風来坊で准ルート【本編完結】   作:しんみり子

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《ワクワクなえぶりでい》III

『ちょっと相談があるの』

 

 ある日の夜。いつものように公園を根城にしていた俺に、珍しく難しい顔をした友子が声をかけてきた。頼りない街灯に照らされた彼女の表情は寂しそうで、思いつめたようにも見えていて。

 

 ただ事ではないような気がして、俺はベンチから腰を上げた。

 

『ああ、いいのいいの座ってて。……なんか飲み物とか欲しい?』

『……友子が辛い話をしようとするのなら、暖かい飲み物でもあると良い』

『そう、よね。ちょっと待ってて』

 

 この場に小波のヤツが居ない段階で、だいたいのことは察することが出来た。

 傍目に見ても愛し合っている二人。その関係を深く知っているのはきっと俺だけ。

 彼らの本当の姿と、その思い。案外、好き合って向き合っているお互いには見えないものというのがこの世にはあって、互いを想っているのに仲違いしてしまうこともある。

 

 どんな関係であれ、お互いを思うからこそ……疑念や、不安。恐怖というものはきっと襲ってくるものなのだ。

 

 俺は――それを、いつかの部下から教えて貰った。あいつは今をどう生きているだろうか。

 

『……お待たせ。目の前に自販機があって良かったわ』

『目の前にあるのに、俺は一度も使ったことがないがな』

『あはは……』

 

 苦笑いにも、いつものような力がない。「よ! 元気?」と快活に挨拶してくる彼女の方の元気がないとなれば、いよいよもって何かしらの大事かもしれない。

 

 ただの痴話げんかで済めばいいのだろうが、きっとこの二人にそんなことは起こらないだろう。――だって、お互いに傷つけあわないように必死なのだから。

 

『……深紅君は。もう、私が何なのか分かってるのよね?』

『どうしてそう思うんだ?』

 

 席一つ分空けた隣に座った彼女は、手元の紅茶を弄びながら、俯き気味にそう言った。目を向けてみても、こちらに向き直る様子はない。

 茶の髪がゆらりと顔を隠すように垂れ下がっていて、それが余計に哀愁を誘った。

 

『……だって、貴方には私の力が効いてないもの。その上で、こんな茶番に付き合ってくれてる。だから、お話したかった』

『そうか。……ああ、気が付いているよ。友子だけじゃなく、小波のことも。というか、友子が小波に接触した切っ掛けも、あらかたね』

 

 そっか。と呟いた彼女は、しばらくそれきり無言になってしまった。

 言葉を探しているのか、そんな余裕もないほどに落ち込んでしまっているのか。

 

 いずれにせよ、俺に今何かができる状況ではない。だってこれは友子が、小波と共に解決するべき問題だったから。

 

 たとえ彼女がサイボーグで、小波がそれを駆逐するエージェントで。互いの組織がいがみ合っていて――友子が小波の記憶を改ざんしていたとしても。

 

 それでも、俺には――。

 

『私は、怖いの。……今更になって、小波君に拒絶されることが。組織を裏切ることが。……小波君に騙していたことを告白することが』

『……なんだ、安心した』

『へ?』

 

 俺には、愛し合っているようにしか見えなかったから。

 心の、奥底で。

 

『……友子の言う通り、俺は二人の状況を全部――情報屋から受け取っている。ちょっとした縁があってさ。小波が昼間、野球がない時に何をしてるか知ってるか?』

『エージェントとしての仕事じゃなくて?』

『この公園に住んでる女の子の世話してるんだよ。その情報屋と一緒に』

『――知らなかった』

 

 知らなくても無理はない。

 昼間は、お互いに違う世界で生きている二人なんだから。

 

『でも、それが、どうしたの?』

『情報屋も、その女の子も気づいてる。小波の心が、どこにあるのか。親愛はあっても、恋慕はここに無いということを。それは野球でも、ましてやCCRでもない』

 

 CCRと聞いた瞬間に、友子の眉がぴくりと動いた。彼女らサイボーグ同盟にとっては、恐怖の象徴だろう。サイボーグであるというだけで、駆逐する悪魔のような集団だ。

 そして、小波の所属する政府抱えの組織の名でもあるのだから。

 

『――きみだよ、友子。小波は、きみが思っているよりずっと、きみのことを愛している。だから安心した。きみの悩みは、だって全部が。小波と一緒に居たいが故の想いだから』

『――深紅君』

 

 顔を上げた彼女の瞳は、今にも泣きだしそうで――いや、泣いているのだろうか。こぼれる涙など無くても、きっと彼女は今泣いている。

 でも、その表情には、どんなに胸のうちからこみ上げる思いが溢れていようと、元気があった。今までなかった、元気があった。

 

 だから、きっと大丈夫だ。

 

『……ありがとう、深紅君。貴方には、返しきれない恩がいっぱいあるね』

『そんなことはない。俺はお前たち二人から、数えきれないほどの感情を貰ったんだ。このくらいで礼になるなら、むしろこちらからありがとうと言わせてほしい』

『……貴方は、大丈夫よ』

『何が?』

 

 ふ、と口元を緩めて彼女は言った。

 

『貴方はきっと、私たち偽物が憧れた、本物になれるわ』

 

 

 

 

 

 

《ワクワクなえぶりでいIII》――腹減り喫茶店――

 

 

 

 

 

 

「何をしようかな」

 

 権田たちとの練習を終えた俺は、ひとまず河原に戻って一人水浴びをしていた。

 カブトムシみたいな匂いになるわけにはいかないからな。

 男は身だしなみも大切なのだと、声を大にして友子のヤツが言っていた。

 どちらかと言えばあれは小波のヤツに言っていたような気もするが、何か言いたげな視線を俺にも向けていたことから鑑みるに、公園生活のせいで俺にも匂いがついていたのだろう。

 

 権田たちとの練習は日々そこそこ厳しいものがあるが、それでも食らいついていける。毎週の総合練習にさえきちんと顔を出せばいいとは言われているが、それ以外の自主トレも怠るわけにはいかないだろう。

 

 何せ俺は助っ人だ。助けになれない助っ人など、ゴミも同然だ。

 ゴミはゴミらしゅう身の程を知れとか、言われたくない。

 

 一応、今の俺は打順三番で先発ピッチャー。中継ぎと抑えは最近新しく加わったメンツや木川もいるので、終盤はセンターに回ってバッティングに力を入れる方向性で動いている。

 

 そうそう、俺以外にも何人か助っ人が増えたのだ。

 それで少し権田は言いたげだが――かと言って助っ人の俺が何か言うとそれはそれでかどが立つ。とりあえずは、権田キャプテンの元でしっかりと仕事をこなすことだけに専念しよう。

 

 そんなわけで練習に関しては問題ない。

 じゃあ何が問題なのかと言えば……食料事情かな……。

 

 小波からもらった封筒はまだ見つからない。

 イッヌに金を使うなんて発想は無いだろうから、どこかに眠っていると信じたいところだが。クソ、これも昔野良犬を改造しようとした罰だと言うのか。

 

 そんなわけで今日も遠前町をうろついている訳だが――。

 

 ちょうど、ある喫茶店を通り過ぎようとしたところで盛大に腹が鳴った。

 

 はあ……腹が減ったなあ。

 

「むしろこの喫茶店を見ると腹が減るのかな。腹減り喫茶店。……微妙だな」

「お金も持たずに店に入ってくる微妙な客に言われたくないわ」

「うぉ、辛辣」

 

 裏路地でゴミ捨てでもしていたのか、俺の背後にひょっこり現れたのは見覚えのあるドリルメイド。からかい上手のメイドさん。いや上手どころの話じゃねえぞこのメイド。

 

「で、店の前でうろちょろされても迷惑なんだけど――ええっと」

「ん?」

 

 何か困ったように眉根を寄せる。

 彼女は一瞬の思考を挟んでから、スカートの裾をつまんで礼儀正しく頭を下げた。

 

「この店の看板メイドの夏目准でーす♡ よろしくね、ご主人様♡」

「ああ、どうもご丁寧に」

「……で? 貴方の名前は?」

「ただの客にわざわざ名前必要か?」

「ただで食う奴ではあるけど客ではないでしょ」

「おかしいな、客以下みたいな言い方だけどこれ名前聞く流れなんだよな本当に」

「で? お名前をどうぞ?」

「小波深紅。たまたまこの町に用事があって留まってるけど、ただの旅人だよ」

「ただで食う旅人ね」

「それはもう良いだろ!」

 

 まったく。

 くすくす楽しそうに笑う彼女を見るに、厄介払いがしたいというわけではなさそうだが。なんだか玩具にされてないか? 店員が客を玩具にする店ってどうなんだよ。

 

「まあでも、ドリルメイドって呼ばなくて済むから良いか」

「そんな呼び方してたの? ふうん……」

「そのどす黒いオーラ纏うのやめてくれませんか」

 

 ドリルメイド――准は、俺を上から下まで眺めてから。

 そっぽを向いて、まるで独り言のように、しかし普通にでかい声で呟いた。

 

「それにしても……維織さんはこんな男の何が良いんだか」

「聞こえてんだよ! ていうか聞こえるように言ってるよこのメイド!」

「准でいいよ」

「そこは問題じゃないんだよ!!」

 

 はいはい、と聞き流しつつ、准は喫茶店の扉を開く。てくてく入っていって、中からひょっこり顔を出した。

 

「入らないの?」

「……入らせていただきます」

 

 腹も減ったし。

 

 何故か俺はこの店に無料で入れるようになっていた。

 維織さんという女性が、俺の分までお金を払ってくれたらしい。

 幾らになるのか気の遠くなる話だったが……結局彼女は理由を言ってくれはしなかった。なんでも生まれ変わりを信じるかとかなんとか。

 

 そりゃ信じるけれども。それが琴線に触れたのか、それとも別の何かなのか。

 

 ありがたい話ではあるが……俺はひょっとしてこの状況、ヒモじゃないか?

 

 店内に入って席に案内されるよりも先に、准は俺の顔をまじまじと見て。

 

「……貴方じゃ役に立たないか」

「だから目の前で言うなよ! 何がだよ!」

「顔が」

「失礼すぎないか!?」

 

 小波のヤツよりはマシな顔立ちだぞ!?

 

「ほんとに失礼………か…が」

「怒らないからはっきり言え! だが顔って言いたいなら次に会うのは法廷だぞ!?」

「敗訴したら全額貴方持ちになります♡」

「すみませんでした」

 

 なんてヤツだ。

 

「……で、なんだよ」

「ちょっと付き合ってよダーリン」

「は?」

 

 

 

(そして・・・)

 

 

 

 なんでもここ最近、彼女は客から過剰な好意を受けてしまい応対に四苦八苦しているのだとか。

 

 確かにビジュアルは良いが……そんなに人気になるような良い店員かと言われると首を傾げるぞ? と思っていたのもつかの間。ヤツの接客態度を見ているだけで、おおよその事情に納得がいった。

 

「はい! 私、精一杯ご奉仕させていただきますね♡」

「准ちゃん……俺はきみを愛している!」

「ご主人様……でも、私は籠の鳥……」

「もしこの店がきみを縛るというのなら! 俺がきみを解き放ってみせるから!」

「ご主人様……困ります……♡」

 

 ……悪魔かよ。

 俺の知ってる准とは明らかに違う、いかがわしい店に居てもおかしくないカワイイメイドサンがそこに居た。

 

 え、ちょっと待って。

 安請け合いしちゃったけど、俺今から"あの"准の彼氏役しなきゃいけないの?

 

 ぎゅるん、と振り向いた彼女の瞳がきらんと光る。獲物を捕捉した肉食獣のような動きで俺のテーブルにまでやってきた彼女はそのまま、

 

「ごめんねー♡ 待たせちゃった、ダーリン?」

 

 ……待て待て待て待てこの店の男性客が全員殺し屋みたいな顔で俺を見てるぞ!?

 目で合図しても全く意に介さない彼女は、にこにこしながらトレイの上にあった……なんだこれ!?

 

「私、ダーリンの為にサンドイッチ作ったの♡ 食べてくれるよね?」

「ちょっと待て。お前これパンがマスタードに挟まっているようにしか」

「やーん、私ったら手料理を美味しく食べて貰えるなんて、幸せ者だね……♡」

「……嘘だろ」

 

(そして・・・)

 

 

「あ、目が覚めた?」

「……口の中がひりひりする」

「空腹に劇物食べたりしたらダメだよ?」

「食べさせたのはお前だろ!?」

 

 目が覚めると、シャンデリアの眩しい明かりが目に飛び込んできた。

 ついで、ひょっこり視界に入って来るメイド悪魔。

 

 相変わらずの上機嫌だが、本当にもう勘弁してほしい。

 いつまでも寝転がっているわけにはいかないので、上体を起こす。

 ……ところで今まで俺は床に寝ていたのか? それにしては枕が柔らかかったような。

 

「まさか本当に食べるなんて思わなかったんだよ」

「あの空気で准を拒絶しようものなら、周りのヒットマンたちが何をするか分からなかっただろうが……」

「何をするかはだいたい分かるよ?」

「俺が八つ裂きにされるな!」

 

 立ち上がり、裾を払う准が楽しげにそう言った。

 

「でも、ありがと。ちょうど今日、"そういうお客様"が多い日だったから、一網打尽だったんだ」

「一網打尽にされるのは俺の方じゃないかこれ……」

「今のうちに安息の眠りについておく?」

「俺は安らかに生きたいんだよ!!」

 

 周囲を見れば、既に店の外は真っ暗で。客もいないことから、閉店時間を回っていることが予想される。ちょっと待って、俺ここでずっと寝てたの? 店のど真ん中で?

 

「ところで小波さん、おなかすいたでしょ?」

 

 小波さん、と呼ばれると微妙に違和感があるが、まあそこはそれ。

 苗字にあいつの名を貰ったのは、嬉しいことだ。

 

「痛みと空腹で胃がダブルパンチだよ……」

「ご飯作ってあげようか?」

「遠慮しておきます!」

 

 そんないい笑顔で言われて喜ぶバカが居るとでも!

 

「そういうと思って、こちら」

「……ん? 言われてみればなんかいい匂いが」

 

 近くのテーブル……というか本来俺が今日座っていたテーブルに、パスタ皿が用意されていた。湯気が出ているところを見ると、作ってからそんなに時間は経っていないらしい。

 

 腹が鳴った。

 

「……お腹すいてるじゃない」

「かといって劇物を摂取したいわけではないぞ!」

「大丈夫。誰も見てないから」

「どういうことだよ……」

 

 立ち上がり、テーブルを見下ろせばそこには、美味しそうな和風パスタが待っていた。胃に優しそうなソースと、大葉としめじで拵えられたそれ。

 とてもではないが、マスタードサンドと同一人物が作ったとは思えない。

 

「……お前が作ったのか?」

「そうだよ?」

「……何が隠されてるんだ」

「何も隠してないよ。しいて言うなら、隠し味?」

「隠してるじゃねえか!! 何を入れたんだ!」

「愛情をたっぷり込めさせていただきました♡」

「……愛情という名の何が入ってるんだ」

 

 香りは空腹をそそる最高のもの。

 准はいきいきと相変わらず俺を見守る姿勢だし……。どうする?

 

→A:食べる

 B:食べない

 

 ええい、ままよ!

 

「……あれ?」

「お味はいかがですか、ご主人様♡」

「いや、俺の味覚がマスタードでやられてるのか?」

「お味はいかがですか?」

「……美味しい。さては俺の舌に細工を」

「それ以上言ったら口をトレイで塞ぐよ?」

「ヒキサカレル!!」

 

 しかし本当に美味しい。

 隠し味があるというのがそもそも冗談というか、からかいのネタになっていたに違いないほどには。……それともまさか、金をとられるのか? 小波いい! 金を貸してくれええ!

 

「お礼だよ」

「何が?」

「ほら、結局維織さんがこの前の分は出してくれたし、ちゃんとお返しできなかったから。この前はありがと」

「……素直じゃないヤツだな」

「今度は頭からトレイが生えると思ってね?」

「ツキササル!?」

 

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