらせた以上、あとはジャジメントとの戦いを終えればこの町を出て行く。

 

 ……出て行くんだ。出て行かなきゃいけない。

 

「深紅さん? どうしたの?」

「別に。准の言う通りだと思っただけだよ」

「……ふぅん?」

「なんだよ。にやにやしやがって」

「面白いなって。……顔が」

「ウッタエテヤル!!」

「はいはい、訴え訴え」

「どんな流し方だ!」

 

 なぜかご機嫌になった准は、そのまま会計の接客のためにフロアは駆けていった。

 あの客は、さっきまで窓際で本を読んでいた客か。……そういえば色々頑張っているという維織さんは、もうこの店にはやってこないのだろうか。

 

「ただいま戻りました、ご主人様♡」

「いやおかしいだろ。お前の定位置はここじゃない」

「そんなことありません♡ ご主人様のおそばが、メイドの居場所です♡」

「もういいや……。維織さんって、もうこの店には来ないってこと?」

「うーん、どうなんだろ。でもすごく頻度は減ったかな。なんか面白いものを見つけたとかなんとか……」

「元気ではあるのか?」

「ああうん、あのめんどくさい星人がどうしてこんなに元気なのかってくらい元気」

「そっか、ならいいや」

「心配?」

「そりゃ、知らない仲じゃないし」

「大丈夫だよ。深紅さんなんかに心配されなくても、維織さんは元気だよ」

「すげえ言うこいつ」

「ご主人様はメイドにうつつを抜かすので精一杯ですから♡」

「勝手に決めるな勝手に決めるな」

 

 

 

 

(そして・・・)

 

 

 

 

 

 

「妙だな。今日はここで練習のはずなのに。いつまでたっても監督がこないぞ?」

 

 商店街近くの河川敷。練習場の一つとして利用しているこの場所は、なんでも昔権田たちが手作業で整備したところらしい。いつもの集合場所のはずの一塁側ベンチで待っていると、助っ人メンバーが続々現れた。

 寺門、カニ、ムシャ、ピエロ、電視、そして俺。

 

 けれど、助っ人以外の面々は三塁側に溜まっていっている。

 

「あいつらなんで向こう側に集まってるんだ?」

 

 寺門の問いかけに、全員が首を傾げていた。

 

「……兄貴、何か知ってんのか」

「なるようになるさ」

「なんだよそれ。練習がないなら俺は一人で――」

 

 と、ちょうどその時、権田が向こう側に合流したようだ。

 そして、彼を先頭としてぞろぞろと古参メンバーがやってくる。

 その雰囲気は少し異様で、寺門ですら一歩後ずさった。

 

「よう、小波」

「おう、権田」

 

 軽く手を挙げて挨拶。そのなんでもないような素振りにすら、普段と違う雰囲気が見て取れる。張り付けたような笑顔。睨みつけるような瞳。けれど、それら全てが張り子の虎で、奥には葛藤の炎がちりちりと見て取れる。

 

 ……しょうがない奴だな。

 

「よし、権田がみんなを引き連れてきてくれたし、監督はいないが練習を始めよう。キャプテンとして俺が命じる」

「なっ……小波!」

「どうした? 早く始めるぞ。お前がのろまな古参の連中を纏めてくれないと、俺が手を煩わせなきゃいけなくなる。時間の無駄だ」

「お前っ……!!」

 

 が、と胸倉を掴まれた。

 そうだ、そのくらいしてくれないと、お前が手加減したから負けたとか言われるぞ?

 

「……どうして、そこまで」

「本心だよ」

「……クソッ!」

 

 突き飛ばされた。俺に気を遣って左胸をどつく辺りが、本当にこの男は。

 後ろの古参メンバーはえらい顔して俺のことを睨んでるってのに。

 

「……その必要はない」

 

 震える声で、権田は言う。

 

「ここまでお前たち助っ人のおかげで試合にも勝ってこられたが、もう助っ人は必要ない。これからは俺たちだけでやる」

 

 その権田の言葉に、隣に居た寺門がかみついた。

 

「なんだよそれは!お前ら、わけわかんねえぞ! この前の試合も兄貴が来なけりゃ負けてたじゃねえか!」

「そんなことない! 僕たちだけで十分だったさ! 小波なんか監督が少し贔屓してるだけで――」

 

 権田が木川を制する。

 俺も寺門を抑えた。

 お前たちには見ていてもらうだけでいい。

 

「だが、あの試合ではっきりわかった。ジャジメントとの闘いは、俺たち商店街の人間だけで戦うべきなんだ。お前らが居たら、試合に勝っても俺たちの勝利にはならねえ」

「それは、商店街みんなの合意なのか?」

「いや、俺たち昔からのメンバーの意志だ」

「じゃあキャプテンとしてその意見は聞けないな」

「お前をキャプテンだなんて認めないぞ! あれは監督が勝手に決めたことだ!」

「商店街の存続とお前らの意地なんて、天秤にかけるまでもないだろうが」

「俺たちだけじゃ商店街を維持できないっていうのか?」

「違うのか?」

「……いや、この際はっきりさせようか、小波」

 

 小さく、権田がかぶりを振った。

 彼のその発言の意図を読めなかった他のメンバーが、新参古参問わず頭に疑問符を浮かべる。

 

「分からないか? お前ら新参が舐めてる俺たちの力を見せつけてやろうって話だよ」

「……良いだろう。じゃあ、明日紅白戦をしようか。こっちが勝てば今まで通り。そっちが勝てば俺たちは去ろう」

 

 古参メンバーは権田の啖呵に意気軒昂。どよめきと熱の混じった歓声を上げる。

 半面、寺門は俺の提案に不服のようだった。

 

「ちょ、ちょっと待てよ。なにもそんなことしなくても」

「このまましこりが残っていては次の試合で戦えない。それに、彼らがどれだけ戦えるのかはっきりさせたいんだ。受けて立とう、寺門」

「……おう!! 古参の奴らなんか、けちょんけちょんにしてやるぜ! せっかく助けてやってるってのに、なんて奴らだ!」

 

 多かれ少なかれ、寺門に限らず助っ人の中には今の寺門の発言に想うところがあったらしい。みんなで小さく頷いた。

 それを見届けて、権田は言う。

 

「よし、特訓で生まれ変わった俺たちの実力を見せてやるぜ! じゃあ試合は明日だ」

「……ああ」

 

 それだけ言うと、権田は「特訓だ!」と言って古参メンバーを引き連れ別の場所に向かっていった。おそらくは山頂の球場だろうか。

 わざわざ俺たちに練習場を残していくあたりが、本当に詰めが甘いというか、あいつの本意が筒抜けというか。

 

「おい、どうするんだよ。試合をするったって、そもそも人数が足りないぞ」

「ダメなときは諦める。俺たちは必要なかったというだけのことだ」

「それはあんまりじゃねえか!! 兄貴!」

 

 とはいえ、どうするか。

 俺を含めて六人しかいない状況で、あと三人集めなきゃいけない。

 顎に手を当てて思案していると、ふと俺のユニフォームの裾を引く感覚。

 

「大丈夫でやんす! オイラが助っ人として参加してあげるでやんす!」

「えっ、カンタ君?」

「商店街のために頑張ってくれてる人たちを追い出すなんて、おかしいでやんす。……それにね。助けてくれた人を、助けるんでやんすよ!」

「くー、ありがたいねえ。気持ちだけでも嬉しいよ」

 

 わしわしと寺門がカンタ君の頭を撫でる。

 と、その時だった。

 

「ほんとしょうがない子だね。それじゃ、あたしも仲間に入れてくれない?」

「へ? ……奈津姫さん!? なんですかその格好!」

 

 野球帽に練習着、加えてバットの先にグラブを乗せて。

 

「奈津姫は昔ソフトボールでサードやってたんだよ。そこいらのへっぽこ選手よりよっぽど頼りになるはずさぁ!」

「言うじゃん、へっぽこ選手」

「あーひどい! あたしだって深紅さんが困ってるなら助けたっていいじゃん!」

 

 そしてその後ろから、同じく練習着の武美まで。こちらは完全に練習着に着られている感が凄まじいが。

 

「それより、まだほかにも助っ人が来たみたいだよ」

 

 武美の指先につられて土手の方へと目をやれば、数人の男がこちらに向かってくるのが見えた。……あれは。

 

「……先生と会長?」

「すまない。権田たちを止められなかったんだ。だけど、昨晩じっくり考えてみたんだが、やっぱりあんたらを追い出すのはなんだかおかしい気がしてね」

「じゃあ紅白戦はこっちのチームに?」

「あと、私と同意見の連中も集めた。明日の試合はその連中もあんたらと一緒に戦ってくれるよ」

「話を聞いてやってきたよ。そもそもわしがあんたを雇ったからこういうことになったんだ。一応、責任は取らないとな」

「ありがとうございます! みんな、本当にありがとう」

 

 …………ああ。

 これでいいのだ、と思っていたけれど。権田たちが、俺たちを乗り越えるならそれでいいのだと思っていたけれど。この人たちは、この人たちも、居て良いと言ってくれるのか。

 俺の成したことは間違いでないのだと、肯定してくれる人たちが今度は居るのか。

 

「……俺は、居ていいんですか」

「てりゃあ!」

「痛い! た、武美?」

「何を言ってるんだか。あなたは居ていいんだよ。居て欲しいんだよ。貴方みたいに、優しいことを正しいと思ってしてくれる人が居るから、みんなここに居られるんだよ。商店街もあなたが居なければどうなっていたか分からない。……あたしなんて、ほんとに。だから、居なくなろうとしないでね」

「……ありがとう」

 

 




旅ガラスのうたVですが、ちょっとボリューミーな感じになりそうなので分割or4/1更新になるやもしれません。明日投下されなかったら察していただければ。すまぬ。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。