風来坊で准ルート【本編完結】   作:しんみり子

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終わらんかった。
なんもかんも試合全部書こうとするのが悪い。


《旅ガラスのうた》V――中

 

 喫茶店の看板メイド夏目准は、あらかたの接客を終えた段階でぼうっと窓の外を眺めていた。

 店内には客が六組ほど。おひとり様も居れば、団体客もいる。

 スナックもドリンクも届け終えて、何かをぼんやり憂うように視線を空へ馳せる姿は実はここ最近の名物でもあった。

 

 何でも、可愛いだけじゃなくて綺麗になった、とかなんとか。

 彼女がこうして何をするでもなく景色を眺める姿が見られるのは、実はブギウギビクトリーズの試合の日だけ。おかげでビクトリーズのファンでこの喫茶店の常連となると、彼女を見るか試合を見るかで二択を迫られる事態になっていた。

 

 とはいえ、准本人にビクトリーズのファンなのかと問うとやんわり否定するのだが。

 

「准ちゃーん」

「はい、お伺いいたします、ご主人様♡」

 

 声をかけられればすぐに営業モードに切り替えて、彼女はあわただしく喫茶店の中を動き回る。きびきびとした動作は慣れを感じさせるもので、流石はオープニングスタッフと言えるものだった。

 会計と、片付けと。それらを済ませて暇になると、またぽやっとした表情で外を見る。

 なんだかループしているような気がしなくもないが、マスターである瀬納は特に関与しない。

 

 と、そんな時だった。

 入店を知らせるベルの音に反応して、准はさらりと入り口へやってくる。

 

「いらっしゃいませ、お嬢様♡ あちらのお席へどうぞ♡」

「…………久しぶり」

「ほんとですよ。元気してますか?」

「…………げんき」

「それは何よりです♡」

 

 いつも席へと案内し、いつものようにコーヒーを持ってこようとして、しかし自分を見つめる維織の視線に准は首を傾げた。

 

「どうしました?」

「…………小波くんは?」

「今日は試合みたいですよ♡」

「……………………くわしい」

「え? たまたまですよ♡」

「……そう」

 

 一瞬の沈黙が舞い降りる。

 

「…………准ちゃん」

「なんでしょう♡」

「………………なにかおもしろい話」

「私がするんですか? そんな突然言われても……芸人じゃないんですから」

「…………最近の町の話とか」

「この町の話ですか? そういえば深紅さんが遠前町の昔話を聞いたとか言ってましたけど」

「…………じゃあそれで」

「ええ……。そうですね、なんでも――」

 

 

 

 

 

 

《旅ガラスのうた》V――ブギウギビクトリーズ――

 

 

 

 

 

「ストライク!! バッターアウト!! チェンジ!」

 

 二回の表、奈津姫さんがフォークを空ぶって帰ってきた。

 なんだか申し訳なさそうな顔をしているけど、不満そうなのは次に打つはずだったカンタくんくらいのものだ。チームのみんなで励まし合って、守備を頑張ろうと飛び出していく。

 

 雰囲気の良いチームだ、本当に。

 

「キイイイボオオオドオオオオ!! 何故僕はベンチなのだ!!」

「抑えの投手が居なきゃ困るからだよ。会長、こいつのこと頼みます」

「あ、ああ……どうしよう……」

 

 面倒なことは会長に丸投げしつつ、マウンドに上がる。

 遅れてやってきた寺門があわただしく座って、試合再開。レガースの取り付けくらい手伝ってやれば良かったか。

 

 二回の裏は六番の高野から始まる。

 ストレートを素直に寺門のミットに叩き込み続けると、高野、栗原を打ち取ったところで異変に気付いた。やけにスイングが遅いのだ。そして、続く八番南野。

 

「ライト!!」

「任せるでやんす!」

 

 カンタ君の前に落ちたボールを、彼はしっかり捕球してセカンドのピエロへ送球。しかしその時には既に南野は二塁に辿り着いていた。……どうしても、カンタ君の肩じゃどうしようもないこともある。そして、おそらく古参組はこれを狙っていた。

 

 徹底した右打者の流し打ち。ライト狙い。……ベンチを見れば、権田がサインを送っている。

 ……全力で勝ちに来やがったな。

 

 九番、木川。

 

 険しい表情で権田の方を見た彼は、メットに手を当てて打席に入った。

 木川の打球なら長打はない。ライトに流し打とうとしている相手に対してなら、インコースに思い切り切り込むのも一つの手。

 

 振りかぶり、一球目はインハイのストライク。

 続く二球目、ストレートがインローに突き刺さる。これはボール。ちょっとリリースミスったか。そして三球目。

 

「僕は、負けない!!」

 

 木川が腕をたたんで振り抜いた。インコースに振り負けて、しかし打球はライト方向へ。走る木川に焦ったのか、カンタ君が捕球でもたついてしまう。しかしピエロを継投して木川は二塁で食い止めた。……一点入ったけれど、まあ仕方ないさ。

 

 続く一番坂本に正対した時、寺門がサインを送ってきた。

 牽制、セカンド、今。

 

 振り向きざまに投球。ピエロのブロックが成功し、リードしていた木川を刺した。

 妙に上の空だったような気もするけれど。大丈夫か?

 

 

 

 

「……権田さん。勝つのは良いけど、この作戦は良いんですか。カンタ君を狙うなんて」

「それがどうかしたか? あいつだって一人の選手だ」

「で、でも子供ですよ!? 小学生ですよ!? 流石に可哀そうというか」

「木川。忘れているようだから言っておいてやる」

「……なんですか」

「俺たちは、小学生が味方につくような奴を敵に回してるんだ」

「……」

 

 

 ネクストサークルからマウンド上で会話するバッテリーを見ていると、何だか少し揉めているようだった。木川のメンタルは正直そこまで強くないと思うけれど、大丈夫なのか?

 

「さあ、こいでやんす!」

 

 バッターボックスにはカンタ君。

 何やら含むものがありそうな表情で投球モーションに入った木川は、しかしやはりというべきか調子を崩していた。元々ストライクゾーンの狭いカンタ君を相手に、3ボールからようやく1ストライク。

 会長の指示は待球。一丁前にメットに手を当てて了承したカンタ君は、その小柄な身体でストライクゾーンに覆いかぶさるようにアウトコースへ寄った。

 

 ……度胸あるなあ。本当にこの子は才能ある選手だ。

 

「っておいおい」

 

 思わず俺は声を漏らした。

 権田のヤツ、当たり前のようにインコースにミットを構えてやがる。

 カンタ君もカンタ君なら、権田も権田だ。カンタ君のことを一端の選手と認めているのか、それとも別の理由からかは分からないが。先ほどのライト攻めといい、本当に妥協や容赦がない。

 

「ボール!! フォア!」

 

 だがそれは権田に限ったことのようだった。

 アウトコースに大きく外れる木川の投球を権田は手を伸ばしてキャッチし、カンタ君は意気揚々と一塁へ。

 さて、じゃあ返してあげないとな。

 

『一番、ピッチャー小波』

 

 コールに応えて左打席。

 軽くリードを取るカンタ君はいい笑顔だ。楽しそうに野球をやっている。

 対して、カンタ君に対しいまいち警戒していない様子の木川は、権田のサインに頷いたようで。振りかぶって投球モーションに入った。

 

 カンタ君が走る。

 

 ファーストの声に気づいた木川は、高めのボール球を放る。既に背後の気配は立ち上がろうとしている。そしてこの程度の高さなら……

 

「しっ!」

 

 二塁に寄ったショートとサードの間を抜けるライナー軌道の左中間打球。

 我ながら完璧。

 

 三塁コーチャーの声に応じ、カンタ君は二塁を蹴った。

 ほどなくして俺も一塁を蹴る。カンタ君はさらに三塁まで走り抜けた。

 

「ホームバック!!」

 

 権田の叫び声。マジか、間に合うのか。

 二塁上で息をつくと同時、権田がショートの継投を受け取った。

 そしてその時には既に、カンタ君はホームベースへ滑り込んでいた。

 

「やったよおじちゃーん!!」

「ああ、良い走りだった!」

 

 手を振るカンタ君がベンチへ戻っていく。

 そんな彼の背中を見る権田の目が完全に成長を見守る父親のそれであることにはいったん触れないでおくとして。

 

 続くピエロがサードゴロ。寺門が内野安打で出るも、ムシャが三振してカニもショートフライに終わった。

 

 

 

 その裏。

 

「ストライク!! バッターアウト!! チェンジ!!」

 

 三者凡退に抑えきって軽く肩を回す。これで30球か。

 と、マウンドを降りようとして寺門が相手側のベンチをぼうっと見ていることに気が付いた。

 

「どうした、寺門」

「兄貴。……いや、権田のヤツはいつも兄貴の球をずっと受けてたんだな」

「そうだが」

「……うし、負けてられねえ。気合入れていくぜ」

 

 ぱんぱんと顔を叩いて、寺門の表情が引き締まった。

 何に触発されたんだか分からないが、パスボールもしないし寺門も頑張ってくれている。必ず勝とう。

 

 

新101

古210

 

 

 四回の表。

 

 先頭の青島先生に木川が失投、フォアボールで歩かせる。

 そこを丁寧に菊池が送って、続く奈津姫さんがレフト前ヒット。1、3塁とした。

 

「すげえ足腰のしっかりしたスイングだな、奈津姫さん」

「流石ソフトボールの花形だけあるわ」

 

 続くカンタ君だが、今度は釣り球に手を出してゆるいピッチャーフライになってしまう。

 

「ぐう、悔しいでやんす」

「次打つって考えな、カンタ」

「母ちゃん……」

 

 強気な母親の気炎に触れて、カンタ君はアウトになっても胸を張って戻ってきた。

 いやしかしほんと、カンタ君は良い選手になるだろうなあ。

 

「さて、俺の番か」

「1、3塁でお前かよ。最悪だなおい」

「負けてるからな。本気で行かせて貰おう」

 

 打席に立ち、軽くバットを揺らせて肩に担ぐ。

 

 第一打席では初球の外角ストレートをファール。外角の……あれはシュートだったかな。をホームラン。第二打席は高めのボール球を三塁打。今日は引っ張るより流している感じがあるけれど、まあそれはボールに合わせた結果だ。

 さて、その投球を当然権田は覚えているだろうが、初球は何からくるか。

 

 低めに来たら様子見のフォーク、カウントを稼ぎに来たら外角のストレートってところか。……そして、インローに来るとしたら。

 

 木川の投球。ノーワインドで、低め、インコース。この回転は、案の定――

 

「スライダー!!」

 

 掬い上げるようにリストで右へもっていく。

 

 ライト線上に転がったライナー性の打球。

 三塁の青島先生は悠々ホームイン、奈津姫さんも三塁を蹴った。

 ならばと俺も二塁を蹴る。ホームにボールが届くころには先生は生還、俺も三塁にスライディングしていた。

 

「……小波ぃ」

「さて、俺も帰りたいよ?」

 

 ちらりとピエロを見ると、力強く頷いた。

 

 サインは、ギャンブル・ゴー。どのみちツーアウトだが、この投球で決めるつもりだ。ピエロが初球の低め、ストレートを打つ。

 ぽてぽてとは言え、内野安打に――って、

 

 俺よりも早く並木巡査が目の前に居た。クソ、スクイズ警戒とはいえ、このタイミングで飛び出してくるか。

 

 そのまま俺はタッチアウト。

 ブロックサインを出していたであろう権田はしたり顔だ。

 ああクソ、やられた。

 

 

 

 試合は四回の裏。先頭打者は権田正男。

 

 さて、どうするか。あいつは俺を怖いと言うが、俺もあいつを一番警戒している。

 とはいえ球種が割れていて、俺のストレートを受け慣れている以上はコントロールでどうにかするしかない。

 

 ……初球、フォークから試すか。

 握りを変えて、低めに叩き込む。

 

 快音。

 

 ショートの頭を超える痛烈な左中間。

 おいおい、なんでだ。読めたのか? なんであのタイミングでフォークを打てる。

 

 帽子をかぶり直し、マウンドの土を固めて切り替えた。

 もうあいつは良いや。帰らせないことにしよう。

 

 続く増田へはインハイへストレートから入る。

 決まったと思ったがしかし、勢いよく振り抜かれた。

 詰まったような音がして、ライトのカンタ君がさっと定位置に付く。

 

 取った瞬間、権田が走った。すぐにカンタ君はピエロへ投げ渡したが、流石に間に合わない。しゃーない、バッター勝負だ。

 

「ストライク!! アウト!!」

 

 下位打線と思って気が抜けないことは、前回学んでいる。

 きっちりシュートとスライダーでカウントを稼ぎ、ストレートを外角に叩き込んだ。

 

 これでひとまず二死。次の栗原には、まずインローのストレートから。

 

「ストライク!!」

 

 次、低めにスライダー。

 

「ストライク!!」

 

 よし、とどめはフォーク。

 

 

「ストライク!! ……!」

「しまった!!」

 

 寺門が後逸してしまった。

 低めのフォークは気を付けなければならないな。

 栗原は一塁へ。権田が生還し、失点。

 

 んー、まあしゃあない。

 

 次の南野を切って終わりにしよう。

 フォークは使わず、処理していく。

 

「ストライク!!!」

 

 二球目、シュート。

 

「ストライク!!」

 

 よし、スライダーで一球外す。

 

 と、そこで南野がバットを振った。

 僅かに上を振り、三振。だがここでさらに寺門が弾いた。

 

 栗原と南野で1、2塁。

 

 タイムをかけた寺門がこちらへ走ってくる。

 

「すまない、兄貴」

「気にするな。それより、大丈夫か?」

「ああ……問題ない。いや、兄貴はすげえよ」

「木川を三振に取ってこの回を終わらせよう。頼りにしてるぜ、寺門」

「お、おう!」

 

 さて、試合はそろそろ折り返し地点だ。

 気合を入れていこうか。

 

 

 




次回は4/5

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