モンハン世界に生まれて、理想のキリン娘に会う為にハンターになった男   作:GT(EW版)

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それは私のちちだあああ!(完)

 

 

 

 ――私は、いついなくなってしまうかもわからない人間だ。

 

 

 修行していた頃、父上が口癖のようにそう言っていたことを思い出す。

 父上は働き盛りの年齢はとうに過ぎているが、本来なら寿命を迎えるにはまだ早い五十代である。しかし父上は、その時から既に自分の命が長くないことを悟っていたのだろう。

 

 黒龍ミラボレアス――かつての戦いがもたらした影響が、老い始めたその身を蝕んでいるのだと語っていた。

 

 書物上の伝説においても、かの父上が滅ぼした黒龍には不吉な逸話が絶えない。黒龍討伐に向かったハンターが不可解な消失現象に遭ったり、数少ない生還者達が見つかったかと思えばその者達は「黒龍の声や視線を感じる」、「自分の腕が黒龍の腕に見える」などと主張しては、数日後には謎の狂死を遂げていたという話が書き綴られている。

 そう言った真偽不明な「黒龍の呪い」を含め、普段から自らの肉体を酷使してきた自覚があったのだろう。迫る死期を悟っていた父上は長年の悲願である「初恋の人」を探すことさえ諦めて、ここ数年は私の修行に専念していた。

 私の為に、父上は数少ない時間を割り当ててくれたのだ。

 

「……優しすぎますよ、父上は」

 

 マスクを外した父上の頭を膝上に乗せながら、私はその髪をゆっくりと撫でる。

 幸せそうな表情で目を閉じている父上の姿はあまりにも無防備で、今までに見たことがないほど安らいだ顔をしていた。

 

 ――こんなところで寝ていたら、いたずらしちゃいますよ?

 

 夜の肌寒さから父上を守るべく、私は羽織っていた耐寒の装衣を父上の身体に掛けてあげる。

 いつモンスターに狙われるかわからない環境で旅を続けてきた父上は、眠っている時でさえこのような姿を見せなかったものだ。

 だからこそ今、私は初めて見た無防備な父上の姿に自然と頬が綻んでしまっていた。

 今でこそ別々のテントで眠るようになった私達だが、同じテントで眠っていた子供の頃なんかは、父上が私より先に寝付くこともなかったのだ。

 いつだって父上は、私のことを大切に見守ってくれた。

 

「どこの誰かもわからない赤ちゃんを、ここまで育てて……愛してくれて……」

 

 貴方の愛情は、伝わっていましたよ。

 さっきだって父上は身体の無理を押しながら、最後の力を振り絞って私の料理を食べてくれたのでしょう?

 そんな父上の眠る姿はとても幸せそうな顔で、未練なんて何一つないとでも言わんばかりで――

 

 

 ――もう目覚めないなんて、信じられない姿だった。

 

 

「勝手ですよ父上は……どうして、一人で逝ってしまうんですか」

 

 大往生とでも言いたいんですか、父上。

 これでは私が……一人で悲しんでいる私が馬鹿みたいじゃないですか。

 貴方との別れを……こんなにも受け入れられない私が。

 

「私はまだ貴方に……何も……っ」

 

 静かに目を閉じたまま息一つしていない父上の寝顔に、私の目からこぼれ落ちた涙の雫が伝っていく。

 私が撫でる父上の頬は綺麗なままなのに、この指先から伝わってくる感覚は固く冷たい。

 堪らず私は、縋りつくように父上の胸に抱き着いた。

 しかし密着すればするほど、受け入れがたい事実が私を襲ってくる。

 

 ……父上の心臓はもう、動いていない。

 

 うるさくしてごめんね、父上。でも、駄目なんだ。

 気持ち良く眠りについた貴方を静かに寝かせてあげなければいけないのに、今の私はこの静寂を守れそうになかった。

 

「――!!」

 

 だから私は、赤ちゃんのように声を上げて泣いた。

 この樹海に住むモンスター達にも気づかれかねないほど大声で、みっともなく泣き喚いた。

 

 父上がもう目覚めないという現実を、認めたくなかったのだ。

 

 父上の最期は満足そうに笑っていた。ついぞ初恋の人に会うことは出来なかったけれど、訪れた自らの寿命に対して何の後悔もなく受け入れているようですらあった。

 

 でも、駄目なんだ父上。私は、貴方が思っているようないい子じゃないから……

 

 貴方の死に父上自身が納得していたのだとしても、私だけは納得できない。私には耐えられない。

 だって私はまだ……何一つ、貴方に返せていないんだよ?

 

「欲しいものなんて……一つしかなかった」

 

 涙に震えた声で、私は頭を押し当てた父上の胸で叫ぶ。

 死の間際の父上の掛けてきた質問に対して、私は小さな頃からずっと、その問いに返す言葉を用意していた。

 私が欲しかったものはたった一つ、好きな人達と過ごす幸せな時間だけだったのだ。

 

「私は貴方とずっと……ずっと一緒にいたかっただけなのに……」

 

 どこの誰の子かも、どこで生まれたかもわからない私の父親になってくれた貴方。

 嫌な顔一つしないで、私の面倒をずっと見てくれた貴方。

 どんな時も目標の為に頑張って、その背中で私を導いてくれた貴方。

 何度も私のことを助けてくれて、最後の最後まで無償の愛を与え続けてくれた貴方。

 そんな私の……自慢の父親。私の――初恋だった。

 

「イヤ、だ……わたしを……ひとりにしないでください……っ」

 

 その優しさに甘えながら、私はこの期に及んで我が儘を言う。

 ただそこにいてくれるだけでいい。今まで貴方がやってきてくれたことも全部、私がやるから。

 貴方の初恋の人も、私が探してきてあげるから……だから。

 

 

 ――目を開けて……!

 

 

 

「……ばかもの……」

 

 

 ……それは、「奇跡」としか言いようにない現象だった。

 泣き喚く私が身に纏うキリン装備。幻獣の白い毛皮に覆われた各所の部位が、一瞬だけ稲妻を纏い、白光となって閃いたのだ。

 その白光は物言わぬ遺体となっていた父上の身体を包み込み、あり得ない現象を引き起こしたのである。

 

「……ハンターたるもの、涙を流すでない……」

 

 ハッと涙に滲んだ目を開いたその時、完全に停止した筈の父上の心臓が、再び活動を始めた。

 冷たくなっていた筈の身体が、温かさを取り戻したのだ。

 顔を上げれば大好きな人の目が、私の姿を優しげに見据えていた。

 

「……っ、ちちうえ!」

 

 理屈なんて、どうでもいい。

 父上が目を覚ましたのだ。この人がそこにいるというだけで――もう何も、言うことはなかった。

 

「……キリ……」

 

 もう二度と、絶対に離すものかという思いでしがみついた私の背中を労わるように撫でながら、父上が悟ったような目で柔らかに微笑む。

 仕方がない奴だな……と苦笑するように、泣き喚く私の姿を見つめた父上が言い放つ。

 

「私が探し求めていたのは……お前だったのだな」

 

 ありがとう……父上。でも、それはお互い様だよ。

 私もきっと、貴方の為に生まれてきた。貴方と巡り合う為に、生きていた。

 

 

 ――だから、ずっと傍にいてくださいね? 父上。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遠く、海を渡った先にある「新大陸」。その存在は古くから知られていたが、環境の不安定さから調査開拓が長年に渡って停滞している現状である。

 最初の渡航から四十年近くが経過しているにも関わらず、人間が住める土地はこの調査拠点ぐらいなものであり、その事実からどれほどこの大陸が過酷であるか窺えるものだろう。

 しかしそんな過酷な大陸で調査を続けてきたことによって「導蟲」、「スリンガー」、「防具の剣士ガンナー共用化」等革新的な技術を新たに確立したことは、新大陸調査団が残した大きな功績であろう。

 尤も我が盟友ソードマスターのように新技術に水が合わない古参ハンター達もいるようであり、下の「流通エリア」やこの「集会所エリア」には未だに非共用化の防具やスリンガーを装備していないハンターの姿を何人か見かけた。

 

 尤も、今となっては然程興味を惹かれない話である。

 

 昔の私であればキリンホーンのマスクの下で血眼になりながらキリン装備の女性を探し回っていたところであろうが、その必要はもはやない。

 故に今の私はマスクを外した素顔を露わに、集会所エリアの食堂スペースにてかつての盟友ソードマスターと向かい合っていた。

 

「私から話せるのはそこまでだ」

 

 二十年、いや、三十余年ぶりであろうか。

 若き日を共に戦い、お互いの夢について語り合った友の姿は当たり前のように変わり果てており、一目見ただけでは気づかなかったものだ。

 そんな我々はこの再会を喜び合い、キリ達「5期団」の歓迎会の二次会として二人で飲み明かそうとしている次第だ。

 尤も私はあまり飲まないように、こちらの健康に気を遣ったキリから釘を刺されている身であるが。しかしそれはそれとして、かつての盟友と語り合う時間は心から有意義であった。

 

「……なるほど、お前の近況はよくわかった」

 

 リオレイア装備に身を包んだ盟友、ソードマスターが飲み干したジョッキを下ろすと、私の語ったこれまでの近況に相槌を打つ。

 お互いに濃い時間を過ごしてきた空白期間の思い出話は、こうして酒を片手に聞く分には楽しめる話題だった。先にソードマスターが語った彼の波乱万丈な体験談には存分に楽しませてもらった私は、その代金として今しがた私とキリの間に起こった出来事を語り終えたところである。

 

「おそらくはキリン装備から放出される微弱な電磁波が私の心臓を揺らし、心臓マッサージの要領でこの命を蘇らせたのであろう」

 

 ――というのが、あの時の私が九死に一生を得た不可思議な現象への考察である。

 元双剣使いがあの子に託したキリン装備が奇跡を起こし、停止した筈の私の心臓を再起させた。

 キリン装備を追い求め続ける人生に見切りをつけた私が、キリン装備によって命を救われるとはなんとも皮肉な話である。

 ……いや、違うな。

 当時のことを思いながら苦笑する私を見て、ソードマスターがくつくつと笑いながら尤もな言葉を返した。

 

「白々しい御託だな」

「……そうだな。あの子の純粋な願いが奇跡を起こし、私の命を繋ぎ止めた……それで十分か」

 

 どんな理屈かはわからないが、私はあの子に救われ、ここにいる。私にとっては、その事実だけで十分だった。

 

「しかし、君があのアカム装備を外していたとはな。最初は君だということに気づかなかったよ」

 

 つまみのサシミウオの唐揚げを一口かじった後、私は話題を変えて改めてソードマスターの纏っている装備に目を向ける。若かりし頃はアカムトルムの防具一式を纏っていたものだが、今はこの新大陸で狩ったリオレイアの素材で防具を新調したようだ。

 随分と歳相応に変わった渋い雰囲気も相まって、今の彼には似合っていると思った。

 そう告げると、今度はソードマスターの方が苦笑を浮かべた。

 

「ふん、その言葉をそっくり返そう、キリン公爵。お前こそ、あのキリン装備を外していたとは思わなかったぞ」

 

 私の方とて、この身に纏う装備を変えたのは同じだった。

 流石に年齢も年齢であり三十代を過ぎた頃には既に上下のキリン装備を着けなくなっていた私だが、それでも頭装備のキリンホーンだけは頑なに外さなかったものだ。

 しかし今は、そのキリンホーンさえ外してしわがれたこの素顔を晒している。

 それにはあの時芽生えた、私自身の心境の変化が理由だった。

 

「必要なくなったのでな。今の私には、あのマスクで涙を隠す理由はない」

 

 元々私がキリン装備を着けるようになったのは、いつまで経っても理想のキリン娘に会えない悲しみの涙を隠す為のものだった。しかし今の私には悲しみで涙を流す理由も無ければ、そもそもキリン娘を探すという目標も終わっている。

 私の言葉にこちらの意図を察したソードマスターが、安心したような息遣いで祝福の言葉を放つ。

 

「ようやく会えたのだな。お前の初恋に」

「……ああ。あの頃は、心配かけてすまなかった」

「まったくだ」

 

 彼を含めかつてパーティを組んでいた者達には、私のことで要らぬ心配を掛けたものだ。

 あれから何分時間が経ちすぎてしまったが、彼らには返せるものは可能な限り返したいと思う。

 思っていたよりもこの余生は、長く続きそうだからな。

 この私が昔取った杵柄をひけらかしてこの新大陸を訪れたのも、そんな余生の過ごし方の一つだった。

 

「今更聞くのもなんだが……お前がここに来た目的は何だ? よもや俺達のように、真っ当な生態調査ではあるまい」

「調査団にいるハンターの教導を是非、と頼まれたのだ。双剣使いからの伝手でな」

「ほう……ヒヨッコ共には朗報だな。お前がいるのなら、俺も楽ができそうだ」

 

 気候の変動が多いこの新大陸では調査中にも生態系が変化し、新種のモンスターが続々と姿を現してはハンター達が手痛い負傷を受けるケースが目立っているのだと言う。

 そこでどういうわけか、ギルドの使者から私に「新大陸にいるハンター達の教導官になってくれないか」という話が舞い込んできたのだ。元々は元双剣使いの女性宛てに来た要請だったらしいが、彼女の紹介により巡り巡って私が引き受けることになったのである。

 私自身、例の「古龍渡り」の謎や未だ未開拓領域の多いこの新大陸自体に興味が無いこともない。しかしとうにハンターを辞職している私がこの仕事を引き受けることになったのは、それとは別の理由があった。

 そのことを察したのであろう、見透かしたように問い質すソードマスターに私は得意げに返した。

 

「それで? 実際の理由は?」

「ふっ……キリン装備の娘に会う為に決まっておろう」

「意味合いは違うが、そこは変わっていないのだな……」

「一人にしないでくれと、頼まれたのでな。私に持てる全てを尽くして完璧なハンターに育て上げたつもりであったが……一体どこで、あの子の教育を間違えたのであろうか」

「言う割に嬉しそうだな、公爵」

「美しい者に好かれれば嬉しいに決まっておろう。親冥利に尽きるとも言う」

「羨ましい話だ。うちのバカ息子と交換してくれないか?」

「断固拒否する」

 

 どうにもあの日以来、娘のキリは私の身体を心配してか、前にも増して私の傍から離れようとしなくなったのだ。既に一人前のハンターとなったあの子の修行期間はとうに終わっているというのに、甲斐甲斐しく私の世話を焼こうとしている。

 そんな娘の優しさは確かに嬉しく思うし、私とて愛する我が子とは離れたくない。だが、せっかくの若い時間をこんな老いぼれの為に浪費するのは良くない傾向だ。そう思った私は、あの子に未知の世界を見せる為に教導官の要請を受けることにしたのである。

 そうして私が新大陸ハンターの教導官になったことをキリに伝えると、こちらの狙い通り、あの子も新大陸に付いていくと言い出した。

 そんなキリは真顔でテントから飛び出すと、鬼気迫る勢いで討伐してきたラージャンの首を引き摺りながら使者の元へと迫り、「私も新大陸に連れていってください」と豪胆に訴えたのである。……あの時のキリの行動はギルドからの推薦を得る為に自身の実力を見せつけようとしたのであろうが、見方によれば「連れていかなければお前の首もこうなるぞ」と脅しているようにも見えたな。我が子ながら恐るべき行動力と言うべきか、あの子の迫力を前に青ざめた顔でこくこくと頷くギルドの使者の姿には心底同情したものである。

 

 ――とまあ、そう言った形で私は教導官、キリは調査団5期団員の一人として迎えられ、この新大陸にやってきたというわけだ。

 

 私にとっても未開の地であるこの大陸に何が待ち受けているのかはわからないが……私の新しい死に場所として申し分のない、素晴らしい世界であることに違いはないだろう。

 

「父上! ここにいたのですか」

「……む? おお、キリか」

 

 

 そんな場所でキリン装備の私の娘、キリと共にかつて過ごしたハンター生活をやり直すのも面白い。

 しかしこれでは……私の方が子離れ出来そうにないな。

 

「……やはり、いいものだな」

 

 数多の人目を引く幻獣の美しい装備を纏った少女が、私の座っている席に向かってオトモアイルーのような目で駆け寄ってくる。

 心なしか、最近はなんだか幼い頃よりも甘えたがりになっているような気がするが……それもまた、あの子の愛しいところだろう。

 

 

 ――モンハン世界に生まれた私の人生は、たった一人のキリン娘(私の娘)の為にあった。

 

 

 ある意味ではブレ続けていたが、ある意味では一貫していた私の行動指針。

 それはおそらく、今もこれからも、永遠に変わらないものなのだろう。

 だから私は、せめて最後の最後までこの子の父親で在り続けたいと思う。それが私の見つけた、この素晴らしきモンスターハンターワールドで生き続ける存在の意味だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 【モンハン世界に生まれて、理想のキリン娘に会う為にハンターになった男 ~完~】

 

 

 





 最後までお読みいただきありがとうございました。これにて完結です!

 キリン装備にハマってしまった私が迸るパトスのままに書き殴ったしょうもない作品でしたが、書き始めた時はよもやここまでお気に入り登録や評価が増えることになるとは思いも寄りませんでした。恐るべきはキリン装備人気、そして某薄い本の人気……! 本当にありがとうございました。

 MHWを舞台にして続きをもっと書きたい気持ちもありましたが、私の中でモンハン熱がピークを迎えている今の内に完結させておくのが最善かなと思い、とりあえずはここで完結とさせていただきます。
 そして思ったんだけとやっぱりキリン装備って最高だわ。

 

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