風来坊で准ルート【本編完結】   作:しんみり子

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《She I》II

「いらっしゃいませ。感謝しろ、ご主人様♡」

 

 店に入るなり、やってきたメイドの一言はそれだった。

 

「いきなり何を言ってるんだ?」

「今日は何の日か知らないの?」

 

 周囲を見れば、割かし人の入りは少ない。

 さては暇してるんだなと彼女を見れば、席に案内するその足取りは軽く楽しそう。

 

 准の気持ちを知って、俺が自分に気が付いて、あれから数週間。

 俺たちの関係がそう劇的に変化したかというと、実はそれほどでもなかった。

 基本的に准は俺で遊ぼうと隙あらば狙ってくるし、俺は俺でいつも通り何とか逃げ切ろうとするそんな関係。

 

 もし変わったとすればそれは、俺で遊ぶ彼女が本心から楽しんでいるのであろうという安心感と、俺自身の感情だろうか。

 俺が、いつか帰る場所。それが見つかったというか、なんというか。

 

 決して見つかることはないと振り返らずに進んできた旅路の中で、想いもがけず見つけた庇。それが夏目准という女の子だったという話だ。

 

 

「今日は私に感謝する日だよ。特にメイドさんには超特大大盛りで感謝しないといけない日だよ」

 

 手渡されたお冷を一口。喉元を通り過ぎていく冷たさは、そろそろこの季節になってくると寒さを覚える。とはいえこの温かい店内であれば、特に気にする必要はないのだが。

 

「だから何を言ってるんだ?」

「今日は何の日フッフ~!」

「テンション高いなっ!」

 

 黒い眼差しで見つめてくる不気味な准に軽くツッコミを入れつつ、考えること少し。

 今日は祝日だったはずだ。それくらいは分かる。練習の参加者も多かったし。

 けれど、十一月も後半の休日となると……なんだ、なにがあったっけか。

 

「すまん本気で分からん」

「やっぱり自由人には関係ない日だからわからないか」

「そこはかとなくバカにされてる気がするのは気のせいか」

「今日は勤労感謝の日ですよ!」

 

 ああ、それで感謝と、そういう。なるほど。

 これ見よがしにくるりと一回転。空気を得て膨らむスカートがメイド服を強調してくるが、残念ながら中までは見えなかった。いや、簡単に見えるような服で仕事されるのも嫌だとはいえ。

 

「ああそうか、いつもお疲れ」

 

 というわけでいつもの。と、メニューのコーヒーを指さす。

 何が不満だったのか、眉根を寄せて抗議する准。

 とはいえ、ここで色々するのも不味いだろうが。彼女を見上げれば、やたらあざとく頬を膨らませながら、やりすぎじゃないかというくらいに頬を染めて。

 

「心がこもってないよ! 愛が感じられないですよ!」

「ここに愛があったらまずいんじゃないのか!?」

「もっとメイドさんを愛でて♡」

「そういう店だと思われるだろうが」

 

 まったく。

 

「わけわからんこと言ってないで、はやくコーヒー持ってきてくれ。働いてないメイドに感謝する必要性はないからな」

「間違ってないけど、深紅さんの口からその言葉を聞くことになるとは思わなかったよ。はいはい、すぐ持ってくるね」

 

 身をひるがえしてカウンターの方へと戻っていく准を見送って、お冷を一口。

 去り際にそこはかとなく残念そうな顔が見えたが、こんな衆人環視の中で何かしらのモーションをかけるのもまずいだろう。この店の客は、べつに俺たちの関係を知る由もないのだし……変に勘違いされて他の客が調子に乗るのも癪だ。

 

 そういえばダーリンだのなんだのと呼ばれていた時期もあったが……あれを本気で信じている人間がどのくらいいるのかと。

 

 まあ、頑張って働いてるようだし何かしてやってもいいが、何かしてやる金はないんだよな。どうしようか?

 

 A:行動で示す

 B:言葉で示す

→C:行動と言葉で示す

 

 ……。

 

 行動で示そうとしても、言葉で示そうとしても、結局のところこの場でやるには限界があるな。あれだけ世話になってる相手だし、小波からもらった金さえ見つかれば何かしらのプレゼントでも出来るのだろうが、結局見つからず仕舞い。

 

 となれば、この場はひとまず保留というか、置いといて。

 

 ……うん、そうだな。そうしよう。

 

「お待たせしました、ご主人様♡」

 

 コーヒーを手元に置いた彼女は、そのまま戻るでもなくにこにこと俺の前で待機している。勤労感謝のネタでまだまだ俺で遊び倒そうという気だろう。

 相変わらずとんでもない女だが、惚れた弱みというやつか。

 

 一口熱いコーヒーを嚥下して、准に言った。

 

「直近の休みっていつだ?」

「え? うーん……マスターに言えばいつでも取れるけど、どうして?」

「なんだかんだまだだったからな。デートにでも行こうか」

「えっ……」

 

 驚いたような顔の彼女に、続けて言う。

 

「ま、金はないけどな」

「……知ってるよ。全然かっこよくないよこの人」

 

 目線を逸らして黒いオーラを醸し出す彼女の表情に、何故か俺は妙に楽しくなって破顔した。

 

 

 

 

 

 

《She I》II――『准』に会いにいきます――

 

 

 

 

 

 

 ――車で少し行った街。ミルキー通り。

 

「へえ、よくこんな場所知ってたね、深紅さん」

「ちょっと前に一度来たことがあってな」

 

 翌日の朝、権田に車を借りて二人で出かけたのはミルキー通りと呼ばれる近くの繁華街。

 雑多ながらに若者向けのアパレルやブティックが揃う街並みは見ているだけで華やかだ。

 

 この場所を俺が訪れたのは二度目のこと。

 というのも、大神の会社が入ったビルがあったのがこの街だったのだ。武美と共に訪れた時は全く観光を楽しむ気分ではなかったが、よくよく思い出せばこうしたファッション系に強い通りだった。

 それなら准にとってもマイナスにはならないだろうと考えた次第。

 

 デートなんざしたことのない俺だが、どんなに俺が無能でも場所さえ良ければ彼女もそこそこ楽しんでくれるだろう。

 

 隣を見れば、既に結構楽しそうだ。

 

「古着屋の類も多いし、掘り出しものもありそう。ついでに生地とかも買えそうだし……深紅さん!」

「な、なんだよ」

「この場所に私を連れてきたんだから、荷物は覚悟してね♡」

「出来るだけ軽いものでお願いします……」

 

 やっぱり俺にエスコートの才能なんてなかった。

 

 いこいこ、と腕に絡みついてくる准の服装はいつもの雰囲気とは打って変わった新鮮な印象だ。全体的にモノトーンなのだが、何と言うのかどことなくファンタジーな制服っぽいカジュアルフォーマルというか。肩がざっくり見えているのに、腕はグローブ……というか袖がちゃんとある。角襟でネクタイもトップまで締まっているのに、凄いオシャレに見える。

 

 白いラインの入った黒地のミニスカートがひらひらと彼女の細い足を主張していて、どうしても気になってしまうし、パンプスも黒で整えられて可愛くも大人っぽいイメージを作り出していて、まあざっくり言うとエロい。

 

「その服、自分で作ったのか?」

「そだよ。まだ試作だけど、可愛いでしょ♡」

「目線を合わせられないくらいには」

「これだから服に疎い風来坊は」

「舌打ち!?」

 

 俺の腕を抱く手とは反対の手でスカートをつまむ彼女はそれでも楽しそうで、流れのままにとことこと彼女についていく。道行く人は明るく、恋人同士も数多く、笑顔が絶えない明るい空気が充満していて、気づいたら俺も少し笑ってしまっていた。

 

「色々見て回るのもいいけど……そうだなあ」

「なんだよ、じろじろと」

「流石に深紅さんもそろそろ新しい服を考えた方が良いと思うんだけど」

「新しい服~?」

「大学生くらいの人間にとっては基本ですよ、基本」

「俺は大学生ではないんだが」

「でも大して歳変わらないでしょ」

「……どうなんだろうな」

 

 俺の年齢か。外見的にはだいたい二十半ばあたりだとは思うのだが、実年齢はと聞かれると答えは詰まる。そもそも戸籍すらないわけだから、果たして人間なのかどうかさえ分からない。

 

「ふうん。どのみち来年以降のことを考えたらやっぱり服装はしっかり考えないとね」

「来年以降?」

「私、大学に戻らなきゃいけないし」

「そういえばこの一年は休学中だったか」

「本当は休学とはちょっと違うんだけどね。大学行ってないって意味では同じかな」

 

 ひとまず一度ミルキー通りを隅々まで歩いて、被服関係の店の存在を一個一個チェックしていく。その後折り返して片っ端から見ていくということで二人の意見はまとまっていた。

 

 時折いい香りのするカフェやケーキショップ、或いはゲームセンターなど雑多に詰め込まれたこの繁華街は、若者だらけの新鮮さと時代の潮流を感じる場所だった。

 

 准はおろした髪を靡かせながら、あれこれ話しつつも目線は忙しなく街道沿いの店々やビルの看板へ移っている。その表情は喫茶店に居る時とはまた別種の活気あるものになっていて、連れてきてよかったとほっとする。

 

 権田、車貸してくれてありがとう。無免で捕まったらごめんな。

 まあ権田には無免許であることは言ってないんだが。

 

「准が大学に行くことがどうして俺の服装と関係してくるんだ?」

「大学って、敷地内に入るだけなら別に誰でも咎められないんだよ」

「それで?」

「流石にその恰好だと警備員に捕まるかなって」

「そんなに不審者か……」

「不審者というか、そんな恰好で大学に来る人はいないよね」

 

 白い目を向けられると、俺も答えに窮する。

 とはいえ、べつに俺が大学に向かう理由は一つもないのだが。

 

 准が大学に行っている間の一年は、俺はまた別のところを放浪していてもいいのだし。

 

「なあ准。俺はどのみち、今年を最後に遠前町は去るつもりで居るんだが」

「……」

「……准?」

「え? あ、ううん。そだね。風来坊だもんね。でもさ」

 

 ぎゅ、と俺の腕を掴む彼女の力が強まった。

 気づけばミルキー通りの反対側の端にまでやってきていて、そろそろ折り返そうかという塩梅の地点。

 

 俺の遠前町での折り返し地点はとっくに過ぎていて、けれど准との関係はきっとちょうどターニングポイントに差し掛かったところだ。ゴールに着いた時、どうするのか。

 それをまだ、俺たちの間では共有していなかった。

 

「私が大学に行って、貴方も遠前町から居なくなったそのあとはどうなるの?」

「着いてこいなんて言うつもりはないが」

「その言い方はずるいよ」

 

 眉尻を下げて、困ったように准は言った。

 

 ビクトリーズが仲間割れした時に、俺が負けたら准は一緒に出ていくと言ってくれた。きっとあの時はそれが本心だったのだろうし、切羽詰まっていたが故のことだとも理解している。

 だから平穏となった今、准の暮らしに影響が出ず、俺も気ままにというのがきっと理想の未来予想図だ。

 

 けれど、俺はやっぱり遠前町に最後まで根付くという選択を取る気にはならなかった。

 

 まだまだ色んな人に会いたい。もっと色んなものを見たい。

 そんな未練は未だに俺の心を力強く鷲掴んでいるし、何より俺はまだ正義の答えを出せていない。

 

 でも。

 

「准。俺は嬉しいんだよ」

「へ?」

「どこへ行っても、帰る場所があるんだ」

「……」

 

 じっと俺を見つめていた准は、小さくため息を吐いた。

 

「ちょっと服巡り中止」

「えっ」

「こっち来て」

 

 何かに思い至ったらしい。

 ぐいぐいと俺を引っ張って、連れていかれた先は……なんだここ。

 

「いらっしゃいませ」

「こんにちは♡ サルでも使い方が分かるケータイありますか?」

 

 俺はサルなのか!?

 

「ええと……サルは分かりませんが、一応簡単な設定だけ出来るようなものであれば」

「特定の相手と電話やメールが出来ればそれで大丈夫です♡」

「ああ、でしたら――」

 

 そこから先は未知の言語で行われる様々な会話に俺はまるでついていくことが出来なかった。

 

(そして・・・)

 

「はいこれ」

「はいと言われても」

「私にメールが送れて、私と電話が出来ます♡ ツーカーな仲だね♡」

「なるほど……?」

 

 ぱか、と開いてみると時計が画面に映し出されていた。

 なるほど、これは便利だ。

 

「そこ、満足して閉じるんじゃない」

「え」

「画面開く、そのボタンを押すと私のプロフィール画面に行くから、そこでその電話ボタン。……ちがう、それは電話を切る方! そうそう、それ」

「これか」

 

 ♡准♡ とこっぱずかしいプロフィール画面が表示されているんだが、これは仕様なのだろうか。それはそれとして、緑色の受話器のようなボタンを押すと、准の持っていた手提げ鞄の中から何やらバイブ音がした。

 

「はい♡ 貴方の可愛い可愛いメイドさん、夏目准です♡」

『はい♡ 貴方の可愛い可愛いメイドさん、夏目准です♡』

 

「なるほど、二重に聞こえるな」

 

「当たり前でしょ、電話なんだから」

『当たり前でしょ、電話なんだから』

 

 それだけ言って、彼女は通話を切って鞄の中に戻した。

 

「これでよし。適度に充電して、どこに居てもちゃんと電源を入れておくこと」

「……それで?」

「貴方がどこに居て、私がどこに居るか確認するためだよ。来年以降の」

「なるほど」

 

 瞑目して納得。

 よく分からないが、文明の利器をくれたらしい。

 おかしいな、勤労感謝のデートのはずが、なんか世話されている。

 

「だから、離れていてもどこでも捕捉出来るね」

「そこはかとなく言動が怖いんだが」

「こちらメイドリーダー、対象を確認した。これより抹殺する」

「マッサツサレル!?」

 

 しかし妙にメイドリーダーって肩書が似合うなこいつ。

 

 ケータイをひとまずポケットの中に仕舞うと、准は満足げに俺の腕を取って再度歩き出した。

 

「じゃあ買い物続行。荷物持ち覚悟してね♡」

「あ、ああ」

 

 その後の彼女の行動力はすさまじかった。

 しらみつぶしに被服系の店に入っては、あれこれ眺めて店員と話し、買う時もあればそうでない時もある。女性向けの店はやたらと敷居が高いというか入りづらかったのだが、そんなことお構いなしに准が引っ張っていくものだから大変だった。

 

「あとは、深紅さんの服だけだね♡」

「もう既に両手が塞がって久しいんですが」

「大丈夫大丈夫、力もあるしね。よ、男前!」

 

 げっそり。

 生地専門の店だったり、小物だらけの店だったり、被服系と一概にいっても多くの種類があることは学べたが、それにしても量が多かった。

 流石は若者の街というべきか、これだけの店が同居していて潰れないというのは強い人の営みを感じることが出来る。

 

 別にそれは良いんだが、准の元気についていけない。

 でも好きこそもののなんとやら。俺も野球やっている時間は疲れよりも楽しみが前に出るからな。きっと准もそうなんだろう。

 

「深紅さん、ジャケットとか合いそうなんだよね。黒いタイトでシンプルなパンツに、靴を茶色で合わせて上はドレスシャツとベスト……スリーピースもありだけど、ちょっと固すぎるからインナーはTシャツ系でもいいか。やっぱりベルトはしっかりしたのがマストだけど、流石にシーンを選び過ぎるからタイは無し。そうすると……」

「ちょっと何を言ってるのかさっきからまるで分からないぞ……?」

「覚えてね♡」

「えっ」

「将来の有名デザイナーのダーリンなんだから、少しは覚えてね♡」

「ぜ、善処します……」

 

 将来の有名デザイナー、か。根拠もないし俺には知識もないけれど、不思議と准なら叶えられる気がする。あれこれメンズのショップに連れていかれながら、そんなことを思った。

 

「夢、叶うと良いな」

「え? うん。大丈夫だよ。頑張ったら叶うって証明できたし」

「もう証明できたのか?」

「だって、深紅さんがここに居るじゃん」

「……そうか」

 

 ふふん、と誇らしげに准は笑う。

 

 

「大丈夫、メイドさんは最後に願いが叶うって決まってるんだよ」

 

 楽しげに、歌うように。

 

 参ったなと思う。彼女の幸せな未来予想図に、どうやら俺は既に組み込まれているようだ。ならばその想いに応えられるよう、俺も精一杯努力しよう。

 

 二人を別つものはもう何もない。

 

 

 

 

 

 その時は、そう思っていた。 

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