陽炎「作者がつい先週初めて家の車に乗ったら、エンスト4回、ホイールスピン2回もやって怒られたらしいわ」
明乃「事故は起こさなかったけど、かなり気分が凹んでるって」
陽炎「ちゃんと運転できるようになって欲しいわね」
明乃「スポーツカーを運転したいって言ってるけど、心配だね」
陽炎「話を戻すけど、今回は晴風旅行の続きも書かれているわ」
明乃「晴風はどうだった?」
陽炎「面白い艦ね」
明乃「面白い?どういう意味?」
陽炎「それは読んでのお楽しみ」
※今回から多数の独自設定、解釈が更に多く含まれています。
それでは本編へどうぞ。
『艦長、北風より入電です』
「内容は?」
鶫の報告に明乃が質問を返す。何か動きがあったのだろうか。
しかし、肝心の内容はとんでもないものだった。
『……「馬鹿が1人お邪魔する、迷惑かけてすまない」……以上です』
何だそりゃ!とツッコミたくなった。
「馬鹿」だの「迷惑かけてすまない」だの、悪い予感しかしない。
「……要するに、1人晴風に来るってことかな」
『そうみたいです』
「どんな人なのかな……」
鈴が不安そうにつぶやく。
「まあ、そんなにおかしな人は来ないと思いますが……」
ましろも言葉を濁した。
その直後、甲高く激しいエンジン音が遠くから聞こえてきた。こちらに近づいてくる。
「これって、スキッパーの音?」
スキッパーの音に似ているが、晴風の物と比べると音が重厚で、非常に喧しい。まるで暴走族のバイクのようだ。
明乃は双眼鏡で北風の方を覗いた。
北風からスキッパーが向かって来る。闇に溶け込む漆黒の船体は、晴風のスキッパーとは全く違っていた。
鋭く尖った船首には機関銃2基、左右のウイングには魚雷発射装置が取り付けられていた。
コックピットは密閉型に変更され、各部に装甲が装着されていた。
その姿は、陽炎達の世界に存在する戦闘機のようだった。
……何故かリアに取り付けられているウイングのせいで、レーシングカーに見えなくもないが。
「あんなスキッパーあったっけ?」
幸子が情報を読み上げる。
「……『零式特殊戦闘艇』第4特殊部隊の武装スキッパーです。30mm機関砲2基、短魚雷発射管4、チャフや発煙装置も搭載されているそうです。エンジンも改造されていて、最高速度は300kmを超えるとのことです」
その性能はまさに戦闘機と呼べるものだった。
赤羽はスキッパーを晴風の左舷に接舷し、ワイヤーを引っ掛けて固定した。
晴風のダビットは損傷しており、使えないので仕方がない。
「……さて、と……」
スキッパーから顔を出した赤羽が、梯子を軽々と上り甲板へと上がると、明乃とましろが待ち構えていた。
__こいつが、武勲艦晴風の艦長か__
「初めまして、晴風艦長の岬明乃です」
「晴風副長の宗谷ましろです」
2人が敬礼しようとすると、赤羽はそれを止めさせた。
「敬礼なんていいよ。あたしは赤羽圭、第4特殊部隊スキッパー隊臨時隊長。……あー、気楽に『赤羽さん』とでも呼んで」
「了解しました。赤羽さん」
明乃がそう呼ぶと、赤羽は満足そうに笑った。
「オッケー。陽炎と不知火に会いたいんだけど」
「わかりました。案内します」
明乃とましろは、赤羽が何を聞き出すつもりなのか考えながら。赤羽は陽炎と不知火が、どんな人なのかを楽しみにして医務室へ向かった。
医務室の前に着くと、明乃がドアをノックした。
中から美波の返事が聞こえる。
『どうぞ』
ドアを開けて中に入った。だが、陽炎の姿が何故か見当たらない。
「あれ?陽炎ちゃんは?」
「さっき出ていった」
「え?」
「艦の中を見て回るらしい」
それを聞いて、後ろでましろが頭を抱え、明乃は苦笑いした。
「全く……勝手に艦の中を歩き回るなんて……、連れ戻して来ます」
「うん、よろしくね」
ましろは医務室を出て、陽炎を探しに行った。
「……岬艦長、その方は?」
不知火が鋭い視線を赤羽に向ける。
明乃は赤羽のことを紹介した。
「こちら、第4特殊部隊の赤羽圭さん」
「よろしく、不知火」
赤羽がそう声をかけるが、不知火は無表情のまま、質問を投げかける。
「何の用ですか?」
「可愛くないな、もっとリラックスして笑いなよ。綺麗な顔が勿体無いぞ」
「お世辞は結構です。何の用ですか」
さっさと本題に入ろうと冷たい態度を取る不知火に、赤羽は呆れて小さく舌打ちした。
「チェッ、あんたつまんないな。じゃあ、本題に入ろっか」
気怠そうな雰囲気から一転、赤羽の瞳がギラリと光った。
「あんた等、深海棲艦って奴等と、どういう関係?」
不知火がピクリと僅かに表情を変えた。
赤羽を警戒しているようだ。
「……どういう意味でしょうか?アバウトすぎて、お答えできません」
「なら1つ1つ聞く。まず、あんた等は深海棲艦に対抗するためにいんの?」
「はい」
「深海棲艦と同じ技術を使って。でしょ?」
「…………」
不知火が黙りこくる。
赤羽はそれをいいことに喋り続ける。
「戦いの様子を見させて貰ったけど、あんた等と深海棲艦には共通点が多いよね。移動する様子とか、攻撃方法とか、防御能力も。
小型銃に魚雷なんて、今どき何処も使わない。機関銃やライフル、ロケットランチャー、手榴弾とかだね。あんなのより余程扱いやすい。
それに、普通の人なら銃弾一発で貫かれて死ぬのに、あんたは何発か喰らってもピンピンしてる、身体が頑丈なのかなんなのか知らないけど。深海棲艦も銃弾を弾いたって聞いてるし、同じ防御力を持ってるって言えるんじゃない?」
不知火は、沈黙のまま。
それが肯定の意味だと、その場にいた全員にわかった。
赤羽はもう少し踏み込むのもアリかと思ったが、一線を越えるとマズいのでやめておくことにした。今は深海棲艦への対策を聞き出す時だ。
「そんでさ、同じ技術を使ってるあんた等には、深海棲艦の弱点とかがわかってんでしょ?それを教えてよ」
「……正直に言って、深海棲艦に弱点と呼べるものはありません」
「は?マジで言ってんの?」
「はい。マジです」
赤羽は疑わしそうに不知火を睨む。
「効果のデカイ攻撃方法とか無いわけ?」
「ありません」
「……じゃあ、古庄教官が聞いた通り、肉薄戦かひたすら砲弾を叩き込むしか無いか……」
赤羽は、「う〜ん」と腕を組んで唸っていた。
すると、不知火が尋ねた。
「深海棲艦と戦うつもりですか?」
「戦わなくてどーすんの?」
当たり前だろ?とばかりに返した。
だが、不知火は沈痛な面持ちで進言した。
「……言わせていただきますが、通常艦艇では深海棲艦には太刀打ちできません。内陸に撤退すべきです」
赤羽が突っかかる。
「……あたし等じゃ無理だっつーのかよ」
「例え侵攻を食い止められたとしても、多くの死者を出すことは確実です。持久戦になればいずれ、深海棲艦に押しつぶされます。撤退してください」
「ヤダね」
信じられないことに、不知火の必死な言葉を、赤羽は鼻で笑った。
これには不知火も動揺を隠せなかった。
「何故ですか?勝ち目の無いことは解っているでしょう」
「撤退だとか、馬鹿言ってんじゃねーよ。深海棲艦も死ぬんだから、勝ち目が無い訳じゃない。効率よく、被害を抑えて殺し回ればいいだけ」
「そんな机上の空論で……!」
「机上の空論も無い奴に言われたくないね」
赤羽は背を向けて医務室のドアを開いた。そして、こう言い捨てて出ていったた。
「人魚を舐めんなよ、この
不知火は怒りに燃えた目で、赤羽が見えなくなっても睨み続けていた。
「赤羽さん!」
明乃は医務室を飛び出し、赤羽を呼び止めた。
「どうして、あんな酷い言い方するんですか?」
「酷い言い方?」
「不知火ちゃん達は、命をかけて私達を助けてくれたんですよ!それなのに臆病者だなんて!」
明乃は許せなかった、人を救う為に戦った人を侮辱することが。
赤羽が明乃を睨みつけた、凍りつくような冷たい瞳だった。
その圧力に、思わず後ずさりしそうになる。
「……あいつもあんたも、現状わかってる?」
「……現状……?」
「わかってねーのか」
赤羽がため息をついた。
「教えてやるよ、あたし等もあんた等も逃げられない。深海棲艦とやらとぶつかるしかねーのよ」
「……どうしてですか?」
赤羽が再び大きなため息をついた。
「そのくらい想像できねーの?あの化物は初遭遇とは言え、インディペンデンス級4隻をボコボコにする死神の集まりだ。今はあんた等の働きで動きを止めてっけど、あたし等が逃げ出したらどうなると思う?
間違い無く奴等は日本に襲い掛かってくる。そしたらもう地獄だよ。
フロート艦の間を縫って駆け回って、見境なくぶっ殺しに来る。フロート艦は次々に沈んで、その上にある建物や人は間違いなく海の底。内陸に逃げようにも全国民を受け入れる土地は無い、武蔵の時以上のパニックと被害になるよ。だから、撤退という選択肢は無い、深海棲艦を殲滅しなきゃならないんだよ」
明乃は赤羽の主張に納得した。それは疑いようの無い事実だった。
「あー、でも言い過ぎたかな。ちょっとムカついて毒吐いちまった、後で謝んねーとなあ……」
赤羽はコロッと気怠い雰囲気に変わり、嫌そうに愚痴った。
◇
陽炎は聡子達の案内で様々な場所を回った。
購買は品数も多く、娯楽用品まで置いてあるのには驚いた。ドイツ語の本や水鉄砲など、首を傾げたくなるものもあったが。
その中でも一番目を引いたのは、応急委員オリジナルだという晴風の模型が販売されていたことだ。「こだわりの金属製モデル!」と書いてあり、付属パーツを取り付けることで晴風のありとあらゆる姿を再現可能らしい。しかし、お値段は高く高校生には手が出せそうにない。実際まだ1つも売れて無いそうだ。
「マッチの写真買い取ります」と謎の張り紙がしてあり、店番の美海に尋ねようとしたら、まゆみに口を塞がれて「聞いちゃいけない」と言われた、触れてはいけないのはわかったが、どういうものなのか気になって仕方が無い。
お菓子でも買おうかと思ったが、お金を持ってきていないことに今更気づいた。出撃だからと自分の部屋に置いてきてしまったのだ。
一文無しという現実を前に絶望していたが、「お金無くても買えるわよ?」と聞いてびっくりした。陸に戻ってからまとめて精算するので、現金が無くても買えるそうだ。……買い過ぎてとんでもない請求額が来た人もいるらしいが。
結局、陸に帰っても陽炎には支払い能力がないので、美海や聡子達からの奢りでお菓子をいくつか貰った。頭が上がらない。お金ができたら返そうか。
教室は一般的な高校とあまり変わらなかった、違うとしたら机が固定されていることくらいだろうか。
丁度マチコが一番後ろの席で眠りについていて、「あの子がマッチだよ」と教えられたので、購買の張り紙の意味がわかった。凄いイケメンだこの娘、惚れて当然だと思った。
学校の教科書を見せてもらったが、ハッキリ言ってちんぷんかんぷんだった。πとか連立方程式なんて記憶にすらない、電気だの熱伝導だのもさっぱり解らない、英語なんて金剛さんに任せればいい、ドイツ語ならレーベかマックスに任せればいい。というか、なんでドイツ語の教科書があるんだ、時間割にも無いのに。
艦の仕組みや操舵、戦闘等のマニュアルはなんとなく解った。艦の構造は頭に入っていたし、掛け声等は陽炎達とあまり変わっていなかった。
だが、ここで貴重な?情報を得ることができた、世界史と日本史の教科書だ。
陽炎の知らない歴史が並んでいた。
第一次世界大戦は欧州諸国の外交戦略により回避され、第二次世界大戦も起こるかと思われたが結局回避された。
その結果、国の名前すら変わっているところがある。例えば日本に近い半島などだ。
もう陽炎の理解を超えた世界だった。
ふと、飛行機に関する記述が無いことに気づいて、「飛行機は載ってないの?」と聞いたらきょとんとした顔で、「飛行機?なにそれ?」と言われた。飛行機を知らないのだろうか。
そう言えば艦隊には1隻も空母がいないし、水上偵察機すら積まれていない、何故だろう。あと、対空番長の摩耶もハリネズミの筈の武蔵も機銃がほとんど無い、空襲されたらすぐ沈んでしまいそうなのだが、大丈夫なのだろうか。
自分でも気づかないほど熱心に読んでいたらしく、秀子が「歴史好きなの?教科書貸してあげよっか?」と言ってくれた。ありがたい、不知火に見せてやろう。
聡子の持ち場である海図室に行くと、でっぷりとした猫が堂々と居座っていた。名前は五十六とのこと、何十年も前の教官にちなんで名付けられたとか。海軍大将の名前と同じなんて、偉そうな猫だ。ちなみに役職(明乃任命)は大提督、提督の上とは恐れ入った。
「モフモフしてて気持ちいいぞな」と聞かされて、抱っこしようとしたら逃げられた。可愛くない。しかも鳴き方も「な〜」「ぬやっ」と、もはや猫とは思えない鳴き方で余計に可愛くない。猫と言うよりオッサンだ、多摩さんの方が猫っぽいし可愛い。
そして現在、陽炎は食堂で生徒達に囲まれていた。
「陽炎さんてアンドロイドじゃなかったんですね。残念ですー」
「誰がアンドロイドよ」
本気でそんなことを考えていた幸子に対し、陽炎はイラッとした声で文句を言った。
幸子はいきなり食堂に入ってきたかと思えば、陽炎の身体を構わずベタベタと触り、大きなため息をついたのだ。
あんた私の胸のサイズにため息ついたわけ?とぶん殴りそうになったが、その直前に「機械の体じゃないんですか……」と呟いた。
そうか、この人が納沙って想像力豊かな人か。
「いくら力が強いからってアンドロイドは酷くない?」
「アニメや漫画で凄い活躍をする女の子はアンドロイドと決まっています!」
「創作の見過ぎよ、そんなのいるわけないじゃない」
2人のやり取りを見て周囲の皆がクスクスと笑う。
陽炎はそいつらに言った。
「貴女達も、この人どうにかしてよ」
「これが納沙さんだから」
「諦めて」
理都子と果代子がそう切り捨てる。
「でも、私も陽炎さんの正体気になるな」
「私も気になる」
双子のほまれ・あかね姉妹が皆にお茶を配り回る。陽炎は「ありがと」と言って受け取った。
「正体も何も無いわよ」
「でも、海の上に立ったりとか普通はできないと思うよ?」
「あれは艤装のおかげ、艤装が無かったら何もできないの」
「ということは、私達も艤装を着ければ陽炎さんのように戦えるのでしょうか?」
楓の発言で生徒達がハッと気づいた。
そうだ、あれを使えばいいんじゃん。
芽衣や媛萌といった、艤装を使ってみたい&仕組みを見てみたい一部の生徒が、ダッシュで艤装を取りに行こうとする。だが、陽炎が止めた。
「あれは私達以外は使えないのよ。その艤装と適合した人じゃないと起動できないって聞いたわ」
それを聞いて芽衣と志摩がガックリと肩を落とす。
そんなに艤装で撃ちたかったのか、重度のトリガーハッピーだな。
「なんだ、私等じゃ使えないのか」
芽衣の言葉に頷く。
「そうね。それに艤装も結構ボロボロに壊れちゃってるし、私達でも海に立つのがやっとかしら。けど……」
お茶を啜りながら艤装の状態を思い出す。
武装はほぼ使用不能、主砲1基が木っ端微塵になり、もう1つは両手持ちのため左腕が折れた状態では使えない。魚雷を全て撃ち尽くしたため魚雷発射管はただの飾りになった。機銃もひしゃげて使えない。
機関は無理をしたせいであちこちが焼け付き、出せて20ノット、戦艦よりも遅くなってしまった。
戦うのは無理だ。だが、大切な艤装であることには変わりない。
「艤装には絶対触れないで、素人に弄られたらどうなるかわからないから」
陽炎は念には念を入れ釘を差した。それが皆に届いたかは定かではないが。
「でもさ、いざっていう時のために撃て……使えるようにしないとヤバくない?」
芽衣が本音を押し殺してそう言った。
どうやらさっきの言葉は、あまり届いていなかったようだ。
「ほら、まだ敵さんいる訳だし、ブルーマーメイドとホワイトドルフィンの人達が来てくれたからって、安心できないでしょ?ぶっちゃけ私等じゃ戦え無いし、陽炎ちゃん頼りなんだよね。だから……ね?」
芽衣の言うことは表向き正論だ。撃ちたい、撃ってるところを見たいという本音がチラチラ見えるが。
深海棲艦とまともに戦り合えるのは艦娘だけ、そしてここにいる艦娘は陽炎と不知火だけ。不知火が航行不能である以上、戦力は陽炎1人だ。陽炎の艤装を可能な限り復旧させて戦闘に備えるべきだろうとは思われる。
「うぃ、お願い」
志摩も相槌を打った。
「そうねぇ……」
だが、それはあくまで戦闘があればの話だ。今現在深海棲艦の動きは沈静化しており、攻めてくる様子は無い。それにブルーマーメイドもかなりの痛手を負っており、積極的に攻撃しようとは思わないだろう。
しばらくは小競り合いが続くのだろうと、陽炎は予測していた。小競り合い程度なら機銃やミサイル等の通常兵器でもそれなりの効果はあるから、艦娘の出番は無い。
もしかしたら、時間が経てば他の艦娘と合流できるかもしれないし。
最後の1つは陽炎の淡い期待であった。
「ここにいたのか」
背後から呆れた声が聞こえた。振り返ると、ましろが立っていた。
「あら、副長さんじゃない」
「怪我人のくせに何してるんだ、安静にしてないと駄目だろう」
「動かないと身体が錆びついて、動けなくなっちゃうわ」
陽炎のジョークを聞いて周りがクスクス笑う。
「全く、元気そうだな」
「身体が丈夫なのが取り柄だからね」
「それはよかったな。けど、貴女達に話を聞きたいって人が来てるから戻ってくれ」
「えー、どうせ不知火1人で十分でしょ?だから私はここでのんびりしてるわ〜」
陽炎はそう言って机にぐだぁ〜と伏せた。
「駄目だ、早く戻れ」
「面倒だもん〜」
ましろの言葉に耳を貸さず机に伏せたままの陽炎に、ましろはイラッときて言った。
「力尽くで連れて行くぞ」
「ご自由に〜」
「いいんだな」
ましろは自分の体力にはそこそこ自信があった。体育のテストでは不運に襲われない限り常に上位、流石にマチコや志摩には劣るが十分な体力を身に着けていた。
背後から腕を回し陽炎を抱えて、持ち上げようとした。だが、ビクともしなかった。
「ふんっ!……お、重……っ!?」
もう一度やってみる。しかし全く動かない、まるで岩のようだ。
「あら、力無いのね」
陽炎が平気そうにからかった。
「これでも平均以上はあるんだ!……っ!」
ましろはもっと力を込めて引っ張るが、本当にビクともしない。
「副長大変そうだね」
「そうだね、……ん?……」
「かよちゃんどうしたの?」
他の皆は陽炎とましろの様子を微笑ましく見ていたが、何かに気づいた果代子がすっと机の下に潜った。
机の下では、陽炎が両足で机の脚をがっしりとホールドして、踏ん張っていた。
「凄い、上では力んでる様子を微塵も見せずに持ちこたえている」
「なんという力……!」
「副長、何遊んでんの?」
赤羽がやってきて呆れた声を出した。あの後もしばらく医務室の前で待っていたが来ないので、探しに来たのだ。
「遊んでなんかいません。連れ戻そうとしてたんです」
「そう?あ、用は済んだからもういいわ」
「え?」
「陽炎、これ渡しとくね」
赤羽はいつものようにタブレット端末を放り投げた。陽炎は背後から飛んでくる端末を取ろうと手を伸ばす。だが、不運が起こった。
陽炎が突然身体を起こしたために、ましろがバランスを崩しよろけて射線上に乗ってしまった。
端末がましろの額にヒットし、パコーンといい音が響いた、
「ぎゃっ!?」
端末は真上に跳ね上がり、天井ギリギリでUターンした。陽炎は身体を後ろに倒しキャッチしようと試みる。
「もうちょっ……取った!……って……うわあっ!」
キャッチには成功したが後ろに体重をかけ過ぎたために、そのまま後ろに椅子ごと倒れてしまった。そして、端末の直撃を受けてフラフラしていたましろも巻き込まれた。
バタァン!
仰向けに倒れたましろをクッションにしたので、陽炎に大したダメージは無かった。……ましろにその分のダメージが加算されたのは言うまでもない。
陽炎がひっくり返ったまま赤羽に文句を言う。
「ちょっと!ちゃんと投げてよね!」
「悪ぃ、ミスっちゃった」
「全くもう!」
プンプン怒りながら手をついて身体を起こした。
ムニュッ
「あっ……」
柔らかい感触、間違い無い胸だ。
誤ってましろの胸に手をついてしまった。
暫し、重い沈黙が流れた。
そして、陽炎が口を開く。
「……副長……結構あるんだ……」
「いいからどけ!!」
怒鳴り声と同時に、陽炎は投げ飛ばされて再びひっくり返った。
「うう……最悪だ、ついてない……」
「自分の不幸を呪ってばかりだと、一生幸せになれないわよ」
「大きなお世話だ!」
いつものように不幸を嘆くましろを見て、陽炎は山城の「不幸だわ……」みたいだと思い苦笑いした。
転がっていた端末を拾い上げて、赤羽に尋ねる。
「この中は何?」
「此方の装備戦力、今まで現れた全種類の敵のデータ、ありとあらゆるもの」
「そんなのをどうしろっていうの?」
「
「はあっ!?」
思わず叫んだのは陽炎だけでは無かった、その場にいた生徒全員も叫んでいた。
「ちょっと待って!深海棲艦と戦う気なの!?」
「戦うんじゃない、殲滅だよ」
「何言ってんのよ!通常兵器で勝てるわけないじゃない!考え直しなさいよ!」
「悪ぃけど、これは決定事項だから。何人死のうとも、艦が沈むとしても、ウチの部隊は戦る。だ・か・ら、少しでも死人を減らしたかったら協力しろ、不知火にも話してあるから2人で知恵絞って考えろ。以上」
赤羽はただ淡々と用件を伝え、その場を去った。
「ちょっと待ちなさいよ!」
陽炎は後を追いかけて食堂を飛び出したが、既に赤羽の姿は見えなくなっていた。
「ああもう!ごめん私戻るね!」
陽炎は案内してくれた聡子達に謝ると医務室へと走った。
早くこのことを不知火と相談しなければ。
取り残された生徒達は互いに顔を見合わせ、戦いがどうなるか心配し始めた。
◇
『__おい、やってくれたな』
「人聞き悪いこと言うなよー、手っ取り早くあの2人から聞き出すにはこうするのが一番だったんだって。つーかなんで盗聴なんかしてんの?あたしのプライベートでも知りたいの?」
スキッパーに乗り込んで早々、神谷から呆れた声が来た。
薄々気づいてはいたが、無線機のスイッチを勝手に遠隔操作して聞いていたらしい。過保護な親じゃないんだから、と思う。
『馬鹿やらかさないか心配だったんだよ、そしたら案の定生徒の前で全部ぶちまけやがって』
「いーじゃんいーじゃん、どーせ知ることになるんなら早く知っといた方がいいよ。それに“あの”晴風クラスなんだから、こんくらいじゃパニクったりしないでしょ」
『ちっ……、お前のその楽天的思考はどこから来るんだ?』
「頭からに決まってんでしょ」
『その楽天思考も終わりにしておけ。他の部隊の戦況がわかった』
神谷がひと呼吸開けて、悔しそうな声で伝えた。
『なす術なくやられて壊滅状態だ。想像以上に辛い戦いになるぞ、すぐ戻って準備を始めろ』
幸子「陽炎さんも普通の女の子みたいでしたね。どうしてあんな戦いができるのか気になります。そこで、お二人の強さの秘密を裏航海日誌で特集するのです」
陽炎「駄目よ」
不知火「検閲です。私達に都合の悪い情報は全て消します」
幸子「ほう……出来るん言うなら、やってみいや!」
不知火「言いましたね」ニコォッ
幸子「え……?」
不知火「一発やれば全部消えますよ?」ガシャッ
幸子「えっ、ちょっ、それはシャレになりませんから〜!」
陽炎「ご愁傷さま」
次回もお楽しみに