青い人魚と軍艦娘   作:下坂登

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 劇場版のBDを見てモチベーションが復活したので投稿です。

作者「3ヶ月以上も空いて申し訳ありません。仕事やプライベートで色々ありまして……、オデノカラダハボドボドダ!」
陽炎「いい言い訳だ、感動的だな、だが無意味だ(マジギレ)」
作者「ウワアァァァァァァ!!」

幸子「えー……、ジオウ見て電王見てゼロワン、セイバー、クウガ、ウィザード、ブレイド……、仮面ライダー漬けの生活だったみたいですね」
作者(フルボッコ)「……あのですね……、本当に色々あって、どうにも気分が落ち込んでて……」
真霜「嘘だッ!!」(竜宮レナっぽく)
作者「ひっ!?」
ましろ「姉さん!?」
真霜「私知ってるよ。興味本位で3Dモデリングに手を出したらどっぷりハマったってことも、ゲームでは戦艦少女の痛車を毎日乗り回してるってことも」
一同「ふーん……」作者ヲ睨ミツケル。
作者(冷や汗ダラダラ)
真冬「そんな暇があるんだったら、とっとと書きやがれー!!」
作者「はいぃ!!」
真冬「まずは根性注入だオラァ!!」
作者「勘弁してくださいー!!」

追記:2023/5/21、誤字修正を行いました。
アドミラル1907様、誤字報告ありがとうございます。

それでは本編へどうぞ。


31話 代償

 晴風へ全速力で向かう弁天の中にある食堂、普段は弁天の乗員でごった返している場所なのだが、現在は晴風から離艦してきた生徒達の収容場所となっていた。

 離艦の遅れた楓やマチコ、美海、気を失った麻侖と火傷を負った洋美、そして手当に当たる美波は医務室にいる。

 

 一部の生徒は未だに怪物の恐怖に怯え、一部の生徒はここにいない仲間が心配で気が気でなかった。

 

 そわそわと落ち着かない様子で席につくましろは後者だった。

 洋美の離艦報告を最後に弁天乗員からの連絡が無くなり、未だに芽依と志摩、古庄、不知火、そして明乃の離艦報告が来ていない。

 あの腕っぷしの強い姉が自ら乗り込んだのだから、必ず連れ戻って来てくれると信じている、信じているのだが__。

 

「しろちゃん、着替えてきたらどうですか?」

 

 顔を上げると、幸子がビニールに包まれた新品のジャージを差し出していた。

 ましろは赤羽のせいで海に落ちてびしょ濡れになってから、そのまま着替えずにいた。今も海水で濡れたセーラー服が肌に張り付いている。

 

「ああ……、すまない」

 

 ましろはジャージを受け取るが、席から立ち上がろうとはせず、再び視線を下へ落とした。

 明乃達のことが心配で、着替えなんかしてる気分じゃなかった。

 幸子もそれをわかっているのか咎めたりはせず、隣に座り話しかけてきた。

 

「心配……ですよね」

「あ……いや……」

 

 頷きかけた首を止めて、楽観的な言葉を出す。

 

「きっと艦長達なら大丈夫だろう、艦長は運がいいからな」

 

 __私まで悲観的なことを言ったら駄目だ、今この場で立場が1番上なのは私、私が希望を持たなくてどうする。

 

「そう……ですね……」

 

 だが、やはり幸子は心配そうに俯いていた。

 

 そこへ弁天副長の艦内放送が響いた。

 

 

 

 

 

『各員へ通達、目標、戦艦レ級flagshipの無力化に成功!繰り返す!目標の無力化に成功!』

 

 

 

 

 

「無力化……成功……?」

 

 秀子がポツリと言った。

 

「無力化って、倒したってことだよね?」

 

 まゆみがその場の皆に尋ねる、代表してましろが頷いた。

 

「ああ、そう捉えていいだろう」

 

 ……僅かの沈黙の後、ようやく長い恐怖やプレッシャーから解放されて、全員が安堵して思わず身体の力が抜け、ガタガタッと椅子や机にもたれかかる音が同時に鳴った。

 

「やっと……終わったんだ」

「よかった〜……」

 

 そんな安心した声が聞こえる中、艦内放送の続きが流れる。

 

『本艦はこれより晴風に接舷し、乗員及び隊員の救助に当たります。メディックは直ちに用意を、手の空いてる者もすぐ出れるように』

 

 それを聞いて、ましろはガタン!と椅子を蹴飛ばし立ち上がり、クラス全員に向けて言った。

 

「私達も行こう!」

 

 その言葉にクラスメイト全員が賛同の声を上げた。

 

「そうだね!」

「行こう!」

「艦長達を迎えに行かないと!」

「行きましょう!」

 

 晴風クルー達はバタバタと食堂を飛び出して行った。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 弁天の甲板に飛び出したましろ達の目に映ったのは、後部甲板の上に未だに炎上して煙を噴き上げる飛行船を乗せ、流れのままに漂う晴風だった。

 

「艦長達は無事なのか!?」

 

 ましろは手すりから身を乗り出した。

 甲板上には神谷や真冬と一緒に乗り込んだ隊員が何名かいるが、生徒や古庄、不知火達の姿は無かった。

 

「あれ誰かな?」

 

 ほまれが指差す方に目をやると、晴風へと向かう陽炎ともう1人、黒髪の少女の姿があった。

 

「誰だ?陽炎さんの仲間か?」

 

 その少女と陽炎は晴風の甲板に飛び上がり、隊員達と2、3言葉を交わすと艦内へと飛び込んでいった。

 

「貴方達!何してるの!」

 

 救助隊のリーダーである弁天の衛生長が、目を吊り上げて此方に怒鳴った。

 すると、鈴が前に出た。

 

「私達も行かせてください!」

「学生の出る幕じゃないわ!中に引っ込んでなさい!」

「そんな……」

 

 衛生長は取り付く島も与えずに、飛行甲板に集う救助隊の元へ戻っていく。

 その背中を目で追っていたましろは、救助隊の中に美波が混じっているのに気がついた。

 

「鏑木さん!」

「あ、ちょっと!」

 

 ましろは衛生長の制止を振り切り、美波に駆け寄った。

 

「副長」

「鏑木さんも行くのか?」

「かなりの重傷者がいるらしい」

「っ……そうか……」

 

 ましろはこの時不謹慎かもしれないが、それが姉や艦長達ではありませんように、と祈っていた。

 その時、衛生長がましろの後ろ襟を軽く引っ張った。

 

「貴女達は戻りなさい」

「……わかりました。鏑木さん、私達は行けないから、すまないが頼む」

「……了解した」

 

 ましろは大人しく頷いて美波にそう言ってから戻り、助けに行けずに不満そうな皆を、宥めなければならないことに気が重くなった。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 弁天は航海長の見事な操舵で晴風の左舷にピタリと横付けし、渡り板をかけた。

 

「A班は私と艦首へ、B班は艦尾の医務室へ向かって」

『了解!』

「消火作業に入る、放水開始!」

 

 衛生長率いる救助隊が晴風に移り、応急員が放水による飛行船の消火を始めた。

 ましろ達はその様子を、甲板から歯痒い思いで見ているしか無かった。

 

「岬さん達、無事かな……」

 

 鈴が呟いた時だった。晴風の甲板に芽依と志摩が、不知火によって艦内から強引に追い出されて現れた。2人は艦内に戻ろうと不知火を押し返すが、側にいた救助隊員に羽交い締めにされて引き離された。

 

「西崎さん!立石さん!不知火さん!」

 

 ましろが大きな声で呼ぶと、全員同時にこちらへ振り返った。

 芽依と志摩は隊員に引きずられて弁天へと移動を始めたが、不知火は何故か後ろめたそうに、そそくさと艦内に戻ってしまった。

 

「ねえー!貴方達!この子達引き取ってよ!」

「人をペットみたいに()ーな!」

 

 ガルルと唸る芽依と無言でジタバタする志摩を引きずってきた隊員が、2人をましろ達に向かって放った。志摩はすぐに踏みとどまったが、芽依は止まれずによろけて、

 

「あっ、ちょっ止まっ、れなっ」

「なんで私の方に来る!?__グハッ!!」

 

 ましろの胸へと飛び込み、そのまま一緒にバターン!と転倒した。ましろの方が下敷きとなって、大きなダメージを受けたのは言うまでもない。

 

「副長……ごめん……」

「だ……大丈夫だ……こんなの慣れてるから」

 

 申し訳なさそうに謝る芽依に、ましろはなんとも言えない自虐で誤魔化した。それを聞いた芽依は苦笑いせざるを得ず、あはは、と乾いた笑いを飛ばした。

 ましろと芽依が絡んでる間に、隊員は晴風へと戻ってしまった。

 

「それより、揉めてたみたいだがどうしたんだ?」

 

 そう質問すると、芽依は「こうしてる場合じゃない!」と、バッ!とましろを引っ張り飛び起きた。

 

「艦長がヤバイんだよ!」

「ちゃんと説明してくれ!何があった!?」

 

 芽依のただならぬ様子に、ましろも何か悪いことが起きたのだと察した。

 

「教官が重傷ってぬいぬいの無線を聞いてさ、艦長が救急箱持って1人で飛び出してったの!そしたら、聞いたことないレベルの艦長のデカイ悲鳴が聞こえて……」

「それで、艦長は無事なのか!?」

「わかんない……、私等もすぐ向かったんだけど、ぬいぬいに阻まれて……」

「じゃあ、何があったかも……」

「わかんない……」

 

 うつむく芽依、ましろは志摩ならどうかと目を向けるが、志摩もわからないようで首を横に振った。

 

 最悪の事態が、皆の頭をよぎる。

 

「まさか……、岬さんは……」

「ダメ」

 

 鈴の震える口から漏れる言葉を、志摩が断ち切った。

 

「言ったら、ダメ」

「う、うん……」

 

 言ってしまったら、その通りになるから駄目。鈴もそれはわかっている。__だけど、言わなくてもそうなってしまいそうな気がどうしてもする。

 その悪い考えを頭をブンブン振って追い出し、手を合わせて思いつく限りの神様に祈った。

 

 __神様、どうか岬さんに何事もありませんように__。

 

 

 

 

 

「担架が出てきたよ!」

 

 秀子が晴風から2人がかりで担架が運ばれてくるのを見て、教えてくれた。

 皆手すりに飛びつき目を凝らし、担架に乗せられた人が誰なのか確める。

 

「誰?」

「艦長なの!?」

「いや……違うっぽい」

 

 黒いボサボサな短髪に、黒い特注の制服。その特徴に合致するのは1人__真冬だけだ。

 

「姉さん!」

 

 ましろは絶叫して弾かれたように走り出し、ちょうど担架が晴風から弁天に渡り終えたところで会った。

 

「真冬姉さん!!」

「おお……、シロか……」

 

 担架に乗せられた真冬の口からは、普段の半分くらいの小さな声しか出なかった。

 痛みに顔を歪めて、口元に血の流れた大きな紅い跡を残している。そんな姉をましろは初めて見た。

 

「姉さん大丈夫なの!?」

「心配すんな……、ちょっと1発腹にもらっただけだ、寝てりゃあすぐ治__ゴホッ!」

 

 

 

 咳と一緒に吐き出された血の塊が、下顎や制服にビシャリ!と飛び散り紅く染めた。

 

 

 

「姉さん……姉さん!!」

 

 ましろは吐血を目の当たりにして気が動転し、さらに大きな絶叫を上げ真冬に触れようとするが、その手を隊員にパシッと払われた。「あっ」と小さな声を漏らすと同時に、身体が固まる。

 

「離れて!!」

「急いで運ぶよ!」

 

 そして真冬が医務室へと運ばれていくのを、伸ばした手もそのままの姿勢で茫然と見送るしかできなかった。

 

「……姉さん……」

 

 ……ショックで頭が回らない。

 さっき見た紅い光景が、残像のように視界に残り続ける。

 

「嘘だ……」

 

 殴り合いに巻き込まれても、艦での撃ち合いに参加しても、海賊との白兵戦に乗り込んでも、いつも傷1つ無くケロッとした様子で帰ってきた。

 そんな姉が、血を大量に吐いていたなんて。

 

「姉さん……、まさか、死んじゃったりしないよね……」

 

 その問いかけは誰にも聞こえることなく、虚空へと霧散した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「__艦長!」

「艦長!」

「岬さん!!」

 

 皆の叫び声で、ハッと我に返る。

 

 艦長が来たんだ、迎えに行かなきゃ。

 

 頭の中がグチャグチャのまま、皆の集まる方へゆっくりと歩き出す。

 だが、皆の声が悲鳴や、涙混じりに変わっていくにつれて、早歩きへと変わっていった。

 

 なんで?なんでそんな声を上げてるの?艦長は無事なんだよな?そうだよな?

 

「艦長しっかりしてよ!」

「落ち着いてっ!」

「再発したのかよ!どうすればいい!?」

「岬さん!!」

「おい衛生士!!」

「わかってる!!岬さん落ち着いて、ゆっくり呼吸しよう」

「艦長は大丈夫なんですか!?」

「艦長ぉぉぉ!!」

 

 秩序も何も無く飛び交う叫び声と悲鳴と怒号。

 

 何だ、何が起こってるんだ。

 

「通してくれ!」

 

 団子状態のクラスメイト達を掻き分け、騒ぎの中心へと突き進む。

 

 そして、ようやく人垣を抜けて見て、絶句した。

 

 

 

 

 

 甲板に降ろされた担架の上で、身体を激しく痙攣させる明乃の姿を。

 

 

 

 

 

 ……なんで、なんで艦長が。

 

「艦長、しっかりしてください!!艦長!!」

 

 ましろは側にしゃがみ、明乃の肩を掴んだ。そして必死に明乃を起こそうと涙混じりの声で叫んだ。

 

「戻ってきてよ!!岬さん!!」

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 桜井が自分を弁天まで送ってくれたスキッパーの運転士に、手を振って見送ってから振り返ると、弁天の副長が綺麗な敬礼で出迎えた。桜井もそれに応え敬礼する。

 

「お待ちしておりました」

「お疲れ様、早速だけど現場を見に行く。ああ、案内はいらないから」

 

 桜井は話す時間も惜しいとばかりに、それだけ伝えると早足で晴風へと向かった。

 

 消火作業が終わり崩れかけた黒焦げの骨組みになった飛行船を横目に、タラップを渡る。そのまま艦首の入口から艦内に入ろうとしたが、そこにはご丁寧に「KEEPOUT」と書かれた黄色いテープが貼られ、中からは薄くない血の匂いが漂っていた。

 もうすぐそこが現場だと理解した桜井は、ポケットからマスクと手袋を取り出し身に着ける。いくら慣れていても、何も着けずに血の海に入るのは衛生的に悪いし、何より証拠等の汚損にも繋がる。

 

 __……証拠って、私達警察でも無いんだけどねぇ……。今回ばかりは仕方ないかぁ……。

 

 そう声には出さずぼやいて、テープをくぐって中に入った。

 

 

 

 

 

 艦首の通路は大量の血で壁、床、天井を問わずペイントされていた。さらにあちこちに肉片が散らばり、レ級に無惨に食いちぎられた少女の四肢や内臓も転がっていた。

 

「ひどっ……」

 

 幾度も惨劇の現場を見てきた桜井だが、この惨状のあまりの酷さにそう声を漏らした。

 

 既に弁天の隊員が死体の片付けを始めていたが、そこには何故か、まるでずっと欲しかった玩具を手に入れた子供のように、妖しげに死体を眺める赤羽もいた。彼女は桜井に気づくと、振り向き手を挙げて声をかけた。

 

「よっ艦長、早かったね。司令に会わなかったの?」

「後回しにしちゃった」

「なーにが『しちゃった』だよ、旦那の一大事に駆けつけないって、冷たいと思わねーの?」

「う〜ん、私はむしろぉ、あの人が『心配かけてごめんなさい』って謝りにくるべきだと思うなぁ」

「うわぁ、鬼かアンタ。いや鬼婆か__」

 

 その言葉を言い切る前に、赤羽の後頭部に目にも止まらぬ手刀が炸裂し、赤羽の頭がゴキッと前に折れる。

 桜井はニコッと笑って一言。

 

「何か言ったぁ?」

「……いえ、何も」

 

 赤羽は顎を押し上げ、頭の位置をゴキッと戻す。

 なんでババァとかいうとキレるのかイマイチわからない、実年齢だってまだ十分若いだろうに。

 

「それよりぃ、何で貴女がここにいるの?手伝いに来たわけじゃ無さそうだけど」

 

 そう尋ねると、赤羽はニヤッと笑って、転がっている腕を小突く。

 

「そりゃ面白そうだからに決まってんじゃん?死人がいねーのに死体があるなんて」

 

 

 

 

 

 晴風に残された死体は誰なのか、戦闘終了後直ちに総員の安否確認が行われ、結果は桜井にも伝えられた。だが、その内容は__。

 

"全員生存を確認、途中で現れた陽炎の仲間2人も含む"

 

 誰も亡くなっていない。なら、晴風に残された死体は誰の物なのか。

 桜井はすぐに無線であちこちに聞きまわった。しかし、隊員に聞いても誰も知らず、陽炎に聞いても「私の仲間の死体じゃない」と一蹴され、わからずじまいだった。

 生徒にも聞こうかとも思ったが、死体を見てしまった明乃が卒倒したと聞いていたので、他の生徒も同じことになると容易に想像できた。

 幸いにも明乃以外は見ていないそうなので、トラウマになられても面倒だから死体のことは一切教えないことにした。

 

 聞いてわからないなら、直接確認するしかない。というわけで桜井自らやってきたのだ。無論、負傷した神谷や古庄の見舞いも兼ねてだが。

 

 

 

 

 

 桜井はグルッと現場を見回しただけで、事件のおおよそを把握し「ふむ」と頷いた。

 

「なんだ、もうわかっちまったの?」

 

 赤羽がつまらなそう、かつ残念そうにため息を吐くのを見て、桜井はいたずらっ子のように笑った。

 

「残念、推理ショーはお預けね〜」

「ちぇっ。じゃあ艦長、()()()()()()()()()()()()

 

 赤羽が探偵物の刑事のように答えを促す。しかし、桜井はその雰囲気には乗らず、淡々と解説を始めた。

 

「この死体……、いや、身体と表現するべきかな。これは不知火ちゃんの物でしょ、右脚にギプスがついてるから。

 損傷の仕方を見る限り、レ級の尻尾の顎でグチャグチャに噛み潰されたみたいだね。……一応確認だけど、不知火ちゃんは?」

「五体満足どころか、傷1つ無かったよ。なんなら確認すっか?」

 

 赤羽が通路の奥__主砲塔の向こうにある工作室__を指差す。だが桜井は「後で行く」と断った。

 

「四肢を喪失した人が治ることは現状あり得ない。まあそこは不知火ちゃんが怪物だからってことで説明できるけど、陽炎ちゃんは骨折で全治1週間程、それに比べて戦艦レ級が乗り込んでから倒されるまで30分もかかってない、その間に自然治癒したとは思えない」

「じゃあどうやって治した?」

「それは……、これのおかげかな?」

 

 床へ血に混じって溢れていた緑の液体を指ですくい、顔に近づけて観察する。

 

「見たことない薬品だけど……、これが不知火ちゃん用の、『すごいキズぐすり』なんじゃないかな?陽炎ちゃんも不知火ちゃんも持って無かったから、今回合流した仲間が持ってたんだろうね。どう?合ってる?」

「かーっ、何から何まで一緒かよ。つまんねー」

「このくらいわからなきゃ、特殊部隊の副司令なんか務まらないもの」

 

 桜井は舐めないでよ、と高圧的な視線を赤羽に向ける。そして「参りました」との降参宣言を受けると、満足そうにニコリと笑った。

 

「これ、分析するように言ったの?」

 

 そう言って、液体のついた指を赤羽に向けて見せる。すると赤羽は悪びれもせず、

 

「言ったよ、艦長の名前使って」

 

 と答えた。桜井は勝手に名前を使われて、不機嫌そうに眉をひそめた。

 

「何で私の名前使った?」

「いいじゃん、減るもんじゃねーし。でもかなり時間かかりそうだぜ、研究者が医者ばっかなせいで、治療が終わるまでは手をつけられないってさ」

「じゃあ、それまでに他の用事を済ませちゃおっかな」

 

 桜井はそう言って艦尾に向けて歩き出した。

 

「何処行くの?」

「まずはレ級の死に場所を見て、次にあの人のお見舞いして、陽炎ちゃん達に会う」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不知火がレ級を焼き殺した通路は隔壁によって閉鎖されていて、残念ながら死に顔を拝見することは叶わなかった。

 無論、物理的に開けることはできるのだが、中に有毒ガスや残ったガソリンが充満している可能性があり、開けた瞬間爆発もしくは猛毒で作業員死亡。なんてことにも繋がりかねないので、後で爆発物処理用の遠隔操作ロボットでも持ってきて開けるべきだと判断した。

 

 陽炎が最強と呼んだ戦艦レ級flagship、せめて原型を……いや動力機関や体組織の一部でも回収できれば、怪物の究明が大きく進む。

 そのために、中身まで炭になってませんように、と祈ってその場を後にした。

 

 

 

 

 

 医務室に向かった桜井だが、扉の前に立つ隊員に門前払いされた。中では弁天の衛生長と美波による腹部に重傷を負った古庄の手術が行われていて、副司令であろうと立入禁止だと。

 容態を尋ねると、正直まだわからない、手術が終わったら報告する。と言われた。

 他の負傷者は教室で手当されているらしいので、そちらへ向かう。

 

 

 

 

 

「お疲れ様〜」

 

 軽い挨拶と同時に扉を開く。

 

「おっ、艦長!」

「司令、フィアンセの到着ですぜ!」

 

 教室にいたのは床に敷かれた布団に寝かされた郷田と、それを手当する弁天の隊員達、それと。

 

「お姫様の到着だ、いいなー司令も郷田も、俺等も怪我してりゃ美人に介抱されてたのに」

「全くだぜ」

 

とほざく無傷の馬鹿野郎2人。

 

 だったら今すぐ●●(自主規制)潰してあげよっか?

 

 そして教室の1番奥には、身体は包帯ぐるぐる巻きで右腕を吊って、顔の左半分を馬鹿でかい湿布で覆われ、鼻の穴に脱脂綿を詰めた神谷が椅子に腰掛けていた。

 桜井が大丈夫?と声をかけようとした時、

 

「すまん」

 

 開口一番、神谷はそう言って頭を下げた。

 

「俺が出張っておきながらこの結果(ザマ)だ。古庄教官は重傷、宗谷艦長にも怪我をさせて、惨劇を防げずに岬艦長にも心に傷を負わせてしまった」

「……」

「本当に不甲斐な…………」

 

 言葉の途中で桜井が何かを堪えるように、肩を震わせているのに気づいた。

 

「……どうした?」

「……ごめん、その……。鼻声だから何言ってるのか全然頭に入ってこなくて……w」

「あ?」

 

 桜井は顔を背けて控えめに、可愛くクスクスと笑う。

 神谷は鼻血を止めるために脱脂綿を詰めていた。そのため息が通らず、ヘリウムガスを吸ったような変な声になってしまったのだ。

 よく見たら他の奴等も笑っていやがる。

 

「『オレガデバッテオキナガラコノザマダ』って……w、ちょっともう一回言ってもらっていい?録音するから〜」

「誰がいうか!」

 

 懐からスマホを取り出す桜井へ、神谷は脱脂綿を鼻から引き抜き吠えた。

 

「全く、しんみりした空気が何処かに吹っ飛んでったぞ……」

「そんな空気はとっとと空気清浄機に吸わせておけばいいの。……私が言うのもなんだけど、喜んでもいいくらいだと思うよ。誰も死ななかった、それだけで十二分すぎる成果じゃない?」

「……そうか」

「そうそ〜う!……あ、けど……ね」

 

 桜井は歩み寄り、神谷の顔を胸に埋めるように正面から抱きしめ、甘い女の声で囁く。

 

「謝るんだったら、私に『心配かけさせてごめんなさい』って、言って欲しかったなぁ」

 

 ……しかし、神谷からは嫌そうな声で拒絶された。

 

「……離れろ」

「え、嫌なの?」

「そうじゃない」

「他の人の目なんて気にしなくても……」

「違う!」

 

 そして力づくで突き放され、桜井は不満で唇をへの字に曲げた。

 

「もう!何よっ!」

「自分の姿をよく見ろ!」

 

 神谷は右手で鼻を押さえながら、左手でビシッと桜井の胸を指差した。だが、右手の隙間から鼻血がタラ〜っと漏れている。

 

「え……?」

 

 恐る恐る目を下へと向ける、目に入るのは小柄な身体にしては大きめな胸を覆う、ブルーマーメイドの真っ白い筈の上着。それは今、神谷の鼻血でできた真っ赤で大きな日の丸を付けていた。

 

「キャー!もう何やってんの!この制服卸したてなのに!いい歳してまだこのくらいで発情するわけ!?」

「人が鼻血出してるのに抱きついて来るからだ!今更そんなのに発情するわけ無いだろ!」

「あーっ!今サラッと私の身体が魅力的じゃ無いって言ったー!」

「そんなこと言ってない!」

「遠回しに言ったでしょ!」

 

 そしてギャーギャー始まる夫婦喧嘩、そこに立ち会ってしまった者は、揃って呆れながらこう思った。

 

 お前等爆発しろ__と。

 

 それをこっそり扉の隙間から赤羽が、面白いからと拡散目的で撮影していたのがバレて、無誘導チョーク噴進弾を喰らうのはまた別の話である。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 桜井が晴風に来た頃、陽炎達艦娘4名は工作室に集まっていた。

 扉には「無断立入禁止 用のある人はノックして」と貼り紙をしておいた、これからの話は不確定かつ突拍子も無いので、ブルーマーメイドには聞かれたくないからだ。

 

「さて、たった4人しかいないけど、陽炎型会議を始めるわ!」

 

 議長である陽炎が、『陽炎型会議in晴風』とデカデカと書かれたホワイトボードを叩く。

 参加者は陽炎、不知火、黒潮、そして雪風の4名、今確認できる艦娘全員だ。

 

「何がどーなってんのか、教えてくれるんやろな?」

 

 黒潮はそう言って頭の後ろに手を回し、壁際にある棚に寄りかかった。

 陽炎は頷いた。

 

「まずは現状の確認ね、今確認できる艦娘はここにいる4人だけ。他の艦娘や鎮守府、艦娘母艦とも連絡は取れない、艦隊ネットワークや軍事衛星にも接続できない。絵に描いたような遭難状況ね」

「確かに、それだけ聞くと最悪やな」

 

 不知火が差し出した端末を、黒潮と雪風が覗き込む。

 

 

 

・艦隊情報

 旗艦 陽炎型1番艦陽炎  中破

    陽炎型2番艦不知火 大破

    陽炎型3番艦黒潮

    陽炎型8番艦雪風  小破

 

 FLEET NETWORK:OFFLINE

 GPS:LOST

 現在位置:不明

 

 

 

「ホントですね……」

 

 雪風は陽炎の言葉と端末情報の差異が無いことを確かめ、文字の情報だけならお先真っ暗な状況に眉を曇らせた。

 仲間と連絡すら取れず、現在位置もわからず、4人中1人は戦闘不能、1人は重体、自分もレ級との戦いで強打した背中が未だに痛む。

 こんなボロボロ艦隊で支援も救助も受けられず、どうしろと言うのか。

 

 その思考を中断させるように、不知火が口を開く。

 

「不知火達が今までどうしていたか説明します。3日前、鎮守府から出撃し深海棲艦の群れと交戦していた時、突然謎の衝撃を受け、次の瞬間にはこの艦隊と深海棲艦の戦いの真っ只中にいました」

「雪風とおんなじ……ですね」

「成り行きでこの艦隊へと加勢し、敵旗艦である戦艦棲姫を撃破。その後駆逐棲姫との戦闘にも勝利しましたが、新たに現れた戦艦レ級flagshipとの戦いで死にかけていたところに、雪風が現れた。__ということです」

 

 不知火の話が終わると、黒潮が口を開いた。

 

「……だいたいの経緯はわかったわ。そんで何なんやこの艦隊は、大和型に高雄型に陽炎型、とっくの昔に沈んだ筈の艦ばかり。インディペンデンス級とイージス艦がいなかったら、ジパ○グみたいにタイムスリップしたかと思ってたところやで。いったい何処の所属のなんて艦隊や?」

「横須賀女子海洋学校の学生艦隊らしいです」

「は?」

 

 聞いたことない単語の登場で耳を疑う黒潮へ、不知火が学校のパンフレットを渡してきた。それをペラペラと流し読みすると、頭痛を感じて目頭を押さえた。

 

「……ウチ……疲れとるんやろな……アカンなあ……、陽炎と不知火が行方不明にのうたからって、情緒不安定になり過ぎやろ……。幻覚まで見えとるって……」

 

 どうやらこれを夢か幻覚だと思っているようだ。陽炎も最初は同じだったので、激しく同意する。しかし、いつまでも現実逃避されていては話が進まないので困る。

 陽炎は黒潮に気づかれないように、そ〜っと抜き足で正面に移動して両手を近づけ、

 

 

 

 両方のほっぺたを思いっきり引っ張った。

 

 

 

「ぎゃーーーーー!!ひゃにすんひぇん!!」

「ほーらこれでわかったでしょ、夢じゃないって」

「わーった!わーったからひゃやく離しぇ!」

「……なんかプニプニで触り心地よくて、離したく無くなっちゃった」

「オォイ……」

「黒潮って私よりほっぺ柔らかくない?何が違うのかしら……」

 

 陽炎が自分の頬も抓って比べていると、不知火が横から入ってきた。

 

「肉付ではないでしょうか」

「肉付?」

「黒潮は贅肉が__グハァッ!!」

 

 ドコォ!!と不知火の腹に黒潮の肘が突き刺さり、身体がくの字に曲がる。

 不知火はそのまま身体を折りたたむように倒れて床にうずくまった、時折ピクピクと痙攣している様子から、よっぽど先程の肘打ちが効いたようだ。

 

「不知火お姉ちゃーん!!」

「三流以下やな、貧相な身体しとるからって嫉妬か?もうちっとマシな冗談考えろや」

「……グッ……なら……冗談で済む威力にしてください……」

「こんなん砲弾に比べたら軽いもんやろ」

「こっちは病み上がりなんですよ……」

高速修復材使(バケツ)っといて何言っとんねん」

「陽炎、黒潮がいじめてきます。助けてください」

「はいはい、かわいそかわいそ。そろそろ本題に戻ろう」

「アンタが脱線させたんやろ」

 

 くだらないやり取りが終わり、不知火もダメージから復帰したところで、雪風が挙手した。

 

「はい!これが夢でも幻覚でも無いことはわかりました。……だとしたら、雪風達はどうなってしまったんでしょう……?ここは何処なんですか……?」

 

 縋るような声の質問に、暫し沈黙が流れた。陽炎も黒潮もその答えを持ち合わせていないのだ。

 しかし、すっと不知火が遠慮がちに手を挙げた。

 

「荒唐無稽な推測でよければ」

「言って」

 

 陽炎に促され不知火はコクリと頷く。その口から出たのは、まさに荒唐無稽で前代未聞な推測だった。

 

 

 

 

 

「我々は、平行世界に来てしまったのかもしれません」

 

 

 

 

 

 




作者「あまりにはいふり勢がシリアスで、書いてる自分のメンタルがゴリゴリ削られる……」
黒潮「こいつアホや」
雪風「それにしても平行世界ですか……。雪風達、帰れるんですか……?」
陽炎「まあ、メッチャ運のいい雪風がいるんだし、大丈夫でしょ!」
雪風「幸運値頼みですか!?」
黒潮「雪風様雪風様、ウチ等を元の世界へお帰しください」
雪風「雪風に祈っても何もできませんよ!?」

次回もお楽しみに。

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