風来坊で准ルート【本編完結】 作:しんみり子
――ジャジメントスーパー、支店長室。
「おい椿、聞いて驚け」
「なんだよ藪からスティックに」
華美になり過ぎず、さりとて質素に見せることもなく拵えられた、この城のトップに相応しい一室。
マホガニーのデスクで仕事をこなしていた太田は、革張りの応接用ソファで寝そべる椿に声をかけた。
もはやたまり場、或いは日常と化してしまっているこの支店長室の光景に太田の部下も指摘するだけ野暮と呆れており、そんな彼の周りにはザ・トリオと呼ばれる三人組が控えている。
内心、部下はどこのマフィアの部屋だと嘆息していたが、それはそれ。
実際ちゃちなマフィアより遥かに過剰戦力が揃っていることも、そしてマフィアなんぞより断然恐ろしい組織がジャジメントであることも、おそらく彼は知る由もない。
「で?」
「なんと、我がグループの総裁ゴルトマン会長が試合をご覧になられることになったぞ」
誇らしげな太田の発言に、ぴくりと椿の眉が動いた。
「……へえ」
「だから無様な真似はできん。椿! ビクトリーズとの年末決戦は絶対に勝つのだ」
念を押すように太田は告げて、チェアに深く腰を下ろす。
椿は勝手に淹れてきたコーヒーを喉を鳴らして飲みながら、挑戦的な笑みを浮かべて指を振った。
「その試合には、ザ・トリオの三人も参加する。負けることはねえだろうさ。……なあお前たち」
振り返れば、ソルジャー、番長、ロボの中の人が鷹揚に頷く。
頼もしい限りだと椿は口角をゆがめた。
「えっ?」
「どうした?」
「ちょっと待て! いま、一瞬見てはいけないものが見えてしまったような気がするぞ!?」
「まあ、試合は俺たちに任せな」
と、そこで椿の携帯が鳴り響く。
ラブ★ラブ★ビッグバーン!
「ちょっと失礼」
「どこから突っ込めば良いんだ……!?」
着信元の名を見て椿は首を傾げ、そのまま受話した。
「もしもしオレだ。食器棚でもぶちまけたのか?」
軽い調子で一言おどけて、しかし少し経って椿の瞳が鋭利な光を帯びる。
「……なに?」
遠前町で、何かが始まろうとしていた。
《She I》I――ずるいよ――
遠前山は山頂、ビクトリーズ専用球場。
呆れかえるような晴天の下、ミットを鳴らす心地良い音が鳴り響いた。
「よーし、今日の練習は終わりだ。それぞれダウンして上がれ」
監督の一言に応じるように、全員の掛け声が揃う。監督自身は各々がダウンを始めたのを眺めながら、一人後片付けに入っていった。
マウンド上で肩を回していた俺は、マスクの外しながらこちらへ歩いてくる権田と軽くキャッチボール。徐々に肩を休ませていくためには必要な身体の手入れだ。
隣を見れば、ブルペンで木川と寺門が同じようなことをやっていた。
そう、寺門がブルキャに立候補したのだ。古参勢と電視も合わせて、ビクトリーズにはそこそこ投手が居る。けれどしっかりと捕手が出来る人間が殆どいなかったのもあり、そしてその権田が俺に付きっ切りだったのもあり、揉め事の一因になっていたのだとか。
昨日の試合で捕手の仕事を気に入ったらしい寺門はそこで、自分もやってやるという結論に落ち着いたらしい。
相手の木川ものびのび投球ができるからかなんだかんだで上手くやっている。
「やっぱり正解だったな。昨日の試合は」
「野手同士も打ち解けたみたいではある。だがあんな荒療治は二度と御免だね」
「悪かったよ、権田」
「終わったことさ」
マウンドからは、グラウンド全体が見渡せる。
そして気づくのはやはり、新参と古参の垣根なしに練習している面々の姿だろう。
多少のしこりは残るのではないかと思っていたが、そうでもなかった。
「ま、一応は筆頭だったことになってる俺がお前とこうしてバッテリー組んでるからってのもあるだろうがな」
「なんだ、古参の間では俺のことをボロクソに言ってたのか?」
「当たり前だろうが」
「そりゃそうか」
どこまで貶されていたのか、微妙に興味がわかないでもなかったが。
まあ今更掘り返して要らぬ禍根を作るのも趣味じゃない。
「……ところで小波、ちょっと今日は調子が悪そうだったが大丈夫か? 投球にせよバッティングにせよ、いつものフォームじゃなかったぜ」
「あー、ちょっと背中が痛くてな。筋肉とか骨がまずいわけじゃないから安心してくれ」
「背中? 筋肉でも骨でもない? ……あ、ふーん」
「なんだそのリアクションは」
嫌な予感がした。権田の目がきらりと輝いたからだ。
「いや別に? 確かに背中のひっかき傷を庇ってたらあんなフォームにもなるか」
「俺ひっかき傷って言ったっけ」
「なるほどなるほど、昨日は帰ってからごゆっくり過ごされたようで。睡眠不足もあるんじゃねえか?」
「ちょ、ちょっと待て――」
「しかしその傷があるってことは良かったじゃねえか、お前がモノにしたのは間違いなく初球――」
「う、うわああああああああああああ!!」
「あ、逃げやがった」
「ったく、こっちも報告あったってのに。お前のお陰だぜ、ヒーロー?」
初球〇が身に付いた!
弱気 になった!
(そして・・・)
「そういやピエロがサーカス辞めてまで追いかけてる相手のこと、兄貴はどれだけ知ってる?」
練習からの帰り道、寺門と二人で歩いていると、ひょっこり話題に上がったのはピエロの想い人の話だった。
この街での公演中に見つけた女の子らしく、その子に会うためにサーカスを辞めたとまで言うピエロのバイタリティには感心する。頑張ってほしいとも思っているが、しかし俺はそのお相手に関しては殆ど知らなかった。
「あいつが言ってた"黒いオーラ"くらいしか情報ないし、全然分からないな」
「あ、そうなんだ。この前兄貴が居ない時にピエロのこと色々話したんだけど、あいつ今度会ったら自分の妙技で落とすって息巻いてたよ」
「まあ、頑張って欲しいな」
黒いオーラというのはよく分からないが、色んな意味でピエロになってしまわないことを祈るばかりだ。
一人心中で思いつつ、しかし大事な仲間の恋愛がうまく行くといいとは考えていた。
電視みたいなこう、見るからに残念なアプローチであれば話は別だが。
商店街の面々からの声に応えつつ、広いメインストリートを進む。
金がないから店に入ることは殆ど無いが、ビクトリーズの連戦連勝で周囲の空気は温かい。
いつまでも、この空気が続くと良いな。
「って、あれ?」
ふと、見知った顔を通りに見つけた。
あれは、
「おお!! 偶然とはいえちょうど現場に出くわすとは!」
「――准とピエロか。あいつら接点なんてあったのか」
「……へ? 兄貴、知り合いなの?」
「知り合いというか、なんというか」
知り合いというには近すぎる関係だが、特に説明する理由もないので二人の方へと歩みを進める。軽い挨拶をするつもりで――というか、准の方は今日はバイトがないはずなのにどうしてメイド服なんだか。
マスターに買い出しでも頼まれたのかね。あいつ、意外とそういうのは断れない性質っぽいしなあ。
「ちょ、ちょちょちょ兄貴ストップ!!」
「なんだよ」
外套の裾を引っ張る感覚に振り向けば、なんだかやたらテンションの高い寺門が猛然と首を振っていた。
どうしたんだよ。
「さっき言ったばかりじゃんか!」
「え? ……え? ちょっとまて、つまり、ピエロの好きな人ってまさか」
……准!?
うわ、確かに黒いオーラ満載だわ。
しかしあいつ、電視といいピエロといい……認めたくねえが俺といい、変なヤツにばっかモテるなおい。
「え、えっと、ボ~ク、ピエロ」
「いつも見に行ってたサーカスのピエロさんだよね♡」
「そ、そうだよ~、ボ~ク、ピエロ」
何度も言わなくても、姿かたちでお前がピエロだって一発で分かるわ。
ちょっと脇に避けて、野次馬根性全開の寺門とともに見守るハメに。
なんだこの状態。
「それで話ってなにかなピエロさん♡」
「えっと……ボ~クは君がだ~い好きなんだ~」
……妙技どこにいった!? 直球じゃねえか。
「あ、ありがとう。私もね、ピエロさんのこと大好きだよ♡」
「ええ~!! ほんと~に~!?」
「うん♡」
寺門が目の前でぐっと拳を握りしめた。
や、ガッツポーズしてるところ悪いが、アレは……。
「でもね、私、あまり知らない人と仲良くなれないの」
「えっ?」
……だろうな。からの。
「誤解しないでね。ピエロさんと仲良くなれないわけじゃないの。ただもっと相手のことを知らないと、私は用心してそれ以上、近づけなくなっちゃうの」
「そ、そうなんだ~。ボ~クどうすればいいかなあ」
「私、ほとんど毎日、喫茶店でバイトしてるわ。だから、そこに来て。そこで仲良くなりましょう♡」
「う~ん!!」
知ってた。
寺門が目を白黒させている。
確かに何が起きてるかさっぱり分からねえもんな。
俺だって怖ぇよ、なんだあいつ。
好意を逆手にとって常連客を増やしやがった。しかも、相手の好意はさらに倍増。ピエロの見事なピエロっぷりが、かわいそうになってくる。
しかしまあ、それでもピエロは幸せそうに准の手を握って、笑顔で頷いた。
准は准でなんやかんや応対はいつもの営業スマイル。
……そろそろ、その手は離していいんじゃないか?
「それじゃ、お店で会いましょう? 明日から、また居るから」
「ボ~ク、必ず行くよ~」
「はい、お待ちしております、ご主人様♡」
ぶんぶん手を振って去っていくピエロ。
そうだよな、あいつは基本、ああやって常連増やしてるんだったわ。
……分かっちゃいたことだが。うん。
「あ、兄貴。ピエロが惚れるのも分かるというか、めっちゃ可愛いなあの子。クソ、ピエロなんかに取られるなんて」
「取られてねえから」
「え、ちょ、兄貴、顔怖っ!?」
「そうか?」
気のせいだろ。
特に理由はないが帽子を目深に被り直して、そのままカシミールにでも行こうと思ったのだが、そこで准がこちらに気づいたようだった。
「お~い、深紅さ~ん!」
「……なんだ、准か」
寺門の目が「なんで素知らぬ振りなんだ」と言ってるようにも見えるが、スルー。
告白現場見てました、なんてわざわざ言う理由ないだろ。
「今日も元気にダメしてる?」
「してねえよ。どういう意味だ」
「いいじゃない。減るもんじゃないし。で、なにしてたの?」
「べつに、ふらふらしてただけだよ」
「ふーん。やっぱり今日も元気にダメしてるんだね~」
「ああ、もういいよそれで。お前こそ何してるんだよ」
あっけにとられる寺門をよそに、軽く言葉を交わす。
とはいえ、なんだか居心地が悪いのでさっさとカシミールに向かうつもりで居た。
「買い物だけど……どしたの? 機嫌悪くない?」
「別に? 相変わらずそんな派手な格好で買い物してるんだな。恥ずかしくないのか?」
「ううん、まったく。全然、さっぱり」
「ああそうかい」
「……ほんとにどうかしたの?」
「お前が気にするようなことは何もねえよ」
きょとんとした准を置いて、寺門に目を向ける。
准が買い物中だって言うなら、それこそ邪魔するのも悪いしとっとと行こう。
頬の裏を舌で突きつつ、目を逸らして歩き出す。
「ちょ、え、兄貴、ピエロの好きな女の子と知り合いだったの?」
「知らなかったけどな。俺、カシミール行くからまたな」
寺門も准の魔の手にかかってしまうというなら、まあそれもどうでもいいことだ。
ただ、べつにそこに俺が居る理由はない。
そんなわけで、寺門を置いてその場を去る。
「あれ? ちょっと、深紅さん?」
「あの、兄貴とどういうご関係で?」
「……。……ええっと、もしかしてだけど、さっきの見てました?」
「え、あ、はい」
「深紅さんも?」
「そう、ですけど」
「…………」
しばらくカシミールに向かって歩いていると、背後からヒールの足音が響いてきた。
警戒する必要もないけれど、なんでわざわざ追いかけてきたのか。
「どうした?」
「深紅さーん♡ 嫉妬してるの?」
やけににやにやしながら、胸元で顔を見上げてくる准の瞳。
嫉妬、か。ああ、なるほど。
「……准だけはたとえ何があっても誰かに渡したくないって、変な話だよな」
「えっ」
……そういう意味では、初めての感覚なのかもしれない。
こんなことで揺らいでいたら正義になんてなれるかどうか分からないけれど。
でも、人の感情を一つ理解出来たとしたら、それはそれで嬉しいことなのかもしれない。気分は、すぐれないけれど。
そのまま歩き出せば、彼女はその場で動かなくなっていた。
とりあえず俺も心の整理がつくまでは会いたくないし、なんか傷つけてしまいそうだしちょうどいいか。
「いきなりそんなの、ずるいよ……」
商店街の真ん中に立ち尽くしていたメイドの小さな声が、喧騒の中に溶けて消えた。