遊戯王ARC-V -Alternative-   作:ダーク・キメラ

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リレー小説第3話

今回は会話パートをカイナさん
デュエルパートをノウレッジさんに執筆していただきました。


ARC3 奪われたペンデュラム!?使い手はあの沢渡さん!

「――で、奪い取ればいいの? そのペンデュラムカードってやつを」

 

タン、と金属製の何かが突き刺さる音が、敢えて弱い照明により薄暗く演出された一室に響く。ダーツの的が並んでライトアップされたのが目立つそこで何か不穏な会話が行われていた。

 

[そうだ。手段は問わない]

 

デュエルディスクの通話機能で会話しているのはどうやら青年らしい声をしており、その話を聞きながらカウンター席に座る少年はカウンターに置いたダーツを手に取るとこともなげに正面へと投げる。再びタン、という音が響いた。

 

[手に入れて我々に渡してくれれば、君の望むレアカードと交換しよう]

 

「ふ~ん……了解」

 

その言葉を聞いた少年は黙っていれば女性を魅了するであろう端正な顔をニヤリと歪ませて笑い、もう一度ダーツを投げる。

タン、と音を立ててダーツが刺さったのは一枚の新聞記事。つい昨日行われたストロング石島とのエキシビジョンマッチに勝利した遊矢が大きく映された写真の、まるで遊矢の顔を正面から額、鼻、口のど真ん中を貫くようにダーツは刺さっていた。

 

 

 

 

 

「まったくぅ。ペンデュラム召喚を完璧に出来るようにって徹夜で特訓して、居眠りして夢にまで出てくるなんて……」

 

「ま、まあ……柚子が突っ込んでくれたおかげでちゃんとウケたわけだし……」

 

キーンコーンカーンコーンと放課後を示すチャイムが鳴る。ここは舞網第二中学校、遊矢と柚子の通う学校だ。

放課後になり帰路につく遊矢を呆れた様子で隣を歩く柚子が叱り、その言葉に遊矢が苦笑しながら誤魔化そうと試みる。

昨日のペンデュラム召喚の実演でなんとか取り繕ったのはいいが遊勝塾の宣伝としてはほとんど大失敗の結果を鑑みた遊矢は親友である権現坂に頼み込んで徹夜で特訓、ペンデュラム召喚を完全にものにした……のはいいのだが、徹夜の特訓が祟ったのか授業中に居眠りした挙句寝ぼけてペンデュラム召喚の口上を授業中に唱えてポーズまで取ってしまい、先生に思いっきり叱られてしまっていた。まあ正確に言うなら叱ったというかハリセンでツッコミを入れたのは柚子なわけだが。

 

「そういう事じゃなくて――」

 

しかし真面目な柚子は誤魔化される事なく、むしろ睨む力が強まっている辺り火に油を注いでいる。遊矢も「こりゃしばらく説教は止まんないな」と苦笑交じりに諦めの念を心に宿した。

 

「「「遊矢兄ちゃーん!」」」

 

「「ん?」」

 

だがそれを遮って遊矢を呼ぶ声が聞こえた二人は校門に目を向ける。そこには遊勝塾の生徒であるアユとフトシ、そして正式に入塾したタツヤの姿があった。

 

「よお、皆。どうしたんだ?」

 

「あのね、このお兄ちゃんが遊矢お兄ちゃんに会いたいから紹介してくれないかって」

 

「このお兄ちゃん?」

 

遊矢の言葉にアユがそう言い、柚子がアユの指差す方を見る。

 

「初めまして」

 

そこには前髪が跳ねたような濃い金髪で後ろ髪がやや茶色がかった金髪をこちらは寝癖一つない整った髪型をした、端正な顔の遊矢と同い年の少年が人当たりのいい笑みを浮かべて人懐っこい明るい声で挨拶をしていた。

 

「君が榊遊矢君かい? 僕は一組の沢渡(さわたり)シンゴ。よろしくね」

 

挨拶しながらフレンドリーに握手してくる少年――沢渡シンゴ。突然のそれにあっけにとられた様子の遊矢は「あ、ああ……」としか返せていなかった。

 

「テレビで見させてもらったよ、ストロング石島とのデュエル」

 

シンゴは元来そうなのかペラペラと、ストロング石島とのデュエルをテレビで見たこと、素晴らしい大逆転は正にエンターテインメント、特にペンデュラム召喚はサイコーだったと遊矢にマシンガントークで話す。

 

「ペンデュラムカードだっけ? ああいうレアなカードは特別な人間が選ばれて使えるようになるんだろうね」

 

そんな美辞麗句を受け、満更でもないのか遊矢がうへへとしまりのない顔を見せた。

 

「沢渡君、だっけ? 遊矢をあまりおだてないで」

 

その遊矢の様子を見た柚子が調子に乗るからあまりおだてないでとシンゴに注意した。

 

「いやいや、本当にそう思っているだけさ」

 

それに対しシンゴは本心から言っているだけだと返答、柚子に視線を向ける。

 

「それに、君のような可愛い子が一緒にいるなんて。榊君が羨ましいね」

 

「ま、まあ。可愛いだなんて……」

 

まるで呼吸でもするように柚子をタラシ込むシンゴ。やはり褒められて悪い気はしないのか、柚子もぽっと頬を赤く染めた。それによって柚子からの敵意が消えたのを見計らったシンゴは再び遊矢の方を向く。

 

「ねえ、榊君。よければ僕にもペンデュラム召喚を見せてもらえないかな?」

 

「え? ああ、もちろんいいよ! じゃあ一緒に遊勝塾に――」

「いや、ペンデュラム召喚ならもっと相応しいステージを準備しているよ。五時からLDSのセンターコートを抑えているんだ。もちろん貸し切りだよ」

 

「えぇ!? あのLDSのセンターコートを……」

「貸し切ったぁ!?」

 

シンゴのお願いを褒められて上機嫌になっている遊矢は快く受け入れ、遊勝塾に誘おうとする。しかしシンゴはLDSのセンターコートを貸し切っているからそこを使おうと答え、その言葉に遊矢と柚子が声をひっくり返して仰天する。

するとシンゴは自分の制服の襟につけているバッジを見せる。それは「LDS」という文字をそのまま使ったようなシンプルなバッジである。

 

「僕はLDSでも優秀な生徒だからね。それに父親も次期市長と期待されているんだ。少し頼んだら快く貸してくれたよ」

 

シンゴのその言葉にアユ達が「すごーい!」と盛り上がる。LDSは舞網市どころかデュエル業界でも最大手のデュエル塾。その設備も最先端のものを使用しており、遊勝塾とははっきり言って比べ物にならない程のものだろう。

 

「そこまでしてもらったなら無下にも出来ないな。いいだろ、柚子?」

 

「そ、そうね……うん。遊勝塾の代表として、ライバル塾の視察ってことで。お邪魔させてもらうわ」

 

遊矢が柚子に確認を取ると柚子も自分なりに折り合いというか正当な理由を付けてライバル塾に足を踏み入れる事を許可する。

 

「ありがとう。じゃあついてきてよ」

 

シンゴは自分のお願いを快く受け入れてくれたことに笑顔でお礼を言うと踵を返して歩き始め、遊矢達もその後について歩き出す。

 

(……全て計算通り)

 

自分の後ろをわいわいと喋りながら歩く遊矢達の気配を感じながら、シンゴは彼らに見られないよう背を向けたままニヤリと笑みを浮かべてみせた。

 

 

 

 

 

「ようこそ、LDSへ」

 

シンゴがそう言い、自動ドアが開くとアユ達が目を輝かせる。そこに広がるのは広大な広間――ここだけでも遊勝塾のデュエルスペースより広いがこれは生徒達の談話やデッキ構築に使ういわば自由室でありデュエルスペースはまた別の場所である。

ここで説明しておこう。LDSとはレオ・デュエル・スクールの略称であり通称。舞網市に本拠地を置くレオ・コーポレーション直営のデュエル塾で、業界最大手の名に恥じず最高の設備、最高の講師、最高のカリキュラムをモットーにした、デュエル業界でも多数のエリートデュエリストを輩出した正にエリート養成塾である。

なおアユがその内容を「遊勝塾にないものが全て揃ってるのね!」と表現、それを聞いた柚子が「どうせうちはボロですよ」と拗ね、フトシが「安いところだけがいいところ」とフォローにならないフォローを行っていた。

 

「でも、ないものがあるってのは本当だよなぁ」

 

遊矢が壁に貼られたポスターを見ながらそう呟く。遊勝塾で教えているのはデュエルにおいて基本中の基本になる部分とアドバンス召喚のみ。それに対してLDSはその基本を抑える部分を全ての塾生が学んだ後、そのアドバンス召喚のみならず儀式召喚やさらに深いプレイングを学ぶ総合コースと最近発展し始めたエクストラデッキを利用した召喚法である融合召喚、シンクロ召喚、エクシーズ召喚に特化したコースを生徒が選ぶことが出来るのだ。

 

「ん?」

 

ポスターに書かれたカリキュラムを読み上げている遊矢に、彼の後ろを歩いていた少年が何かに反応したように立ち止まって振り返る。しかし遊矢がその視線に気づく頃には既にその少年は再び歩き出していた。

 

「遊矢! 何してるの?」

 

「センターコートはあっちだよ」

 

「あ、ああ。ごめんごめん!」

 

柚子が呼び、シンゴが行先を指差して行くように促す。友達を待たせたことに遊矢は謝りながら彼らの元に駆け寄った。

それから遊矢達はセンターコートへとやってくる。その広さは既に一つのスタジアムと言ってもよく、恐らく本来は多数のデュエリストが同時にデュエルする事を想定しているのだろう。それを貸し切ったというところからもシンゴの影響力がうかがい知れそうだ。

 

「やあ、沢渡さん。待ってましたよ」

 

するとそのセンターコートで待っていたらしい三人の男子が歩き寄る。

 

「あの子達も君のファンなんだ。彼らに君のペンデュラムカードを見せてもらえないかい?」

 

「え? でも……」

 

シンゴの言葉に遊矢は怯む。カードは自分の大切な相棒、それを軽々しく見せるなんて出来ない。

 

「少し見せるだけだからさ?」

 

しかしそう返そうとする前に少しだけと言われ、前もってファンだと言われると弱いのか遊矢は二枚のペンデュラムカード――[星読みの魔術師]と[時読みの魔術師]をデッキから取り出す。と、シンゴはやや乱暴にその二枚のカードを奪い取って三人の男子の方へと持っていった。

 

「すげー! これがペンデュラム召喚に使うカードかー!」

「俺も欲しー!」

 

未知のカードを見た男子が喜び、それをシンゴが「ダメダメ」と制して二枚のカードを自分に手に取り返す。

 

「これは君達のカードじゃない」

「ちぇー」

 

その言葉に三人の男子がぶすくれ、シンゴはニヤリと笑う。

 

「だってこれは――」

 

彼はそう言いながら遊矢達の方に振り返る。

 

「――俺のコレクションになるんだから」

 

その彼の言葉は、先ほどまでの人懐っこさなどどこにもない。むしろ相手を威圧するようなものへと変化していた。しかもそれだけではない。

 

「え!?」

「ちょっと、どういうこと!?」

 

「俺さぁ、レアで強いカードが好きでさ。弱いカード入れるの、嫌なんだよねぇ。だから、こいつは貰ってやるって言ってんだよ」

 

ペンデュラムカードを自分のコレクションにする。というシンゴの言葉に遊矢が驚き、柚子が怒鳴る。それに対しシンゴは悪びれる様子もなく、むしろ威圧するように笑いながら高圧的な様子でそう答えた。

 

「そのために私達を呼び出したの!?」

 

「だけじゃないよ? だって手に入れたら使ってみたいじゃん」

 

柚子の怒髪天の言葉にシンゴは笑いながらそう言って、自身の取り巻きに「ペンデュラム召喚を見たいよな?」と煽っていく。

 

「そのためにセンターコートまで抑えたんじゃん」

 

「で、でも……」

 

「あれぇ? 俺なんかとはデュエルしたくないのかなぁ?」

 

シンゴの身勝手な要求に遊矢は言い返そうとするが、その前にシンゴが威圧していく。すると彼のデュエルディスクに通信が入り、[No Image]の文字と共に通信が開始された。

 

[その辺にしておけ。君の仕事はペンデュラムカードをこちらに渡す事だ]

 

「ああ、中島さん? 俺の目的は違うんだよねぇ、最初からこのカードが欲しかったし」

 

通信相手の言葉に対し、シンゴは笑いながらそう答えて「欲しいレアカードと交換だろ? んじゃ俺が欲しいのはこのレアカードってことで」とまで言ってみせる。

 

「なに!? そんな勝手なことを!――」

「いや、いい」

 

中島と呼ばれた男性は通話相手のシンゴに怒号を上げる。だがそれを制する静かな声がそこに聞こえた。

 

「やらせろ」

 

その言葉と共に通信室に一人の青年が入ってくる。その姿を認めた中島はその相手を「社長!」と呼んだ。

 

「そのままやらせるんだ」

 

社長と呼ばれた青年はそう、シンゴの邪魔をせずそのまま続けるように指示を出すのであった。

 

「と、いうわけで」

 

社長と呼ばれた青年の指示が聞こえたのか、中島が何も言わなくなったから勝手に進めているのか。シンゴがパチンと指を鳴らす。

 

「え、ちょっと!? 何をするのよ、離して!!」

「「「遊矢兄ちゃーん!!」」」

 

それを合図にシンゴの三人の取り巻きが柚子とアユ達を捕まえた。

 

「やめろ! 柚子たちを離せ!!」

 

「心配しなくていいよ。俺達のデュエルに協力してもらうだけさ」

 

「デュエルに!?」

 

遊矢の言葉にシンゴは静かにそう言って、おもむろに自分の制服の内ポケットに手を入れた。

 

「そうだ。貰ってばっかじゃ悪いから……これ、全部くれてやるよ」

 

そう言って彼は足元に向けてカードの束を投げ捨てる。

 

「君にピッタリのクズカードをね!」

 

床にぶつかったショックでばらけたカード、それは単体では使いどころの少ないカードだった。

 

「クズだなんて……なんで、こんな事を……」

 

シンゴの言葉を聞いた遊矢は悲しそうに目を細め、シンゴが投げ捨てたカードを拾い集める。

 

「フィールドは俺が決めるぜ? か弱き姫達を閉じ込め、ここにそびえ立て!」

 

遊矢がカードを拾い集めている隙にシンゴは勝手にデュエルに使用するアクションフィールドを決定、右手を上げてぱちんと指を鳴らした。

 

「アクションフィールド・オン! ダークタウンの幽閉塔!!」

 

その言葉と共にアクションフィールド発生装置が起動、センターコートにアクションフィールドが展開されていく。

 

「お姫様にはさ、塔に幽閉されてもらわないと」

 

「きゃああああぁぁぁぁぁっ!!!」

 

「柚子ー!!!」

 

展開されるのは闇夜に閉ざされた静か且つ不気味な大都市。柚子たちはいつの間にかその大都市の中でもひと際巨大な塔のてっぺんに立っており、しかもその塔はぐんぐんと伸びていく。その光景に柚子が悲鳴を上げ、遊矢も次々と立ち並ぶビルを飛び越えて柚子達を追いかけた。

しかし遊矢は一歩間に合わず、彼の立つビルの伸長は止まるが塔はぐんぐんと伸びて遊矢と柚子達を引き離していく。フトシが「どうなってんだよこれ!」と叫び、タツヤが「ソリッドビジョンだけど実体化してるから、僕達も影響を受けてるんだよ!」と説明口調で叫んでいた。

 

「みんなー!!!」

 

柚子達が囚われた塔は最終的に大都市の中心に広がる巨大な川にかかる橋、その中央にそびえ立つ結果に終わる。遊矢は柚子達を助けるためにその塔へ向けて走っていた。

 

「助けたいのならさぁ、俺とデュエルしろよ。遊矢君」

 

「沢渡……」

 

しかしその先にシンゴが立ちはだかり、ニヤリとした笑みでの彼の言葉を聞いた遊矢はやるしかないと腹をくくったかデュエルディスクを取り出して左腕に装着。

 

――ERROR

 

「くっ!」

 

その時デュエルディスクからエラーが出る。原因は先ほどシンゴに二枚のペンデュラムカードを取られた事でデッキ枚数がルール上決められた40枚未満になってしまった事、遊矢は苦しそうに唸ると先ほどシンゴが投げ捨てたカードの束からカードを取り出してデッキに投入。デュエルディスクのオートシャッフル機能によってデッキがシャッフルされる。

同時にデッキ枚数が足りないエラーも解消された事でデュエルディスクがデュエルモードに移行、リアルソリッドビジョンシステムによるデュエルブレードが展開された。

 

「やっと覚悟が決まったようだな……それじゃ、行ってみようか!!」

 

その様子を見たシンゴもそう言ってデュエルブレードを展開。掛け声を上げた。

 

「戦いの殿堂に集いしデュエリスト達が!」

「モンスターと共に地を蹴り、宙を舞い!」

「フィールド内を駆け巡る!」

「見よ、これぞデュエルの最強進化系!」

「「アクショーン……」」

 

「「デュエル!!!」」

 

沢渡 LP 4000

 

遊矢 LP 4000

 

シンゴとその取り巻き三人によるアクションデュエル恒例の口上と共にアクションカードがフィールドに飛び散り、デュエリスト二人の掛け声が重なることでデュエルが開始されるのであった。

 

 

  ☆

 

 

選択されたアクションマジック

榊遊矢:回避、ワンダーチャンス

沢渡シンゴ:奇跡、ノーアクション

 

アクションカード

《回避》:2/2

《奇跡》:2/2

《ワンダーチャンス》:2/2

《ノーアクション》:2/2

《???》:2/2

《???》:2/2

《???》:2/2

《???》:2/2

《???》:2/2

《???》:2/2

 

 絶対に負けられない、遊矢は周囲の状況と手札を見て決意を漲らせた。

 アクションフィールド『ダークタウンの幽閉塔』は近代的な夜の工場街だ。町の真ん中を大きな川が流れ、そこに陸橋が掛かっている。柚子達がいるのはその橋脚の最上層である。

 

(まずは何に於いても柚子達の安全を確保しないと!)

 

 リアルソリッドヴィジョンのデュエルでは死者が出る危険性を常に孕んでいる。あんな天を衝くような塔から落ちては、下が川でも助からない。

 

「俺は《EMウィップ・バイパー》を召喚!」

『シャ~!』

 

 縦横無尽に駆け回るには地上より建物の上を走った方が良い。そう判断した遊矢が呼び出したのはストロング石島戦でも活躍した鞭状の蛇。その体はウィップの名に恥じぬ伸縮性を持ち、尾をマスターが持った状態で工場の屋上まで伸びて噛むと、今度は体を縮めて遊矢を引き寄せる。

 

「ターンエンド!」

 

 幸いにも塔までそう距離は離れていない。途中のアクションカードを駆使してあそこまで辿り着ければ、後は存分に沢渡とデュエル出来る筈だ。

 

 

 

榊遊矢

LP 4000

手札4枚

EM ウィップ・バイパー

 

 

 

「俺のターン!」

 

 移動に必死になる遊矢を見て、沢渡はほくそ笑む。お前の目論見はすぐに崩れるだろう、と。

 

「ドロー!」

 

 引いたカードは《時読みの魔術師》、早速奪い取ったカードが来た。

 が、モンスター効果はPゾーンのカードを守るというもの。つまり単体では使えないカードである。

 取り敢えず壁にでもするか、と安易な考えで手を伸ばした時だった。

 

『待て』

 

 いきなり通信が入った。

 誰からかは言うまでもない、今回のクライアント・赤馬零児である。

 

「あ? アンタいつの間に俺のアドレスを……」

『そんな事はどうでも良い。今重要なのは、君が《時読みの魔術師》を召喚しない事だ』

「はぁ? そんなの俺の勝手だろ?」

 

 沢渡シンゴは基本的に自分中心の我儘お坊ちゃんだ、他者に指図される事を嫌う。上から目線の零児の指示は逆効果だ。

 

『まだだと言った筈だが』

「――っ!」

 

 ただし何事にも例外はある。

 通信越しに聞こえる零児の声に只ならぬ威圧感を覚えたシンゴは、たった今ドローしたカードに指先を移し替えた。

 

「い、イヤだな、何ムキになっちゃってるのかな」

 

 或いは自分に言い聞かせるように、言い訳するように呟きながら手札からモンスターを呼び出す。

 通信越しの声に恐怖など感じていない、これも計算の内だと宣いながら。

 

「オレは《ライトニング・ボード》を召喚!」

 

 

ATK:1400

 

 

 呼び出したのは電気を放つダーツの的。地面と水平になったその上に乗ると、《ライトニング・ボード》は一定の速度で移動を開始した。どうやらお互い、共通してまずは足を確保する事にしたらしい。

 そんな沢渡のモンスターを見て遊矢は心の中で舌打ちした。こちらは自分で走り鞭で跳んでいるのに、あちらはホバークラフトのように飛んでいる。これでは柚子達の安全を確保するための時間を稼げない。

 既に皆が閉じ込められている(塔の上の開放的な部分に置き去りにされているので、こう言って良いのかは微妙だが)陸橋は目の前、救出は諦めて相手を倒す事に専念すべきかと戦略の変更を考えた時だった。

 

「あった、アクションカード!」

 

 運は我に味方した、と目に付いたカードに手を伸ばす。《ワンダーチャンス》辺りを引ければ、人質救出より先に沢渡シンゴを倒せるし、ポピュラーな《回避》や《奇跡》なら攻撃をやり過ごせる。この際最悪でも相手のアクションマジックの発動を潰す《ノーアクション》でも良い。

 これで戦況を有利に、と橋に着地して落ちていたカードを拾うと――

 

「な、トラップ!?」

 

 そのアクショントラップ《ブレイクショット》は、手にした瞬間に自軍にパワーダウンを強いる、文字通りの罠である。

 

 

ATK:1700→900

 

 

「うぃ、《ウィップ・バイパー》!?」

「ははははは、《ブレイクショット》とはツいてなかったな!」

 

 発動を宣言すらせずに起動した罠カード、《ブレイクショット》。それが消えると同時に突然現れたビリヤード玉に鞭蛇はペシャンコに潰されてしまった。

 しかも運の悪い事に ビリヤード玉は巨大過ぎた。ゴロゴロと転がる本来ポリエステルや木製のそれは橋をメチャクチャに揺らして穴ぼこだらけにし、あっと言う間に致命的なダメージを叩き込んで行った。

 

「うわぁああああ!!?」

 

 唐突にあがる悲鳴に目を向ければ、塔から落ちかけているフトシの姿が。懸命に柚子・タツヤ・アユが引き上げようとしているが、大きく揺れているせいで苦戦しているようだ。

 

「フトシ、大丈夫かぁ!!」

「デュエルに集中して遊矢! しっかり、フトシ君!」

 

 柚子の細腕のどこに落ちかけの少年1人を支える力があるのか驚きだが、あちらはまだ大丈夫そうだ。だが再び塔が揺れれば今度こそ危ないかも知れない。

 

――ここでデュエルしちゃダメだ!

 

 想像より遥かに脆い鉄塔から離れるべく、平たくなった《EM ウィップ・バイパー》を抱えて走り出す遊矢。

 

「逃すか! バトルだ!」

「《ウィップ・バイパー》の効果発動! 《ライトニング・ボード》の攻撃力と守備力を逆にする!」

 

 

ATK:1400→1200

 

 

「構うもんか! 《ライトニング・ボード》で攻撃! ライトニングダーツ!!」

「っ、だったらこのアクションカードで!」

 

 沢渡シンゴの繰り出す追撃を躱すべく、遊矢は再び近くに落ちていたアクションカードを拾った。しかし……。

 

「またアクショントラップ!?」

「残念でした〜! そいつは《ジャンプショット》、今度は400ダウンしてして貰うぜ!」

 

 

ATK:900→500

 

 

 ビリヤード玉再び。橋の真上で重量のある球体がいくつも暴れ回って鞭蛇を轢き潰し、グラグラと鉄塔を砕く勢いでぶつかり揺らす。この橋の耐震性はどこに置いて来たのだと文句を言いたいレベルだ。

 当然、《ライトニング・ボード》の攻撃は止まる筈も無く、雷の矢は躊躇いなく遊矢のモンスターを撃ち抜いた。

 

「ぐぁぁあああああああ!?」

「きゃあぁああああああ!?」

 

 

LP 4000→3300

 

 

 超巨大ビリヤード玉を避けつつ吹っ飛ばされる遊矢に、激しく揺れる橋に翻弄される柚子達。

 

「俺はこれでターンエンドだ。で、塔の方もこれでエンドかな?」

 

 

 

沢渡シンゴ

LP 4000

手札 5枚

ライトニング・ボード

 

 

 

 何がおかしいのか、笑いが堪えられないといった風のシンゴだが、そんなものに構っている余裕は無い。

 既に橋桁の片方は完全にワイヤーごと陥落しており、沢渡が待ち構える方へ行く事は出来ない。おまけに塔の上層に置いてけぼりにされた柚子達は命の危機。今まさに転げ落ちかけたフトシを柚子が残る年少2人を抱えつつ支えているが、彼女か彼女が力点代わりにしている鉄鎖が千切れるのが先か。いずれにせよ楽観的な見方は一切出来ない状況である。

 

「フトシ君、大丈夫!?」

「大丈夫か、フトシ!?」

 

 いつしか遊矢は柚子をストロング女、と揶揄した事があるが、今の彼女はまさにそれだ。四肢に青筋が浮かぶ程に力を込め、僅かずつフトシを引き上げている。だが所詮は少女の細腕、しかも年少者2名を支えるのと並行。落とさないようにするだけで精一杯らしい。

 一先ずフトシの安全が確保されたのを見届けた遊矢は、鉄塔から離れるべく宵闇の川に向かって一息で飛び出した。

 

「俺のターン!」

 

 男の子なら泣かないの、と少年を叱咤する幼馴染の声を聞きながら、手札のモンスター1体をディスクのブレードに叩きつけるように置く。

 

「来い、《EMアメンボート》!」

 

 呼び出したのは大人より大きなアメンボ型のモンスター。背中に人が乗れる小さなスペースが確保されており、遊矢のデッキに於ける水上移動用のモンスターだ。

 

「《アメンボート》は、1ターンに1度だけ自身を守備表示に変える事で、攻撃を無効にする効果を持つ! 悪いけど距離を取らせて貰う!」

「おいおい、逃げの一手か? エンタメデュエルの名が泣くぜぇ?」

「――分かってるさ!」

 

 一瞬、怒りに任せて言い返そうとも思った。だがそれは自身が信じる父のデュエル、エンタメデュエルの名に泥を塗るも同じ事だと思い直した。

 憧れの父なら、こんな場面ですら観客を盛り上げるショーの演出にしてしまうのだろう、そう考えると、自然と頭が冷える。

 手札を見れば、中にはデュエル開始前にバラ撒かれた内の1枚《ブロック・スパイダー》の姿が。今は使えないが、必ずこれが助けてくれる。自分でも何故か分からないが、遊矢はそう信じていた。

 

「カードを1枚伏せて、ターンエンド!」

 

 

 

榊遊矢

LP 3300

手札 3枚

フィールド

:EM アメンボート

:伏せカード1枚

 

 

 

――《ライトニング・ボード》の効果は自身をリリースして6以上のモンスターをサーチする効果、状況を一発で打開するものじゃない。

――最低でも凌げるこのターンの後が、勝負だ。

 

 そう考えて只管に橋から離れようとする遊矢を見て、シンゴは愉悦を抑えられないと言った感じでダーツを投げる真似をする。

 

「シュッ。フィニッシュしてやるよ。俺のターン、ドロー!」

 

 引いたカードは《リリース・トレード》、《トランスターン》と似た効果を持つが、場では無く手札に呼び込むカードだ。

 レベル5の何を引き込むかと考えていると、再び通信が入った。

 

『良いカードを引いたな』

「あ?」

『そのカードを使え』

 

 淡々とした上から目線は気に食わないが、シンゴにとって彼は今回の依頼人だ。自分も知らない目的があるのだろう。

 渋々、引いたカードを手札に加えず発動した。

 

「マジックカード《リリース・トレード》を発動! 俺の場のモンスターを1体リリースし、1レベル上のモンスターを手札に呼び込む。俺はレベル4の《ライトニング・ボード》をリリース!」

 

 デュエルディスクの液晶に、シンゴのデッキの中にあるレベル5のモンスターが表示される。どれにした物かと考えていると、あるカードが目に留まった。

 

《星読みの魔術師》

 

 そのカードを見た瞬間、彼は全てを理解してそれを選択した。クライアントはこれをやりたかったのか、と。

 

「やっぱり俺みたいな超レアな人間が、超レアなカードを使うべきなんだ……。俺、カードに選ばれ過ぎぃ!」

 

 おかしくて堪らない、腹筋が攀じれる程に愉快で仕方ない。自らの絶対性を保証する手札が、自然とその口を愉悦に塗れた物に変える。

 

『さぁ、そのカードをセッティングだ!』

「おうよ! 俺はスケール1の《星読みの魔術師》と!」

『スケール8の《時読みの魔術師》で!」

「『ペンデュラムスケールをセッティング!』」

 

 デュエルディスクの両端に配置される2枚のカード。刻まれた各々数字、1と8が空中に躍り出て、光を放つ。

 

「これでレベル2から7のモンスターを同時に召喚可能!」

『ペンデュラム召喚!』

 

 天に生まれた光輪から、光が放たれモンスターを形作った。

 

「レベル5《パワー・ダーツ・シューター》!」

 

 1つ目の光は橙色の武骨な男の姿に。

 

「レベル6《ロケット・ダーツ・シューター》!」

 

 2つ目の光は紅色のシャープな女の姿に。

 

「そして最後はレベル7《アルティメット・ダーツ・シューター》だ!」

 

 3つ目の光は青色の大柄な男の姿に変化した。

 即ち、ペンデュラム召喚の成立である。

 

 

ATK:1800

ATK:1900

ATK:2400

 

 

  ☆

 

 

「嘘、だろ……」

 

 別の場所でモニターしていた赤馬零児が、この状況に「良し」と短く呟いた時、遊矢は反対に絶望的な言葉を口から吐き出していた。あまりにも弱々しい声に、最初は自分の声だと気付かなかった程だ。

 

「ハハハハハハハ! ペンデュラム召喚、最高だぜ! そして榊遊矢、ペンデュラム召喚が出来たからには、お前はもう用済みだ!」

「くっ!」

「バトル! 俺は《パワー・ダーツ・シューター》で《アメンボート》を攻撃!」

「《アメンボート》!」

 

 持ち主の指示で無数の矢を放つオレンジの狙撃兵の攻撃を避けるように水上を滑るアメンボ、しかし避けても次弾がすぐに飛んで来る。何か対策を取らねば1300のダメージは避けられない。

 必死に回避する中、ふとその眼は水上に浮かぶ「A」の文字を持ったカードを捉えた。

 

(アクションカードを、いや……!?)

 

 ふと遊矢の脳裏に過ぎるのは、これまで拾った2枚のカード。どちらも罠カード、自分を追い詰める獅子身中の虫だった。そして今回フィールドに散らばったカードは――あくまで目分量だが――公式戦の16枚より多いように思えた。

 しかもアクションデュエルだというのに、相手は自分と同じ距離を移動しながらアクションカードを拾っていない。

 

(このアクションフィールドそのものが罠か!)

 

 恐らく沢渡シンゴは最初から遊矢がアクションマジックを多用する戦術であると知っていた筈だ。そしてアクショントラップを多々含むこのダークタウンを展開したに違いない。つまり、まんまと遊矢はシンゴの掌の上で踊らされていたという事だ。

 このフィールドでアクションカードに頼ってはいけない!

 

「《EMアメンボート》の効果発動! 自身を守備表示にして、攻撃を1度だけ無効にする!」

 

 手札に形勢を覆す手段は無い。頼みの綱は前のターンに伏せたカード1枚。

 《アメンボート》が羽をドーム状に畳み、ダーツの狙撃を回避すると同時、対岸へと向かわせる。水上では身動きが取れない、このままでは狙い撃ちだ。

 そしてその狙い撃ちの状態を終わらせる程、相手は甘くなかった。

 

「外したか! なら《ロケット・ダーツ・シューター》で攻撃ィ!!」

「くっ!!」

 

 《アメンボート》の効果はもう使えない。続けて放たれた紅色の連射の前に、移動の足にしていたモンスターを破壊され、遊矢は水上に放り出された。

 

「まだペンデュラム召喚した攻撃できるモンスターは残ってるぜぇ? 《アルティメット・ダーツ・シューター》でダイレクトアタック!!」

 

 バッと背後を見る。放り出されたせいで背後に陸橋の橋脚が真後ろに来てしまった。これを受けたら流れ弾でブリッジはアウトだ。

 

「罠カード《EMコール》発動! ダイレクトアタックを無効にする!」

 

 

EMコール

【通常罠】

(1):相手モンスターの直接攻撃宣言時に、その攻撃モンスター1体を対象として発動できる。

その攻撃を無効にし、守備力の合計が対象のモンスターの攻撃力以下となるように、デッキから「EM」モンスターを2体まで手札に加える。

このカードの発動後、次の自分ターンの終了時まで自分はエクストラデッキからモンスターを特殊召喚できない。

 

 

 辛うじて追撃を防ぐ遊矢。両端の陸からはかなり距離があり、泳いで渡るのは難しそうだ。

 幸いにも橋脚が水面に接している箇所には人が立ってデュエルするだけのスペースは十分ある。

 

「(ダメージを、受けちゃいけない。攻撃を防ぐか、攻撃させないようにしないと。塔がこれ以上傾いたら柚子達が危ない!)

 《EMコール》は攻撃を防ぐと同時、デッキから合計守備力がその攻撃力以下になるようにエンタメイトを2体まで手札に加える。俺はデッキから守備力800の《EMヒックリカエル》と守備力1000の《EMチアモール》を手札へ!」

 

 これで彼のモンスターは攻撃終了、自分のライフは3300と大分残っているから精神的に余裕がある。

 そして《ヒックリカエル》は水属性でその名の通りカエル型モンスター、《アメンボート》に代わって水上移動を任せられるだろう。

 まだ勝負はついてない、ここからが勝負だ。

 

「くく、ククク……」

 

 そう思った時だった。

 

「な、何がおかしいんだよ……!」

 

 沢渡がまた笑い出したのだ。

 妙だ、既に彼の場に攻撃できるモンスターはおらず、手札は1枚きり。もう手は無い筈だ。

 

「く、ハハハハハハハハ! そりゃお前、カードに愛され過ぎてて、俺の勝利がお前がいくら足掻いても揺らがないんじゃ笑いたくもなるって話だろぉ?」

「何……!?」

「今からその証拠を見せてやるよ!」

 

 そう言うとシンゴは、最後の手札をディスクに力いっぱい押し込んだ。

 

「俺は速攻魔法《ハーフ・ハット・トリック》を発動!

 こいつは俺のフィールドに『ダーツ』モンスターが3体いる時、1番低い攻撃力の奴に2回目の攻撃権を与える。しかも残った2体の攻撃力の半分だけパワーアップするぜ!!」

「何だって!!?」

 

 

ATK:1800→3950

 

 

 不味い、と手札を見る。手札にあるのは先程加えた2枚に《ブロック・スパイダー》と罠、魔法カードが1枚ずつ。状況を覆すには至らない。

 

「今度こそ終わりだな、榊遊矢!」

「くっ!」

「遊矢!!」

「「「遊矢兄ちゃん!!」」」

 

 2枚のアクショントラップに起因する戦闘ダメージが痛かった。あれさえ無ければ辛うじてライフが50残ったのだが。

 狙いを定める《パワー・ダーツ・シューター》の鋭い鏃がこちらに向けられ、遊矢は焦って周囲を探す。こうなるともう頼れるのはアクションカードしかない。と、橋脚の隅の方に1枚のカードを見つけた。

 もうこうなったら罠でもデメリットでもアレしかない。縋る様な思いで遊矢は手を伸ばした。

 そんな遊矢の姿を見て、シンゴはほくそ笑む。

 

(馬鹿め、このフィールドのアクションカードは、外周に置かれた8枚以外はぜーんぶトラップなんだよ! こんなフィールドのド真ん中に置いてあるカードに何が出来る!)

 

 アクションマジックを多用する遊矢を陥れる作戦は上手く行った、最早勝利は揺るぎ無い。

 

「トドメだぁ!」

「う、ぉおおおおおおおおおおおお!!」

 

――何でなんだ、父さん!?

――ペンデュラムって俺だけの力じゃなかったのか!?

――どうしてあんな酷い奴も使えるの!?

――父さん!!!

 

 心の中で父親に訴える少年に、無情にも矢の雨が降り注いだ。

 

 

  ☆

 

 

 水上をもうもうと覆う爆煙を見て、沢渡シンゴはニヤリと笑った。

 今のは決まった。ジャストキルじゃないのはイマイチ気に食わないが、まぁノーダメで勝ったのだからそれで良しとしよう。

 ほら、今も榊遊矢のライフが減っている電子音がディスクから――

 

「……あ?」

 

 おかしい。相手のライフが切れたら『ピー』という音が鳴る筈だ。なのにそれが鳴らない。

 

 

榊遊矢 LP:3300→2900

 

 

「はぁ!?」

 

 それどころか、相手のライフが殆ど減っていない!

 馬鹿な、と目を見張る少年は、伽藍堂だった筈の相手のフィールドにカードが増えている事に気付いた。

 

「残念だったな、沢渡。俺は《ブロック・スパイダー》を特殊召喚させて貰った」

「何ぃ、どういう事だ!?」

「俺が拾ったカードはアクショントラップ、《ハードサモン》。デッキの1番上のカードを装備魔法扱いにして、手札のモンスターを特殊召喚するのさ」

 

 

 

ハーフ・ハット・トリック

【速攻魔法】(オリジナル)

(1):自分フィールドに「ダーツ」モンスターが3体いる時に発動できる。

自分フィールドの最も攻撃力が低い「ダーツ」モンスターは他の「ダーツ」モンスターの攻撃力の半分だけ攻撃力がアップし、このターン2回攻撃できる。

(2):自分フィールドに「ダーツ」モンスターが1体のみ存在するバトルフェイズ終了時、墓地のこのカードを除外して発動する。デッキから1枚ドローする。

 

 

 

ハードサモン

【アクショントラップ】(オリジナル)

(1):デッキの1番上のカードを装備魔法扱いにして発動する。そのカードは以下の効果となる。

●手札のモンスター1体を攻撃力・守備力を0にして攻撃表示で特殊召喚する。その後、自分はフィールドのモンスターの数×100ダメージを受ける。

●このカードがフィールドを離れた時、装備モンスターを破壊する。

 

 

 

「こいつでデッキトップにあった《モノマネンド》を装備して、手札から特殊召喚したんだ」

 

 

ATK:0

 

 

 ふぅ、と遊矢は額の汗を拭う。間一髪、辛酸を舐めさせられたアクショントラップに救われるとは皮肉なものである。

 

「チッ、バトルを巻き戻したってワケか。だったら――」

「待てよ沢渡。まだこっちの行動は終わってないんだぜ?」

「何?」

「知ってるか、《モノマネンド》はどんな物でもソックリに作る奇術師が使っていた粘土。姿だけじゃなく、その能力も真似てしまう魔法の粘土なのさ!

 そう、《ブロック・スパイダー》は特殊召喚した時、デッキから同じ名前のモンスターを呼んでくれるんだ! 来い、もう1体の《ブロック・スパイダー》!」

 

 

DEF:100

 

 

 即座に現れるサングラスを掛けたレゴブロックの蜘蛛。

 互いが互いの前に蜘蛛の巣を張り、あっと言う間に遊矢と沢渡の間に巨大な糸の壁を作り上げてしまった。

 

「それがどうした! 攻撃力0と守備力100の雑魚モンスターに何が出来る!」

「沢渡、こいつらはお前がくれたカードだ。お前のカードが俺を助けてくれるんだ」

 

 カードを馬鹿にする沢渡に対し、淡々とどこか皮肉げに伝える遊矢。

 元々《ブロック・スパイダー》は遊矢のエンタメイトのデッキには入っていなかったカードだ。しかし沢渡に2枚カードを奪われデッキ枚数が減った際、応急処置として2枚1組で機能するこのカードを入れた。それが恩返しのように彼を救ったのだ。

 

「あ? 俺がそいつを?」

「そうだ、デュエル開始前にバラ撒いたカードの中にあったんだ、覚えてないのか?」

「ハッ、レベル低すぎて覚えてまっせーん!」

 

 おどけてカードを貶し続けるシンゴに、遊矢は「なら教えてやる」と不敵な笑みを浮かべてディスクを構え直した。

 

「《ブロック・スパイダー》がいる限り、お前は他のモンスターには攻撃できない。そしてそれが2体並んだ事で、《ブロック・スパイダー》達はお互いの網でお互いに守り合うんだ! “ブロック・ロック”!」

「な!?」

「これでもうお前のモンスターは、攻撃できない!」

「クソッ、計算外の事をしやがって! ターンエンド!」

 

 お互いの間に張られた網を前に、攻撃を封じられる沢渡のモンスター。これで少なくとも次のターンに繋げる事は出来た。

 そしてターンの終わりに《ハーフ・ハット・トリック》の効果が切れ、パワーアップしていたモンスターのステータスも下がる。

 

 

ATK:3950→1800

 

 

 

沢渡シンゴ

LP 4000

手札:0枚

フィールド

:アルティメット・ダーツ・シューター、ロケット・ダーツ・シューター、パワー・ダーツ・シューター

 

 

 

「俺のターン! マジックカード《EMキャスト・チェンジ》を発動! 手札の『EM』を好きな枚数だけ見せてデッキに戻し、戻した枚数+1枚ドローする! 俺は手札を3枚戻す!」

 

 手札の3枚の『EM』達、《ヒックリカエル》《チアモール》《セカンドンキー》をデッキに戻し、オートシャッフル機能でデッキを混ぜる。

 鉄塔の傾きは依然として強く、ごく僅かずつだが更に傾斜が激しくなっているように見えた。

 だがその上で頑張っている幼馴染のためにも、恐怖に必死に抗っている子供達のためにも、負けるワケにはいかない。どういうつもりで柚子達を巻き込んだのかは知らないし知りたくもないが、絶対勝ってやるという義憤が次から次へと溢れて来る。

 

「ドロー!!」

 

 引いたカードの内の1枚に目をやる。

 少々使い所が難しい罠カードだが、遊矢個人としては仲間の力を合わせるという所が気に入っているカードだった。

 お誂え向きと言うべきか、それを可能にする魔法カードも同時に引いた。

 

――後は運次第、か

 

 どの道、このアクションフィールドでアクションカードに頼る事は出来ない。さっきは藁にも縋る思いで手を伸ばしたが、あんな奇跡が2度も3度も起こるとは思えなかった。

 

「1体目の《ブロック・スパイダー》を守備表示に!」

 

 

ATK:0→DEF:100

 

 

「そして2枚カードを伏せて、ターンエンドだ!」

 

 打てる手はこれで全てだ。後はこの伏せたカードに賭けるしかない。

 

 

 

榊遊矢

LP 2900

手札:3枚

フィールド

:ブロック・スパイダー×2

:伏せカード2枚、モノマネンド(装備魔法化)

 

 

 

 この壁がいつまで耐えられるか、それが勝負だ。

 

 

  ☆

 

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 戦況の膠着に、シンゴは苛立ちを感じた。キーカードのペンデュラムモンスターを奪ったのに瞬殺できない。罠だらけのフィールドに嵌めたのに罠が相手を救った。自分が捨てたカードが自分の首を絞めている。その事がどうしようも無くフラストレーションを募らせていた。

 何か逆転できないかと引いたカードを見れば、通常魔法《クリケット・クローズ》。発動には2枚の魔法カードが必要だが、今自分の魔法・罠ゾーンは空っぽである。

 このままターンを終わらせるしかない、と思った時、再び通信が入った。

 

『ペンデュラムカードは今、恐らくマジックカードになっている』

「あ? マジックカード……?」

 

 いきなり何を言うんだと思ったが、相手の言いたい事はすぐに分かった。

 ああ、そういう事か。

 

「く、ふははははははは! やっぱり俺ってば、カードに選ばれてる~!」

「何!?」

「俺はマジックカード《クリケット・クローズ》を発動! 俺のフィールドのマジックカードを2枚無効にする事で、お前のカード1枚の効果を無効にする!」

「な、2枚のマジックカードって、どこにも無いじゃないか――!?」

「ふふふ、残念だったなぁ! セッティングされたペンデュラムカードは、マジックカードとして扱うんだよ!!」

「!?」

「俺は2枚のペンデュラムカード、《星読みの魔術師》《時読みの魔術師》を無効にする!」

 

 無情にも奪った自分のカードの光は消され、ただのカードへと戻された。凛々しくも恐ろしく自分を見下していた魔術師達は、跡形も無くその姿を失う。

 

「そして俺はお前の場の《モノマネンド》の効果を無効にする!」

「しまっ!?」

「アクショントラップの効果で装備カードになっていた《モノマネンド》は与えられた効力を失い破壊! そしてフィールドを離れた時の効果で装備モンスターも破壊だ!」

 

 沢渡の猛攻は続く。『装備カードである』という情報を消され通常魔法に戻された奇術師の粘土は光の粒になって消失。しかし『フィールドを離れたら』というデータが墓地に行った時に戻り、装備していた片方の《ブロック・スパイダー》を道連れにするように掻き消してしまった。

 これで遊矢のフィールドにいるのは守備力100の壁モンスター1体のみ。

 

「お前、伏せカードでこのターン守れるとか思ってねぇよなぁ?

 実はさぁ、お前のライフをピッタリ削る方法が無くて困ってたんだよ。強すぎるってのも考え物だなぁ。だが、守備力100の雑魚を用意してくれたお蔭で、計算が完了したぜ!」

「何!?」

「俺は《パワー・ダーツ・シューター》と《ロケット・ダーツ・シューター》をリリースし、《アルティメット・ダーツ・シューター》をパワーアップさせる!」

 

 

 

パワー・ダーツ・シューター

星5

地属性/機械族

ATK 1800/DEF 700

①:自分フィールドの「ダーツ」モンスター1体を対象として発動できる。このカードをリリースする。バトルフェイズの間だけ対象のモンスターの攻撃力は600アップする。

 

 

 

ロケット・ダーツ・シューター

星6

地属性/機械族

ATK 1900/DEF 100

①:自分フィールドの「ダーツ」モンスター1体を対象として発動できる。このカードをリリースする。対象のモンスターが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手に戦闘ダメージを与える。

 

 

 

「《パワー・ダーツ・シューター》をリリースした事で、《アルティメット・ダーツ・シューター》の攻撃力は600アップし、《ロケット・ダーツ・シューター》をリリースした事で、《アルティメット・ダーツ・シューター》は守備モンスターを攻撃した時、攻撃力が守備力を超えた数値だけ相手にダメージを与える!」

 

 

ATK:2400→3000

 

 

「攻撃力3000の貫通ダメージ!!?」

「お前のライフは残り2900、守備力100の《ブロック・スパイダー》は文字通り壁にもならないってワケだ!」

 

 2体のモンスターが集束して《アルティメット・ダーツ・シューター》の砲身を強化する。シャープかつ精密な銃身は橙と紅のパーツを付与され、重々しい大砲のような見た目になった。込められているのは相変わらずダーツの矢だが、あんなカノン砲から撃たれたら本物の銃器と大差無い事は間違いない。

 

「今度こそ終わりだ! アディオス、“アルティメット・フル・シュート”!!」

「「遊矢(兄ちゃん)っ!」」

 

 過たず向けられるダーツの砲身、そこから放たれる無数の鏃。超強力な主力クラス、防御を打ち破る鋼の風雨に晒されるには、蜘蛛と少年はあまりにも貧弱であり防ぐ手だても無く。

 ミサイルのように降り注ぐ鉄の乱射に遊矢も、《ブロック・スパイダー》も、そしてその後ろにあった橋脚も、木端微塵に粉砕されていった。

 

 

  ☆

 

 

 大きく傾いていた鉄塔は、足元を砕かれ更に傾斜を強くした。少女の細腕では既に支えられない程にGを全体に掛けて来ており、柚子の手足は最早限界を訴えている。

 それでも死ぬ気で年少組3人を守ろうと、四肢に渾身の力を込めていたが――

 

 つるっ

 

「あっ!?」

 

 本人の心を、肉体はとっくに裏切っていた。湧き出た手汗と弱った膂力はとっくに4人分の体重を支えられなくなっており、一際大きく揺れた時、少女は空中に放り出されていた。

 一瞬だけ感じる浮遊感。それはすぐに大地へ引き摺り落とす地獄への片道切符へと変わる。即ち、落下。

 

「「うわぁああああああああああああああ!!」」

「「きゃぁああああああああああああああ!!」」

 

 下は川か、それとも崩れた橋か、それともその両方か。いずれにせよこの高さから放り投げられたら命が危ない。タツヤ達子供なら猶更だ。

 こんな所で人生が終わるのか、こんな事なら冷蔵庫のプリンを補充しておくんだった、遊矢に貸した450円ちゃんと返して貰うんだった等と益体も無い考えばかりが浮かぶ。

 ああ、違うだろう、そうじゃない事は無いのかと自分の心にツッコミを入れた時だった。

 

「……あれ?」

 

 唐突に落下感が消え失せ、誰かに支えられている感覚が。

 思わず見上げてみれば、そこに居たのは白い法衣にも似た服を着た銀髪碧眼の男性。誰であろう、《星読みの魔術師》である。柚子は右手で抱えられており、左手には自分と共に落ちたアユがいた。

 

「あ、ありがとうございます……!」

 

 フトシとタツヤはと思って視線を巡らせれば、すぐ近くにいた《時読みの魔術師》によって救出されていたようだ。扱いが猫をつまむようで若干雑だが、取り敢えず全員無事らしい。

 

「何だ!? 何で《星読み》と《時読み》が!?」

「沢渡、俺はずっとこの時を待っていたのさ!」

 

 絶体絶命にまで追い込まれ、切り札も無く、防戦に徹してそれも破られ。確かに誰もが勝利を諦めるような状況だ。

 しかして、そこにこそ罠があったのである。

 

「俺は罠カード《エンプティ・フィッシング》を発動していたんだ!」

「何ィ!?」

「《エンプティ・フィッシング》はフィールドの効果が無効になっているカードを2枚、戦闘ダメージを半分にして手札に加える。よって《時読み》と《星読み》は返して貰ったのさ!」

 

 

 

エンプティ・フィッシング

【通常罠】

①:自分が戦闘ダメージを受ける時、 効果が無効化されているフィールドのカード2枚を対象として発動できる。

その戦闘ダメージを半分にし、対象のカードを自分の手札に加える。 対象のカードは自分のエンドフェイズに元々の持ち主の墓地へ送られる。

 

 

 

遊矢 LP 2900→1450

 

 

「これで俺へのダメージも半減、悪いけど形勢逆転させて貰ったぜ」

「チィッ、ナメるなよ! 計算外の事にも限度があるんだ!

 自分バトルフェイズ終了時、俺の場に『ダーツ』モンスターが1体しかいない場合、墓地の《ハーフ・ハット・トリック》を除外する事で1枚ドローできる!!」

 

 ゆっくり降りて来た2人の魔術師達が、人質4人を軟着陸させる。これでもう気兼ねなくデュエルに集中できる。

 

「ごめん、柚子、皆。助けるのが遅くなった」

「良いのよ、お蔭で助かったわ。ありがとう遊矢」

「「「ありがとう遊矢兄ちゃん!」」」

「へへっ……、ああ! どう致しまして!」

 

 遊矢はデュエル中ずっと、意識的にも無意識的にも、柚子に何かあったらと思うと気が気じゃなかった。どうしてそんな風に思ったのかは分からない。だが助けたいと心の底から願ったのは事実である。

 今こうして彼女は助かった。その事がこの上無く嬉しかった。

 

「チッ、イチャついてんじゃねぇよ! 俺はマジックカード《DDos(ディー・ドス)アタック》を発動! デッキから同じ名前のカードを2枚墓地に送り、《アルティメット・ダーツ・シューター》のレベル×200ダメージをお前に与える!!」

「皆、下がれ! ぐわぁっ!!?」

 

 

 

DDosアタック

【通常魔法】

①:自分フィールドの機械族モンスター1体を対象として発動できる。

自分のデッキから「DDosアタック」を任意の枚数選んで墓地へ送る。

この効果で墓地へ送った「DDosアタック」の数×対象のモンスターのレベル×100ダメージを相手に与える。

 

 

 

遊矢 LP 1450→50

 

 

「遊矢、大丈夫!?」

「な、何とか……!」

 

――《アルティメット・ダーツ・シューター》がレベル7で助かった!

 

 DDos、即ち複数のコンピューターからのデータ圧力攻撃によるデータ量の圧迫により、集中砲火を浴びせて来る沢渡。あんなカードまで、と戦闘ダメージと効果ダメージ、更にデッキ圧縮を兼ねた多彩な戦術に、遊矢は密かに舌を巻いた。

 辛うじて残ったライフは50ポイント、ほぼ瀕死。次のターンで挽回出来なければこっちに勝機は無いだろう。

 

「更に《アルティメット・ダーツ・シューター》の効果発動! このターンにカード効果でリリースされた『ダーツ』モンスターを墓地から呼び戻す! 戻れ、《パワー・ダーツ・シューター》! そして《ロケット・ダーツ・シューター》!!」

 

 

 

アルティメット・ダーツ・シューター

星7

地属性/機械族

ATK 2400/DEF 300

①:このターンにカードの効果でリリースした 自分の墓地の「ダーツ」モンスターを対象として発動できる。このターンのエンドフェイズに、対象のモンスターを全て自分フィールドに特殊召喚する。

 

 

 

ATK:1800

ATK:1900

 

 

「俺はこれでターンエンドだ!」

 

 

 

沢渡シンゴ

LP 4000

手札:0枚

フィールド

:アルティメット・ダーツ・シューター、パワー・ダーツ・シューター、ロケット・ダーツ・シューター

 

 

 

 残りライフは50、フィールドにモンスターは0、まさに崖っぷちだな。

 追い詰められていながら、遊矢の心には大きな余裕があった。

 奪われたカードを奪い返したから? 違う。

 自棄になっているから? 違う。

 次のドローを信じているから? 違う。

 それはきっと――

 

「遊矢、頑張って!」

「ああ! 俺の……」

 

 守りたいと思った人が、そこにいるから!

 

「タァーンッ!!」

 

 虹の軌跡を描き、輝く星を散りばめ、最後のドローを引き込む。

 引いたカードは――二色の輝きを持つ眼の龍!

 

「すぅ……、ふぅ……」

 

 父さん、見ていてくれ。

 俺のエンタメを!

 

「レディース・エーンド・ジェントメーン!! お待たせしました、いよいよデュエルも大詰め、このターンは私・榊遊矢のラストターンとなるでしょう! どうか我が渾身のエンタメをご覧あれ!!」

 

 遊矢のエンタメに合わせ、摩天楼の証明が落ちた。こういう所はリアル・ソリッド・ヴィジョンの利点と言える。

 

「さぁさぁまずは舞台を整えましょう! 我が劇団の先鋒は、この2人を置いては語れない! スケール1の《星読みの魔術師》と、スケール8の《時読みの魔術師》で、ペンデュラムスケールをセッティング!!」

 

 ディスクの両端に置かれる、先程まで沢渡の手元にあった2枚のカード。

 今度は正しい持ち主の場で正しく発動を認識し、光の柱を2つ生み出した。

 

 

1=8

 

 

「これでレベル2から7のモンスターが、同時に召喚可能!」

 

――揺れろ、魂のペンデュラム。

――天空に描け、光のアーク!

 

「ペンデュラム召喚! 現れろ、俺のモンスター達!」

 

 2本の柱の間に召喚ゲートが形成され、そこから光が落ちて仲間を形作る。現れたモンスターの影は、2つ!

 

「まずはレベル6の《EMカレイド・スコーピオン》!」

 

 

DEF:2300

 

 

 1体目はファンシーな見た目のサソリ。高い守備力を持ち、とあるカードでは何度も防衛ラインの主軸に置かれた頼もしい仲間だ。

 そして。

 

「更にレベル7、《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》!」

『キュアアアアアアアアアアアアアア!!』

 

 

 

ATK:2500

 

 

 もう1体、遊矢のデッキのエースモンスター。

 真紅の鱗を持つオッドアイのドラゴン。この2体こそ、今回の戦線のメインアタッカーとなるだろう。

 だがまだだ。もう1体、今回の主役を呼び出す必要があった。

 

「ここで俺は手札から魔法カード《死者蘇生》を発動し、墓地のモンスターを1体復活させる!」

「チッ、《ウィップ・バイパー》を呼び戻し、攻守を逆にする気か!」

 

 沢渡のイラついた言葉に、遊矢は静かに「いいや」と首を横に振った。

 

 

 

「俺が呼び戻すのは――、来い! 《ブロック・スパイダー》!」

 

 

 

 沢渡は目を丸くした。よりにもよって遊矢が呼び戻したのは、単体では全く役に立たない《ブロック・スパイダー》。しかも遊矢のデッキに入ってる数は2体であるため、デッキに同名カードが残っていない以上、仲間を呼ぶ効果も使えない。

 

 

ATK:0

 

 

 おまけに攻撃表示と来た。

 

「は、ははは! とんだプレイングミスだな! 攻撃力0のクズカードを出して何が出来るんだぁ? お前のライフは残り50、次のターンで――」

「次なんて無いさ」

「あ?」

 

 このターンで終わらせる、聞き違いで無ければ遊矢はそう言ったか。

 有り得ない、とシンゴは心の中で吐き捨てた。無傷の自分のライフ4000を壁モンスター3体を前にしてこのターンで削り切る等、不可能だ。

 

「無理と断ずる沢渡選手に、それでは次なる演目をご披露したいと思います! 皆様、眩しくても目を閉じないで下さいね! 《EMカレイド・スコーピオン》の効果発動! “カレイドミラージュ”!」

 

 パチンと鳴るマスターの指に合わせ、サソリの尻尾から光が放たれる。光は無数の図形に分かれて空を彩り、闇夜を照らす美しい万華鏡を星空に生み出した。

 

「わぁ……」

「綺麗……!」

「お気に召して頂き光栄です。しかし《カレイド・スコーピオン》の真髄はこれから! イッツ・ショータイム!」

 

 夜空を彩るカレイドスコープの輝きから、光の粒が降り注ぐ。

 その輝きのシャワーが《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》と沢渡のモンスター3体に降り注ぎ、赤・青・緑・黄のオーラをそれぞれが纏った。

 

「《カレイド・スコーピオン》の光を浴びた《オッドアイズ》は、その輝きを増し、相手の特殊召喚したモンスター全てに攻撃できるのです!」

「何ぃ!?」

「そして皆さん、《オッドアイズ》のモンスター効果は覚えていらっしゃいますか? このモンスターが相手に与える戦闘ダメージは……?」

『2ば~い!』

「その通り! バトルだ! 《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》で《パワー・ダーツ・シューター》、《ロケット・ダーツ・シューター》、《アルティメット・ダーツ・シューター》に攻撃!」

『キュアァアアアアアアアアアア!!』

 

 3体に分裂し、『ダーツ』モンスターに突撃して行くオッドアイの龍。尾で殴打し、鋭い牙で噛み砕き、そして――

 

「“螺旋のストライク・バースト”! そして戦闘ダメージは~?」

『2ば~い!!』

「ですよねー!!? おぅぶっ!」

 

 渦巻く焔で機械仕掛けの兵隊を薙ぎ払った。電気系統がショートしたのか、3体のモンスターは大爆発を起こし、近くにいた沢渡を吹っ飛ばして川へと叩き込んだ。

 

 

沢渡:LP 4000→2600→1400→1200

 

 

 極彩色の炎と煙を上げ、沢渡のフィールドは一掃。残ったライフは下級アタッカー程度であり、次の攻撃が通れば遊矢の勝ちは確定する。

 しかし、遊矢のフィールドにいる残るモンスターは守備表示が1体と攻撃力0が1体。ライフ1200を削る事は出来ない。

 

「ぐ、耐えたぞ榊遊矢ァ! まだ俺のライフは残ってる、次のターンにモンスターを引いて、その雑魚モンスターに攻撃すれば、ライフ50のお前の負け、俺様の勝ちだぁ!」

「おやおや、沢渡選手、どうやらすっかり忘れているようですよ?」

「あ゛!?」

 

 ただしそれは、遊矢に本当に次の攻め手が無い場合である。

 遊矢はこのターン、わざと《ブロック・スパイダー》を攻撃表示で蘇生した。そして伏せカードと手札は残り1枚ずつ。

 そう、この戦いのフィニッシャーにはこのモンスターこそ相応しい。

 

「このデュエル、MVPは誰が何と言おうと《ブロック・スパイダー》。ならトドメの一撃も《ブロック・スパイダー》に担って貰うのは良いと思いませんか?」

「バカかテメェ! 攻撃力0で攻撃して1ポイントでも削れると思ってるのか!」

「確かに、今のままでは不可能です。ならば仲間に援護して頂きましょう! トラップ発動、《EM大加勢》!!

 このカードは、このターンに特殊召喚されたモンスター1体に、手札のエンタメイトを装備し、攻撃力の2倍を与えます!」

「何だと!?」

 

 

 

EM大加勢

【通常罠】

①:このターンに特殊召喚されたモンスター1体を対象として発動できる。

自分の手札から攻撃力1000以下の「EM」モンスター1体を選び、装備カード扱いとして対象のモンスターに装備する。

対象のモンスターの攻撃力は、この効果で装備したモンスターの攻撃力の倍の数値分アップする。

②:このカードの効果で装備カード扱いとしたモンスターは、エンドフェイズに墓地へ送られる。

 

 

 

「俺はこの効果で手札の《EMチア・モール》を装備し、攻撃力を600の2倍、即ち1200アップ!!」

『きゅー!』

 

 

ATK:0→1200

 

 

 これこそ、遊矢が前のターンに『EMキャスト・チェンジ』で引いた罠カード。攻撃力0のMVPにゴールテープを切って貰うための1枚。

 チアガールのモグラの応援を受けて全身に力を漲らせる《ブロック・スパイダー》。パワー漲るオーラを纏い、貧弱な雑魚モンスターと蔑まれていた姿は一変し、キチンと攻撃でダメージを与えられるモンスターに変容していた。

 

「さて、ここで算数の問題。沢渡選手のライフは残り1200、《ブロック・スパイダー》は《チア・モール》の応援を受けて攻撃力1200、ダイレクトアタックが通ったら、沢渡選手のライフはいくら残りますか?」

『ゼロォ~!!』

「正解! 行け、《ブロック・スパイダー》!」

「ひぃっ!!?」

「“スパイダー・スマイター”!!」

 

 哀れ雑魚モンスターと評した蜘蛛の攻撃は、仲間の援護を受けてその本人に容赦無く突撃を叩き込み。

 

「どぅえぁあああああああああああああ!!?」

 

 

沢渡:LP 1200→0

 

 

 ジャストぴったり、そのライフを削り切って、夜空に花火を打ち上げたのであった。

 まるでMVPを祝福するかのように、蜘蛛の巣のような光のアートを宵闇に描いて。

 

 

 

遊矢 WINNER

 

 

  ☆

 

 

「やったぁー!」

「遊矢が勝ったー!」

「やった、やったぜー!」

 

 光の粒子となり、アクションフィールドが空から消え行く。

 月夜の工場街はものの数秒で、元々の存在であったフリースペースのようなコートに戻って行った。

 ここまで叩きのめしてやったのだ、流石に沢渡も参っただろう。「もうカードを盗もうとするなよ」と言い残して去ろうとしたが……。

 

「こうなったら……、力尽くで奪い取ってやるぜ! やっちまえ、お前ら!」

「「「オーッ!!」」」

 

 何と沢渡、今度は暴力に訴えて来た。

 数の上では遊矢達が多いが、5人中3人が子供だし1人はストロングであろうと少女。遊矢達を相手に4人がかりで来られたら太刀打ち出来ない。

 最低でも皆を守らなければと一歩前に遊矢が出た、その時だった。

 

「どぅえ!?」

「ごほっ!?」

「ぐはぁ!?」

 

 意識から外れた一撃とでも言うべきだろうか、死角から青い閃光が飛んで来たように錯覚した瞬間、シンゴの取り巻き3人と――

 

「な、ぶぁっ!!?」

 

 額に強力な一発を受けたシンゴ自身が地に倒れ伏していた。

 一目で伸びていると分かる状況になった4人に対し、そこにはいつの間にか現れた少年がいて、ポツリと呟く。

 

「最後までカッコ悪いなぁ、この人達」

 

 コロコロと細長い棒状の物が転がる中、乱入者に遊矢は問うた。

 

「これ、君が……?」

「さっきの君、すっごくカッコ良かったよ♪」

 

 敢えて質問に答えず、振り返った少年はにこりと笑う。

 年の頃はローティーンに至るかどうか程度か。水色の頭髪を後頭部で無造作に括っており、紺色の丈が短いジャケットを羽織っている。

 次いで、もう1つ重要な質問を少年に放った。

 

「君も、LDSの生徒?」

 

 もしLDSの生徒なら沢渡に代わってまたペンデュラムカードを狙われる恐れがある。さっきまでのパフォーマンスで体力を消耗していた遊矢にとって、それは少々避けたいのである。

 そんなエンタメ少年の懸念もどこ吹く風、水色の髪の少年はニコニコ笑顔を崩さない。

 

「に、なろうかなって思ってたんだけど、やめた!」

「やめた?」

「うん! 僕、君の弟子になる!」

 

 え、と周囲が呆気に取られた。

 

「で、弟子!? 俺の!?」

「うん、どうせ習うなら、面白い人に習いたいからね! 君、僕が()()()に来てから見た中で1番面白そうだし!」

 

 そんないい加減な、と遊矢が思った矢先、次は柚子が少年に質問を投げかけた。

 

「貴方がやったの、これ?」

 

 指差す先には無様に倒れた4人の男、沢渡とその取り巻き。

 もし彼の仕業であるなら、彼は何かしらの格闘技の類に精通していると考えられる。デュエリストに弟子入りするならデュエリストである事は明白。そんな彼がこんな体術をアクションデュエル以外で習うとは思いにくい。もう弟子入りする必要等無いのではなかろうか。

 そんな柚子の質問に「ちょっと気を失わせただけだよ」とおどけたように少年は言ってのける。

 

「僕は紫雲院(しうんいん)素良(そら)。よろしくね!」

「あ、あぁ……」

 

 何だか妙な事になったと感じつつも、取り敢えず差し出された手を遊矢は取るのであった。

 

 

  ☆

 

 

 一方その頃、2人のデュエルを監視していたモニタールームでは、社長の部下・中島は大きく憤慨していた。

 

「すぐに奴らを追え! ペンデュラムカードを奪い取るんだ!」

 

 中島にとって遊矢のカードはこの世に2枚とない超希少なカード、この機会を逃せば次に手に入れられるだけの時は巡って来ないかも知れない。

 だがそんなサングラスの巨漢の言葉を、社長は冷静に遮った。

 

「いや、もう良い」

「な、社長……」

「良いショーを見せて貰った」

 

 LDS社長の赤馬零児は、モニターで照れ笑いしている遊矢を見て、その瞳を細める。

 その面影に、誰かの姿を重ねながら。

 

「榊、遊矢……」

 

 そして、ふと背後であり部屋の奥の方へと視線を向ける。

 

「君もそう思わないかね?」

 

 答えは無い。ただそこには闇が広がるだけ。

 しかし、どこからともなく、ポツリと言葉が漏れ出て漆黒へと溶け落ちた。

 

「……あの2人、よく似ている」

 

 

To be continued


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