青い人魚と軍艦娘   作:下坂登

16 / 34


作者「ついに買ったぞ!はいふりファンブック!
さっそく読むぞ!
…………いろいろ設定間違えとる……何やってんだ俺……」
美海「設定をちゃんと100%調べないから……」
マチコ「書き始める前に買うべきだったのでは?」
作者「当時は金欠だったんだよ……。」

読者の皆様、何か気になる点があればお気軽にどうぞ。
感想・質問等お待ちしています。

今回で、長かった第3ラウンドがようやく終わります。
1年以上もかかって起承転結の「起」しか書けてないという現実……。

それでは本編へどうぞ。



16話 共闘の一撃

 

 

「ゲホッ!ゴボッ!……痛イジャナイカ……」

 

駆逐棲姫が咳き込み口から青い血を吐き出す。内臓をやられたらしく、腹部の痛みが治まらない。

 

まさかスキッパーが爆炎の中から飛び出してくるとは思わず、受け身も取れず撥ね飛ばされた時に船首の機銃身が腹部に直撃し酷いダメージを負った、防護膜でも防ぎきれず骨が砕ける音や内臓が潰れる音もした。その後もキャノピーを粉砕しながらガラスや装甲パーツを身体に受け、最後は空中に撥ね飛ばされ海面に叩きつけられた。

普通の奴等なら死んでもおかしくない状態であった。むしろこれだけで済んでいるのが奇跡だろう。

 

「ククク……」

 

そんな状況なのに彼女は笑い出し、やがてその声は大きなものへと変わった。

 

「クク……アハハハハハハハハハ!!」

 

狂った笑顔で狂った笑い声を海原に響かせる。

 

 

 

もう私を倒せる物はいない、殺す、殺してやる。

 

 

 

「カゲロウ……殺ス!」

 

目標(ターゲット)の名前を呼び、彼女は海面を(はし)り出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、駆逐棲姫の目標(ターゲット)である陽炎は駆逐棲姫からも、晴風からも離れて航行していた。

 

「何やってんのよ私は……!」

 

口から出るのは自分を責める言葉ばかり。

 

あの時スキッパーが突っ込んできて駆逐棲姫の意識から外れたのを見逃さずに駆逐棲姫の砲撃から逃れた、その時はとにかく生き延びようと必死で逃げた。だが、距離が離れて少し冷静になってからハッと気がついた。

 

スキッパーが突っ込んできた時に怖じけず前進していれば、駆逐棲姫に接触しゼロ距離砲撃を叩き込めた、と。

 

捨て身のスキッパーによる自爆攻撃も一応は効果があったようだが、倒すには至らなかった。

 

駆逐棲姫に通用する手は無くなってしまったのだ。

 

「どうする……どうする私……!」

 

もう晴風の援護も望めない、砲弾ももう1発も無駄にできない。

 

落ち着け、自分がするべきことはなんだ、人を守ることじゃないのか。そうだ、それが艦娘の使命だ。

 

「……私が囮になって、晴風を逃さないと……」

 

その結論に達したその時、背後からバン!といくつものスポットライトが当てられた。

 

「何!?って眩し!」

 

思わず勢いよく振り返った自分はアホだ、視界が真っ白になるほどの眩しい光で目が焼けるかと思った。

 

 

 

 

 

『陽炎!お前は包囲されている!おとなしく投降し艦に戻れ!』

 

 

 

 

 

まるで刑事ドラマの終盤で犯人を取り囲みライトアップした場面のセリフが聞こえた。

……そして吹き荒れるツッコミと呆れの声の嵐。

 

「誰だ納沙さんにマイク持たせたのは!」

「1隻で包囲できるわけないじゃん」

「投降って……」

「刑事か!」

 

探照灯の光が弱まりやっと目を開くと、いつの間にか晴風が陽炎の右に並走していて、甲板にはましろや砲術員、姫萌や百々の姿があった。

 

「陽炎さん!艦に戻ってくれ!」

「陽炎ちゃーん!」

「戻ってきてー!」

 

ましろに続いて皆が陽炎に呼びかける。

だが、陽炎は戻れない。

晴風を逃さなくてはならない。

 

後ろ髪を引かれる思いで、陽炎は反転し駆逐棲姫へと向かう。

 

「陽炎ちゃん!」

「行かないでー!」

「陽炎ちゃーん!」

 

皆が引き止めようと必死で呼びかける。陽炎はそれが聞こえないように意識の外に追い出した。

 

 

 

 

 

「輪を投げるのは得意だけど、縄を投げたことは無いんだけど」

「とにかく投げてみなよ」

「そうだね、エイッ!!」

 

そのせいで、順子と美千留の不穏な言葉を聞き逃していた。

 

 

 

 

 

「グエッ!?」

 

突然首が後ろからロープで締められて後ろにひっくり返り、そのまま海面を引きずられていく。西部劇で馬で人を町中引きずり回すシーンがあるが、まさにそれだ。

 

「苦し……!死ぬ死ぬ死んぢゃう!」

 

手でロープを掴みかろうじて首との隙間を作る、あともう少しで絞殺されるところだった。

海面を引きずられながらも立ち上がろうともがき、なんとか起き上がった。そしてロープの引っ張る速度に機関の速度を合わせて、首が締め付けられるのを止めた。

 

ロープの元を目で辿ると甲板にいたクルー達が持っていて、端は晴風の手すりに結びつけてあった。

 

「捕まえたー!」

「よーし!引けー!」

 

オーエス、オーエス、と綱引きのようにロープを引っ張るクルー達、陽炎もこれには逆らえずこちらから速力を上げ近づいた。

クルー達のすぐ真下まで引き寄せられると、姫萌と百々が浮き輪のついたロープを陽炎の前に垂らした。

 

「掴まって!」

「いい、いらない!」

 

これで引き上げるつもりだったのだろうが、艤装付きの陽炎の重量は少なく見積もっても80kgを超える、女子2人では引き上げられそうに無い。

陽炎は艤装のウインチから(アンカー)を引き出し放り投げて手すりに引っ掛け、艤装の動力で錨鎖を巻取り自分自身を引き上げた。そのまま勢い余ってフワッと宙に浮いて、甲板へと着地した。

 

「おお〜、マッチみたいっス!」

 

マッチって何やってるの?との疑問が湧くが、どうでもいいので後回し。

それよりも首を締めやがったのが誰かが大事だ。

陽炎は物凄い剣幕で怒鳴った。

 

「誰だロープなげたのは!!人殺す気か!!」

 

首からロープを外してぶん投げる。

 

「首締められて死ぬとこだったわ!スプラッタ映画だったら首が引き千切られてくたばってるところよ!」

 

クルー達はあまりの剣幕にタジタジになっている。しかし、その中にこっそり逃走を図る者が1名いた、順子だ。

 

「あ・ん・た・か〜あ!」

「ひいっ!?」

 

恐ろしい声に順子は身体をすくませた。陽炎は目にも止まらぬ速さで順子を追いかけ捕まえた。

 

「どういうつもりよ!」

「えっと……あの……アームに引っ掛けるつもりだったんだよ……。あと、言い出したのはみっちんだから!」

「えっ!私のせい!?」

 

順子はブチギレた陽炎のあまりの怖さに、美千留も道連れにした。

 

「そうなの?」

「みっちん言ったじゃん!『カウボーイみたいにロープを投げればいいんじゃない?』って!」

「言ったけど……」

「ふうん、で、なんか言うことあるんじゃない?」

 

陽炎のその言葉に、2人はバッと深く頭を下げた。

 

「「すいませんでしたあ!」」

 

誠心誠意の謝罪を受けて陽炎も少し怒りが収まった。

それを見計らってましろが陽炎に要件を切り出す。

 

「陽炎さん、無線を繋いでくれ、艦長から話がある」

「わかった」

 

陽炎は無線のスイッチを入れるとすぐに明乃から通信が入った。

 

『おかえり陽炎ちゃん』

「ミケ艦長、どういうつもり?」

『逃げるよ』

「はぁ!?」

 

逃げるんだったら私を置いてかなきゃ駄目だとわかってないのか?と声を荒げると、明乃は慌てて訂正した。

 

『ごめん言い方が悪かった、一旦距離を取るの』

「距離を取って、その後は?」

『あれを倒す』

「倒すって、倒せるわけ無いでしょ!?主砲も使えないのにどうやって倒すのよ!?」

『主砲はなんとか復旧させるよ』

 

光達が焼けた砲身に向かって排水用ポンプで海水をかけ始めた、どうやら海水による冷却を試みているようだ。しかし、完全に冷えるわけではないし、所詮焼け石に水だろう。

 

「あれじゃあ撃てるようになってもまたすぐ焼けるんじゃない?」

『使えなきゃ元も子もないよ』

「それはそうだけど。で、どうやって倒すのよ?」

 

明乃は無線の向こうで「うーん」と考える素振りをした。

 

『それはまだ、でも陽炎ちゃんにはやって欲しいことがあるんだ』

「何?」

 

 

 

 

 

『晴風に駆逐棲姫を引きつけて欲しいんだ』

 

 

 

 

 

失礼だが「この艦長は正気なのか?」と疑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マル」

「魚雷発射管用意よし!」

 

艦橋に戻った志摩と芽衣が、武装が使用可能になったことを報告した。

 

『艦長!前進一杯なら15分だけ保たせられる!』

 

麻侖からようやく前進一杯の許可が出た。

明乃が頷く。

 

「マロンちゃんお願いね。……これで準備は整ったね」

 

ましろは一度頷くと忠告した。

 

「ええ、ですが主砲、魚雷、機関とも余裕が無く、1回限りしかできません。失敗はできませんよ」

「大丈夫だよ、晴風の皆は優秀だから」

「いやー、そう言われると緊張するなー」

 

芽衣が照れてそう言った。

それを聞いてましろが信じられないといった目で見てくる。

 

「緊張?西崎さんが?」

「何よ、私だって緊張するってば。そうだよねタマ」

「うぃ?」

 

志摩は首を傾げる。

 

「何その反応」

 

そして、志摩は親指を立ててこう言った。

 

「撃て撃て魂には、(緊張なんて)無い」

「おお!さっすがタマちゃん!わかってる!」

 

傍観者からはよくわからないが、意見の一致を見たらしい。結局芽衣が緊張してるのかしてないのかは闇の中だ。

 

「撃て撃て魂……?」

 

不知火がボソッと呟く、鈴がそれをそっと解説した。

 

「砲雷科の子達の心の中にあるらしいよ」

「もしかして、全員トリガーハッピーですか?」

「そういうことじゃ……」

 

ないよ。と言おうとして晴風の試験航行を思い出す。確か主砲撃たせろ、魚雷撃たせろと皆で言っていた。

 

「あるかも」

「大丈夫ですかこの艦の人事は?」

 

不知火は頭痛を感じて頭を押さえた。普通は慎重派な人間も入れてバランスを取るべきだろう。

本当に島の1つや2つ吹き飛ばしてしまいそうだ。

 

「それは大丈夫だよ」

 

鈴は自信を持って言った。

 

「晴風は今の皆がいるからどんなピンチだって乗り越えられたんだよ。もしこの中の誰かが欠けてたら、無理だったと思うの」

「そう……ですか……」

 

不知火は不思議なものだと思った。軍隊にしては自由奔放でバラバラな乗員ばかりなのに、ちゃんと機能するんだなと。

 

有事の逸材は平時に歪、とやらか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『目標視認!後方50!速力40ノットで接近中!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マチコが駆逐棲姫の接近を知らせ、ピンと場の空気が張り詰める。

 

ついに来たか。

 

明乃が次々と指示を飛ばす。

 

「鈴ちゃん!前進いっぱーい!面舵いっぱーい!」

「前進いっぱーい!面舵いっぱーい!」

『出力全開でぃ!』

 

晴風の機関が唸りを上げ増速、駆逐棲姫にドテっ腹を晒すように右へと曲がる。

 

「右舷()()()戦よーい!」

「了解!1番2番右40度!ありったけぶっ放すよ!」

『はーい!』

『了解でーす!』

「90の0」

『了解!90の高角0に合わせ!』

 

魚雷発射管と主砲が右舷に向けられ、駆逐棲姫を狙う。

 

「陽炎ちゃん!手筈通りお願い!」

『任せて!』

 

 

 

 

 

「さあ、決着をつけよう」

 

 

 

 

 

晴風と駆逐棲姫のラストバトルの幕が上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

駆逐棲姫は大きく右に曲がった晴風の軌道をショートカットし真っ直ぐ接近していた。

 

37ノットも出して振り切ろうとしているようだが、駆逐棲姫の速力は40ノット以上あり余裕で追跡できる。主砲や魚雷発射管がこちらに向いているが、役に立たないことくらいわかってるだろうに。無駄な足掻きを。

 

駆逐棲姫はさらに速力を上げ一気に距離を詰める。

 

 

 

その時、バッと探照灯の光りが駆逐棲姫を照らした。

 

 

 

晴風の探照灯かと思ったが、それにしては小さ過ぎる。このサイズから推測するに、艦娘用の探照灯だ。

 

陽炎だ。陽炎が晴風の機銃座から探照灯で照らし、機銃をこちらに片手で向けて構えているのだ。

 

 

 

 

 

「一度撃ってみたかったのよね、こういうの!」

 

 

 

 

 

陽炎が引き金を引くと、曳光弾を含んだ大量の銃弾が光の線を描き駆逐棲姫に殺到する。

 

艦娘のクセに何故艤装で戦わないんだ、と文句を言いたくなる。まあどうせ無駄なのだが。

 

腕で顔をガードしつつ接近を続ける、銃弾はことごとく装甲によって弾かれていく。

 

 

 

 

 

「メイちゃん!今!」

「全門斉射ァー!」

 

 

 

 

 

晴風の魚雷発射管が僅かに位置を変え8門全てを発射した。

何のつもりだ、時限信管も近接信管も持たない通常魚雷が深海棲艦に通用するわけが無いのに。軌道も海面からかなり深く万が一にも起爆することは無い。

 

ダメ元で撃ったのか。

 

魚雷は酸素魚雷らしく航跡を残さず海中を突き進んでくる、その内1本が駆逐棲姫の軌道と丁度交差するようだが、無視していいだろう。ただ真っ直ぐ進む時代遅れの魚雷なら__。

 

 

 

と、その思考を中断させられた。

晴風の第一主砲がこちらを指向している。

 

当たるか、いや、当たらない。

 

駆逐棲姫は砲身の角度から瞬時に砲弾の弾道を導きだした。

 

晴風が主砲を発射。砲弾がこちらに向けて飛んでくるが、駆逐棲姫は回避しない。計算どおりなら駆逐棲姫の手前に外れて落ちるはずだ。

 

そして、その計算どおり砲弾は駆逐棲姫の10m程手前に落ちた。

 

 

 

 

 

そして、何かが弾ける音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気がついたら駆逐棲姫は宙を舞っていた。相当高く飛んでいるのか、晴風が下の方に見える。何が起こったのか思考が追いつかない。

 

何故吹き飛ばされているんだ。魚雷も砲弾も回避したのに、何故。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「魚雷ぃ!?」

 

話は数分前に遡る。

 

陽炎は素っ頓狂な声を上げた。言い出した明乃本人が首肯する。

 

「うん、ココちゃん」

「はい」

 

幸子がタブレットの映像を見せる。前回の戦闘で、天神が発射した魚雷が深海棲艦の群れを吹き飛ばした時の映像だ。

 

「天神の短魚雷でこの威力ってことは、晴風に積んである酸素魚雷の炸薬なら直撃しなくてもかなりのダメージだと思うの」

「そりゃそうだけど、どうやって当てるのよ?」

「不知火達の魚雷は対深海棲艦用なので、駆逐棲姫相手でも起爆しますが……」

「全部使っちゃったのよね」

 

陽炎が木っ端微塵になった魚雷発射管を振る。カラカラと破片が外れて転がり床に落ちた。

 

「ホバークラフト相手じゃ磁気信管も無いうちの魚雷は起爆しないよ」

 

機銃座から志摩と一緒に帰ってきた芽衣がそう言った。

晴風に搭載された旧式の酸素魚雷は接触式の信管しかついていない、簡単に言えば「当たるとドカン」なので当たらなければ起爆しないのだ。駆逐棲姫はホバークラフトと同様に海面から上にいるので魚雷はぶつからない、つまり、起爆しないのだ。天神のように時限信管や磁気信管をつけていれば別だが。

 

だが、明乃には考えがあった。

 

「撃てばいいんだよ」

「撃つ……って?」

 

陽炎達には何を言っているのかサッパリだった。いや、わかっているのだが前代未聞のことで、耳を疑ったのだ。

一方で芽衣達は「ああ、あれか」と納得の表情。

 

「だから、主砲でバーンって」

「へ?魚雷を、主砲で狙うの?」

「そうだよ?」

「いや何当たり前っぽく言ってんのよ」

「だってやれるから、武蔵の砲弾を迎撃したり、シュペーに向けて発射した魚雷を破壊したりとかー」

「もはやイージス艦!」

 

晴風の砲雷科ってどんだけチートスペックなんだ……。

 

「……できるってことはわかったけど、駆逐棲姫に避けられたら終わりじゃない」

 

明乃は自信を持って答えた。

 

「大丈夫、たぶん相手は躱さないよ」

「なんでそう言えるの?」

「駆逐棲姫の回避パターンを調べたんだけど……」

 

幸子からタブレットを受け取り画面を切り替えると、晴風の弾道と駆逐棲姫の行動を3DCGで再現したものが表示された。

 

「相手は当たる弾には反応して回避してる、けど当たらない弾には反応してないんだよ。ほら」

 

CGモデルが動き出す。晴風のモデルが主砲を3発、少しずつ間隔を開けて発射、3発の弾の内最後の1発は赤く表示され「直撃軌道」と書かれ、初めの2発は「至近弾」。

駆逐棲姫は1発目と2発目は何もせず見送ったが、最後の弾は急転舵で回避した。明らかに全ての弾の軌道を見切った上で、当たる弾にだけ回避行動を見せていた。

 

「……なるほど、つまり駆逐棲姫を直接狙わなければ魚雷も砲弾も無視されると」

 

幸子がそうまとめる。

 

「そのとおり、成功すれば下からの爆発で推進機関を破壊できるし、あと__」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もし空中に浮いちゃったら、いくらホバークラフトでも推進力を失う(動けなくなる)よね。スキッパーに跳ねられた時みたいに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その作戦はピタリと的中した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「2番33!」

 

志摩が射撃指揮所に叫ぶ。

 

『2番高角33度!』

『回した!』

 

 

 

 

 

晴風の第二主砲が宙を舞う駆逐棲姫を捉えた。

空中で機動力を失った駆逐棲姫には、躱す手段が無い。

 

 

 

「撃ーぇ!」

 

 

 

砲弾が砲身から弾き出され、一直線に駆逐棲姫へと向かう。

 

 

 

「ヤラレテタマルカ!」

 

 

 

だが驚くことに、駆逐棲姫は咄嗟に全主砲を上空に向けて斉射、反動で落下速度を急に上げて回避を試みた。

 

それによって砲弾は狙いを外し、駆逐棲姫の帽子を引き裂いただけに終わった。

 

 

 

 

 

志摩が驚きのあまり目を見開く。

 

「外した!?次!」

『駄目!またヒートしてる!』

「駄目……!?」

「大丈夫!まだ手はある!」

 

明乃が声を張った。

 

 

 

 

 

駆逐棲姫はそのまま海面に水しぶきを上げ落下した。

 

ハレカゼ……ヨクモ……邪魔シテクレタナ……。

 

「殺ス……!殺シテヤル……!!」

 

殺意を胸に灯らせ、再び機関を稼働させ海の上に立った。

 

モウ晴風ニ撃ツテハナイ、私の勝チダ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうだと思った!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハッ!と顔を上げると、目の前に陽炎がいた。

 

 

 

 

 

__陽炎ちゃん、主砲も一発撃ったらまた使えなくなるかもしれない。万が一だけど駆逐棲姫が倒せなかったら……。

 

なかったら?

 

……お願いできる?

 

わかった、任せて__

 

 

 

 

 

「りゃあああああああああ!!」

 

陽炎は吠えながら躊躇なく全速力で突撃した。

 

「沈めぇぇぇええええ!!」

 

突き出した主砲の砲口4つが駆逐棲姫の胸にガツン!とぶつかった。

 

砲身が激突の衝撃で防護膜を突き破り、肉体へと突き立てられた。

 

陽炎がとうとうトリガーを引いた。

 

4つの砲弾が皮膚を貫いて駆逐棲姫の体内に入る。

 

 

 

 

 

そして、爆ぜた。

 

 

 

 

 

背中に大穴が開き、青い血が一気に吹き出した。

 

「ア……ア…………」

 

駆逐棲姫は糸の切れた人形のように崩れ落ちた。

胸に大きな穴が開き、そこから流れ出した青い血が海へと溶け込んでいく。

 

「はーっ……はーっ……」

 

陽炎は戦いにより荒くなった呼吸を、ゆっくりと深呼吸し静めた。ようやく死のプレッシャーから解放され、身体の力が抜ける。

 

「やっと……終わりね……」

 

白い手袋をした手で顔を拭う、汗と青い返り血が手袋に染みを作った。

 

その時、ピクリと駆逐棲姫の身体が動いた。

 

「……まだ生きてる……?」

 

陽炎はトドメを刺そうと主砲を向けたが、弾切れだったことに気づいて止めた。

それに、この傷なら何もしなくてもすぐ死ぬだろう。

 

「………………カゲ………ロ…………」

 

駆逐棲姫の口から血と一緒に、小さな声が出てきた。

 

「私を呼んでる……?」

 

陽炎は警戒しつつも、駆逐棲姫の側にしゃがみ顔を近づけた。

 

「……カゲロ……ゥ…………ドオシ……テ…………オ前………ココニ……」

「どうしてここにいるか聞いてるの?」

 

小さく首が縦に動いた。

 

「そんなの知らないわよ、あんた達こそなんでここに来たのよ?」

「……………………ニ…………呼バレ…………」

「呼ばれた!?誰に!?」

 

だが、そう尋ねた言葉は、駆逐棲姫の耳には届いていなかった。

駆逐棲姫は最後の力で、右手を真上の真っ暗な空へと伸ばした。

 

 

 

「………………アア…………最後……ニ…………キレイナ……月…………見タカッタ…………ナ………………」

 

 

 

そうして涙を流し、駆逐棲姫は息絶えた。

 

機関が停止し、浮力を失った駆逐棲姫の身体はゆっくりと沈み始める。

陽炎はそれを、抱き寄せるように引き上げた。

 

「……こちら陽炎。駆逐棲姫の活動停止を確認」

 

無線の向こうから「やったー!」「ありがとう!」と歓声が聞こえる。

 

しかし、陽炎の心は、それとは反対に晴れなかった。

 

「呼ばれた……。誰が、呼んだの……?」

 

その謎の答えを知る機会を、失ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

歓声が一段落した頃、明乃が通信を入れた。

 

『陽炎ちゃん、今スキッパーを向かわせるね』

「了解。……あ、やっぱりいらないわ」

『え?』

「もうスキッパーが来てる」

 

陽炎の側にスキッパーが止まった、船首とコックピットが大破した赤羽の武装スキッパーだ。

 

「生きてたんだ」

「勝手に殺すなアホ」

 

赤羽が身を乗り出し中指を立てた。激突した時にガラスの破片で切ったのだろう、頭や背中が血で赤く染まっている。

 

「ずっと来ないから死んだかと思ったわ」

「ちょっと居眠りしてたんだよ。無線貸して、スキッパーのがぶっ壊れた」

 

陽炎はインカムを外して投げ渡して、赤羽が北風と連絡を取っている間に、駆逐棲姫をスキッパーの左ウイングに横たえた。

 

「__あいよ、了解」

 

赤羽がインカムを投げて返した。

 

「まだあっちは戦闘中だってさ」

「じゃあ行きましょう」

「行きましょうって、あんた弾薬もうないっしょ?」

「この()から貰うわよ」

「え?」

 

陽炎は駆逐棲姫の手から主砲を外して自分に装備し、使い勝手を確かめる。

 

「よし、基本は変わらないわね。ちょっと手伝って!魚雷発射管を付け替えたいの」

「わかった」

 

赤羽はコックピットを出て左ウイングに来た。

駆逐棲姫の顔を覗いた瞬間、赤羽は目を丸くした。

 

「……綺麗だ……」

「どうしたの?」

「……いや、何でもない」

 

首を横に振って余計な考えを無くす。そして陽炎の指示に従って駆逐棲姫から2つの魚雷発射管を外し、陽炎のアームについていた魚雷発射管の残骸と主砲をそれと交換し装着した。

陽炎は駆逐棲姫から移した武装を動かし動作を確かめた。

 

「OK、ちゃんとリンクした」

「よし、行くぞ」

 

赤羽はコックピットに戻り、それから思い出して振り返った。

 

「そうだ。駆逐棲姫(そいつ)は……」

 

言葉はそこで途切れた。

ちょうど陽炎が駆逐棲姫をスキッパーから海に()()()落としたからだ。

 

「何?」

「……もういい、乗りなよ」

 

赤羽が手招きして、陽炎はスキッパーの後部座席に乗り込んだ。

 

「窓ねーから風凄いけど我慢しろー」

「大丈夫よ」

 

スキッパーがエンジンを吹かし走り出す。確かに風圧が凄くて、髪がバタバタと暴れて鬱陶しいし、目も開け辛かった。

陽炎は不知火へと連絡を入れた。

 

「不知火、すぐ戻るから。……ん?……そんなんじゃないってば、ちょっと暴れてくるだけだって。…………………りょーかい」

「不知火はなんだって?」

「『陽炎はまた死ぬ気ですか?』って」

「信頼されてないんだな」

「逆よ逆、信頼してるからこそよ」

「そういうもんかねー」

 

スキッパーは武蔵ら学生艦隊とすれ違った。既に周囲の深海棲艦は一掃され、武蔵と比叡が支援砲撃を続けていた。どの艦も被害はあるが軽微なもののようだ。

 

「流石古庄教官、優秀だねぇ」

 

赤羽が感心したように言う。

スキッパーはさらに速度を上げ、北風へと向かっていく。

 

距離が近づくにつれ、砲撃音が聞こえてきて、やがて炎や水柱も見えてきた。

 

「とりあえずまだ2隻とも浮いてんな」

 

北風と弁天の艦影が確認できた。沈没して無いことにほっと安堵した。

 

「陽炎、あたしは横から突っ込んでド真ん中まで行こうと思うんだけど?」

「了解、そこで降りるわ」

「OK!しっかり掴まっとけ!」

 

スキッパーはパン!とアフターファイヤーを吐いて急加速、大きく回り込んで群れの側面から突入していく。

 

「バク転はやめなさいよね!」

「わーってる!」

 

船首の機銃の2つのうち片方が火を吹く、もう片方は激突した時に歪んで使えなくなっていた。

銃弾が深海棲艦を次々と爆沈させるが、反撃の砲弾がスキッパーを掠めていく。それを巧みな蛇行運転で躱しつつ群れの中心へと全速力で向かう。

 

「もうすぐ真ん中だ!」

「降りるから速度落として!」

「ごめんそれ無理!」

「ハァ!?」

「でも安心しな!降ろしてやっから!シートベルトはしてるよな!」

「してるけど……」

「ならよし!」

 

赤羽が謎のレバーを引く、カキン、と変な音が陽炎の座席の下から聞こえた。

 

「……これって……」

 

嫌な汗が頬を伝う。

 

「リジェクトシートだぜ!」

 

そして下から突き上げられる感覚と同時に、陽炎は座席ごと空中に放り出された。

 

「あとで覚えてろー!!」

 

陽炎は腹からデカイ声で、自分を置き去りにして去っていく赤羽に言い捨てた。

 

すぐにパラシュートが開き、陽炎を乗せた座席は大きく減速しゆっくりと海面に下りていく。

足が海面に着く前にシートベルトを外して座席から飛び降りた。

 

「私への扱いが酷すぎるんだけど……」

 

そうぼやきながら電探を起動すると、全方位に無数の深海棲艦の反応が無数に現れた。

 

「うわ、ほんとにド真ん中だ」

 

次の瞬間、陽炎の姿は巨大な爆炎にかき消された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦艦ル級は砲撃した地点に立ち上る煙をじっと睨みつける。

突然艦娘が空から降って来たのには驚いたが、向こうも油断していたのか一撃で仕留めることができ__。

 

「ばーか!」

 

次の瞬間には、ル級の身体は直撃した魚雷によって木っ端微塵になっていた。

 

「ぼーっと突っ立ってるんじゃないわよ!」

 

陽炎は煙の中から飛び出し、主砲を四方八方へ向けて撃ちまくる。

 

「沈め沈め!皆、沈めー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

砲弾や魚雷、機銃弾、ミサイルまでもが飛び交う戦場の真っ只中を駆け抜けていく。

 

主砲弾が次々と深海棲艦に大穴を開け、魚雷を撃てば戦艦が大音響とともに爆ぜて沈む。飛んできた噴進弾が群れをただの肉片に変え、スキッパーが衝突しガラクタと化して空に舞う。

 

 

 

この世のものとは思えない、地獄へと変貌した海を、陽炎は戦い駆ける。

 

 

 

「あんた達全部……っ、沈めてやる!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ただ、彼女の、使命を果たすために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

太陽が水平線の向こうから姿を現し、海を照らす。

 

 

 

弾を撃ち尽くすほど戦って疲れた陽炎は、浮かんだままの駆逐イ級の残骸に腰掛け、太陽が昇ってくるのをぼうっと見ていた。

 

辺りが太陽の光で明るくなって、ようやく様子が目で把握できた。

 

それを見た陽炎は一言呟く。

 

「……本当に、クソッタレな夜明けね」

 

あちらこちらで立ち昇る煙と、たくさんの歪な残骸が散らかっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦いは終わった。

 

 

 

たくさんのスクラップと、命を海へと捨てて。

 

 

 

 

 

 





いかがでしたでしょうか。

陽炎は自分達に何が起きたのか、その小さなヒントを手に入れました。それがいつ役に立つのかは未だ不明です。
この戦いを通して、陽炎達から見た晴風は「守るべき艦」から「共に戦う艦」へと変化しました。

これで物語の「起」が終わり、ようやく新たな場面に進むことができます。

皆様、「青い人魚と軍艦娘」をお読みいただきありがとうございます。これからもお付き合いいただけると幸いです。



1つの戦いが終わったが、爪痕はあまりにも大きかった。晴風と陽炎達は僅かな間の平穏を過ごすが、大人達は懐疑の目を向ける。

次回もお楽しみに。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。