風来坊で准ルート【本編完結】   作:しんみり子

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《ケラケラケミカル》II

 

 

【いろんな物がそろってる!】

【明るい、楽しい、商店街!】

 

【ブギウギ商店街!!】

 

 

「まったく、しけた町だな」

 

 商店街が懸命に作ったポスターを、一瞥して歩みを止めた男が一人。

 青のハットに青の外套、顔の切り傷が特徴的な彼は、当然ながら只人とは一線を画す雰囲気を身に纏っている。とはいえ吐き出した言葉にその貫禄は見られず、どちらかと言えば悪戯小僧的な笑みを浮かべており。

 

 それが魅力にも威圧にも変わりそうな、不思議な男と言えた。

 

 実際、彼の発言も間違ってはいない。

 商店街の想いを込めたポスターが、ただ展開されているだけであれば活気があって地元愛の強い街だと思うこともできるだろうが……それが閉まった店のシャッターの上に貼られていたならイメージというのはがらりと変わってしまう。

 

 木川がこの場所にポスターを貼った時、権田が居たら殴られていたのは間違いない。

 

 と、男はそこで商店街を駆け抜けようとする一人のメガネの子供を見つけた。  

 

「おーい、そこの少年」

「オイラでやんすか?」

「他にいねえだろ。――それより、最近このあたりでなにか変わったことなかったか?」

 

 男の勘が正しければ、この町には来たはずなのだ。探し人というほどではないにせよ、暇つぶしにちょっかいをかけるには最適な悪友が。……向こうが自分をどう思っているかは別にして、彼個人は相手のことを悪友だと思っていた。

 

「変わったこと、でやんすか?」

「ああ。そうだな、変なヤツが来たとか、変なヤツが通りすがったとか、変なヤツが居ついたとか。最後のがあれば最高だ。そろそろ移動もかったるいしな。あいつと違って歩くのは嫌いなんだよ」

「居ついた……ああ、おじちゃんのことでやんすか?」

「ほぉ、おじちゃんと来たか。俺たちも変わったねえ……ちょっと案内してくれるかい、そのおじちゃんとやらのところへ」

「いいでやんすよ。……あんたは、おじちゃんの友達?」

「そんなところだ」

 

 こっちでやんすよ、と先導する少年が、商店街を抜けて河原の方へと進んでいく。

 居ついたというのに案内されるのが河原。そして、道中に少年が語ってくれたそのおじちゃんとかいう男の風貌を聞いて、思わず口角が上がる。

 

「久々に、楽しいことが出来るかもしれねえな」

「あそこのテントでやんす」

「少年」

「なんでやんすか?」

「よくやった」

 

 乱暴に少年の頭を撫でくり回し、彼はずんずんとテントの方へ歩いていく。

 河原特有のごろごろとした大きな石を、軽いステップでぴょんぴょん飛びながら川岸に寄っていくさまは、まさしく久々に友達のところへ遊びにいく子供のようで。

 

 その茶色い外套と、真新しい黄色のストールを見つけた彼は機嫌よく声をかけた。

 

「なんだ、河原に住み着いた野郎ってのはやっぱりお前かよ」

 

 だが、ゆっくり振り向いた"おじちゃん"は、青の男とは正反対に敵視するような瞳で彼を見据えた。驚いたように丸くした目も、すぐさまにらみつけるように細くなっている。

 

「お前は……椿!」

 

 近くまで寄ってきた少年は、椿と呼ばれた男の隣に立って彼を見上げる。

 しかし椿は敵愾心さえ孕んだ"おじちゃん"の声にも動じることはなく。むしろ愉快そうに軽く手を挙げて挨拶していた。

 

 ――悪い人には、見えないでやんすけど。

 

 かといって良い人かと言われたら、それにも首は傾げてしまう。

 目の前の"おじちゃん"がとっても良い人であったから、その思いは猶更だった。

 しかしこの椿という男も、どこかガキ大将がそのまま大人になったような人好きのする雰囲気がして、どうにも少年は彼を嫌いにはなれなかった。

 たとえ、目の前で"おじちゃん"がただならぬ雰囲気を醸し出していたとしても。

 

「おじちゃん、この人と知り合い?」

「……まあな」

 

 嫌そうに頷く"おじちゃん"。

 ぽす、と少年の頭に載せられたのは、椿の大きな手。

 

「俺たち、昔は一緒に組んでたんだ。――いいコンビだったよな」

 

 前半は少年に、後半はきっと"おじちゃん"に向けられたもの。

 苦々しい思い出でもあるのか、不愉快そうに"おじちゃん"は椿の言葉に返す。

 

「だが、お前はいつからか金で雇われてなんでもするようになった」

「おいおい深紅さんよ。今でも正義の味方気取りか?」

 

 おじちゃん――深紅に向けられた挑発的な言動。

 しかし、手をのせられたままだった少年は、微妙に彼の言葉に込められたニュアンスを感じることが出来た。これはまるで、ただただ友達をからかっているだけのような。

 

「いいかげんそういうのは卒業しろよな」

「悪党が、正義の味方よりマシとは思えないんでね」

 

 小馬鹿にしたような椿の発言を、吐き捨てるように深紅は言う。

 と、その瞬間ぴくりと椿の手が動いた。

 バツが悪そうに、少年の上にのせていた手を引っ込めるとポケットへ突っ込む。

 ついでおどけたように肩を竦めて、心底意外そうに問い返した。

 

「悪党? それって俺のこと? マジで言ってる?」

「ああ、本気だ。雇われた側につく、なんて、そんなのは道具と変わらない」

「ドライになった、って言ってほしいね。金を貰って人助けをしてるんだ。いわば、才能の有効利用ってわけだ。それとも無償で人助けをすることこそが尊いとか、そういう慈善事業こそが至高だとでも思ってるのか?」

「金が問題なんじゃない。何でもするのが問題だと言っている。……いつか決別した時もそう言ったはずだ」

「分かってねえなあ。何でもするから周りは俺たちを頼りにするんだ。やりすぎるくらいがちょうどいい。……中途半端に終わらせたからあんなことになったんだろうが。たとえば……黒猫のこととかな」

「そうか」

 

 黒猫。

 その名前が出たとたん、目を細めて深紅は立ち上がった。そのまま少年を一瞥して、

 

「そのおじさんは危ない人だから気を付けろよ。取って食うようなことはしないと思うけど」

「あ、うん」

 

 と、すたすた歩いて商店街の方へと行ってしまった。

 

「……おやおや。あいかわらずスカした野郎だぜ」

 

 残された椿と少年。帽子を深くかぶり直した椿は、やれやれといった風に首を振った。

 

「ちょっとからかい過ぎたかな。……子供を俺のところに置いたままにしておくとは、信頼されてるんだかされていないんだか。ま、いいや。この町で何が起こってるのかね」

 

 そこまで言うと、椿は少年の頭にもう一度手を置いて、人好きのする笑みを浮かべて踵を返す。

 

「へへ、面白くなってきたぞ。あばよボウズ、また会おう!」

 

 

 振り返りもせず、深紅とは逆方向――あちらは、スーパーのある方だろうか。

 そちらに向かっていった彼を見送って、少年は一人小さく呟いた。

 

「……波乱の予感でやんす」

 

 

 

 

 

 

 

《ケラケラケミカル》II――からかい上手のメイドさん――

 

 

 

 

 

 

 

 

「何をしようかな」

 

 少々面倒なヤツが現れたせいで、つい商店街の方へ足を運んでしまったものの。

 金も無ければやることもない。今日の練習は休みになっていたし、本格的に手持ち無沙汰だ。となれば、俺が行くことが出来る場所なんて、殆ど限られてくるわけで。

 

「いらっしゃいませ、ご主人様♡」

「よう、准」

「いつものでいいよね?」

「ああ、頼む」

 

 勧められたままに席につく。

 この時、お店に維織さんが居れば維織さんの目の前に通されるんだが、今日はどうやら不在のようで。二人席を一人で扱うような形で、俺は腰を落ち着けた。

 

 ――ふう。

 一息ついて、考える。

 議題は、今朝訪れた男――椿のことだ。

 あいつは俺と組んでいた頃の冷徹さをさらに増して、方々で仕事をしているらしい。噂は、放っておいても幾つも入ってくるくらいだ。最近では確かどこかの企業に雇われていたとかなんとか、そんな話も聞いていた。

 

 そのあいつが何故このタイミングで遠前町を訪れたのか。

 ちょっと調べなければいけないことかもしれないな。あいつの裏にどんな組織が関わっているのか分からない以上、その厄介さは未知数もいいところだ。

 

 あいつが敵に回った時の面倒臭さを、俺はよく知っている。

 ……というかあの野郎、一度それで味を占めて嬉々として俺の敵に回ることが多くなりやがったからな。一度会長さんに確認しておくべきか。

 

「お待たせいたしましたご主人様♡ 無料コーヒーです♡」

「金は払ってるだろ!?」

「維織さんがね」

 

 まったく。

 こと、と置かれたコーヒーの黒い水面を覗き込めば、ゆらゆら踊る湯気に混じってぼんやりと俺の今の表情が浮かび上がる。少々考えすぎだろうか。いや、でも……。

 

「このまま顔をカップに叩き込んだら犬のマズルみたいになるかしら」

「外藤さんかよ!! あれカップじゃねえよ!」

「誰よ」

「知らないならいいけどやめてくれ」

「いいけど」

 

 お盆を両手で抱えた准は、気付いたらまだ俺の前に居た。

 それとなく周囲を見渡すと、確かにこの時間帯は少し空いている。

 とはいえウェイトレス一人の職場じゃそこそこ忙しいと思うんだが。

 

「何じろじろ見てるのよ。ご主人様ったらメイドの魅力に惚れちゃいました?」

「いや何で俺を見張ってるのかと」

「んー? べつに見張ってるわけじゃないよ? ただ……」

 

 ちらりと俺を見る准の瞳が、何を考えているのかは分からない。

 

「……変な顔だなって♡」

「よぉし、よほど訴訟沙汰になりたいと見えるな……!」

「いやです、ご主人様♡ 訴えますよ♡ メイドに詰め寄るな・ん・て♡」

「なんで俺が訴えられるんだよ!」

 

 コーヒーを一口。……美味い。ブラックで美味しいコーヒーって最高だな。

 

 しかし……。傾けたカップに隠れ、まだ近くに立っている彼女の様子を窺うと。

 ……やっぱりこいつ、ちらちら見てるな。早く帰れってことですかねえ?

 

「……ねえ、小波さん」

「なんだよ」

「今日は変な顔してるね♡」

「日によってそうそう顔が変わってたまるか! 俺の顔は外付け不能なオンリーワンだよ! 本当だよ!?」

「そこまで必死にならなくても分かるけど。むしろ顔を二つ以上持ってるってどういう状態なんだか」

「じゃあなんでそこまで俺の顔を気にするんだよ」

 

 目を眇め、彼女を軽く咎めるような雰囲気で問いかけると。

 彼女は面倒臭そうにそのドリルの髪を弄りながら、俺から目を逸らす。こっち向け。

 

「普段と違うからだよ」

「一緒だよ!」

「んーん、違うよ。……なんかあったの?」

「……」

 

 ……存外、鋭いなこのメイド。

 

「メイドは観察力豊かなものですから♡ メイドに分からないことなんてありません♡」

「それはもうメイドとは違う何かだよ。エージェントだよ」

 

 何ならこいつ、サイボーグ同盟に居ても違和感ないしな……。なんだ、食堂に関係する女性はみんな何かしら強かったり抱えていたりするんだろうか。

 と、ぼんやり考えていると、奥の席から准を呼ぶ声がかかった。

 

「戻ってきたら教えてね」

 

 彼女はそう言うと、ささっと注文を取りに行った。

 

 メイドは観察力豊か、ねえ。

 あながち間違いじゃないのかもしれない。そんなに長い付き合いでもないのに、こうも見抜かれたら俺としても「嘘つけ」とは言えないし。

 とはいえ、椿のことをあいつに話すのもちょっと違う気がする。

 俺はこの場ではただの旅ガラスで、金のない一人の客。彼女をこちら側の事情に引きずり込む理由はない。

 

 分からないことがない、なんていう彼女の洞察力が本物だとしたらはてさてどう誤魔化したものか。濁す、と言い変えてもいいが。

 注文ついでに客と雑談を交わす准は、日常を謳歌する楽しそうな少女そのもので――

 

「ねえねえ准ちゃん、俺、香水変えたんだけど分かる?」

「え、あ、ほんとだ! イメチェンですね、ご主人様♡ この香りも素敵だと思います♡」

「だろう? ……ん、あれ? あ、間違えた。これ昨日と一緒のヤツにしちゃってた」

「あら♡ お茶目さんですね、ご主人様♡ でもそんなご主人様も素敵です♡」

 

 ……観察力ぅうううう!!

 全然ダメじゃねえか! そいつは准の笑顔でごまかされてるけど! お前いま確実に香水の話てきとうに合わせたろうが!!

 

「……戻ってきたよ。……何その顔。変とかいうレベルじゃないよ。終末だよ」

「お前の接客スキルが終末だよ! 全然観察力ないよこのメイド!」

「なんで盗み聞きしてるのよ。で、小波さんはどうして思いつめてたの? 小波さんのくせに」

「俺の癖には余計だろ。……特に大したことはないよ、気にすんな」

「ふうん……ところで今日は普段より来るの少し早かったよね」

「なっ……い、いつもと変わらないだろ」

「あと、今日は練習も無かったんでしょ? お腹もすいてないみたいだし」

「す、空いているかもしれないじゃないか。維織さんがいないからご飯を食べる手段がないだけで」

「あと顔が変」

「キシャアアアアアア!!」

 

 おのれ何度も!! 何度も何度もぉ!!

 

「……だから、だいたい分かるんだって。小波さん、分かりやすいから」

「そんなに分かりやすいか……」

 

 観察力ゼロのメイドに見抜かれるくらい分かりやすいか。

 ……落ち込んでいる場合じゃないな。

 もう、いっそ開き直ろう。

 

「だから何かあるんでしょ?」

「なまじ、もし俺に悩みがあったとして。准に話したところで解決の目を見ることはない」

「あ、凄い勢いで開き直った。……ご主人様ぁ、私、そんなに頼りないですかぁ♡」

「だ、騙されないからな。俺は、もう、絶対に篭絡されたりしないからな」

「篭絡だなんて……私、ただご主人様が心配だったから……♡」

 

 む、無視。無視。

 ただ黙っているのも変なので、コーヒーカップに手をつける。

 と、カップを取ったその手に、そっと触れる温かい手のひら。

 

「……私、ご主人様だけのメイドです。ご主人様のお悩みを解決することは出来なくても、寄り添うことだけは出来るはずですから。……だめ、ですか?」

「ぬ、ぬぎぎぎぎぎ」

 

 太ももを!! 強くつねってぇ!! 痛みだけを!! 脳に叩き込めえ!! 視界に映る上目遣いのメイドに気を取られるな、俺ぇ!! 頑張れ頑張れ!! バンザイ!! バンザイ!! バンザーイ!!

 

【練習で得られる経験値が二倍になりました】

 

「……准、待ってくれ。俺は、別に」

「そんな……私は、不要ですか? ご主人様……♡」

「いや、そうじゃなくて」

「くすん……私は、ダメなメイドです。大好きなご主人様のお役に立ちたいだけなのに……お手を煩わせるばかりで……」

 

 ち、違うんだ、准。いや、いつも通りのお前なら毒舌でも吐いて居なくなるかと。

 

「じゅ、准……」

「はい、ご主人様……♡」

「そ、その、俺は……」

 

 ……お前が、俺のことをそんなにも真摯に思ってくれているなんて思わなかったから……。仕方ない、正直に話すよ。俺の、すべてを――

 

「准ちゃーん! 注文お願ーい!」

 

 

 はっ。

 

「はーい、ただいまお伺いしますね♡ …………ちっ。あとちょっとだったのに」

「舌打ちした!! 今絶対舌打ちした!」

「そんなことありませんよ、ご主人様♡ でも……『俺はもう絶対に篭絡されない』って、あれ数秒も持ちませんでしたね♡」

「う、うわああああああああああああああああ!!」

 

 人の純情を弄びやがってえええええええ!!

 

「あ、逃げた。……でも、小波さん。全部、本心だよ?」

 

 

 


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