モンハン世界に生まれて、理想のキリン娘に会う為にハンターになった男   作:GT(EW版)

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 まさかの日間一位獲得に超驚きの大感謝。何よりアカムの兄貴の人気ぶりに驚きました。
 やっぱりキリン装備好きなんですねぇ……そんな読者さんの需要を少しでも満たせるようにガンバリマス。


お、おかしい……何かが……これって一応(原作)レ◯プですよね?

 

 

 私の父は、多くを語らない人だった。

 

 いつ如何なる時もキリン装備の頭を被り、入浴時さえ私が無理矢理脱がせるまで頑なにマスクを外そうとしない人。私が言うのもなんだが……父上は昔から、幻獣キリンというモンスターに対して並々ならない感情を抱えているらしかった。

 そんな父上がかつて「キリン公爵」という名で人々から称えられた伝説のハンターだということを知ったのは、私がまだ九歳の頃だった。

 尤も、父上の方から私にそう明かしたわけではない。当時「ハンター」という職業に興味を持った私が勉強の一環として歴史書を読み漁っていた時、そこに記述されていた「キリン公爵」という男の項目を見て母上が教えてくれたのだ。

 

『そのキリン公爵っていうの、アイツのことだよ』

 

 ハンターになって僅か一年で最高ランクであるG級へと昇りつめ、討伐不可能と言われていた無敵の古龍「黒龍ミラボレアス」を討ち果たした天才ハンター。短い実働期間にも拘わらずハンター界に遺した伝説は数知れず、黒龍討伐以降は忽然と姿を消した謎めいた英雄である。

 ハンター関係の書物を読み漁れば、溢れるほど出てくるのがキリン公爵の通り名だ。彼がたった一年の間に打ち立てた前人未到の討伐記録は今もなお並ぶ者はおらず、多くの若者ハンターから目標とされている世界最高のハンターの一人だった。

 しかし父上の正体がその「キリン公爵」だということを母上が教えてくれた時、幼い私の心に驚きはなかった。

 

 ――だって、私のちちうえだもん。

 

 何故か得意げに胸を張りながら、母上にそう言い返したことを覚えている。その脳裏に浮かんでいたのは、幾度となく私を助けてくれた父上の姿だった。

 

 小さな私を背負いながら、密林で遭遇したイビルジョーを片腕で追い払っていた父上。

 翼竜に攫われそうになった私のことを抱き締めて、絶対に離さなかった父上。

 人知れず村に接近しようとしていたクシャルダオラの怒りを鎮めた後、あたかも何事もなかったかのように母上の家に帰還した父上。

 

 流石に赤ちゃんの頃の記憶までは覚えていないが、私の頭に残っている幼少時代のおぼろげな記憶の中にはいつだって父上の勇姿が焼き付いていた。

 父上は誰よりも強く、誰よりも優しい。子供心にそう思っていた私からしてみれば、父上の正体が伝説のハンターだと聞いたところで「そんなの当たり前」という感想しか出てこなかったのだ。

 

 ……だけどそれはそれとして、かつて現役時代の父上とパーティを組んでいたと言う母上の思い出話を夢中になって聞いていたものだ。

 

 

 父上は無口というほどでもないが、自分のことをあまり語りたがらない人だ。特に現役ハンター時代のことは滅多に話さず、それには彼自身が「ハンター」という職業に対して複雑な感情を抱えているからなのではないかというのが私と母上の見解である。

 

『うちの団長からとんでもないルーキーが現れたっていう話を聞いて、ちょっかいかけてやろうと思ったのがアイツとの出会いだったねぇ。飯の食い方が妙に綺麗で、貧乏一家のくせに育ちが良さそうな男でさ。あの頃のアイツはまだ、キリン装備を着ていなくてね。童顔で可愛い男だったよ』

 

 若かりし頃の思い出を懐かしみながらかつての父上のことを語る母上の姿はとても楽しそうで、まるで夫との馴れ初めを語っているような顔をしていたものだ。

 父上と母上は、お互いに強い結びつきで信頼し合っている。赤ちゃんの頃の私をあの村に連れて来るまで長い間ずっと会っていなかったと言うのが不思議なぐらい息が合っていて、子供ながらにどうしてあれで結婚していないのだろうかと不思議に思っていたぐらいである。

 そんな母上は、私の知らない父上のことをはにかみながら話してくれた。

 

『あたしも長いことハンターをやったわけだけど、アイツやソードマスター、ナルガ嬢ちゃんの四人で組んでた時が一番楽しかったねぇ……プライベートからベタベタしているわけじゃなかったけど、あの三人が一緒の時は古龍にだって負けなかった』

 

 あんたもハンターを目指すなら、人を見る目を養っておくといいよ――と語った母上の言葉は、ハンターの先立ちとして説得力に溢れたものだった。

 今の私は父上以外の人とモンスターを討伐しに行ったことがないのでピンと来ていないが、それだけパーティというのはハンターにとって大きな存在なのだろうと推察できる。

 若い頃の母親は父上を筆頭に心強いハンター達に恵まれていたようで、パーティには気の合う強い仲間が揃っていたらしい。

 ただ……と、母上はほのかに悔しげな色を滲ませた顔で続けた。

 

『ただ……アイツだけは、あたしらとは違う場所を見ている感じだった。あー、思い出したら腹立ってきた。あたしらの飯に麻酔薬なんて混ぜて、一人で黒龍に挑みやがってよ……』

 

 チームワークの取れた素晴らしいパーティである一方で、父上は一人だけ壁を張っていたのだという話だ。

 今も伝説となっているキリン公爵の単独での黒龍討伐もまた、本当は四人で挑む筈だったのだと母上は語った。

 しかし皆が出発前に摂った料理に父上が睡眠効果のある薬を混入し、三人を眠らせた後で一人で黒龍へと向かっていったらしい。

 

 ――すまない……こんな戦いに、君達を巻き込みたくなかったんだ……

 

 その時の母上が最後に聞いたのは、悲壮な目で別れを告げる父上の姿だったと言う。そんな、伝説の裏側である。

 それは決して、父上が単独で挑むことによって手柄を独り占めにしようとしたわけではない。相手は無敵の黒龍ミラボレアスだ。父上の力を以てしても、単独での勝算は限りなく低かった筈だろう。

 

『……いや、あの時のアイツは本当に死にたがっていたのかもしれないねぇ』

 

 振り返ってそう語る母上の話によれば、父上は仲間が傷つくことを誰よりも恐れており、自分が傷つくことはまるで厭わない自己犠牲の塊のようなハンターだったのだと言う。

 母上のいたハンターズギルドでただ一人異常なスケジュールを組み、毎日数体もの大型モンスターを狩りにいっていた父上の姿は、受ける依頼がことごとく激務と言われているG級ハンターの中でも極めて異質だったとのことだ。

 本来入念な準備を必要とする筈の大型狩猟任務を毎日受注し、それを一日の間に数回行うことさえ珍しくなかった。

 三日に五体の大型狩猟は当たり前で、三日に八体の大型狩猟もあったと言う。しかも対象の大型モンスターはどれもイビルジョー、ラージャンのような極めて危険度の高い個体ばかりを率先していたというのだから狂気じみている。

 当時の彼のことは、著作者不明の「全盛期のキリン公爵伝説」という書物にも詳しく書き綴られていたものだ。その中には「キリン公爵にとって亜種モンスターは希少種モンスターの成り損ない」、「グッとガッツポーズをしただけで体力を完全回復していた」だとか「光蟲を採取しただけで飛竜たちが泣いて謝った」、「ティガレックスの目前で悠然とこんがり肉を焼いていた」などと言う信じがたい逸話も記されていたものだが、あの父上の若い頃ならば信憑性は高そうだと私は思っている。

 

 しかしそんな父上にも、時には弱さを見せることがあったのだと母上は語った。

 

『あれは黒龍討伐の四か月前……アイツがG級に上がって二か月ぐらいだったかな? 任務が終わった後で、アイツは隠れて泣いてやがったんだ』

『泣いた? 父上が?』

 

 父上が涙を流した――いかに母上の言葉とは言え、にわかには信じられない話だった。

 どんな時も強くて、決して弱さを見せなかった勇敢で逞しい父上――そんな背中を見て育ってきた私だから、その時は母上が嘘をついているのだと無意識に眉をしかめてしまったものだ。

 

『あはは、そう怒りなさんな。嘘じゃないよ。モンスター討伐の依頼を済ませた後、途方に暮れながら一人で泣いていたんだ。あたしはその時偶然盗み聞きしちまったんだけど、「私のやっていることは、本当に正しいのだろうか」って呟いててな』

『それって……』

『その時のアイツには依頼とは言え、淡々とモンスターを殺し続ける日常に感じるもんがあったんだそうだ。馬鹿みたいな早さでG級になったアイツも、日にちで言ったらまだまだ駆け出しハンターと変わらなかったからね。時にはナイーブになって、可愛げを見せることもあった』

 

 苦笑しながらそう言った母上の言葉に、私ははっとあることに思い至る。

 とうに現役を引退した身でありながら、今の私よりもずっと強い力を持っている父上……しかしあの人は決して、その力を無暗に振るうことはしなかった。

 

『依頼を受けている時のアイツはまさにモンスタースレイヤーだったけど、依頼以外の探索では積極的にモンスターを殺すことはしなかった。あれで結構な甘ちゃんだったんだよ』

 

 根本的な意味で、父上はモンスターのことが好きなのだ。温厚な草食モンスター達と戯れている父上の姿には、私も何度か覚えがある。

 だけど一度戦うと決めた時は、本当に容赦の無い猛攻でモンスターの息の根を止めていく。戦っている最中に迷いを見せることは無いが、好き好んでモンスターの殺生を行うこともしない。

 ある意味プロ気質で、慈悲深い人間でもある。当時の父上が愛用の武器に一撃の殺傷力が高い「大剣」を扱っていたのも、なるべくモンスターを苦しめないようひと思いに仕留める為の、彼なりの慈悲だったのではないかと母上は推察していた。

 

『私の知る父上も……道端でモンスターと遭遇することがあれば、基本的には追い払うだけに留めていました。その気になれば一瞬で殺せる時でさえ、積極的に命を断つことはしませんでした』

『あーやっぱり変わっていないんだねぇ、そういうところは。妙に優しいっていうか』

『……そんな父上が、私は好きです』

『曇りのない目だこと……まあ、そんなアイツが苦しんでいるのに耐えかねて、いつだったかソードマスターの奴が「悩みがあるなら言え!」って怒鳴ったんだ。俺達は仲間だろうとか、青臭いこと言っちゃってさ』

 

 母上の話によれば狩るモンスター相手に感情移入してしまい、ナイーブになってしまうことは新人ハンターの間では稀にあることらしい。そう言った苦しみには優秀な能力を持つハンターほど陥りやすく、それを切っ掛けに心が病んでハンター稼業自体を辞めてしまうこともあるのだそうだ。

 当時の父上も放っておけば心を病んでしまいそうな雰囲気があったらしく、見かねた仲間が踏み込んで相談に乗っていたとの話だ。

 ……そういうの、いいな、と私は思う。

 苦しんでいる仲間を助け合う友情。そんな仲間達との関係には、ハンター見習いとして憧れてしまう。

 ただその時のことを語る母上の顔は、意味深な表情で笑っていた。

 

『くくっ……そしたらアイツ、なんて言ったと思う?』

 

 そんな母上が当時の父上の言葉をそのまま再現するように言い放つ。

 丁寧にも物憂げな口調まで真似をした、真剣な言葉で。

 

 

 ――私がハンターになったのはただ……キリン装備を着たあの子に会いたかっただけなんだ……

 

 

 内なる悩みを明かした時、父上が初めて語った戦う理由。

 当時の父上がハンターとして一線で活躍していたのも、全てその為だったのだと。

 母上が再現したその言葉を頭の中で何度も復唱した私が、その言葉に含まれる意味を理解したのは一分間の硬直を経た後のことだった。

 

『そ、それは……「そういうこと」ですか?』

 

 当時の私は幼かったが、昔から本を読むことは好きだったので「そういう」知識はあったし、一般的な女の子として憧れてもいた。

 故にかつての父上が語ったと言う自らの戦う理由を、その言葉の内容から推測するのは容易かった。

 

 ――父上はキリン装備を纏った一人の女の子を探す為だけに、命を懸けてハンターになったのだ。

 

 母上もその人物がどのような存在だったのかまでは本人の口からは聞けなかったようだが、彼が自らの人生を捧げてまでその人物を探す旅に出たことから、「そういう」存在だったのだろうと私は解釈している。

 父上には既に特別な存在がいたのだとすれば……あれほど親しくても、父上と母上が結婚していないわけである。一途すぎるその思いは、義を重んじる父上らしいと思った。

 

『笑っちまうだろう? アイツ、初恋の女を探す為にハンターになったんだ』

 

 いつの間にか携えていたビールのジョッキを片手に、そう語る母上の顔は仕方ない奴だと呆れているような、それでいて割り切っているようなどこか清々しい笑顔だった。

 

 私が思うに……母上は多分、パーティを組んでいた頃からずっと、父上のことが好きだったんじゃないかと思う。

 

 それが仲間としてなのか姉貴分として向ける情だったのか、恋心的な意味だったのかまではわからないが。 

 

『……ろまんちっく、ですね』

『だろう? 今じゃ伝説の人扱いだけど、案外アイツは普通の男の子だったのかもしれないねぇ』

 

 初恋の人と会う――それだけの為に、父上はハンターになった。そしてギルドから脱退した今もなお、その人のことを探し続けている。

 会ってどうするかということも考えておらず、ただ会うというだけの為に自分の人生を捧げて。

 あの父上がそこまで執着するのだから、よほど素晴らしい女性だったのだろう。

 ……私としては正直、かなり嫉妬してしまう。だけどとてもロマンチックで、素敵な願いだと思った。

 

『だけどアイツは、いくら頑張っても初恋の女に会うことは出来なかった。その女もハンターなら、モンスターとの戦いでとっくにくたばってる可能性もあるしね。……いや、そもそも本当に実在しているのかさえ怪しいって言ってたな。それを理解していただけに、いつまでも叶わない目標の為に嫌いでもないモンスターを殺し続けるのが辛かったんだろう。

 その極め付けが、自殺志願みたいな黒龍特攻さ。命からがら生還してきたアイツだけど、片腕を失ってどこか嬉しそうにしてやがった……不純な動機でモンスターを殺す自分を、最強のモンスターに罰してもらいたかったのかもしれないねぇ』

 

 どんな理由であろうと、アイツがモンスターを狩ってくれたことで大勢の人が救われたっていうのにねぇ……と、苦笑する母上の姿が今も印象深く残っている。確かに狩られたモンスター達からしてみれば酷いとばっちりもあったものだが、ハンターになった切っ掛けがなんであろうと、父上がこの世界に積み重ねたものを否定する権利はどこの誰にもありはしない。

 

 幾つになっても初恋を忘れられず、今もキリン装備のその人のことを健気に追い続けている。

 

 思えば父上が主に幻獣キリンの出没情報がある地域を探索していたのも、その人の手掛かりを掴みたかったからなのかもしれない。

 それまで父上に対して厳格な賢者のようなイメージを抱いていた私は、彼の意外な行動目的を知って心から「かわいい」と思ってしまったものだ。

 まるで書物の中の恋愛劇のように、父上は愛に生きる男性だったのだ。

 衝撃的な新事実に驚く私に、母上は付け加えておどけたような表情で言い放った。

 

『それでさ、キリ。どうもあんた、その初恋の女に似てるらしいよ』

『……はい?』

『アイツが探していた子は、丁度あんたみたいな子だったって話さ』

『わ、わたし、ですか?』

 

 おそらくは私が寝静まった夜のことであろう。母上はその頃父上を酔わせることに成功し、何十年もの時を経てこの話の詳細を直接聞き出したらしい。

 そんな父上いわく、彼が探し求めている初恋の女性はキリン装備のイメージを最大限に引き出したように可憐で幻想的な少女だったのだそうだ。

 

 ――そうだな……私が追い求めていたのは、まさにキリのような子だった……あの子ならきっと、誰よりもキリン装備が似合うであろう――

 

 酒の席で、父上はそう呟いたらしい。

 その言葉を母上から伝え聞いた当時の私は、父上が私のことを可憐で幻想的だなどと思っていてくれたことが嬉しくて気恥ずかしくて、柄にも無く舞い上がったものだ。

 顔を真っ赤にして沸騰した私の頭を撫でながら、母上は優しい声で言った。

 

『ああ、そうだ。ハンターを目指すんなら、あたしが昔着てたキリン装備、あんたにあげようか? いつか大きくなったら着てやったらいい。アイツもきっと、喜ぶだろうさ』

 

 母上が若い頃、現役時代に纏っていたという「キリン装備」。母上にとっては既に役目を終えているそれを、私の為に甦らせてやろう、と。

 現役時代も歳を取ってからは着なくなったという話であるが、時折昔を思い出しては今でも手入れをしていたようで、私に託された純白の装備の状態は年代物とは思えないほど整っていた。

 そんな偉大な、聖衣とも言える物を母上から受け取った時、当時の私は「いつかこれを着れる女になってやる」と意気込んだものだ。外面だけではなく、内面的な意味でも。

 しかし。

 

『まっ、サイズはちょっとデカいだろうけどね』

 

 挑発的かつ得意げな母上の言葉が、十五歳になった今の私の頭に憎たらしく響いていた。

 

 

 

 

 

 

 父上のテントの隣に設営された、私用のテントの中。

 鏡の前に佇む私は、胸部を覆う白い布幕を引っ張りながら苦渋の表情を浮かべていた。

 

「むう……」

 

 ――数年前、父上と共に村から旅立つ時、こっそりと母上から渡されたこのキリン装備。

 旅立った頃はまだ私も小さく、これを着れる身長ではなかったが、成長期が訪れた今ならば着れるのではないかと思い、アイテムボックスに隠し持っていたそれを今日日引っ張り出してみた次第である。

 しかし無情にも、私が着けてみたキリン装備のベストは生地の大部分が余っていた。本人は若い頃の自分をコンガ女だと自虐していたものだが、とんでもない。若い頃の母上は、相当なスタイルの持ち主だったらしい。

 ……いや、私だってまだ慌てる年齢ではない。十五歳になったばかりの私には、まだまだ成長の余地が残っているのだ。だからサイズが合わないからと言って、焦る必要はない。焦ってないもん。

 

 まあ、そのようにサイズは明らかに合っていないキリン装備だが、せっかく取り出したのだからものは試しだ。

 父上もまだ起きていないし、ここは全部着けた状態がどんな感じになるのか確かめるべく、私は大きめのキリン装備の寸法を強引に引っ張りながら調整し、試着してみることにした。

 

「ん……っ」

 

 元の寸法より一回り以上小さい私の胸が締め付けられ、その瞬間装着前とは明らかに違う感覚に思わず声が漏れる。

 温かい……初めてキリン装備を纏った瞬間、私が感じたのは布面積が少ないにも関わらず、今まで身に纏ってきたどの装備よりも心地良いと感じる温もりだった。

 それこそなんだか……母親に抱き締められているような、そんな感覚だ。

 ……いや、私の母親は母上だ。父上と同じぐらい憧れている、大切な人。

 父上のことも母上のことも大好きだから、今の私は父上に付いて旅をしている。母上を独りにしてしまったのは心苦しいが、それは母上から頼まれたことでもあったのだ。

 

 ――あたしなら大丈夫だから、あんたはアイツの助けになってやんな。でも、時々帰ってきてくれたら嬉しい。

 

 母上はそう言って、父上のことを私に託したのだ。老いてなければ一緒に行きたいぐらいだとも言っていた。

 その時はまだ本当の意味でその言葉の意味は理解していなかったが、父上に弟子入りして師匠(マスター)として師事するようになってから、なんとなくわかったような気がする。

 父上は本当に強くて、何でもできる人だが……母上以上に独りにしてはいけない人だと感じるのだ。

 

 父上の探し物は……初恋の人が今後見つかる可能性は、多分ない。

 

 父上自身、とっくに捜索を諦めているように見える。私につけている修行が以前よりも熱心になったのが、その証拠だろう。

 私のことを見てくれている。自惚れでなければ、私には最近の父上の様子がそう見えていた。

 

「キリン装備の、初恋の人か……」

 

 父上が人生を懸けて探し求めている、キリン装備の女性。私がキリン装備を纏えば、父上はもっと私に構ってくれるだろうか……いや、駄目だ。そんなことは考えちゃいけない。

 だけど……

 

 ――初恋の人の代わりに、私でも父上の心を満たせないだろうか……

 

 母上がくれたこのキリン装備。まだサイズが大きすぎて、実戦で装備するのは難しいだろう。

 しかしどうにも私は「キリン」という存在には、昔から縁があるようだ。強引に胸装備を締め付けた後、私は対となる腰巻と腕、脚の装備を順に装着してみる。しかし流石に腰巻の下に纏う下履きだけは誤魔化しが利かなかったようで、穿いた途端に脱げてしまい腿の下までずり落ちてしまった。とても人前では晒せない、みっともない姿である。

 ……仕方が無いので、腰巻の下履きには普段穿いている普通のパンツを代用することにする。スースーするが、どの道私しか見ない試着なのだから問題無いだろう。

 最後の仕上げにキリンホーンの着いた白毛のウィッグを被ると、私は仮の試着ではあるものの初めてキリン装備の一式を身に纏うことになった。

 しかしいざ鏡の前でそんな自分と向き合うと、慣れない感覚に顔が赤くなってしまった。

 

「こ、この格好で戦っていたのですか、母上は……」

 

 母上からの話で聞いていたが、キリン装備は確かに露出度の高い装備だった。

 今までこのように肩やへそ、腿まで大胆に露出された装備を着たことのなかった私には、色々と見えすぎていないか心配になってしまう。

 しかし心許ない布面積に反して装備としての防御力は高く、幻獣キリンの素材から発せられる電気の磁場が衝撃と反発し、白光となって装備者の身体を防護するのだそうだ。尤も今の私ではサイズが合っていないのはもちろん、腰巻の下に履いている下着がどこにでもあるようなただの白パンツの為、本来の防御力は発揮されないだろうが。

 ただ、鏡に映る見た目の上では本来のキリン装備と変わりなく、その姿を見た私の心には感慨深いものが込み上がってきた。

 

 ――露出度が高いのは恥ずかしいが……とても、安心した気持ちになるのだ。

 

 サイズが合っていない為に、今の私では装備に着せられている感が拭えない。でも、私自身の感覚としては不思議なほど「しっくりくる」感じがした。

 自分自身の姿に見とれるというわけではないが、そこに映る自分が何故か普段よりも自分らしいと感じている。

 ……率直に言うと、気に入ってしまったのだろう。母上から託されたという偉大な経緯を抜きにしても、私はこのキリン装備のことを純粋に可愛らしいと感じていた。

 

 

「……っと、そろそろ夕食の準備をしないと」

 

 しばらく漠然と鏡を眺めていると、現在の時間を思い出した私は夕食の準備に取り掛かろうとする。

 今日の夕食は、父上の好物であるオニマツタケを使った料理にしよう。オニマツタケと言えば立派な高級食材の一つだが、私はこの樹海でのハンター修行の合間に、オニマツタケを採取出来る場所を見つけたのだ。

 かく言う私も、オニマツタケ料理は大好物だ。幼い頃は父上が採ってきたオニマツタケが食卓に上がる度、見境無くかぶりついていたものである。

 

 

 父上が仮眠から目を覚ますのも、そろそろだろう。

 

 キリン装備の試着を終えた私は作業に取り掛かるべく、いつもの格好に着替えようとする。

 しかし白毛のウィッグを外したところで、途端にこれを脱ぐのが名残惜しくなってしまった。

 今日の修行は終わったし、この夜実戦に出掛ける予定も無い。ならば少しだけ、今はこの誘惑に負けても許されるだろう。そう自己弁護しながら、私はこの胸に手を当てた。

 

「も、もう少しだけ、着ていましょう……」

 

 サイズも合っていない中途半端なキリン装備であるが、この不思議な温もりにもう少し浸っていたかった私は、頭装備だけ外した状態でテントから出ることにした。

 ただ、今はまだ父上にこの姿を見られたくなかったので、装備の上に「耐寒の装衣」を羽織ることで外からはこの格好がわからないように隠しておくことにする。

 

 

 しかし――この時の選択が父上の運命を変えることになるとは、私には思いも寄らなかった。

 

 

 きっと母上の想いがこの装備を通して、父上の命を救ってくれたのだろう。

 

 ……今でも私は、そう信じている。

 

 

 

 

 





 多分、次で完結するのではないかと思います。
 因みに私はハッピーエンド厨です。

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