風来坊で准ルート【本編完結】   作:しんみり子

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《ケラケラケミカル》IV

 俺は小波深紅。こっちの単三電池にロン毛のカツラ被せたみたいな見た目してるのは、鼻に電池を突っ込んだら大恩を感じて仲間になってくれた電視。

 

「おい君、この辺りに落ち着ける場所はないか? 新しいプログラムを思いついたから、腰降ろしてやりたいんだ」

 

 常時ノートパソコンを抱えたその姿は、実は練習中でも変わらない。

 いや、降ろせよと。何度も指摘はしているんだが、応じるのは投球の間だけだ。

 こいつの頭はどうなっているんだか。それはそれとして。

 

「お前、いい加減その君って呼ぶのやめろよ」

「電脳世界では僕の方が年上だ。だからいいじゃないか」

 

 どういう理論だよ。

 

「……もういいや。そのノートパソコンでやれるなら、喫茶店で良いんじゃないか? ここは偶然にも店の前だしな……」

 

 俺と電視が無駄話に興じていたのは、例の腹減り喫茶店の前だった。

 というのも、ちょうど俺たちは練習帰り。歩きながらプログラムを思いつくっていうのは、つまりどういうことなんだ。新しいバッティングとか、そういう方向性なのだろうか。

 

 ふむ、と電視は喫茶店の外装を見上げた。

 そうか電視は初見か。俺も誰かと店に来るのは初めてのことかもしれない。

 ……だからといっていつもと何も変わらないんだが。

 

 扉を開くと奏でられる、心地いいドアベルの音。

 すぐに振り向いたウェイトレスが、楽しげに――ん? 営業スマイルだ。

 

「いらっしゃいませ♡ ご主人様♡」

「……よう、准」

「二名様ですね? お席にご案内致します♡ ご主人様方♡」

 

 なんだ気持ち悪いな。

 背を向けると同時にふわりとスカートが風を孕んで柔らかに舞う。

 なんだかいつもと違う彼女に首を傾げていると、背中からどつかれた。

 

「痛い!」

「こ、こんなところに居たら邪魔になりますよ小波さん!!」

「小波さんっ!?」

 

 目を仁王のように見開いて、息も荒く猛々しい別人のような電視。

 控えめにいってばっちいが……。

 

「どうなされましたか、ご主人様? こちらへどうぞ♡」

「お前もこれに顔色一つ変えないって大したもんだよな」

「知的な雰囲気から一変した雄々しい姿も、素敵だと思います♡」

「知的というより痴的だし、雄々しいというよりおどろおどろしいが」

「お上手ですね、ご主人様♡」

 

 否定しねえのかよ。そこは一貫してフォローしてやれよ。

 

「こ、小波さん! 何やってるんすか!! メイドさんを待たせるなんて言語道断!」

「侍従に気を遣う主人ってなんか物凄く間違ってる気がするが……」

 

 その辺どうなんだ、と思いながら准の後ろをついていくと。

 あいつ、俺にしか聞こえない声のトーンで、

 

「お金もないのにご主人様かー」

「聞こえてるぞ准!!」

「あら♡ 密やかにご主人様を想うメイドの気持ちが漏れてしまいました……♡」

「お前が心中でも俺を罵倒していることだけはよく分かった……」

「罵倒だなんてそんな……ご主人様を強く想えばこそ……」

「物は言いようだな!?」

 

 挙動不審に准を凝視する電視には、俺たちの会話など殆ど聞こえていないようで上の空全開ではあるが。それにしても、准がこんなに営業スマイル張り付かせているのはやはり電視が居るからか。

 

「こちらのお席になります。ご注文がお決まりの頃、またお伺い致しますね♡」

「は、はいいいい!!」

 

 オーバーリアクション気味に准に受け答えする電視の姿は滑稽だが、逆にまたむなしくもある。実際、この店に通っていると"こう"なる客の一人や二人や三人や十人、幾度も目にしてきたつもりではあるが。

 知り合いがこうも簡単に遊ばれているのを見ると、虚無が襲ってくるようだ。

 

 准は俺たちが席についたのを確認すると、俺にだけ見えるように悪戯げな笑みを浮かべて去っていった。……あいつめ、懲りないなあ。

 

「君、彼女とはどういう関係なんだ?」

「ただの知り合いというか、常連というか。お前それより、准が居なくなったとたんにノリが戻ったな」

「つまり、何もないわけだな!?」

「聞けよ」

 

 はい毒牙ー。

 食い入るような視線と荒い鼻息のハッピーセット。

 これはもうだめですね。完全に准のメイド色香にやられてます。

 

「あの姿! あの言葉使い! あの雰囲気! まるでメイドさんじゃないか!」

「姿だけで十分だろ。まるで、というかメイドさんらしいが」

「いいや、分かってない分かってない! 君は全く分かってない! メイドになるだけでもそもそもの素養が必要というのに、ご主人様と呼んで客を気分よくさせるためにはまたさらに上の――」

 

 電視の熱弁はどうでもいいんだが、注文を取りにきた件のメイドがお前の後ろで微笑んでるぞ? 営業努力が実って良かったな、准。……いや、心から賞賛する気には毛ほどもなれないが。

 

「お待たせいたしました、ご主人様」

「はいいいいい!! い、いや、全然! 全然待ってません! むしろこちらから毎日通わせていただきます!」

 

 毎日来るのかよ。

 せめて出されるコーヒーとか食べ物の出来を見てからにしろよ。

 お前が准目当てで来てるのが丸わかりだよこのタイミング。

 

「ありがとうございます、ご主人様♡ 精一杯ご奉仕させていただきますねっ」

 

 そんな電視にも、まるで嫌そうな顔一つせずふんわりと笑顔を浮かべてみせると。

 彼女に見惚れたままの電視の横を通って、俺の背後へ。 

 

「……固定客ゲット」

 

 准、お前ってやつは……。

 

「ハア、ハア……」

 

 電視、お前ってやつは……。

 

 

 

 

 

 

 

 

《ケラケラケミカル》IV――惚れた腫れた――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃいませ♡ ご主人様♡」

「おっす、准」

 

 翌日。いつものように流れで喫茶店にやってきた俺は、軽くコーヒーを飲んでから武美のところに行こうかと考えていた。

 というのも、この前のお出かけ発言以降少々日が経っているというのに俺から出向こうとしなかったからだ。流石にこういうのは俺から向かうのが筋だろうし、それを差し引いても連絡手段の一つもない俺が何もしないでいるのは良くない。

 

「維織さん居ないし、いつものでいい?」

「ああ、頼む」

 

 いつも通りの准との会話を済ませて、いつも通りの席へと向かう。

 最近になって気づいたんだが、准が案内するあの席はフロア全体へと目を向けることが出来て、かつ席の間隔が広い。意訳するとだな。

 

 すぐに客にレスポンス出来て、なおかつ通常モードの准をあまり見られないで済む、と。

 つまりは准が俺でヒマつぶしするのにうってつけなんだろう……。

 

 

「じゃあ、すぐに持ってくるから、席に座っててよ」

「おう」

 

 とはいえ、別にあいつの暇つぶしに付き合うのは嫌じゃないし、くだらないことで日常を謳歌できる素晴らしさをこの店は教えてくれる。

 そういう意味でも、維織さんには本当に感謝しなくてはならないな。

 

 カタカタカタカタカタカタ

 

 ん? 何の音だ?

 激しくなにかを叩いているような……。

 

 ッターン!!!

 

「おおう、電視!」

「いやあ! 君か!」

「お前、こんなところで何やってるんだ」

 

 何がいやあ、だ。ご機嫌だな。

 

「僕がお茶を飲みに来てはいけないのかい?」

「いけなくはないが、そんな猛烈な速度でキーボードを叩く場所でもないだろう」

「彼女のデーターを入力するにはここが一番いいんだ」

 

 彼女……電視の視線の先を追えば、注文ついでにマスターと楽しそうに話す准の笑顔。なるほど。

 

「ストーカーかよ」

「キィィィィィィボォォォォォォドォォォォォォ! 僕をそんな奴らと一緒にするんじゃない! 奴らのレベルが25なら、僕のレベルは99だ!」

「いや、ダメだろそれ。上回っちゃったよ」

「ネトゲの世界ではレベルがマックスだと尊敬と羨望のまなざしで見られるんだぞ!」

「ここはリアルワールドだ。……で、そんなデーターを入力して何をする気だよ」

「もちろんゲームを作るのさ。僕と彼女の恋愛シミュレーションゲームを! ――タイトルは、僕がメイドでメイドが僕で、だ」

「全部お前じゃないか……。何だよ、そのシミュレーションゲームってのは。仮想恋愛ゲームってことか?」

「その通りいいいい!」

 

 常識のない変態に技術を持たせた結果がこれか。

 お前、小学生でもそんな妄想は胸に秘めて押しとどめておくというのに。

 ゲーム作っちゃうって。

 

「正解したきみには僕の作ったウィルスをプレゼント」

「いや、要らないし。そもそも俺はパソコンを持っていない」

 

 しかし誇らしげな電視は、俺が明確に呆れを声に混ぜこんでいることにも気づかずに上機嫌に解説を続けてくれる。

 しかし、准のデータを入力するってどういうことだよ。

 見た目か? 口調か? こいつに准の本心が分かるとも思えんし……いや、俺にもまるで分からないが。というか、准に限らず俺に分からないことをこいつが理解してるってなんか腹が立つな。

 

「所詮ゲームだろ? そんな中で頑張ったって現実とは無関係……」

「僕のプログラムに間違いはない僕が作ったこのゲームの中で彼女を僕の物にできれば、現実の世界でもきっと僕の物になる!」

 

 何を言っても無駄そうだ……。

 思えばこいつは、自分の作った野球プログラムを実戦で試すためにビクトリーズに入った人間。人間? ……たぶん人間。

 ならば迷わず一直線になってしまうのも仕方のないことなのかもしれない……か?

 

「もう、お前の好きなようにしていいよ」

「まかせたまえ! これが成功したあかつきには、君にも貸してやるから!」

「……准の目の前でやる分には面白そうだな」

 

 准との恋愛ゲームを准の目の前でやる。

 普段はからかわれてばかりだからな、これほどの恥辱もそうそうないだろう。

 その日ばかりは俺が上に立たせて貰うかな。くっくっくっ……くしゅん!

 あれ? なんでくしゃみが。

 

「お待たせしました。ご主人様……ってなんであの人は叫んでいるの?」

「気にするな、そういう歳ごろなんだろ」

 

 コーヒーを持ってきてくれた准の視線は、残像が既に釈迦如来のようになってしまった電視の腕と、その全てを受け止めるパソコンへ向かっていた。

 まさか、自分のデータが打ち込まれているなどとは夢にも思わないだろうが……。

 

「准……頑張れよ」

「何を言われてるか分からないけど……頑張るよ?」

 

 将来の為だからね♡ と続けて、意味ありげにウィンクをかましてきたこいつは知らない。自分の分身が電視によって攻略され続けているということを。

 

 初めて准を哀れだと感じた。

 

 

 コーヒーを置いた准は、今日は忙しいのかあちらこちらへと駆けまわっている。

 冷静に考えて、普段の暇つぶしの方が珍しいのかもしれないが。

 それにしたって人が多い。この分だと、コーヒー一杯で居座るのは邪魔だろうし……それに、そろそろ俺は用事があった。

 

 武美の漢方薬局がどのくらいの時間までやっているのか、そもそも何曜日にやっているのかすら知らないが……夜に彼女に迷惑をかけるわけにもいかない。

 

 ちょうど夕暮れも近いことだし、彼女だって自分の夕飯を作ったりなんなりとすることはあるだろう。

 なら、そろそろ行く方がいいはずだ。

 

 咆哮を上げながら(大迷惑かよ)キーボードをたたき続ける電視を放って、立ち上がる。

 

「……あれ、もう帰っちゃうんだ?」

「この混み具合で、コーヒー一杯で粘るのも普通に迷惑だろ」

「無料コーヒー飲みに通うような人にそんな良心があったなんてね」

「だから金は払ってるだろ!!」

「維織さんがね」

 

 そこまで言って、もはや日常と化したこの会話の下りにどちらからともなく吹き出した。

 

「あはは。じゃあ、また来てくださいね、ご主人様♡」

「言われなくてもまた来るよ。コーヒー美味しいからな」

「ところで、こんな時間にお店出て大丈夫なの? むなしくない?」

「俺はお前にどう思われてるんだ……」

「一人寂しく河原で時を過ごす放浪者?」

「間違ってないけど言い方考えろよ! 今日はちょっと知り合いに会いに行くんだ」

「ほー、ヒモになってる女のところか」

「女だけどヒモになった覚えはねえよ。じゃあな」

 

 相変わらず失礼なやつだ。それが、嫌にならないのが不思議だが。

 軽く手を挙げて、俺は店を出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふぅん? 女なんだ?」

 


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