青い人魚と軍艦娘   作:下坂登

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 お待たせしました、ようやく戦艦レ級flagship戦決着です。
 遅くなりましたが、お気に入り登録者数が100人を突破しました。こんなに多くの方々に読んでいただけて、とても嬉しい限りです。
 これからもよろしくお願い致します。

 追記:2021/7/10、誤字修正を行いました。アドミラル1907様、誤字報告ありがとうございました。


30話 ラストダンス

 

 

「飛べ飛べ飛べ!早くしろ!」

 

 晴風の左舷に横付けするスキッパーの運転士が、甲板上に残された生徒達にとっとと飛び移れと怒鳴る。

 

 

 

 いつレ級が襲いかかってくるかわからず、とにかくすぐに生徒達を離艦されなければならない状況。だが、晴風の周りでは陽炎と雷巡チ級、重巡ネ級が未だ戦闘中で、いつ流れ弾が飛んでくるか、いつ標的がこちらになるかわからない。

 だったら、スキッパーで何人かずつ拾ってすぐに離脱するしかない、と誰かが言い出し、他に案も無く決定された。

 

 だが、小さな航洋艦でも海面から甲板への高さは3m近くあり、しかも着地目標は真っ平らじゃないスキッパーのウイングか後部座席。

 もし足を踏み外したら、固いスキッパーのボディと歯が砕ける程のディープキスか、海に落ちて引っ張り上げられるまで怪物のいる海を漂うことになる。

 その恐怖が生徒達の頭をよぎり、いざ甲板の縁に来ても飛び移るのを躊躇してしまう。

 

 

 

「もたもたすんな!早く来い!」

 

 運転士が怒鳴って急かす。すると、気を失った麻侖を抱えている真冬の部下が、2・3歩下がり助走を距離を取った。

 

「皆どいて!」

 

 生徒達が戸惑いながらも道を開けると、そこから勢いをつけて手摺を超えて飛び降りた。

 

 彼女はウイングに着地し脚をバネのように衝撃を吸収して、無事に落水することなく乗り移った。

 麻侖を後部座席へ寝かせ、自分はスキッパーのボディにしがみつく。

 

「行くぞ!」

「OKよ!」

 

 運転士に親指を立て答えると、麻侖達を乗せたスキッパーは晴風を離れていき、次のスキッパーが横付けし怒鳴った。

 

「おら次だ次!さっきみたく飛びゃ大丈夫だ!」

 

 ブルマーが実際に、しかも人を1人抱えて飛び降りたのを見て、生徒達もハードルが下がりやれそうだと思い始めた。

 

「私が参ります!」

 

 楓が先陣を切って飛び降りた。着地の際によろけたものの、無事に乗り移れた。

 

「そう言えば、艦長達は?」

 

 マチコの疑問に美海が答える。

 

「西崎さんと立石さんと一緒に晴風のスキッパーで逃げるって!」

 

 晴風にはまだ右舷の一機が残されており、明乃と芽依、志摩の3人はそれで離艦する予定だった。

 

「なら大丈夫だな、行こうミミ!」

「あ……、うん!」

 

 続いて3機目にマチコが、それに受け止められる(エスコートされる)形で美海が、4機目のスキッパーにブルマーに抱えられた美波が乗り移り、最後に洋美が残された。

 

「最後は姉ちゃんだぜ!」

 

 5機目のスキッパーが横付けし、洋美は手摺を跨いで甲板の縁に立った。

 乗用車よりもデカいはずのスキッパーが、高い場所にいるだけで小さく見えた。ウイングは鋭利なナイフのように、凹凸は鈍器のように写る。

 あんな小さくて不安定な所に飛び降りるのか、恐怖心が沸くが、それをぐっと飲み込む。

 

「行くしかない……!3、2、1!」

 

 カウントで勢いをつけて飛び出し、スキッパーのウイングにドン!と飛び乗った。

 

「グッ……!」

 

 着地の衝撃を吸収し切れず、脚がビリビリと痺れてバランスを崩し落ちかけたが、ボディを必死に掴んで持ち堪えた。

 

「大丈夫か!?」

「はい!大丈夫です!」

 

 洋美は後部座席に乗り込もうと立ち上がった。

 

 

 

 

 

『回避回避ィ!』

 

 

 

 

 

 その時、血眼になってチ級の動きを監視していた、機銃手の叫びが聞こえた。

 

『雷撃!右に躱せ!』

 

 運転士は慌ててエンジンを吹かし舵を右に切った。だが元々晴風に接近していたため、右翼を艦体にガツンとぶつけてしまった。

 

「しまっ__」

「きゃあああーっ!」

 

 その衝撃で洋美の身体がぐらりと傾き、そのまま背中から海へと転落した。

 

「待ってろ!すぐ引っ張りあげてやる!」

 

 運転士は引き返そうとしたが、後方からチ級がまた放った酸素魚雷が迫っていた。

 

『逃げろ死ぬぞ!』

「ッ!」

 

 警告で素早く舵を左に切って晴風から離れる、後ろから迫っていた魚雷は目標を外し、そのまま海中に消え去った。

 

「危ねーなクソ!陽炎も機銃も何やってんだよ!追っ払えよ!」

『無茶言わないでよ!こっちは本調子じゃ無いのに、重巡相手にしてんのよ!』

『近すぎて機銃の死角に入ってんだよ!とっとと拾って離れろよ!』

「拾えって言われてもよ……クソ!」

 

 運転士は後ろを振り返り地団駄を踏んだ。

 

 

 

 

 

「__プハッ!」

 

 洋美は落水し一度はパニクったものの、水に落ちるのは学校の訓練で何度も経験しており、すぐに立て直して浮上し海面から顔を出した。

 蒸気を浴びて火傷した腕に海水が沁みて焼けるように痛くて、早く引き上げて欲しい。

 

「助けて!」

 

 大声で助けを呼ぶが、スキッパーは数十m離れた場所でグルグル旋回しているばかりだった。

 何故、どうして助けに来てくれないのか。腕が痛くて泳ぐのも辛くて、こちらから向かうのは大変なのに。

 

 …………ゾクリ。

 

 突然悪寒が走り、バッと後ろに振り返った。そして、見てしまった。

 

「あ……」

 

 晴風艦尾に貼り付いて、雷巡チ級がこちらに魚雷発射管を向けて待機している。

 撃たれる!と身構えたが、奴は動かずじっと何かを待っている。その行動を疑問に思ったが、洋美はすぐにチ級の思惑を察した。

 

 自分は餌だ、助けに来る人を釣り上げるための餌。誰かが助けに来た時に、まとめて魚雷で吹き飛ばすつもりだ。

 

「……最低な奴ね……!」

「待っててクロ!私が行くわ!」

 

 陽炎がネ級の相手を放棄し、晴風の右舷から艦首を回り込んで洋美の救助に向かう。

 

『馬鹿行くな!殺られるぞ!』

 

 運転士の声を無視し、真っ直ぐに洋美の元へと向かう。

 

 餌が食いついた、と心の中で醜い笑顔を浮かべているであろうチ級が、4本の魚雷を洋美と陽炎目掛けて発射した。

 

「陽炎さん!!」

 

 洋美が悲鳴を上げる。

 魚雷は航跡を残さず姿を消し、ステルス艦のように迫ってくる。

 

「見てなさい!」

 

 陽炎は魚雷発射管から魚雷1本を射出して、着水する前に腕でキャッチし、

 

「これが正しい魚雷の使い方よ!」

 

 と言って、大きく振りかぶって槍投げのごとくぶん投げた。魚雷は空気を切り裂く音を立てながら洋美の頭上を超え、山なりの軌道を描いて海面に落ちて、チ級が放った魚雷に見事正面衝突。他の魚雷も巻き込み、馬鹿でかい爆発を引き起こした。

 

 念の為言っておくが、艦娘のマニュアルでも魚雷を投げることは推奨されていない。

 

「やった!迎撃成功!」

 

 陽炎は主砲を構えてチ級に発砲。砲弾は魚雷発射管の1つに命中、破壊してチ級を怯ませることに成功した。

 その隙に洋美のすぐ側まで近づき、笑顔で手を差し伸べる。

 

「お待たせクロ!」

 

 やっと助かる、と安堵した洋美は、腕を伸ばしその手を取ろうとした。

 

 

 

 その直後、陽炎の背後にネ級が現れるのを目撃し、大声で叫んだ。

 

 

 

「後ろ!!」

 

 陽炎が弾かれたように振り返る。ネ級が陽炎を撃ち殺そうと主砲を構えた瞬間、

 

 

 

 

 

 ネ級に魚雷が2発直撃し、爆炎と共に木っ端微塵に吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 

「「え?」」

 

 一瞬で爆死したネ級を見て呆然とする2人の前に、煙の中から人影が現れた。

 

 

 

「ったく、艤装に付けとるその電探は飾りなんか?司令はんが聞いたら呆れるで」

 

 

 

 陽炎型の制服と艤装に、黒いショートカットのデコだしヘア、そして流暢な関西弁。

 

「くろ……しお……?」

 

 陽炎が、まさかとは思いつつも名前を呼ぶと、彼女は煙の中から出て姿を見せて笑った。

 

「そや、無事でなりよりやわ、陽炎」

 

 陽炎型駆逐艦娘3番艦、黒潮が陽炎と合流した。

 

「黒潮ー!」

「わっ!」

 

 陽炎は嬉しさのあまり目尻に涙を浮かべて、黒潮の胸にガバッと飛び込んだ。黒潮は陽炎を受け止めきれずに、海面をズザーッと後ろに滑ってよろけた。

 

「よかったー!不知火と2人だけでずっと寂しくて不安だったのよー!」

「わかったわかった、愚痴なら後でなんぼでも聞くさかい、一旦離れろや」

 

 黒潮は満更でもなさそうだったものの、陽炎を押しのけて洋美へと駆け寄る。

 

「大丈夫か?」

「え、ええ……」

「ちょっと失礼するで」

「何?きゃっ!」

 

 黒潮は洋美の腰に手を回し、お姫様抱っこして持ち上げた。

 

「王子様やのうてすまんな」

「別にいいわよ」

「おお……、バッサリやな」

 

 あっさりと洋美が言い放ち、黒潮は苦笑いした。漫画やアニメなんかだと、もう少しドキドキしたりするんだけどな、と。

 対する洋美は、突然現れた黒潮のことや戦闘の恐怖で頭が働かず、適当に流しただけだった。

 

「黒潮ー!こっちよ!」

 

 陽炎がついてこいと黒潮を手招きする。黒潮は洋美を抱えたまま、陽炎の後を追い航行する。

 

 その後ろから、体勢を立て直したチ級が3人を狙って大量の魚雷を放った。

 

「魚雷接近!数20!8時の方向や!」

「迎撃よーい!」

 

 陽炎は手持ちの主砲を、黒潮は手が使えないためアームについた主砲と太腿の機銃を回した。

 

「耳塞いどき、やられるで」

 

 洋美は黒潮に言われ、慌てて手で耳を塞いだ。

 

「撃てーっ!」

 

 陽炎の掛け声に合わせ、主砲と機銃が火を噴き魚雷を迎え撃つ。

 放射状に進む20本の魚雷の内、此方の近くを通る物だけを狙い狙撃して行く。洋美には殆ど視認できないが、陽炎達は的確に迎撃していた。

 取りこぼした1発が黒潮に迫るが、黒潮は爆雷を魚雷の目前に射出し、見事に誘爆させた。

 

「迎撃成功や!」

「OK!タクシーカモーン!」

 

 陽炎は雷撃されないよう、離れて待機していたスキッパーに向けて手を振った。

 

『タクシーじゃねえっつの』

 

 運転士はぶつくさ言いながらもスキッパーで追いつき、速度を合わせて並走。黒潮が洋美を後部座席へと乗せた。

 

「この子を弁天までお願いねー」

「運賃1万な」

「後で真冬艦長に請求して」

「あいよ」

 

 陽炎の言い草に、運転士はフッと笑い、スキッパーを加速させ離れていった。

 

「ほなまたなー!」

 

 黒潮が手を振ると、洋美がこちらへ振り返って手を振り返した。それに応えて、さらに大きく手を振り見送った。

 手を振るのを止めたのを見計らい、陽炎が黒潮の肩を叩く。

 

「さあ、戻ってあのチ級をぶちのめすわよ」

「おー!……と、その前に聞きたいことがぎょーさんあるんやけど」

「何よ?」

「・まずその格好(セーラー服)なんやねん。

 ・その武装おかしいやろ。

 ・ここどこや。

 ・今まで連絡もせずなにしとった。

 ・さっきの水上バイク見たことない型なんやけど。

 ・あの人どこの艦隊の人や。

 ・あの陽炎型っぽいのなんやねん。

 ・さっきの子は誰や。

 ・不知火は何処おんねん。

 ・仲間と連絡取れへんのやけど__」

「ストップ、答えるのに30分はかかりそうだから後にして」

「ちゃんと回答せえよ」

「わかった」

「ほな行こか!」

 

 黒潮が急加速し飛び出す。

 

「ちょっと!私を置いてくんじゃないわよ!」

 

 陽炎もその後を追い加速していった。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 視点は雪風へと戻る。

 

「なんで……どうして……っ!」

 

 雪風は焦ってリミッターをかけ直し再び開放するが、結果は変わらなかった。

 

「くっ……!もうやめです!!」

 

 いつもと様子がおかしいことに慌てたが、もう時間も無いしこのままやるしかない、とヤケクソ気味に腹を括って声を張り上げて、レ級に向かって駆け出す。

 

「たぁぁぁぁぁあああ!」

 

 全速力でレ級本体へ先程と同じコースで突撃を試みる、だがレ級の尾が飛び越させまいと、顎をグワッと大きく開き投影面積を広げて、スペースを潰してしまった。

 全速力からではもう止まれない。ならばと雪風は大きく跳躍し、鼻先へ衝突同然の勢いで跳び付いた。

 そして打ち付けた手の痛みも構わず、陽炎やスキッパー、飛行船が滅茶苦茶にした武装群の、破壊されて捲れ上がった装甲の隙間に主砲をねじ込んだ。

 

()ーぇ!!」

 

 榴弾が装甲内部で炸裂し、小規模ながら誘爆を起こして装甲板がいくつか吹き飛ぶ。しかし、誘爆を防ぐように弾薬庫同士が隔離されているのか、致命打にはならない。

 

「もう一発です!」

 

 雪風の声に応えるように、主砲の装填装置が次弾を薬室へ叩き込む。

 だが、引き金を引くより早くレ級が動いた。尾を前後方向へ縮こませてから、バネのように一気に伸ばした。

 

「きゃあっ!!」

 

 雪風は吹き飛ばされまいと、腕に力を入れてしがみついたが、あまりの急加速と急減速に耐えられずに手を離してしまった。そのまま凄い勢いで突き当りまで吹き飛ばされて、背中から壁に叩きつけられた。

 

「ガハッ……!」

 

 背中に砲弾の直撃を受けたような激痛が走る。身体と壁の間に挟まれた魚雷発射管がグシャリと潰れて、背骨が折れたかと錯覚するほどの激痛が走り、意識がブラックアウトしてその場に崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

「おい!しっかりしろ!!」

 

 神谷が叫び、雪風を助けるためにレ級の気を引こうと、ナイフで斬りかかろうとするが、真冬に肩を掴まれ止められた。

 

「ちょい待て!」

「何するんだ!」

「あたしが行く!」

 

 そして真冬は神谷の代わりに、12.7cm砲を片手にレ級へ突撃した。

 

「うおりゃあああ!!」

「馬鹿戻れ!」

 

 神谷の制止も無視し、砲を突き出してレ級めがけて一直線に突っ込んでいく。

 迎え撃つレ級が腕を大きく横薙ぎに振るう、ゴウッ!と轟音を立てて迫り来るそれを、半ば直感で頭を下げて躱した。

 そこから左へと低く跳び、右目を失ったレ級の死角へと潜り込む。

 

「貰ったぜ!」

 

 やった、そう確信し砲を頭めがけて突き出す。だが、王手をかけられた筈のレ級がにやりと笑った。

 

 その直後、レ級の鋭い蹴りが真冬の腹に喰い込んだ。

 

「ゴハッ!!」

 

 真冬はサッカーボールのように蹴り飛ばされ、人間砲弾となり神谷を巻き込んで壁に激突した。そして弾き返されて床に叩きつけられた。

 

「ア" ア"ッ……クッソ痛え……」

 

 真冬は口から血を吐き出しながら起き上がろうとするが、身体に力が入らずに床に這いつくばっていた。

 神谷も何とか立ち上がったが、頭を強打したため平衡感覚がやられて、足がふらつき、視界もぶれていた。

 

「クソ……これが怪物の力か……こんなの初めて貰ったぜ……」

 

 ガンガン痛む頭を押さえ、真冬の手から落ちた12.7cm砲を手探りで拾い、その手で真冬の肩を揺する。

 

「おい、立てるか?」

「ああ……、死ぬ程きちぃが……っ!」

 

 真冬は神谷の手を借りて立ち上がろうと、腕を伸ばした。だが、手を掴む前に、神谷がレ級に顔面を殴り飛ばされて後ろへ吹き飛んだ。

 

「司令!!」

 

 神谷はまた壁に激突し、床にぶっ倒れた。しかし、顔に大きな痣を作り、鼻血を出して朦朧としながらも、再び立ち上がった。もう腕にも力がほとんど入らず、手から離れた12.7cm砲が悲しげに床に転がり、カランと音を立てた。

 

「宗谷艦長……、這いつくばってでも逃げろ……」

 

 神谷はそう言い残し、フラフラとしながらもしっかりと床を踏みしめてレ級へと向かう。

 

「おい司令ぇ……!待て……!」

 

 真冬が止めようと手を伸ばすが僅かに届かず、神谷を止められなかった。

 神谷は手榴弾を取り出すと、もう片方の手をピンにかけ、何時でも抜けるようにした。

 __すぐにでもレ級を道連れに自爆できるように。

 

「さあ……、来いよ怪物……、俺の命と引き換えにしてでも、殺してやる……」

 

 

 

 こいつはここで殺さなければならない、逃がせば間違い無く他の人を何人、いや何千人と襲うだろう。

 

 それは、絶対に許さない。

 

 

 

 レ級は、その覚悟を決めた鬼気迫る姿を見ても、臆するどころか醜い笑顔をみせた。

 やれるものならやってみろ、と言わんばかりに。

 そして、神谷めがけて足を踏み出した。

 

 

 

 

 

 直後、背後から放たれた砲弾が後頭部に直撃し、レ級は前につんのめって足を止めた。

 

 

 

 

 

「何してるんですか、貴方の相手は雪風ですよ」

 

 

 

 

 

 レ級がバッと振り返ると、意識を取り戻して立ち上がった雪風が、レ級の頭へと砲口を向けていた。

 普段の天真爛漫さは消えて、戦艦クラスの鋭い眼光でレ級を睨みつけていた。

 

「雪風には幸運の女神様がついてますから、絶対沈ま(死な)ないですよ」

 

 気が狂ったとしか思えない言葉だが、雪風の眼は本気だった。本気で、自分は死なないと自分自身に思い込ませている。

 得体の知れないプレッシャーに、レ級は一歩後ずさった。

 雪風は視線をずらし、神谷と目を合わせて叱った。

 

「貴方も簡単に死のうなんて思わないでください。雪風の目の前では、誰も死なせませんから」

 

 今まで感じたことの無い、ゾッとするような恐ろしい気迫に押されて、神谷は手から手榴弾のピンを離した。

 小学生くらいの小さな女の子の姿に似合わない、幾度もの戦場をくぐってきた兵士のような雰囲気を纏っていたのだ。

 雪風は視線をレ級へと戻し告げた。

 

「さあレ級flagshipさん、ラストダンスを始めましょう」

 

 それをスタートの合図に、レ級の尾が咆哮を上げて雪風に向けて飛び出す。

 

「逃げろ!!」

 

 神谷が叫ぶが、雪風は一歩も動かず、それを待ち受けた。

 

 そこへ、誰かが怒鳴った。

 

 

 

 

 

「伏せっ!!」

 

 

 

 

 

 雪風の背後の角から、不知火が脚部艤装から火花を散らし飛び出してきた。そして大きく振りかぶり、手に抱えていた携行缶をレ級に向けてぶん投げた。

 携行缶は伏せた雪風の頭上を超え天井で跳ね返り、レ級本体へと激突、衝撃で缶が破裂して、中身の液体がレ級の全身に纏わりついた。

 

 レ級が何だ?と液体の正体を確かめようとした瞬間、鼻を突く強烈な刺激臭にうっ、と吐き気を催すと共に手で鼻を塞いだ。

 

 その臭いが、ガソリンのものだと気づくのに時間はかからなかった。

 

 だが、それに気づいた時にはもう遅く、背後の隔壁は神谷によって閉じられ、正面では雪風が隔壁に手をかけ不知火が煙を上げる発煙筒を手にしていた。

 

「ラストダンス、いい(おもむき)じゃないですか」

 

 不知火は発煙筒を振り、にやりと凶悪な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

「ファイアーダンス、楽しんでください」

 

 

 

 

 

 発煙筒が投げられると同時に、雪風が隔壁を引っ張りバン!と閉じる。

 前後を封鎖され、ガソリンが充満する密室と化した通路に火が投げ込まれた。

 

 発煙筒がガソリン溜まりについた瞬間に、爆発的に炎が広がり通路を埋め尽くした。

 

「ガアアアアアアアアアアアア!!」

 

 灼熱に焼かれ、レ級が悲鳴を上げて藻掻き苦しむ。身体についた炎を払おうとジタバタ暴れても、纏わりついたガソリンが炎を離さない。

 

 熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱いあついあついあついあついあついあついアツイアツイアツイアツイアツイ___!!

 

 少しでも身体を冷やそうと空気を取り込めば、高温の熱風が気管や肺を内側から焼いていく。

 

 

 

 前代未聞かつ史上最強の深海棲艦、戦艦レ級flagshipが、ちっぽけな艦の中で炎に焼かれて、その姿を失っていく。

 

 

 

 __やがて通路の酸素が尽きて、炎も消えた。

 既にレ級は髪の毛から尾の先まで真っ黒に焼き焦がされ、ブルーマーメイドを苦しめた驚異的な生命力も喪失して、ついに息絶えていた。

 

 

 

     ◇

 

 

 

「灰にできる方法って、そのままの意味だったんですね……、どうやったらこんな残酷なこと思いつくんですか?」

「……貴女にそう言われると、心が傷付くので止めてください」

 

 隔壁の向こうでは、雪風の純粋な言葉のナイフが、不知火に罪悪感となってグサッと刺さりダメージを与えた。

 

 隔壁が破られた時の為にもう1つ隔壁を閉じて避難したところで、恐怖と興奮によるアドレナリンが切れて、2人とも床にへたり込み荒ぶった呼吸を静めようとしていた。

 そして少し落ち着いたところで、雪風がそう尋ねたのだ。

 

「深海棲艦を焼き殺すなんて、聞いたことないですよ?」

「でしょうね、普通は無理ですから」

「え?」

 

 不知火の解説が始まった。

 

「まず火を選んだのは、装甲がいくら厚くても熱は関係ないだろう、という推測からです。艦娘も防護膜の効果で多少は熱や寒さも凌げますが、それでも感じないことは無いですから」

 

 感じる、ということは艦娘の肉体にも熱が伝わっている、つまり完全に遮断できるわけじゃない、許容量を超えた熱量が加わればダメージが入る筈。

 

「なるほどです」

「聞かない理由は簡単で、海にいる時は潜られてあっさりと鎮火されるからです(陸上型は除く)。昔ナパーム弾を使用した作戦がありましたが、火がついた途端に潜られて殆ど効果は出ませんでした。艦娘も炎上する箇所を海に漬けたり、頭から海水をかぶって消火するでしょう?」

「そうですね」

「それ以来、深海棲艦に火攻めは効かないと言われてきました。ですが、ここは艦の中、水に潜って消火することは不可能です。ならば効果は十分にあると思ったんです。おまけに密閉された室内なら、酸欠と一酸化炭素中毒まで追加されますから高確率で殺せるかと」

 

 不知火はその残酷極まりない方法を思いつき、雪風と別れてすぐスキッパー用のガソリンタンクからガソリンを携行缶満タンに拝借して、火種用に発煙筒を持ち駆けつけたのだ。

 

「流石不知火お姉ちゃんですー」

「褒め言葉として受け取っときます」

 

 雪風の皮肉とも取れる言葉に、不知火はそう返して立ち上がった。やっと呼吸も落ち着き、走れるまで回復した。

 

「古庄教官のところに戻りましょう」

「はい!」

 

 雪風も続いて立ち上がり、2人は古庄の元へと駆け出した。

 

 

 

 

 

 僅か十数秒で2人は血の海の通路に戻ってきた。古庄は別れた時と同じ位置で、同じ姿勢のまま倒れていた。

 不知火はぶちまけられていた血や肉片が、脚部艤装に踏まれてベチャベチャと音を立ててへばりつくのも無視して、古庄の側に飛ぶように駆け寄り声をかけた。

 

「古庄教官!戻りました!」

 

 だが、反応が無い。

 雪風が古庄の口元に耳を近づけ、胸の動きを見て呼吸を確かめると、呼吸音も胸の動きも苦しそうに小さくなっていた。古庄は確実に衰弱しつつあった。

 

「呼吸が弱くなってます!」

「わかりました!」

 

 不知火は古庄から無線機を取り、急いで連絡を入れる。

 

「こちら不知火、至急メディックを!古庄教官が腹部に刺傷を負い重体です!」

『こちら弁天副長、了解しました。あと3分程で接舷します、場所を伝え願います』

「晴風艦首……主計室前!」

『了解』

「それから、神谷司令と宗谷艦長も怪我を負ったようです。現在地は不明ですが……」

『そちらは本人からの連絡で把握しています、貴女は古庄教官についてあげてください』

「了解」

 

 不知火は通信を終え、古庄に優しく話しかける。

 

「教官、もうすぐお医者さんが来ます、もう大丈夫ですよ」

 

 古庄は苦しげに弱々しい呼吸を繰り返していたが、それを聞かされてからは苦しさが紛れたようで、少しだけだが表情が和らいだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……走って近づいてくる足音が聞こえてきた。

 

「ほら、もう来ましたよ」

 

 不知火はホッと息を吐いて、足音のする方向を指さした。しかし、雪風は却って警戒心を強めていた。

 

「不知火お姉ちゃん!」

「何ですか?」

()()1()()()()()()()()()()

 

 指摘されて初めてハッと気づいた、足音がメディックじゃ無いなんて、気が抜けていて全く疑っていなかった。

 

 弁天はまだ接舷もしていない、ということは艦に残っている誰かだ。足音は上から、階段を駆け下りてくる。この上にあるのは艦橋、艦橋に残っているのは__。

 

「マズい……!」

 

 不知火は足音の主を止めようと、慌てて立ち上がり駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが既に遅く、足音の主__明乃がそこに現れてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「古庄教官!…………え……………」

 

 救急箱を持って、息を切らして駆け下りてきた明乃の目に飛び込んだのは、惨劇の跡だった。

 

 あまりのショックに瞳は揺れて、身体が硬直し救急箱が手から離れ床に落ちて、ガラガラと中身が散らばった。

 

 そこには、明乃を見て「しまった」と立ち尽くす不知火と、古庄の側にしゃがむ名も知らない__艤装を背負ってるからたぶん不知火の仲間の__少女。

 

 

 

 そして、腹部に破片のような物が突き刺さり、全身血塗れで倒れている古庄。

 

 

 

 明乃は両方の掌で頭を抱えるように押さえ、全身が痙攣したように制御も効かず震えだした。

 

「そんな……、いや……いやぁ…………」

 

 __こんなの嘘だ、嘘だよね、ウソ……、うそ…………。

 

 

 

 

 

 最後に、床には血の海が広がり、壁や天井にも夥しい量の血痕がべったりと塗られて、

 

 

 

 

 

 

 無惨に食い千切られた、少女の物と思われる四肢、肉片、内臓が__。

 

 

 

 

 

「いやあああああああああああ!!」

 

 

 

 

 発狂したかと思われる程の大きな悲鳴を上げて、明乃の身体が崩れ落ちる。

 

「岬艦長ー!!」

 

 不知火が叫んで駆け寄り身体を揺するが、明乃は身体を激しく痙攣させて、規則性の無い乱れた呼吸を繰り返していた。

 

「岬艦長!しっかり!岬艦長!!」

『艦長!?どうしたの!?』

 

 明乃の悲鳴を聞いて、上から芽依と志摩が駆け下りてくる。

 

「雪風!この人を頼みます!」

 

 此処に来られたら明乃と同じくパニックに陥るに違いない、と直感した不知火は明乃を雪風に任せ、2人を止めるために階段を駆け上がっていった。

 雪風が明乃に呼びかける。

 

「みさきさん!大丈夫ですから、落ち着いてください!みさきさん!」

 

 だが、明乃の痙攣は止まらず、余計に悪化し激しく痙攣し始めた。

 

『不知火ちゃん!?どしたの!?』

『戻ってください!』

『艦長に何かあったの!?』

『いいから戻ってください!!』

『いや!』

『何かあったんでしょ!ちょっとどいてよ!』

『行かせません!』

『……どいて!』

『っ駄目です!』

 

 不知火と芽依、志摩が上で言い争う声が聞こえる。

 

『今の悲鳴は!?』

『艦首の方からだ!急げ!』

 

 晴風に残っていた隊員達が、走ってくる足音が聞こえる。

 

 騒然とする中、雪風は痙攣し続ける明乃に必死に呼びかけ続けた。

 

「みさきさん!しっかりしてください!みさきさん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ブルーマーメイドと艦娘は、戦艦レ級flagshipとの戦いにかろうじて勝利した。

 

 

 

 だが、その代償は小さいものではなかった。

 

 

 




 ……ようやくレ級flagship戦終了です。
 戦いが長引き、また初めての白兵戦(肉弾戦?)で凄く苦労しました……。

 (派手なアクションを長い時間かけて書く)→(読み返して変だと思う)→(やっぱりシンプルにする)

 ……を何度も繰り返し、かなりの時間を浪費してしまいました。
 ひとまず長い戦闘回はこれで一旦おしまいです。次回からは、戦闘の後処理や調査等の様子を書いて行きたいと思います。



 最凶の敵、レ級flagshipとの戦いは終わった。
 だが、晴風は大きな損害を被り、明乃も倒れてしまい生徒達は大きなショックを受ける。
 一方、雪風と黒潮に再会できた陽炎と不知火だが、2人によってもたらされた謎に頭を悩ませる。
 そして、大人達は突然現れた雪風達や惨劇の跡の調査を始め、驚くべき事実に遭遇する。

次回もお楽しみに。

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