風来坊で准ルート【本編完結】   作:しんみり子

25 / 37
《旅ガラスのうた》V――前

「深紅さん、何か隠してるよね?」

「ん? 何が?」

 

 准が衣装合わせ用に持っているのであろう大きな鏡を相手にシャドウピッチングをしていたところ、鏡越しに部屋の扉が開いた。じとっとした目を向ける彼女は、風呂上りなのか首にタオルを巻いている。

 

「……普段、この時間まで練習とかしてないでしょ」

「明日、紅白戦だからな。それだけさ」

「それだけなら、よくあることでしょ。貴方がそういうことしてるのは、テレビの取材があった試合の前日と、ニコニココアラーズとの一戦の前だけ。……大事な試合の前だけ」

「うぐっ。い、いや、その……」

「明日なんの試合ナノ?」

「観察力豊かですね……」

 

 スタミナ切れみたいにへにょって答えた。

 

「夏目准は観察力豊かなものですから。で、なんなのよ」

「……明日の紅白戦はさ。助っ人と古参に別れてやるんだよ。あいつらが俺たちを乗り越えられるなら、俺たちは出て行く約束だ」

「ふぅん」

 

 なんですかそのどす黒い雰囲気は。

 

「テント……」

「勝ちます勝ちます! 勝ちますから!!」

「負けたら、どうするの?」

「それは……出て行くよ。テントもあきらめるしかないけど」

 

 けじめだとも思う。

 負けた後も俺たちがこの町に居れば、空気を悪くするだけだ。

 それに、商店街のみんなにも「あいつらが試合に出ていれば」なんて思わせたらそれだけで悪影響に違いない。だから、負けたら出て行く。

 

「そっか。じゃあ、私もバイト辞めるね」

 

 は?

 

「え、なんでっ……」

「時給良かったのになあ。辞めなきゃいけないのかあ」

「どうして准がバイトを辞める話になるんだよ!」

「……だから、勝ってね」

 

 部屋に背を向けて、顔だけ振り返って彼女は言う。

 

「このくらい言っておけば、深紅さんだって負けられないでしょ? 私がバイトしてる理由まで知ってるんだから」

「お、おう……。じゃあ、本当にやめるってことは」

「どっちだと思う?」

 

 A:嘘

→B:本気

 

 ほ、本気だ……こいつ、本気でバイト辞める気でいやがる……。

 

「……必ず勝ってくるよ」

「がんば♡」

 

 

 

 

 

《旅ガラスのうた》V――ブギウギビクトリーズ――

 

 

 

 

 

 ――遠前山山頂、ビクトリーズ専用球場。

 

 そこでは既に、古参のメンバーが集まって試合の時間を今か今かと待っていた。

 午後一番から試合を開始して、夜までには終える。今日の練習はお休みだ。

 その分明日からは球場をいっぱいに使って練習する。そう、メンバーの面々は誓っていた。

 

「なあ、本当にあいつらに勝てんのかな。なんだか心配だよ」

 

 と、そこで木川の弱気が顔を出した。

 ぽつりとこぼれた言葉は波紋のようにチームの皆に広がり浸透する。

 正直な話、それは全員が思っていることであった。

 

 類稀な膂力と、そうでありながらきっちり細かくヒットも打てる理想の四番、ムシャ。

 打率こそ低いが、一発当たれば球場の外まで運ぶパワーを持ち、誰よりも真摯に野球を楽しむカニ。

 打ちにくいアンダースローに加え、強靭なメンタルを併せ持つリリーフエースの電視炎斬。

 全体的に器用で、曲芸よろしくバントやエンドランにバスターまで決める小業使いのピエロ。

 パワーも走力も併せ持ち、守備に打撃に野手としての仕事をこなすオールラウンダー寺門男。

 

 そして、投げては155キロの剛球と無尽蔵のスタミナ。打ってはカニに劣らぬパワー、ピエロ以上の打率、寺門よりも速い足。守ってはエラーの隙など欠片もない、ホームまでノーバウンドで届く送球を併せ持つ小波深紅。

 

 そんなタレント揃いの面々に、臆するのも不思議な話ではなかった。

 

 一人を除いて。

 

「この期に及んで何を言い出すんだ。言い出したのは俺たちだろうが。違うのか?」

「権田さん、でも……」

「お前らは、あいつらを倒すために練習してきたんだろう。なら、それが嘘でなかったと証明しなきゃならねえ。びびってろくに力も発揮できませんでしたなんて言おうもんなら、これから一生助っ人たちの球拾いでもしてろ」

「っ……! ああそうだ、負けない、僕たちのチームワークなら!」

 

 おお、と気迫も合わせて声を上げるビクトリーズの面々。

 権田はその中にあって一人静かに考えこんでいた。

 

 相手に弱点はある。そこを突けば勝てるかもしれない。

 ……だが、勝って何になる。理想的なのは、善戦して負けること。

 古参のプライドを守り、古参の力を助っ人に認めさせ、良きライバルとしてまた一からチームを作り直すこと。

 

 決して、助っ人を追い出すつもりはない。

 

「あ、来た」

 

 並木巡査の声に権田はゆっくりと目を開ける。

 山を登ってくるメンバーは、深紅を先頭に助っ人が全員。そして、奈津姫とカンタの姿が見えて目じりを少し緩めた。他にも、会長や武美まで居る。野球が出来るかどうかはさておき、きっと助っ人たちに出て行かないで欲しいと思ってくれたのだろう。

 

 きわめて厳しい目つきで、深紅はこちらへと歩いてきた。

 何もここまで悪役に徹しなくても良いだろうに。内心で苦笑いしつつ、権田も真顔で応対する。

 

「権田、試合を始めようか」

「おう。勝ってお前らを追い出してやる」

 

 深紅の先に見えた奈津姫の複雑そうな表情が、妙に心に刺さった。

 

 

1坂本 中 

2河野 左

3並木 三 

4権田 捕

5増田 右

6高野 二

7栗原 遊

8南野 一

9木川 投

 

 

1小波  投

2ピエロ 二

3寺門  捕

4ムシャ 左

5カニ  一

6青島  遊

7菊池  中

8神田奈 三

9神田カ 右

 

 

 オーダー表を確認した権田は、自分の考えていた助っ人チームのオーダーと殆ど変わらないことに小さく頷いた。とにかく上位打線には気を付けなければならない。

 そして……。

 

「男、寺門!! 兄貴の投球だって怖くはない!!」

「そうか、次行くぞ」

「お、おお!!」

 

 投球練習をしている深紅の姿を目にして、権田は目を細めた。

 最高155キロという球速は、長い時間を野球に費やしていてもそうそうお目にかかれるものではない。この歳になって初めて出会ったとなれば、慣れるのも一苦労だ。

 助っ人たちはとにかく深紅の球速に慣れようとここ数か月バッティングマシーンを最速にしていたが……それでも、あの剛球はバッティングマシンのそれとは格が違う。

 

 余談だが、キングコブラーズのバルソーを相手にそこそこヒットを打てたのは逆にこの恩恵だろう。

 

 ずどん、と鈍い音をさせて寺門が深紅の投球を受ける。

 寺門は何度かキャッチャーの練習をしていたし、木川と喧嘩する前はブルペンキャッチャーもやっていた。そんな彼なら、反射神経も含めて深紅の球を受けることは出来るだろう。

 

 軽く素振りをしつつ、権田は作戦を考える。

 向こうには会長という監督が居る。こちらは権田が選手兼監督だ。

 大変ではあるが、やりがいもあった。

 

「……ん?」

 

 そこで権田は気が付いた。

 一塁側のブルペン。見たことのある子供用の防具一式を身に着けて、一人の少年が電視の球を受けている。アンダースローとはいえ、120は出ている電視の球を、小学校低学年の子供がだ。

 

「……あいつやっぱり才能あるなあ」

 

 キャッチャーになりたいと言っていたカンタの言葉を思い出し、しみじみ感傷に浸る。あの頃の自分は、100キロだって受けられたか分からない。

 

「まあ、とはいえ」

 

 スコアボードに目をやれば、カンタはライト。

 今日は、せめて野球そのものを楽しんで貰えたら。

 そう権田は小さく独りごちた。

 

 

 

 

 

 ブギウギビクトリーズVSブギウギビクトリーズ、試合開始。

 

 

 

 

「いいか、初っ端がラスボスだ。全力で行くぞ、木川」

 

 その一言が、全てを物語っていた。

 古参は後攻。一回の表を攻めるは助っ人組。

 先頭打者を抑えるのはセオリーだが、この助っ人チーム――ひいてはブギウギビクトリーズの一番打者は、何なら全ての選手の中において一番抑えるのが至難と言えた。

 

 木川もそれを分かっているから、小さく頷く。

 

「分かってます……! 僕は、あいつに勝たなきゃいけない」

 

 ミットで木川の背を叩いて、権田はホームベースまで戻ってくる。

 

 勝ちたくないとはいえ、負けすぎるのも問題だ。だからこそ、とにかく小波深紅だけは押さえなければならないというのが権田の結論だった。

 彼にヒットを打たれると途端にチームは活気づくし、彼の走力を持ってすれば二盗三盗は当たり前。木川が投球どころのメンタルではなくなってしまう。

 だからといって変化球を下手に散らせばそのリストでアウトコースさえライトスタンド。

 直球勝負にこだわれば、直球中心の組み立てが読まれた時点で、そのアジャストの上手さで二遊の頭を超えていく。

  

 それが、打率六割、得点圏打率八割、塁に出れば必ず生還するとも言われているブギウギビクトリーズ最高の選手。小波深紅。

 

「お願いします」

 

 ヘルメットに軽く手を当てて、左打席に入ってきた深紅を少し見上げる。

 

「敵に回ると、こんなにおっかないとはな」

 

 主審のコールに合わせ、権田はサインを送った。

 まずはボールになっても良いから、アウトコース低めへストレート。

 木川の調子を確かめる上でも、そして打たれにくいという点でも、一番良い。

 

 振りかぶった木川の一球目。ストライクコースぎりぎりに、決まると権田は読んだ。

 ミットを寸分もずらさず、捕ろうとして――

 

「しっ」

 

 快音。しかしレフト線を逸れてファールになった。

 あわや初球ホームラン。見れば木川の表情はこわばっている。

 

「球が勝っていた結果だ! 胸を張れ木川!」

「は、はい」

 

 主審に貰ったボールを木川へ投げる。

 

「あれを飛ばすか普通」

 

 呆れ交じりに腰を据えた。

 ストライクはストライクだ。黄色い明かりがともったことをまずは喜ぶ。

 

 相変わらず深紅は無表情で木川を見据えている。

 

 なら次は、アウトコースに逃げるシュートで様子を見よう。ボールになっても良い。

 

 サインに頷いた木川はそのまま投球モーションへ入った。

 

 離れたシュートのキレは上々、ストライクゾーンから上手く逃げる。

 

「ボール!」

 

 構えていた深紅は、コールを聞いてようやく動いた。

 ぷらぷらとバットを揺らしながら、次を考えているようだ。

 よくもまあこれで釣られない。何故振らない。球速もさっきのストレートと10キロと変わらなかったはずなのに。

 

 だが、逆に収穫もあった。

 

 今日の木川の調子はかなり良い。

 

 次は、インローにスライダーを投げ込む。これもボールになっても良いから低めにだ。

 頷いた木川の投球、最高のコース、腰丈から沈むように切れる。

 

「ボール!」

「……これも見送りか」

 

 権田は考える。アウトコース二球を見せられてインコースへのスライダー。

 逆に反応できなかったのかもしれない。ストライクになっていても振らなかったとすれば、それは一つの選択だ。

 

 慎重に、かつ大胆に行く。今日の木川の調子は上々。

 もう一度、外角を攻める。さっきと同じシュートを、今度はストライクゾーンに入れていくぞ。

 

 オーバースローから放たれたシュートは、綺麗に曲線を描いて、そしてコース取りも絶妙に逃げていく。しかしそれでもストライクだ。

 

 権田の視界に、バットの影が見えた。

 よし、詰まらせろ!

 

 凄まじい快音が鳴り響いた。

 

「……嘘だろお前」

 

 走ることすらしない。打球は遠く、スコアボードにぶつかって力なく落ちた。

 何も言わずにダイヤモンドを回る深紅を、木川は呆然と見送る。

 助っ人組は大歓声だ。完全にのせてしまったに違いない。

 

 ホームへと戻ってきた深紅はしかし、権田を一瞥して言った。

 

「本気で来い、権田」

「なに?」

「勝ち気が感じられないぞ。お前にとって野球は、そんなもんじゃないはずだ」

「……だが」

「関係ない。野球を楽しもう。俺はお前と一度本気でやってみたかったんだ」

「……ははっ」

 

 沸いているベンチに戻っていく深紅を見送って、権田はタイムをかけた。

 木川の元へと駆けていき、声をかける。

 

「木川」

「す、すみません権田さん」

「謝るな。今日のお前のコントロールは最高だ。それに、一点だろ? 俺が打てば同じことが出来る、気にするな」

「は、はい!」

「よし。……楽しんでいこうぜ」

「はい! ……え、楽しむ?」

「あいつらと試合が出来るなんて、楽しいじゃねえか。本気で叩き潰してやろう」

「は……はい!! もちろん!」

 

 その甲斐あって、木川はピエロ、寺門、ムシャを三者三振に取って切る。

 一番打者を除けば、最高の立ち上がりだった。

 

 

新1

 

 

 一回の裏。古参組の攻撃は、しかし徹底的に封じ込められていた。

 

「ストライッ!!」

 

「ストライッ!!」

 

「ストライアウッ!!」

 

「ストライッ!!」

 

「ストライッ!!」

 

「ストライアウッ!!」

 

 一番坂本、二番河野があっという間に三球三振。どれ一つとっても掠りもしないストレート。

 これが剛球、小波深紅。

 

 坂本、河野ともども、バッティングマシンとはくらべものにならないとの結論。

 

「だが、隙はある」

 

 そう、権田が言った直後の三番並木。

 

「ストライクッ……!?」

 

 あれはスライダーか。2ストライクからの三球目、勢いよく突き刺さったアウトローへの投球を、寺門が弾いた。

 

「すまねえ!!」

 

 寺門が叫ぶも、並木は振り逃げに成功。

 そして迎えるは、四番権田。

 

 平謝りする寺門をマウンド上から笑顔で抑える深紅の姿を見て、権田は自分の予想が正しかったことを察した。弱点は捕手。寺門はブルペンで球を受けていたとはいえ、その剛球をいつも捕球していたのは紛れもなく権田自身。そして試合ともなれば、いくら深紅であろうと投球はばらつく。

 

「そもそもあいつコントロールはそんなに良くねえし」

 

 バットを担いで打席に入る。

 並木は軽くリードを取っているが、ファーストのカニに変化はない。

 そして、これは深紅の精神性を鑑みての思考だが……牽制なんてしないだろう。

 

「俺が、ここに立ってる以上な」

 

 そうだろう? とばかりに深紅を見れば、彼は"そのまま"投球モーションに入った。

 低めのストレート。それを権田は、無言のスルー。

 

「ストライク!」

 

 ここでも予想が当たっていた。

 深紅は、首を振ることもなければ頷くこともない。 

 かといって監督の方を見もしない。

 ……投球サインは、無い。

 

 初球のストレートは低め真ん中に決まった。

 権田は完全に見送った。その真意を、深紅が見抜いているとは思えない。

 ならば、一球目を見に徹したとでも思うことだろう。

 となると、釣り球はない。もう一球、低めにストレートが来るはずだ。

 

「だって、俺は普段のサインでそうしているからな」

 

 深紅の振りかぶっての投球。

 

 それを、権田は勢いよく振り抜いた。

 

 快音と共に、権田はバットを放る。

 

 先ほどとは反対側のベンチが大歓声。

 奇しくも、同じようにスコアボードにボールをぶつけて。

 

 やられたとばかりに微笑む深紅に軽く笑って応えて、権田は意気揚々とホームベースを踏みつけた。

 

「野球は、楽しいなあおい」

 

 権田がそう言うと、マウンド上の深紅は帽子の鍔を直しながら、

 

「だろう?」

 

 と不敵に笑った。まだ、試合は序盤。

 

 

新1

古2

 

 




次は4/3

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。